2024 Volume 60 Issue 3 Pages 119-126
New entrant farmers are attracting attention as key players in sustainable agriculture. However, owing to their small-scale production and geographical dispersion, they often have limited access to distribution systems. This study investigates the practices of constructing a vision-based system, focusing on Sakanotochu Ltd., a company that has established a distribution system for new entrants. We demonstrate how the company’s founder developed the vision and how this vision was translated into standards for agricultural products and the Box scheme. These standards include input standards and explain how to interpret the environmental impacts and images of preferred producers. In addition, the Box scheme allows various small-quantity procurements and promotes consumer understanding. That the scheme embodies this vision is apparent from the fact that the partner farmers are mainly individual producers, especially new entrants.
持続可能な農村について考える上で,基盤となる農業が,自然環境を搾取しない環境負荷の小さい農業であると同時に,経営的にも持続可能である必要がある.近年日本では,有機農業等の環境負荷の小さい農業の担い手として新規就農者に関心が寄せられている(小口,2018).その一方,就農後の支援は十分でなく,小規模かつ生産が不安定な新規就農者が有機農業で生計を立てることは困難を極める.
有機農産物の主な流通経路は,長らく消費者への直接販売であったが,物流コストや直接販売特有の負担から,流通事業者を介した流通が増えている(藤田・波夛野,2017).ただし,最低出荷ロットや物流コストの問題から,新規就農者が一生産者として参入することは容易ではない(櫻井,2018).こうした現状に対し,地域の有機農業者団体等,販路を持つ団体への加入が効果を上げていることが明らかになっている(小笠原・草野,2014;山本・竹山,2016).しかし,団体がある地域は限定的であること,生産者は地理的に分散していること等を踏まえると,生産側が流通事情に合わせるのではなく,個々の生産者も参加可能な流通システムの構築も必要ではないだろうか.
以上より本研究では,「100年先も続く,農業を.」という理念のもと,新規就農者のための流通のしくみを持つ株式会社坂ノ途中を対象に,理念に基づく流通システムの具現化の実態を,創業者と提携生産者に着目し明らかにする.
まず2節で,創業者の思考・価値観と事業の変遷に着目し,理念と流通システムとの関連を明らかにする.3節では,農産物取扱基準と,野菜セット定期便(以後,「野菜セット」)の設計・運用実態を明らかにする.その結果どのような生産者が参加しているかを4節で確かめる.なお,2,3節では資料調査,インタビュー,参与観察1を,4節ではアンケート調査2と参与観察を行った.
有機農産物等の流通販売企業に関する研究は,有機農業運動体や非営利団体等を母体にもつ企業等が登場した1980年代後半頃から行われるようになった.桝潟(1992)は,企業による有機農産物の販路拡大への貢献は評価しつつ,広域展開にあたって効率化を求めることで,地域の物質循環を無視した少品目大量生産や単作化の助長等,農業現場に与える影響への軽視に懸念を示していた.また,斎藤(2009)は,流通販売企業は,利益や効率性と生産者との関係がトレードオフの状況の中で,消費者を意識し利益と効率性を優先している実態を示している.本研究は,このような現状に反して,新規就農者に注力する坂ノ途中に着目することで,流通システムの経済合理性と持続可能な農業に関する理念の両立に向けた知見の一端を明らかにする意義がある.
坂ノ途中は,持続可能な農業を広げることを目指し,2009年に京都で創業した.野菜セットはECサイトを通じて注文でき,西日本中心に全国から仕入れた有機農産物等が全国の消費者に届けられる.
本節では,創業者がどのような社会や人々の影響を受け創業し事業を作っていったのか,というプロセスを明らかにし,理念の背後にある価値観と,流通システム構築の基本方針について明らかにする.
