Online Journal of JSPEN
Online ISSN : 2434-4966
A clinical experience of succus entericus reinfusion as postoperative nutritional management for a patient who underwent jejunostomy due to perforation of the small intestine during chemotherapy for malignant lymphoma
Shota KuwabaraKoichi OnoMiwa DempoTakiko MoriMasaomi Ichinokawa
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2022 Volume 4 Issue 1 Pages 17-22

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Abstract

要旨:症例は77歳女性.悪性リンパ腫に対して化学療法施行中,空腸起始部の小腸穿孔をきたし単孔式空腸瘻造設術を施行した.また,遠位端は腹腔内に空置したが,栄養管理目的のカテーテル空腸瘻を造設した.空腸瘻からの排液による脱水の補正と栄養管理目的にカテーテル空腸瘻から体内に再注入する腸液返還を行った.当初は中心静脈栄養と経腸栄養を併用し,最終的に,完全経腸栄養管理を確立した.栄養状態を含む全身状態の改善を図り,空腸瘻閉鎖術を行い,初回手術後89日目に退院した.消化管吻合を施行出来ずに空腸瘻を造設した症例では,消化管再建手術に向けて栄養状態改善を図る手段として腸液返還は有用である可能性がある.現段階では,コンセンサスが得られた方法・手技は確立されておらず,計画・実施に当たってはメディカルスタッフの協力体制が重要と思われる.空腸瘻造設症例における腸液返還に関する報告は少なく,今後の症例の蓄積が求められる.

はじめに

空腸瘻造設術後は,消化液喪失,脱水,電解質異常,腸絨毛萎縮,bacterial translocation(以下, BT と略),腸肝循環障害などの問題が生じ,栄養不良状態に陥りやすいことが知られている 1.今回,悪性リンパ腫に対する化学療法施行中に空腸起始部の小腸穿孔をきたし,空腸瘻造設術を施行した患者に対して腸液返還を行い,良好な経過を得た症例を経験した.本手法は空腸瘻となった患者の栄養管理法として有用であると思われるが,報告例が非常に少ない.広く周知が必要であると考え,過去の報告 23をもとに当科での経験から得た知見について報告する.

症例

患者:77 歳,女性.

主訴:発熱,下腹部痛.

既往歴:高血圧,悪性リンパ腫.

現病歴:約 5 カ月前から嗄声・咽頭違和感,疼痛が出現したため近医耳鼻咽喉科を受診した.腫瘍性病変が疑われたため当院耳鼻咽喉科に紹介された.上咽頭から両側扁桃,両側頸部にリンパ節腫脹を認め,生検の結果,びまん性大細胞型 B 細胞リンパ腫の診断となり当院血液内科紹介となった.PET-CT では頭頸部の病変に加え,腸管浸潤(小腸,結腸,直腸)を疑う所見を認めた.約 2カ月前より化学療法(THP-COP 療法)が開始された.2 コース終了後,病変は著明に縮小し治療は奏効した.3 日前(最終投与日から 28 日経過)から発熱,下腹部痛を認めたため,当院消化器内科を受診した.サイトメガロウィルス(以下, CMV と略)腸炎の診断で入院となったが,ガンシクロビル投与後も症状は改善しなかった.血液検査で炎症反応上昇と CT で腹腔内に free air を認めたため消化管穿孔が疑われ当科にコンサルトとなった.

初診時現症:身長 150cm,体重 45.3kg,BMI 20.1kg/m2.体温 38.3℃,血圧 120/75mmHg,脈拍 125bpm,冷汗あり,下腹部を中心として腹部全体に圧痛を認めた.

血液検査所見:Alb 2.0g/dL,BUN 66.9mg/dL,Cre 1.57mg/dL と低アルブミン血症と腎機能障害を認めた.白血球数 3,400/µL で正常範囲内,CRP 45.2mg/dL と炎症反応は著明に上昇していた.プロカルシトニンは 14.6ng/mL だった.

