2024 Volume 3 Pages 1-14
われわれが心の内に蔵している言語知識と,その使用に関して脳損傷あるいは発達障害に伴う機能水準とその損傷メカニズムを検討することが言語の認知神経心理学的研究の目標であり,その目標に資する資料を得るために作成された検査が認知神経心理学的言語検査である.われわれは脳損傷者と発達障害児のリハビリテーション場面で使用することが可能な認知神経心理学的言語検査「言語障害の心理言語学的評価法」(仮称)を開発している.本検査の意義を明らかにするために,既存の認知神経心理学的失語症検査の内容と特徴について述べた.そしてわれわれが開発した検査について詳述し,その測定内容を検討した.その結果,聴覚的理解に関する検査では1モーラから単文まで,音韻の知覚から意味的理解,統語的理解の各段階と,それぞれの関連要因を評価できる構成となっていることを確認した.発話に関する非語,名詞,動詞,単文,談話の各段階の課題は音韻的,意味的要因の関与を分析することが可能である.読字は音読と読解,書字は書称と書取の各課題からなり,それぞれ意味・音韻と文字との関連を分析することが可能である.従来の失語症検査と同様の長さの検査項目数で,認知神経心理学的分析が可能な検査項目が作成された.さらに,本検査の結果に基づく言語訓練課題について触れ,また検査課題と訓練課題に関する検査作成者らの背景研究を紹介した.
The goal of cognitive neuropsychological research of language is to examine the functional level associated with brain injury or developmental disorders and the mechanism of damage to the linguistic knowledge we have in our minds and its use. We are going to develop a cognitive neuropsychological language test that is temporarily named “Psycholinguistic Assessment Battery for Language Disorders (PABLD)”. It can be used in rehabilitation settings for brain-damaged persons and developmentally handicapped children. Discussions on the characteristics of the existing cognitive neuropsychological aphasia test were described to clarify the significance of this test, and the test we developed was described in detail, and the measured contents were examined for every subtest. As a result, it was confirmed that the auditory comprehension tests can evaluate each stage from phonological perception to semantic comprehension, and syntactic comprehension, from one mora to a single sentence, and the factors related to each. The speech tasks for each stage of non-words, nouns, verbs, single sentences, and discourse are possible to analyze the relationship between meaning and phonology. And characters, consisting of reading aloud and reading comprehension and writing are possible to analyze the relationship between meaning, phonology, and characters, respectively. The cognitive neuropsychological analysis can be completed with a number of test items of the same level of language materials as the conventional aphasia test. In addition, the language training tasks based on the results of this test were touched upon, and the background research of the test authors on the test tasks and training tasks was introduced.
言語機能測定の基本は話す,聴く,読む,書くなど言語の入出力モダリティと語音,単語,文,談話,文章などの言語素材の使用能力を2次元で評価することである.言語機能の障害をもたらす失語症および言語発達障害を対象とした検査ではこの両次元の組み合わせで検査課題が作成されている.20世紀後半における言語の認知神経心理学的モデルの出現により,モデル内で言語障害を位置づけ,関連障害との相違を明らかにすることが可能となり,仮説演繹的に神経心理機能を分析する認知神経心理学が誕生した.その後,意味・語彙・音韻のプロセス間に相互作用を認めるコネクショニスト・モデルの出現によって機能あるいは障害の程度を表現し,モデルに基づくシミュレーションにより障害の診断がなされるようになった.われわれは失語症および言語発達障害児の評価および介入にこの認知神経心理学的な方法を適用することを目的に新しい認知神経心理学的言語検査を開発した.本稿では言語機能検査の発展,本検査の意義,評価方法および訓練法と本検査との関連を検討し,本検査の有用性について紹介する.
従来の失語症検査は言語モダリティ別に扱う言語単位の段階ごとの課題を配列し,個々の対象者の障害パターンを描き出し,適切な言語訓練課題を選択する上で有用であった.言語情報処理に関する認知神経心理学モデルの発展に伴い,言語情報処理の各水準の機能および症候が明らかにされてきた.個別の処理水準の機能を測定する上で重要なのは語彙の意味性(語彙と非語)や長さ,品詞などの言語刺激の性質と錯語の種類など誤反応の性質の分析である.
神経心理学において運動失語と感覚失語,そして失読症と失書症の症候学が成立し,これに基づいて聴く,話す,読む,書くの4つの言語モダリティに関する言語評価体系が確立した.言語モダリティとは言語情報の入出力別の神経過程がそれぞれ独立した過程であることを意味している.さらに発話機能に関して入力プロセスの相違から聴覚音声入力の復唱と,視覚文字入力の音読および自発話に分かれる.書字は聴覚音声入力の書取および自発書字に分けて評価する(図1).
矢印は各言語課題における意味,音韻,文字の各言語知識間の変換を意味している.
また扱う言語素材は大きく音声言語と文字言語に分かれ,音声言語は単音,単語,文,談話と,その長さないし複雑性の水準が異なる.文字言語も同様である.したがって言語機能検査は言語モダリティごとに各水準の言語素材に関する下位検査からなっている.わが国で広く用いられている標準失語症検査は聴く,話す,読む,書くに関する26の下位検査から構成されている[1].一方,小児の言語機能検査は知能検査と同様に,教育心理学の観点から 言語発達水準を基準にして作成されてきた.しかし20世紀後半に至って成人の失語症検査と同様に言語モダリティ別の言語発達障害が明らかにされ,成人用の言語機能検査が小児に適用されるようになった(宇野ら,2004)[2].
認知神経心理学的検査として多くの心理言語学的変数をとりあげたのはPALPA(Psycholinguistic Assessments of Language Processing in Aphasia)[3]で60課題からなっており,PALPAに基づいてわが国ではSALA失語症検査[4]も作成された.両検査の課題構成は同一ではないが,表1のようになっており,各下位検査が評価する言語機能は以下の通りである.
