Journal of Rural Problems
Online ISSN : 2185-9973
Print ISSN : 0388-8525
ISSN-L : 0388-8525
Short Paper
Regeneration of Local Food by a New Local Food Community: Case Study of Food Hub Project Inc. in Kamiyama, Tokushima Prefecture
Kae OkahisaMasaya Nakatsuka
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2024 Volume 60 Issue 3 Pages 103-110

Details
Abstract

This study aims to clarify the efforts and local food regeneration process of a new type of community engaged in practical activities related to local food and discuss the key points and organizational characteristics that can promote these practices. A case study of Food Hub Project Inc., established in 2016 in Kamiyama, Tokushima Prefecture, as a new Local Food Community (LFC), identified 12 local food regeneration activities in the LFC. The regeneration process was based on 1) gradual gathering of information on local food through collaborative activities; 2) reframing the value of local food at the planning stage; 3) creating the subject by becoming an actor itself, connecting with new actors, or supporting conventional actors; and 4) ensuring a sales place. The characteristics of this LFC that realized such regenerations were assignment of people with specialized skills to each section, inclusion of local residents, and the diversification of its businesses.

1. はじめに

地域固有の食材や食品,伝統食や郷土料理といった地域食が消失の危機に瀕している.その原因の一つとして,高齢化の進展や後継者不足,ライフスタイルの変化などにより,これまで継承を支えてきた家庭での伝授,生活改善グループや婦人会などの地縁団体の活動の継続が困難となっていることがあげられる(塩谷,2002福田,2004水谷他,2005).

その一方で,近年,地域食への関心が高まりを見せており,全国各地でその継承を進める取組が拡がっている.これらの取組では,そのまま継承するだけでなく,失われたものを再生したり,新たな価値を創出したりしながら進められていること,その主体も地域内部の地縁団体だけでなく,地域外部からの者が主導的な役割を果たしていることも多い.

しかしながら,1990年代以降にみられる地域食に関する研究は,農村女性の地位向上をも目的としながら,直売所,農産物加工,農家レストランなどの取組の中で,長年地域に居住する者を主体として捉え,おこなわれてきたものが多い(久保,2012澤野,2014湯澤,2022など).

また,近年では,道の駅や地域商社において地域外部の主体を組み込みながら,地域の特産物や伝統的な料理の再生や価値創造が促された取組も展開されているが(西山,20132015),あくまで中心となる主体は,地域内部の者である.

近年,地域づくり全般においては,外部人材や関係人口と呼ばれる多様な人材を地域の主体として捉える必要性が指摘されているが(中塚・山浦,2022),地域食においては,地域にとらわれず多様な人が協働する主体についての研究は進んでいないのが現状である.ローカルフードシステムの取組やフードポリシー・カウンシルなど多様な主体の連携を前提とした実践や研究は見られるものの(立川,2018西山,2010),地域システムの視点に立ったものが中心である.また,岡久・中塚(2024)では,移住起業者といった地域外出身者に焦点をあてた研究をおこなっているものの,内外の人材が新たなコミュニティをつくり,事業を展開する中で,具体的に,どのようなプロセスで,地域食を再生したり継承したりするかについては十分な研究がなされていない.

そこで本研究では,徳島県神山町において,移住者など地域外部からの者が中心となり,地域食の再生を実現している活動事例を取り上げ,そのコミュニティの設立の経緯と活動内容,再生の成果とプロセスを明らかにし,それらの実践を進めうる要点および組織的特性について考察することを目的とした.また,本研究では,後述するように,地域食に関する実践活動をおこなうコミュニティを「ローカルフードコミュニティ」と包括的に定義し,本事例のようなコミュニティを新たな核として位置づけることによって,地域食の継承や再生の仕組みを提案することも目指した.

なお,本研究では地域食を,地域の食文化の一部とし,ある程度の長い年月にわたり,その地域で生育されている食材,その地域で作り方が継承されている食品や料理と定義する.また,再生は,何らかの消失された状態にあったものを復活させるプロセスのこと,継承は,以前の状態や特性が引き継がれることと区別して用いる.その用法において,本研究は,ある具体的な地域食が再生されることを通して,次世代など他者にそれが継承される事例を扱ったものといえる.

