Bulletin of Data Analysis of Japanese Classification Society
Online ISSN : 2434-3382
Print ISSN : 2186-4195
Article
Empirical Analysis on Structural Features and Influential Factors of Environmental Consciousness
—Taking Beijing and Hangzhou As Examples—
Yanyan ChenYuejun Zheng
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2018 Volume 7 Issue 1 Pages 43-63

Details
要 旨

本研究では,異なる経済開発と環境の現状に置かれている中国の南北の都市を代表する北京市と杭州市を対象に,人々の環境意識と環境保全行動の実態を調査データの分析により解明すると共に,それぞれの環境意識の構造的特徴及びそれに影響を与える社会的・環境的要因を明らかにする.調査データの分析結果により,深刻な環境状況に直面している中国では一般市民の環境への関心が強いと同時に,環境問題の解決に科学技術の進歩に対する期待感が高いことも示された.また,杭州に比べ,北京では環境満足度が低く,環境悪化に対する不安感が高く,より多くの市民が環境保全行動に取り組んでいる傾向が見られた.これは両地域の環境現状の差が生み出したものと考えられる.多重対応分析の結果により,高年層,低学歴層,また低収入層に属する人々を中心的な対象とし,環境教育を強化し,環境意識を改善することが効果的であると結論づけた.また,ロジスティック回帰分析の結果により,地域の事情に合わせて環境保全活動を喚起する必要性が浮き彫りになった.

1. はじめに

ここ十数年,中国は目覚ましい経済成長を遂げてきた.特に,21 世紀に入ってからも,10%前後のGDP 成長が続いており,2010 年GDP 総額は日本を抜いて世界第二位になった.しかしながら,急激な経済成長を背景に,大気汚染をはじめ,様々な環境問題も顕在化している.今日の中国は,砂漠化,黄砂問題のような特有的な問題だけではなく,大気汚染や水質汚濁のような公害問題からCO2 排出量増加などの地球環境問題にも直面している.このような背景のもとで,中央政府も経済成長速度を緩め,環境問題の改善に努めている.中国の「国民経済と社会発展第11次5 カ年規画綱要(2006~2010)」(以下「十一五計画」という)から,政府の省エネルギー政策,再生可能エネルギーの開発,気候変動対策などへの取り組みに対する決意が窺える.

環境問題の多くは経済成長と人口増加に起因しているものであるが,人々の価値観の危機(Disch,.1970; Swan, 1971),ないし逸脱した人間行動に関わっている(Maloney &Ward, 1973; De Young,1986) といった指摘もあった.後者のような視点から見ると,人々の環境意識の改善及び環境保全活動の喚起は今日の環境問題の解決にとって不可欠である.

一方,人々の環境意識は非常に複雑な構造を有するものである(鄭・吉野・村上, 2006; 吉岡,2009).環境意識は個人が所与の環境とかかわる中で下す主観的判断である一方,特定の社会文化背景に影響された結果である.鄭他(2006) の一般市民の環境意識の形成過程モデルは,多様な制度,規範,宗教などによって規定される社会において,人々が環境の質の現状とその変化を認知した上で,個人の独自の態度や観点から,環境意識を形成していくと示した.つまり,環境意識は個人の心理的な要因,社会経済的背景,環境の質の相互作用によって形成されるものと言える.

中国の十一五計画期間のGDP 成長率(付録A)は歴史上で最も高かった一方,2007 年の太湖の水質汚染,2010 年の福建省の紫金山銅鉱汚染などの環境汚染も多発した.さらに,気候変動対策に関しては,2009 年に開催されたCOP15 コペンハーゲン気候変動会議において,中国は「2020年までに,GDP あたりのCO2 排出量を2005 年より40%~45%削減する」と掲げた.このような急速な経済成長及び環境変化に置かれていた中国人の環境意識はどのような特徴があったのか.同時期の人々の環境意識の実態把握は環境意識の本質への理解の基礎情報を提供できると共に,社会変化状況の環境意識に与える影響の探索にとって大きな意義を持つ.

本研究では,中国の南北に位置する北京と杭州を対象に,2011 年に実施した現地調査により収集したデータを基に,人々の環境に対する態度と行動の実態を把握すると共に,その形成に影響を与える心理的な要因のみならず,社会的・環境的要因をも考慮しながら,環境意識の構造的特徴とその形成メカニズムを明らかにする.

北京は,北方の内陸都市であり,中国の首都でもある.付録B に示しているように北京のGDPの75%以上は第三次産業に依存する.2011 年度1GDP は約16,000 億元で,上海市に次いで第2位である.近年,経済発展が進んでいながら,急速な環境悪化を背景に,政府が環境保全と経済成長の両立に取り組んでいる.これに対し,杭州は,南方の沿岸地域都市であり,中国の八大古都の一つであり,浙江省の省都でもある.また,杭州は11 年連続(2006~2017)「中国で最も幸福度の高い都市」に選ばれ(浙江網, 2017),生活水準が高い地域として知られている.2011 年度のGDP は約7,011 億元であり,トップ10 の都市に入っている.杭州では,民間企業を中心に,第二・三次産業がともに発達している.2012~2016 年度の「杭州市国民経済と社会発展公報」によると,民間企業の総生産がGDP の約59%を占めた.一方,北京と杭州の2006~2011 年度の「環境状況公報」によれば,両地域の大気環境,水環境,生態環境のいずれにおいても杭州は北京より良好な環境を守っている(付録B).

