Yearbook of Asian Affairs
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2014 Volume 2014 Pages 169-188

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2013年の香港特別行政区 逆風やまぬ梁振英政権

概況

貧富の格差が急激に拡大している香港では,インフレに苦しむ市民の政治に対する不信と不満が高まり,梁振英行政長官の辞任や2016年の立法会議員選挙と直接選挙が導入される2017年の行政長官選挙での普通選挙を要求するデモが多発した。また,中国中央の強硬姿勢の増幅,相次ぐスキャンダルによる梁振英政権に対する信用失墜,対立・分裂する民主派に対する失望など,閉塞感に覆われる香港で,香港大学副教授の戴耀廷が「セントラル占拠行動」を提起した。新たな民主化の動きに対して,中国中央は警戒を強めている。

1月16日,行政長官の梁振英は就任後初の施政方針演説で社会福祉政策の拡充を含む政策を提示し,従来,「小さな政府」として機能してきた香港政府が「大きな政府」(=政府の役割拡大)へ転換することになった。

経済は, 2013年第1~3四半期に実質ベースで前年同期比3.0%成長した。消費回復は小売業を後押しし,2013年10~12月の失業率(暫定値)は3.2%(2012年通年は3.3%)で,雇用市場は安定していた。2013年の消費者物価指数の上昇率は4.3%(2012年通年は4.1%)であった。不動産市場の沈静化によってインフレの上揺れ要因が抑制された。

エネルギー分野では,2011年の東日本大震災の影響で棚上げになっていた中国本土からの原発供給拡大について,中国広核集団との協議を開始した。

域外関係では,6月に,アメリカ中央情報局の元職員エドワード・スノーデンが来港し,アメリカ政府が2009年以降,中国本土と香港のコンピューター・システムにハッキングしてきたことを明らかにした。香港政府はスノーデンの引き渡しを求めたアメリカ政府に従わず,スノーデンを出航させた。10月には,2010年の「香港人ツアー人質事件」に対する謝罪をめぐり,フィリピンとの関係が悪化した。しかし,11月にマニラ市が香港への謝罪を決定した。

域内政治

梁振英行政長官,初の施政方針演説

従来,「小さな政府」であった香港政府が,「大きな政府」(=政府の役割拡大)へ転換した。2013年1月16日,梁振英は初の施政方針演説で「市場原理が機能しない状況では政府が役割を果たすべきである」と語り,低所得者向け住宅の供給拡大,貧困ラインの設定,高齢者向け地域福祉サービスの拡充などの政策を提示した。

香港の経済基盤の拡大に向けて総合戦略的な産業政策立案を担う「経済発展委員会」の設置,香港金融業の支援と中国本土の金融市場の国際化を推進する「金融発展局」の設置,先行実施の「広東」から「汎珠江デルタ」への拡大,中国とASEANの間の自由貿易協定(ACFTA)を活用するための「経済貿易緊密化協定」(CEPA)に基づく作業部会の設置などが経済政策として提唱された。住宅政策としては,2018~2023年内における10万戸以上の賃貸型公共住宅の供給,新界東北部や洪水橋などのニュータウン開発推進などが,また貧困対策として,高齢化対策,扶貧委員会による「貧困ライン」の設定,外国人家政婦税の7月末の撤廃,法定労働時間制定に関する検討委員会の設置などが提起された。

2016・2017年普通選挙問題で民主化要求

2016年の立法会議員選挙,2017年の行政長官選挙における普通選挙の実施を求めて,デモや集会が多発した。

イギリスから中国への香港返還記念日にあたる7月1日は毎年恒例の「7・1デモ」が行われる。2013年は雨にもかかわらず過去3番目の規模となった。その背景には,インフレや不動産高騰の深刻化,梁振英政権に対する不満に加え,中国本土への反感と香港における普通選挙実施への要求の高まりがある。

香港大学副教授の戴耀廷が「セントラルを占拠せよ」というコラムを1月16日付の香港紙『信報』で発表した。「セントラル占拠行動」とは,普通選挙実現に向けて政府が譲歩しない場合は市民を動員してセントラルの重要な場所を長期間占拠し,香港の政治・経済を麻痺させることで,中国中央や香港政府に普通選挙を訴える非暴力的な行動である。セントラル占拠行動を呼び掛ける主な対象は40歳以上の成人で,若者や未熟な成人は対象外である。具体的には(1)1万人集会による政治体制改革案の討議,(2)香港大学民意研究計画の住民投票による改革案への支持獲得,(3)政府が改革案を無視する場合,香港全域を選挙区とする「立法会区議会第2枠」で当選した民主党議員の何俊仁が辞職して補欠選挙を行い,民主派候補が当選すれば市民は政府案を拒否したと判断,(4)政府が譲歩しない場合,市民を動員してセントラルを占拠,という4つのステップを踏む。

