Yearbook of Asian Affairs
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2016 Volume 2016 Pages 37-48

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概況

2015年末にアジアインフラ投資銀行(Asian Infrastructure Investment Bank: AIIB)が正式に成立した。これは中国主導のインフラ建設を重点的に支援するための多国間の開発金融機関で,2013年10月に習近平国家主席と李克強総理が東南アジア歴訪の際にシルクロード開発の一環として提唱したことを契機に始動したものである。2014年10月,北京で21の加盟国が設立覚書に調印したが,日本はAIIBの業務内容が自ら主導するアジア開発銀行(ADB)と一部重複することなどを理由に加盟に対して慎重な姿勢を示し続けてきた。同様に,アメリカもAIIBに対して戦後構築された世界銀行と国際通貨基金(IMF)を主軸とするブレトンウッズ体制に対抗する動きと受け取め,冷ややかな対応をとっている。アメリカは水面下でイギリス,フランス,ドイツ,オーストラリア,韓国にAIIB不参加を呼び掛けていたが,中国が設定した創設メンバー申請期限の2015年3月末を目前に,G7から初めてイギリスが参加方針を発表したことを皮切りに,ドイツ,フランス,イタリアなどの欧州勢が相次いで出資国に名を連ねた。また,ブラジルやロシアなどのBRICSに加え,アジア太平洋地域でもアメリカの同盟国である韓国やオーストラリアが名乗りを上げ,最終的に創設メンバー国は57カ国となった。

AIIB構想の背景

AIIB構想は,2013年9月に習主席がカザフスタンのナザルバエフ大学での講演にて,中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパにつながる「新シルクロード経済ベルト」構想を提起したことに始まる。同講演では中国と東南アジア間の水運網,高速道路網,高速鉄道網,航空網,通信・光ファイバーケーブル網の構築に加えて,港湾都市間協力,港湾物流間情報ネットワークの構築による貿易円滑化,通貨流通,文化面の交流といった分野の促進について言及された。また,同年10月には,習主席がインドネシア国会における演説で中国沿岸部から東南アジア,インド,アラビア半島の沿岸部,アフリカ東岸を結ぶ「21世紀海のシルクロード経済」構想とAIIBの設立推進の必要性について述べ,その直後のアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議では,アジア太平洋地域の連結性強化とインフラ整備の推進に関する習主席の談話が中国国内の経済発展との連動との示唆を含みつつ公表された。また,時期を同じくして開催された周辺外交活動座談会では,中国と欧州を結ぶ陸上および海上のルートに沿った国々を結ぶ新経済圏発展戦略が「一帯一路」構想として提唱され,巨大なインフラ整備需要とそれを支える金融協力の枠組みの必要性とともに,AIIBの重要性が強調された(図1参照)。この構想に対しては,ASEAN,欧州連合(EU),アラブ連盟,アフリカ連合,アジア協力対話(Asia Cooperation Dialogue),上海協力機構などが速やかに支持を表明した。

図1  「一帯一路」構想

(出所) 朝日新聞,毎日新聞,日本経済新聞より筆者作成。

また,李克強総理も,2014年9月の第11回中国・ASEAN博覧会に出席した際に,海のシルクロード経済について言及し,経済発展を遂げている東アジアと欧州,その間の後背地に該当する地域の戦略発展と中国国内の経済発展との連動性の重要性について言及した。そこで提言された政策には,エネルギー・インフラ建設,通信ネットワーク建設,投資領域の拡大,税関管理ネットワーク形成,産業分担の効率化,留学生交流,ツーリズム協力,人材育成協力,科学技術協力に加えて必要資金の融通などがあり,資金供給の側面において重要な役割を果たす機関としてAIIBに加えて,シルクロード基金,新開発銀行(本部は上海,英文名称はNew Development Bank [NDB],いわゆるBRICS銀行)が挙げられた。なお,このNDBについては,2013年3月のBRICSサミットの際に緊急時に資金を供給しあう外貨準備基金などの設立とあわせて合意されており,すでにブラジル,ロシア,インド,中国,南アフリカとの間では結束して既存の国際金融機関に対抗する動きが作り出されていた。