(1) 調査・分析方法本節で用いる複線径路・等至性モデル(Trajectory Equifinality Model: TEM)は,時間を捨象せず個人の変容を社会との関係で捉え記述しようとする方法論である(安田,2012:p. 1).TEMを構成する基本概念には,非可逆的時間,径路,分岐点:BFP,等至点:EFP,両極化した等至点:P-EFPがある.EFPに至る径路上には,対象者の行動を促す力(社会的助勢:SG),阻害する力(社会的方向づけ:SD)があり,これらを理論的にはありうるが実際に辿らなかった径路と共に時系列に整理し,可視化した図をTEM図と呼ぶ.P-EFPはEFPと対極の意味を持ち,研究者の独りよがりではないTEMを書くことを可能にする(サトウ,2012:p. 227).
TEM図作成のための調査は二段階に分けて行った.第一段階はフェーズ調査である.本節では坂ノ途中の根幹にある価値観や流通システムの基本方針を理解したいため,まずこれらが形成された時期を特定する.第二段階は,特定された時期のTEM図作成のための調査である.フェーズ調査では,まず坂ノ途中や創業者が取り上げられている雑誌・新聞記事等を収集し3,現在までの大まかな事業変遷と,事業成長をみる基準として資金調達歴,提携生産者数を整理した.これを踏まえ創業者と従業員と共に詳細な変遷をたどった結果「創業前~準備期」,創業から資金調達前までの「地域ビジネス期」,初の資金調達を行った「転換期」,2回目の「アーリーステージ期」,3~4回目の「事業加速期」が得られた4(表1).またフェーズ4以降は理念・事業体制が大きく変化しておらず,転換期までが理念が形成された時期と特定でき,これは創業者の実感とも一致した.
坂ノ途中に関連する主な出来事とフェーズ
出来事[提携生産者数] | フェーズ | |
---|---|---|
1983 | 創業者,奈良県に生まれる | 創業前~準備期 |
2009 | 坂ノ途中創業[3] | 地域ビジネス期 |
2010 | Web shop開設,野菜セット開始[20] | |
2012 | Uganda Organic Project[30] | |
2014 | 資金調達①[60] | 転換期 |
2016 | 資金調達②[100] | アーリーステージ期 |
海外事業「海ノ向こうコーヒー」開始 | ||
2017 | 野菜セット契約数1000件に達する[150] | |
2019 | 資金調達③[250] | 事業加速期 |
2020 | 野菜セット契約数5000件に達する[300] | |
2021 | 資金調達④[300] | |
2022 | 野菜セット契約数1万件に達する[350] |
資料:著者作成.
TEM図の作成にあたって,まず,フェーズ調査で得られた情報を,創業者の価値観や考えに注意して再整理し,仮TEM図を作成した.次に,仮TEM図を参照しながら,再度創業者へのインタビューを行い,径路,BFPの確認をし,SG(表2),SD(図1上部左)を出来事や当時感じたこと等から特定し,TEM図(図1)を完成させた.
TEMで捉えられた行動を促す力
SG:社会的助勢 | |
---|---|
1 | 両親が家庭菜園で作っていた野菜とスーパーの野菜との味の違いに驚く |
2 | 色んな人が応援してくれて力が出る |
3 | 自分は新しいことを楽しめる人間らしいという気づき |
4 | 本当に意味のあることをして働こう |
5 | これ以上環境に負担をかけながら生きるのはやめようと言える仕事を始めたい |
6 | 自分もこうありたいと思った |
7 | 緊張感のある毎日で,逃げない姿勢が身についた,視座が一段上がった |
8 | 多様な農業のあり方に触れることは,とても面白い |
9 | 美味しさに驚く |
10 | 打ち上げ花火的ではなく安定的に取引する会社があるなら農家は増える,という農家の言葉 |
11 | 少し先輩の社会起業家の存在 |
12 | 物凄く野菜の価値を貶めているような気がする |
13 | ETIC.社会起業塾に参加 |
14 | 社会起業家塾で知り合ったエンジニアがウェブショップを作ってくれた |
15 | 美味しさ・バリエーションという直接便益だけでなく共感・応援してくれるお客様の存在 |
16 | 研究室の後輩の存在 |
17 | 「新規就農者を支えることは私たちの世代が本来やるべきなのにできなかったことだ」と言って快く取引してくれた有機農業団体の方の存在 |
18 | 野菜セット契約数300件に増加 |
19 | 前職の同僚の存在 |
20 | 中規模・大規模な農業に挑戦していきたいと考える生産者が出てきたら,今のままの坂ノ途中の販路や手法ではカバーしきれなくなる可能性 |
資料:著者作成.
