2024 Volume 60 Issue 3 Pages 95-102
Acceptance of technical intern trainees is expanding due to the agricultural labor shortage. Career development is a significant issue for trainees; however, how to provide effective career support remains unclear. In particular, the fact that outsourced contracting involves repetitive work is disadvantageous for skill acquisition, making career support even more critical. This study, conducted through interviews with one JA (Japan Agricultural Cooperatives) in Kagoshima Prefecture, found that JA actively provided career support, such as Japanese language learning support and career aspirations interviews. The technical intern trainees generally evaluated the JA’s career support positively. The findings suggest that JA’s career support effectively aids skill acquisition and career advancement, potentially leading to the retention of motivated trainees.
農村地域の高齢化により深刻化する農業労働力不足に対応し,外国人労働力の導入が広まっている.その方法の一つとして,「農作業請負方式技能実習(以下,請負方式)」がある.この方式では,農協等が外国人技能実習生(以下,実習生)を雇用し,農家との請負契約に基づいて農作業をおこなう.請負方式は,通年雇用が難しい小規模な農家に外国人労働力を活用する有力な方法であるが,部分的な反復作業が多く,実習生に作物の栽培サイクル全体を経験させる機会が乏しいという“実習上”の課題を抱える.
技能実習を通じた実習生のキャリア形成は,請負方式に限らず,外国人技能実習制度の重要な課題であり,キャリアパスの構築や受入れ企業における育成体制の整備が課題として示されている(技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議,2023).しかし,経営資源の限られた農協や農家にとって,総合的なキャリア支援の提供は容易ではないと考えられる.
特に,請負方式は,その主体となる農協等の経営上の負担が大きいことがわかっており(中原・中塚,2023),キャリア支援に取り組む余裕がないのが実態と考えられる.また,請負方式は農業技術修得に不利となりやすいほか,反復作業をこなすなかでは,日本人との会話等のコミュニケーションの機会が少なく,密なコミュニケーションが取られる家族農家の直接雇用(軍司,2019)に比べて,日本語能力やマナー等の修得機会が得られにくい.請負方式ではこれらの点を補うための支援が必要であるが,請負方式を扱った先行研究自体が少なく,ガイドラインや実施体制に関するものに限られており(石田,2019;中原・中塚,2021;軍司・堀口,2022;堀口・澤田,2023),キャリア支援の実態はわかっていない.
そこで,本研究では,請負方式でキャリア支援を行う農協を事例に,第一に,小規模農家の支援を目的とする「農作業請負方式技能実習」において,農協がどのようにキャリア支援を提供しているか,第二に,そのキャリア支援プログラムについて,実習生がどのように評価しているかを明らかにすることで,実習生のキャリア支援に関する有効性を考察することを研究課題とした.
なお,本研究では「キャリア」の定義を職業的キャリアに限定したうえで,「キャリア支援」を,個人が将来望む職業に就くための支援と能力獲得機会の提供とする.キャリア支援の望ましい方向性は,制度上は,母国での就農であるが,実際の職業選択は個々の自由に委ねられている.先行研究では,修了後のキャリアアップの実態として一般の日系企業への就職等が挙げられる(軍司・堀口,2016;岩下,2018).また,技能実習3号や特定技能の創設により日本でのより長期の就労が可能となったため,キャリアの選択肢が広がった1.これらを踏まえて,本論文では,本人の希望するキャリアの支援を前提としつつ,その一つのキャリアとして日本における農協や管内での就労を是として論をすすめる.
技能実習生のキャリア形成に必要な能力には,先行研究から,専門技術,日本語能力,日本式労働慣行,日本のマナー等が挙げられる(軍司・堀口,2016ほか).また,日本人との交流等の日本語学習機会がキャリア形成の要因となることが明らかにされている(見館他,2022).これらは,外国人技能実習機構のフォローアップ調査の結果とも整合的である.本研究では,農業で働く実習生を対象とすることから,専門技術を農業技術と定義し直し,さらに日本語能力,日本式労働慣行,日本のマナーの獲得に関する支援を分析の対象とした.