本研究では,経済の高度成長期であった中国において,北京と杭州のような異なる経済モデルと環境品質のもとで,どのような環境意識が生まれたのかについて,現地調査データによって解明していく.

2. 理論的枠組みと研究仮説

環境意識の形成と影響要因に関しては,環境社会学や社会心理学などの分野で数多くの研究が蓄積されてきた.その中でも,以下の理論的な枠組みは多くの注目を集めてきた.

最も早かったのは,環境意識が環境の悪化や危機的な状況を直接反映したものであるという「実態反映説」(Hannigan, 1995/2007) である.1960 年代~70 年代の欧米諸国において,産業の発展に伴う環境汚染やオイル・ショックによる資源の有限性への不安が高まった.その結果,人びとの環境への関心は高まり,環境運動が急速に興起した(鳥越・帯谷, 2009).また,西ヨーロッパでは,緑志向の関心は生態系の状況の深刻さに比例していると見られ,大多数のアメリカ人が,幅広い環境問題が自分の健康への脅威であることを顕著に感じつつあると示した(Hannigan, 1995/2007).

次に現れたのは,環境意識が「物質主義」から「脱物質主義」への価値転換と位置付けた「脱物質主義命題」(Inglehart, 1990) である.環境問題の根底には人間中心主義的なパラダイムが存在しており,環境問題の解決には伝統社会に固有する人間中心主義の世界観から新しい環境パラダイムへの変革が必要である(Dunlap, Van Liere, 1978; Dunlap, Van Liere, Mertig, & Jones, 2000).環境意識の高揚はその変革への重要な社会現象の一つであり,環境改善などの非物質的な欲求を追求した結果と言える.

第三の理論的な枠組みは,性別,年齢,職業階層,教育状況,経済状況などの人口統計学的属性が環境意識の形成に影響を与えるという「社会構造説」である(Dietz, Stern, & Guagnano, 1998;Jones & Dunlap, 1992; Liere & Dunlap, 1980).人々を一定の社会構造に当て嵌めれば,個人の階層,学歴,経済力などの属性は環境意識の形成に影響を与えうる.人口統計学的属性の環境意識への影響はこれまで多くの研究で議論されてきた.西洋文化圏における研究では,女性,若年層,上層階級(高学歴,高収入,高職位など)に属する人々は環境に配慮する意識が強く,環境保全活動も積極的であることが検証された(Dunlap & Van Liere, 1978; Stern, Dietz & Kalof,1993).

以上の3 つの理論的枠組みはそれぞれ環境意識の一側面を強調しているが,どれ1 つとして人々の環境意識を十分に説明できるとは言えない.たとえば,環境の質が悪化の一途を辿ったとしても,環境への関心は高いとは限らず,環境問題の認識は問題自体の深刻さとは独立した次元であるという指摘がある(Hannigan, 1995/2007).また,環境意識は産業先進諸国や一国内の先進地域のみならず,開発の途上国や地域でも高まっている(Brechin & Kempton, 1994; Furman &Andrzej, 1998).一方,人口統計学的属性の影響に関しては上記の結論を支持しない実証データもある(Liere & Dunlap, 1980; Iizuka, 2000).しかし,これらの理論的な枠組みは環境意識の形成や差異を理解する上で有益な知見をそれぞれ提示した.

本研究では,以上の理論的枠組みを踏まえ,異なる社会経済状況や環境の質を有する北京と杭州の環境意識の構造的特徴とその影響要因を明らかにすることを試みた.また,環境問題の解決には,一人ひとりの環境保全活動が不可欠であるため,環境意識のどの要素が人々の環境保全行動の喚起に寄与できるのかを因果関係の分析により解明する.研究の焦点及び環境意識の計測方法は次の通りである.

北京と杭州の客観的な環境の質の測定値には顕著な差が見られたが,この差はどのような環境意識の特徴を生み出したかを明らかにすることを念頭に,まず,人々の身近な環境に対する評価を環境現状とその変化に対する満足度と認知度と位置付けた.一般論として,環境の質が悪い地域では,環境に対する不満が強く,不安感も高いと言える.本研究では,空気や水などの環境要素に対する満足度,環境悪化に対する不安感,環境変化の見通しを考察し,両地域の環境意識の特徴を比較することにした.

次に,経済開発を十分に遂げている北京と杭州では人々がどれほど新環境パラダイムのような世界観を持っているかを探る.従来の人間中心主義を貫いた優位的社会パラダイム(DominantSocial Paradigm, DSP)は人間が他の生物に対して優越的な存在であり,科学技術の進歩と産業化の進展によって人間にとって望ましい環境が作れると信じている.Dunlap ら(1984) は環境問題の発生に関連するアメリカの伝統的価値観や信念を再考した上で,個人権利の強調,科学技術への信頼,経済的利益の追求などの8 つの側面からDSP の内容を規定した.一方,DSP に関する世界観を計測するための尺度として最も広く知られているのは,Dunlap ら(1978, 2000) に開発された新環境パラダイム(New Environmental Paradigm, NEP)と新エコロジカル・パラダイム(New Ecological Paradigm, 修正版のNEP)である.NEP 尺度は人間と他の生物との共生,資源の有限性,経済成長の限界,生態的危機などの立場から,人間と環境の関係に対する倫理的な判断などを測定するものである.本研究では,DSP とNEP 尺度をそのまま援用するのではなく,過去の調査の質問項目との関連性を考慮しながら,経済成長と環境保護,科学技術と環境問題,人間と自然の3 つの関係を焦点にし,一般市民の環境意識の特徴を探る.