創業者のTEM図
資料:著者作成.
以下,径路,BFPとSG,SDを〔 〕で記述する5.なお,対象者の言葉に再現性を持たせるため,記述にはなるべく語りや過去の本人執筆の文章による言葉づかいを用いている.またTEM基本概念を補足するために用いた対象者の言葉には下線を引いた.
1) 創業前~創業準備期創業者は,幼少期から〔他の生き物に迷惑をかける後ろめたさを感じていた〕.大学進学を機に一人暮らしをはじめた際に,〔両親が家庭菜園で作っていた野菜とスーパーの野菜との味の違いに驚いた:SG1〕.3回生の時,友人と着物屋をはじめ,〔ビジネスは伝えたいことを伝えられる手段だと気づく:BFP1〕.また〔色んな人が応援してくれ力が出る:SG2〕ことを体験した.しかし,着物は頻繁に買うものでもなく,応援してくれるお客さんと自分たちと〔両者が本当にハッピーなのかという疑問も抱いた〕.その後着物屋を後輩に引き継ぎバックパッカーの旅に出る.チベットの高原で,ヤクが草を食べ,その糞を燃料として使い,ヤクのミルクを温めるという身近なものの〔つながりが見える美しさ:BFP2〕や,あと56億7千万年したら弥勒菩薩が救いに来てくれるからぼちぼちやってこうぜという〔巨視的なものの見方にふれ:BFP2〕,〔これ以上環境に負担をかけながら生きるのはやめようという仕事を始めたい:SG5〕と,農業と環境をテーマに起業すると心に決めた.帰国後,人類学の研究室で論文を書き卒業し,〔修行期間として金融機関に就職〕する.〔リーマンショックを乗り越えたのち退職し〕,起業のために〔新規就農者を訪ね歩いた〕.その過程で,新規就農者による多様な農業の面白さと同時に厳しさにも触れ,〔新規就農者の厳しい現状を変えたい:BFP3〕という思いで坂ノ途中を創業した.
2) 地域ビジネス期創業当初は,生産が不安定な新規就農者でも,〔グループとして考えることで安定しまとまった量を確保する仕組みを作る〕こと,そして〔農家だけではできない営業や販路開拓が自分たちの仕事〕だと考え,飲食店を中心に販売を行っていた.その際アピールしたのはハイカラな西洋野菜という顧客ニーズに訴えかけるものだった.しかし,〔しましまのナス一袋(だけの注文)のように都合良く扱われる:BFP4〕ことで,〔野菜の価値を貶めているような気がした:SG12〕という.同時期には〔社会起業塾に参加:SG13〕していた.2010年3月の最終報告会で,現在も使われている「未来からの前借りをやめよう」や「100年先も続く,農業を.」を,はじめて言葉として使った.共感を求める利他的な言葉を〔前面に出す〕ようにしたことで,お客さんがガラッと入れ替わった.そして社会企業塾の最終報告会で出会ったエンジニアが将来農業系で起業したい人で,じゃあうちの手伝いしてくれたら農業の勉強もできていいじゃないですかと言って,〔ウェブサイトを作ってもらって:SG14〕始めたのが今のECサイトの原型であり,2010年12月に野菜セットの販売を開始した.野菜セットは,〔おいしさやバリエーションという直接便益だけでなく,共感・応援してくれるお客様の存在:SG15〕もあり,件数を増やしていった.2012年にはウガンダでのゴマ栽培プロジェクトにも取組み,地域内循環だけでなく,地域間の連携の重要性にも目を向けるようになった.
