2025 Volume 61 Issue 3 Pages 152-159
Climate change and associated disasters hinder the procurement of fruit tree pollen. To date, domestically produced pollen has not been sold in Japan, which necessitates determining the price of pollen and establishing a distribution system. To contribute to the stable distribution of domestically produced fruit tree pollen, this study explored the actual status of pollen distribution, examined price-determining factors, and proposed a market distribution model. The results indicated that the price of imported pollen determines the price of domestically produced pollen. Additionally, pollen condition, germination rate, year of collection, and place of production could be price-determining factors. The findings suggest that in Japan, it is optimal to establish a distribution system based on the production area.
リンゴやニホンナシといったバラ科の果樹は自家不和合性があり,人工授粉が必須の作業となる.人工授粉に用いる花粉は,果実を収穫する品種より早期に開花する品種から採取する必要があるため,花粉採取専用樹が存在する.また,従前は自家採取していたが,手作業もしくは小型農業機械を用いた労働によるため,高齢農家や大規模農家のような労働時間の確保が困難な農家では,購入花粉を用いる場合も見られるようになっている.なお,購入花粉の多くは,中国等の諸外国から輸入されたものである.
公益財団法人中央果実協会(2016)が国内のナシ主産地15県に対して実施したアンケート結果では,自家採取と輸入花粉や産地内で流通する花粉の購入を併存する産地が11県,自家採取のみで対応している産地が4県,県内地域や規模によって対応が異なる産地が2県であり,全体では購入花粉を利用する農家が約33%あると推定している.
このように購入花粉によって受粉作業を行う農家が増加する一方で,花粉を介した病気が懸念されている.その代表例が火傷病である.火傷病は,バラ科作物に感染し多大な被害をもたらす細菌による植物の病気である.2023年に中国で火傷病の発生が確認されたことから,同年8月に農林水産省は日本への侵入,まん延を防止するため,火傷病菌の宿主植物の輸入禁止を公表した(農林水産省,2023).この公表により,購入花粉に頼っていた農家および産地は,花粉調達が困難な状況に陥り,混乱が生じた.
実際に,植物防疫所(2019–2023)によると,花粉輸入量はいずれの品目も増加していたが,火傷病の発生により,バラ科に属するリンゴおよびナシの輸入量は大きく減少している.リンゴ属の花粉輸入量は,2019年度の167 kgから2021年には302 kgに増加していたが,2023年には31 kgまで減少した.ナシ属の場合,2019年の550 kgから2021年には900 kgまで増加し,2023年には20 kgまで急減した.なお,人工授粉を必要とするマタタビ科のキウイフルーツの輸入花粉量は2019年の188 kgから2021年に108 kgに減少したものの,2023年には147 kgに再度増加している.
このような問題が生じる以前から,花粉不足のリスクは果樹産地で課題となっていた.温暖化の影響により,開花時期が短く,花粉採取および受粉作業に影響が出始めたためである.このため農林水産省は,2021年度から果樹農業生産力増強総合対策の一環として花粉専用園の整備に対する支援を行ってきた.ただし,花粉が十分に採取できる生育状況に至っておらず,機械化も進んでいない.花粉の再生産を可能にする価格設定や流通体制の整備にも至っていないため,販売目的で花粉を生産する果樹農家は少ない.自家用に採取した花粉の残余を販売することはあるが,産地内に留まっており,その価格決定要因は不明である.
(2) 花粉の採取工程と花粉形態花粉の価格設定および流通体制の整備は,それぞれ個別に,様々な要因を検討する必要があるが,価格決定における要因の一つとなり,流通時に留意する要素の一つとして,花粉形態が挙げられる.果樹花粉の採取は,手作業と機械作業によって細かな作業方法の違いはあるものの,花蕾から葯を取り出し,葯から花粉を採取する工程は同じである.