第三に,人口統計学的属性の環境意識形成への影響について,西洋文化圏のパターンが中国に当てはまるかどうかを検証する.経済発展が急速に進んでいる中国において,学歴の向上や経済所得の増加は環境意識の形成に果たして正の影響を与えるのかを検討することが重要である.これらの属性の影響の度合と方向性を明確化することは環境教育や環境政策の立案にも寄与できると考えられる.本研究では,性別,年齢,学歴,世帯収入の4 つの属性を取り上げ,環境意識との関連性を分析する.

最後に,環境意識と環境保全活動の因果関係について,上記の環境意識の要素のうち,どの要素がどのように環境保全活動に影響しているかを考察する.本研究では,ISSP(International SocialSurvey Programme)の1993 年環境調査モジュールを参考にし,環境講演会参加,環境ボランティア活動,環境請願書署名及び環境保護団体への寄付の4 つの環境保全活動を取り上げた.先行研究では,私的領域のごみ減量行動や省エネルギー活動を測定しており(西倉, 2015 年),その実施率は公的領域の環境講演会やボランティア活動参加,環境署名及び寄付活動と比べ,明らかに高くなっている(藤木, 2015 年).公的領域の環境保全活動は環境への負荷の軽減に寄与しにくいが,一度に多くの人々の意識や行動に影響を与えるという観点から,環境保護を推進する上でその意義が大きい.

上記の考え方に基づき,ISSP や日本人の国民性調査及び過去の質問項目を参考にし,環境意識を環境的認知(環境満足度,環境不安感,環境変化の見通し)と倫理的判断(経済成長と環境保護,科学技術と環境問題,人間と自然)とし,表1 にまとめた質問項目を用い,北京と杭州の環境意識の特徴と環境保全活動の実態を実証的に分析する.

表1 分析用の質問項目

3. 研究方法

3.1. 調査データの概要

本研究では,2011 年に実施した「東アジアの文化・生活・環境に関する意識調査」で収集したデータの一部を基に,北京と杭州の環境意識及び環境保全活動を分析する.この調査は日本全国,韓国全国及び中国の北京と杭州で行われ,文化・生活・環境に関わる人々の価値観や態度などを質問した.2011 年10 月に実施された中国の調査は,2 段抽出法による標本抽出を行い,割合法を用いて,北京と杭州からそれぞれ1000 人分と1011 人分のデータを集めた.まず,北京と杭州の人口規模に比例して,調査地点として100 社区を抽出した.次に,性別・年齢層(18~29 歳,30~39 歳,40~49 歳,50~59 歳,60~79 歳の5 段階)の10 層に分け,目標回収標本数の1000人を均等に調査地点に配分した.原則として1 社区から10 人を抽出したが,四捨五入の関係で,杭州から1011 人を抽出した.以上の方法で選ばれた個人を対象に,個別面接聴取法による調査を実施した.詳細な標本抽出過程と調査地点については「東アジアの文化・生活・環境に関する意識調査」研究レポート(鄭, 2012) を参照されたい.

3.2. 分析方法

分析方法として,本研究では比率差の検定,多重対応分析及びロジスティック回帰分析を用いた.

まず,各質問項目について,単純集計で北京と杭州の回答傾向を把握した上で,比率差の検定により,両地域の差異を統計的に検定する.検定統計量として,有意確率p 値とCohen の効果量d 値を用いた.なお,d=0.2(効果量小),d=0.5(効果量中),d=0.8(効果量大)とする.

次に,環境意識と人口統計学的属性の関連性分析に多重対応分析を用いた.性別,年齢,学歴,世帯収入の4 つの属性が環境意識に与える影響を分析する.なお,分析する際に年齢層,学歴層及び世帯収入層をそれぞれ表2 のように新たに3 区分に統一した.

表2 人口統計学属性の再区分

最後に,ロジスティック回帰分析を用いて,環境意識の各要素を説明変数とし,環境保全活動への影響を分析した.情報量基準のAIC に基づいて環境保全活動に影響を与える環境意識の項目を特定する.

なお,調査の際により多くの情報を収集するために,調査票の選択肢が4 件法または5 件法に設計されたが,北京と杭州の環境意識に対する正負の方向性を明らかにするために,それぞれ2区分,3 区分に併合してデータ分析を行うことにした.具体的には,環境満足度の質問について,.「満足・やや満足」を「満足」,「やや不満・不満」を「不満」とする.環境不安感の質問について,「非常に不安・かなり不安」を「不安あり」,「少し感じる・全く感じない」を「不安なし」とする.環境変化の見通しの質問について,「非常に良くなる・良くなる」を「改善」,「変わらない」を「変わらない」,「悪くなる・非常に悪くなる」を「悪化」とする.経済成長と環境保護について,「賛成・やや賛成」を「賛成」,「どちらも言えない」を「中立」,「やや反対・反対」を「反対」をとする.科学進歩と環境問題について,「全くその通りと思う・そう思う」を「そう思う」,「そうは思わない・決してそうは思わない」を「そう思わない」とする.

4. 分析結果

4.1. 環境的認知

本節では,人々の身近な各環境要素に対する満足度,環境悪化に対する不安感,環境変化に対する見通しについて考察する.各質問の回答状況は表3 の通りである.