本研究で取り上げる事例は,鹿児島県のA農協である.A農協は請負方式に一定の経験があり,実習生のキャリア支援を行うが,そもそも請負方式に取り組む農協が少なく,その中でもキャリア支援を行う事例は他にないことから,研究課題に適した先進的な事例として選定した.
調査は,2023年8月に半構造化インタビュー調査により行った.対象は,A農協の管理職2名と,A農協でキャリア支援を受けた実習生2名の計4名とした2.管理職2名には,農作業請負の導入経緯,実績,支援目的,支援内容,実施体制などを,実習生には,家族構成等の基礎情報のほか,来日目的,将来のキャリアの希望,日本で学びたいこと,支援への評価を尋ねた.
A農協は,鹿児島県下の総合農協である.組合員数は約16,000名,職員数は約350名である.管内には,経営面積0.5haから1.0haの小規模農家が多く,農家の平均年齢は67歳と高齢化による農業労働力不足が地域の問題である.一例として地域の主要産品であるバレイショの収穫では年間延べ人数500人から1,000人の労働力不足が生じていた.これへの対応としてA農協では,建設業者との連携,シルバー人材センターの利用,有料職業紹介により組合員農家の農作業を支援してきたが,これらの働き手確保も難しくなり,2019年,ベトナム人実習生5名を受入れ,県内で最も早く農作業請負方式技能実習による外国人材の活用を開始した.
A農協が行う請負作業への依頼人数は,2019年から2022年の間に年間延べ約4,000人から約6,500人に増加した.A農協は常に依頼の約8割に対応してきたが,これは請負作業を担う外国人材の増加によるところが大きい.実際,この間その割合は10%から52%に増加しており.外国人材は,A農協ひいては組合員農家の営農に不可欠な存在となっている.
表1はA農協が雇用する外国人材の一覧である.ベトナムとインドネシアから実習生6名と特定技能4名が雇用されていた.年代は20~30代で,10名中9名が女性である.来日後まもないH,I,J氏を別にすると,修了もしくは契約満了後の継続希望者が4名,継続意思がないか迷っている者が3名である.他で技能実習を終え,特定技能から雇用された人材(E, F, G)もいるが,A農協は彼らにも実習生と同じ支援を提供している.なお,技能実習を終えた外国人が,外国人技能実習制度上その配置が定められている「実習指導員」となる例はまだないが,A農協は,A氏を候補として,支援機関や外国人技能実習機構等に選任手続きの確認を進めている.選任に伴う昇格と昇給が計画されているという.これまで管内の農家に1名が移籍し,E氏も管内の農家に移籍予定である.
A農協が雇用する外国人材
| 資格1) | 年数2) | 国籍3) | 年齢 | 性別 | 継続4) | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| A | 特1 | 4年1月 | VN | 30代 | 女 | 〇 |
| B | 技2 | 2年7月 | VN | 20代 | 女 | × |
| C | 技2 | 2年7月 | VN | 30代 | 女 | 〇 |
| D | 技2 | 2年7月 | VN | 30代 | 女 | 〇 |
| E | 特1 | 1年9月 | VN | 30代 | 男 | × |
| F | 特1 | 1年0月 | VN | 20代 | 女 | 〇 |
| G | 特1 | 10月 | VN | 30代 | 女 | × |
| H | 技1 | 5月 | IDN | 20代 | 女 | ― |
| I | 技1 | 5月 | IDN | 20代 | 女 | ― |
| J | 技1 | 5月 | IDN | 20代 | 女 | ― |
資料:調査より作成.
1)在留資格 技1:技能実習1号,技2:技能実習2号,特1:特定技能1号.
2)A農協での在職年数.4年1月は4年1ヵ月を示す.
3)国籍 IDN:インドネシア,VN:ベトナム.
4)〇継続意思あり,×継続意思なし,―未定.