2. 研究方法と調査対象

(1) ローカルフードコミュニティ

筆者らは,地域食の継承には,家庭や地縁団体の機能を包摂する新たなコミュニティの創出と,これを基盤とした新たな地域食の創造が必要と考える.しかし,先に述べたとおり,これまでの研究が主に対象としてきたのは,生活改善グループや,集落単位で構成された農村女性グループなどであり,それでは近年の新たな活動展開は捉えることができない.

そこで本研究では,実践コミュニティ(ウェンガーら, 2002)の概念を援用しつつ,新旧の食に関する実践活動をおこなうコミュニティを全て含めて,「ローカルフードコミュニティ(Local Food Community,以下,LFC)」とし,「地域食(Local Food)に対して関心や問題,熱意を共有し,地域食そのものや地域食に関する知識・技能などを,持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」と定義する.なお,LFCには,公式組織・非公式組織を問わず,生活改善グループや地域団体の婦人部,農業者団体など,既存の地縁団体の他,企業なども含まれるものとする.その上で,本研究では,集落単位や地縁に基づく人々で構成されたLFCを従来のLFCとし,そうした地縁にとどまらず,多様な属性(年代や,出身,居住地など)の人々から構成されたLFCを新しいタイプのLFCと呼ぶこととする1

(2) 調査の対象と方法

事例対象としたのは,徳島県名西郡神山町の株式会社フードハブ・プロジェクト(以下,フードハブ)の取組である.神山町は,人口4,804人(2023年11月現在),町域の約86%を山々が占める中山間地域でありながら,全町域での光ファイバー網整備(2005年)や,IT企業のサテライトオフィスの設立・誘致(2010年),日本では19年ぶりの新設校となる高等専門学校の開校(2023年)などに代表される先進的な地方創生の取組を進め,全国的に注目を集めている自治体である.

フードハブは,神山町で2016年に,「地産地食」を軸に地域の農業と食文化を次世代につないでいくことを目的に設立された企業である.設立から7年が経過するが,この間,地域内外の人や組織との協働を進めながら,地域食に関する実践活動を活発におこなっている,新しいタイプのLFCといえる組織である.

調査は,フードハブの共同代表取締役であるS氏とM氏,元フードハブの従業員で現在はNPO法人まちの食農教育2の代表理事であるH氏の計3名に対する聞き取り調査を中心とした.調査期間は,2023年4月~9月であり,個別に1~2時間程度の聞き取りをおこなった.質問内容は,組織概要や設立経緯,フードハブ内での地域食再生の取組,その再生が実現したストーリーである.また,併せて,同社のホームページの記述や,同社についての文献も参照した.それらの結果をもとに,フードハブによる地域食の再生のプロセスや,それを実現できた要因について分析・考察をおこなった.

3. フードハブ・プロジェクトの設立

(1) フードハブ・プロジェクトの設立経緯

株式会社フードハブ・プロジェクトは,神山町を拠点に2016年4月に設立された企業であり,農業の担い手育成を軸として神山町の農業と食を次世代につなぐことを目的としている.

設立の構想は,2015年7月に始まった神山町の創生戦略検討作業のために設置されたワーキンググループの議論が端緒である.このワーキンググループは,まちの将来を担う世代として,40歳代以下の町職員および住民が半数ずつの約30 名で構成されたものである.ここに,後にフードハブの共同代表取締役となるS氏とM氏が参加していた.S氏は神山町の代々続く農家に生まれ育った役場職員として,M氏は神山町にサテライトオフィスを構える企業で働き移住したばかりの住民として参画していたが,二人は,地域の経済循環を高めるために食と農からアプローチすることを目指すサブグループに共に所属することになった.