PALPA/SALAの構成
検査課題 | 検査内容 |
---|---|
I.聴覚的処理 | |
聴覚的異同弁別(2モーラ語,聴覚的アクセント異同弁別)P:1~4,S:AC1・2 | 語音の弁別課題で,刺激として非語と単語,反応の選択方法として文字単語と絵の選択を用いる. |
聴覚性語彙性判断(心像性と頻度)P:5・6,S:AC3 | 語彙判断は単語の認知に関する課題であり,心像性および頻度が単語としての認知に関与するかどうか,を検討する. |
復唱(モーラ数,非語,心像性,頻度,品詞,文)S:7~12,S:R29~31 | モーラ数,非語,心像性,頻度,品詞,文の各要因を変化させた素材の復唱を行う. |
聴覚的ディジットスパンP:13,S:R32・33 | 数字列の順唱および逆唱を行う. |
押韻判断(絵,単語)P:14・15 | 押韻判断は一対の言語刺激の末尾の音が同一かどうかの判断する課題で,単語が絵で示される形式と文字で示される形式がある. |
音韻の分節化(語頭音,語尾音)P:16・17 | 単語の語頭音および語尾音を一連の文字列の中から選択する. |
II.読字と書字 | |
文字弁別(鏡映反転)P:18 | 左右逆転した文字と正しい向きの文字を提示して,正しい向きの文字を選ぶ課題. |
文字弁別(ひらがな-カタカナ マッチング)P:19~21,S:VC10 | ひらがなとカタカナを対応付ける課題である. |
文字判断S:VC11 | 異書体の文字を対応付ける課題と正しい文字と形態的に類似した文字とを区別する課題ある. |
単語の音読(漢字,仮名)P:22 | 漢字単語および仮名単語の音読課題である. |
単語の聴覚・文字マッチングP:23 | 単語を聴覚的に与え,文字単語を指示する. |
視覚的語彙判断P:24~27,S:VC12・13 | 文字列が単語か非語かを判断する課題である. |
同音異義語の判断P:28,S:PR26 | 一対の単語が同音であるかどうかの判断課題である. |
音読(文字数,心像性,頻度,品詞,文字・音対応の規則性,非語,文)P:29~37,S:OR34~37 | 多くの関連要因別の言語材料を音読する課題である. |
同音異義語の定義と規則性P:38 | 一対の文字列が同音異義語であるかどうかを判断する課題である.綴りと音の関係が規則的な単語と不規則な単語が課題として用いられる. |
書字(文字数,心像性と頻度の効果,親密度,品詞,文字と音対応の規則性,非語,同音異義語,規則語・例外語)P:39~46,S:PR22,D39・40 | 多くの関連要因別の言語材料を書字する課題である. |
III.絵と単語の意味 | |
聴いた単語と絵のマッチング,読んだ単語と絵のマッチングP:47・48 | 刺激語を聴覚的に,また文字で与え,対応する絵を指示する. |
名詞の聴覚的理解,動詞の聴覚的理解S:AC4・AC5 | 聴覚的に与えられた名詞および動詞に対応する絵を指示する. |
名詞の類似性判断(聴覚呈示,視覚呈示),動詞の類似性判断(聴覚呈示,視覚呈示)P:49・50,S:AC6・AC 7,VC16・VC17 | 単語対が類義であるか否かを判断する課題である.聴覚提示と視覚提示がある. |
単語と意味の連合P:51 | 提示語と最も意味の近い語を選択する. |
聴いた単語と文字単語のマッチングP:52 | 聴覚的に与えられた単語と同一の文字単語を指示する. |
絵の呼称,音読,復唱,書取P:53 | 同一の単語について,呼称,音読,復唱および書き取りを行う. |
絵の呼称(単語の頻度,親密度,モーラ数)S:PR20・PR24 | 多くの関連要因別の言語材料を呼称する課題である. |
動詞の産生(発話,書字)S:PR21・PR23 | 動作絵を提示して動詞を発話および書字する. |
IV.文の理解 | |
文の聴覚的理解,文の読解P:55・56,S:AC8 | 項の数と能動態・受動態の統語変数の相違した文について聴覚的理解と読解で検査する. |
文の組み合わせにおける動詞と形容詞の聴覚的理解P:57 | 「行く」「来る」,「大きい」「小さい」など対照的な意味を有する動詞,形容詞の理解課題である. |
位置関係の聴覚的理解・読解P:58・59 | 「前後左右」など位置関係を表す句の聴覚的理解および読解課題. |
名詞・動詞のつながりの把持P:60 | 名詞および動詞の意味に関する絵を複数並べ,順に情報量を増やす. |
PALPA/SALA各課題の検査内容を示す.全60課題であるが,本表では課題形式が同一で扱う言語素材が相違する場合は一括して表示した.PALPAとSALAの検査項目とその検査内容を示した.各項目のPで示された番号はPALPAにおける検査番号で,Sで示された番号はSALAにおける検査番号である.
「I.聴覚的処理」に関して「聴覚的異同弁別」では,対提示された2つの聴覚刺激の異同判断を行い,刺激素材が非語であれば聴覚的な音の聞き取りによって応答し,単語であれば単語の認知および意味理解の機能,音と文字,音と絵との対応の知識が関与する.「聴覚性語彙性判断」で検討される要因の心像性は意味処理に関連し,頻度は語彙の想起に大きく関連すると考えられており,心像性の高低によって成績が相違すれば意味性の障害を有し,頻度の高低で成績が相違すれば語彙性の障害を有することになる.「名詞の聴覚的理解および動詞の聴覚的理解」では名詞と動詞の成績差について検討する.「復唱」には発話機能とともに語音の正しい知覚が含まれる.音韻,単語,文の認知に長さ,語彙性,心像性,頻度,品詞,文法性の各レベルの知識が語音,語彙,文の認知に影響するのであれば,その水準の言語知識が障害されていることを示す.「聴覚的ディジットスパン」は言語性短期記憶の範囲を示す指標である.「押韻判断」課題は音声を与えたり,発話したりせずに内的な音韻知識を検査することができる.「音韻の分節化」は音と文字の対応の知識を問う.