花蕾を採取する際に,手作業では直接,枝から摘み取るか,もしくは花蕾がついた枝を切り,簡易温室で温度管理をして花粉がもっとも採取できる状態の花蕾を採取する.ただし切り枝採取の場合,花蕾を採取する際の電動バサミや簡易温室の設置にかかる費用として約50万円から100万円が必要となる.機械作業では,手持ち式花蕾採取機を用いて花蕾を叩き落す.機械作業の場合,手作業に比べて作業時間が短縮される.
採取した花蕾は,葯採取機や数段階のふるいにかけられ,花弁や花糸等の不純物等から葯が分別される.この状態を生葯と呼ぶ.葯が開くと花粉が散布されてしまうため,速やかに開葯作業に移る.
開葯には室温25°C,湿度50%の環境に約24時間さらす必要がある.この時,地域によっては生産部会や農家が集まり組織された組合が中心となり,開葯センターを設置し,共同で開葯を行う場面も見られる.また,開葯器を使用する場合もある.開葯後の葯殻等が残った状態の花粉を粗花粉と呼ぶ.粗花粉からさらに花粉精選機やアセトンを用いて葯殻を除き,花粉のみを精選した状態を純花粉と呼ぶ.
梵天等を用いて授粉作業を手作業で行う場合,風や梵天への付着状況により作業時の花粉の損失が大きくなることが懸念されるため,粗花粉が用いられる.また,確実に着果させるため複数回,授粉作業を行う農家も見られる.静電風圧式等の高性能な機械や溶液を用いて授粉作業を行う場合,作業効率の良さから純花粉が使用される.純花粉に増幅材である石松子を混ぜることにより,授粉効率が向上するとともに,手作業にも応用することができる.
(3) 既往研究花粉の価格決定および流通体制の整備にかかる直接的な既往研究は見られず,先に挙げた公益財団法人中央果実協会(2016)のみである.
価格決定に関する既往研究は,古くから取り組まれ,多くの既往研究がある.例えば,農産物の品質や品種等が価格に与える影響を分析した研究として,友森・竹原(1974)や広岡・松本(1998),小嶋・大江(2019)や,八尾他(2019)があるが,いずれの研究も価格が決定してからの分析となっている.
価格決定の主体に関する研究として,農家の価格決定への参画の重要性を指摘した三上(1988)や農家の指標価格に着目した崔・永木(2006),仲買人の影響を分析したアチュート・胡(2009)がある.すなわち,価格決定は流通体制によっても影響を受けることが確認できる.
これらの既往研究に示される通り,価格決定にはさまざまな要因が関係しており,価格決定と合わせて流通体制を検討する必要があることが理解できる.一方で,本研究で取り上げる果樹花粉のように,市場価格および流通体制が確立されていない品目の価格決定要因を検討する論文は見られない.
(4) 研究目的と課題上述の通り,果樹花粉を取り巻く環境は大きく変化しており,国内生産された花粉の流通が求められている.このため,現状の花粉流通体制の実態から国産花粉の価格決定要因を明らかにし,実現可能な流通体制を検討する必要がある.一方で,国産花粉のように未だ市場が存在しない品目の価格決定要因および流通体制の検討に関する研究は見られない.このため本研究では,国内で生産される果樹花粉の安定的な流通に寄与することを目的に,次の3つの課題に接近する.
第一に,果樹品目ごとの花粉流通の現状を把握する.ナシに関しては公益財団法人中央果実協会が2016年次の状況を調査しているが,ナシ以外の品目の花粉については調査結果が見られなかった.このため,授粉作業用に花粉を必要とする果実を対象とした調査を行い,その実態を明らかにする.
第二に,国産価格を検討する上で優先的に考慮すべき要因を検討する.上述のとおり,価格決定にはさまざまな要因が関係するため,花粉の価格決定において,状況を踏まえた検討が必要である.
第三に,国内花粉が市場を形成した際の望ましい流通体制を検討する.果樹花粉にはさまざまな品目があり,かつそれぞれの品目で産地ごとに栽培面積が異なる.これらの要因を踏まえた上で流通体制を検討する必要がある.