3月21日,全面的な普通選挙の早期実現を掲げる民主派は,新たに「真普選連盟」を発足させた。真普選連盟はセントラル占拠行動に参加する予定である。

新たな民主化を模索する香港に対して,中国中央は警戒を強めた。3月6日,中国共産党中央政治局常務委員・全国政治協商会議主席の兪正声は香港・マカオの政協委員と会談し,2017年の行政長官選挙では民主派候補を振るい落とすための予備選挙の可能性を示唆した。7月16日,民主派議員を含めた立法会議員と会食した中央人民政府駐香港特区連絡弁公室(中連弁)主任の張暁明も,同様の演説を行った。9月3日,中央港澳工作協調小組組長として香港政策を主管する張徳江(全国人民代表大会常務委員長)は,北京を訪れた香港の治安・規律当局と会談し,「法治を重視しなければならない」と述べ,セントラル占拠行動を牽制した。9月12日には,中央港澳工作協調小組副組長を務める李源潮が,北京を訪れた公務員事務局局長ら香港代表団と会見し,同様に主張し,セントラル占拠行動を牽制した。11月21~23日には,全人代基本法委員会主任の李飛が来港し,香港各界代表と交流し,行政長官候補が「愛国愛港で,中央に敵対しないことを確保しなくてはならない」と中央の原則を示した。

12月には公開諮問文書が発表され,普通選挙をめぐる公式な議論が始まった。

相次ぐスキャンダルで梁政権への信頼失墜

主要官僚や行政会議メンバーの相次ぐスキャンダルで,梁振英政権に対する香港市民の政治的信用が大いに失墜した。また,梁政権が住宅政策を円滑にするため発展局と運輸・房屋局を房屋・規画地政局と運輸・工務局へ再編しようとした機構改革案は,民主派による激しい抵抗を受けて進まなかった。

2013年5月15日,香港証券先物事務監察委員会(SFC)が商品先物取引所の香港商品交易所(HKMEX)の財務調査を開始した。5月21日には警察商業犯罪調査科が文書偽造容疑でHKMEXのオフィスとHKMEX主席で行政会議メンバー,市区重建局主席,策略発展委員会委員を務める張震遠の自宅を捜索した。張震遠は2012年行政長官選挙で梁振英の選挙対策本部長を務めた梁の側近のひとりである。同日,張震遠はすべての公職を暫定的に停止することを梁振英に申し出て,梁に受理された。

7月22日,発展局が推進する新界東北部のニュータウン開発予定地古洞に,発展局局長の陳茂波の家族による土地保有が発覚した。7月28日,民間人権陣線と新界東北部開発に反対する3団体が共催し,陳の辞任を求めるデモ行進を行った。

8月2日には,発展局政治助理の何健宗が,同じく新界東北部古洞の開発予定地において何健宗の家族の土地保有を申告しなかったことを理由に辞任した。

前年のスキャンダルにも判決が下された。2012年10月に政府が不動産市場抑制策を発表する前に,行政会議メンバーの林奮強による物件売却が発覚し,翌11月から林は行政会議を休職していた。2013年8月1日,廉政公署が林に対する不起訴を発表すると,林は行政会議メンバーを辞任した。また,8月8日には,家賃手当56万香港ドルの不当受給容疑で前年に廉政公署に逮捕されて発展局局長を辞任した麦斉光と路政署助理署長であった曽景文に懲役8カ月,執行猶予2年の判決が下された。

ますます複雑化する対立構図

民主派の分裂が進み,香港政治の対立構図はますます複雑になっている。

2013年5月30日,立法会議員の黄毓民が「人民力量」から脱退した。黄は2011年に「社会民主連線」から脱退し,過激な民主派勢力を集めて人民力量を発足させた中心人物のひとりである。普通選挙をめぐる人民力量主席の劉嘉鴻との意見対立が黄の脱退理由といわれている。黄の脱退後,人民力量の新主席に就任した袁弥明が香港政府との対話姿勢をみせており,人民力量は穏健路線をとっている。

一方,4月24日,元政務長官の陳方安生は,2008年に陳方が設立した「民間策発会」を再編し,「香港2020」を設立した。元自由党主席の李鵬飛,公民党の李志喜,香港大学法律学院院長の陳文敏,公共専業連盟のジョージ・コーサリー,香港政庁時代の経済局長のエリザベス・ボッシャーなどがメンバーに名を連ねている。中国中央と「意思疎通」を取ろうとする民主派がいないなかで,香港2020は,中国中央と意思疎通を図りながら,「2017年行政長官選挙」と「2020年立法会議員選挙」の普通選挙について意見調整をしようと試みている(本土の全国人民代表大会常務委員会が2007年に,2017年と2020年の行政長官選挙と立法会選挙はそれぞれ普通選挙で行われる「可能性がある」と述べていた)。

