2025 Volume 8 Issue 1 Pages 42-47
【緒言】気腫性肺嚢胞は肺癌の危険因子の1つとされているが、自然気胸を契機として発見される例は稀である。 【症例】56歳でBI=780の喫煙歴のある男性。呼吸苦を主訴に来院。胸部単純X線写真にて右Ⅱ度気胸を認め、胸腔ドレーンを挿入し保存加療の方針とした。しかし、エアリークが遷延し、CT検査にて右肺S6に50mm大の嚢胞を認めたため入院後5日目に手術を行った。胸腔鏡で観察すると右肺S6に責任病変と思われる肺嚢胞を認め、胸腔鏡下肺嚢胞切除術を施行した。術後は順調に経過し術後8日目に退院となった。術後病理検査では、嚢胞内腔面に異形扁平上皮細胞と核分裂像を有する肺扁平上皮癌を認めた。切除断端は陰性で、脳MRI検査、PET-CT検査では転移は認めず、根治切除を希望しなかったため経過観察の方針となった。術後10ヶ月の画像検査では明らかな再発は認めず、慎重に経過観察中である。 【考察】気腫性肺嚢胞に合併する肺癌の頻度は高いとされているが、破裂して気胸に至る例は稀である。本症例は術後10ヶ月で明らかな再発は認めていないが、肺嚢胞に合併する肺癌は予後不良例が多く、遠隔転移をきたす例もあるため、今後も慎重な経過観察が必要である。 【結語】今回、比較的稀な、気胸を契機に発見された肺嚢胞壁に発生した扁平上皮癌の1例を経験したので報告する。
第4回道南医学会医学研究奨励賞(研修医部門)
気腫性肺嚢胞は肺癌の危険因子の1つとされているが、自然気胸を契機として発見される例は稀である。今回、比較的稀な、気胸を契機に発見された肺嚢胞壁に発生した扁平上皮癌の1例を経験したので報告する。
気腫性肺嚢胞は肺癌の危険因子の1つとされているが、自然気胸を契機として発見される例は稀である。
患者:56歳、男性
主訴:呼吸困難
併存疾患:高血圧症、高尿酸血症
喫煙歴:30本/日×26年(Brinkman指数 780)
粉塵暴露歴:なし
家族歴:特記事項なし
現病歴:階段を上っている際に呼吸困難が出現し、その後、徐々に増悪したため救急要請し当院に搬送された。
来院時身体所見:身長170㎝、体重68.8kg、BMI 23.8、体温36.0℃、血圧135/82mmHg、脈拍数92/分、
呼吸数28/分、SpO2 93%(リザーバーマスク10L)
来院時検査所見:血算・生化学に明らかな異常は認めなかった。胸部X線検査と胸部CT検査にて右肺の高度虚脱を認めたが、縦隔の偏位は認めなかった(図1,2) 。
臨床診断:右自然気胸
胸腔ドレーンを挿入し保存加療の方針とした。
入院経過:入院後も気漏が遷延したため、再度胸部CT検査を施行したところ、右肺S6区域に責任病変と考えられる5.2㎝×3.7㎝の肺嚢胞を認め(図3)、第5病日に手術を行った。
術中所見:胸腔鏡下肺嚢胞切除術を施行した。S6区域の嚢胞性病変は臓側胸膜の白色変化を伴っており、リークテストで著明な気漏を認めたため責任病変と判断した(図4)。病変部位から十分に距離を取った正常実質で切除した(図5) 。再度、リークテストを行い明らかな気漏がないことを確認し手術終了とした。
術後経過:術後明らかな合併症や気胸の再発を認めず、第8病日に胸腔ドレーンを抜去し、第13病日に自宅退院となった。
病理組織学的所見:肉眼所見では、切除された肺病変の臓側胸膜表面に陥凹を伴う白色の瘢痕形成を認め(図6A) )、割面では内部に空隙が確認された(図6B) 。顕微鏡的所見では、形成された空隙内腔の上皮細胞がシート状に増殖しており(図6C) 、角化細胞や細胞間橋を認め、明瞭な核小体と不整形核、厚い胞体を有する異形扁平上皮細胞が充実性胞巣状に増殖していた。核分裂像や巨大な核も観察され、肺扁平上皮癌と診断した(図6D) 。胸膜浸潤は認めず、腫瘍の局在から正確な腫瘍サイズに関しては計測が困難で臨床病期は T1N0M0 IA期とした(UICC TNM分類9版)。
