Yearbook of Asian Affairs
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2018 Volume 2018 Pages 245-264

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2017年のカンボジア

概 況

2017年のカンボジアは,政治的には波瀾の1年であった。最大野党のカンボジア救国党(CNRP,以下「救国党」)のクム・ソカー党首が9月に逮捕され,11月に最高裁判所は救国党解党を決定した。また,1993年創刊の英字紙『カンボジア・デイリー』を発行する新聞社が多額の税金を課され,9月に廃刊に追い込まれたり,アメリカのNGOである全米民主研究所(NDI)が閉鎖された。ほかにも,選挙監視NGOが活動を縮小せざるを得なくなるなど,2018年7月に予定される国民議会議員選挙を前に,メディアやNGOへのプレッシャーが強まった。

国内経済は好調で,経済成長率7%を達成できる見込みである。中国資本によるプノンペンやシハヌークビルでの建設セクターへの投資が活発に行われ,さらに観光客数が560万人を超えた観光セクター,多様化の兆しが見える農産物輸出も好調な経済を支えた。国内政治の問題を理由として,欧米諸国からは縫製品輸出の原動力となっている特恵関税の見直し論が持ち上がったが,2017年中は従来どおりの特恵関税が適用された。

対外的には,中国からの手厚い援助・投資を受け続けた。周辺国とは,タイとは出稼ぎ労働者問題,ラオスとは未画定国境地域をめぐって課題を抱えつつ,緊密な対話により良好な関係を築いている。一方,アメリカに対しては,カンボジアの国内の統一を脅かすような勢力を支援したのではないかとの疑念を抱く政府が,非難を繰り返した。カンボジアの人権状況を懸念する欧米諸国は,カンボジア政府への非難決議はしつつも,経済協力の大半は継続し,様子見を続けた。

国内政治

改革後の新選挙制度の下,平穏に行われた地方評議会議員選挙

カンボジア政府は,2013年国民議会議員選挙後の混乱の再来を避けるため,2014年の与党・カンボジア人民党(CPP,以下「人民党」)と野党・救国党の合意をもとに,選挙改革を重ねてきた。これまでの主要な変更点は,人民党が指名した委員と救国党が指名した委員各4人,そして両者が指名する中立な立場の委員の計9人からなる選挙管理委員会の設置,投票人登録の電子データ化による不正防止策の実施である。2016年秋に実施された投票人登録は,2017年1月までに登録に関する不服申し立てとそれに対する対処が終了した。

6月4日,人民党,救国党,クメール国民統一党(KNUP),その他小政党が参加して地方評議会(コミューン・地区評議会)議員選挙が実施された。投開票は大きな混乱なく終了した。人民党は得票率50.8%で,6503議席(全議席の56.2%),1156コミューン・地区で1位となり議長ポストを確保し,一方の救国党は得票率43.8%で,5007議席(全議席の43.3%),489コミューン・地区で議長ポストを確保した。その他諸政党は62議席を獲得するとともに,ボンティアイミアンチェイ州の1地区にてクメール国民統一党が議長ポストを1つ獲得した。

6月の選挙は新しい仕組みになって最初の選挙であり,2018年の国民議会議員選挙の前哨戦ともいえる選挙であったが,選挙運動,投票,開票,結果の確定に至るまでのプロセス自体は,おおむね平穏かつ公正に行われた。選挙結果については,救国党は前回の2012年地方評議会議員選挙時に救国党の前身となるサムランシー党および人権党が獲得した得票率30.7%に比較すると大幅に伸びているが,2013年国民議会議員選挙時の得票率44.3%には及ばなかった。2013年時に人民党の得票率が低かったコンポンチャーム州,コンポンスプー州,カンダール州,プレイヴェーン州,プノンペン都では,軒並み人民党が伸びており,2013年選挙後に人民党が得票率の低かった地域の支持を取り返すべく,インフラ整備や若年層の取り込みなどを強化したことが一部実を結んだともいえる。

救国党を追い詰める政党法改正

2月,党首が犯罪者と判断された場合に政党を解党することができるようにする政党法の改正が議論されはじめた。救国党は,過去に何度も首相に対する名誉毀損事案などで党首や所属議員らが有罪判決を受けてきたことから,中立性が疑わしい司法制度のなかで解党を余儀なくされる可能性がある仕組みに反発した。改正法成立前の2月11日,名誉毀損の疑いで逮捕の恐れがあるため2015年以来海外に滞在するサム・ランシー党首は,党首を辞任したうえで救国党からの離党を発表した。かわってクム・ソカー副党首が党首に就任し,党内の有力者ポル・ハム,エン・チャイエン,ムー・ソクフオの3人が副党首に選出された。