無料テレビ放送免許問題で抗議デモ

2013年10月15日,電視広播(TVB)と亜洲電視(ATV)が独占する「無料テレビ放送」に,免許を申請した3社のうち,香港政府は有線電視(ケーブルテレビ)傘下の奇妙電視と電訊盈科(PCCW)傘下の香港電視娯楽の2社を承認した。香港電視網絡(HKTV)には免許が認められなかった。

10月20日,HKTVへの不認可に対して,HKTVの労働組合が組織する「堅持公義大連盟」をはじめ,ネットで組織された「民間争取開放電視行動」,さらには,公民党の立法会議員の毛孟静らの呼び掛けで,大規模な抗議デモが行われた。抗議デモへの参加者らはHKTVが免許を取得できなかった理由を説明するよう政府に要求した。しかし,香港政府は行政会議の秘密保持制度を理由に説明を拒否した。

2011年の江沢民死去誤報をめぐりATVへ処分発表

2013年8月23日,通訊事務管理局は,2011年の江沢民元国家主席死去の誤報をめぐり,亜州電視(ATV)の大株主である王征による報道介入疑惑に対する処分として,100万香港ドルの罰金を決定した。また,王征の介入を認めてしまったとされる執行取締役の盛品儒に対して,7日以内の辞任を勧告した。ATVに対しては,以後,王に実権を持たせないことを確約させ,3カ月以内に改善提案書を提出するように求めた。8月25日,商務・経済発展局局長の蘇錦樑は,ATVが指示に従わない場合には,ライセンス剥奪の可能性があることを強調した。

経済

2013年の経済動向

香港経済は2013年第1~3四半期に実質ベースで前年同期比3.0%成長した。2013年1~11月期の名目小売り売上高は前年同期比11.6%増(2012年通年は9.8%増)で,消費回復は小売業を後押しした。失業率は,2013年1~3月期から2~4月期に3.5%,3~5月期に3.4%,4~6月期から9~11月期に3.3%,10~12月(暫定値)は3.2%(2012年通年は3.3%)で,雇用市場は安定していた。2013年の消費者物価指数(CPI)の上昇率は4.3%(2012年通年は4.1%)であった。2013年初頭から新規住宅の価格上昇が和らぎ,インフレの上揺れ要因が抑制された。

貿易総額は前年比3.7%増の7兆6200億香港ドルであった(2012年は3.4%増)。輸入は前年比3.8%増の4兆600億香港ドル,地場輸出は前年比7.6%減の543億6000万香港ドル,再輸出は3.8%増の3兆5050億香港ドルであった。主要輸入先の中国本土は前年比5.5%増の1兆9400億香港ドル,日本からは前年比8.1%減の2863億香港ドルであった。

2013/14年度財政予算案,再び大幅黒字で減税

2013年2月27日,曽俊華財政長官は2013/14年度(会計年度は4~3月)の財政予算案を発表した。当初34億香港ドルの赤字を見込んでいた2012/13年度の財政収支が所得税や土地競売による収入によって予想を大きく上回る約649億香港ドルの黒字になった。そこで,2013/14年度の予算案では,歳入4351億香港ドル,歳出4400億香港ドルの赤字予算が組まれた。2013年の香港経済について,先進国の需要に急激な悪化がみられないかぎり香港貿易は改善すると香港政府は見通した。2013年のGDP伸び率を1.5~3.5%,CPI上昇率を4.5%,インフレ率を4.2%と予測した。また,表1に示すように,香港市民の不満を反映して,高齢者,家計,学生,企業に対する支援を盛り込んだ330億香港ドル相当以上の措置が発表された。

表1   2013/14年度財政予算案の主な内容

(注) 金額の単位は香港ドル。

(出所) 「財政司司長通過《財政預算案》讓市民分享繁榮」2013年2 月27日。

オフショア人民元市場における優位性喪失の危機

人民元の国際化が進み,唯一のオフショアセンターとしての地位を保っていた香港の優位性が脅かされている。人民元建て商品の多角化,CEPAの拡充,深圳の「前海深港現代サービス業合作区」を含む中国本土との補完協力の強化などを進めていくことが香港の発展の鍵となる。