食と農に関心のある人が集まるなかで,アメリカ合衆国での職務経験のあったM氏が,合衆国農務省が推奨する「Food Hub」という概念を提示した.このことが契機となり,Food Hubという考えを軸に3,神山町の循環の仕組みづくりを検討することになった.約半年間,意見交換や視察,勉強会を重ねた結果,①有機小農園での営農,②食料雑貨の販売,③食堂の経営,④コモンキッチン(共同厨房)の運営,加工品の製造・販売,の5つの機能を持った小農業生産法人を立ち上げ,地域内循環のシステムを構築する計画を作成した.ここでの5つの機能は,S氏の農業者を育成するという課題を軸に,食べる場所と,それを買う場所がなければ地域の中で循環しないという想いと,料理人をはじめ交友関係が多様で広いM氏の,料理人が地域の食の可能性を開いていくという想いが核となり誕生したものである.

同年12月末に,創生戦略の実行プランとして「まちを将来世代につなぐプロジェクト(通称,つなプロ)」が策定された(神山町,2018).つなプロには,7つの必要な施策領域4が設定され,フードハブの計画は,その中の「循環の仕組みづくり」領域の1つとして位置づけられた.その後の2016年4月には,つなプロの実行組織として一般社団法人神山つなぐ公社が設立され,同時に株式会社フードハブ・プロジェクトが設立された.フードハブの出資者は,株式会社モノサス5,神山町,一般社団法人神山つなぐ公社の3者である.当初は5つの事業部門を一気に立ち上げる計画であったが,「かま屋」,「かまパン&ストア」の2部門の開設は,法人設立後の2017年3月となった.

(2) 組織体制と運営

フードハブ・プロジェクトは,コンセプトとして,「小さいものと小さいものをつなぐ」,「地産地食」などを掲げ,生産,加工,流通,販売,次世代育成などの一連の食の循環システムの構築を通して,多様なアプローチで地域の課題解決を担っている.

現在の事業は,(1)地域に貢献する「社会的農業」の実践,(2)地域の食材を使った「食堂・パン屋」の運営,(3)地域の冷蔵庫としての「食品店」の運営,(4)地域の人たちとの「加工品開発・製造」,(5)地産地食日本一を目指した「学校給食」の提供,の5部門からなる.農業は,「つなぐ農園」と呼ばれる自社農園でおこない,栽培面積のうち,約7割が地域の耕作放棄地を活用したものである.食堂は,店名を「かま屋」といい,現在は,シンプルフーズを合言葉に,つなぐ農園や町内の食材をふんだんに使った定食スタイルのランチを提供している.この定食メニューは週替わりで1種類のみ,定食で使用する食材数のうちの町内産の食材数の割合を“産食率”と設定し,計測している.パン屋兼食品店は,「かまパン&ストア」といい,製造したパンの販売と,自社商品,町内の農家が栽培した野菜や,つながりのある業者の製品を販売している.学校給食部門では,町内の小・中学校の給食製造を町から受託している.

全従業員数は,外部パートナー,アルバイトも含め,28名であり,各従業員の配置は図1に示すとおりである(2023年9月現在).従業員数は,立ち上げ期から現在に至るまで,アルバイトも含めた人数は増加し続けている.従業員は,S氏とS氏の父親を除いた全員が町外出身者であり,そのうちのほとんどがフードハブで働くために神山町へ移住した者である.従業員の募集は,人材が必要となったタイミングで,図1に示す区分ごとにおこなっている.専門性を持った従業員の獲得の方法は公募であるが,一般応募から採用する場合と,元々関係者の知り合いであった人に声をかける場合がある.各区分のリーダーに,専門性を持っている人を配置することで,そこで学びたいという志向をもつ者が従業員として集まっている状態であるという.なお,公募をしていなくても,フードハブで働きたいという希望者から依頼を受けて採用する場合もある.

図1.

株式会社フードハブ・プロジェクトの組織 体制

資料:聞き取り調査をもとに筆者作成.

1)農業,パン屋・食品店部門は外部パートナーを含む人数.

経営状況としては,部門間で収益性は異なるが,赤字部門はない.スタートアップにおいては,町からの財政的な支援を受けている.拠点施設は町の施設として整備されている.また,設立当初の5年間はS氏が町職員としてフードハブ・プロジェクトに出向しており,その後3年間は農業指導や農地保全に関する事業を町から受託している.なお,現在は,施設賃料も支払うなど独立採算を立てている.