上記の課題に接近するため,本研究では5つの果樹産地で花粉を取り扱う主体を対象に,花粉採取方法および授粉方法,花粉の流通実態,花粉の価格決定時や利用時に留意する点を聞き取った.なお,本研究での産地は,特産品として消費者に認知される地理的範囲を対象とした.
聞き取り調査の対象は,人工授粉を必要とするナシ・リンゴ・スモモ・キウイフルーツの産地で,花粉採取および花粉精製に関わる主体である.品目の相違に加え,生産組合や法人,担い手農家など,多様な主体が含まれる.実際に,花粉販売は多様な品目で検討されており,市場形成という観点において,それぞれの果樹品目の実態に即した検討をする観点から,妥当であると判断した.
加えて組合Aでは,花粉採取にかかる生産費の算出のため,花粉採取量とそれにかかる費用関係についても聞き取った.なお,それぞれの調査は,2023年2月から2024年6月にかけて行った.
(2) 調査対象調査対象としたのは,次の5つである.すなわち,地域のナシ花粉を集約し精製する組合AおよびB,地域のリンゴ花粉を買い取り販売斡旋する法人C,スモモ花粉の自家採取を行う担い手農家D,地域のキウイフルーツ花粉の集約と精製,販売まで行う法人Eである.調査対象の概要を表1にまとめた.なお,調査対象とした主体の産地ではいずれも,農家が個人で花粉を精製するか,もしくは事例対象が集約して花粉を精製,産地内での流通調整をしており,他に花粉精製や販売を担う主体は存在しない.
調査対象および産地の概要
組合A | 組合B | 法人C | 農家D | 法人E | |
---|---|---|---|---|---|
品目 | ナシ | ナシ | リンゴ | スモモ | キウイフルーツ |
産地規模 | 約32.4ha | 約100ha | 約20,000ha | 約45ha | 約337ha |
事業内容 | 生産指導 技術振興 研修,人材育成 直売施設の管理 |
生産指導 技術振興 研修,人材育成 青果物の集出荷 |
生産指導 教育,人材育成 資材広告・斡旋 |
ナシ・スモモ等 果樹の生産 |
花粉の集約 精製,販売 |
授粉方法 | 手作業・複数回 | 手作業・複数回 | 虫媒 | 手作業 | 手作業 |
調査年月 | 2023年2月 | 2023年4月 | 2024年4月 | 2024年3月 | 2024年6月 |
資料:聞き取り調査より筆者作成.
ナシ産地にある組合Aは,生産指導や技術振興,研修や人材育成を事業として行っており,生産振興の一環として,直売施設の管理の他,花粉の開葯施設を管理・運営している.産地の規模は,栽培面積が32.4 haであり,ナシ産地としては小規模である.また,組合Aの地域では授粉作業を複数回,手作業にて行っているため,純花粉にする必要はない.
組合Bはナシを約100 ha栽培する大規模産地であり,ナシを含む地域の農産物の生産指導や技術振興の他,研修や人材育成,青果物の集出荷を行っている.組合Bの地域では手作業で複数回の授粉作業を推奨しており,純花粉にする必要はない.
法人Cは約20,000 haのリンゴ栽培を行う一大産地の公益財団法人であり,生産指導や教育,人材育成の他,生産資材の広告および斡旋を行っている.地域のリンゴ農家は原則,自家採取で花粉を調達する.授粉作業は農家によって様々な方法がとられてきたが,現在はハチによる虫媒が主となっている.
担い手農家Dは,スモモの他,ナシなどの果実を生産する農家である.地域のスモモの栽培面積は約45 haであり,産地としては小規模である.地域に花粉を精選する施設はなく,担い手農家Dは花粉を自家採取で賄っており,他農家も同様である.スモモの授粉作業は年1回,手作業で行っている.
法人Eは約337 haの栽培面積でキウイフルーツを生産する地域にあり,キウイフルーツ花粉の集約と精製,販売を行っている.地域のキウイフルーツ農家は自家採取もしくは輸入花粉を購入することで花粉を調達しており,手作業で授粉が行われている.
それぞれの事例において,聞き取り調査で得られた花粉の流通実態を以下および表2にまとめる.