2013年3月6日,中国証券監督管理委員会は中国本土の証券市場に海外からの人民元投資を認める人民元適格海外機関投資家(RQFII)の規制緩和を発表した。4月1日からは本土に居住する香港・マカオ・台湾市民のA株取引が可能となった。4月25日,香港金融管理局(HKMA)は,中国本土以外で初の人民元の銀行間金利となるオフショア人民元市場向けの銀行間金利を6月から導入すると発表した。

一方,12月2日,中国人民銀行が上海自由貿易試験区での新措置を発表し,2007年に計画された中国本土住民に香港株の直接投資を認める「香港株直通車」の小型版ともいえる適格国内個人投資家(QDII2)が同区で試行されることになった。また,RQFIIが台湾,イギリス,シンガポールにも開放されることになった。シンガポール市場では香港で認められていない人民元適格国内機関投資家(RQDII)への投資も試行されることになった。

懸念される競争力の低下

香港では,先に述べた人民元オフショア市場としての地位低下をはじめ,2018年にピークを迎える労働人口構造,金融業と不動産に過度に依存する産業構造といった長期的な問題に加えて,中国本土からの鳥インフルエンザの感染拡大によるGDP押し下げへの影響,普通選挙問題をめぐる香港経済の中心である「セントラル占拠行動」などによって,経済的な競争力の低下が懸念されている。

2013年4月27日,中国中央の香港政策を主管する張徳江(全国人民代表大会常務委員長)は,「香港経済民生連盟」(商工界を支持基盤とする親中派政党)の訪中団と会見した際,政治対立の影響を受けて香港の経済競争力が低下していると警告した。これに先立つ4月25日,国務院香港マカオ弁公室副主任の周波も同様の発言をしていた。5月30日には,スイスの国際経営開発研究所が「国際競争力報告書」を発表し,香港の競争力は前年の1位から3位に後退した。10~11月の香港総商会の調査によれば,香港企業の約6割が香港の競争力低下を懸念している。

初の人民元MPF,初の個人向け国債発行

香港の強制積立年金(MPF)は,確定拠出型の年金制度で,すべての企業が加入を義務づけられており,正社員のみならずパートタイム社員にも適用されている。正当な理由がなく積立せずに有罪となった場合,10万香港ドルの罰金かつ懲役6カ月の禁固刑が経営者に科せられることになる。このMPFに,2013年3月4日,BTC銀聯と景順は初めてオフショア人民元債券(点心債)への投資を主とする人民元債券を組み込んだ。

国務院財政部は,6月9日,2013年内に香港で総額230億元の人民元建て国債の発行を発表した。このうち30億元は外国の中央銀行や地域の通貨管理当局向けに発行する。また下半期に発行される100億元のうち11月22日~12月5日に販売される30億元は,香港証券取引所(HKEX)を通した個人投資家向け国債である。

不動産市場の冷却化

政府による2012年以降の一連の不動産市場抑制策によって,過熱していた不動産市場が冷却した。不動産バブルが香港最大のリスク要因であると抑制策を打ち出してきた香港金融管理局総裁の陳徳霖は,2013年2月4日の立法会財経事務委員会で住宅ローンの世帯収入に占める割合が56%,住宅価格が年収の13.5倍であると指摘した。

不動産取引の減少により,不動産代理業界では収入が減少し,人員が削減された。7月7日には,不動産代理店8社と20以上の諸団体によって組織された「辣招苦主大連盟」が,不動産市場抑制策の撤回を政府に求めるデモ行進を行った。参加者は主催者発表で2万3000人,警察発表で5500人であった。また8月6日には,辣招苦主大連盟が立法会に抑制策を否決させるための署名運動開始を発表した。しかし,資金が潤沢で超低金利の現在の香港で抑制策を緩和すれば,不動産市場は再びバブルへ向かうことになる。10月3日付の香港各紙が掲載した香港中文大学アジア太平洋研究所の世論調査によれば,回答者の89.2%が現在の住宅価格の水準について「高すぎる」と,また,同62.6%が不動産市場の過熱抑制策の継続を支持しており,「緩和・撤回すべき」と答えたのはわずか17%であった。

「貧困ライン」を公表,香港人の2割が「貧困」

2013年9月28日,低所得層支援と高齢者福祉を住宅問題に並ぶ施政の柱に掲げる梁振英行政長官は,低所得層への支援を検討する扶貧委員会で,「貧困ライン」を発表した。世帯所得中位数(全世帯所得の中央値)の中位数に設定された貧困ラインは,2012年末の統計に基づけば,単身が3600香港ドル,2人世帯が7700香港ドル,3人世帯が1万1500香港ドル,4人世帯が1万4300香港ドルである。これから推計される「貧困人口」は,54万世帯で計131万人,人口の19.6%であった。一方で,香港樹仁大学経済与民生研究計画の調査によれば,約7割の香港市民が「現在の生活を苦しい」と感じていた(3月20日付香港各紙)。また,香港教育学院亜州及政策研究系の調査によれば,「貧困層」の中央値以下の層である「極度の貧困層」に相当するのは54万人,人口の7.7%であり,香港市民の13人に1人である。貧困層の世帯収入の中央値は6020香港ドルで,極度の貧困層は3585香港ドルであった。極度の貧困層の65歳以上の割合は25.1%であった(8月2日付香港各紙)。