4. フードハブ・プロジェクトによる地域食再生

(1) 再生の実績とタイプ

次に,フードハブによる地域食の再生の実態を示す.調査の結果,フードハブが関わることよって再生した地域食として12の取組が確認できた.表1は,それらの,種類,商品名,取組開始年,フードハブによる介入方法,介入以前の地域食としての資源,以前の管理主体についてまとめたものである.

表1.

フードハブ・プロジェクトによる地域食再生の実績

種類 商品名 取組開始年 介入方法 元の地域食資源 元の管理主体
1 加工品 阿波晩茶 2018 レシピ化,自社商品化 家庭加工食品 各家庭
2 加工品 焼き肉のタレ 2018 自社商品化 家庭調味料 婦人グループ
3 加工品 カミヤマメイト 2017 開発,自社商品化 家庭菓子の逸話 各家庭
4 加工品 ヨモギホタパウンド 2018 開発,自社商品化 郷土菓子の逸話 各家庭,和菓子屋
5 加工品 紫蘇の黒糖漬け 2018 第三者継承支援 特産販売の加工食品 個人
6 加工品 ヨモギ団子 2020 製造・販売支援 商品開発の菓子 下分生活改善グループ
7 農産物 神山小麦 2016 ブランド化,自社生産化
教育・啓発
自家選抜の種 個人農家
8 農産物 もち米 2016 自社生産化,教育・啓発 自家選抜の種 個人農家
9 農産物 ヨモギ 2019 自社生産化 自家採取の野草 里山の会(有機農業グループ)
10 農産物 スダチ 2017 第三者継承支援 特産販売の農産物 個人農家
11 料理 かま屋 2017 自社商品化(料理提供) 家庭料理 各家庭
12 書籍 神山の味 2016 自社商品化(復刊) 郷土料理冊子 生活改善グループ

資料:聞き取り調査,フードハブ・プロジェクトのホームページの情報をもとに筆者作成.

1)かま屋での郷土料理提供は2017~2020年まで.コロナ禍以降,提供スタイルを変更したことにより,郷土料理はほとんど提供しなくなった.

取組は,大きくは,加工品,農産物,料理,そして書籍の4つに種別された.数として最も多いのは加工品であり,具体的には,「阿波晩茶」,「焼き肉のタレ」,「紫蘇の黒糖漬け」,「ヨモギ団子」といった,各家庭や女性グループまたは地元事業者が作っていたものを対象にした取組,そして「カミヤマメイト」,「ヨモギホタパウンド」といった,地域の逸話や特産品をもとに,自社でアレンジして生み出された取組があった.次いで多いのは農産物に関するものであり,自家採種の種を対象とした「神山小麦」,「もち米」の取組,そして,地域の有機農業グループが採取・栽培をおこなっていた「ヨモギ」の自社生産化が確認された.その他,食堂で提供する料理そのもの,さらには生活改善グループが過去に発行した冊子の再版例なども確認された.

また,それらの取組を介入方法から分類すると,次に示す3つに分けることができる.

1つは「自社で生産・商品化」である.元々町内で継承の担い手が少なくなっていた地域食を,種,逸話,レシピ,実演,冊子などの形でフードハブが受け取り,自社で生産,開発,商品化をおこなうことで再生させる取組である.阿波晩茶,焼き肉のタレ,カミヤマメイト,ヨモギホタパウンド,神山小麦,もち米,ヨモギの生産,かま屋での郷土料理提供,冊子『神山の味』が該当する.具体的には,神山小麦,もち米,ヨモギなどは,種を受け取り栽培し,自社の製品の一部に活用したもの,阿波晩茶,焼き肉のタレ,かま屋での料理提供,『神山の味』は,引き受けた潜在資源の形を変えずに提供しているものである.そして,カミヤマメイト,ヨモギホタパウンドは,引き受けた食資源から,フードハブがアレンジし,新しい商品として開発した例である.