調査対象が花粉流通に果たす役割
組合A | 組合B | 法人C | 農家D | 法人E | |
---|---|---|---|---|---|
花粉流通上での役割 | 産地内農家から必要量を精製受託 | 産地内農家から必要量を精製受託 | 産地内農家の残余分を会員農家に斡旋販売 | 産地の農家が各自で必要量を自家採取 | 産地の契約農家から買い取り産地内農家に販売 |
花粉精製上での役割 | 開葯 発芽率の調査 冷凍保存(組合員毎) |
採葯補助,開葯 発芽率の調査 冷凍保存 粗花粉の販売(組合員毎) |
粗花粉の収集 販売 |
採葯,開葯 粗花粉精製 |
開葯 純花粉精選 販売(卸売) |
精製粗花粉量(概算) | 約10kg | 約180kg | 約10kg | 約1kg | 約2kg |
販売価格の決定方法 | 輸入花粉価格 | 輸入花粉価格 | 従来の慣例 | 輸入花粉価格 | 輸入花粉価格 |
資料:聞き取り調査より筆者作成.
組合Aでは,地域のナシ農家から施設に持ち込まれた生葯を開葯し,粗花粉にして組合員に返却している.開葯施設では,建物の一室を利用して温度・湿度管理できるようにしており,開葯器は設置していない.地域のナシ農家はほぼ全員,開葯施設を利用している.このほか,発芽率の調査も県に依頼して行い,ナシ花粉に残余が出れば冷凍保存できるように,業務用冷凍庫を借りている.年間で精製する花粉量は,粗花粉にして約10 kgである.組合Aでは組織として花粉の販売には取り組んでいないものの,組合員間で自家用の残余分を融通し合っていた.
さらに組合Aでは粗花粉に精製する際,一回当たりの開葯量は生葯の状態で600 ccを一単位として取り扱っている.ただし,組合員の農家で開葯器を保有している農家があり,その開葯器を利用する場合は,一回当たり250 ccが一単位となる.
組合Aで地域内の農家で融通し合う場合,開葯した粗花粉一単位を8,000円で販売している.また,過去に組合員外からの問合せにより花粉を販売した際には,組合員農家の開葯器を用い,500 ccを6,500円で販売していた.これらの販売価格は,純花粉の状態で輸入された花粉の販売価格を元に算出された.
残余分は,発芽率が維持するためシリカゲルを同梱した上で冷凍保存される.しかし,経年劣化の恐れもあり,翌年には使用する農家が大半であった.
組合Bでは,開葯施設が設置するとともに,花糸とり器や採葯機といった花粉の採取に必要な機材をそろえ,組合員のナシ農家の採葯補助を行っている.ナシ農家は開葯施設に生葯を持ち込み,組合Bの職員が開葯作業を行った上で,各農家に粗花粉を返却している.開葯施設は空調管理が可能な専用の施設となっており,開葯器は設置していない.地域のナシ農家はほぼ全員,開葯施設を利用している.組合Bでも組合Aと同様,発芽率の調査や冷凍保存対応を行っている.一回当たりの開葯量は生葯の状態で600 ccである.精製する花粉量は,粗花粉にして約180 kgである.組合員農家は,授粉作業に必要な粗花粉量を念頭に,自家採取もしくは冷凍保存した花粉をまかなうが,花粉が不足した場合には,残余分を一部,購入することもある.この場合,組合Bが輸入花粉価格を参考に残余分の価格を決定し,組合員農家に販売している.
法人Cでは,各会員農家が採取し自家用で消費しなかった残余分の粗花粉を買い取り,会員農家に斡旋している.買い取りおよび販売にそれぞれ単価はあるものの,利益目的で設定された単価ではなく,法人の経営体制からも,販売ではなく斡旋としている.精製する花粉量は,粗花粉にして約10 kgと,産地規模にしては少量である.