外国人家政婦の永住権裁判で政府勝訴,外国人家政婦の最低賃金を引き上げ

2013年3月25日,終審法院(最高裁判所)は,永住権を求めたフィリピン人家政婦の上訴審で政府勝訴の判決を下した。これによって30万人余の外国人家政婦が永住権を取得できないことが決定された。

インドネシアとフィリピンからの家政婦派遣の減少が見込まれているなか,香港における外国人家政婦として,新たにバングラデシュ人が加わった。第1陣は11人で,5月13日から受け入れが開始された。

10月1日,香港政府は香港で働く外国人家政婦の最低賃金を,従来の月額3920香港ドルから2.3%増の4010香港ドルに引き上げた。また,家政婦と食事を一緒にしない場合,雇用主に義務づけられている食費補助の支給についても,月875香港ドルから5.1%増の920香港ドルに引き上げられた。

原発による電力供給の拡大検討へ

2013年1月1日,香港2大電力会社の中華電力と香港電灯が電気料金を引き上げた。中華電力は平均5.9%,香港電灯は平均2.9%値上げした。香港の電力使用量の75%を供給している中華電力は,値上げの理由として,天然ガス調達コストが4倍となることを挙げた。この料金引き上げ幅は2年連続で物価上昇率を上回るものであった。香港政府は2010年に原発による発電供給の比率を50%に引き上げる計画を発表していたが,2011年の東日本大震災の影響で,原発利用の拡大は棚上げになっていた。現在の香港では,中華電力のみが深圳の大亜湾原発からの供給を利用しており,香港の電力供給全体量に占める原発の比率は23%である。しかし,2013年,香港は原発利用の拡大検討に動き出した。8月12日,中華電力副会長の阮蘇少湄は,中国本土の原発による香港への電力供給の割合を拡大することについて中国広核集団と協議していると明らかにした。

対外関係

2016・2017年普通選挙問題への米英の干渉を警戒

2016年立法会議員選挙と2017年行政長官選挙の普通選挙問題をめぐり,中国中央は米英からの積極的な干渉に警戒を強めた。

2013年7月30日,在香港マカオ・アメリカ総領事として,スティーブン・ヤングに代わり,クリフォード・ハートが着任した。ハートは国家安全保障会議(NSC)の中国・台湾担当補佐官や国防総省海軍作戦部長の外交政策アドバイザーなどを歴任してきた中国問題のエキスパートである。8月27日,ハートと会談した中国国務院外交部駐香港特区特派員公署特派員の宋哲は,内政不干渉を原則とする「ウィーン領事関係条約」「中米領事条約」の順守を求めた。

国際民主主義デーの9月15日には,イギリスのヒューゴ・スワイヤー外相が「香港の普通選挙についてイギリスはいつでも支援を提供する準備がある」と述べた論説を香港紙で発表した。これに対して,中国外交部の洪磊報道官は翌16日の記者会見で,「香港の政治体制改革と普通選挙は中国の内政問題であり,外国の干渉は認めない」と批判した。同16日の『環球時報』は社説で「植民地時代に香港総督を直接任命していたにもかかわらず,今さら香港の民主化を推進するのは不純な動機による」と主張した。11月11日に,最後の香港総督を務めたクリストファー・パッテンがアメリカのWall Street Journal紙の取材に対して香港の普通選挙問題に言及すると,親政府派だけでなく民主派議員からも,外国人による干渉は普通選挙をさらに難しくさせるのではないかとの懸念が高まった。

CIAの元職員スノーデンの香港出航問題でアメリカが報復を示唆

2013年6月にアメリカ中央情報局(CIA)元技術助手のエドワード・スノーデンは,香港滞在を希望するとともに,アメリカ政府が2009年以降,中国本土と香港のコンピューター・システムにハッキングしてきたことを明らかにした。スノーデンの香港滞在中,民主派諸団体はスノーデンの身柄保護を訴えるデモ行進を行った。21日,保安局局長の黎棟国は,香港のコンピューター・システムへのハッキング疑惑について説明を求める書簡をアメリカ政府に対して送った。スノーデンが23日に香港を出航すると,翌24日,行政長官の梁振英は記者会見を開き,香港政府がアメリカから逮捕要請を受け取ったものの,「資料不足」を理由にスノーデンの出航を制限できなかったと語った。また,梁振英はアメリカ政府の香港政府に対する不満へ理解を示しながらも,香港政府が「1国2制度」の下で法に基づいて処理したと強調した。これに対して,アメリカ国務省のベントレル報道官は6月26日の記者会見で,スノーデン事件が香港市民のアメリカへのビザなし渡航計画や米中首脳会談の成果に影響する可能性もあると述べ,報復を示唆した。