しかし,当時は〔農家から作付けを大きく増やしたいと言われても売り切れる自信がなくしりごみ:SD2〕してしまっていた.また創業当初は小さく美しい事業モデルを地方で作ることで,類似モデルが生まれていくことを想定していたが,〔注目されたり受賞・選定されたりするにもかかわらず類似企業は現れなかった:SD3〕.〔外部から「儲かるわけないやん」:SD4〕と言われ,〔小さな会社の無力感,地域の人を地域で支えることの難しさを感じ:BFP5〕,事業を成長させることで,社会的インパクトを自ら生み出せる規模の会社になろうと舵を切った.
3) 転換期以降2014年の初めての〔資金調達〕は前職の同僚に支援してもらった.2016年にはベンチャーキャピタルから資金調達をし,エンジニアを採用するなど仕組みの効率化,組織の成長にも取り組んでいった.そして現在まで,〔事業成長と社会的インパクトを相互に高め合うことを目指し:EFP〕事業を進めてきた.
(3) TEMから捉えられた坂ノ途中の根幹TEM図を通して,創業者の価値観と企業理念との関連,企業理念と流通システムとの接続点である仕入・販売の基本方針が明らかになった.
理念である「100年先も続く,農業を.」は,地域ビジネス期に言語化された価値観で現在も使われており,転換期以降も坂ノ途中の根幹をなす価値観だと言える.理念と通ずる持続可能性について,創業者は「時間的,地理的に公平性が保たれていることで,未来や遠くの場所への想像力の無さが,都市と農村の断絶や,過去の遺産を消費するばかりで未来への負担を押し付けることに繋がっている」と語っている6.この考えは,理念の言語化以前の創業前~準備期の経験〔BFP2〕,思考〔SG5〕との関連も確認できる.
流通システムについては,地域ビジネス期に形成された仕入と販売の基本方針が明らかになった.仕入では,生産者をグループとして見て全体最適を図ることで,生産量の不安定さを解消しようとしている.これは,新規就農者や小規模生産者と提携するためである.販売では「季節を楽しむ」を売りに,野菜セットを全国展開している.旬や畑の状況を知る坂ノ途中が野菜セットの内容を決め,消費者が継続的に野菜や理念・価値観に触れることで,旬への理解と,新規就農者や環境問題への興味を持ってもらい,共感・応援を促そうという考え方で,〔SG15〕の経験が根底にあると言える.また,〔事業成長と社会的インパクトを相互に高め合うことを目指す:EFP〕に至った転換期以降,基本方針にしたがって,流通システムが強化されてきたと考えられる.
本節では,理念と流通のしくみの接点である仕入・販売の実態を,農産物取扱基準と主要商品である野菜セットの設計・運用に着目して明らかにする.
(1) 取扱基準の設計・運用取扱基準の5項目が公式HPで公開されている.基準Ⅰ「環境負荷の低減を目指す農家さんを優先します」では,環境負荷低減とはどのような農業慣行を指すのかを地球~地域レベルで説明している.また栽培基準(野菜は化学合成農薬・化学肥料不使用,それでは永続的な管理が難しい果樹は特別栽培相当)も示されている.基準Ⅱ「農産物の品質向上を目指す農家さんを優先します」では,「農業者としてのベーシックなスキル,習慣として」の適切な資材管理や,「品質向上を目指す姿勢」が挙げられている.こうした説明から,坂ノ途中での品質向上は,施設栽培等での環境制御による味や機能性の追求ではなく,むしろ天候や畑の状態による「ブレのある野菜を楽しむ」7という考え方だと理解できる.
基準Ⅲ「地域,社会,農業に貢献し,尊敬できる農家さんを優先します」では「後進の育成や地域の活性化,農業技術の底上げを意識し,ノウハウや情報がオープンであること,地域での取組みに協力的であること」が挙げられており,農業や地域へ貢献する生産者と取引しようとしていることがわかる.
