Seibutsu Butsuri
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Theoretical and experimental techniques
Wrinkle Force Microscopy Predicts Cell Mechanics from Images
Shinji DEGUCHIHonghan LIDaiki MATSUNAGATsubasa S. MATSUI
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2022 Volume 62 Issue 4 Pages 246-249

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Abstract

細胞発生力顕微鏡は,細胞の明視野画像を得ることにより,その細胞が発生する力(traction force)を定量的に予測することができる.本技術は,従来のtraction force測定法に比べて圧倒的に高いスループットを実現しているが故に,定量化の難しいメカノバイオロジー研究において新しい展開を拓きうる.

1.  はじめに

メカノバイオロジーは,「力」が関与する生命現象を,分子レベルで解き明かそうとする研究分野である.つまり,「力」が研究の主役となるはずである.ところが実際のところ,メカノバイオロジーに関連した論文や学会発表において,力を「測って」示している機会はかなり少ない.大抵は,細胞内の力の発生を抑制する薬剤投与の有無における差に基づき,力(とは厳密には言い切れないために,より物理や定量性を重視する立場からは,「力に関連した何らかの量」などと言うべきもの)の影響を調べた研究が多い.

分子モーターの研究では高精度で力の計測を実現するなど,特定の分子について徹底して調べ生物物理の発展を築いてきた分野の研究者などから見れば,メカノバイオロジーは「力」と言いつつも明確にはそれらしい内容が出てこずに,掴みづらい分野として映っているかもしれない.実際に,筆頭著者は生物物理系の研究者から,「力とはベクトルであるから,大きさと方向を示せないのであれば力と呼べない」,「研究がぼんやりしている」などの指摘を受けてきた.

このような個人的経験を記すことから本解説文を始めた理由は二つある.一つは,冒頭で述べた「力が主役となるはずのメカノバイオロジー研究において,実際には力の定量化がほとんどされていない」現状を一部正当化するためである.メカノバイオロジーでは細胞(という生命の単位)以上のスケールの問題を扱うことが普通であり,極めて複雑な生命「システム」を対象とする以上,そこで発生する力(に関する何らか)の定量化を仮に行ったとしても,その解釈は単純にはできない.そこに,どのタンパク質が何種類,どの程度の数量によって,細胞内のどの三次元位置において,どの方向に,どのタイミングで,それぞれがどのような非線形的な(リン酸化等の)分子調節のもとで寄与しているか,などの情報が厳密にはわからず,細胞内シグナルとの関係を特定しづらいためである.また,FRET張力センサーのように変形に相当する量から細胞内の力の計測を試みる場合にも,剛性(硬さ)に相当する量が細胞内の各場所で時々刻々異なる値をとることから,その解釈を巡って議論が続いている.従って,ニュートンの単位を使っての力の定量化に固執することは必ずしも的を射ず,むしろ,上記の通り,例えばblebbistatinなどの薬剤投与の有無の影響を別途イメージング技術や生化学技術,および次節で述べるシステム論的解析などを組み合わせて調べる,という立場の方がかえって細胞や生体内の現象を的確に精査できる場合がほとんどである.そのためにメカノバイオロジーの研究では,本質部分に迫るほど実は「定量的な力」は表立って出てこない.

冒頭においてメカノバイオロジーに関する個人的見解を述べたもう一つの理由は,本解説文で紹介する「我々の技術」の意義や位置づけを,的確に伝えたいがための前振りとしてである.詳しくは節を改めて述べる.

2.  高スループット化を目的とした細胞発生力顕微鏡

本稿で紹介する細胞発生力顕微鏡(後述の通り細胞外基質のシワを用いるために英語ではWrinkle Force Microscopy(WFM)と名付けた1))は,細胞の明視野像からその発生力(厳密には細胞の収縮力)の空間分布を推測するものである(図1, 2).前節では細胞の力は曖昧に解釈せざるを得ないことを述べたが,ここでの発生力はtraction forceと呼ばれる,細胞が細胞外基質を引っ張るマクロな(分子レベルではない)力を指す.この細胞発生力の測定に関する技術の詳細は3節で,またその生物学的な意義は4節で述べる.本節ではWFMの位置づけについて述べる.

図1

細胞画像から力分布への変換.トレーニングデータを取得するため,Step 1とStep 2を同時に実施する.前者では細胞およびシワの画像を取得し,後者ではTFMによって力学情報(応力分布)を得る.両者の幾何学的対応関係をGANによって学習する.それ以降は新しい細胞画像(容易に取得可能.図中では自動抽出されるシワを白色により強調している.)を同ネットワークに入力すれば,TFMを実施せずとも対応した力学情報が出力される.

図2

細胞(線維芽細胞)の位相差像の時間変化.紫:位相差像から深層学習によって抽出される基質表面の“シワ”.カラーの矢印群:細胞のtraction forceによって基質の各場所に生じる応力の主応力ベクトル.GANを通してシワ情報から生成される.文献1より改変.