2つ目は,「第三者継承の支援」である.元々地域で担い手が少なくなっていた資源を,フードハブが一旦受け取り,手を加えたのちに,第三者を見つけ引き渡すことで,地域食を再生する取組である.紫蘇の黒糖漬け,スダチが該当する.具体的には,紫蘇の黒糖漬けでは,レシピを書き起こすとともに,新たな製造者を見つけ出し引き継ぐこと,スダチでは,農地を引き受け,有機栽培が可能な農地に転換し新たな生産者に引き渡すことをおこなっていた.

3つ目は,「現在の主体の支援」である.現在の主体を変えずに,フードハブが労働力や販売場所の提供をおこなうことで,地域食再生の支援をする取組である.ヨモギ団子がこれに該当する.

(2) 地域食再生のプロセス

次に,先の3つの類型ごとに代表的な取組を取り上げ,地域食再生の詳細なプロセスを示す.ただし,「自社で生産・商品化」においては,いくつかのタイプのプロセスがあったため,加工品の事例で,元々の形を変えずに再生したものとして阿波晩茶,アレンジしたものとしてカミヤマメイト,農産物の事例で神山小麦の3つを取り上げることした.「第三者継承の支援」の事例として紫蘇の黒糖漬け,「現在の主体の支援」の事例としてヨモギ団子を選定し,計5つの地域食再生の取組のプロセスを以下に述べる.

1) 阿波晩茶

阿波晩茶は,徳島県那賀町や上勝町が主な産地ではあるが,神山町でも各家庭で小規模に作られていた.フードハブ立ち上げ時のメンバーが,阿波晩茶を製造できる住民とつながり,2018年にメンバーも参加する阿波晩茶の製造イベントを企画・実施した.イベントでは,地元住民から製法を学び,メンバーがその製法を数値化・文章化した.メンバーから継続希望があり,翌年から年に一度の製造を定例化した後,フードハブのパッケージで商品化,自社の店舗やオンラインショップで販売し始めた.この伝統的な製法は非常に手間がかかるため収益性は低いが,地域の味をつなぐというフードハブの理念のもと継承している.

2) カミヤマメイト

カミヤマメイトは,自社生産の米を活用するために開発された商品である.S氏が,祖父から戦後の食糧難の際に,米ぬかと小麦を混ぜて焼いた菓子を家庭で食べていた逸話を聞き,従業員がその菓子を現代風にアレンジし,商品開発をおこなった.

製造は,オーブンなどの機材がそろう近隣の下分生活改善グループの加工場を使用させてもらいおこなっている.同グループとの関係は,フードハブ立ち上げ時に携わっていた元従業員が,地域おこし協力隊であった時につながりを持っていたことによる.なお,最初の数年間は生活改善グループのメンバーにも製造作業の手伝いをしてもらっていた.

商品は,自社店舗やオンラインストアで販売しており,人気商品の一つとなっている.季節ごとに,スダチ味,紫蘇の黒糖漬け味,阿波晩茶味など地域食を用いたフレーバー展開をしている.

3) 神山小麦

神山小麦は,S氏の家系で,70年以上自家採種をしていた固定種の小麦である.神山町では,味噌・醤油づくりのために小麦が栽培されていたが,次第に生産されなくなっていった.

フードハブでは,その保全と活用を図ろうと考えた.一般的な品種よりも単収が低く,少量の栽培であるため,生産にかかるコストが高くなるが,自社のパン屋で加工・販売することで高付加価値化することも計画に含め,栽培を開始した.当時,品種に名称は特になかったが,フードハブが「神山小麦」と名付けた.立ち上げ以来,栽培を続けており,パンとして自社店舗やオンラインストア,自社食堂で提供している.

4) 紫蘇の黒糖漬け

紫蘇の黒糖漬けは,梅干しにつけた赤紫蘇を,黒糖に漬けて潰してペースト状にしたものである.町ではメジャーな加工品であったが,HACCPの影響もあり,製造を辞める人が多発した.町内で唯一残って製造販売していた人から,辞めようと思う,作り方を教えるから作ってほしいとフードハブに依頼があったことを契機に,その後,メンバーで製法を学びに行き,レシピを書き起こした.しかし,フードハブ内で作る余力がなかったため,フードハブと繋がりのあった一人の農家に依頼し,製造してもらうことになった.その製造者は,現在も製造販売を続けており,フードハブもカミヤマメイトのフレーバーに使用するために取引をおこなっている.