1度目の改正政党法は,2月20日に救国党所属議員が欠席した国民議会で可決された。同法は,重罪を犯した者が党首や執行部等に就くことを禁じ(18条),内務省が憲法や政党法などに違反する政党の解党を最高裁判所に求めることができる(34条,38条),最高裁判所が規定に違反する政党の活動を5年間停止させたり,解党を決定する(44条)などの新しい条文を含む。通常の法案は,上院通過後,シハモニ国王が署名することで発効するが,国王は健康診断を理由として出国したままだったため,3月7日,サイ・チュム上院議長が国家元首代行として署名して発効した。さらに,地方評議会議員選挙終了後,政党法の再改正が議論され,サム・ランシー前救国党党首が海外から影響を及ぼすことを防ぐために,重罪を犯した者が政党活動に関与することを禁じる条項(6条6~8項)が盛り込まれた。再改正政党法は,7月10日に国民議会を通過し,28日,再び国王不在を理由として上院議長が署名し,発効した。

救国党解党と解党後の体制

9月3日,クム・ソカー救国党党首は,アメリカの支援を受けて国家転覆をはかろうとしていたのではないかとの疑いにより逮捕された(刑法443条)。内務省は政党法に基づき救国党の解党を裁判所に求め,11月16日,最高裁判所は救国党解党と党指導部など118人もの政治家に5年間の政治活動停止を命じた。

判決は即執行され,国民議会の救国党の55議席,6月の地方評議会議員選挙で得られたすべての議席は,救国党以外の野党と人民党に再配分された。その結果,国民議会には,元々68議席を有していた人民党が79議席,2013年選挙で議席を失っていたフンシンペック党が41議席,カンボジア国籍党が2議席,クメール経済開発党が1議席を獲得した。なお,民主主義連盟党とクメール反貧困党は,議席獲得を提案されていたが,辞退した。地方評議会においても議席の再配分が行われ,95%を人民党が支配することになった。さらに,選挙管理委員会も,旧救国党指名委員4人中3人が辞任し,新しくフンシンペック党などが指名した3人が就任したことで,2014年以降に積み重ねられてきた選挙改革の重要部分は,振り出しに戻った。

メディアやNGOの閉鎖

9月4日,多額の税金の納付を求められた老舗の英字新聞社カンボジア・デイリーが新聞の廃刊に追い込まれた。アメリカの支援を受けるラジオ局ラジオ・フリー・アジア(RFA)やボイス・オブ・アメリカ(VOA)のプノンペン支社も閉鎖され,これらのラジオ番組を放送していたカンボジア資本のラジオ局も閉鎖・一時閉鎖された。また,「色の革命」(民衆の力による政権交代)をほのめかす発言をFacebook上でした一般市民や小政党の党首らが逮捕される事態も相次いだ。

NGOに対しても厳しい姿勢が取られた。6月28日,フン・セン首相は選挙監視NGOが「結社および非政府組織に関する法」(2015年8月成立,以下「NGO法」)の求める中立性を遵守していないと非難し,「カンボジアの自由で公正な選挙のための委員会」(COMFREL)と「カンボジアの自由で公正な選挙のための中立・公平委員会」(NICFEC)が2013年の選挙時に結成した選挙監視グループ「シチュエーションルーム」は,次回選挙以降活動ができなくなった。また,8月にはアメリカ民主党系のNGOであるNDIが未登録で活動を行っていたとして閉鎖され,同団体のアメリカ人職員たちは国外退去させられた。さらに,内務省は,NGO法に基づき登録している諸団体に対して,財務報告を遵守することを告知した。そのなかで,長年人権啓蒙活動を行っているNGO「カンボジア人権センター」(CCHR)は,その資金源と資金の使用法が中立的なものではないのではないかとの疑いをかけられ,NGO法に基づき活動停止の「警告」を出された。12月までに嫌疑を晴らしたものの,人権活動や選挙監視をミッションとするNGOにとっては,活動を縮小せざるをえない状況が続いている。

ソク・アン副首相の死:現指導者たちの健康問題

3月15日,長年フン・セン首相の最側近として副首相兼大臣会議官房大臣を務めてきたソク・アンが,66歳で病死した。ソク・アンは,1993年に大臣会議官房大臣に就任し,2004年以降は副首相を兼務し,クメール・ルージュ裁判所の設立やプレア・ヴィヒア寺院の世界遺産登録のための国際機関との交渉を率いてきた。また,アンコール遺跡公園を管理するアプサラ機構や国家石油機構などの機関を管轄し,カンボジアの主要産業の権益に大きく影響する役目を担ってきた。その背景としては,1980年代から政府の要職を歴任して信任が厚かったことに加え,フン・セン首相の娘とソク・アン副首相の息子の結婚など,首相の家族と姻戚関係を築き上げてきたことが指摘される。