2014年6月には習主席が中国・アラブ諸国協力フォーラム閣僚級会議開幕式にて「一帯一路」について発言し,内政不干渉,相互協力,エネルギー協力,インフラ建設と貿易投資の促進,ハイテク分野における相互協力関係の構築の必要性が再確認されている。こうした動きを受けて,同年10月には中国,インド,シンガポールを含む第1期創設メンバーとなる21カ国の財務相と授権代表者が北京で署名を交わし,「一帯一路」構想を金融面から支えるAIIBの共同設立宣言が正式に発表された。

こうした中国の動きに対して,ロシアは協力的姿勢を示しており,2015年7月にロシアのウファで開催された上海協力機構サミットでは習主席とプーチン大統領との公式会談が開かれ,ユーラシア大陸全域におけるインフラ建設の促進および経済発展の実現を目的に,「一帯一路」とロシアが主導する「ユーラシア経済連合」を有機的に結合することを提唱した共同宣言が採択された。

AIIBの設立理由

中国はAIIB自体は既存の国際開発金融機関とは補完関係にあり,競争関係にはならないと明言しているが,この時期にAIIBを設立した背景にはいくつかの理由がある。1つには,人口増を伴う経済発展を目指すアジア地域の国々には膨大なインフラ需要があるものの,世界銀行やADBなどの既存の国際開発金融機関だけでは現存するインフラ需要のすべてを満たしきれないという点である。これまでにも,世界銀行やADBに対しては肥大化した官僚組織という性格上,援助を受ける途上国側にとっては細かいニーズにまで柔軟に対応しうるプロジェクトの立案が不十分であるとの不満が寄せられていた。また,インフラ融資を決定・実施する際に途上国への融資基準が厳しく設定されていることから,各案件を最終的に決定・承認するまでにかなりの時間が費やされ,迅速かつ柔軟性に富んだプロジェクトの実施は難しいとの意見もある。こうした現状をふまえて,中国はAIIBという新規の国際金融機関の設立を通して,とくに必要性の高いインフラ資金を途上国の視点に立ちつつ,迅速に投入しうるという利点をより強調するようになり,各国にAIIBへの積極的な参加を呼び掛けた(表1参照)。

表1  類型別に見た南北交易額の推移(単位:100万ドル)

(出所) 日本経済新聞,毎日新聞,朝日新聞より筆者作成。

実際に2009年のADB報告書では,2010年から2020年までの間にエネルギー,通信,交通,衛生といった事業分野で総額8兆3000億ドルの資金が必要とされるであろうとの試算が公表されている。また,2014年10月にAIIB設立覚書に先駆けて調印した21カ国のなかには深刻なインフラ資金不足に悩まされているアジア諸国が含まれていることから,これらの国や地域でAIIBの設立が積極的に歓迎されたのは当然とする見方もある。

中国をはじめとする新興国がとくに2000年代以降,驚異的な経済発展を実現し,高い経済力によって国力を高めてきた一方で,世界銀行,ADB,IMFといった既存の国際金融機関はアメリカを中心に手堅く固められてきた。このため,新興国が十分な発言力を持てないという不満があることは否めない。現在,世界金融の中心的な役割を果たしているIMFへの出資比率を見ると,17.69%とアメリカが圧倒的に多く,それに日本が6.56%,ドイツが6.12%と続き,中国の出資比率は第4位の4%にとどまっている。中国の出資枠拡大などについてIMF改革は着手されてはいるものの,実際には中国の思惑とはほど遠い進展状況となっている。同様に,アジアでは日本が主導するADBが大きな影響力を発揮してきた。しかし,ここでも中国の出資比率は2014年時点で6.5%と15.7%を出資する日本の半分以下であるため,世界第2位の経済大国に成長した中国にとっては,現状では過小評価されていると認識せざるをえない。以上のことから,自国の国際金融システム内での影響力を示すために,中国主導の新国際金融機関を設立して,アジア地域におけるインフラ開発を積極的に推進したいとするインセンティブは高いものと思われる。