A農協は,地域農業の維持発展,組合員農家の農業生産の支援に資する表2のような人材の育成を目的としたキャリア支援にあたっている.目指す育成像は,管内の農業を理解し,高い農業技術と日本語能力を身につけて,A農協内で長期にわたって就労する人材である.A農協によれば,管内の農業を理解し,細かい指示監督なしに「単独で作業可能な人材」になるには2~3年を要するという3.現状では,A氏がこれにあたり,B,C,D氏も半年後に特定技能に資格変更すれば可能となる技術水準に達しているという.3年間の実習で育成し,修了後に特定技能で再雇用すれば,指導員の常駐なしに単独で作業を任せることも可能となり,農協の負担を低減できる.さらに,管内の農業生産を理解し,高い農業技術と日本語能力を得た者を「実習指導員」に選任し,日本人職員に代わって実習生に同行させるという構想もある.また,A農協は,E氏のように「管内で就農する人材」となれば地域農業の活性化につながると考えている.
A農協の育成する人材像
| 育成する人材像 | 働く場所 | 農業技術1) | 日本語2) | 在留資格3) |
|---|---|---|---|---|
| 実習指導員 | 農協 | 高 | 高 | 特定 |
| 単独で作業可能な人材 | 農協 | 中 | 中 | 特定 |
| 指示下で作業する人材 | 農協 | 低 | 低 | ― |
| 管内で就農する人材 | 管内 | 中 | 中 | ― |
資料:調査より作成.
1)高:管内の農業生産の特徴を理解し,他者に指導可能な水準.中:指導員の同伴なく作業可能な水準,低:指導員の指示や指導を受けて作業ができる水準.
2)高:農家との打合せが可能な水準,中:作業指示が理解できる水準,低:日常会話が理解できる水準.
3)特定:特定技能,―:技能実習または特定技能.
ただし,A農協は実習生のキャリアの方向性を限定してはおらず,帰国や他地域および他業種への就職を含め,本人の希望を尊重して支援している.A農協の営農支援部長によれば,農業技術や日本語能力は日々の仕事に役立つほか,支援により得られる実習生の満足感が,実習生の仕事や学習への意欲,定着にもつながると期待しているという.
(3) キャリア支援プログラムA農協が実施しているキャリア支援に関する取り組みを機能別に整理したものが表3である.①~⑤はA農協がキャリア支援のために設計し,実施しているプログラムであり,⑥⑦は,A農協には明確なキャリア支援の意図はないものの,間接的にキャリア支援として機能している取組みである.
A農協が実施したキャリア支援に該当する活動の一覧
| 活動 | 目的 | 内容 |
|---|---|---|
| ①キャリア面談 | 希望の把握 | 実習生1名と管理職2名による個別面談.修了後のキャリアに関する希望の聞き取り,助言. |
| ②キャリア希望の聴取 | 希望の把握 | 送迎,寮訪問,食事会等の会話を通じておこなう,修了後のキャリアに関する希望の聞き取り,助言.①を補足する. |
| ③農業技術修得支援(自主農園等) | 農業技術 | 自主農園や育苗センター等での実習中におこなう,専門知識を持つ指導員による野菜・果実等の技術指導. |
| ④農業技術修得支援(請負圃場) | 農業技術 | 請負圃場での実習中に追加的におこなう,専門知識を持つ指導員による植付け・収穫・摘果等の技術指導,農家からの技術助言. |
| ⑤日本語学習支援 | 日本語 | 寮訪問時におこなう,営農支援部長または生活指導員を講師とする勉強会.希望者を対象とするオンライン日本語指導1). |
| ⑥地域との交流促進 | 日本文化他 | 地域コミュニティとの交流会・夏祭り・運動会・町内清掃・テトフェスタ等への参加,および護身術・料理会開催等による,日本語学習および日本文化理解の支援,ネットワーク形成支援. |
| ⑦職員との交流促進 | 日本文化他 | 食事会・送別会・職員研修旅行の開催,農協行事(役職員大会,職員組合)等による,日本語学習機会の提供と日本文化理解の支援. |
資料:調査より作成.
1)調査時では導入検討中.
支援の流れとしては,①キャリア面談を行った後,寮訪問などの機会をつくり,②キャリア希望の聴取では希望の詳細を確認しながら相談に乗っている.続いて,③④農業技術修得支援,⑤日本語学習の支援をおこなう.⑤については,積極的な交流促進により,日本語学習機会や日本文化・マナーの修得機会の提供も行われている.