2017年中は現役指導者たちの健康問題がたびたびニュースとなった。フン・セン首相の重病説・死亡説の噂も,インターネット上に流布した。5月には,首相自身が,検査のためシンガポールの病院に一時入院した様子をFacebookで報告したが,彼はすぐに退院をした。その後は通常どおり国内外の予定をこなしつつ,毎週のように縫製工場の労働者たちを訪問し,彼らと直接コミュニケーションをとって労働者のニーズの把握に努めるなど,元気な様子がFacebook上で頻繁に報告された。

経 済

概況

経済は,不動産・建設,観光業の好調に支えられ,GDP成長率7%程度を達成できる見込みである。縫製・製靴業,農業も,例年どおり堅調に経済を支えた。

貿易は入超が続いてはいるが,輸出産業の多様化は少しずつ進展している。主要貿易相手国との関係では,中国への輸出が48億1000万ドル(前年比20.0%増),輸入が10億ドル(同21.1%増),欧州連合(EU)28カ国への輸出が56億1000万ドル(同10.7%増),輸入が9億5000万ドル(同35.2%増),アメリカへの輸出が30億6000万ドル(同9.5%増),輸入が3億6000万ドル(同11.6%増),日本への輸出が12億6000万ドル(同4.4%増),輸入が3億6000万ドル(同16.7%増),タイへの輸出が9億ドル(同4.2%減),輸入が52億8000万ドル(同14.6%増)であった(いずれも相手国統計による)。またベトナムとの貿易が前年比30%増の38億ドルに上ったとの報道がされている(Viet Nam News)。中国向け縫製品関連の輸出入や,精米を含む穀物輸出が増加しており,EUとの貿易では,従来の縫製品に加え,靴や農産物の輸出が増加している。

直接投資については,中国からの投資案件が最多で,経済特区内で28件,経済特区外で55件の投資が承認された。このなかには,縫製・製靴工場のほかに,シアムリアプでの新規国際空港建設(9億6200万ドル)や,アグロインダストリー,セメント工場などの大規模プロジェクトも含まれる。日本からは,経済特区内で8件,経済特区外で1件の投資が承認された(カンボジア投資委員会)。

不動産・建設セクターでは,2017年に3052件の建設プロジェクトを承認した(国土管理・都市計画・建設省)。若年層や都市部の中間層の住宅需要は大きく,また海外からの投資も積極的に行われている。

特恵関税適用取り下げの危機

9月以降に次々に起きた救国党やメディア,市民社会への政府の姿勢に対して,欧米諸国は非難声明を発表し,ビザの発給制限や政府関係者の資産凍結等などが行われた。その文脈で,カンボジアが後発途上国として享受してきた特恵関税の適用を取りやめよとの議論が巻き起こった。EU向けにはEBA(武器以外すべて)の特恵関税適用によって縫製品,さらには靴や精米,その他の農産品の輸出も大きく伸ばしてきたカンボジアにとって,EUの対応が注視されたが,2017年末までにEBA取り消しというような決定はなされなかった。アメリカでも,カンボジアへの特恵関税待遇の取り消しの議論は起きたが,実際に行われることはなかった。

精米・農産品の輸出

2017年は農産品輸出が前年比11%増加した(農林水産省)。政府が推進する精米以外にも,需要の大きい中国やベトナムなどのアジア市場,EBAを使用したEU市場を中心に,さまざまな農産品が輸出された。

精米輸出は,政府レベルでの合意によって,市場の拡大が行われてきた。中国は2016年に10万トン,2017年には20万トンのカンボジアからの精米を引き受ける合意をしており,その輸出が実行された。また,EU向けにもEBAを利用した輸出が活発に行われてきた。2017年は,前年比17%増の63万トンの輸出を実現した。2018年には中国に30万トンを輸出することが約束されており,またバングラデシュにも将来的に年間100万トンを輸出する約束をした。国内の精米施設,倉庫,物流などは改善の余地があり,今後も精米輸出拡大の努力が続けられていく。

精米以外の輸出では,キャッサバ,トウモロコシが多い。そのほかに,2017年はカシューナッツの輸出が3年ぶりに10万トンを超え,9割以上がベトナムに輸出された。また,ドラゴンフルーツ,マンゴーなどの果物の韓国やEUへの輸出も始まり,輸出作物が少しずつ多様化してきている。