「II.読字と書字」では,「文字弁別(鏡映反転)」は文字の視覚認知機能に関する課題である.「文字弁別(ひらがな-カタカナ マッチング)」は文字種間の対応に関する知識を問う.「文字判断」は文字形態の視覚認知に関する課題である.「単語の音読」は文字と音韻との対応および文字単語の知覚から意味への処理過程に関する知識を評価する.「単語の聴覚・文字マッチング」は単語レベルの音と文字の対応機能に関する課題である.「視覚的語彙判断」は文字・音対応の規則性,心像性,頻度,接尾辞の存在の各要因の関与を検討する.「同音異義語の判断」では,アルファベットあるいは漢字で書かれた異なった単語のスペルまたは文字が相違していても同音であると判断する.そのためには文字と音との対応の知識と文字列の意味処理の両者が関与する.「音読」には文字と音の対応の知識とともに文字単語の語彙・意味処理能力が関与し,多くの関連変数がある.文字数は文字の視覚認知に,心像性,頻度は語彙・意味処理に,品詞は統語処理に,形態素は語彙処理に,文字・音対応の規則性と非語は文字・音対応に,文は統語処理に,それぞれ関与する.「同音異義語の定義と規則性」検査には,文字・音対応の規則性が関与するかどうか判断したうえで,音韻処理と語彙・意味処理の双方の知識が関与する.アルファベットや漢字では単語によって規則的な読み方をする単語と,例えば「煙草」を「タバコ」と読むように,その単語独自の読み方をする単語がある.検査語が規則的な読み方をする単語か,例外的な読み方をする単語かの変数が同異義語かどうかの判断成績を評価する.「書字」は書くべき内容に関する意味から文字を想起して,書字動作につなぐプロセスであるが,非語の場合には文字と音の対応に基づいて書字プロセスにつなぐ.文字単語の長さは単語を構成する文字単語の表象を保持する段階に関わる.心像性は意味表象の想起,頻度は文字の想起に,それぞれ関わる.文の書字においては,文の意味の中心である動詞を中心に,その動詞がとる構文と格関係に基づいて機能語と名詞が選択される.神経心理学的にも動詞,機能語,名詞では関連部位や言語課題の成績が異なっている.音と文字の対応の規則性は音・文字対応に関する知識の障害に関連する.非語の書字では音・文字対応の知識に依存することになる.同音異義語の書字では音・文字対応と意味からの文字想起との双方の知識が関与する.規則語とは文字と音が規則に従った読み方をする語で,例外語は規則に従わない,その単語独自の読み方をする語である.規則語はその書字に関して音・文字対応の知識に基づくが,例外語は意味処理を伴う.
「III.絵と単語の意味」で,「聴いた単語と絵のマッチング」および「読んだ単語と絵のマッチング」では,単語の理解に関して聴覚的理解と読解の成績を比較する.「名詞の類似性判断および動詞の類似性判断」では単語の意味処理能力を評価する.「単語と意味の連合」は意味知識に関する課題である.「聴いた単語と文字単語のマッチング」は1文字と音,単語と音の音・文字対応の知識に関する課題である.「絵の呼称,音読,復唱,書取」では,各課題の成績および課題間の成績比較によって,呼称,音読,復唱および書取に関する背景機能の分析を行う.「絵の呼称(単語の頻度,親密度,モーラ(mora,拍)数)」では呼称成績に対する頻度,親密度,モーラ数の要因による成績差を検討する.「動詞の産生(発話,書字)」は名詞の呼称成績と乖離することが多い.絵の呼称との成績差を検討する.
「IV.文の理解」のうち,「文の聴覚的理解および読解」では項の数と能動態・受動態の要因の理解成績への効果を検討する.「文の組み合わせにおける動詞と形容詞の聴覚的理解」は語彙間の関連性に関する知識を評価する.「位置関係の聴覚的理解・読解」は機能語の理解に基づく統語関係の理解とは別に,空間関係を論理的に理解する機能に基づいている.「名詞・動詞のつながりの把持」は言語情報の把持能力を評価する課題である.
以上の通り,PALPAは各言語モダリティに関して音から文に至る課題について関連する言語学的要因ごとに分かれている.検査成績と誤反応分析を行うことによって認知神経心理学的モデルの各段階の障害を明らかにすることができる.本検査は従来の認知神経心理学的研究において用いられてきた課題をまとめた検査である.その結果,60にも及ぶ検査課題になり,臨床検査として日常的に全検査を用いることは困難で,より短い失語症検査で確認された言語障害に関連する検査のみ実施することになる.また,標準化データとして,各検査の健常者の平均値と標準偏差が示されている.
わが国では「失語症語彙検査」[5]という単語の表出・理解機能に関する認知神経心理学的検査が作成されている.検査課題として語彙判断検査,名詞表出検査,動詞表出検査,名詞理解検査,動詞理解検査,類義語判断検査,意味カテゴリー別名詞検査,呼称検査が含まれる.失語症語彙検査はわが国では今まで存在しなかった語彙判断検査と名詞と動詞の比較,さらにはカテゴリー別呼称検査が含まれ,語彙処理過程の分析が可能となった.語彙課題に関する認知神経心理学的検査である.
以上,近年の認知神経心理学的研究の発展に基づいて詳細な下位検査が作成された.特に,PALPA/SALAは非常に多くの検査課題を作成することによって言語情報の個別の処理過程を研究する検査群を提供している.したがって,PALPA/SALAは日常の臨床で障害を検出するためではなく,個別の言語症状の性質を明らかにするために用いられる.
標準失語症検査[1]などの従来の失語症検査および言語発達検査では聴く,話す,読む,書くの言語の入出力モダリティと単音,単語,短文,談話・文章など扱う言語素材の複雑性との組み合わせで構成されている.一方,PALPA/SALAのような認知神経心理学的言語検査では認知心理学的研究に基づいた言語情報処理過程のモデル,あるいはニューラルネットワークモデルの各構成要素,さらには音韻,語彙,意味,統語などに関する言語知識の内容を理論仮説として演繹的に障害を同定しようとする.したがって認知神経心理学的言語検査には以下の3つの特徴がある.1つは個別の言語情報処理段階ないし機能成分に応じた機能を測定する検査課題が開発された点で,意味抽出以前の語彙の認知に関する語彙判断,語彙の音韻知識に関する押韻判断,意味知識に関する類義語判断,意味カテゴリー別の理解・呼称などが挙げられる.第2の特徴は言語情報処理の各段階ないし障害の性質に関連した言語素材の音韻・語彙・意味・統語に関する特性を変化させた刺激を用い,刺激の特性による成績の相違を明らかにした点である.この点で最も大きな成果を上げたものは非語の導入である.非語は意味を持たない語音列である.したがって非語の復唱,音読,書取の課題は意味知識を用いず,音韻と文字の知識を反映する.一方,語彙処理に関しては頻度,意味処理に心像性の要因が成績差に関連する.第3の特徴として,発話および書字における誤反応の性質に関する認知神経心理学的な解釈である.錯語,錯読および錯書の性質については失語症の症候学において発展してきた.認知神経心理学的観点からは,意味性の誤りは意味性の障害を背景に出現し,音韻性,視覚性の誤りは音韻性,視覚性の障害を背景に出現すると解釈する.このような認知神経心理学の言語障害症候学への貢献に基づいて作成されたのが認知神経心理学的検査である.