また,中国では生産年齢人口(15~59歳)が2011年にピークに達して以降,減少傾向を見せている。つまり,働き手の数が減少し,養われる側が増加することで経済成長の潜在力は落ちはじめてきた。一時期の高度成長に一区切りがつき,国内の成長力が若干鈍化傾向にあるなかで,多くの部門において供給過剰が生じ,インフラ投資の低迷が目立つようになってきたのである。中国は2000年初頭からリーマンショックの時期まで高速鉄道網や高速道路網など国内のインフラ建設投資に膨大な資金を投入し,2桁の高度成長を達成してきた。しかし,現在中国国内でのインフラ整備は飽和状態に近づき,国内には鉄鋼やセメントなどの過剰在庫が山積し,経済成長にかげりがみえはじめている。一方,外国との貿易や人民元安政策の結果,約3兆9000億ドル(2013年末時点)と世界一に積み上がった外貨準備は,その有効な使い道を含めてさらなる経済成長のための新たな政策が必要とされている。こうした状況下で,中国は広大なアジアにインフラ整備を必要とする国々が多数存在することに目を向け,豊富な外貨準備をAIIBを通じた融資を通して近隣諸国のインフラ整備に活かし,最終的には自国のインフラビジネスや過剰生産物の輸出の拡大および資源開発などに活かすという方針にたどりついたものと思われる。なお,2013年の時点で,中国からのインフラ輸出がもっとも多いのはシンガポールで,それに韓国,オーストラリア,マレーシア,インドネシア,タイ,ベトナム,ミャンマー,カザフスタン,フィリピンが続いている。

こうした動きに加えて,中国は,「一帯一路」の実現のために,AIIBとは別個に中国人民銀行(中央銀行)などが出資した「シルクロード基金」の創設を2014年11月の中国共産党内の会議で決定した。その後,習主席は,バングラデシュ,タジキスタン,ラオス,モンゴル,ミャンマー,カンボジア,パキスタンといった非APEC加盟国を招いた「相互接続・相互交通パートナーシップ強化対話会議」を開催し, 400億ドル規模の同基金の融資先にこれらの国々を含めることをあわせて発表している。シルクロード基金は中国政府の政策判断で投資先が決定されるもので,中国政府にとっては,将来的にAIIBとの同時利用が可能な両輪のような役割を果たす機関となる。中国はこの2つの金融機関を積極的に活用することを通じて,アジアのインフラ開発を推進できる立場に立ち,アジアのインフラ構築という国際公共財創出のため豊富な外貨資金を活用することが可能となった。これにより中国はアメリカに代わるアジア経済圏を牽引する強い経済的・政治的影響力をもった新しいリーダーとなりうる可能性を手にしたことになる。

組織の概要

2015年6月29日に,AIIB設立協定の正式調印式が北京にて開催された。この日は創設メンバー57カ国のうち50カ国が署名を行い,デンマーク,クウェート,マレーシア,フィリピン,ポーランド,南アフリカ共和国,タイなどは国内手続を終え次第,署名することに合意した。署名を見送った7カ国は,3月末までに参加表明はしたものの,その3カ月後の6月末に国内における出資金払い込みのための予算措置を講じるためにさらなる時間を必要としたという事情がある。こうして設立されたAIIBは,世界銀行やADBなど多国間および二国間の開発金融機関と密接に協力し,その運営方法を参考にしながら,地域協力関係およびパートナーシップ関係の促進を目指して,インフラ分野で直面している課題を共同で解決していくことに合意した。

