Journal of Rural Problems
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Short Paper
The Empirical Analysis of Loans from Executives and Cash Holdings in Agricultural Corporations
Rikuto Ushida
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2025 Volume 61 Issue 3 Pages 111-117

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Abstract

This study uses multiple regression to empirically analyse the relationship between loans from executives and financial strategies of agricultural corporations. The cash holdings ratio is used as an indicator of financial strategy. The key findings are as follows: (1) A negative relationship exists between the balance of loans from executives and the cash holdings ratio; (2) In corporations that increased loans from executives during the year, a higher operating cash flow to total assets ratio is associated with a higher cash holdings ratio in the same year; and (3) In these corporations, a higher operating cash flow to total assets ratio is linked to a lower cash holdings ratio in the subsequent year. These results suggest that agricultural corporations utilizing loans from executives tend to adopt financial strategies based on short-term perspectives rather than long-term financial stability.

1. 背景

現在,日本の農業は高齢化,後継者の不在,資材コストの高騰など多くの問題を抱えている.したがって,農業従事者数は減少の一途を辿るが,そうした状況下において法人経営体(以下,「農業法人」)の存在感が高まっている.南石(2021)は,2019年の全国農業法人アンケートの分析を行い,2005年から2020年にかけて農業販売額が3,000万円以上の農業法人が増加しており,特に1億円以上の農業法人でその増加が顕著であることを指摘している.また,同アンケートの結果によれば,2019年時点において農業法人の経営者のうち35.3%が自身の経営を「成長期」,11.8%が「第2成長期」にあると回答しており,多くの法人では事業規模の拡大を推進する戦略的な行動をとっている可能性が示唆される.したがって,今後もこのような傾向が続き,農業法人の規模拡大がさらに進展することが予想される.

しかし,拡大戦略が必ずしも期待通りの効果を生むとは限らず,経営悪化に直面するケースも少なくない.そのため,資金調達や資金運用を含む財務管理を適切に行うことが,経営の成長にとって不可欠であることが指摘されており(大室・梅本,2010),農業法人のリスクに対する経営者の姿勢の把握や流動性リスクへの姿勢に影響を及ぼす要因を明らかにすることが重要だと考えられる.特に,各法人を横並びで比較可能な財務指標を用いて流動性リスクに対する姿勢を把握できれば,経営戦略の指針を提供するうえで大きな意義を持つ.農業法人の持続的な成長を支えるためには,農業経営における財務戦略と資金管理の関連性を明らかにし,的確な意思決定を支援する必要がある.

本研究では,法人の「現預金比率(現金・預金÷総資産)」に焦点を当てる.現預金比率は財務安全性を示す指標の1つであり,事業リスクの低減に寄与する(中野・高須,2013).また,現預金比率の向上には予備的動機を伴い,将来の投資や債務履行などに対する資金制約リスクに備えるものとされる(Opler et al., 1999).将来における資金制約リスクが高いと経営者が考える場合,より多くの現金を保有しようとするだろう.また,農業法人においては,農業が他産業と比較して気候や自然災害などによる収益変動の可能性が高いことから,現預金比率の重要性が指摘される(木南,2001).

先行研究では,一般企業を対象としたコーポレートファイナンスの領域において,「繰延報酬」や「退職給付に係る負債」などの内部負債(法人に対する経営者等の債権)が注目されており,企業の財務構成の決定と関連することが報告されている(Liu et al., 2014野間,2020).内部負債を多く保有する企業では,経営者と債権者である従業員の対立が緩和され,両者の目的が企業の長期存続となることから,現預金比率が高まることが指摘されている.

しかし,コーポレートファイナンスが対象とする一般企業と比較して,農業法人の規模は小さいことから退職給付に係る負債を多額に保有している経営は少なく,また負債価値と連動した報酬制度も一般的ではない.農業法人において経営者等の債権として多くを占めるのが「役員借入金」である1.役員借入金は農業法人における特徴的な資金調達手段であり(大室・梅本,2012),法人が経営者あるいはその家族から借入した資金を指す.役員借入金は,金融機関の審査を経ることなく迅速かつ簡便に調達できる一方で,債権者である経営者から返済が要請されないことから,安易な借入の実施や償還が滞り経営内に蓄積されることが危険性として指摘される2