一方,現存する認知神経心理学的検査のうち,PALPA/SALAは認知神経心理学研究において開発された検査が集められた課題集で,すべての対象者にすべての検査を適用するものではなく,対象者ごとに問題となる障害に合わせた検査を選択して適用する.したがって標準化も検査全体ではなく,下位検査ごとの平均値と標準偏差を算出したのみであった.また失語症語彙検査は語彙処理に限定され音韻や文に関する検査であり,音韻および文に関する課題は含まれていなかった.
前項で見た通り,認知神経心理学的検査を作成すると,PALPA/SALAに見られるように結果として60もの下位検査が必要となり,一つのまとまった検査というよりもディープテストとして障害の分析のために特定の検査のみを実施する検査課題集となる.したがって新たに作成する検査では課題構成は従来の失語症検査に類似した言語モダリティ別の検査課題とし,刺激素材に心理言語学的変数を用いることによって認知神経心理学的分析を可能とするようにした.
また国内外を問わず成人の失語症を対象とした言語機能検査は数多く開発されているが,小児失語症や小児の失読失書を対象とした検査はまだ作成されてはいない.発達性読み書き障害の読み書きに関する簡便な検査(宇野ら,2017)[6]はすでに出版されている.また,日本語の特異的言語障害に関する単語から文レベルまでの検査は存在しない.このように,あらゆる年代を対象とした評価項目を網羅した包括的言語検査は日本にはまだ存在せず,包括的な言語検査の作成が重要なニーズとなっている.そこでこのニーズに対応した包括的検査を作成することにした.新たな検査は言語障害の心理言語学的評価法Psycholinguistic Assessment Battery for Language Disorder(PABLD)と仮称し,現在標準化作業中で,本稿では本検査の検査課題を検討する.
対象とする言語障害は,後天性の大脳損傷による成人の失語症,失読症,失書症,認知症疾患による進行性失語症,小児の失語症,失読症,失書症,先天性と考えられる発達性読み書き障害と特異的言語障害である.
理解検査の刺激語および表出検査の目標語には健常成人ほぼ全員が正答する単語で,かつ各年齢層が大体知っている語を抽出した.児童生徒のデータについては,小学校と中学校にて集団式と個別式双方の方法でデータを収集した.呼称,音読,復唱などの検査では各種語彙特性(心像性,親密度,頻度,一貫性など)の高い語彙および低い語彙各の得点を比較できるようにし,これによって各障害事例がどの語彙特性に困難を示すか特定できるようにした.
文水準の理解課題については,埋め込み文やかき混ぜ文などの統語構造を考慮した既報告を参考に作成した.児童生徒には書字(ひらがな,カタカナ,漢字)課題も実施し標準値を求めた.児童生徒に関しては,小学1年生から中学3年生までを対象とした.
国内においても海外においても,通常の言語障害者向けの検査は主に臨床経験に基づいて作成されており,かつ時代に即して更新されてはいない.一方,本検査は,児童,生徒,青年,高齢者に対応できる包括的な検査を作成する点において,本邦初であるばかりでなく,世界でも稀である.これは成人と小児では脳損傷のリハビリテーションと発達障害の教育と,介入の現場が異なっていることが影響している.現在は認知神経心理学的研究の発展に伴い,成人と小児の言語障害を言語情報処理モデルの基盤の上で検討する検査の必要性が生じてきている.また,成人と小児の課題間で異なる刺激を用いても単語属性値が近似する単語を選択し課題間の難易度を統制した.さらに,指導やリハビリテーションにおいて使用頻度や心像性の高い単語を選択することにより,実用性があり容易な課題から難度の高い課題へと練習ができるようになる教材作成が可能である.現在は診断評価のために複数の検査を組み合わせなければならず,検査に関して幅広い専門的知識が必要なため,現状では診断評価が少数の専門家に限定されている.包括的言語検査を作成することにより,多数の臨床家が評価できる実用的な検査となり,小児の失読失書,失語,発達性読み書き障害,特異的言語障害の診断評価が本検査のみで可能になる意義がある.また,成人失語症例や,認知症の中でも言語障害から発症する進行性失語症の病態を,すべての言語様式において単語属性を制御した刺激や現代に即した刺激を用いることにより,詳細に分析することが可能になる.例えば古典的に議論のある「仮名と漢字の対立」が文字種の対立ではなく単語属性の影響を強く受けている可能性が明確になるかもしれない.
PABLDには以下に示すような,従来の言語機能検査にはないいくつかの特徴を挙げることができる.小児と成人を含むすべての言語障害を対象とする.課題構成は従来の失語症検査に倣って個々の対象者に全検査を実施する.著者らの研究に基づいて各課題成績に関与する単語特性や文形式の異なった刺激を用意することで認知神経心理学的な分析を可能とする.特に最後の特徴について,次項で詳述する.
各検査の概要と検査作成者らの研究成果について紹介する.
1. モーラの異同弁別課題方法:1モーラずつ1ペアを聞いてもらい(ex. [ta]-[da]),同じ音かどうか〇×の記号を指さしてもらう.刺激音声は予め録音し,コンピュータを用いて提示する.刺激素材は有声音-無声音,構音点,構音様式が相違した子音と[a]あるいは[e]を組み合わせた.本下位検査は聴覚的分析システムの機能を測定し,弁別素性の相違による成績を分析する.本課題は本邦の臨床テストとして初めて開発された.課題音声は,各弁別素性に関して,以下のとおりである.有声-無声[ta]-[da],[pa]-[ba]など,構音点[pa]-[ka](口蓋vs.軟口蓋),[ta]-[ka](歯茎vs.軟口蓋)など,構音様式[da]-[ra](破裂音vs.弾き音)など,拗音[kyu]-[kyo],[kya]-[kyu]など,その他同音ペア7項目である.
2. 単語の聴覚的理解1単語ずつ音声を聴取し,絵画4枚から該当する絵を選択してもらう.絵画呈示では4枚の選択肢をコンピュータやタブレット,または,印刷された紙で同時に呈示する.刺激音声は予め録音し,コンピュータを用いて提示する.検査課題は高心像語と低心像語に分かれている.また反応選択肢は音韻的類似語と意味的類似語および無関連語からなり,誤反応に音韻処理および意味処理の障害が反映される.例えば,目標語が「飴玉」の場合,音韻的類似語として「あめんぼ」,意味的類似語として「キャラメル」,無関連語として「カマキリ」をディストラクターとして提示する.聴覚的理解課題の目標語は高心像語は「飴玉,教室」など10語,低心像語は「体格,割り込み」など10語であった.