腹部単純 CT 検査所見:肝表面に腹水貯留,上腹部を中心に free air を認めた(図1).

図1.

腹部単純CT検査所見

肝表面に腹水貯留,上腹部を中心にfree air(黄矢印)を認めた.

手術所見:小腸穿孔による汎発性腹膜炎の診断で緊急手術を施行した.トライツ靭帯から 20cm の上部空腸に穿孔を認め,さらに 30cm 肛門側に狭窄を認めた.腹腔内に明らかな腫瘍性病変はなかった.汎発性腹膜炎,敗血症性ショックによる全身状態,低栄養状態を示唆する低アルブミン血症,悪性リンパ腫に対する化学療法施行歴を有することから総合的に術後縫合不全の高リスク症例と判断して再建は断念し,穿孔箇所を含み約 30cm 空腸部分切除を行い,口側断端を体外に引き出し単孔式空腸廔を造設した.術後管理の際に経腸栄養が必須になると考え,腹腔内に空置した空腸遠位端から 9Fr の腸瘻カテーテルを挿入し Witzel 法で固定してカテーテル空腸廔を造設した(図2).手術時間は 152 分,出血は少量だった.術後は気管挿管状態のまま ICU へ入室となった.

図2.

手術所見のシェーマ

(A)トライツ靭帯から20cmの上部空腸に穿孔箇所を認め,さらに30cm肛門側に狭窄を認めた.腹腔内に明らかな腫瘍性病変はなかった.穿孔箇所を含み約30cm空腸部分切除を行った.(B)腹腔内に空置した空腸遠位端から腸瘻カテーテルを挿入しカテーテル空腸廔を造設した.

摘出標本:小腸の狭窄部には潰瘍瘢痕とリンパ球浸潤が認められたが,悪性所見はなかった.穿孔箇所についても虚血性変化や悪性所見は認められなかった.免疫染色にて標本の範囲内に CMV 陽性細胞は検出されなかった.

術後経過:ICU にて人工呼吸器管理,敗血症性ショックに対するカテコラミン投与により集中治療管理を継続した.術後 3 日目に気管チューブを抜管し人工呼吸器から離脱,カテコラミン投与を終了し,術後 4 日目に ICU 退室となった.外科一般病棟にて経口摂取と中心静脈栄養を開始した. 空腸瘻の排液量は連日 1,000mL ~2,000mLで脱水の補正と栄養管理が必要となった.過去の文献 3をもとに病棟看護師,栄養士,外科スタッフと腸液返還を計画し,術後 18 日目より開始した.空腸瘻から排出された腸液を排液用バッグに回収し,茶こしを用いて濾過しボトルに入れ,経腸栄養用バッグに詰めてカテーテル空腸瘻から腸液返還を行った.腸液は回収後に常温保存し,直ちに使用した(図3).徐々に返還速度を増加していき,最終的に 100mL/h で固定した.下痢対策として整腸剤(酪酸菌配合錠)を併用した.腸液による悪臭対策として個室管理,空気清浄機を設置して環境整備も行った.当初の栄養計画として経口摂取に加えて,中心静脈栄養を併用し,中心静脈栄養投与量を漸減していく方針としたが,食欲不振による経口摂取不良のため食事を中止して絶食管理とし,中心静脈栄養と半消化態栄養剤(テルミール 2.0 α)による経腸栄養を開始した.

図3.

腸液返還方法

1.空腸瘻から排出された腸液を排液用バッグに回収.2.茶こしを用いて濾過しボトルに入れた.

3.経腸栄養用バッグに詰めた.4.カテーテル空腸瘻から腸液返還を行った.