A農協がとくに力を入れているのは③の指導で,請負作業では得にくい,栽培サイクル全体の知識修得を目指す.遊休農地を再生した自主農園では,指導員の指導のもと実習生が,ゴーヤ,スナップえんどう,甘藷,馬鈴薯,紅甘夏などを生産している.このほか,指導内容には育苗やハウスのビニル被覆も含む.請負では植付けや収穫などの反復作業が多いが,自主農園では土壌づくりから収穫までの一通りの指導が可能となる.A農協はキャリア支援の意図を持って専門知識を持つ指導員を多数配置し,単なる農作業の遂行に留まらない,高い水準での技術指導を目指している.
④では,A農協の職員が実習生への指示管理を行うが,最低限の作業指示だけでなく,可能な場合は実習指導員を多めに配置し,技術習得に繋がる追加的な指導をおこなっている.農家にも技術指導や助言を任意で依頼している.請負契約前に,農家に対して,作業に不慣れな実習生への配慮の必要性を説明するほか,作業前に実習生を紹介し,農業技術習得支援への協力を促している.
⑤の日本語学習支援では,実習生の希望に応じて,職員が寮を訪問し,週1回30分程度の勉強会を実施していた.新型コロナウイルス感染症対策のため休止し,オンライン講座の導入を検討中である.
⑥地域との交流促進および⑦職員との交流促進は,A農協としては,実習生の思い出作りのほか,⑥では地域への溶け込みを,⑦では働きやすい環境づくりを目的としている.同時に,日本文化の学習や将来のためのネットワークづくりも期待している.これらはまた,日本語学習機会や日本のマナーの修得機会ともなっている.地域との交流では,運動会や町内清掃などに希望者を参加させるほか,地域住民の側からも交流の要請がある.A農協によれば,農協職員OBやその関係者が,市役所や地域コミュニティで活動しており,地域住民と実習生との交流に関して連携がはかれているという.職員との交流では,寮や飲食店での食事会,研修旅行,農協のパーティーへの参加などが行われている.
(4) 支援プログラムの実施体制A農協のキャリア支援活動に必要な人員・時間を示したのが表4である.A農協の請負業務・外国人雇用では,営農支援部が中心的な役割を果たす.部に所属する日本人職員は,部長,課長,指導員4名,および事務職員1名の計7名である.キャリア支援の主体となるのは営農支援部であるが,他部署からも指導員を複数選任して農協全体で取り組んでいる.このような体制は他に類例が見られず,A農協の取組みは先進的といえる.③④は,実習実施上必要な人員であり,キャリア支援を行わない場合にも発生するが,専門知識を持つ職員が高い水準で指導できる体制をとっている.6名の実習生に対しては2~3名の実習指導員を置くことで国の要請は満たせるが,A農協ではこれよりはるかに多い17名の指導員を選任し,内11名は指導内容の充実のため,指導課や果実課などから選任している.
A農協のキャリア支援活動に必要な人員・時間
| 支援活動の種類 | 担当 | 職員数 | 対象 | 実施頻度・所要時間(職員数×労働時間/年) | |
|---|---|---|---|---|---|
| ①キャリア面談 | 営農支援部 | 2名 | 全員 | 実習生1名あたり,年2回×30分 | (20) |
| ②キャリア希望聴取 | 営農支援部 | 1名 | 全員 | 必要に応じて月1~2回×30分 | (90) |
| ③農業技術修得支援(自主農園等) | 実習指導員 | 5名 | 全員 | 実習生2名に対し指導員1名 自主農園等作業日(年間約90日)×8時間 |
(1200) |
| ④農業技術修得支援(請負圃場)1) | 実習指導員 | (3,4名) | 全員 | (実習生3名に対し指導員1名) (請負作業日(年間約170日)×8時間) |
(―) |
| ⑤日本語学習支援 | 営農支援部・生活指導員 | 1名 | 希望者 | 週1回×30分 | (25) |
| ⑥地域との交流促進 | 営農支援部 | 1~5名 | 希望者 | 月1回×2時間 | (72) |
| ⑦職員との交流促進 | 営農支援部 | 6名 | 希望者 | 食事会:年3回×2時間,旅行:年1回 | (36) |
| 計 | (1,443) | ||||
資料:調査より作成.