役員借入金と現預金比率との関係については異なる仮説が想定される.1つ目の仮説として,役員借入金と現預金比率にはプラスの関係が想定される.財務会計分野の先行研究では,企業の内部負債である退職給付に係る負債と現預金比率との間には正の関係があることが示されている(野間,2020).役員借入金とこれらの内部負債との共通点として,経営者が会社の継続に対して強いインセンティブを持っていると考えられる点が挙げられる.我が国の法人における企業年金制度を例にとると,企業年金解散時には,母体企業に対して不足額の一括拠出が求められる.従って,経営者は,リスクを回避して継続的な経営を行うインセンティブが高まる.対して,役員借入金は経営者が自らの資金を企業に貸し付けているため,法人の倒産時には債権が保全されないことが一般的である.したがって,経営者は自身の資金が損なわれることを避けるために保守的な経営方針を採用すると考えられる.

2つ目の仮説として,役員借入金と法人の現預金比率にはマイナスの関係がある可能性が指摘される.大室・梅本(2012)梅本(2014)では,役員借入金は低収益性の経営において,短期資金の償還や運転資金の充当に用いられる事例が指摘されており,過度な依存が問題視されている.こうした法人では,短期的目線での財務戦略を実行せざるを得ず,将来を見据えた「予備的動機」が形成されにくいことが想定される.したがって,現預金比率が低い可能性が指摘できる.

このように,法人の役員借入金と現預金比率との間には相反する仮説が想定されるが,農業法人において,これらの指標と企業行動との関連性を実証した研究は見られない.そこで,本稿では農業法人の役員借入の実施と現預金比率との関係を実証的に明らかにすることを目指す.

2. データの概要

本稿では,国内最大の信用調査会社である帝国データバンク(TDB)が提供する財務データセットを利用する.本データセットには,農業に関連する多様な業種の法人財務データが収録されており,法人ごとの年単位の財務情報を提供する点が特徴である.本稿では農業部門の中でもサンプル数が多い業種(米作,米作以外の耕種,野菜,施設野菜,酪農,肉用牛)のうち3期以上連続して財務データが収録されている法人を分析対象とした.分析の対象期間は2009から2019年までの11年間である.なお,説明変数および制御変数に欠損値があるサンプルはあらかじめ分析から除外している.

3. 分析手法

本稿では,役員借入の実施と現預金比率の関係を明らかにするため2種類の重回帰分析を実施する.なお,本稿で用いたモデルはAlmeida et al.(2004)野間(2020),および石黒(2022)を参照した.ただし,これらの先行研究では制御変数として法人を所有する株主構成に関する変数や企業価値に関する変数など,農業法人を対象とした分析にはそぐわない変数が用いられている.よって,これらの変数は除き,代わりに効率性や成長性などの変数を加えた.

1つ目の分析は,重回帰分析である.この分析は,法人の役員借入金と現預金比率の関係を明らかにすることを目的としている.被説明変数には現預金比率を採用し,説明変数には法人の役員借入金残高(以下役員借入金)を用いた.なお,現預金比率と役員借入金残高には同時決定によるバイアスの可能性があるが,本分析の目的は因果関係の解明ではなく,傾向の把握にあるため,通常の重回帰分析を用いる.

2つ目の分析は,差分回帰分析である.この分析は,役員借入を実施することで現預金比率がどのように変化するのかを明らかにすることを目的としている.被説明変数にはΔ現預金比率およびΔ現預金比率t+1を用いた.なお,Δ現預金比率は現預金比率のt期とt−1期の差分を,Δ現預金比率t+1t+1期とt期の差分を表わす.これら両方の変数と説明変数に正の関係がある場合,説明変数は現預金を持続的に増加させているとみなす.

説明変数には,t期におけるΔ総資産営業キャッシュフロー率3(以下Δ営業CF率)と役員借入実施ダミーの交差項を用いる.なお,役員借入実施ダミー(以下役員借入実施)は,t−1期からt期にかけて役員借入金が増加した場合は1,それ以外は0をとるダミー変数である.この交差項がプラスである場合,当期に役員借入を実施した法人は,そうでない法人に比べて,営業CF率の増加に対する現預金比率の増加の度合いがより大きいことを表す.野間(2020)によれば,交差項は現預金比率のキャッシュフロー感応度を示しており,役員借入を実施した法人が当期に営業活動から獲得した現金を他の支出に利用せず法人内に保有する等の保守的な経営方針を選択する場合,交差項はプラスになる.

