Yearbook of Asian Affairs
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2019 Volume 2019 Pages 199-212

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2018年のASEAN

概 況

2018年のASEANは,軍事だけでなく,経済や人の移動などさまざまな分野における安全保障を高める協力を進めることを表明した。議長国シンガポールは,この年のテーマとして「強靭で革新的なASEAN」(Resilient and Innovative ASEAN)を掲げた。ASEANの強靭性を高めるため,域外国とのパートナーシップの強化,テロやサイバーテロなどの脅威への対処,気候変動への対応の強化などを呼び掛け,革新性を高めるため電子商取引などのデジタル経済の発展,都市問題への対処の必要性を訴えた。

政治安全保障の分野では,南シナ海領有権問題に代表される対中国関係,人道支援の拠点となるASEAN防災人道支援(AHA)センターの活動,サイバーセキュリティ協力などで新たな動きがみられた。域外国との関係では,インド太平洋という地域概念をめぐる議論がなされたことが注目される。

経済の分野では,サービス貿易分野,電子商取引分野などで進展があった。シンガポールのイニシアティブで都市問題に対処し,都市の発展を後押しするため,ASEAN各国の主要都市間のネットワークを構築する「ASEANスマートシティネットワーク」構想が立ち上げられた。域外国との関係では,2017年に続き,東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉妥結が見送られた。

政治安全保障協力

対中関係

南シナ海領有権問題は引き続きASEANにとって対中関係の重要課題である。南シナ海では,中国,台湾,フィリピン,ベトナム,マレーシア,ブルネイが領有権を主張して対立しており,埋め立てや軍事拠点化を進める中国に対するASEANの対応が注目されている。中国とASEANは,2002年に合意した「南シナ海における関係諸国行動宣言」(DOC)を格上げして,「行動規範」(COC)を策定すべく協議を続けている。これまで中国は一貫して消極的姿勢を示してきたが,2017年にはCOCの枠組み草案に合意するなど前向きな姿勢もみられるようになった。ただし,協力の進展にはさまざまな課題が残る。この問題に関連する2018年の動きは以下の3つに集約される。

第1に,2018年8月のASEAN外相会議および4月と11月の首脳会議の共同声明では,南シナ海地域における埋め立てや緊張を高める活動に関して複数の首脳たちからの「懸念」に留意するという文言が復活した。この表現は,2014年以来表明され続け,2017年の首脳会議には表明されなかった。ただし,「ASEANと中国との関係改善に留意」という2017年の首脳会議の共同声明で登場した文言も盛り込まれた。2017年と比べ,中国への警戒心が復活したようにみえるが,良好な対中関係に配慮するASEAN側の姿勢もみてとれる。

第2に,COCに関して「単一の交渉草案」(a Single Draft COC Negotiating Text)を策定することで合意した。しかし,COCの中身をめぐってはすでに対立が表面化している。まず,ベトナムは,すべての係争地域にCOCを適用すべきと主張したが,中国は,ベトナムが領有権を主張するパラセル諸島は非係争地域のためCOCの適用外であり,係争地域についてもベトナムと中国の二カ国が関係する場合には二国間で解決し,COCを適用すべきではないと主張した。次に,ASEAN諸国が望むような拘束力のある紛争解決メカニズムがCOCに盛り込まれるかどうかも不透明である。また,中国はCOC締結国が第三国と共同軍事演習を実施する際には,他の締結国の承認を得る必要があるとの条項を盛り込むことを提案している。11月の首脳会議では,中国の李克強首相が「3年以内」にCOCを策定すべきだと提案したが,さまざまな中国の提案にASEAN諸国の反発は必至で困難が予想されよう。

第3に,ASEANと中国は初の合同海軍演習を実施した。合同演習の提案は,2015年に中国からなされていたが,中国が南シナ海での実施を主張したため,一部のASEAN諸国が反対して合意が見送られていた。2018年2月,ASEAN諸国の国防大臣は中国の国防大臣と会合し,合同演習の実施に合意した。ASEAN側が合同演習の実施自体を了承する代わりに,演習の実施場所が南シナ海の係争地域でない点で中国はASEANに妥協したとみられる。演習は中国とASEAN10カ国の海軍が参加して,まず,8月にシンガポールで机上演習を実施し,10月に中国の広東省湛江で海難救助訓練を実施した。