1)実習指導員は,技能実習で必須の人員であるため,純粋にキャリア支援に要する人員を表してはいない.しかし,A農協では,キャリア支援の意図をもって最低限定められた人数よりも多い実習指導員を選任し,その作物の専門知識を持つ指導員が指導に当たるよう体制を整えている.
A農協がキャリア支援に要した経費は,キャリア希望の聞き取り,農業技術修得支援,日本語学習支援に関しては,営農支援部と技能実習指導員,生活指導員の人件費であった.表4の③および④は従来業務である.③のうち指導員を手厚く付けることによる増分と①②⑤⑥⑦の概算で,年間約1,500時間となる.事業費は,地域との交流支援では年間20万円程度,職員との交流支援では,年間10万円程度であり,その3/4は鹿児島県が外国人労働者の受け入れと定着を支援する「外国人材が安心して働ける『かごしま企業』助成事業」の補助を受けた.
キャリア支援を評価するためには,A農協のキャリア支援を一定期間以上受けた人物の話を聞く必要がある.表1に示した10名のうち,2年以上の経験者は,A,B,C,D氏の4名であった.実習生の持つ将来の希望は多様であるが,A農協への定着に積極的な実習生と,消極的な実習生の両方を調査対象とした.なお,A~D氏の中で,修了後にA農協での就労の継続意思があるのはA,C,D氏,継続意思がないのはB氏である.A氏は10名の中で最も長く勤務し,定着に積極的で,かつ,育成像に近い例としてA農協から紹介を受け,定着に積極的なグループの代表として選んだ.一方,定着に消極的な者については,1期生のうち4名がすでに帰国または転職しており,現在勤務する中では,B氏が他業種への転向の希望を持ち,かつ在職年数も長いため,B氏を定着に消極的なグループの代表として選んだ.
(2) インタビュー対象者の基礎情報表5にインタビュー対象者2名の基礎情報を示す.2名ともベトナム人女性で,A氏は2019年から2021年の間にA農協で3年間の技能実習を修了し,特定技能1号の在留資格で就労していた.B氏は2021年からA農協で実習を開始し,技能実習2号の在留資格で就労中であった.
インタビューに回答した外国人材の基礎情報
| 項目 | A氏 | B氏 |
|---|---|---|
| 在留年数 | 4年1か月 | 2年7か月 |
| 年齢・性別 | 38歳・女性 | 26歳・女性 |
| 国籍 | ベトナム | ベトナム |
| 出身地・家業 | 中部高原地域,農家(コーヒー豆,胡椒,ドリアン計3ha程度) | 北中部地域,農家(稲作,面積不明) |
| 家族構成 | 母国に娘1人(未就学児) | 未婚 |
| 学歴 | 法律系大学夜間部卒 | 普通高校卒 |
| 来日前の仕事 | 市役所の事務職 | 靴生産工場,電子部品組立工場の工員 |
| 来日目的 | 収入獲得,日本で働き続けること | 収入獲得,海外生活体験,旅行 |
資料:調査より作成.
A氏は38歳で,日本滞在は4年1か月,母国に未就学の娘がいる.実家は中部高原の少数民族が多い地域にある生産農家で,約3haの経営面積でコーヒー豆,胡椒,ドリアン等を生産するが,収益は最低限の生計を支える程度の水準とのことである.A氏はベトナムの法律大学の夜間部を卒業後,市役所で数年間勤務し,高い賃金を求めて来日を選択した.
B氏は26歳で,日本滞在は2年7ヵ月,未婚で,母国には兄がいる.B氏の来日目的は,海外生活の体験と,高い賃金である.出身は北中部の農村部にある稲作農家で,休日がなく収入が少ない農家の生活に魅力を感じていない.B氏は,普通高校卒業後,靴製造工場や電子部品組立工場の工員として勤務した.海外生活や旅行,日本のアニメに関心があり,実習生として来日した.