表3 環境的認知の質問項目に対する回答状況

注:

1. 有意確率p 値:・p≤0.1, *p≤0.05, **p≤0.01, ***≤0.001

2. 効果量d 値:*d≥0.2, **d≥0.5, ***≥0.8

3. 負の数は,括弧に括られる

4. 差異欄では,カテゴリーを2 区分・3 区分に合併した北京と杭州の割合の差を示す.例えば,北京と杭州の空気の清浄さに対して満足と感じている(「満足」+「やや満足」)割合の差異は,(13.7+46.5)−(27.7+12.1) で−18.8 が得られる

「空気の清浄さ」「水のきれいさ」「緑の豊かさ」「住環境の心地よさ」の満足度について,杭州は北京に比べて高い傾向が見られた.有意確率p 値と効果量d 値から,両地域の環境満足度に有意な差があることが分かった.具体的には,杭州では各環境要素に対して8 割前後の回答者が「満足」か「やや満足」と答えた.特に,「緑の豊かさ」「住環境の心地よさ」に対する満足度が高かった.逆に,北京では約4 割の人は水と空気に対する不満を表明した.この満足度の違いは北京と杭州の客観的な環境の質の差を反映していることが推測できる.

環境悪化に対する不安感について,北京の約7 割の回答者は環境の悪化に「不安を非常に感じる」か「かなり感じる」と答えた.一方,杭州において約半数の回答者は「不安を少し感じる」か「全く感じない」と表明した.有意確率p 値と効果量d 値から,この項目において両地域に有意な差があることが分かった.つまり,杭州と比べ,北京では環境不安感が高い結果となった.この結果は北京の悪化しつつある環境の状態につながると考えられる.

環境変化について,「空気の汚染」「水の汚染」「森林・緑地の減少」「食品安全性の低下」「家庭ゴミの増加」「産業廃棄物の増加」の6 項目に対し,杭州においては,「家庭ゴミの増加」と「産業廃棄物の増加」を除き,半分以上の回答者がこれらの環境問題がこれからの5 年間に「非常に良くなる」か「良くなる」と回答した.特に,「空気の汚染」と「水の汚染」に対して6 割の人が改善する期待を抱いている.北京においても,半分以上の回答者が「空気の汚染」「水の汚染」「森林・緑地の減少」の環境問題に対して楽観的な予想を抱いている.特に,「空気の汚染」に対して6 割以上の回答者が改善すると予想した.つまり,北京では,低い満足度と高い不安感があるにもかかわらず,空気や水などの変化に対し,楽観的な期待予想を持っている人が多い.これに対して,「家庭ゴミの増加」と「産業廃棄物の増加」については,両地域ともに多くの回答者が「非常に悪くなる」か「悪くなる」の悲観的な予想をしている.なお,有意確率p 値と効果量d 値から,「水の汚染」「食品安全性の低下」「家庭ゴミの増加」において,北京の「変わらない」の選好傾向が確認された.

環境的認知と属性の多重対応分析を行った結果は図1 に示している.図1(a) の北京において,第1 軸(寄与率:23.5%)の右側に「満足」,「改善」と高年層,低学歴層,低収入層の変数が分布しており,その左側に「不満」,「悪化」と若年層,高学歴層,高収入層の変数が並んでいる.なお,環境悪化への不安と性別は原点の近くに分布するが,「不安」と「男性」は左側のグループに,「不安なし」と「女性」は右側のグループに分けられる.第2 軸(寄与率:12.4%)からは,中収入層と「変わらない」との関係性が見られた.このパターン分析の結果から,北京では,若年層,高学歴層,高収入層の回答者は,環境に対する不満,不安と悲観的な見通しがある傾向が見られた.一方,図1(b) の杭州では,属性変数は原点の近くにやや集中しているが,第1 軸(寄与率:28%)の右側に「不満」,「悪化」と若年層,高学歴が分布し,左側に「満足」,「改善」と高年層,低学歴層がある.第2 軸(寄与率:17.1%)からは,収入と環境悪化への不安感の関係が見られた.「変わらない」は全体的に答えた割合が少ないため,他の選択肢からやや離れている.パターン分析の結果,杭州では,若年層,高学歴層,高収入層の回答者は,環境に対する不満や不安が強く,環境変化に対する見通しも悲観的であることが分かった.

全体的に見れば,北京と杭州において,人々が環境の現状と変化に対して持つ認知は異なることが明らかになった.環境要素に対して北京はかなり低い満足度を示し,環境悪化に対する高い不安感が見られた.これに対し,杭州は,環境満足度が高く,環境不安感が比較的低く,また環境に楽観的な見通しを持っていることが示された.一方,同じ国の都市として北京と杭州では,属性による影響の共通点も見られた.若年層,高学歴層,高収入層の回答者は環境への不満が高く,環境に対する不安感も強い結果が得られた.これに対し,高年層,低学歴層,低収入層に属する回答者は正反対の態度を持ち,将来の環境変化にも楽観的期待を抱いていることが示唆された.

図1

環境的認知と属性の関連性

4.2. 倫理的判断

調査地域の人々の環境保護と経済成長の優先順位,科学技術の進歩と環境問題の解決及び人間と自然の関係に対する回答は表4 に示されている.