WFMは従来法(後述のTraction Force Microscopy(TFM))に比べて測定精度において同等もしくは劣る可能性があるものの,圧倒的にスループット(取得効率)が高いことが特徴である.たとえ毎回の実験が難しくデータ取得効率が悪くとも高い精度で定量化するアプローチを重視する研究分野の場合,この「スループット」という言葉自体からは応用寄りの評価指標として捉えられ,その追求は特に生物物理学の分野では魅力的には映らないかもしれない.

しかし,極めて複雑な系である細胞の発生力に関するデータ取得効率の飛躍的な向上は,オミックス解析やシステム論的研究(すなわち,前節の如く一筋縄では捉えがたい対象に対して俯瞰的・包括的に理解するアプローチ)の可能性を切り拓くものである.具体的には,siRNAライブラリーなどをマルチウェルプレートやマイクロプレートリーダーなどの高スループット志向のプラットフォームと併用し,特定の分子的擾乱を与えた際の細胞発生力の変化を高効率で取得できれば,マクロな力とシグナル伝達の関係性が解析可能となる.そのような学問展開はメカノミクスやメカノインフォマティクスなどと称することができよう2).また,より単純には,化合物ライブラリーなどを活用し,細胞の発生力というマクロ量を調節する分子特異的阻害剤のスクリーニングを行ってドラッグ・リポジショニングへと展開するアプローチも可能となろう(図3).

図3

細胞収縮アッセイ.(A)収縮力評価を行うウェルプレート(左側写真).各ウェルで細胞培養を行い,シワ観察を行う.細胞(右側模式図・薄い緑色)内の非筋アクトミオシン(緑色線維)収縮力により,シリコーン基質(水色)表面の酸化膜(赤色)にシワが可逆的に生じる.(B)各薬剤処理による細胞収縮力変化のスコア化(挿入図は,位相差顕微鏡で撮影した細胞画像と,同画像から自動抽出されるシワ).文献2より改変.

なお,我々は特に多数の分子候補に関する解析を伴うドラッグ・スクリーニング用細胞アッセイやsiRNAライブラリーを活用した細胞機能解析を想定していたために,そこで現実的に不可欠となる二次元培養を対象としてシステムを構築してきた.一方,スフェロイド・オルガノイドを含め,実験回数は極めて制限されるが生体内に近い三次元培養環境下や生体組織そのものにおける力の評価が求められる,生理学志向の研究のケースも当然ある.その際にも,トレーニングデータの蓄積に要する時間・経費などが実用上の課題となるが,原理的には我々の提案した機械学習に基づく方法と本質的には同じアプローチが有効であろう.

以上の如く,WFMの本質的な意義は,高スループットであるが故に,力に関するシステム論へと展開する鍵になることである.ここでの力,具体的にはtraction forceもしくは細胞収縮力は(解釈の難しい一分子よりも)マクロな細胞の応答指標である.本稿ではここまでメカノバイオロジー研究の特徴を述べて本技術の位置づけの説明を優先したが,次節では後回しにしていた技術面について述べる.

3.  細胞発生力顕微鏡:画像情報から力学情報への変換

我々の開発した細胞発生力顕微鏡WFM(図1, 2)では,細胞外基質として用いるシリコーンエラストマー材料の改質を行い,その表面に厚さ約50 nmの酸化膜を形成する3)-6).この薄膜は深層側に比べて弾性率が高く,細胞発生力の負荷に伴い可逆的に「シワ」が寄る.位相差顕微鏡によって観察できるこのシワの幾何情報は,深層学習(ディープラーニング)によって抽出することができる7).このシワ情報から力への変換は次のように行う.まず,シワの観察と同時にTFM実験を行って力の分布も求める.ここでシワと力のそれぞれの空間分布の対応関係を,機械学習の一つであるGAN(Generative Adversarial Network)によって学習し,それ以後は新しいシワの情報を得さえすればそれと等価な力の分布を出力できるようになる1).言語の翻訳において二つの言語の文法的関係がわかれば一方の言語をもう一方に変換できるのと同様に,両者(シワと力の空間分布)の幾何学的関係をGANによって学習する.TFM自体のスループットは(本節の最後に述べる通り)低く毎回実施するのは簡単ではないが,一方,シワ情報は明視野像として容易に得ることができる.従って,上記のシワの寄る基質さえ用いれば,通常の光学顕微鏡を用いて細胞の画像を得るだけの作業により,その細胞が発生する力を定量的に把握できる.

シワを使って非筋細胞の発生力(収縮力)を初めて可視化したのはHarrisら8)である.彼らはシリコーンオイルの一部をバーナー処理により重合し,その上に細胞を播種すると,固体化したシリコーン基質にシワが寄ることを観察した.このシワは基質に接着した細胞の収縮によって局所的に生じ,そこから力の存在を視認できる.この方法はその後あまり使われなくなった.その理由として,バーナー処理が局所的に行われることから基質の空間均質性を作ることができず,細胞アッセイとしては使いづらいことである.さらに,シワ形成の非線形力学解析が難しく,演繹的な方法だけでは力を一意に決めることが困難なことも問題である.一方,我々の方法では基質の空間均質性を改善しつつ,かつ,細胞が映り込んだ画像をトレーニングデータとして機械学習を行うことにより帰納的に,そこで現れるシワの原因となる力,すなわち細胞発生力を推定する.