最低賃金をめぐる動き

縫製・製靴業労働者を対象とする最低賃金を決める労働諮問委員会による協議は,7~10月に行われた。2018年1月1日からの改定額について,労働組合は170ドル,縫製業協会は162ドルを求め,政府は165ドルを提案した。10月5日の投票の結果165ドルが選ばれたが,2015年以降の慣例として,投票後にフン・セン首相の提案で5ドル上乗せされた金額170ドルが,新たな最低賃金とされた。2013年に政府は「2018年までに160ドルまで引き上げる」と約束しており,前年比11.1%もの大幅な引き上げは選挙対策ではないかとの指摘もある。

最低賃金については,4月,労働・職業訓練大臣は2017年中に全業種を対象とした最低賃金法の策定に意欲を見せていた。しかし,草案にあった全業種に共通した基礎賃金の設定や,決定された最低賃金への不満を表明することへの制限等に労働組合をはじめ各方面から異論があり,年内の決定には至らなかった。

好調な観光業を支える中国人観光客

2017年のカンボジアへの観光客数は560万人(前年比11.6%増)となり,観光収入は36億3000万ドル(前年比13.3%増)となった。カンボジア国内の主要空港(プノンペン,シアムリアプ,シハヌークビル)の年間利用者数は,800万人を超えた。

2016年6月,観光省は「チャイナ・レディー」(China Ready)白書を策定し,2020年までに中国から200万人の観光客を誘致することを目指すと発表していた。2017年には,中国各地とカンボジアを結ぶ航空路線も増加し,週155便の定期便が運航された。また,中国語対応の旅行ガイドを増やすなどの対応が重ねられた。その結果,2017年の国別観光客数は,120万人を超えた中国が1位となり,2009年以来1位だったベトナムは2位となった。

ビーチ・リゾートとしても開発が進むシハヌークビルでは,中国人投資家によるコンドミニアム開発が進み,観光客向けのカジノ建設も急増している。カジノは2015年には15カ所だったのが,2017年末には24カ所へと増加した。2017年,シハヌークビルを訪れた47万人の外国人観光客のうち12万人が中国人であった(前年比126%増)。一方で,カジノの隆盛は,一定程度の雇用はもたらすものの,地元に十分な便益がもたらされていないとの批判も起きている。

対外関係

中国からの厚い信頼

中国とは,貿易や投資でも強固な関係を構築しつつ(「経済」の項参照),多額の援助プロジェクトの約束が行われてきた。5月,「一帯一路」国際フォーラム参加のためフン・セン首相が訪中した際,中国政府は,2億4000万ドルの資金援助を約束し,インフラや観光分野での協力など13の合意文書への署名が行われた。首脳会議では,カンボジアが中国の「古い友人」かつ「もっとも信頼できる友人」であることも確認された。11月14日に習近平国家主席とフン・セン首相が会談した際には,プノンペン=シハヌークビルを結ぶ高速道路の建設への支援とカンボジア国内の不発弾除去についての協力が約束された。

二国間援助だけではなく,中国が主導する多国間枠組みであるメコン-ランツァン協力を介しての支援も行われた。2017年12月のメコン-ランツァン外相会議は中国・大理で行われたが,プラック・ソコン外相が中国外相と共同議長を務め,2018年1月に,カンボジアで首脳会議を行うことが確認された。また,外相会談の場で,メコン-ランツァン協力特別資金の16プロジェクト(約700万ドル)の実施が合意された。

中国との軍事協力も進んでおり,2016年12月15~23日に大規模共同演習「金龍(Golden Dragon)2016」が実施されたのち,2017年初頭に予定されていたアメリカやオーストラリアとの共同演習が相次いで取りやめられたことは,中国の意向を受けたものではないかとの憶測を呼んだ。また,12月,カンボジアの民主主義の状況を憂慮したEUは,国家選挙管理委員会への支援から撤退を表明したが,中国は日本とともに支援を継続した。

アメリカへの非難

アメリカ政府がカンボジア国内の野党勢力やメディア,NGOを介して反政府的な活動や「色の革命」を支援していたのではないかとの疑いを持ったカンボジア政府は,アメリカへの非難を繰り返した。フン・セン首相は,「アメリカこそが民主主義を後退させている」「アメリカ政府はカンボジアでの反政府活動を支援している」といった内容の発言を繰り返した。アメリカ国務省はこれを否定したが,双方の議論がかみ合うことはなかった。さらに,アメリカが非合法移民の強制送還を実行しようとしたことに対しても,カンボジアは激しく反発した。