人質事件でフィリピンと関係悪化

APEC首脳会議でインドネシアを訪れた梁振英行政長官は,2013年10月7日,フィリピンのアキノ大統領と会談し,2010年の「香港人ツアー人質事件」をめぐり謝罪を要求した。しかし,アキノは「国は謝罪しない」と「国による謝罪」を拒否した。これに反発した立法会の人民力量議員の陳偉業と陳志全は,10月9日,「入境条例」を改正してフィリピン人家政婦の来港を段階的に制限するという議案を立法会へ提出すると発表した。11月5日,梁振英は記者会見で,1カ月以内に段階的な成果がみられない場合,香港政府が制裁措置を実施すると表明した。11月19日には,行政長官弁公室主任の邱騰華と保安局局長の黎棟国が,来港したフィリピンのホセ・レネ・アルメンドラス大統領府内閣担当長官と会談した。この席で,フィリピン側から手術を必要とする被害者の1人に渡す見舞金が香港政府へ預けられた。見舞金はフィリピン財界人の寄付によるもので,被害者は台湾で手術を受けることになった。11月22日,マニラ市が香港へ謝罪を決定した。

2014年の課題

香港の政治的な安定は,中国中央と香港市民の両者から支持があり,かつ行政能力もある行政長官候補を人選できるのかにかかっている。2013年末時点で,行政長官候補として,現職の梁振英,政務長官の林鄭月娥,新民党主席の葉劉淑儀,行政会議メンバーの陳智思の4人が有力視されている。なかでも,葉劉と林鄭の女性候補2人は行政能力も世論の支持も高いと評価されている。2016・2017年選挙の公開諮問が2013年12月に開始されたことで,2014年は選挙制度改革に向けた議論がヒート・アップする。そこで,市民の香港政治への不信と不満と怒りが最高潮に達していることを中国中央が認識し,中国だけでなく香港の大衆にも目を向ける行政長官候補を香港市民に選ばせることが重要になる。

2014年の香港経済は,前年を上回る4%前後の成長が期待されている。2013年12月17日に貿易発展局が発表した貿易見通しによれば,輸出総額は前年比5.5%増と予測されている。その一方で,アメリカの量的金融緩和第3弾(QE3)縮小が2014年1月に開始されることで,香港では金利上昇にともなう資金流出が不動産市場と株式市場に影響するであろう。ただし,香港における大手銀行・証券会社の多くは香港全体の投資市場と香港株式市場の見通しを楽観視している。

2014年,政治や社会の不安が経済都市としての香港の競争力を妨げないようにするために,低所得層・高齢者・弱者支援,次世代育成,住宅,環境保護,医療サービスなどへの対策をいっそう強化し,市民の反感を抑えていくことが,香港政府の最大の課題となる。

(駒澤大学教授)