5) ヨモギ団子

ヨモギ団子は,カミヤマメイトで繋がりがあった,近隣の下分生活改善グループが製造する加工品の一つであった.主な卸先は道の駅であったが,コロナ禍で販売機会を失った際に,フードハブが自社店舗での販売を提案した.それ以来,取引を開始し,一緒に製造もおこなうようになった.以前は,教えてもらえなかった製法(レシピ)も,一緒に製造販売するようになったことで教えてもらえるようになっている.時期になると,フードハブのメンバーは生活改善グループの加工場に出向き,毎週集まって製造している.原料の調達コストも高く,自分たちで一から加工するため非常に手間がかかるものであるが,消費者に受け入れられる価格で販売しているため,採算は合わない.しかし,みんなで集まって作り続けることが文化の一つであり,そこに価値を見出しているため,価格にはこだわらずに活動を続けているという.現在は,生活改善グループの加工場をフードハブのS氏に名義変更するなど,連携を深めながら生産を継続できる体制を模索している.

5. 考察

(1) 地域食再生のプロセスとその要点

以上をまとめ,地域食再生プロセスを図式化したものが図2である.まず,失われつつあった地域食を支える資源情報(例えば,加工技術,原料生産方法,伝統文化や地域社会との関係性など)を,①代表であるS氏が元々所有またはつながっていた(Possessとする),②個人や地縁団体への探索により引き出す(Pushとする),③個人や地縁団体から依頼される(Pullとする)のいずれかによって獲得していた.これらは,先のものほど容易に獲得できるものであるが,それらに基づく成果が重ねられることで,段階的に情報獲得が進んでいったと整理できる.

図2.

株式会社フードハブ・プロジェクトにおける地域食再生のプロセス

次におこなっていたのは,その獲得した情報をもとにした,企画(事業計画策定)である.具体的には,現状分析,方針決定をおこなった後に,商品化,レシピ化,ブランド化などを実践していた.

そうした事業計画のもとで,自社で生産・製造するか,新たな生産主体へ支援を依頼するかを選択するともに,最終的に,それらの生産物,加工品を,自社の食堂やパン屋,食料品店,オンラインストアなどで販売していた.

このようなプロセスを進められる要点を考察すると,次の4点にまとめられる.第1は,地域食資源の情報収集の段階的展開と共同作業の実施である.より容易な,同一主体(Possess)の関係性が備わっていたところに,イベントや共同作業を実施し,能動(Push),受動(Pull)の情報獲得へと展開している.その際,暗黙知から形式知への変換をおこなっている点も重要である.第2は,リフレーミング(栗木ら,2012)と呼ばれるものである.現代ニーズに応じて,地域食をそのままの形で残すか,アレンジするかを決め,商品化,レシピ化,ブランド化などをおこないながら新たな価値を見せるという取組が重要である.第3は,新たな主体づくりである.自ら地域食再生の主体となるとともに,新たな主体を見出し,そこに橋渡しをしたり,協働や支援をしたりしている.第4は,販売出口の確保である.実店舗やオンラインストアを開設し,自社で新しい販売先を確保することにより,一連のプロセスを円滑に進めることができる.

(2) 地域食再生を実現したLFCとしての特徴

以上のような地域食再生を実現したフードハブのLFCとしての特徴を改めて整理する.

1点目の特徴は,プロフェッショナル性の保有である.M氏の意向もあり,フードハブには,元々料理人や管理栄養士,企業での企画・商品化経験のある人材が集まっていた.プロフェッショナルなスキルを持ち,追及できる人が組織にいることで,地域食のアレンジ・商品化を実現できていた.また,メンバーのほとんどが,移住者であり,その多くがフードハブで働くために町外から移住してきた人である.そのため外部者目線で地域食の価値を見出せ,地域との交流意欲やコミットが高い人が集まっていた.

2点目は,地元住民の存在である.特にS氏は,町内有数の規模を誇る農家の子息であるとともに,役場職員であった.そのため,フードハブ立ち上げ時には,すでに地域食に関する情報を元々持っている,容易に地域の主体とつながれる状態であった.