アメリカは,カンボジア政府の民主主義後退の一連の動きに対して,カンボジアの外務・国際協力省関係者のアメリカへの入国ビザ発給を停止し,救国党解党後の12月,「カンボジアの民主主義の後退に関与した人たち」全員を対象としてビザ発給停止の措置をとった。カンボジアへの援助額は減少傾向にあるが,S21政治犯収容所(現在のトゥールスラエン戦争博物館)の整備支援や不発弾処理の支援などの援助・支援は実施された。貿易関係も正常であり,全面的な対立にはいたっていないが,外交関係としては冷え込んだ状態が続いた。

タイとの経済協力の進展と出稼ぎ労働者問題

タイとの間では,長年課題となっているカンボジアからの出稼ぎ労働者に関する問題への取り組みが進められた。6月23日,タイの外国人就労管理緊急勅令が施行され,タイ国内の不法就労者への罰則を強化し,必要な書類を持たずに働いている外国人労働者に最大10万バーツ(約3200ドル)の罰金を課すこととなった。摘発を恐れた多くのカンボジア人労働者が,6月末から一気に帰国の途についた。同様にミャンマー人やラオス人労働者も多くが帰国したことから,7月4日,タイのプラユット首相は,同法の罰則規定の施行を年末まで停止した。7月24日からタイ国内に設置されたセンターにて,2018年3月末を期限とする暫定労働許可証を発行する手続きを行ったところ,8月8日までに22万3000人ものカンボジア人が登録に訪れた。暫定許可証を得た人や帰国したもののタイに戻って働きたいと考えている人たちは,パスポートと正規の労働許可証等を得る必要があり,罰則規定の施行再開の期限である12月末を目指して作業が進められてきたが,12月までに終了の見通しが立たなかった。そのため,12月22日,イッ・サムヘン労働・職業訓練大臣はタイ政府に期限の延期を求めた。これを受けて,タイ政府は,罰則規定の施行を2018年3月末まで延長した。

首脳レベルでの対話も定期的に行われた。9月7日,プノンペンを訪問したタイのプラユット首相を,フン・セン首相は抱擁して出迎えた。会談では,ポイペト=アランヤプラテート国境の南に位置するボンティアイミアンチェイ州ストゥンボットとタイのサゲーオ県バンノンイアンの国境ゲートを物流拠点として整備すること,新たに4国境ゲート開通に向けた取り組みを加速化すること,鉄道整備,違法伐採取り締まり,薬物対策強化,貿易振興,農業振興などで協力を進めることが合意された。また,出稼ぎ労働者問題についても協力の確認が行われ,カンボジアにとって4カ国目の二重課税回避のための租税協定が締結された(発効は2018年1月)。

ベトナムとの友好関係とカンボジアの「外国人」問題

ベトナムとは,外交関係樹立50周年を迎え,友好関係を確認する1年となった。4月にグエン・スアン・フック首相はカンボジアを公式訪問し,インフラ,漁業,コネクティヴィティ,貿易振興での協力等に合意した。また,プノンペン=ホーチミン間での高速道路建設の実現に向けた調査,プレアシハヌーク州での薬物依存者のためのセンターの設立等についての合意文書が交わされた。7月にも,グエン・フー・チョン共産党書記長が来訪し,2020年までに両国の貿易額を50億ドルにすること,国境画定を進めること等が話し合われ,災害,発電・送電・売買電,コネクティヴィティ改善,ICTなどの分野での協力が合意された。

両国の友好関係が強調される一方で,今後の情勢が懸念される出来事も起きた。カンボジア内務省は,2014年から国内の不法滞在外国人の調査と送還を進めており,そのなかで,長年カンボジアに住んでいるベトナム系住民の立場を揺るがす事態が生じた。内務省が,「居住外国人の所持するカンボジア政府証書の取り消し・無効化に関する小法令129号」(2017年8月15日付)にて,誤った書類に基づく市民権は剥奪できると定め,10月,7万人以上の外国人居住者のパスポートや身分証明書が誤った情報を含んだものであることが明らかとなった。このなかには,カンボジア国内で生まれ,生活しているベトナム系住民が多く含まれる。書類が誤っていると判断された場合,長年カンボジアに住んでいたとしても帰国するか,もしくは罰金25万リエル(約62.50ドル)を支払わなければならない。ベトナム外務省はこのようなやり方に抗議した。内務省も,すぐに彼らに対して帰国を迫ることはなかったが,2017年には2014年以降で最多の約1万5000人の不法滞在者の強制送還が行われた。このなかにも多くのベトナム人が含まれていたことが推測される。