3. 単文の聴覚的理解および読解検査言語障害児・者の統語的な理解を測定するために,文理解テストを用いる.検査課題は,音声による聴覚と文字による視覚提示の2種類からなる.文理解の判断は,コンピュータの上下左右に映された4枚の絵から,文と一致する絵を選ぶ.検査に用いられる文は自他性(自動詞,他動詞),語順(正順,かきまぜ),態(能動,受動)および項(1,2,3)に相違がある(表2,表3).これらの変数に相違がある各文型の成績からいずれの統語変数が成績に関与するのか,を検討することができる.文を構成する主語または目的語の名詞を,統語的な理解に影響することを避けるために,三角(△)と四角(□)とした.他動詞文では非生物が動作主になると意味的に成立しないという非可逆性と呼ばれる制約があり,主語と目的語を入れ替えても成り立つ可逆性の名詞の三角(△)と四角(□)を用いた.
文理解のテスト項目
自他性 | 項数 | 能動態 | 受動態 | |
---|---|---|---|---|
正順 | かき混ぜ | 正順 | ||
自動詞 | 1項 | □が走っています. | ― | ― |
他動詞 | 2項 | △が□を追いかけています. | △を□が見ています. | □が△に引っ張られています. |
他動詞 | 3項 | □が△に本を返しています. | △に□がボールを投げています. |
文理解テストの項目について,各統語要因と具体的課題文との対応を表示した.
単文聴解検査および単文読解検査の問題文の特性
自他性 | 項の数 | 動詞構造 | 能動態 | 受動態 | |
---|---|---|---|---|---|
正順 | かき混ぜ | 正順 | |||
自動詞 | 1項 | Vi[+_] | 問題1 | ||
他動詞 | 2項 | Vt[+_NP] | 問題2 | 問題3 | 問題4 |
他動詞 | 3項 | Vt[+_NP NP] | 問題5 | 問題6 |
文理解テストの各課題の動詞構造と各問題文との関係を表示した.Viは自動詞,Vtは他動詞を示す.NPは名詞句を示す.
本課題の作成に関連して,玉岡ら(2003)[7]は就学前の5歳児を対象に聴覚性文理解テストを実施した結果,得点が典型的な正規分布を示した.パス解析の結果,聴覚性文理解テストは豊富な語彙知識と,単語をたくさん覚えておくという二つの側面を兼ね備えた複合的な能力を測定していると考えられた.本検査は複数の統語特性が組み込まれており,統語機能の分析的検討が可能である.
4. 呼称38語の絵を提示し,名称を言ってもらう.反応時間および言語反応を記録する.検査語は高心像語および低心像語からなり,頻度およびモーラ数に相違がある.誤反応分析が行われ,錯語の種類と頻度を明らかにすることができる.正誤とともに意味性錯語,無関連錯語,形式性錯語,音韻性錯語,新造語など誤反応を分類した.目標語は「いす,畳」など高頻度語から「じょうろ」など低頻度語まで38語であった.
本検査に関連して,石井ら(2019)[8]は呼称成績を予測する因子について検討した.対象者は健常成人であった.重回帰分析の結果,呼称正答率の有意な予測因子は名称一致度(一つの刺激画像に対して被験者の回答が一致する程度),イメージ一致度(名称に対して被験者が思い描いた心像と提示画像との一致度),親密度,語彙の獲得年齢,頻度の5変数だった.また呼称潜時には,親密度以外の4変数と心像性に有意な関連が示された.
5. 動作呼称動作絵を提示して,その絵の動作を説明させる.名詞と動詞の呼称成績を比較する.語彙表出では動詞の方が名詞よりも良好な症例と,名詞の方が動詞より良好な症例がいる.動詞表出困難は主題関係における動詞と名詞の役割の違いを反映している.名詞は人,場所,物または概念を識別するために使用され,文脈が異なっても比較的一定の存在を記述する.一方,動詞は動作,出来事または状態を表すために使用され,文中の名詞と名詞の間の関係の正確な概念化に基づいて存在間の関係を記述する.語選択について,名詞は意味から選択するが,動詞の意味は文脈に依存し,文法的符号化の機能に影響される.目標語は(ご飯を)たべる,(歌を)うたう,(香水を)かぐ,(穴を)のぞく,など32語である.本検査で,動作呼称成績から検討を試みようとしている点は,名詞と動詞の共起性(高共起,低共起)による成績の比較および,名詞と動詞の単語属性を調整したうえでの名詞と動詞の成績の比較である.
本課題に関連して,宮崎ら(2009)[9]は失語症者における名詞産生と動詞産生との関連を検討した.Broca失語およびWernicke失語を対象とした.Broca失語例の多くは動詞産生が名詞産生に比べ,Wernicke失語例の多くは名詞産生が動詞産生に比べて障害程度が重い傾向を示した.失語型と名詞および動詞産生障害の程度の差は一定の傾向を示し,名詞と動詞産生過程は互いに独立して存在していた.失語型により呼称と動作呼称成績の成績を対比することは有意義である.
6. 非語復唱音韻の復唱能力の評価を目的に,非実在語の復唱課題を用いる.対象者は音声テープで提示した非語の刺激音を聞き,復唱を行う.刺激は「るへ,むゆつ」から「こへねろつぬと,たそほるねれへの」など2モーラから8モーラで,2~3モーラは各2個,4~6モーラは各3個,7~8モーラは各2個の合計17個の非語を復唱してもらう.非語復唱は意味のない語音列であるため,音韻機能を評価することができる.
7. まんがの説明情報の伝達量,効率性・流暢性,話の落ちの説明を評価することを目的にまんがの説明課題を用いる.よく知られた物語(鶴の恩返し),個々のコマを記述することで話が成立するもの(犬の散歩),最後のコマに落ちがあり,前のコマまでの流れを理解していることが必要なもの(サッカーボール)の3課題である.採点は使用語彙,文形式,誤反応,談話評価(話の落ちの表現)について評価する.この自発話の全般的評価によって前方と後方の言語野の機能,遂行機能も含めた談話能力の評価が行われる.