3点目は,飲食と加工部門をもつ多角経営をおこなっていることである.地域食の生産・製造は,大量生産が困難,一般流通のものと比べると原料の調達コストが大きい,自ら一から加工するため手間がかかるという特徴がある一方で,広めるためには消費者に受け入れられる価格で販売しなければならないといった点から,必然的に利益率が低くなり,採算が合わないことが課題であった.しかし,フードハブでは生産から販売までを自社で一貫しておこなったり,飲食や加工部門を持ったりすることで,利益率が低い地域食でも継続して生産・製造ができていた.また,多様な問題処理(再生)のバリエーションがあることで,状況に応じて再生の方法を選択することができていた.

(3) 新たなLFC創出による地域食再生の仕組み

最後に,フードハブの事例から,新たなLFC創出による今後の地域食再生の仕組みを提案したい.

3は,それをモデル的に示したものである.これまで地域食の継承は,家庭や,生活改善グループ,婦人会といった従来のLFCが担っていたが,それらは弱体化している.しかしながら地域食を支える情報のほとんどは彼らが保有している.新たなLFCに求められる役割は,地域との関わりを通して,それらの情報を集積すること,そして同時に,地域内ではなかった視点やスキルを外部から持ち込むことで,地域食の再生を進めることである.また,それらを単に新たなLFCのみで実行するだけなく,家庭や従来のLFCも巻き込みながら進める.そうすることで,地域食をその資源情報とともに再び地域へ還元するといった新しい相互作用を生み出す.

図3.

新たなLFC創出による地域食再生の仕組み

このように,新たなLFCが地域の核として加わることで,地域食の継承・再生の方法が再構築されるというものが今回提示する仕組みである.

これらは概念的・提案的なものであるが,今回のフードハブ・プロジェクトの事例分析を足がかりに,全国各地で萌芽している新たなLFCの取組を把握し,実証分析を重ねることで,その精緻化を図り,政策提言につなげること,そしてLFCの概念を深め,発展させていくことを今後の課題としたい.

1  LFCは,地域コミュニティ論などで示されてきた「地縁型コミュニティ」,「テーマ型コミュニティ」のうち地域食に関するものを指すものでもあるが,組織としては,趣味のグループや地縁の非公式組織から,法人や政府機関といった公式組織までを含む点で異なる.また,その活動としては,参加者が,共通の目的を持ち,経験や活動を通して相互に学ぶという「実践コミュニティ」の特徴を強く有したものとする.この点から,今回事例とした株式会社フードハブ・プロジェクトはLFCの一つと位置づける.

2  フードハブの食育部門の独立により設立されたNPO法人.神山町の小・中・高校,高専と連携し食育の取組をおこなう.株式会社であるフードハブでは,学校などの公的機関との連携が取りづらいことなどから2022年3月に独立した.

3  Food Hubとは,持続可能な食料供給システムの構築を目指すプロジェクトの核であり,「主に地元の名前が特定できる生産者たちの食品を,集約,保存,流通,そしてマーケティングすることで彼らの能力を強化し,卸売業者や小売,制度的な需要に積極的に応えるビジネス,または組織のこと」である(James et al., 2012).農務省(USDA)が進めるFood Hubは,地域の食材をとりまとめ,配達インフラの整備により,多くの需要を満たす量を流通させるという卸売業しての性格が強い.本事例の「フードハブ・プロジェクト」は,理念としての影響は受けているが,取組としては同一でない.

4  策定された7つの施策領域とは,(1)すまいづくり,(2)ひとづくり,(3)しごとづくり,(4)循環の仕組みづくり,(5)安心な暮らしづくり,(6)関係づくり,(7)見える化である.

5  Web制作を主事業とした東京本社のIT企業.2012年の代表取締役の神山町の訪問を契機に,同社のサテライトオフィス設立の検討を始め,2017年の開設に至った.M氏は(株)モノサスの社員であり,サテライトオフィス開設に向け,2014年に神山町へ移住した.

引用文献
 
© 2024 The Association for Regional Agricultural and Forestry Economics
feedback
Top