2025 Volume 2025 Pages 3-6
2024年は新たな不確実性が生じ,また政治的分断が深まった1年となった。ロシア・ウクライナ戦争やイスラエルとハマスの軍事衝突などの地政学的な問題に加え,アメリカ大統領選挙でドナルド・トランプが再選を果たし,国際情勢の先行きは不透明さが増した。また一部の国では政治的分断が激化し,不安定な状況が続いた。
国内政治は多くの国で選挙が行われたほか,政治不安やさらなる権威主義化がみられた。モンゴル,台湾,インドネシア,スリランカ,パキスタンでは選挙により新政権が誕生した。インドではインド人民党(BJP)が下院で単独過半数を失ったが,モディ政権は3期目を迎えた。一方,バングラデシュでは選挙後に政権が崩壊し,韓国では12月に尹錫悦大統領が非常戒厳を宣布したことで大混乱に陥った。政情不安はネパールやミャンマーでも続き,改善の兆しがみえない。中国とベトナムでは反汚職闘争が継続し,高級幹部の交代が行われた。香港では国家安全維持条例(国安条例)が制定され,権威主義が強化された。
アジア地域の経済は引き続き世界経済をけん引し,どの地域よりも高い成長率を遂げ安定的に推移した。好調な半導体市況,外需の高まり,内需の拡大,観光客業の回復などにより着実な成長を遂げた国があった一方で,全体としては前年に比べ減速傾向となった。またインフレは落ち着きを取り戻したが,一部の国では食糧価格の高止まりが続いた。
対外関係は米中対立や台湾海峡問題など懸念はあったものの,深刻化せず表面上は安定していた。しかし朝鮮半島や南シナ海問題など各地域で存在する衝突は燻り続けた。また地政学的な分極化が進むなか,グローバルサウスと呼ばれる国々が積極的な動きをみせた。
2024年は多くの国で選挙が行われた。執政長官選挙が実施されたのは台湾,インドネシア,スリランカの3カ国である。台湾では5月の総統選挙で民主進歩党(民進党)の頼清徳が当選した。しかし民進党は立法院では少数与党となり,法案をめぐり中国国民党や台湾民衆党と対立した。インドネシアでは,2月の選挙で勝利したプラボウォ・スビアントによる新政権が10月に発足した。ペアを組んだギブラン・ラカブミン副大統領の父はジョコ・ウィドド(ジョコウィ)前大統領であり,新政権の背後にジョコウィの影がちらついている。スリランカでは伝統的2大政党ではなく,政党連合・人民の力(NPP)のリーダーで人民解放戦線(JVP)の党首アヌラ・クマーラ・ディサナヤケが9月の大統領選挙で当選した。NPPは11月の総選挙でも議会第1党となり,政権基盤を整えた。
モンゴル,韓国,インド,パキスタンでは議会選挙が行われた。モンゴルでは与党人民党が辛うじて過半数を獲得し,3党による連立政権が発足した。インドの下院選挙ではBJPが単独過半数に至らなかったものの,モディ政権は3期目に突入し,「ヒンドゥー国家化」など自党のアジェンダを進めた。
一方,韓国とバングラデシュでは政情不安となった。韓国では4月の総選挙で野党が圧勝してねじれ国会となり,法案をめぐり与野党対立が激化した。それが直接的要因ではないが,12月に尹大統領が非常戒厳を宣布して国政は大混乱となった。同戒厳は翌日に解除されたが,国会で弾劾訴追法案が可決され執政長官が不在となる事態が生じた。韓国国内の政治的分断は修復の兆しがみえない。バングラデシュで1月に行われた総選挙は野党がボイコットし,与党アワミ連盟が圧勝した。シェイク・ハシナ首相は連続4期目に突入したが,7月に公務員特別採用枠制度をめぐる学生デモが反政府運動に発展し,辞任に追い込まれた。
不安が燻った国もある。タイでは首相が交代したものの,政治対立は解消していない。ネパールでは連立の組み替えが続いた。フィリピンではマルコス陣営とドゥテルテ家の対立が深まり,アフガニスタンでもターリバーン内部で不和がみられた。ティモール・レステでは公的医療問題に起因して国民の不満が高まった。
一部の国・地域では権威主義化や反汚職闘争が続いた。中国とベトナムでは反汚職闘争に関連する高級幹部の異動や解職が相次いだ。特にベトナムでは最高指導幹部が複数交代するなど大きな動きがあった。香港では国安条例の制定が異例のスピードで成立・施行され,当局の圧力が高まった。マレーシア政府は報道や表現の自由に対する抑圧を強めた。カンボジアではフン・セン一族の支配が一段と強化され,反対勢力への弾圧が続いた。