法人Cでは,会員農家から粗花粉を130円/gに消費税をかけた単価で買い取り,会員農家向けに100 gあたり28,000円で斡旋している.買取価格は従来の慣例によって決まっており,詳細は不明であった.斡旋時の価格は,買い取った粗花粉の発芽率を約6割程度と仮定し,決定されていた.地域の農家は花粉を自家採取しており,不足分を法人Cから購入している.法人Cは会員以外には斡旋しておらず,問合せが合っても断っていた.なお,法人Cがあるリンゴ産地では,集落等で共同作業用の機械が保有していることが多いため,法人Cでは機械等の貸出支援はしていなかった.
担い手農家Dでは,自家で花蕾を採取し,自前の機械を用いて採葯,開葯作業を行っている.残分も保有する冷凍庫で保存しており,花粉の調達は自己完結していた.精製する花粉量は,粗花粉にして約1 kgである.担い手農家Dの地域では,他の農家も自家で対応しており残分を融通し合うことも滅多にない.また,購入花粉を利用する農家もいないとのことであった.担い手農家Dは農協の生産部会に所属しているが,そのような組織を基盤とした開葯作業の共同化や花粉販売は検討されていない.各農家は,個人で直売施設を設置し販売することが多く,農協の集荷率が高くないためである.一方で,高齢化等により廃園となる樹園地が増加してきており,担い手農家Dは利活用の方法を模索していた.花粉販売を始める場合にも,組織ではなく個人で対応し,輸入花粉価格を参考に価格を決定すると述べていた.
法人Eでは,法人と契約する農家3軒が法人Eに生葯を納品し,法人E職員が開葯および純花粉精選,卸売販売にかかる作業を行っている.開葯および純花粉精選には専用の機械を用いており,操作のノウハウはあるものの,一度に純花粉まで精選できる仕組みが確立されている.純花粉は20g/袋で専門商社に卸売され,その後,農業資材を取り扱う商社から小売りされている.販売金額のうち法人Eの事務手数料を除いた額が,納品した花粉量に応じて契約農家に支払われている.精製される花粉量は粗花粉に換算して約2 kgである.なお,小売価格は回答不可であった.卸売された花粉は県内農家を対象に販売されるが,その小売価格は純花粉の状態の輸入花粉価格を参考に決定されているとのことであった.また,花粉生産量が少量であるため,国産花粉の利用を定着させるため,県内流通が優先されていた.
(2) 純花粉価格での比較と価格決定要因聞き取った花粉流通および価格の実態から,花粉価格が入手できた組合Aのナシと法人Cのリンゴの純花粉価格を比較したのが,表3である.品目間で純花粉の販売単価に違いが見られるが,この違いが生じたのは,品目の違いの他,農家による直接販売か,法人を通した卸売販売かという販売方法の違いにも起因すると考えられる.法人を介した場合,非営利で販売したとしても,管理事務にかかる費用は必要である.これらの費用を加算したとして,リンゴ花粉の斡旋単価は輸入花粉価格と同等であった.なお,キウイフルーツ花粉の小売価格は回答不可であったものの,輸入花粉価格状況を想定すると,リンゴ花粉以上の小売価格となっていると考えられる.
花粉価格の実態
ナシ3) | リンゴ | |
---|---|---|
粗花粉量1) | 50g(100 cc) 60g(120 cc) |
100g |
純花粉量2) | 10g 12g |
20g |
販売価格 | 6,500円 8,000円 |
28,000円 |
単価(10g) | 約6,500円 | 約14,000円 |
資料:聞き取り調査より筆者作成.
1)粗花粉量は生葯の1/5として,gはccの1/2として算出した.
2)純花粉量は粗花粉量の1/5として算出した.
3)上段が組合員外向け,下段が組合員向けの算出値である.
また表2の通り,組合Aおよび組合B,担い手農家D,法人Eでは,いずれも輸入花粉価格が販売価格や小売価格の参考値となっていた.加えて算出したリンゴ花粉の斡旋価格も輸入花粉と同程度であり,輸入花粉価格が国産花粉価格を決定する上で影響を与えていることが示唆された.