8. 音読漢字単語8項目,漢字非語8項目,ひらがな単語およびカタカナ単語各8項目を文字提示し,音読してもらう.漢字単語と漢字非語成績の比較によって語彙処理と音韻処理の機能について分析する.漢字単語は「入口,葉書」など漢字の読みが非典型で非一貫語8語,漢字非語は,「本後,空休」のような刺激で8語,ひらがな単語は「ふぐ,うどん,とうもろこし」など2文字から6文字まで8単語,カタカナ単語は「バネ」から「カラオケ」など2文字から4文字まで8単語である.以下の音読成績の関連要因に関する研究が示すように,音読成績に対する単語の長さ,非語,文字種の要因を検討することができる.表4に示すように,発達性読み書き障害および失語症を対象とした研究において,音読成績に文字長[10, 11, 13],語彙性[10, 11, 13],親密度[12],心像性[11, 12]の効果が認められている.
音読成績の関連要因に関する研究
研究 | 目的 | 対象 | 結果 |
---|---|---|---|
三盃ら(2011)[10] | 仮名実在語と仮名非語の音読に単語長が及ぼす影響 | 典型発達児と発達性読み書き障害児 | 両群に共通して単語長効果と語彙性効果が認められた. |
越部ら(2012)[11] | ひらがな文字列音読における文字数と音節数の一致性,親密度,心像性,語彙性,文字長の関連 | 中度から軽度の慢性期失語症者 | 文字数と音節数の一致性,親密度,心像性,語彙性,文字長の属性効果が認められた.失語症群のひらがな文字列音読に親密度,心像性,語彙性などの語彙に関する経路が関与していた. |
明石ら(2013)[12] | 漢字音読誤反応特徴と単語属性効果を検討 | 発達性読み書き障害児と典型発達児 | 単語属性効果では親密度が有意であった.心像性では低心像語の誤答率が高率であった. |
三盃ら(2014)[13] | 仮名文字列の音読における文字長と語彙性効果 | 発達性読み書き障害成人と健常成人 | 障害群は実在語刺激に対する文字長効果は有意で,語彙性効果は健常群より有意に大きかった. |
音読検査成績に関連する要因に関する,本検査著者グループの研究成果を表示した.
カタカナ単語5語,漢字単語4語,ひらがな単語5語を文字提示し,同時に絵カードを提示し,提示単語に該当する絵を選択する.反応時間を記録する.ディストラクターに形態的類似,意味的類似刺激を用いる.例えば,漢字単語ではターゲット「電池」に対して,形態的類似「電話」,意味的類似「コンセント」,無関連「白鳥」のように配置した.これらのディストラクターへの誤反応により失読の性質を分析する.すなわち,形態的類似語に誤るならば視覚性の障害,意味的類似語に誤るならば意味性の障害が考えられる.
本検査課題に関連して,土方ら(2010)[14]は定型発達児と発達性dyslexia児を対象とし,漢字単語の読解力を音読力と聴覚的理解力の関連から検討した.定型発達児群における漢字単語の読解力に対して聴覚的理解力が有意に影響した.読解力も音読力と聴覚的理解力の双方に影響した.発達性dyslexia児群における漢字単語の読解力には音読力のみが有意に影響し,読解力も音読力に対して有意に影響した.以上により,本読解検査と音読検査の成績を対比することにより,理解のみの読解と発話を含む音読の相違を検討することができる.
10. 書称漢字単語5語およびカタカナ単語3語の絵を提示し,名称を書いてもらう.反応時間および言語反応を記録する.正答率および誤反応の性質,すなわち錯書を分類し,失書型の評価を行う.錯書は意味的類似語を書く意味性錯書,音韻的類似語を書く音韻性錯書,形態的類似語を書く形態性錯書,無関連語を書く無関連錯書,その他に分類する.漢字単語は「耳」,「電車」など5問,カタカナ単語は「バス」など3問である.
11. 書取漢字単語5語,ひらがな単語5語およびカタカナ単語3語を聴覚提示し,聴いた通りに書いてもらう.反応時間および言語反応を記録する.正答率および誤反応の性質,すなわち錯書を分類し,失書型の評価を行う.特に本課題では単語が聴覚的に提示されるので,音と文字との関連性について検討する.漢字は「夕日」,「風船」など5語,ひらがなは「とんぼ」,「さくらんぼ」など5語,カタカナは「バラ」,「カボチャ」など5語,ひらがな・カタカナ1文字の書き取りは「と・ト」,「にょ・ニョ」など,拗音を含む10文字である.以下の書取成績関連要因に関する研究では音韻性,意味性,視覚性と多様な要因が関与することが示された.表5に示すように,健常児・者および発達性読み書き障害児を対象とした研究で書取成績は音韻[15],音韻保持能力[19],心像性効果[15, 16],頻度,書きの一貫性,画数[17]が関連した.また,誤反応では非実在文字への誤り,音韻的類似文字,形態的類似文字,形態的類似文字への誤りが認められた.
書取成績の関連要因に関する研究
研究 | 目的 | 対象 | 結果 |
---|---|---|---|
鈴木ら(2010)[15] | 発達性読み書き障害児の書字特徴を定型発達児と比較 | 発達性読み書き障害児,定型発達児 | 発達性読み書き障害児は特殊音節で誤りやすく,低学年ではひらがなでは単語課題よりも1文字課題で正答率が低い.主に1~3年生にはひらがな単語の心像性効果が認められた. |
井村ら(2011)[16] | 典型発達児N群の漢字書字にと発達性読み書き障害児DD群を比較 | 通常学級在籍の2年生~6年生および発達性読み書き障害児 | 漢字の書字においてDD群はN群よりも誤反応が多く,誤り方では無反応が多かった.一方,両群とも非実在文字への誤りが多く,N群では次いで形態的に類似した実在文字への置換が多かった. |
明石ら(2014)[17] | 成人の漢字単語書取における単語属性効果および誤反応特徴 | 健常成人48例 | 漢字単語の書取課題の正答率には頻度,心像性,書きの一貫性,画数が関連.誤反応は1字のみ正答,同音異字,音が類似した語,字画の付加・欠落,形態が類似した字,意味が類似した字などであった. |
佐野ら(2017)[18] | 読み書き障害の背景要因 | 典型発達群と読み書き低得点群,言語力低得点群 | 読み書き低得点群は単語逆唱および非語の逆唱で低成績,読み書き低得点群と言語力低得点群は非語の復唱が低成績であった.読み書き低得点群,言語力低得点群ともに音韻課題に成績低下を示した. |
書取検査成績に関連する要因に関する,本検査著者グループの研究成果を表示した.