創設メンバー国はASEAN10カ国を含むアジア24カ国,オセアニア2カ国,中東10カ国,欧州19カ国,米州1カ国,アフリカ1カ国から構成されている(表2参照)。一方,計67カ国に上るADB加盟国・地域のうち,今回AIIBに参加しなかった国には,東アジアでは日本,南アジアではブータン,中央アジア・コーカサスではトルクメニスタン,アフガニスタン,アルメニア,欧米ではアメリカ,カナダ,アイルランド,ベルギー,オセアニアではミクロネシア,フィジー,キリバスなどの計12カ国がある。なお,台湾および香港は参加を申請したものの,加盟を承認されず,創設メンバーになれなかった。

表2  AIIB創設メンバー国

(出所) 日本経済新聞,毎日新聞,朝日新聞より筆者作成。

AIIBの資本金は1000億ドルと法定されており,そのうち50.1%を加盟国が拠出すると定められている。全資本金のうち,75%分をアジアなどの37カ国に上る域内国が,残りの25%分を欧州を含む20カ国の域外国が負担する按分となっている。出資比率は原則として国内総生産(GDP)など各国の経済規模に基づき割り当てられるため,世界第2位の経済大国に成長した中国は約297億ドルを引き受けることになった。これは全体の約30%を占め,出資国中では最大の引受額となる。これにより,中国は組織運営を決める議決権でも25%を超え,AIIBの総裁選出,法定資本金の増減,合意の修正,運営・財務上の主要政策の承認などの重要案件を決議する際に事実上の拒否権を有することとなる。中国のほかに出資額の大きい国には,インド(約83億ドル),ロシア(約65億ドル),ドイツ(約45億ドル)があるが,それでも中国の議決権が占める割合は大きく,これらの国々の議決権を合わせても中国には遠く及ばない。

事前の設立準備協定案では,AIIB協定発効の必要条件として10カ国以上の創設メンバー国による批准と資本金50%以上の確保が課されていた。無事にこれらを満たしたため,2015年12月25日にAIIBは正式に発足した。AIIBは加盟国から選出した12人によって構成される理事会(Board of Governors)を設置することになっているが,世界銀行やADBとは異なり,理事は本部が置かれる北京に常駐させない形式をとることによって,運営コストの削減を目指す。こうした措置により本部に理事を常駐させる場合と比較して,年間20万~30万ドル程度の人件費を節約できると目されている。

総裁の任期は5年で,このほか3年の任期を務める5人の副総裁が率いる。理事会は最高決定機関として機能し,設立協定に基づき,場合によっては下部組織に該当する取締役会(Board of Directors)に権限を付託することができる。ただし,AIIB運営の初期段階では,非常設の取締役会を設立し,毎年定期的に開催して重要政策・事項を決定することができる。また,実効性のある管理監督制度を構築したうえで,担当官に責任を履行させ,公開・透明な手順に従って,ハイレベルの管理者層を選定することでガバナンスの徹底を図ることも可能とされている。

AIIBの初代総裁には,世界銀行副執行理事,ADB副総裁,財政部次官,中国国際金融公司会長などを歴任してきた金立群氏が選出された。ボストン大学大学院で経済学を学んだ同氏は英語のみならず仏語も堪能で,国際派官僚としての人脈を最大限に活用し,とくに欧州でAIIB創設メンバーへの加盟を働きかける際に活躍した。