(3) キャリアの希望将来のキャリアの希望として,A氏は,A農協で働き続けることと,母国にいる娘の呼び寄せができる在留資格の獲得を挙げた.農業は,長年農業に慣れ親しんできたことと,他業種に就職するには年齢が障害になるとの考えから選んでいた.キャリア面談等を通して,家族帯同が可能な特定技能2号を知り,これが2023年6月に農業に適用されたため,将来的にはA農協での切り替えを期待している.
A氏が身に着けたい能力は,日本語と農業機械の操作技術など高度な農業技術である.日本語を学びたい理由は,業務上の指示のすみやかな理解と,日常生活上の必要である.現在は日本語能力試験3級(N3)の取得を目指して毎日30分程度の自宅学習をしている.農業技術については,農業機械の資格取得を含め,様々な仕事を覚えたい希望がある.
B氏は,修了後も日本での就労を希望している.A農協での継続就労ではなく,食品加工等,屋内業務を希望しているが,まだ漠然としており,監理団体への相談や求人情報の収集など具体的な行動はしていない.日本で学びたいことは定まっていないが,日本での就職には日本語が必要との認識があり,職場の日本人に積極的に話しかけている.
(4) A農協のキャリア支援への評価表6は,A農協のキャリア支援プログラムに対する評価に関するA氏とB氏の言説である.A氏は全てのプログラムに参加経験があり,全ての取組を肯定的に評価した.一方で,B氏は,②キャリア希望の聴取,⑤日本語学習支援を除いて参加経験があるが,①キャリア面談と②キャリア希望の聴取については不参加または得るものがないと評価しており,実施も求めていなかった.
A農協のキャリア支援活動に対する実習生の評価に関する言説
| 支援活動の種類 | A氏の評価 | B氏の評価 |
|---|---|---|
| ①キャリア面談 | 積極的に活用し,役立った.特定技能1号で再雇用が実現し,家族の呼び寄せの計画について相談できた, | 必要性を感じなかった.まだ自分が何をしたいかわからず,特に考えていないので,聞かれると困る. |
| ②キャリア希望の聴取 | ありがたかった.特定技能2号に関する情報など,将来のキャリアに関して情報提供されたほか.親身に相談に乗ってもらえた. | 必要なかった.自分からは希望したことがない. |
| ③農業技術修得支援(自主農園等) | 役に立った.肥料や農薬の知識など,日本の農業でもベトナムの農業でも生かせる知識が身に着いた. | 役に立った.万が一,ベトナムで農業をする場合も柑橘の摘果やゴーヤの交配の技術が使える.様々な仕事を経験できるのが良い. |
| ④農業技術修得支援(請負圃場) | 役に立った.機敏で効率的な日本人の働き方が,自身にも身に着いた.農家の人と話せるのはありがたかった. | 役に立った.農家の人と話して日本語を練習している.ただ,したい作業が選べないのは不満. |
| ⑤日本語学習支援 | 日本語学習に役立った.今は休止中だが,勉強会を再開してほしい. | 参加した記憶がなく評価できない.強制されないと自主的に勉強できない性格なので,勉強会をしてほしい. |
| ⑥地域との交流促進 | 日本語や日本文化の修得に役立った.地域での生活のしやすさにつながった. | 日本語や日本文化の修得に役立った.料理がとくに楽しかった. |
| ⑦職員との交流促進 | ありがたかった.日本語の上達のため会話したいが,話しかけるのが苦手なのでこうした行事は助かる. | 日本語や日本文化の修得に役立った.楽しい行事が多いとありがたい.旅行や料理が楽しかった. |
資料:調査より作成.
③④の農業技術修得支援では,農業を続ける予定のA氏も,農業を希望しないB氏も,ともに,ベトナムでもA農協で得た農業技術が役立つと答え,肯定的に評価した.ただし,B氏は,もっと多くの仕事を覚えたいと考えており,担当する作物などの希望が聞き入れられない点に不満を持っていた.