PABLDの各検査成績について認知神経心理学モデルに基づいて症候を分析する視点は以下のとおりである.図2に聴覚的理解過程と各課題の関係を示した.モーラの異同弁別により弁別素性別の聴知覚機能を検討し,聴覚的語音分析システムの段階について評価する.単語の聴覚的理解によって音韻的・意味的ディストラクターによる理解障害の要因を検討し,語彙の認知及び意味理解の機能を評価する.単文の聴覚的理解により統語要因,すなわち自他性,語順,態との関連を検討し,単文レベルの統語理解機能を評価する.
図3に各発話課題の関係を示した.発話プロセスに関しては非語の復唱により音韻処理および構音の機能を評価する.呼称により頻度,モーラ数による影響および誤反応分析により障害の性質を分析し,単語レベルの発話機能を評価する.動作呼称により名詞と動詞の呼称成績を比較し,動詞の処理について評価する.まんが説明により談話レベルの総合的評価として発話の流暢性などの自発話の特徴,話の落ちなどの談話機能の評価を行う.
括弧内はPABLD発話各課題における主な言語情報処理内容.
図4に各読字課題の関係を示した.読字のプロセスについては読解および音読の漢字・仮名の文字種別の反応の分析により評価する.音読では意味と文字,音韻と文字の対応に関して評価し,読解では文字種間の比較により音韻,意味機能を評価する.漢字は意味との結びつきが強く,仮名は音韻との結びつきが強い.また,読解と音読との比較により理解および発話プロセスを検討する.なお,漢字は表意文字,仮名は表音文字であることから,日本人の症例において読み書きに関する漢字と仮名の成績差が認められる.漢字は基本的に意味処理,仮名は音韻処理が優位となり,図4と図5はこの成果に基づいて表示した.一方,漢字にも対応する読み方(音)があり,仮名高頻度語は意味処理もなされることも考慮する必要がある.
括弧内はPABLD読字各課題における主な言語情報処理内容.
括弧内はPABLD書字各課題における主な言語情報処理内容.
図5に各書字課題の関係を示した.書字のプロセスについては書称および書き取りの漢字・仮名の文字種別の反応の分析により評価する.書称では文字種による成績差および誤反応分析から書字障害の性質を検討する.書取では文字種による成績差および誤反応分析を行い,書称との比較から書字障害の性質を検討する.
以上のようにPABLDによって各言語モダリティに関する主要な認知神経心理学的分析が可能となっている.
言語障害児・者を対象としてPABLD検査を実施し,その成績の認知神経心理学的分析から障害されたプロセス,障害された言語知識に対応した言語訓練を実施する.従来の失語症検査などでは言語モダリティ別の成績が明らかになる.しかし同じ言語モダリティの障害であっても,その背景となる言語障害の性質は異なる.各下位検査別に検出される言語機能障害と,その障害に対応した言語訓練法を著者グループの先行研究成果を含めて検討した.
表6に聴覚的理解課題成績による聴覚的理解障害の評価,さらに言語訓練課題選定の流れを示した.「モーラ異同弁別検査」では語音の聴知覚に関する障害が検出され,訓練法としては単語の復唱課題によって意味情報も加えて語音認知を改善させる.音読,書取なども行う.また1モーラの聴覚・仮名マッチング,音読,書取を行う.「単語の聴覚的理解」で高心像語と低心像語に成績差があれば意味理解に障害があり,言語訓練ではすべての語彙理解課題,表出課題は意味処理が訓練課題として有用である.高心像語と低心像語の両者に成績低下がみられる場合は,意味的障害に音韻的障害を併せ持つことが多く,モーラ弁別検査成績も含めて評価する.さらに単語の定義,意味的関連課題(目標語と関連した語を選択肢の中から選ぶ)を追加する.「単文の理解」では項の数,動詞構造,能動態と受動態など統語処理の障害が明らかになり,言語訓練としては動作絵と文のマッチングおよび絵つき文完成の形式で可能な文形式から始め,障害された統語変数に関して順次文形式を複雑化していく.
聴覚的理解課題の成績,聴覚的理解障害の評価から言語訓練課題選択の流れ
検査成績 | 考えられる障害 | 訓練課題 |
---|---|---|
モーラ異同弁別低下 | 語音の聴知覚障害 | 単語の復唱,音読,書取 |
単語の聴覚的理解で高心像語>低心像語 | 意味理解障害 | 語彙の理解・表出課題,単語の定義,意味的関連課題 |
単文の理解低下 | 統語障害 | 動作絵・文のマッチング,絵つき文完成課題,文形式を複雑化 |
表7に発話課題に関する評価から言語訓練への流れを示した.「呼称」では頻度とモーラ数による成績差を検討する.頻度は内的辞書の機能を反映し,モーラ数は音韻処理および構音の機能と関連する.障害の性質に基づいて各種の誤反応が出現し,例えば音韻性の障害の結果音韻性錯語が出現する.言語訓練は障害の性質に応じて音韻セラピーと意味セラピーを行う.音韻セラピーでは音韻のリハーサルとして復唱を中心に単語を音読し,さらに呼称する.また,音韻的手がかりを与える.意味的障害では喚語困難に語の理解障害も併発する.理解訓練が語想記を促進する.意味理解課題として聴覚・絵マッチング,文字・絵マッチング,さらには関連語のマッチング,類義語の生成などの意味課題ののち,呼称に結び付ける.意味訓練にSemantic Feature Analysis(SFA),音韻訓練にPhonological Component Analysis(PCA)がある(石井ら,2022)[19].「動作呼称」では名詞の呼称と成績が乖離することがある.動作呼称に比べて呼称が良好である場合は非流暢型の失語症が多く,文の発話が困難である.言語訓練では動作呼称の訓練が文発話につながる.動作呼称は動作絵と対応付け,その後に動作絵を文で表現する.表出された文の復唱や音読を行い,さらに書字する.「非語復唱」は音韻処理に関する検査で,この課題が困難な場合は音読や書取など文字と対応付けることで音韻表象を安定化させる.「まんがの説明」では自発話の流暢性,情報量など全般的な発話特徴が示される,さらには語彙と統語レベルの障害を検出する.非流暢型失語では単語の表出は比較的良好で,文発話の表出が困難となり,名詞,動詞および形容詞よりも機能語の出現が少なく,失文法発話を示す.また,主題と動作主など述語と項(主語,目的語など)の意味関係を,内容語と機能語の位置を指定する文の統語関係に変換することが困難である.言語訓練では文と絵のマッチングから,発話,さらには書字へと進める.統語知識に対する直接的訓練としてマッピング・セラピー,述語の項構造の構築を促進させる方法,文生成困難の原因は動詞の検索障害であるとして介入する方法,訓練を複雑な統語構造をもった文から始めるTreatment of Underlying Forms,機器を用いて処理資源を補助する方法がある(渡辺2010)[20].