本症例は気胸を契機に発見された肺嚢胞壁に発生した扁平上皮癌の1例である。自然気胸の治療中、偶発的に肺癌と診断されるのは約0.8%という報告がある1) 。本症例は胸部CT検査で明らかな嚢胞壁の肥厚や嚢胞内の充実成分、結節は認めていなかったため術前の診断は困難であった。
嚢胞性病変が肺癌により形成されるメカニズムとして、腫瘍組織がチェックバルブ機構となり気道閉塞を引き起こし、肺嚢胞が形成されるという仮説が提唱されている2) 。一方で、本症例は前述した胸部CT検査の所見に加えて病理組織学的にも嚢胞の壁肥厚が顕著でないことから、肺癌により肺嚢胞が形成されたのではなく、嚢胞壁内腔の上皮細胞が癌化したと考えられた。
気腫性肺嚢胞に合併した肺癌の頻度は4.2%と言われており3) 、組織型としては腺癌54%、大細胞癌28%、扁平上皮癌15%で、低分化癌の頻度が高いとされる4) 。本症例は最多の腺癌ではなく、扁平上皮癌と診断された。非喫煙者に比べて、喫煙者は扁平上皮癌の相対リスクは11.7、腺癌は2.3と報告されており4) 。本症例の患者は30本/日×26年(Brinkman指数 780)の喫煙歴があることから、肺癌、特に扁平上皮癌のリスクは非喫煙者と比べ高いと思われる。
肺嚢胞壁発生癌では、胸部CT検査で嚢胞の拡大や嚢胞壁の肥厚と結節を認めるとの報告がある5) 。本症例は胸部CT検査や病理組織学的検査において嚢胞壁の特異的所見がなかったことなどから、比較的早期に偶発的に発見された症例であったと考えられる。一方で、肺癌の危険因子としては慢性閉塞性肺疾患、間質性肺炎、粉塵暴露歴、肺癌の家族歴などが知られており6) 、これらの危険因子を有する患者の気腫性肺嚢胞は、より注意深く経過を観察していく必要がある。その上で、手術を行う際には、肺癌が合併している可能性を念頭に、十分な断端距離を確保した正常組織で切除することが必要かもしれない。また、肺癌の危険因子がある患者の肺嚢胞切除では、積極的な病理組織学的評価が有用と考えられる。本症例では、術後病理組織学的検査で扁平上皮癌の診断となった後、患者は追加切除を希望しなかったため経過観察となった。術後16か月の画像検査では明らかな再発は認めていない。
肺嚢胞壁に発生した肺癌の予後に関した検討は少ないが、進行癌や遠隔転移をきたす症例も報告されている7) 。一方で、嚢胞性肺癌と嚢胞を伴わない肺癌で予後に有意差がないと結論付けた報告もあり8) 、予後に関しては明確な結論は現時点ではないと考える。肺嚢胞壁発生癌は比較的稀な癌であるため、本症例は今後も慎重な経過観察が重要であると考える。
今回、気胸を契機に発見された肺嚢胞壁に発生した扁平上皮癌の1例を経験した。
本論文内容に関連する著者の利益相反なし
図1.来院時胸部X検査:右肺の高度虚脱を認める。
図 2.来院時胸部CT検査:右肺の高度虚脱を認める。
図 3.第5病日に再検した胸部CT検査にて右肺S6区域に嚢胞性病変(5.2×3.7㎝)を認める。
嚢胞壁の肥厚や嚢胞内の充実成分、結節は認めない。
嚢胞壁の肥厚や嚢胞内の充実成分、結節は認めない。
図 4.術中所見:病変部の臓側胸膜は白色変化を伴っていた。
図5.病変部を把持し正常実質で切除した。
図 6A.肉眼所見:陥凹を伴う白色の瘢痕形成を認めた。
図 6B.割面:内部に空隙が確認された。
図 6C.内腔の上皮細胞はシート状に増殖していた。
図 6D.Cの枠線部分(黄色)の拡大像