ラオスとの国境問題勃発

1月10日,ストゥントラエン州にあるトロペアンクリアル=ノーンノックキアン国境に新設された国境ゲートおよび関連施設が完成し,ラオスのトーンルン首相とフン・セン首相は完成式典に出席した。1月23~24日にはサルームサイ外相,2月22~23日にはブンニャン国家主席が相次いでプノンペンを訪問し,今後の国境線画定と経済協力を話し合うなど,両国の国境地域の活性化が期待されていた。

しかし,カンボジア政府の主張によると,4月2日,ラオス軍がセコン川を渡ってカンボジア領域内にボートで侵入し,カンボジアのストゥントラエン州の国境沿いの道路建設を妨害し,そのまま駐留し続けたという。カンボジアは,軍や州などあらゆるレベルから働き掛けて撤退を求めた。8月2日,フン・セン首相はラオスのトーンルン首相宛に国境問題解決に向けた書簡を送った。さらに,8月11日,フン・セン首相は「17日までの兵力の撤退」を求めるとともに,12日にラオス・ヴィエンチャンを自ら訪問し,トーンルン首相と交渉した。ラオス軍は12日朝のうちに撤退をし,対峙していたカンボジア軍も即座に撤退したことから,国境地域の緊張状態は解消された。

カンボジア・ラオスの約540キロの国境線のうち464キロは画定しており,今回問題となったのは未画定地域である。解決のために,9月1日にはトーンルン首相が,さらに5日はサルームサイ外相がプノンペンを訪問し,合同国境委員会が問題となった地域(ストゥントラエン州オータンガオ付近)の調査を行うこと,フランス大統領に対して,参考にしうるボンヌ図法の地図や両国国境地域に関する書類の提供を要請することなどを合意し,友好と公平性をもって解決を図ることを確認した。

2018年の課題

国内政治では,2018年7月29日に国民議会議員選挙が予定されている。救国党解党後,旧救国党に所属していた議員たちは政治活動が禁止されており,彼らを除いた選挙でどのように人々の参加による正統性が確保されうるのかが注視される。

経済面では,政治的な要因によって特恵関税に恵まれた貿易環境が突如変化する可能性が出てくるなか,輸出産業の多様化と産業基盤の強化は,これまで以上に深刻な課題となってきた。「産業開発計画2015-2025」の最初のアクションプランとして2018年までの実現を目指した4項目(①電力料金引き下げ,②交通・物流マスタープランの策定,③労働市場に関する改革,④シハヌークビル多目的経済特区の整備)の成果がどのように出せるのか,選挙対策にとどまらないものが求められる。

対外的には,引き続き中国依存が強まるなかで,ASEANや近隣諸国とは課題を抱えつつも協力関係を継続してきた。日本は,カンボジアの政情に一定の憂慮を示しつつ,対話と支援とを継続している。一方,欧米諸国とは経済的な繋がりは維持しつつも外交的には冷え込んでおり,関係再構築は,7月の総選挙の実施の仕方とその後の政府の対応にかかっている。

(地域研究センター)