ASEANにとって中国との合同演習は,ASEANが地域機構として域外国と実施する初の演習だった。中国は,中国とASEAN諸国との合同演習の定例化をCOCに盛り込むよう提案しているという。こうした動きを受け,アメリカが2018年に主催する環太平洋合同演習(RIMPAC)への中国の招待を取り下げ,初めてベトナムを招待した。また,中国に対抗する形で,アメリカはASEANに合同演習を提案したため,2018年10月のASEAN国防大臣会議で,2019年にASEANとアメリカの海軍が合同軍事演習を実施することが合意された。ASEANとしてはこれまでの戦略どおり,アメリカと中国とのバランスをとったものとみられる。

以上のように,2018年は,中国が融和姿勢をさらに演出するとともに,COCの中身や性質に対して積極的に提案を行うといった変化がみられた。中国は,南シナ海の軍事拠点化を進める一方で,海洋安全保障においてASEANとの協力を進める姿勢に転じつつある。こうした姿勢には,中国にとって望ましい形で南シナ海における秩序とルールを形成しようという意気込みがみてとれる。中国のこうした姿勢に対し,2017年に融和姿勢に転じたフィリピンは歓迎する意思を表明したものの,ベトナムは対抗的な姿勢を示している。

ASEAN防災人道支援センターの活動とロヒンギャ問題

ミャンマー西部ラカイン(ヤカイン)州における,イスラーム教徒ロヒンギャの難民化・人権侵害の問題に対処するため, ASEAN防災人道支援(AHA)センターの参画が本格化しつつある。4月の首脳会議と8月の外相会議では,この問題に関するAHAセンターとミャンマー政府の協力を歓迎するとの文言がみられ,11月の首脳会議では,どのような協力が可能かを調べるためのチームをAHAセンターが派遣することにミャンマー政府が同意したことが記されている。

AHAセンターは2011年にジャカルタに設立されたASEANの機関で,主に災害分野での緊急支援や能力開発,災害モニタリングなどをASEAN各国の担当機関との協力関係の下に実施するとともに,域外国からの支援の窓口としても機能している。2013年のフィリピンの台風被害をはじめ,2018年にはインドネシア・スラウェシ島の地震・津波,ラオスの水害に対し,救援物資などの支援や被害状況のモニタリングなどを実施してきた。こうした活動をふまえ,11月の首脳会議ではAHAセンター基金へのASEAN各国の年間拠出を5万ドルから9万ドルに増額することが合意された。

以上のように,AHAセンターによる支援対象は,台風や津波などの天災による被害が中心であった。ミャンマーのロヒンギャの問題は,人災という側面が強いことからASEAN内ではAHAセンターが関与するのは適切なのかという意見も出された。特に,イスラーム教徒を多く抱えるマレーシアやインドネシアは,人権侵害に対してASEANが行動を起こすべきだとし,ASEANの人権機関であるASEAN政府間人権委員会(AICHR)で議題として取り上げるべきだと主張してきた。しかし,人権侵害対策としてASEANが行動を起こすことには,ミャンマーをはじめ複数の加盟国が反対したため,AICHRは,2017年に組織されたミャンマーに対する国連の事実調査団に協力することができなかった。

AHAセンターが関与するという合意後も,AHAセンターが果たす役割をめぐり,ASEAN内の対立は残っている。たとえば,インドネシア外務省関係者は,「人災」であるこの危機に対して,AHAセンターは災害被害の緩和という現在の役割以上のことを果たすべきであると主張している。マレーシア外務省は,議長国シンガポールと次期議長国タイの外相をミャンマーに派遣し,ロヒンギャ難民の帰還に向けた協力について話し合うことでASEAN諸国は合意したと発表した。シンガポール政府はそのような合意はないと否定したが,こうした報道をとってもASEAN内の意見の食い違いがみてとれる。また,タイ外相は,AHAセンターの役割について,問題は人道支援だけでなく,ミャンマーへのロヒンギャ難民帰還もあるとして,同センターが帰還に向けた支援をすることを示唆した。