表4 倫理的判断の質問項目に対する回答状況

注:

1. 有意確率p 値:・p≤0.1, *p≤0.05, **p≤0.01, ***≤0.001

2. 効果量d 値: *d≥0.2, **d≥0.5, ***≥0.8

3. 負の数は,括弧に括られる

4. 差異欄では,カテゴリーを2 区分・3 区分に合併した北京と杭州の割合の差を示す.例えば,北京と杭州の経済成長と環境保護の関係について,「環境保護が最優先」に賛成している(「賛成」+「やや賛成」)割合の差異は,(83.5 + 11.3) − (60.9 + 29.4) で4.5 が得られる

環境保護と経済成長の関係については,北京で8 割以上の人が「環境保護が最優先」に「賛成」しており,「やや賛成」と合わせると95%に上った.杭州では,北京ほど高くないが,6 割の人が「賛成」を選んでおり,「やや賛成」と合わせると9 割を超えている.この結果から,経済成長よりは環境保護を優先すべきというのは中国の一般市民の意識だと考えられる.なお,有意確率p 値と効果量d 値から,杭州と比べ,北京の「環境保護が最優先」という選好傾向が見られた.深刻化する環境現状に直面している北京では人々の環境問題に対する関心が高まっており,環境保護への強い関心が見られた.

科学技術と環境問題の関係について,北京と杭州でそれぞれ76.9%と78.4%の人々は環境問題が科学技術の進歩により解決できると思っている.有意確率p 値と効果量d 値から,両地域ではこの問題に対する認識の差がないと考えられる.つまり,今日の環境問題の解決に一般市民は科学技術の進歩に多大な期待を抱いている.

また,人間と自然の関係について,両地域ともに最も高い割合(北京46.8%,杭州46.7%)で「自然に従う」が選択された.なお,北京では32.2%,杭州では45.7%の回答者が「自然を利用」を選んだ.最も少なかったのは「自然を征服」で,その割合は北京で2 割,杭州で1 割未満であった.有意確率p 値と効果量d 値から,「自然に従う」において,両地域で有意な差が見られなかったのに対し,杭州では「自然を利用」すると考える傾向があり,北京では,「自然を征服」すると考える傾向が見られた.

倫理的判断と属性の多重対応分析を行った結果は図2 に示している.

2(a) の北京において,第1 軸(寄与率:29.8%)から,若年層,高学歴層,高収入層に属する回答者は「自然に従う」と「科学技術の進歩による解決に反対」を選ぶ傾向が見られた.これに対し,第1 軸の負の方向に,高年層,低学歴層,低収入層と「自然を征服」,「経済成長が最優先」との関連性が示された.第2 軸(寄与率:17.9%)より,中年層,中収入層,中学歴層,それに男性は「自然を利用」と回答する傾向が見られた.図2(b) の杭州においては,第1 軸(寄与率:23.8%)から,若年層,高学歴層,高収入層の回答者は,「科学技術の進歩による解決に反対」を選ぶ傾向が見られた.これに対し,高年層,低学歴層,低収入層の回答者は,「自然を征服」と「経済成長が最優先」に賛成する傾向が見られた.第2 軸(寄与率:17.0%)から,中年層,中収入層,中学歴層,それに男性は「自然を利用」,「科学技術の進歩による解決に賛成」を選ぶ傾向が見られた一方,女性と「自然に従う」,「環境保護が最優先」の関連が示された.

図2

倫理的判断と属性の関連性(北京)

以上の分析から,倫理的判断において,北京と杭州の共通点が明らかになった一方,違いも見られた.まず,環境問題の解決については,両地域ともに科学技術の進歩に大きな期待を寄せている.また,環境保護と経済成長の取捨に対して,両地域ともに大多数の回答者は環境保護を選んだが,比率差検定の結果から,北京が環境保護を選好する傾向が強いことがわかった.しかしながら,北京では自然を征服するという意識が強い傾向にあった.環境悪化の背景に,北京市民の環境保護の思いが強い一方,人間中心主義のような考え方がまだ残っているのではないかと思われる.また,これらの主観的判断と属性の関連性については,両地域ともに若年層,高学歴層,高収入層に属する回答者は科学技術の進歩による解決に反対したり,自然に従うと言ったりする傾向がある.なお,社会の中間層や男性は自然を利用する傾向が強い.

4.3. 環境保全活動

環境保全活動の実施については,環境に関する講演会やセミナーの参加,環境保全のボランティア活動の実施,環境問題に関する請願書の署名,そして環境保護団体への寄付の4 つの行動を分析する.表5 は北京と杭州での各行動の実施状況を示す.

5 から,北京と杭州ではともに環境保全活動の実施率が低いことが分かった.すべての項目において,6 割以上の回答者は調査された行動を行った経験がないという結果になった.環境に関する講演会やセミナーの参加と環境問題に関する請願書の署名については,8 割以上の人は経験がないことが確認された.特に,環境に関する講演会やセミナーの参加について,両地域で経験があると回答したのはわずか1 割に留まった.有意確率p 値と効果量d 値から,両地域の実施率を比較してみると,環境に関する講演会やセミナーの参加を除き,すべての項目において北京では有意に高い結果が得られた.

表5 環境保全活動の実施状況

注:1. 有意確率p 値:・p≤0.1, *p≤0.05, **p≤0.01, ***≤0.001

2. 効果量d 値:*d≥0.2, **d≥0.5, ***≥0.8

3. 負の数は,括弧に括られる

環境保全活動の実施と属性の多重対応分析を行った結果は図3 のようになる.