重要日誌 カンボジア 2017年
   1月
8日シンガポールのトニー・タン・ケンヤム大統領来訪。
10日ストゥントラエン州トロペアンクリアル=ノーンノックキアン国境の新設備完成式典。式典後,フン・セン首相はラオスのドンサホン・ダム視察。
23日ラオスのサルームサイ外相来訪(~24日)。
26日国家選挙管理委員会(NEC),投票人登録への不服申し立てへの対処を終了。
27日カンボジア・ラオス合同国境委員会特別会議,プノンペンにて開催。
   2月
3日ミャンマーのティンチョー大統領来訪(~6日)。
11日サム・ランシー救国党党首,党首を辞任し離党。
18日アメリカの女優アンジェリーナ・ジョリーが監督した映画「最初に父が殺された」公開。
20日国民議会,改正政党法可決。
22日クメール・ルージュ裁判所共同捜査判事,イム・チャエムへの訴追取下げ。
22日ラオスのブンニャン国家主席来訪(~23日)。
   3月
2日救国党,新党首にクム・ソカー,副党首にポル・ハム,エン・チャイエン,ムー・ソクフオを選出。
7日改正政党法,海外滞在中の国王に代わり上院議長署名により発効。
8日プノンペン都内に新規に設置された100台の信号機の一部が点灯開始。
13日中央銀行,マイクロファイナンスの貸出金利の上限を18%に制限。
15日ソク・アン副首相兼大臣会議官房大臣病死。享年66歳。
15日第9回カンボジア・ベトナム国境州協力・開発会議,プノンペンにて開催。貿易投資等16項目の協力に合意。国境地域の土地リース取りやめにも合意し,国境画定の加速を約束。
23日プノンペン裁判所,2016年7月に政治評論家カエム・ライを殺害した男に終身刑判決。
   4月
2日ストゥントラエン州のラオス国境付近にて,ラオス軍がカンボジアの道路建設を妨害したとして,緊張高まり国境閉鎖。
24日ベトナムのグエン・スアン・フック首相来訪(~26日)。
28日フン・セン首相,フィリピン訪問(~30日)。ASEAN首脳会議出席。
29日みずほ銀行,プノンペン出張所開設。
   5月
4日フン・セン首相,シンガポールにて検査入院したことをFacebookにて公表。
4日国内初の石油精製所の建設開始。中国輸出入銀行融資。
5日石井国土交通大臣来訪(~6日)。
9日中央アフリカに派遣されていたカンボジアの平和維持軍参加者4人死亡。
10日世界経済フォーラムASEAN会合がプノンペンにて開催(~12日)。
13日フン・セン首相,訪中(~17日)。「一帯一路」国際フォーラム出席。中国は,2億4000万ドルの支援やカンボジア産精米30万トンの輸入等を約束。
   6月
4日地方評議会議員選挙実施。
4日内務省,代理出産で生まれた子の出国についてのガイドライン決定。
6日1960年代に建造された新クメール様式のプノンペンの「白ビル」の全住人,再開発に伴う補償に合意。7月に取り壊し。
8日シハヌークビル港湾公社の株式,カンボジア証券取引所での取引開始。JICAが新規発行株式54%を取得。
14日クメール・ルージュ裁判所第一審,第2-02事案の最終弁論開始(~23日)。
16日プノンペン都,パー・ソチエトヴォン新知事が就任。
23日タイの不法労働者への罰則が厳格化し,カンボジア人労働者の帰国増加。
28日歴史家マイケル・ヴィッカリー氏,バッタンバン州にて死亡。享年86歳。
29日2017年4月に証人への贈賄で逮捕された人権NGO・ADHOC職員5人釈放。
   7月
6日イッ・サムヘン労働・職業訓練相,タイ訪問(~10日)。
9日UNESCO,サンボー・プレイ・クック遺跡(コンポントム州)を世界遺産登録。
10日国民議会,再改正政党法案可決。
11日日本,カンボジア労働・職業訓練省と技能実習に関する協力覚書を締結。
13日中国からの支援で,プノンペン都に98台の新型バス車両が導入される。
20日ベトナムのグエン・フー・チョン共産党書記長来訪(~22日)。
27日ブルネイと二重課税防止協定に合意。
28日再改正政党法,海外滞在中の国王に代わり上院議長署名により発効。
   8月
2日フン・セン首相,ラオス政府に国境地域での対立解消を求める書簡送付。
3日ニュク・ブンチャイ前首相顧問(クメール国民統一党党首),2007年の薬物事件への関与の疑いで逮捕。
6日租税総局,英字新聞社カンボジア・デイリー社に対して,630万ドルの課税を通告。19日,9月4日を最終納入期限とした。
6日フン・セン首相来日(~9日)。安倍首相と会談。シハヌークビル港新コンテナターミナル整備計画(円借款,235億200万円)の交換公文等署名に立ち合い。
8日ベトナムから来てカンボジアで難民申請をしていた山岳少数民族が強制送還。
9日香港へのカンボジア人家事労働者派遣の合意が成立。12月に最初の14人派遣。
11日プノンペン裁判所,政治評論家キム・ソック氏の「2016年7月のカエム・レイ殺害事件の背後に人民党がいた」という発言に禁錮18カ月の判決。
12日フン・セン首相,ラオス訪問。ラオス軍,ストゥントラエン州国境地域から撤退。
13日クメールの力党(KPP)のセレイ・ラター党首,Facebookに革命をほのめかす投稿をしたとして逮捕。
16日警察,200人の中国人電話詐欺集団を摘発。
21日12年生修了試験(~22日)。9万9728人が受験,合格率64%。
