2023 Volume 2023 Pages 3-6
2022年はロシア軍がウクライナに侵攻したことでこれまでの国際秩序が大きく揺らぎ,緊張高まる1年となった。軍事侵攻とそれに伴うロシアへの制裁は国際経済にも影響を与え,食料・資源価格の高騰をもたらし,多くの国でインフレが進行した。米中貿易摩擦や新型コロナウイルス感染症の拡大などにより,2010年代末頃以降に高まった不確実性は,これらの要因が加わりいっそう深刻化した。
政治では一部の国で政権交代が起きた。スリランカではラージャパクサ一族支配がひとまず終焉した。マレーシア,パキスタン,ネパール,韓国,フィリピンで新政権が,香港,ラオス,ティモール・レステでは新たな指導者が誕生した。
独裁体制の強化や政治不安が続いたところもあった。中国の習近平共産党総書記は3期目に入り権力をさらに集中し,カンボジアでは人民党の独裁強化が進んだ。ミャンマーとアフガニスタンでは前年からの政治的混乱が続き,ベトナムとモンゴルは汚職問題に揺れた。
コロナ禍で低迷した経済は回復が見込まれたが,ロシア・ウクライナ戦争,世界的な金融引き締め,「ゼロコロナ」政策による中国経済の低迷などが響き,回復ペースが鈍化した。さまざまな国内要因とも相まって危機的状況に陥る国がある一方,ベトナム,インドネシア,バングラデシュなどは順調に経済成長を遂げた。
対外関係はロシア・ウクライナ戦争に大きく影響されたが,各国それぞれの事情からロシアへの対応は分かれた。アメリカは台湾海峡危機への懸念から台湾への関与を強化させ,ナンシー・ペロシ下院議長の台湾訪問が象徴するように,米議会はバイデン政権以上に強硬な対中姿勢をとった。
政治は政権交代や新指導者の選出,体制強化,政情不安,汚職の政治問題化という4つの流れがあった。まず,政情不安が続いていた4カ国では政権交代が起きた。スリランカでは経済危機への不満に端を発したデモが激化し,ラージャパクサ一族支配が終了した。しかしラニル・ウィクレマシンハ新政権はマヒンダ・ラージャパクサ率いるスリランカ大衆党(SLPP)に支えられ,政治が大きく変わったわけではない。マレーシアでは11月の第15回総選挙により,希望連盟(PH)を主軸に新たな連立政権が発足し,PHを率いるアンワル・イブラヒム人民公正党(PKR)総裁が新首相に就任した。パキスタンではハーン首相と軍との関係悪化で勢いづいた野党が議会で内閣不信任案を成立させた。新首相にはパキスタン・ムスリム連盟ナワーズ派(PML-N)のシャハバーズ・シャリーフ党首が就任した。ネパールでも11月の代表議会選挙とその後の連立交渉の結果,12月にダハール・ネパール共産党毛沢東主義センター(CPN-MC)議長を首相に新政権が誕生した。
大統領選挙が行われたのは3カ国である。韓国では3月の大統領選で「国民の党」の尹錫悦(ユン・ソンニョル)候補が当選し,5年ぶりに保守政権が誕生した。フィリピンでは,かつて独裁体制を敷いた故フェルディナンド・マルコス元大統領の長男であるフェルディナンド・“ボンボン”・マルコスJr.が当選を果たし,6月に新大統領に就任した。ただし明確な政治ビジョンが示されないままの船出となった。ティモール・レステでは,3月,ラモス・ホルタが大統領ポストに返り咲いた。
その他の国でも指導者の交代があった。香港では中国政府が影響力を行使し,警察出身の李家超・前政務長官が新行政長官に就いた。高官人事を含め「国家の安全」を重視する姿勢が示された。ラオスのパンカム首相は女性問題が致命的となり辞任した。ソーンサイ新首相は危機的な経済状況への対応で手腕が試される。
権威主義の強化もみられた。中国では中国共産党第20回大会が開催され,習近平政権の3期目が始まった。後任人事もみられず,習近平一強体制が構築されたといえる。カンボジアではコミューン評議会選挙で人民党が圧勝し,翌年の第7期国民議会選挙を控えて最大野党キャンドルライト党の弱体化を図った。またフン・セン首相は息子への権力継承を確実にする環境整備も行った。シンガポールではローレンス・ウォン(黄循財)財務相が首相の後継に決まり,政治の不安要素が取り除かれる一方で,野党や社会的自由への締め付けが続いた。
深刻な政情不安が続いたのがミャンマーとアフガニスタンである。2021年2月の軍事クーデタ以降混乱が続くミャンマーでは内戦が激化した。アフガニスタンでは,前年に復権したターリバーンが独自の解釈に基づくイスラーム統治を開始し,社会を一変させた。両国では経済状況も苦しく国民生活は困窮している。
汚職が政治問題化した国もあった。ベトナムでは反汚職闘争が一段と激しさを増し,党・政府幹部の逮捕や引責辞任などもみられた。モンゴルでは国営企業や石炭輸出に絡む腐敗に国民の不満が高まり,大規模なデモが起きた。