サイバーセキュリティ協力

シンガポールのイニシアティブで,サイバーセキュリティ分野での協力の必要性が強調された。11月の首脳会議で,「サイバーセキュリティ協力に関する宣言」が発表され,安全な情報通信技術(ICT)環境の整備を目指すとした。

この分野はシンガポールを中心に協力が進められてきた。同国は,2018年のASEAN議長国に就任する前から働きかけを行っており,たとえば,2016年に「ASEANサイバー脅威対策能力プログラム」(ASEAN Cyber Capacity Programme)を立ち上げ,1000万シンガポールドルを投入して,ASEAN各国のサイバーセキュリティ担当者に対し,サイバーセキュリティに関する知識や法整備,サイバーセキュリティ事故への対応などに関する能力開発を実施してきた。2017年に第2回ASEANサイバーセキュリティ大臣会議(AMCC)を主催したのに続き,2018年には第3回AMCCをシンガポールで開催した。サイバーセキュリティは,電子商取引など経済成長にかかわる分野だけでなく,テロ対策など防衛軍事分野とも密接にかかわる。そのため,AMCCだけでなく,ASEAN情報通信大臣会議(TELMIN),ASEAN越境犯罪大臣会議(AMMTC),ASEAN地域フォーラム(ARF),ASEAN拡大国防大臣会議(ADMMプラス)などが参画している。

ASEAN諸国はこの分野において域外国の支援を求めている。2018年11月の東アジア首脳会議(EAS)では,「ICTとデジタル経済の安全性を高めるための宣言」が発表された。日本の支援として,日ASEAN統合基金(JAIF)の下で9月に「日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センター」がバンコクに設立された。同センターは,タイの電子取引開発機構(ETDA)がASEAN域内のサイバーセキュリティ能力向上を支援するプロジェクトを実施する際の側面支援を行う予定である。アメリカとも11月の首脳会議において「サイバーセキュリティに関するASEANとアメリカの首脳宣言」を発表して,特に,テロ対策の一環として,ソーシャルメディアなどのインターネット環境の整備や対策を強化することで合意した。

ただし,サイバーセキュリティがさまざまな分野に関係しているため,どの分野に重点を置くのかはまだ詰め切れていない。シンガポールなどの複数のASEAN諸国は経済成長のための措置,たとえば,電子商取引上安全なICT環境の整備などを目指すのに対し,アメリカは,中国や北朝鮮,ロシアなどを念頭においた国家主導のサイバーテロへの対策を協力の中心に置いていると報道されており,協力の方向性についてすり合わせが今後必要となってくる。

インド太平洋構想

アメリカ,日本,インドネシアなどが提唱する「インド太平洋」(Indo-Pacific)という地域概念の具体化が議論されるようになっている。域外国がこの地域概念に関してさまざまな期待と思惑を表明するなか,ASEANは,従来のASEAN主導の会議や「ASEANの中心性」を維持する形で,この新地域概念の具体化を進めたい意向を表明した。

「インド太平洋」という地域概念は,日本やインドネシア,アメリカから提案されていたものである。インドネシアは,2013年に,東南アジア友好協力条約(TAC)の原則や規範を広域に広げる「インド太平洋条約」を提唱したことがある。日本は安倍首相の下で,2016年から法の支配や市場経済を重視する地域として「自由で開かれたインド太平洋」を提唱し,日本,アメリカ,オーストラリア,インドを主導国として想定している。アメリカもトランプ大統領が,2017年末,この4カ国の連携を軸にこの地域概念の具体化を進めると発表した。

アメリカ,日本,オーストラリア,インドの4カ国が主導するこの地域概念に対して,ASEAN諸国はASEANを軽視していると不満を表明していた。2018年に入り,インドがこの地域概念を具体化するにあたっては,ASEANを重視する姿勢を表明するなど,ASEANを巻き込んだ議論が開始されたことで,ASEANとしてもその立場表明が求められる事態となった。