23日アメリカ系NGOのNDI(全米民主研究所)が閉鎖。職員は国外退去。
23日シンガポールのクリスエナジー社,タイ湾沖ブロックAの油田開発に合意。
23日プラック・ソコン外相,ロシア訪問(~25日)。貿易・投資振興等に合意。
23日タイのインラック前首相,カンボジア領を経由して第三国に出国。
24日RFAやVOAを放送していたFMラジオ局15局が閉鎖。
28日建築家ヴァン・モリヴァン氏死去。享年91歳。
28日Uber社,サービス提供開始。
   9月
1日ラオスのトーンルン首相来訪。
3日クム・ソカー救国党党首,国家反逆罪の疑いで逮捕。
4日英字新聞社カンボジア・デイリー社が閉鎖。同日発行の新聞をもって廃刊。
5日ラオスのサルームサイ外相来訪。合同国境委員会設置に合意。
7日タイのプラユット首相来訪し,タイと合同閣議開催。二重課税防止協定に合意。
11日国民議会,クム・ソカー救国党党首の議員としての不逮捕特権剥奪を決議。
11日フン・セン首相,訪中(~13日)。中国ASEAN博覧会出席。
12日RFA・VOAプノンペン支社が閉鎖。
13日アメリカ政府,カンボジア外務・国際協力省関係者へのビザ発給停止。
14日中央銀行,リエルと中国元の直接交換を開始したことを表明。
  10月
3日ムー・ソクフオ救国党副党首,逮捕を避け出国。
5日2018年1月1日からの縫製・製靴労働者の最低賃金170ドルに決定。
5日フン・セン首相,ブルネイ訪問(~7日)。
16日国民議会,選挙法等を改正し,政党が解党された場合の議席配分方法を決定。
16日ストゥントラエン州,セコン下流2ダム稼働の影響を受ける地域の全住民が移転。
25日ベトナム国境に関する公文書を偽造したとして有罪判決を受けたホン・ソクフオ元サムランシー党上院議員が恩赦,釈放。
25日国王,改正選挙法に署名,同法は発効。
26日フン・セン首相,タイのプーミポン前国王葬儀参列のため訪タイ(~27日)。
30日ボンティアイミアンチェイ州ストゥンボットにて,新国境ターミナル建設開始。
  11月
10日フン・セン首相,フィリピンでのASEAN首脳会議およびベトナムでのAPEC関連会合に出席(~14日)。
15日国連でのミャンマー政府のロヒンギャ問題への対処を非難する決議案に,カンボジアは反対票を投じる。
16日最高裁判所,救国党解党を命令。
17日国民議会,2018年国家予算法を可決。総額6億ドル。
20日NEC,旧救国党指名3委員が辞任。
22日NEC,救国党解党後の国民議会の議席の5党への配分を発表。2党が辞退し,55議席中44議席がフンシンペック党等3党に,11議席は人民党に配分。28日,宣誓式。
29日フン・セン首相,訪中(~12月2日)。世界政党高級会合に出席。12月1日,中国の習近平国家主席と会談。
30日2011年に停止されたマレーシアへの家事労働者派遣を再開させる覚書署名。
  12月
1日NEC,救国党解党後の地方評議会の議席を再配分。95%が人民党に配分。
4日バングラデシュのハシナ首相来訪。カンボジア産精米輸入等,11合意文書に署名。
6日アメリカ政府,カンボジアの民主主義の低下を理由としてビザ発給停止対象者を拡大。
6日国民議会,NECの新委員人事を承認。
9日イム・セティ国民議会議員(元教育・青少年・スポーツ大臣)死去。
11日アメリカ,S21政治犯収容所(トゥールスラエン戦争博物館)の整備支援を発表。
12日欧州連合(EU),NECへの支援からの撤退を表明。
13日EU議会,カンボジア政府関係者へのビザや資産に制限をかけることを決議。
13日第3回メコン-ランツァン協力外相会議(中国・大理,~16日)。プラック・ソコン外相は共同議長を務める。
19日Grabタクシー,サービス提供開始。
20日2017年中に1万5000人の不法滞在外国人を強制送還したことが明らかになる。
21日中国,メコン-ランツァン協力特別資金16プロジェクト(700万ドル)の実施に合意。
25日NEC,2018年2月の上院議員選挙に5政党が登録したことを発表。
26日国連,クメール・ルージュ裁判所に800万ドルを供与。

参考資料 カンボジア 2017年
①  国家機構図(2017年12月末現在)
②  大臣会議名簿(2017年12月末現在) ③ 立法府 ④ 司法府

主要統計 カンボジア 2017年
1  基礎統計

(出所)人口は計画省国家統計局,籾米生産は農林水産省,その他は中央銀行資料より作成。

2  支出別国内総生産(名目価格)

(注)1)2011年の家計消費の値は,民間非営利団体消費の値との合計値。

(出所)ADB, Key Indicators 2017

3  産業別国内総生産

(出所)表2に同じ。

4  国・地域別貿易

(出所)商業省資料より作成。

5  国際収支

(注)1)予測値。

(出所)NationalBank of Cambodia, Annual Report 2016.

6  中央政府財政

(注)1)暫定値。

(出所)表2に同じ。

7  中央政府財政支出

(注)1)暫定値。

(出所)表2に同じ。

 
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