3(a) の北京において,男性と「経験あり」が第Ⅲ 象限,女性と「経験なし」が第Ⅰ 象限に分布している.性別以外の属性が第Ⅱ,Ⅳ 象限に位置している.この分布から,性別を除き,他の属性が環境保全活動に与える影響が弱いことが考えられる.しかし,第1 軸(寄与率:25.5%)から,「経験なし」と中・低学歴層,低収入層,中・高年層が1 軸の右側に分布し,「経験あり」と若年層,高学歴層,中・高収入層が左側に位置する.この分布パターンから見ると,北京においては,男性は女性と比べ,環境保全活動を実施する傾向が見られた.また,若年層,高学歴層,中・高収入層に属する回答者が実施する傾向も示唆されている.一方,図3(b) の杭州においては,第1 軸(寄与率:30.4%)の右側に「経験あり」と,高学歴層,若年層,高収入層があり,その左側に「経験なし」と中・高年層,低収入層,低学歴層が分布している.なお,男性は「経験なし」の近くに位置する.このような分布により,男性は女性と比べ,環境保全活動の「経験なし」傾向が強いことが分かった.また,高学歴,若年層,高収入層の回答者は環境保全活動の経験がある傾向が確認された.逆に,中年層,高年層,低収入層,低学歴層の回答者は経験がない傾向が示された.

図3

環境保全活動と属性の関連性

4.4. 環境意識と環境保全活動の因果関係

本節では,環境意識と環境保全活動の因果関係を定量的に分析する.これまで分析した環境意識の各項目を説明変数とし,4 項目の環境保全活動(経験あり=1)を目的変数に設定し,地域別にロジスティック回帰分析を行った.情報量基準AIC に基づいて環境保全活動に影響を与える意識変数を特定し因果関係の構造を検討することにした.表6 は,同じ意識変数が回帰式に投入しAIC によって選択された変数のオッズ比と95%の信頼区間をまとめたものである.

表6 ロジスティック回帰分析による環境保全活動の影響要因

まず,環境に関する講演会やセミナーの参加において,北京では,空気と緑の豊かさに対する満足度との有意な関連が見られ,杭州では,食品安全性の問題に対する予想との有意な関連が見られた.北京では,空気への満足度が低いほど,環境講演会やセミナーに参加する傾向が強い.一方,緑の豊かさに対する満足度が高いほど,参加する傾向が強い.杭州において,環境問題の変化に対する楽観的な予想の正の影響力が見られ,食品安全性問題が改善すると思うほど,参加する可能性が高くなる.

また,環境保全ボランティア活動の実施において,環境問題の変化に対する楽観的な予想の正の影響力が見られた.北京においては水の汚染や家庭ゴミの増加に対し,杭州においては空気の汚染に対し,「改善」や「変わらない」と思うほど,環境保全ボランティア行動を実施する傾向がある.また,北京において,環境悪化に対する不安感があるほど,環境保全ボランティア活動を実施する傾向が確認された.

環境問題に関する請願書の署名について,北京では,空気に対して不満である回答者と食品安全性の問題が「変わらない」と思う回答者は,環境請願書署名を実施する傾向が示された.一方,杭州においては,家庭ごみの増加に対して「改善」と予想するほど,環境請願書署名を実施する可能性が高い.また,北京においては,倫理的判断の影響も見られた.「自然に従う」と思うほど,または「科学技術の進歩による環境問題の解決に反対」であるほど,環境請願書署名を実施する可能性が高い.

最後に,環境保護団体への寄付について,北京では,空気の汚染が「悪化」と思う回答者は環境保護団体への寄付を実施する傾向が見られた一方で,産業廃棄物の増加に対して「改善」と思う回答者は寄付行動を実施する傾向が強い.また,杭州において,食品安全性の問題に対して「悪化」と予想するほど,環境保護団体への寄付を実施する可能性が高い.

以上の結果から,全ての意識変数が有意な説明力を持つのではなく,地域によって説明要因の内容や程度が異なることが分かった.北京においては,水の汚染,家庭ゴミの増加及び産業廃棄物の増加に楽観的な予想を持つほど,環境保全ボランティア活動や環境保護団体への寄付を実施する傾向が示された.一方,空気の清浄さに対する不満が強いか,空気の汚染対して「悪化」と予想するほど,環境講演会参加や環境請願書署名及び環境保護団体への寄付活動を実施する可能性が高い結果が確認された.また,人間と自然,科学技術と環境の関係に対する判断,環境悪化に対する不安感が環境保全活動に与える有意な影響も確認された.杭州においては,環境問題の変化に対する見通しの影響だけが有意であることが検証された.要するに,環境保護団体への寄付行動を除き,空気の汚染,水の汚染,あるいは家庭ゴミの増加に対する楽観的な予想を持つほど,環境保全活動をする傾向が見られた.北京と杭州は同じ国に属するものの,環境保全活動の形成には顕著な差があることが示唆された.