アジア開発銀行(ADB)の推計(2022年12月)によると,2022年のアジア開発途上国の経済成長率は4.2%となった。これは主要先進国・地域(アメリカ1.7%,ユーロ圏2.5%,日本1.4%)よりも高い数値だが,コロナ禍による低迷から回復の兆しをみせ,7%台を記録した前年と比較すると経済成長は鈍化した。経済成長率が前年を下回ったのは韓国(2.6%),香港(-3.5%,速報値),台湾(2.45%,速報値),シンガポール(3.6%,改定値),インド(7.0%,予測値),スリランカ(-8.7%)などである。
成長率だけをみると前年を上回る国が多かったが,地域全体がいくつかの不安要因にさらされた。第1はロシアによるウクライナ侵攻である。軍事侵攻とそれに伴うロシアへの制裁は食料・資源・原材料価格の上昇やサプライチェーンの混乱をもたらし,多くの国が打撃を受けた。第2は世界的な金融引き締め策の実施である。インフレ率の高まりからアメリカの連邦準備制度理事会(FRB)をはじめ,欧米や日本などの主要先進国の通貨当局が政策金利を引き上げた。その影響に加えて経常収支の悪化なども重なり,アジア諸国の通貨は下落圧力にさらされた。第3は中国経済の失速である。政府が厳しい「ゼロコロナ」政策を講じた結果,実質経済成長率は3%にとどまった。長期のロックダウンは当然のことながら人やモノの流れに影響を及ぼし,消費も大幅に落ち込んだ。その影響は,財やサービスの貿易で中国と関係の深いアジア地域全般に及んだ。
一部の国は危機的状況となり,スリランカは4月にデフォルトを起こし,パキスタンも国際収支危機に直面した。ラオスではアジア通貨危機以来の高いインフレ率,通貨価値の40%以上の下落,デフォルトの危機と3重苦に襲われた。
一方で経済が順調だった国もあった。ベトナム,インドネシア,フィリピンは輸出などが好調で,それぞれ8.02%,5.31%,7.6%の経済成長を記録した。バングラデシュ経済も7.1%成長と堅調だった。しかしこれらの国々も通貨安や物価高の影響を逃れたわけではない。
対外関係で最もインパクトを与えたのは,ロシアによるウクライナ侵攻である。その影響は東アジアにも及び,中国による台湾攻撃への懸念が生じた。特に8月にペロシ米下院議長が台湾を訪問した際には中国が猛反発し,危機が高まった。バイデン米政権は,「一つの中国」や「戦略的曖昧性」など基本政策を公式には転換していないものの,台湾への関与を強化し,日本や韓国などと同盟強化を図った。対中半導体規制も打ち出された。またアメリカは5月に米ASEAN首脳会議を開催し,ASEANとの関係強化も図った。対中国を念頭にアメリカが発表したインド太平洋経済枠組み(IPEF)には,中国と関係が深い3カ国を除き,ASEANから7カ国が参加した。しかしインド太平洋地域協力において,必ずしもアメリカとASEANの考えは一致していない。タイやインドネシアはアメリカと一定の距離をとっている。
中国は,ウクライナ紛争への直接的な関与を避けながら,ロシアとの密接な関係を維持した。その背景には天然ガスなどの資源獲得や,台湾問題を背景とする軍事面での協力強化がある。またアメリカと同じく中国も経済を中心にASEAN諸国との関係を緊密化した。中国はアフリカ,ラテンアメリカ,アジアの新興国や途上国との関係も強化し,国際社会での影響力拡大にも取り組んだ。
インドは欧米とロシアとの間でバランスをとる姿勢を続け,国連でのロシア関連決議で一貫して投票を棄権し,4月1日にはロシアからの石油購入を発表するなど独自外交を貫いた。一方でアメリカとは経済連携を深め,日米などと軍事関係を緊密化し,国境線問題を抱える中国をけん制した。
ASEANはミャンマー問題への取り組みで頭を悩ませた。議長国カンボジアのフン・セン首相は独自対応を行ったものの事態は好転せず,かえってASEAN各国の足並みの乱れが露呈した。
政治,経済,対外関係のすべてにおいて,不確実性を最大限低減させることが課題である。総選挙が行われるタイでは,結果を巡る対立を再燃させないことが求められる。カンボジアでも選挙結果を巡って国民の反発が起きる可能性は否定できない。経済では,国際金融環境,食糧・資源価格,中国経済の改善が見込まれ,インフレや通貨安も落ち着きを取り戻すと考えられるが,不確実性が消えるわけではない。対外関係ではウクライナ問題が長期化の様相を呈するなか,米中対立を激化させないことが重要となろう。ASEANによるミャンマー問題への対応は,議長国インドネシアの手腕に期待がかかる。
(地域研究センター)