4月の首脳会議の議長声明で,ASEAN諸国は,EASやARF,ADMMプラスなどのASEAN主導の会議の重要性に言及するなかで,「インド太平洋概念を含む最近の諸提案に関する議論」に期待を表明した。8月の外相会議では,域外国からの提案として,「インド太平洋」,「一帯一路」構想 (Belt and Road Initiative),「質の高いインフラパートナーシップ」(Expanded Partnership for Quality Infrastructure)を挙げ,これらの構想がASEANの中心性と親和的であることを希望する旨を表明した。特に,「インド太平洋」に関しては,インドネシアによるインド太平洋構想についての説明に留意し,ASEANの中心性,開放性,透明性といった主要概念を含む形で同地域概念について議論を深めたい,と表明した。

域外国の動きとしては,「インド太平洋」概念の具体化に向けて,アメリカが財政支援を申し出た。第1に,2018年7月,ASEAN外相会議など関連会議への出席を前に,アメリカはインフラやエネルギー分野におけるインド太平洋地域への民間投資を支援するファンドを設立すると表明し,そのファンドに1億1300万ドルを拠出するとした。第2に,海洋安全保障や平和構築,人道支援,テロ対策などを念頭に,インド太平洋地域の安全保障を高めるための新基金の設立を発表し,3億ドルを拠出するとした。

アメリカのこうしたイニシアティブに,中国への対抗心があることは明白である。中国は,「一帯一路」構想やアジアインフラ投資銀行(AIIB)などで周辺諸国に対して開発支援を進め,影響力を高めようとしている。また,上述したように,南シナ海において実効支配を進める一方で,海洋安全保障の分野でさまざまな働きかけをASEANに行っている。2018年11月のASEAN首脳会議に出席したアメリカのペンス副大統領は,どの国も排除するものではないとしながらも,「帝国と侵略はインド太平洋に居場所はない」と発言し,中国を暗に排除する姿勢をみせた。

中国をどう扱うかは,「インド太平洋」概念を具体化していくうえで最大の争点となるだろう。アメリカが提唱する,インフラ整備などのための民間投資を後押しするファンドに日本は協力する方針を示した。一方,2018年11月,日本は,名称を「インド太平洋」戦略から「インド太平洋」構想に変更した。日中関係の改善を受けて,中国を刺激しないような名称に変更するとともに,親中派の国々の賛同を得たいとの思惑があると報道された。

ASEAN内では,インドネシアが自国の「インド太平洋」構想に中国を招き入れるように提案し,他の加盟国の賛同を求めた。このインドネシアの提案に対してASEANとして具体的な合意は成立していない。外相会議の共同声明で中国の「一帯一路」構想と日米あるいはインドネシアの「インド太平洋」が併記されたことは,そのあらわれである。ASEANの中心性を維持するためには,中国をどう扱うかについてASEANとしての方針を定め,域外国との議論の主導権を握る環境を整える必要があろう。

経済協力

経済共同体の進捗状況

2018年8月のASEAN経済大臣会議における発表によると,2017年のASEANのGDPは2兆8000億ドル(前年から実質5.3%の伸び)で,2018年と2019年の経済成長率は実質5.2%と予想された。貿易総額は2兆5500億ドルであり,内訳としてはASEAN域内貿易が22.9%で,中国,EU,アメリカと続く。サービス貿易総額は6952億ドルで,このうち16.7%がASEAN域内サービス貿易だった。

2017年のASEANへの海外直接投資(FDI)は1370億ドルだった。このうち,ASEAN域内からのFDIが19.2%と最大のシェアであり,域外からのFDIについてはEU,日本,中国が上位を占める。また,サービス分野でのFDIが901億2000万ドルでFDI全体の65.8%を占めた。

現在の ASEAN における経済統合は,2015年末の首脳会議で採択された「ASEAN 経済共同体の青写真2025」(AEC2025)の実現が軸になっている。AEC2025とは,「高度に統合され,団結力のある経済」(物品,サービス,金融,人の移動など),「競争力のある革新的でダイナミックな ASEAN」(競争政策,知的財産権など),「連結性と分野別協力の強化」(交通,情報,観光など),「強靭かつ包括的,人々中心の ASEAN」(中小企業支援,官民協力など),「グローバル ASEAN」(域外関係),の5つの目標から成る。