⑤日本語学習支援では,A氏とB氏がともに,勉強会を望んでいた.⑥地域との交流促進と⑦職員との交流促進についても,2名がともに日本語や日本文化の修得に役立ったと評価した.A氏は,地域で生活する上で役立っていることを評価する一方で,B氏は料理や旅行などの一時的な楽しみと捉えていた.
本研究の1つ目の問いは,小規模農家の支援を目的とする「農作業請負方式技能実習」において,農協がどのようにキャリア支援を提供することが可能かであった.請負方式では,請負圃場だけでは部分的な反復作業が多く,作物の栽培サイクル全体を経験させることが難しい.A農協では,あえて自主農園での指導を組み込むことで年間を通した技術や共同作業のやり方を指導するほか,請負圃場でも,農家の協力を得て技術修得や日本語学習の機会を確保していた.これに加えて,プログラム外でも,地域との交流促進など,日本語学習機会や日本文化・マナーの修得,ネットワーク形成につながる,間接的なキャリア支援を提供できていた.A農協の事例からは,請負方式でも,適切な工夫を施すことで,実習生の技能向上やキャリア支援が実現可能であるといえる.一方,支援活動にかかるコストは,県の助成利用,農家や地域の協力により節減し,持続的なキャリア支援に近づけていた.
A農協は,キャリア支援を通じて,農業技術や日本語能力の向上は農協内の生産性をも向上させるほか,支援による実習生の満足は,技能修得や仕事のモチベーションになると同時にA農協への定着の可能性も上げると期待している.
A農協のキャリア支援の動機となる,実習生の定着や育成の成果を,育成像との関連でみると,まず,最も難度の高い「実習指導員」については,A氏の選任が進行中であり,少なくとも1名の育成に成功している.さらに,A農協は,制度の変化や人材の成長にあわせて,特定技能2号資格による家族帯同の実現など構想を発展させている.次に,「単独で作業可能な人材」はA氏のほか,C氏とD氏が修了後の就労継続を希望しており,一定の育成ができている.人材確保の視点からは,こうした人材を育成することで,A農協は「指示下で作業する人材」の受入数をも増やすことができ,独立あるいは管内の農家に移籍する「管内で就農する人材」と,請負の継続を両立する体制を目指せる.
本研究の2つ目の問いは,A農協のキャリア支援プログラムの有効性を実習生の評価から考察することであった.インタビュー対象の2名は,異なる将来ビジョンを持ち,定着を希望するA氏が地域への溶け込みや,農業技術,業務理解のための日本語を学習する一方で,他業種への転職を検討するB氏は,就職のための日本語学習を重視していた.また,交流支援は,両者から日本語や文化を学ぶ機会として肯定的に評価されていた.A農協の農業技術や日本語能力の獲得に関する支援は,実習生に有効に活用されていると評価できる.
一方で,キャリア面談とキャリア希望の聴取に関しては,実習生の将来ビジョンによって評価が異なり,A氏が自身のキャリア形成に活用していたのに対し,B氏は意義を感じておらず,活用に消極的であった.このことから,キャリア面談や聞き取りによる支援が,帰国や他業種を目指す実習生に十分に届いていないという課題が見えてくる.
A農協は,実習生の希望するキャリアが育成像に合致するかどうかに関わらず,すべての実習生に対して,キャリア支援を等しく提供している.そして,支援を通じて獲得できる技術技能の活用範囲は,A農協や管内農業に限らず,定着以外のキャリアでも活用可能である.部分的な課題はあるものの,総合的に,A農協はキャリア支援の成功事例といえる.
帰国や他業種への転職を望む実習生への支援の充実には,多様なキャリアパスの提示や修了後の就職先設立や斡旋等が考えられるが,他業種の就職情報の収集や理解,会社設立の費用等を要する支援を一農協に求めることは現実的ではないため,行政が主体となって,支援を補完することが望ましい.
本研究の限界として,実習生のキャリア支援に関する先行研究は非常に限られており,経営体の種類による具体的な比較分析や,農協の経営的特性や農業労働力の賦存状況によるキャリア支援の特徴が検証できていないことがある.これらの比較研究は今後の課題である.