発話課題成績,発話障害の評価から訓練課題選択の流れ
検査成績 | 考えられる障害 | 訓練課題 |
---|---|---|
呼称:頻度効果(高頻度語>低頻度語,意味性錯語 | 意味処理の障害 | 意味セラピー:意味理解課題,関連語のマッチングなどの意味課題 |
呼称:モーラ数効果(多モーラ語>少モーラ語),音韻性錯語 非語復唱の困難 |
音韻処理の障害 | 音韻セラピー:単語の復唱・音読・呼称・書取 |
呼称>動作呼称 まんがの説明:非流暢・失文法 |
統語処理の障害 | 動作絵・文マッチング,文の発話・復唱・音読・書字,マッピングセラピー |
表8に読字に関する検査,評価から訓練への流れを示した.読字の検査で,「音読」の検査項目に非典型非一貫語を用いているために単語ごとの,また音韻との対応について語彙ごとの知識が必要である.漢字非語では文字と音との規則的な対応によって解くことができ,単語と非語の両課題を比較することで音韻および意味の障害を検出できる.言語訓練では単語属性に応じて,発話しやすい単語と困難な単語を対応付け,その文字単語について音読,読解,書字を行う.「読解」では文字種に応じて文字の知覚と意味理解のいずれの障害も検出できる.言語訓練では困難な文字種と容易な文字種について絵・文字マッチングの教材を用いて読解と音読,さらには書字を行う.
読字課題成績,読字障害の評価から読字訓練選択の流れ
検査成績 | 考えられる障害 | 訓練課題 |
---|---|---|
音読で典型性効果・一貫性効果,漢字単語音読>漢字非語音読,漢字音読>仮名音読,音韻性錯読 漢字読解>仮名読解 |
文字-音韻対応の障害 | 仮名単語の音読・読解・書字 |
仮名音読>漢字音読,意味性錯読,仮名読解>漢字読解 | 文字-意味対応の障害 | 漢字単語の音読・読解・書字 |
仮名音読・読解>漢字音読・読解,視覚性錯読 | 文字知覚の障害 | 写字音読(なぞり読み),画数の少ない文字から写字・音読・読解 |
表9に書字課題に関して,評価から訓練への流れを示した.「書称」の漢字単語とカタカナ単語では,カタカナ単語のほうが文字の想起は容易であるが,音韻とカタカナのつながりが障害されていると困難になる.文字種間の成績差ともに錯書の検討から書字障害の性質を検討する.言語訓練では名称および文字を想起したうえで書字を行う.「書取」は,単語課題では単語と文字の対応の知識,1文字課題では音と文字の対応の知識に基づく.また,書字動作の障害も関係する.書字と書取を比べることで文字想起と,音と文字の対応関係の機能を検討する.錯書から書字障害の性質を検討する.文字想起の障害ではもっともらしい形や部分的な書字が出現する.言語訓練では辞書を用いて写字のうえ,自発的に書字できるように進める.最近では電子機器で辞書機能を活用できる.その後,音読,書取と進める.
書字課題成績,書字障害の評価から書字訓練課題選択の流れ
検査成績 | 考えられる障害 | 訓練課題 |
---|---|---|
漢字書称>仮名書称,音韻性錯書,漢字書取>仮名書取 | 文字-音韻対応の障害 | 漢字読解・音読・書取・書称→仮名読解・音読・書取・書称,仮名1文字の聴覚・文字マッチング・音読・書字,仮名訓練 |
仮名書称>漢字書称,意味性錯書,仮名書取>漢字書取 | 文字-意味対応の障害 | 仮名読解・音読・書取・書字→漢字読解・音読・書取・書字 |
形態性錯書,部分的な書字,仮名書字>漢字書字 | 文字想起の障害 | 写字→書字 |
以上,PABLDの各言語検査成績に応じた想定される言語訓練法について述べた.失語症および言語発達障害児に対する言語訓練は脳活動の全般的な活性化や生活障害に応じた実用的訓練も含めて体系的に行われる必要があるが,本項に示すような障害の性質に応じた適切な言語課題が適用されることが言語訓練の科学性を高めるうえで重要である.
PABLDは現在標準化を進めており,失語症者および言語発達障害児に適用した妥当性研究はその後の課題となる.本稿で検討した障害が適切に検出されるかどうか,については詳細な研究が必要である.さらに検査成績に応じた言語訓練の成否に関する検討も必要となる.
新たな認知神経心理学的言語検査PABLD(仮称)検査課題を作成した.本検査の意義を明らかにするために,既存の認知神経心理学的失語症検査の内容について述べた.そして言語障害の心理言語学的評価法PABLD(仮称)について詳述し,その測定内容を検討した.その結果,聴覚的理解に関する検査では1モーラから単文まで,音韻の知覚から意味的理解,統語的理解の各段階と,それぞれの関連要因を評価できる構成となっていることを確認した.発話に関する非語,名詞,動詞,単文,談話の各段階の課題は音韻的,意味的要因の関与を分析することが可能である.読字は音読と読解,書字は書称と書取の各課題からなり,それぞれ意味・音韻と文字との関連を分析することが可能である.従来の失語症検査と同様の長さの検査項目数で,認知神経心理学的分析が可能な検査課題が完成した.さらに,本検査課題の結果に基づく言語訓練課題について触れ,また検査課題と訓練課題に関する検査作成者らの背景研究を紹介した.本検査課題が臨床例に適用され,その目的が実現しているかどうか,さらなる検討が必要である.
当研究は学振の科学研究費(18H01092)を使用し,川崎医療福祉大学倫理委員会の承認(承認番号20-111)を得ておこなわれた.本検査は株式会社インテルナ出版と契約を締結し,検査の音声,絵画および文字の刺激材料作成の提供を受けた.また,以下の先生方に検査作成の助言を受け,データ収集等の研究協力を受けた.心より感謝申し上げる.辰巳 格,今泉 敏,筧 一彦,伊集院睦夫,狐塚順子,田村 至,藤原加奈江,吉畑博代,吉田 敬,森岡悦子,太田信子,水元 豪,荻野真維,大濱貴之,戸田淳氏,原山 秋,小浜尚也,小谷優平,宮﨑彰子,大和咲希