5. 考察

本研究では,中国南北の代表的な都市の北京と杭州を対象に,調査データの分析により,地域別の環境意識の実態と特徴を分析した.一連の分析結果から,同じ国の異なる地域において,環境意識の共通点が確認できた一方,人々の環境に対する関心や行動に大きな隔たりがあることも確認できた.以上の分析結果を踏まえ,まず,両地域の相違点に注目し,環境意識と地域の環境実態の関係を中心に,環境意識の形成と構造的変化を考察する.次に,環境パラダイムあるいは価値観転換を焦点にし,両地域の共通点から,環境意識の全体的な特徴を検討する.最後に,人口統計学的属性の影響を検討しながら,環境意識と環境保全活動の因果関係を考慮した上で,個々人の環境意識の改善と環境保全活動の促進に有効な改善策をまとめる.

5.1. 環境意識の形成と構造的変化—両地域の相違点

「環境実態反映説」は環境の質や環境汚染の状況が人々の環境意識の特徴を決めると主張する.比率差検定の結果から,北京と杭州の独自の環境意識の特徴が浮び上がった.環境的認知においては,北京では満足度が低く,環境悪化に対する不安感が高いのに対し,杭州では,環境満足度が高く,環境不安感が比較的低いことが明らかになった.また,環境保全活動の実施においては,杭州と比べ,北京では有意に高い割合で行われていることも確認された.これは,環境の質の差が環境意識の特徴を生み出したことを示唆している.付録C の大気環境,水環境,生態環境について,杭州と比べると,北京は悪化しており,特に,水質汚染や大気汚染が深刻である.北京における低い環境満足度,高い環境不安感,またより高い割合で環境保護協力活動に取り組んでいることはこのような環境の実情を反映していると考えられる.逆に,杭州は良好な環境の質を有するため,市民の環境満足度が高く,不安感が低く,環境保全活動も少なくなっている.中国人の環境意識の形成については,「汚染誘発型」の特徴があると指摘されている(童, 2002).すなわち,汚染が深刻であるほど,あるいは特殊な環境事故が発生した後ほど,人々の環境に対する関心や意識が高まっていく.この結果から,身のまわりの環境実態が個人の環境意識に多大な影響を与えることが確認された一方,環境意識の受動的形成の特徴も示唆された.

しかしながら,環境実態は完全に環境意識の形成を説明できるものではなく,他の決定要因も存在する.両地域では環境各要素や環境問題に対する認知の差が見られたが,全体的に,環境の質に対する評価も環境問題に対する見通しも楽観的であると言える.特に,環境問題に対する見通しは,隣国の日本や韓国と比べても,すべての環境問題においてより多くの回答者が今後「改善」と予想している(鄭, 2009, 2015).中国の厳しい環境の現実から見ると,このような楽観的環境態度は理解しにくいが,これは人々の環境感性にも関わると考えられる.つまり,人々は安定な環境状態に鈍感であるが,顕著な環境の質の変化に敏感である.中国の「十一五計画」期間は環境問題が多発している時期であったが,中国の環境規制強化の時期でもあった.各種環境法令の整備や環境規制強化策の実施より,局所的な環境状態が改善された.特に,2008 年のオリンピック大会の開催で,北京及び周辺地域の環境が著しく向上された.このような改善は局所的ではあるものの,マスコミの報道などを通じ,人々の環境意識に反映しやすいと考えられる.

5.2. 環境意識の全体的な特徴—両地域の共通点

「脱物質主義命題」により,社会経済の発展に伴って豊かな社会が到来し,人々は環境の質などの脱物質的なものに重きを置き,環境への関心や意識も高まる.急速な経済成長の中国においては,経済成長,科学技術の進歩及び人間と自然の関係に対する意識の特徴も現れた.各質問項目の単純集計結果から,環境保全の重要性が一般市民に重視されていることが分かった.両地域ともに,9 割以上の回答者は,経済成長より環境保護が最優先されるべきと考えている.この結果から,生活水準が向上しつつある中国の一般市民は経済成長より,環境志向が強くなったと考えられる.

環境意識のもう一つの特徴は環境問題の解決における科学技術に対する高い信頼感である.両地域ともに8 割に近い回答者は環境問題が科学技術の進歩により解決できると信じている.この割合は日本の52.5% (鄭,2012) と比べて明らかに高い.1978 年の改革開放以来,「科学技術は第一の生産力」という理念のもとで,「科教興国」が中国の基本国策となり,科学技術の重要性が強く認識されてきた.科学技術の発展に伴って,集約型経済が急速に成長し,人々の生活が大幅に改善され,省エネルギーやクリーンテクノロジーにより,環境の質も顕著に向上している.国家政策の提唱及び社会経済発展に及ぼした科学技術の影響は市民の科学技術に対する高い信頼感に繋がっていると考えられる.しかしながら,科学技術に対する信頼感はDSP の範疇に属する思考様式とされ,環境への関心と行動の養成に負のインパクトを与える(Dunlap & Liere, 1984) ことに留意すべきである.本研究の分析結果により,科学技術に対する信頼の環境請願書署名に与える負の影響も確認できた.特に,市民の主体性の欠如と政府主導の中国環境保護事業において,市民の科学技術の進歩への過度な依存は環境保全に消極的態度や行動を助長することを心配する.