次に,分析に用いた制御変数について述べる.なお,重回帰分析では制御変数にt期の変数を用いており,差分回帰モデルではダミー変数を除く各制御変数についてもt期とt−1期の差分を用いることで,法人に共通の固定効果の影響を除いている.まず,法人の規模が現預金比率に及ぼす影響を制御する目的で総資産を導入する.また,法人の信用による影響を制御する目的で自己資本比率を導入する.規模が大きい法人や信用が高い法人ほど,外部資金の調達を行いやすいため,係数はマイナスと予想する.さらに,法人の支払い能力による影響を制御する目的で流動比率を導入する.なお,当該指標は流動資産全体から現預金を引いた値を流動負債で除したものを用いる.支払い能力が高い法人ほど,安全性を重視する財務戦略をとっていると考えられることから,係数はプラスと予想する.また,借入金による影響を制御する目的で長期借入金比率を導入する.借入金を多く抱える法人ほど,資金制約が高いと考えられるため,係数はマイナスと予想する.同様の理由により短期借入金を導入し,係数はマイナスと予想する.次に,現預金と代替関係である運転資本を導入し,係数はマイナスと予想する.次に,法人の販売戦略による影響を制御する目的で売上高販管費率を導入する.売上に対する販管費の比率が大きい法人ほど,よりリスクを選好して経営拡大を展開していると考えられることから係数はマイナスと予想する.また,経営の資本効率による影響を制御する目的で総資産回転率を導入し,係数はプラスと予想する.さらに,法人の成長フェーズによる影響を制御する目的で売上高成長率を導入する.成長期にある法人ほど,直近の投資機会を活用するインセンティブが高まることから,係数はマイナスと予想する.そのほか,企業特性を表す変数として業種,および決算年の影響をコントロールする目的で業種ダミー,および年ダミーをモデルに含める.役員借入金,および総資産については事前に対数化を行っている.また各変数は上下1パーセンタイルでのウィンソライズ化により,外れ値を処理している.なお,重回帰分析において推定された係数の標準誤差には頑健標準誤差を用いた4.変数の詳細は表1のとおり.

表1.

変数の定義・記述統計量

カテゴリー 変数名 平均値 標準偏差
被説明変数 現預金比率 現金・預金÷総資産 0.139 0.137
説明変数 役員借入金 log(役員借入金+1) 1.075 1.834
役員借入実施 前期から当期にかけて役員借入金が増加した場合は1,それ以外は0 0.092 0.289
制御変数 総資産 log(総資産) 5.509 0.141
営業CF率 営業活動によるCF÷総資産 0.008 0.700
自己資本比率 自己資本÷総資産 0.129 0.433
流動比率 流動資産÷流動負債 2.511 4.214
長期借入金比率 (長期借入金-役員借入金)÷総資産 0.447 0.313
短期借入金比率 (短期借入金)÷総資産 0.145 0.218
運転資本 (売掛金+棚卸資産-買掛金)÷総資産 0.334 1.345
売上高販管費率 販売費・一般管理費÷売上高 0.301 0.269
総資産回転率 売上高÷総資産 1.006 0.662
売上高成長率 (売上高-売上高t−1)÷売上高t−1 0.224 0.815
業種ダミー 業種が米作,米作以外の耕種,野菜,施設野菜,酪農,肉用牛である場合にそれぞれ1,それ以外は0
年ダミー 当該年度に該当する場合に1,それ以外は0

資料:TDBの財務データセットをもとに筆者作成

1)総サンプル数は1,395(法人・年)である.

4. 結果

2に重回帰分析の結果を示す.なお,最小二乗法により推定されたVIFは最大で2.70となっており,深刻な多重共線性の懸念は無い.モデル1の推定結果によれば,役員借入金は1%水準で有意にマイナスとなっている.したがって,役員借入金を多く保有する法人ほど,現預金比率は低い傾向にあることが明らかとなった.その他の変数については,売上高販管費率,および売上高成長率が当初の予想と異なり,有意にプラスとなった.よって,売上高に対する販管費が大きい法人や売上高成長率が伸びている法人ほど,現預金を多く保有する傾向にあることが分かった.