国際通貨基金(IMF)の世界経済見通し(2025年4月)によれば,2024年のアジアの新興市場国・発展途上国の経済成長率は前年の5.3%を下回り,4.5%(予測値)となった。前年に比べて若干減速したものの,地政学的緊張や中国経済の低迷が続くなかで,アジア地域の経済は引き続き底堅さを示したといえる。またティモール・レステなど,食糧やサービス価格の高止まりが続き国民生活に影響が及んだ国もあったが,インフレ率は全体的に落ち着きを取り戻し,新型コロナウイルス感染症拡大以前の水準に戻った。
各国経済は不動産市況の悪化など個々の問題を抱えながらも,多くの国では回復基調となった。韓国経済は半導体需要の高まりから貿易黒字となり,また物価も安定して小幅な成長を遂げた。同じく半導体関連産業が回復した台湾経済も堅調さを示した。シンガポール,タイ,カンボジア,ラオス,フィリピン,パキスタン,スリランカ経済も前年/前年度を上回る成長となった。とはいえラオスやパキスタンは構造的問題を抱え,必ずしも順調とはいえない。インドは6.5%(予測値)と高い成長率を遂げたが,経済は減速傾向にある。一方で,インドネシアの経済成長率は前年を下回り,ジョコウィ政権の目標であった6%以上という目標には到達しなかった。ミャンマーやアフガニスタンは,国内情勢や自然災害などが影響し低迷が続いた。両国では外部支援が欠かせない状況が続いている。
高い経済成長を遂げたのはベトナムである。アメリカ市場を筆頭に好調な輸出に支えられて成長率は7%を超えた。しかし対米貿易の拡大は摩擦を生み,アメリカはベトナムを為替操作の監視対象国や非市場経済国に認定している。トランプが大統領選に勝利したことで,貿易問題へは難しい対応を迫られる。他のアジア各国も同様の問題を抱えることになる。
2024年は人工知能(AI)や半導体などハイテク産業への投資が目立った。主要国が国内で半導体製造拠点を構築するために補助金を拠出したことで,韓国や台湾企業は海外への投資を拡大させた。ベトナムはAI関連で米国企業と提携し,韓国企業の投資を誘致した。一方で,前年好調であった電気自動車(EV)市場には陰りがみえ,中国,韓国,タイなどが影響を受けた。
地政学的な分極化が進むなかで,各国は米中や地域大国との関係を睨みながらも自国の利益を最大化するよう努めた。特にグローバルサウス諸国は活発な動きをみせている。
米中対立は恒常化し,2024年もあらゆる分野で衝突が続いたが,両国は状況を悪化させぬよう一定の自制を維持した。アメリカはTikTokアプリ問題だけでなく貿易・投資面で対中規制を強化し,バイデン政権は中国製EVへの輸入関税を25%から100%に引き上げた。また12月には,中国に対する半導体輸出の管理強化が発表された。この規制は,半導体関連の対米投資を進める一部アジア諸国にも影響を及ぼす。中国はレアアースの輸出規制などアメリカに対抗措置を講じた。また中国は5月に台湾で新政権が誕生すると,大規模軍事演習を実施し圧力を強めた。しかし米中や中台の対立は激化することなく抑制された。
米中や中台のほかにも,二国間の対立はアジア各地で続いた。日韓関係は良好であったものの,朝鮮半島では北朝鮮による韓国敵視の姿勢が明確となり両国関係は冷却化した。南シナ海問題も続き,特に中国とフィリピンの間で緊張が高まった。南アジアでは,バングラデシュのハシナ首相がインドに逃亡したことで,両国関係が悪化した。パキスタンとインドの関係も停滞が続いた。そのパキスタンはアフガニスタンとの間で引き続き越境テロ問題を抱えている。
分極化が進むなかで注目されたのは,グローバルサウス諸国の動きである。タイ(6月),マレーシア(6月),ラオス(10月),インドネシア(10月)の4カ国はBRICSへの加盟意思を表明した。タイとインドネシアは経済協力開発機構(OECD)への加盟申請も行った。各国は戦略的動きを活発化させ経済関係の多角化を図っている。一方,中国やロシアは安全保障や経済面でグローバルサウス諸国との関係強化を目論む。大国の動きによっては,グローバルサウス諸国による関係多角化の流れが経済分野以外でも加速する可能性がある。
トランプ政権の動向はアジア全域に影響を及ぼしており,特に通商政策では難しい対応を迫られるだろう。対米経済関係は重要であるが,対中関係も睨みながらいかにバランスをとり自国の利益を追求できるかが課題となる。2025年も地政学的問題や不確実性はさらに深まることが予想される。国内も国外も政治的分断や亀裂を悪化させないことが求められる。
(地域研究センター)