経腸栄養は持続投与から開始したが,投与量増加に伴い患者が腹痛と嘔気を訴え,水様性下痢の症状が持続した.対策として液体栄養剤に混ぜることで粘度を調整するための半固形化剤(REF-P1)を使用し,1 日 3 回半消化態栄養剤をボーラス投与とした.投与時間は病棟看護師の各勤務時間に合わせて,日中に800kcal/400mL,夕方に400kcal/200mL,夜間に400kcal/200mLとした.いずれも半消化態栄養剤投与前に半固形化剤を使用し,半固形化剤投与後 30 分以内に半消化態栄養剤をボーラス投与した.ボーラス投与の際には患者の腹痛や腹部膨満症状の出現に注意した.術後40日目に静脈栄養を終了し,完全に経腸栄養(約 1,600kcal/day)で管理可能になった(図4).栄養状態の客観的指標とした小野寺 PNI 値は腸液返還を開始してから上昇し(図5),理学療法士の介入によるリハビリテーションによってADL も向上し,全身状態は徐々に改善した.十分な耐術能が得られ,消化管吻合可能と判断し,術後 70 日目に空腸瘻を閉鎖した.その後も重篤な合併症はなく初回手術後 89 日目に自宅退院となった.退院時には普通食の経口摂取が可能となった.初回手術後 1 年 7 カ月経過した現在,血液内科にて化学療法を再開し,無再発生存中である.

図4.

術後経過

グラフ横軸は術後日数,縦軸は空腸瘻排液量(折れ線),腸液返還量(縦棒)をプロットした.術後4日目にICU 退室,経口摂取と中心静脈栄養を開始した.術後18日目から腸液返還を開始した.経口摂取不良につき中止し絶食管理,中心静脈栄養と半消化態栄養剤による経腸栄養を開始した.経腸栄養投与量を徐々に増加していき,術後40日目に静脈栄養を終了し完全経腸栄養を確立した.

図5.

小野寺PNIの推移

グラフ横軸は術後日数,縦軸にアルブミン値,末梢血リンパ球数,両者から求められる小野寺PNI値をプロットした.小野寺PNI値は当初18.6だったが腸液返還開始後に徐々に増加していき空腸瘻閉鎖前には39.3まで上昇し,退院時は42.8だった.

考察

空腸瘻は外傷性消化管穿孔,消化管切除術後の縫合不全,腸管虚血,Crohn 病などに対して造設される 4.腫瘍性病変に起因する消化管穿孔によって上部空腸切除を余儀なくされる場合にも造設され,しばしば術後管理に難渋することが知られている 23

空腸瘻造設術後の問題点を 3 つ挙げる.第 1 に消化液喪失,脱水,電解質異常である.本症例においても術後早期から連日多量の排液を認め,脱水補正のため細胞外液の補充を行った.血清 K値は 2.8mEq/L まで低下し,グルコン酸 K 製剤による補正が必要であった.腸液返還後から血清 K 値は安定し,補正は不要となった.第 2 に残存腸管が長期間使用されないことで腸絨毛の萎縮が起こり BT を惹起し感染症発症のリスクが高まるとされる 5.栄養管理や水分管理のために静脈栄養を行うことが多いが,静脈栄養にも腸管粘膜萎縮や BT を促進させる弊害がある 6.第 3 に腸肝循環障害の問題である.胆汁酸は肝臓でコレステロールから合成され,胆汁の主成分として胆嚢,胆管を経て十二指腸に分泌される.回腸末端で再吸収され,約 95%が門脈血流に乗り肝細胞に取り込まれ,再び胆汁分泌を行っている.肝細胞で合成される一次胆汁酸と回腸から再吸収される二次胆汁酸を混合したプールによって肝臓から分泌される胆汁酸は無駄なく調整されているが,空腸瘻造設術後は回腸末端で胆汁酸の再吸収が障害され,腸肝循環不全に陥り,胆汁酸分泌障害による肝機能障害をきたす可能性がある 7.胆汁酸サイクルは生理的に重要な意味を持ち,腸肝循環障害による胆汁酸不足により回腸での脂質や脂溶性ビタミン(A,D,E,K)の吸収障害も生じるため,これらの栄養素を経静脈的に補充する必要がある8.腸液返還は生理的に胆汁酸の再吸収が可能であり,栄養療法の原則である“If the gut works, use it(腸が機能している時は腸を使え)”9に則り,遠位側小腸の無胆汁酸環境を改善することによって,効果的な栄養素の吸収を図れることから有用であると考える.ただし腸液返還によって胆汁酸が本当に問題なく再吸収されていたのか,脂質や脂溶性ビタミンの吸収障害があったのかどうかについて,各成分の血中濃度測定検査は未施行であり本症例の限界点と考える.今後同様の症例を経験する際は,腸液返還前後での血中胆汁酸,脂溶性ビタミン濃度測定検査は重要であると思われる.