表2.

重回帰分析の結果

モデル1
被説明変数 現預金比率
変数名 係数 標準誤差
役員借入金 −0.008*** 0.002
営業CF率 0.049* 0.027
総資産 −0.013* 0.007
自己資本比率 0.004 0.013
流動比率 −0.001 0.001
長期借入金比率 −0.097*** 0.016
短期借入金比率 −0.109*** 0.020
運転資本 −0.001 0.003
売上高販管費率 0.031** 0.014
総資産回転率 0.028*** 0.006
売上高成長率 0.011*** 0.004
_cons −8.374 2.378
業種 Yes
Yes
n 1,395
R2 0.191

1)***,**,*は,それぞれ1%,5%,10%水準で有意であることを示す.

2)標準誤差には頑健標準誤差を用いた.

次に,表3に差分回帰分析の結果を示す.モデル2の推定結果によれば,Δ営業CF率と役員借入実施ダミーの交差項は10%水準で有意にプラスとなった.この結果は,当期に役員借入を実施した法人では,そうでない法人に比べて,当期の営業CFの増加に対する現預金比率の増加の度合いがより大きいことを示している.その他の制御変数については,Δ営業CF率,Δ総資産はそれぞれ有意にプラス,Δ流動比率は有意にマイナスとなった.Δ営業CF率,Δ総資産については,石黒(2022)の先行研究と整合的である.また,Δ流動比率については,売掛金や未収入金等の項目が回収されて現金化されることから,Δ現預金比率とは代替関係となり,係数の符号はマイナスとなったと考えられる.

表3.

差分回帰分析の結果

モデル2 モデル3
被説明変数 Δ現預金比率 Δ現預金比率t+1
変数名 係数 標準誤差 係数 標準誤差
役員借入実施 0.000 0.006 −0.006 0.006
Δ営業CF率×役員借入実施 0.155* 0.088 −0.230** 0.093
Δ営業CF率 0.082*** 0.029 0.002 0.030
Δ総資産 0.130** 0.052 −0.199*** 0.053
Δ自己資本比率 0.073 0.048 −0.040 0.049
Δ流動比率 −0.003** 0.001 0.002 0.001
Δ長期借入金比率 0.014 0.037 −0.002 0.044
Δ短期借入金比率 0.022 0.055 0.039 0.051
Δ運転資本 −0.003 0.010 −0.018 0.012
Δ売上高販管費率 0.015 0.065 0.052 0.055
Δ総資産回転率 −0.014 0.020 −0.018 0.019
Δ売上高成長率 0.001 0.005 −0.002 0.005
_cons 0.013 0.012 0.026* 0.014
業種 Yes Yes
Yes Yes
n 897 897
R2 0.093 0.072

1)***,**,*は,それぞれ1%,5%,10%水準で有意であることを示す.

2)標準誤差には頑健標準誤差を用いた.

モデル3は,モデル2における被説明変数Δ現預金比率の代わりに,現預金比率のt+1期とt期の差分であるΔ現預金比率t+1を導入したモデルである.推定結果によれば,Δ営業CF率と役員借入実施ダミーの交差項は5%水準で有意にマイナスとなっている.また,交差項の係数の絶対値も,モデル2と比較して大きい.この結果は,役員借入金を実施した法人では,そうでない法人に比べて,当期の営業CFの増加に対する翌期の現預金比率の低下の度合いがより大きいことを示している.

5. 考察

以上の回帰分析の結果から,当期に役員借入を実施した農業法人において,以下の3点が確認された.

① 役員借入金を多く保有する法人ほど,現預金比率は低い傾向にあること.

② Δ営業CF率が大きいほど,Δ現預金比率は増加すること.

③ Δ営業CF率が大きいほど,Δ現預金比率t+1はむしろ減少すること.