(3) 価格決定要因の優先度それぞれの聞き取り調査の結果から,リンゴ花粉を除くその他の品目では,価格決定に純花粉の輸入価格が影響を与えていた.一方,リンゴ花粉の粗花粉の買取価格の算出根拠は不明であるが,リンゴ花粉の斡旋価格が決定されてから算出されたと推察され,斡旋価格は輸入花粉価格と同程度となっていた.
これらのことから,輸入花粉価格が現状においては国産花粉価格の決定要因であると考えられる.ただし,既往研究でも分析されている通り,輸入価格は生産国の状況等,国際情勢によって変動する可能性がある.このため,国産花粉価格を決定する要因を用いた更なる分析が必要である.
調査結果では,花粉利用時の花粉形態の他,内容量および発芽率,採取年が留意されていた.発芽率と採取年には関係があるものの,保存状態によって変化し,かつ相関関係も認められていない.このため,独立した要因として捉えることが望ましいと考えられる.加えて,採取年によって作業労賃が異なることが想定されるため,利益計算上では考慮が必要である.ただし,調査結果から,現状の価格決定に直接的に影響していなかった.
さらに,中国での火傷病の発症の例のとおり,産地も価格決定に影響を与える要因となると考えられる.現状では国産か輸入かに分かれるが,各地で花粉が生産・販売されるようになった場合,国内産地の違いも要因の一つとなり得る.
ただし調査結果では,現状の国産花粉価格は組合Aのような農家の直接販売のみならず,法人Cや法人Eのように仕入・卸売販売を行う場合も輸入花粉価格を参考に算出されていた.小売価格か卸売価格かに留意した検討が必要であると考えられる.
(4) 現状の花粉価格の損益分岐点このように,様々な要因が関係するものの,現状において輸入花粉価格に大きく影響を受けている国産花粉価格が,花粉生産にかかる費用を賄えるかどうかも,価格決定要因を検討する上で重要である.このため,組合Aの花粉価格および花粉採取にかかる費用を調査した結果,花粉生産にかかる費用の大半は,花蕾採取や粗花粉精製にかかる人件費であった.なお,組合Aは切り枝で花粉を精製しているため,簡易温室が整備されている.
組合Aで採取した生葯量は約20,000 ccであり,純花粉量に換算すると約400 gである.この純花粉量の生産にかかった作業時間は約120時間であったため,純花粉10 gあたりの労働時間は3時間と算出される.表3より純花粉の販売価格は約6,500円であるため,作業労賃の単価が2,000円/時を超えなければ,限界利益は確保できることが分かる.
ただし切り枝で花蕾を採取する場合,簡易温室の減価償却費が発生する.そこで簡易温室の整備費用を100万円とし,耐用年数を8年として減価償却した金額を固定費に,作業労賃を1,000円/時として変動費として扱い,損益分岐点分析を行った.その結果,約230,000円が損益分岐点売上高となり,約354 gの純花粉を販売することで,簡易温室の整備も含めた利益が確保されることが確認された(図1).
慣行作業による花粉生産費と販売価格との損益分岐点分析
資料:組合Aへの聞き取り調査より著者作成.
上記のとおり,本研究の調査結果では,調査対象によって花粉流通および販売価格の違いがあり,かつ取り扱う主体も異なっているものの,一様に輸入花粉価格を元に価格が決定され,産地内で流通していた.このため,産地内での流通が最も現状に即したモデルであると考えられる.
具体的には,組合Aのように既存の農家間で相対によって流通する場合が想定される.担い手農家Dは花粉販売には取り組んでいないものの,個人での対応を示唆していたため,花粉販売を開始した場合,既存の農家間での流通となることが推測される.この直接販売による流通モデルの場合,低価格での販売が可能になり,実際にナシ花粉は他の花粉販売価格より低価格であった.
一方,組合Bのように農協の生産部会を通じて,農協の経済事業が流通の主体となる場合,もしくは法人Cのように事業の一環として花粉を仕入販売する場合,仲買事業者の季節商品となる花粉への理解が求められる.また,関連作業の請負や管理事務にかかる費用が花粉価格に転嫁されるため,リンゴ花粉のように,直接販売に比べて販売価格は上昇するものの,買取および販売の基準となる価格が設定されているため,生産農家間の低価格競争を抑止する効果があると考えらえる.