基準Ⅳ「新規就農,小規模な農家さんを優先します」の説明には「自分たちができる努力を果たしたうえで,お客さんへの協力をお願いすることもあります.なおこの基準は,安定的に出荷してくださる規模の大きな農家さんやベテラン農家さんに支えられて実現しているという側面があります.」とあり,生産者をグループと捉え,新規就農者や小規模生産者を支えていこうとしていることがわかる.
基準Ⅴ「コミュニケーションを大切にしてくれる農家さんを優先します」では,「物理的な距離よりも心理的な距離を優先したい」とあるように,基準ⅡⅢと同様に優先したい生産者像を示している.5項目のうち栽培基準を示しているのはⅠのみで,大部分は理念を農業慣行や生産者像として言語化したものである.また,取引可否を判断するバイヤーは,栽培基準の合致のみならず,栽培技術レベル,出荷量,価格等の評価項目を元に判断しているが,その際には生産者像を示したⅡ~Ⅴが指針として機能していることが観察された.
(2) 野菜セットの設計・運用野菜セットの大きな特徴は,消費者がセット内容を選べない定期便(毎週/二週間隔)であること,年間約400種類という野菜の種類の豊富さである.坂ノ途中がセット内容を割り振る仕組みは,収穫状況に応じた細かい調整や,小ロットでの仕入を可能にしていた.また,消費者に対しては,セットに同梱されるリーフレットで季節の変化を楽しむ食生活を提案したり,野菜の説明書で生産者,保存や調理方法,天候による品質のばらつき等を説明したりすることが定期的に繰り返されることで,扱いにくい珍しい野菜の調理・食事を楽しみに変え,品質のブレを許容してもらうように設計されている.
仕入・内容割振り段階で問題となることは,小ロット多頻度取引の増加だ.この問題に対処するために,仕入・販売を包括的に管理するITシステム,オペレーション体制を構築している.具体的には自社開発したITシステムを軸に,生産者から提供された週次見込み数量と野菜セット出荷予定件数から,内容の割振りと発注,箱詰め・出荷が同一システムで行えるようになっている8.またITシステムは固定的ではなく,エンジニアと現場スタッフにより,日常的に改良されていることも観察された.ITシステムが関わらない部分でも,たとえば物流の最適化,小分け・箱詰めフローの改善が日常的に行われていることも観察できた.さらに,出荷作業で見つかった品質不良や,消費者からの声は,バイヤーを通して生産者にフィードバックされ,品質向上や翌年の作付計画に活かせるようにされていた9.
以上より,品質向上やコミュニケーションなど,取引を円滑に進められる生産者像を示した取扱基準と消費者の意識・行動を方向づける野菜セットの設計・運用が,生産者をグループとして見て全体最適を図ること,消費者の共感・応援を得る,という仕入と販売の基本方針を具現化する方法だとわかった.4節では,その結果,生産者がグループとしてどのような特徴を持っているのかを明らかにする.
アンケート集計結果を参与観察データも参照して読み解き,新規就農者の割合や,栽培の特徴からグループで全体最適を図ることの実態を確かめる.さらに取組みの特徴を見ることで,坂ノ途中が最も重視する環境負荷低減について,取扱基準で示された農業慣行や生産者像に当てはまるか明らかにする.
(1) 集団としての特徴回答者134件中,「個人または法人」が126件,「生産者団体」は8件だった.個人または法人について,まず構成比を見る.土地などを独自に調達して新たに農業を始めた新規参入者が79%,実家の農業に従事・継承したのは13%,その他・不明8%だった.平均年齢は45.3歳と若く10,就農経過年は,3年以内13%,9年以内37%,10年以上39%,不明11%だった.新規参入者として農業を始めた人が多いが,就農3年以内の比率は低い.9年以内,10年以上では安定的に出荷できる生産者も多く見られ,栽培技術の高さや,地域や販売先からの信頼を得ていることが観察された11.この特徴は,基準ⅡⅢに当てはまると言える.