サービス分野では,8月のASEAN経済大臣会議で「ASEANサービス枠組み協定」(AFAS)の第10(最終)パッケージが署名された。この署名をもって,AFASは新たな協定である「ASEANサービス貿易協定」(ATISA)に移行し,11月にATISAの交渉が妥結した。AFASからATISAへの移行で注目されるのは,自由化条件の設定方法が「ポジティブリスト形式」から「ネガティブリスト形式」に変更されたことである。ATISAでは自由化対象に含めない分野のみを記載する形式がとられるため,記載されない分野はすべて自由化対象となる。また,枠組み協定だったAFASに比べ,協定であるATISAにはより充実した規定が盛り込まれている(蒲田亮平「ASEANサービス貿易協定が妥結,自由化が進展」ビジネス短信,2018年11月26日,日本貿易振興機構[ジェトロ])。

電子商取引分野で協力の進展がみられた。ASEAN内の越境的な電子商取引の円滑化に関する協力を進めるため,2016年11月に「電子商取引についての ASEAN 調整委員会」(ACCEC)が設置された。2018年8月のASEAN経済大臣会議での採択を経て,11月の首脳会議において「ASEAN 電子商取引協定」が署名された。シンガポールが公開した資料によると,同協定には国内法の整備,透明性の確保,中小企業による活用,電子商取引の手続きの簡素化,消費者保護などが盛り込まれている。

AEC 全体のモニタリングの実施も引き続きなされている。2017年に採択された「AEC2025モニタリングおよび評価のためのフレームワーク」に基づき,2017年のフィリピンに続き,2018年にはインドネシアに対して「加盟国訪問調査」が実施された。

スマートシティネットワークの形成

シンガポールの提案で,都市問題に共同で取り組もうという構想,「ASEANスマートシティネットワーク」(ASEAN Smart Cities Network)が立ち上げられた。

2018年4月,シンガポールが提示した概念説明書によると,このネットワークは,都市が抱えるさまざまな問題,たとえば,交通渋滞や貧困,水道整備や大気汚染などの解決に向け,知恵と経験を共有し,最新の技術を活用して共同で対策を講じようというものである。説明書では,2030年までにASEAN域内で都市人口が9000万人以上増加するという試算が発表されており,都市問題は深刻化しつつある。

ASEANスマートシティネットワークは,ASEAN加盟国の計26都市(各国3都市まで)が参加し,上記のさまざまな都市問題を最新の技術を駆使して処理できる「スマート化された都市」を目指して,互いにノウハウや経験を共有する取り組みである。すでに,ベトナムのハノイ,ホーチミン,ダナン,マレーシアのクアラルンプール,タイのバンコク,プーケットなどが参加を表明している。

ASEANスマートシティネットワークには,こうした都市問題の解決だけでなく,都市開発を経済成長のテコにしようという目的も垣間見える。都市国家シンガポールを筆頭に,都市はASEAN諸国の経済をけん引してきた。タイのプーケットは観光客の安全対策を強化しようとしている。また,ベトナムでは,電子決済などのデジタルエコノミーの進展などを通じて,ASEAN域内に住むベトナム人移民労働者によるベトナム本国への海外送金を容易にするという期待もみられる。

こうした取り組みを進めるうえで,ASEAN諸国は域外国の支援を求めることも忘れていない。「ASEANスマートシティに関するEAS首脳による宣言」が発表され,域外国の支援が呼び掛けられた。オーストラリアはこのスマートシティネットワークのために,3000万豪ドルの投資ファンドを設立することを表明した。

東アジア地域包括的経済連携の交渉妥結延期

東アジアという広域的な枠組みの自由貿易協定(FTA)として交渉が続けられている東アジア地域包括的経済連携(RCEP)は,2017年に続いて2018年にも妥結が見送られた。RCEPは,ASEAN に加え日本,中国,韓国,インド,オーストラリア,ニュージーランドの計16カ国で域内の貿易・投資の自由化を進めるものである。