人間と自然の関係について,半数近くの回答者は人間が「自然に従う」べきであると考え,「自然を征服」に賛成する人は少数派であることが分かった.統計数理研究所の国民性調査によると,過去50 年間,「自然に従う」観点に賛成する日本人は増え続け,その割合が1960 年代の20%から,2013 年には48%になった.中国でこのようなデータはないが,厳しい環境状況に直面している中国では環境への関心が強まっていると考えられる.しかし,人間と自然の関係において,北京と杭州では差も見られた.北京では21%の回答者が「自然を征服」を選んでおり,杭州の7.6%と比べて明らかに高い結果になっている.逆に,杭州では「自然を利用」の傾向が強いことが明らかになった.これは,調査地域の都市特徴の差と関連があると思われる.北京は政治の中心であり,北方の内陸部大都市として,自然と闘うことに慣れているであろう.これと対照的に,杭州は南方の沿岸都市であり,民間企業の発展が著しいのが特徴である.これにより,杭州の市民は自然との関係により柔軟に対応できるのではないかと思われる.

5.3. 環境意識・環境保全活動の改善に向けて

西洋文化圏における従来の研究では,女性,若年層,高学歴,高収入,高い職位などに属する人々は環境意識や環境保全活動が積極的であることが示された.本研究の分析結果によると,これらの結論も中国の社会背景には適用できることが示唆された.

多重対応分析の結果により,人口統計学的属性の影響の強度や方向が調査地域や調査項目によって一致しないことが示されたが,全体的に見ると,両地域において,若・中年層,高・中学歴層,高・中収入層に属する回答者は環境に配慮する意識や行動も強い傾向が示された.このグループの人は,環境倫理的な知見を持ち,環境に対する不満や不安感も多く,さらに環境保全活動の実施も積極的である.Schwartz (1977) の規範活性化理論により,人々に利他行動(環境保全活動を含む)を喚起する主な要因として,「被害の深刻さの認知」と「自らの責任の帰属の認知」が挙げられる.人々の環境に対する不満や不安感は深刻な環境結果や危機を感じさせ,環境保全活動を喚起することが期待できる.性別の環境保全活動に与える影響は不安定であり,ある項目において北京と杭州では逆の効果があることも示された.

以上の結果から見ると,中国の急速な経済発展の背景下,学歴の向上や経済所得の増加は環境意識の形成と環境保全活動の実施に正の影響を与えたと考えられる.若・中年層,高・中学歴層,高・中収入層の人々は中国の環境問題の解決の中堅として活躍することが期待できるだろう.逆に,高年齢層,低学歴層,また低収入層に属する人々を環境教育の中心的な対象とし,環境意識・環境保全活動を喚起する方法を検討することが大切である.

一方,環境意識と行動の因果関係分析から,ロジスティック回帰分析の結果により,以下の環境保全活動を促す方法を提示できる.

(1) 北京において,空気に対する満足度と環境講演会参加や環境請願書署名の実施とは有意な負の関係がある.つまり,空気の清浄に対する満足度が低くなると環境講演会参加や環境請願書署名を実施する可能性が高い.近年,北京の大気汚染は多くの人の注目を集めた.空気の清浄に不満があるため,環境保全活動に実施により現状を変えることが考えられる.(2) 北京において,自然に従うべき判断と科学技術以外の環境問題の解決手段の希求は環境問題に関する請願書の署名に正の影響を与える.一般的に,環境倫理に関する抽象的判断は具体的な環境保全活動を予測することが困難であるが(Inglehart, 1997),ここには有意な影響が確認できた.(3) 北京と杭州において,環境問題の変化に対する楽観的な予想は,環境保全活動に正の影響を与える.北京と杭州のいずれにおいても,環境問題に対して楽観的な予想を持っている人々は環境保全活動を実施する傾向が見られた.この結果から見ると,全体的に環境の質が低い中国において,他の国よりも楽観的な期待意識は環境保全活動を喚起する原動力になりうる.

本研究では,中国の北京と杭州を対象に,提案した環境意識の各側面に則って収集した調査データに基づき,環境意識の実態と特徴を実証的に分析した.しかし,環境意識に対する計測は局所的であり,適切な環境意識の計測尺度についての検討を進める必要がある.また,今日の中国人は環境保護への関心や環境に貢献したい意向が強いにもかかわらず,環境保全活動が少ないという現状の中で,より多くの有力な意識変数の特定と,より多様な環境保全活動を探っていくことが今後の重要な課題である.

脚注
1  中国における「年度」とは1 月1 日から12 月31 日を指す

付録
A.付録 中国の過去20年間のGDP総額と成長率の推移

出典:中国国家統計局

B.付録 北京と杭州の社会経済の発展状況(2006~2011)

出典:北京市社会発展公報(2009,2010,2011,2022,2013). 北京統計局. http://www.bjes.gov.cn/

   杭州市社会発展公報(2009,2010,2011,2022,2013). 杭州市統計局. http://www.hzstats.gov.cn/

   中国国家統計局. http://www.stats.gov.cn/

C.付録 北京と杭州の環境の質の状況(2006~2011)

1. 出典:北京市環境状況公報(2009,2010,2011,2022,2013). 北京統計局. http://www.bjes.gov.cn/

     杭州市環境情報公報(2009,2010,2011,2022,2013). 杭州市統計局. http://www.hzstats.gov.cn/

2. 大気環境と水環境は中国環境大気質基準(GB 3095-1996)と地表水環境質基準(GB 3838-2002)に基づく

3. EI指数=0.25×生物濃度指数+0.2×植被率指数+0.2×水網密度指数+0.2×土地の劣化指数+0.15×環境汚染指数

謝 辞

本研究で用いたデータは,日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究A(No.21241015,PI:鄭躍軍)によるものである.ここに記して深謝申し上げます.

References
 
© 2018 Japanese Classification Society
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