農地面積は4~2370aに分布し,平均201a(中央値130a)で,全国平均340aよりやや小さく,多品目傾向にある(図2).栽培作物については,野菜生産者が101人・75%を占め,うち95人が露地畑を持つ.労働力は1~2人が全体の半数を占め,家族経営が多い.ただし従業員10~60名の法人も1割あった.また生産者の地理分布は関西圏に6割,残りが関東・東北を除く地域であることがわかった12.
農地面積と栽培品目数
資料:アンケートより著者作成.
1)100品目以上1件(30a・400品目).
2)600a以上7件(10~50品目).
環境負荷の小さい農業に取組む提携生産者の具体的な取組みを「環境負荷低減や地域社会との連携につながる/自慢出来る取組みについて教えてください」という設問に対する記述回答から得た.記述データはKJ法13を用いて分析し,「生産」「流通・消費,地域」に関する取組みに大別できた(図3).「余剰有機物の循環・再利用」「低投入・粗放的管理」からは未来の自然環境への配慮が読み取れた.これらは「エネルギー,資材の自給」と合わせて,外部資源からの自立につながる取組みだと言える.また,基準Ⅰに示された環境負荷低減にあたる農業慣行と合致する.「教育・人材育成」は,未来の担い手の維持・増加に貢献する取組みと言える.「地域資本の維持管理」と「ネットワーク構築(地域内)」は,土地などの物理的資本の長期的視点での管理につながる取組みである.これれは,基準Ⅲの後進の育成や,地域活性化(例:地域内流通,給食への食材提供)と合致する.またこうした取組みは,地域の生産者や地域自体の自立を促していると考えられる.「ネットワーク構築(地域内外)」に見られた,流域単位や地理的に離れた地域間の連携も,他の出荷先の確保等による生産者の経済的自立を支えていると考えられる.以上をまとめると,取組みの,未来志向で自立を促すという特徴が明らかになった.
提携生産者の取組みKJ図
資料:著者作成.
本研究は,新規就農者や小規模生産者が持続可能な農業の担い手として認識されながらも流通への参入が難しい現状に問題意識を持ち,坂ノ途中を対象に理念に基づく流通システムの具現化の実態を明らかにした.
TEM図を通して,創業者の価値観が企業理念として言語化された背景に幼少期からの環境へのまなざしや,創業前後に生産・販売の実際を見た経験があることがわかった.また,理念が仕入・販売の考え方に反映されていることが明らかになった.それは個々では不安定な生産の全体最適を図る,消費者の共感・応援を得ながら販売するという考え方である(2節).理念に基づく仕入・販売の考えの具現化は,①栽培基準にとどまらない,環境負荷の解釈や優先したい生産者像を示した取扱基準と,②内容の選べない野菜セットによる,少量で多様な仕入と,理念の理解・持続可能な消費行動へのはたらきかけによって実現されていた.また野菜セットは,仕入・販売を包括的に管理するITシステムによって機能している(3節).提携生産者には,一部生産者団体や規模の大きい経営体も含まれるものの,広い範囲に分布する個人経営の生産者,特に若い新規就農者が中心であった.さらに,生産者らは,環境や地域社会に貢献する取組みに積極的であった(4節).この結果は,理念が流通システムとして具現化されていることを表している.
以上より,持続可能な農業に関する理念を出発点として,流通システムを構築することが,結果として新規就農者や小規模生産者に,流通側が合わせることにつながることが示唆された.ただし,坂ノ途中が有機農産物の流通販売企業の中では比較的小規模であることから,利益や効率性と生産者との関係がトレードオフの状況下で事業性を考えると,理念に忠実に流通システムを構築していくことの難しさも示唆された.したがってこの様な流通システムを広げるには,消費者の共感・応援の次の段階として,行動や価値観の変化を促す施策が求められる.
調査にご協力いただいた株式会社坂ノ途中と提携生産者の皆さまに感謝申し上げます.