重要日誌 香港特別行政区 2013年
  1月
1日 梁振英行政長官の辞任や行政長官・立法会議員の普通選挙を要求する大規模な反政府デモ。
1日 梁振英行政長官を支持する勢力,「親政府」デモ。
1日 中華電力と香港電灯,電気料金値上げ。
9日 立法会,梁振英行政長官の糾弾手続き発動議案を否決。
16日 梁振英行政長官,初の施政方針演説。
17日 経済発展委員会と金融発展局,設立。
30日 国境なき記者団,2013年の報道の自由指数ランキングを発表,香港は前年の54位から58位に後退。
  2月
1日 食物・衛生局局長の高永文,輸出入条例改正による粉ミルク輸出禁止計画発表。
2日 中国新華社,中国人民政治協商会議の次期委員リストを発表。
7日 東区裁判所,香港人社会活動家の古思尭被告に国旗侮辱罪などで懲役9カ月の実刑判決。
19日 元全人代香港代表の呉康民,中国中央政府が香港に対する管理を強化すると『明報』に評論掲載。
23日 香港政府,不動産取引の印紙税率倍増や銀行指導強化など不動産市場規制策実施。
27日 曽俊華財政長官が財政予算案発表。記者会見で自らを中産階級と称して非難殺到。
  3月
1日 粉ミルクの輸出を原則禁止。個人の持ち出しも1.8キログラムに規制。
4日 BTC銀聯と景順,「点心債」(オフショア人民元建て債券)への投資を主とする人民元債券ファンドを強制積立年金(MPF)に初めて組み込み。
6日 中共中央政治局常務委員・全国政治協商会議主席の兪正声,「香港の国家転覆基地化」の警戒発言。
6日 人民元適格海外機関投資家(RQFII)制度の規制緩和発表。
8日 香港各紙,「セントラル占拠行動」の計画内容報道。
19日 全人代基本法委員会,同委員会主任の喬暁陽の後任に李飛を選出。
20日 政府統計処,「2012年の収入・労働時間統計」を発表。香港全域の被雇用者は前年比2%増の286.4万人,月給の中位数は前年比4.3%増の1.28万香港㌦。
21日 民主派議員27人,超党派組織「真普選連盟」を結成。
21日 比亜迪(BYD),香港のタクシー向けに電気自動車(EV)納入を発表。
24日 全人代法律委員会主任の喬暁陽,深圳で親政府派議員と座談会。喬暁陽,一般有権者の投票前に新たに設置する「指名委員会」で候補者をふるいにかける考えを示唆。
25日 政府,外国人家政婦の永住権をめぐる終審法院の上訴審で勝訴。30万人余の外国人家政婦が永住権を取得できないことが決定。
27日 香港大学法学部副教授の戴耀廷ら,普通選挙に向けた「セントラル占拠行動」の計画を発表。
28日 港湾労働者スト突入,長期化。
  4月
1日 中国政府,A株を本土に居住する香港・マカオ・台湾市民に開放。
3日 保安局,深圳市との境界周辺にある立ち入り制限地域の第2段階の開放を6月10日に実施と発表。
9日 梁振英行政長官,法定労働時間委員会の設置とメンバーを発表。
10日 民主党元主席の李柱銘,普通選挙の改革案を提示,翌日撤回。
23日 廉政公署による中国本土の官僚に対する過剰接待が発覚。
24日 陳方安生元政務長官,「香港2020」設立。
25日 香港金融管理局総裁の陳徳霖,オフショア人民元市場向けの銀行間金利(CNNHIBOR)の6月導入を発表。
27日 全人代常務委員会委員長の張徳江,香港経済の優位性低下に警鐘。
29日 「新築住宅販売条例」施行。
  5月
1日 メーデーのデモ行進,過去最大。
6日 港湾スト,9.8%賃上げ合意で収束。
13日 バングラデシュ人の家政婦を受入開始。
15日 香港証券先物事務監察委員会,香港商品交易所(HKMEX)の財務調査開始。HKMEX主席の張震遠,公職停止に。
18日 BYDの国産EVタクシー導入。
18日 HKMEX,業務停止。
20日 立法会議員の黄毓民,人民力量からの脱退を発表。
20日 HKMEX,先物低迷で運営資金不足,開業から2年で取引業務停止。
27日 香港上海銀行とスタンダード・チャータード銀行,シンガポールでの人民元建て債券(点心債)を発行。
27日 長遠房屋策略督導委員会,極狭アパート7万戸に17万人が居住と発表。
28日 香港政府,インフレ連動債発行を発表。
30日 国際経営開発研究所の国際競争力ランキングで香港が3位に後退。
  6月
1日 オフショア人民元市場向けの銀行間金利導入。
4日 天安門事件追悼集会,15万人参加。
12日 CIA元職員のスノーデン,香港に滞在。
23日 スノーデン,香港を出航。
24日 梁振英行政長官,スノーデン出航について記者会見。香港の1国2制度を強調。
29日 国務院香港マカオ弁公室主任の王光亜,梁振英行政長官の退任の噂を否定。
  7月
1日 7・1デモ,参加者数は43万人。
7日 「辣招苦主大連盟」,香港政府に不動産市場抑制策撤回を求めるデモ行進。
10日 越境人民元業務のプロセス簡素化。
16日 中央人民政府駐香港特区連絡弁公室主任の張暁明,立法会議員と昼食会。2017年の香港行政長官選挙で民主派からの立候補制限を明言。
16日 恒隆地産会長の陳啓宗,曽俊華財政長官の倹約姿勢を批判。