副総裁にはインド(出資額第2位),ドイツ(同第4位),韓国(同第5位),インドネシア(同第8位),イギリス(同第10位)の出身者が選出された。出資額からすると,ロシア(同第3位),オーストラリア(同第6位),フランス(同第7位),ブラジル(同第9位)も候補に上がりえたが,最終的には初代副総裁ポストは得られなかった。新副総裁のうちイギリス財務省主席担当官のダニー・アレキサンダー氏はAIIBの連絡事務や会議事務を掌握し,銀行管理層や理事間の連絡業務を担当する。また,韓国産業銀行の洪起沢会長はリスクマネジメントを,世界銀行の上級職で25年のキャリアを有するドイツのヨアヒム・フォン・アムスバーグ氏は政策・戦略を担当する。さらに,インド政府で30年にわたり電力,民間航空,電子情報といった分野で外資誘致に取り組んできたインドのパンディア氏と,インドネシア政府に20年以上勤務し,現在同国のインフラ建設の加速と地域開発を掌握するウリャント公共事業省インフラ促進・地域開発担当副長官は,それぞれ投資と行政分野を担当するという形で各副総裁の担当範囲が分担された。

イギリスの思惑

欧州勢が雪崩を打ってAIIBに加盟するきっかけを作ったイギリスは,約3億ドルを拠出する第10位の出資国に当たる。これまで軍事,政治面を中心に同盟路線を基調としてアメリカと歩調を合わせて動いてきたイギリスがAIIBへの参加を表明したことは,アメリカの求心力が弱まりつつあることをあらわしており,世界経済の秩序に新しい動きがもたらされる可能性があることを示唆している。

AIIB加盟への呼び掛けがなされた当初,イギリスはアメリカの方針に追随するとみられていたが,国内ではAIIB参加に反対する外務省とイギリスの金融街シティへの人民元取引誘致を重視する財務省との間でAIIB加盟に関する議論が対立していた。最終的には,オズボーン財務相がキャメロン首相に近く,AIIBへの加盟を進言しえたことに加えて,ほかの欧州諸国が参加になびいていることを知ったイギリス財務省が反対派を押し切り,先進国で初めてのAIIB加盟国として名乗りをあげられるように3月末の締め切り直前に参加表明を間に合わせる形となった。その後はスイス,フランス,ドイツ,イタリア,オーストリア,ルクセンブルクなど,欧州勢が続々と参加方針を公表した。

イギリスがアジアにおけるインフラ支援を主要な業務とするAIIB加盟に踏み切った背景には,かつてアジアの広範囲に植民地を築き,それぞれの国が政治的に独立した後も銀行や通信網を基盤としたネットワークを通じて影響力を保持してきたという歴史的経緯がある。また,イギリス系の香港上海銀行(HSBC)が現在も香港ドルの発行権限を有し,その支店網は,中国本土はもちろんのこと,東南アジア,インドなど広範囲に及び,金融立国たるイギリスの基盤を支える要となっている。こうしたことから,これまでに香港を通じてアジアにおける巨大な経済権益を保持してきた関係上,イギリスが中国と金融面での協力関係を重視するのは当然であるとの見方もある。また,イギリス国内では2009年以降のユーロ危機および欧州債務危機以来,シティの地盤沈下が懸念されており,同国経済の中枢を支える金融ビジネスの再構築が急務とされている現状をふまえると,中国との距離を縮めておく必要性が高まっていたとの指摘もある。

一方,欧州諸国間で長年共有されてきた米ドル一極体制への心理的な対抗心も若干の影響を与えていたのではないかとする見解もある。19世紀に英ポンドが基軸通貨として採用されて以来,国際金融のルール作りはイギリスを中心に展開されるという認識が世界の不文律であった。しかし,1944年のブレトンウッズにおける議論に勝利し,世界銀行・IMF体制を構築したアメリカは従来の慣行を覆した。それ以来,現在まで続くアメリカ主導のルールに対して抱く思いは,ブラジルやロシアなど近年強い経済力をもって台頭してきたBRICS諸国にも通ずるものがあり,今回の中国主導によるAIIB新設を間接的に後押しする要因となり得たのではないかと思われる。

アメリカと日本の思惑

そもそも,「新シルクロード」という戦略構想を先駆けて提示したのはアメリカで,2011年9月にヒラリー・クリントン国務長官(当時)が,3年後に想定されていたアフガニスタンからの米軍の引き揚げ後に,中央アジア地域の政治的安定化と経済発展を目指すために提唱したものである。中東と中央アジアから,アフガニスタンを経由してパキスタンやインドなど南アジアに至る地域を含むこの構想は,中国側にとっては東西から中国全体を封じ込めようとする試みのようにみえた。