RCEP交渉は2013年に交渉を開始し,当初は2015年末の交渉妥結を目標としていた。しかし,高い自由化を求める日本やオーストラリア,ニュージーランド,シンガポールなどのグループと,消極的な中国,インドなどのグループが対立し,交渉は2017年までずれこんでいた。2018年も交渉が停滞することになり,2019年の合意を目指すことになった。

RCEPの18の交渉分野のうち,2017年に合意できたのは中小企業と経済技術協力の2分野のみであった。2018年10月までに,新たに,税関手続き・貿易円滑化と政府調達,紛争解決の分野で合意に達した。しかし,関税分野での対立は大きく,交渉は停滞した。たとえば,ニュージーランドは農産物の関税引き下げを主張する一方,中国製品に対する関税引き下げに応じないインドが強い反発をみせた。電子商取引分野での対立もある。日本やオーストラリアは国境を越えたデータの自由な移動を求めたが,中国は国家による管理を主張している。

一方,環太平洋パートナーシップ(TPP)はアメリカの離脱後,「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」(TPP11/CPTPP)と名称が変更され,2018年3月に日本を含む11カ国が署名した。TPP11は2018年末に発効している。TPP11とRCEPの両方に参加しているのは,マレーシア,シンガポール,ベトナム,日本である。TPP11の発効とRCEP交渉の停滞を受けて,RCEP交渉国のなかにはRCEPへの交渉意欲を低下させる国も出てきた。特に,タイはTPP11に参加する意欲を示すだけでなく,マレーシアとともに,ASEANと日本,中国,韓国の13カ国で自由貿易圏を作る構想を提唱しているとの報道もある。

2019年の課題

「強靭で革新的なASEAN」を掲げた議長国シンガポールが重視する議題は,都市国家であり,ICTや電子商取引などに力を入れるASEAN内の先進国シンガポールの成長戦略でもある。また,サイバーセキュリティの協力,電子商取引協定の締結,ASEANスマートシティネットワークの構築などは互いに深く関連する分野である。今後は,協力の必要性を共有する段階から,協力を実施に移す段階に入る。ASEAN内の後進国がどの程度,こうした協力を進めることができるかがカギになる。

シンガポールのアジェンダを引き継ぐように,2019年の議長国タイは2019年のテーマとして「持続可能性を高めるためのパートナーシップの進展」(Advancing Partnership for Sustainability)を掲げた。このテーマには,ASEAN諸国間の協力だけでなく,域外国との協力を強化したいという意味合いもあろう。その域外国は,南シナ海問題や「インド太平洋」概念の具体化,RCEP交渉などをめぐり,さまざまな形でASEAN諸国に影響力を及ぼしつつある。

南シナ海問題とインド太平洋概念の具体化をめぐっては,他の域外国との関係のなかで,ASEANが中国をどう位置付け,付き合っていくのかが問われている。中国がアジアの秩序形成に積極的に乗り出した今,自らが主導権を握る枠組みを作るというこれまでのASEANの外交路線が通用するのかは不確定である。

RCEP交渉は一刻も早い妥結が望まれているというよりは,どの程度の自由化レベルで妥結するのかという中身の問題になりつつある。ASEAN内には交渉に臨む姿勢に温度差が出ている。ASEANの方針を改めて固める時期が来ている。

(地域研究センター)

参考資料 ASEAN 2018年
①  ASEANの組織図(2018年12月末現在)

(出所)ASEAN事務局ウェブサイトに基づき筆者作成。

②  ASEAN主要会議・関連会議の開催日程(2018年)

(注)1) ASEAN+3(日本,中国,韓国),東アジアサミット(EAS),ASEAN諸国と域外対話国(ASEAN+1)などとの閣僚会議を同時開催。

   2) ASEAN+3首脳会議,EAS,ASEAN+1首脳会議を同時開催。

(出所)①ASEAN事務局ウェブサイトよりダウンロードした各閣僚会議・首脳会議の合意文書,②新聞報道などに基づき筆者作成。①~②は,開催日時に違いがある場合に参照する優先順位。

③  ASEAN常駐代表(2018年12月末現在)

④  事務局名簿(2018年12月末現在)

(注)*は出身国。

 
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