22日 発展局局長の陳茂波,新界東北部の開発予定地の土地保有が発覚。
  8月
1日 廉政公署,林奮強に関する調査終了と不起訴を発表。林奮強,休職中の行政会議メンバーを辞任。
2日 香港各紙,香港市民の7.7%が「極度の貧困層」,18.8%が「貧困層」と香港教育学院による調査結果を報道。
2日 発展局政治助理の何健宗,新界東北部開発予定地の土地保有の未申告で辞任。
7日 香港政府,高官の利益申告に関する新ガイドラインを発表。
7日 保釣行動委員会,8月15日の尖閣諸島上陸に向けた出航延期を発表。
8日 廉政公署,元発展局局長の麦斉光に家賃手当の不当受給問題で懲役8カ月,執行猶予2年を言い渡す。
12日 保釣行動委員会,尖閣上陸を中止。
12日 中華電力副会長の阮蘇少湄,本土の原発による香港への電力供給割合拡大を中国広核集団と検討していることを公表。
23日 通訊事務管理局,亜州電視(ATV)による2011年の江沢民元国家主席死去の誤報をめぐり処分発表。
27日 中国国務院外交部駐香港特区特派員公署特派員の宋哲,7月末に在香港マカオ・アメリカ総領事に着任したハートと会談。
29日 香港・中国経済貿易緊密化協定(CEPA)補充協定10に調印。
  9月
3日 長遠房屋策略督導委員会,住宅政策の諮問文書を発表。
9日 国産EVバス,試験運行を開始。
15日 国際民主主義デーにスワイヤー英外相,香港各紙に論説を寄稿。
16日 粤港合作連席会議の第16次会議。
24日 ハート在香港マカオ・アメリカ総領事,香港で初講演。
28日 政府が貧困ラインを設定。
  10月
1日 香港政府,香港で働く外国人家政婦の最低賃金引き上げを公布。
3日 「真普選連盟」の学者顧問団,立法会議員選挙に向けた改革案を発表。
6日 梁振英行政長官,インドネシアでAPEC首脳会議出席。
7日 梁振英行政長官,アキノ・フィリピン大統領と会談。2010年の人質事件で謝罪要求,アキノは文化の違いを理由に謝罪拒否。
9日 人民力量の陳偉業と陳志全,フィリピン人家政婦来港制限を提案。
15日 無料テレビ放送免許,有線電視と電訊盈科(PCCW)が獲得。
16日 立法会,梁振英の不信任動議否決。
16日 国務院外交部駐香港特区特派員公署,アメリカの香港政治体制への干渉を非難。
17日 政府,政治体制改革諮問タスク・フォースを設置。
20日 香港電視網絡(HKTV)の無料テレビ放送免許の不認可をめぐる説明を求め大規模な抗議デモ。
22日 フィリピン人質事件,マニラ市が謝罪を決定。
25日 無料テレビ放送免許問題で12万人が集会。
27日 香港初の格安航空会社,香港エクスプレス航空(香港快運)就航決定。
  11月
3日 香港大学法律学院院長の陳文敏(「香港2020」のメンバー),行政長官選挙について指名委員会の大幅削減案を提示。
5日 梁振英行政長官,フィリピンに対する制裁を警告。
5日 無料テレビ放送免許問題,政府声明。
7日 無料テレビ放送免許問題,調査議案否決。
11日 最後の香港政庁総督のパッテン,アメリカのWall Street Journal紙で香港の普通選挙問題に言及。
18日 金融発展局,6件の報告書発表。人民元業務で21項目措置を提案。
21日 全人代基本法委主任の李飛,来港。
21日 100億元の国債発行。
22日 マニラ市議会,特別会議を開催,人質事件について香港に対する謝罪を可決。
27日 財経事務・庫務局副局長の梁鳳儀,退任発表。
  12月
2日 食物・衛生局局長の高永文,香港初の鳥インフルエンザ(H7N9型)のヒト感染確認を発表。患者はインドネシア人家政婦。
4日 2016年立法会議員選挙と2017年行政長官選挙の公開諮問開始。
4日 政務長官の林鄭月娥,立法会で「2017年行政長官と2016年立法会議員の選出方法諮問文書」を発表。
6日 香港で2例目の鳥インフルエンザ感染を確認。
26日 香港で初の鳥インフルエンザ感染による死亡者。
30日 食物・衛生局局長,鳥インフルエンザ(H9N2型)のヒト感染確認を発表。

参考資料 香港特別行政区 2013年
①  香港特別行政区政府機構図(2013年12月末現在)

(出所) 「香港特別行政区政府機構図」(http://www.gov.hk/tc/about/govdirectory/govchart/)。香港特別行政区司法機構(http://www.judiciary.gov.hk/tc/index/index.htm/)。

②  香港政府高官名簿(2013年12月末)

(注) 女性。

③  司法機構・立法会

(注) 女性。

④  その他

(注) 女性。

主要統計 香港特別行政区 2013年
1  基礎統計
2  支出別区内総生産(実質価格:2011年基準)
3  産業別区内総生産(実質価格:2011年基準)
4  国・地域別貿易
5  国際収支
6  政府財政
 
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