また,アメリカによる新シルクロード構想が提唱される数年前に,日本では第1次安倍政権(2006~2007年)で外務大臣を務めた麻生太郎氏が,自由主義,民主主義,基本的人権,法の支配,市場経済といった普遍的価値に基づく「価値の外交」(価値観外交)を提唱している。これは北欧諸国から始まり,バルト諸国,中・東欧,中央アジア・コーカサス,中東,インド,さらに東南アジアを通って北東アジアにつながる地域を「自由と繁栄の弧」と呼んで今後の外交政策の要として設定するものであった。中国はこれを対中包囲網に該当すると指摘して反発する姿勢を示したが,「新シルクロード構想」についても同様の流れの一環であると受け止めたのではないかとされている。

こうした日米の動きに中国は「一帯一路」で対抗しようとしているが,環太平洋パートナーシップ(TPP)協定が大筋合意に達した2015年10月に,アメリカのバラク・オバマ大統領が「われわれの潜在的な顧客の95%が国外にいる時代に,中国のような国(Countries like China)に世界経済のルールを書かせることはできない」と率直に発言したように,第二次世界大戦の終結から70年が経った今,アメリカが主導して作ってきたルールを書き換えようとする中国側からの試みに対して,アメリカ側が強く牽制していく意図があることは明らかであった。

アメリカと同盟関係にある日本のAIIBに対する今後の対応には注目が集まるところであるが,日本が将来的にAIIBへ参加するか否かを検討するにあたっては,AIIBの理念やビジョンが日本の基本的な政策や方向性と合致するのかといった点が考慮されるものと思われる。中国はAIIBを通じて,国際公共財を提供しアジア地域の繁栄と安定に貢献すると提言しているが,実際には地政学的な勢力圏拡大など自国本位の経済・外交政策を推進するための手段として活用するのではないか,といった見解も散見される。

中国が自国本位の政策に流されず,アジア・アフリカ地域全体への国際公共財の提供を重視するのであれば,日本としてもAIIBに参加することは自国の利益に合致する。実際に日本が新規に加盟することでガバナンスが強化され,インフラ事業の基準や質が高まりうると期待する声は大きい。しかし,中国が拒否権を行使してAIIBを自国寄りの国際金融機関として活用する姿勢を示すのであれば,たとえ日本が参加してもガバナンスの透明化やインフラ事業の基準・質の引き上げは望めない可能性は残る。この場合には日本は正式に加盟せず,外部からAIIBのガバナンスの向上に貢献できるよう,世界銀行やADBなど既存機関との協調を積極的に促していくという選択肢もありえる。

AIIBと比較されることの多いADBは1966年にアジア太平洋地域における経済開発を支えるために設立された国際金融機関で,2014年時点での日本の出資比率は15.7%に達する。次ぐアメリカの出資比率は15.6%となっているが,これに対して中国の出資比率は6.5%,インドが6.4%と続いている。全体では先進国からの出資比率は64.4%で,途上国からは35.4%の出資が行われている。また,人事面を見るとADBの歴代総裁はすべて日本の財務省および日本銀行関係者で占められていることから,ADBの経営において日本の存在はとくに大きいと言え,同種の国際開発金融機関に新規の出資額拠出を負担してまでも日本がAIIBに加盟する利点については,熟考する余地がある。