以下では,現在普及している他の細胞発生力の評価技術をスループットの観点から概説する.TFM9)とマイクロピラー法10)はいずれも柔らかい基質を用い,基質の変形量の解析によって個々の細胞の発生力を測定するものである.TFMは変形前の基質測定点の位置を正確に測る作業が必要となり,その結果スループットは著しく低くなる.マイクロピラー法ではその作業が不要となるが,細胞播種時に不可欠となる浸水処理がスループットの改善を阻む要因となっている.また,FRET現象を利用した張力センサーは既に1節で述べたが,その解釈やシグナルのSN比に問題があり,研究の途上にあると言える.

4.  非筋細胞の発生力の生物学的意義

そもそも非筋細胞の発生力を測る意義は何か.メカノバイオロジー分野の有名な成果として,Discherグループの研究11)がしばしば取り上げられる.彼らは,間葉系幹細胞を柔らかい基質を用いて培養する際に,基質の硬さ(という単一の力学的なパラメーター)を変えるだけで(その他の培養液組成など化学的環境は同一であるにもかかわらず)分化方向性に違いが現れることを報告した.その基質の硬さを骨,筋肉や脳という異なる組織の硬さに合わせると,それぞれの硬さに応じて異なる分化が誘導され,それぞれ骨芽細胞様,筋芽細胞様,および神経芽細胞様の異なる細胞形態や遺伝子発現パターンを示す,と主張した.この研究は「力学環境が細胞の運命を変える」というキャッチーなプロモーションがされたこともあり,細胞生物学分野,発生生物学分野や再生医学分野を含む幅広い分野にインパクトを与え,メカノバイオロジーに関する研究が注目されるきっかけとなった.現在もがんなど様々な疾患を対象として,組織の局所的な硬さなどの制御に焦点を置いた研究が進められている.

では,上記の基質硬さ依存的な細胞機能変化のメカニズムはどのようなものか?上記論文の後半において,「硬さ感知」の本質が「細胞の発生力の大きさの変化」にあることを示唆していることは,本研究が得ている反響の割にあまり注目されていない.細胞は増殖能を有する限り,非筋II型ミオシンに由来する収縮力が常在している(図4).この収縮力とは,これまで本文において細胞発生力と記してきたものである.細胞は硬い基質の上ほど大きい常在収縮力を発生する.これは力の発生は「力学の作用・反作用の法則」に従い,硬い基質ほど反作用が大きくなることが根底にある.このように,細胞は基質の硬さを常在収縮力の大きさに変換している.この力は,細胞・基質間接着や細胞間接着を成すタンパク質複合体に張力として作用する.そこで張力のレベルに応じてその活性化状態などを変えて(この力学的情報から生化学的情報への変換は「メカノトランスダクション(mechanotransduction)」と呼ばれる),ひいては細胞内を制御するシグナル(上記の間葉系幹細胞の例では分化方向性を決めるシグナル)を変える,と考えられている.

図4

細胞(間葉系細胞を対象として描いた)に常在する収縮力に依存したメカノトランスダクション.

常在収縮は細胞のサイズを維持したまま張力を生じるものであり,動きや変化を必ずしも伴わないために認識されづらい.このことが理由となり,また冒頭で述べた通り複雑なシグナル伝達の制御下にある力の解釈が難しいこともあり,極めて学際性が高く広範な知識を要するメカノバイオロジー研究は過小評価されるとともに,十分に進んでいないように思われる.一方で細胞の基本状態を規定するこれらの常在細胞発生力の維持機構が破綻した場合には様々な疾患の発症につながることが報告されている.例えば,動脈硬化症や腎疾患に関与する血管内皮細胞や腎細胞の炎症促進作用の慢性化や,微小環境の硬さに依存したがん細胞の増殖や遊走について研究が進められている.このように生物学的に重要でありながら研究遂行の難しかったメカノバイオロジー分野において,WFMはこれまで容易に視認できなかった細胞発生力を高いスループットで可視化・定量評価することを可能にした.本技術はメカノバイオロジー分野に新たなオミックス・システム論的展開を拓くものと考え,研究を進めている.

本技術に関する共同研究者の方々に深い感謝の意を表する.

文献
Biographies

出口真次(でぐち しんじ)

大阪大学大学院基礎工学研究科教授

李 泓翰(り こうかん)

大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程

松永大樹(まつなが だいき)

大阪大学大学院基礎工学研究科准教授

松井 翼(まつい つばさ)

(株)ジェイテックコーポレーション/大阪大学大学院工学研究科特任准教授

 
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