①の結果から,役員借入金は一般企業における内部負債とは異なり,法人内に蓄積されても予備的動機の要因とはならないことが明らかとなった.また,②および③の結果から,役員借入を実施した法人は,当期に獲得した営業CFのより多くを現金として保有する傾向があるものの,その現金は翌期において短期借入金の償還,運転資本の充当やその他の支出に充てられたと考えられる.この結果は,大室・梅本(2012)と整合的である.すなわち,役員借入を実施した法人では,その年に営業CF率が増加し,一時的に現預金比率が上昇しても,翌期末時点では当期に保有した現金は消費され,企業の流動性や財務の安定性向上にはつながっていない可能性が示唆される.したがって,役員借入の実施は短期的にはリスクを一時的に軽減する効果を持つものの,その影響は持続せず,法人の長期的な資本政策とは結び付かないと考えられる.

本稿の実証分析では,一般企業において内部負債と現預金比率やキャッシュフロー感応度との間に正の相関があるとした野間(2020)の先行研究とは異なる傾向が確認された.この理由として,一般的な内部負債と比較して,役員借入金は償還に対する強制力が低い点が挙げられる.すなわち,経営内に蓄積された役員借入金は,外部資金とは異なり,明確な償還条件が設定されていない場合が多く,経営者自身がその償還を必ずしも意識していない.その結果,役員借入金が法人内に蓄積されたとしても,将来の債務履行やキャッシュフロー創出を目的とした資本支出に備えて現預金比率を高めるといった予備的動機の形成にはつながらなかったと考えられる.換言すれば,役員借入を実施した法人では,長期的な財務安定性の確保よりも,短期的な資金需要への対応を優先する財務戦略が採用されている可能性が高いと考えられる.

最後に本稿の限界について述べる.本研究の対象となった農業法人は,日本全体における農業法人の一部にすぎない.そのため,全国の農業法人の実態を完全には反映しておらず,サンプルの偏りが発生している可能性がある.例えば,財務省「法人企業統計調査」を用いて農業法人の財務的特徴を示した上西・南石(2024)では,「農業・林業」に分類された法人の平均自己資本比率は40%弱と報告されているのに対し,本稿で用いたデータセットの自己資本比率の平均値は12.9%である.乖離の要因として,TDBの財務データは畜産関係の農業法人の比率が高く,安全性の指標を押し下げている可能性が指摘される5.このように,財務データセットの特徴が推定結果に影響を与えた可能性には留意する必要がある.また,本稿で扱わなかった役員保証による借入金と財務戦略との関係の検証についても今後の課題である.

こうした限界はあるものの,本稿の実証結果は農業法人における役員借入金と現預金比率の関係に関する新たな知見を提供しており,農業法人の財務戦略をとらえる上で有用と考えられる.

謝辞

本研究は,農研機構生物系特定産業技術研究支援センター「スタートアップ総合支援プログラム(課題番号SU22B02C)」の助成を受けたものである.

1  その他に役員の信用に基づく債務の一例として,「役員の債務保証による金融機関からの借入」が挙げられる.植杉(2022)は,2019年時点で6割以上の中小企業がメインバンクからの借入時に経営者の個人保証を提供しており,中小企業金融では依然として第三者保証より個人保証の比率が高いと指摘されている.しかし,本稿で用いたTDBの財務データでは,農業法人が保有する長期借入金における保証内容については確認できないため,分析の対象外とした.

2  役員借入金を対象とした先行研究では,収益性が低い法人における緊急的な資金需要にこたえる形で実施される事例(大室・梅本,2012)や資金繰り悪化時における固定負債の超過部分の資金として調達される事例(梅本,2014)などが分析されている.

3  営業活動によるCFは,営業循環(財務活動や投資活動を除く)により当期に獲得した現金を表わす.具体的には農産物の売上による現金収入や受取地代等から農産物の原価に関する支出(生産資材の購入や雇用労賃の支払)や販売費・一般管理費(包装資材や出荷運送料等)等を引いた部分を指す.詳細は古塚・髙田(2021)を参照.なお,本稿では営業活動によるCFを税引き前当期純利益から逆算する間接法により算出した.

4  本稿では,末石(2015)に従い,事前に不均一分散の有無についての検定は実施せずに頑健な標準誤差を使用している.

5  本稿で用いた帝国データバンクの財務データセットに収録された農業法人のより詳細な特徴については大室ほか(2024)を参照.

引用文献
 
© 2025 The Association for Regional Agricultural and Forestry Economics
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