組織・運営面での課題

現在のところAIIB不参加の姿勢を崩していない日本とアメリカは,AIIBが内包している課題として,公正なガバナンス(統治)の確保に加えて,融資対象となるプロジェクトの環境や社会に対する影響への配慮などが従来の国際金融機関の基準に達していない点を指摘している。まず,ガバナンスについては,AIIBの組織運営面で拒否権を有する中国の意向が大きく反映されるのではないかという懸念がある。これは国際金融機関の意思決定過程において,各加盟国の出資比率がそのまま反映されることによる。前述したとおり,推計されているAIIBにおける各国の出資比率は,中国が約30%と圧倒的に大きく,それにインドの8%,ロシアの6%が続くという構造となっており,現時点では中国への対抗は事実上困難といえる。

AIIB運営における中国の独走を牽制するという意味でも,日本のAIIBへの参加待望論は根強く残っている。これはGDP規模から算出される出資比率が11%となる日本がAIIBに参加した場合,中国の出資比率が25%まで下がり,意思決定の際の勢力分布に変化がもたらされることによる。もちろん,11%の議決権では日本は単独で中国に対抗することはできないが,欧州諸国と連携することによって中国の行動に対してある程度チェック機能を果たせるのではないかという期待は小さくない。

また,日本が加盟することによってAIIBの債券のランク付けが上がる可能性にも大きな期待が寄せられている。現在のところ,AIIBの債券の格付けは未取得である。原則としてADBや世界銀行などの国際金融機関は,債券発行を通じて資金の調達を図り,「トリプルA」の評価を受けることがなかば慣例となっているが,AIIBの場合は最大の出資国である中国の格付けにあわせた評価がなされることになるとみられる。現在,中国の格付けは「ダブルAマイナス」とされているため,AIIBの格付けはほかの国際金融機関よりも低くなる可能性が高い。中国側は格付け会社がアメリカの企業であるため,中国に対して好意的でないという中国にとって不利な状況が影響していると主張しているが,一度低い格付けが付けられてしまうと債券の買い手がつかない可能性が考えられる。それはAIIBの調達金利の高騰を招き,ひいては融資金利の上昇につながり,AIIBの活動自体の停滞を引き起こしかねない。こうした状況下において,韓国などはたとえ格付けがなくてもAIIBの債券を購入することをすでに表明しているが,現時点では将来像が未知数なAIIBに加盟するということは,こうした将来的な不透明性もあわせて引き受けていくことを意味する。

このほか,AIIBのインフラ事業を決定,実施する際の基準が不明確で不十分だと,融資を受ける途上国において乱開発が進み環境破壊を招く可能性や,開発地域の住民の人権侵害につながる懸念が生じうるとの指摘もある。とくに途上国では経済開発政策を実施するうえで,社会的弱者に対する配慮や事前の環境保護対策が伴わなければならないとされている。既存の枠組み内では,世界銀行やADBが高い環境・社会基準の下でインフラ開発を進めていることに鑑みると,AIIBがその抜け穴を提供する組織として機能することは許されず,運営が開始された暁にはほかの国際金融機関と同等の基準を維持していくことが求められる。

今後の課題

中国はアジアのみならず,アフリカに対する経済支援も強化している。先進国の目線ではなく,同じ途上国であるという立場から経済発展を目指す国々に働きかける中国の姿勢は,受入国側からの歓迎を得やすい。このことは今までの中国の取り組みが証明しているところである。AIIBという既存の体制に一石を投じる開発金融機関にイギリス,フランス,ドイツを含む57カ国が加盟した背景には,既存の国際開発金融機関への期待感が低下していることに加えて,経済支援に関する諸々の交渉のテーブルに着くにあたり,中国への親近感が深まりつつある流れがあるのではないかと思われる。今後,中国は途上国へのアプローチに際して,経済的な立場や関係性をふまえて徐々に自国の経済にとって有利に働くように基盤の整備を進めていく可能性がある。第二次世界大戦以降,国際金融に関するルールを定めてきたアメリカが,徐々に高まる中国の存在感に対抗していくためには,途上国を含めた世界経済の発展および安定に資する包括的な枠組みを再提示する必要があるのではないかと思われる。

(新領域研究センター)

 
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