ただしいずれの場合も,現状では残余の販売に留まっており,流通量が不安定となっていた.流通体制を検討する上で,需給量を元にした事業継続が可能かどうかの検討は不可欠であり,計画的な生産および販売が求められる.この点において,組合Bのように,産地の生産計画に関与できる組織である場合,花粉需要量の検討と計画的な生産が期待できる.
これらの点を踏まえると,比較的小規模で必要花粉量が算定できる産地や,販売数量が限定される場合には,産地内流通を基礎とした市場流通モデルの構築が望ましいと考えられる.
(2) 全国流通一方で,温暖化や突発的な災害により,購入花粉に依存する産地では,地域内での花粉流通が困難である.このような地域では,花粉採取専用園の整備が進められるなど,産地内流通体制が推進されているが,樹木の生長に依拠するため,進捗は緩やかである.このため,国内市場の確立が求められている.
組合Bや法人C,法人Eのように,農協の経済事業や専門商社を中心とした流通が,全国流通の基礎となることが想定される.組合Bでは,花粉を販売する際に農協の経済事業を通して販売しており,全国組織と連携することにより全国流通への発展が可能である.実際にナシの主産地である千葉県では,農業協同組合が花粉銀行を運営し,花粉流通の維持,拡大を図っている.同様に,法人Cや法人Eのような法人組織が取扱い数量を増加させることも想定される.すなわち全国流通モデルの場合,卸売業者の仲買事業者や小売事業者が販売価格決定の主体となる.さらに比較的規模の大きい産地では花粉採取専用園の整備に伴い.花粉生産を専門とする農家の育成や,余剰分の生産による他産地への販売の検討につながると考えられる.これらの点を踏まえると,花粉生産を専門とする農家が存在する産地や,比較的大規模な産地において,全国流通を基礎とした市場流通体制が確立されることが示唆された.
本研究では,国産果樹産地で花粉を取り扱う主体に対し花粉採取や流通実態,価格に関する調査を行い,国産花粉という市場化が求められる品目の価格決定要因と流通体制の検討を行った.その結果,多くの産地で花粉は自家採取されており,残余分が産地内で相対に近い取引形態で流通している実態が明らかとなった.また価格決定主体の違いに関わらず,輸入花粉価格が販売価格の決定要因となっていた.ただし,花粉利用時の留意点から,花粉形態や内容量の他,発芽率や採取年,産地が価格決定要因となることが考察された.
さらに現状の花粉流通状況から,産地内流通モデルが小規模産地でも導入しやすいモデルであることが推察された.一方で花粉不足が課題となる大規模産地では,花粉採取専用園の整備や花粉を専門に生産する農家を育成することにより,産地内流通モデルを基盤とした全国流通モデルが確立される可能性があることが考察された.実際に,農林水産省の花粉採取専用園の整備にかかる補助事業では,花粉の全国流通が視野に入れられているが,花粉価格および流通体制の検討が進められている段階にあり,本研究の成果が貢献することが期待される.
ただし,いずれの場合も産地内および全国の花粉の生産量および供給量,需給量が必要であり,それらの調査を踏まえた生産規模と市場規模との関係性の検討が必要である.加えて,それらの調査と流通価格とから,本研究で考察した価格決定要因がどの程度,影響を与えているのかの検定も必要であろう.また,花粉の流通体制が構築されることにより,花粉生産農家の価格決定権が弱まることが懸念される.必要に応じて,政府介入等による公定価格の必要性およびその価格の妥当性の検討が必要であろう.さらに,花粉採取専用園の整備に伴い,花粉採取も機械化による効率化が図られようとしている.このため,機械化の進展と花粉価格との関係性も検討が必要である.今後の課題としたい.
本研究は,生研支援センターの「戦略的スマート農業技術等の開発・改良事業(JPJ011397)」の支援を受けて行った.