腸液返還の実施に際して本症例の経験から抽出された問題点を 4 つ挙げる.第 1 に返還経路の確保である.本症例では初回手術時に空腸瘻造設と同時に空腸遠位端から経腸栄養を目的としてカテーテル空腸瘻を造設した.腸液返還まで企図したものではなかったが,結果的に功を奏した.使用したカテーテルは径が細く,返還の際の閉塞防止として,回収した腸液を十分に濾過する必要があり手間であった.第 2 に返還する腸液の管理方法と身体への影響である.一度体外へ排出された消化液を再度体内へ戻す処置として肝胆膵外科手術における胆汁返還処置が挙げられる.胆汁外瘻患者の栄養管理として有用であり胆道癌診療ガイドライン 10でも推奨されている.一方で胆汁返還処置操作においては周囲からの微生物汚染や環境感染対策が必要である.日本外科感染症学会が関連施設を対象に施行したアンケート調査結果の中で,胆汁返還適応外基準として胆汁中多剤耐性菌の検出,細菌量の検出過多が挙げられた.胆汁返還処置についてはベッドサイドあるいは処置室で行い,胆汁は成分変性や微生物による汚染を予防するため冷蔵庫で保管することが推奨されている11.また,冷却することで生臭く苦い胆汁を飲用しやすくもなる.本症例では未滅菌操作で回収後,常温保存で直ちに返還した.初回の返還直後に発熱がみられたが,因果関係は不明であった.腸内環境維持のために整腸剤を併用し,問題なく経過した.本症例では未施行だったが,腸液返還前に細菌培養検査を行い,感染対策には十分に配慮することが重要であると考えられた.先述した胆汁返還適応外基準に倣い,腸液中に多剤耐性菌や腸管内常在細菌以外の細菌が検出される場合には腸液返還を中止するべきと思われる.第 3 に返還量と返還速度の問題である.本症例では徐々に返還量を増やしていき,最終的に全量返還を目標とした.なるべく切れ目のない腸管の使用を目指すために経腸栄養のボーラス投与時以外は 100mL/h で持続投与としたが問題はなかった.

第 4 に入院環境の問題である.腸液返還時は腸液による悪臭対策が必須である.本症例では個室管理,空気清浄機を設置し,環境整備にも努めた.腸液返還の方法論についてコンセンサスはなく,患者の状態に応じて適宜変化させていく必要があると思われた.

術前栄養・免疫状態と術後合併症の発生率や術後回復過程に相関があることが知られている.術前の栄養評価指数から術後経過を推定し,より効果的に栄養療法を行い患者の生命予後改善を図るための予後推定栄養指数(prognostic nutritional index;以下,PNI と略)が報告 12)~14され,栄養療法介入の基準としても用いられている 15.小野寺 PNI12は血中アルブミン値と末梢血リンパ球数から計算される簡便で信頼性の高い指標であり,多くの施設で利用されている.40 未満で切除・吻合禁忌,40~45 は危険域,45 以上が安全域とされる.当初は進行消化器がん症例を対象としたものであったが,近年は術前のリスク評価として用いられるようになってきた 15.一方で若林ら16は高齢者の小野寺 PNI は若年者に比較して低値となり,従来の基準では高齢者の多くが危険域に属すことを示し,年齢を考慮した基準点の再設定の必要性を報告した.本症例においても栄養状態改善の客観的指標として小野寺 PNI を使用し,空腸瘻閉鎖の適切なタイミングを図った.当初 18.6 であったが,腸液返還開始後に増加していき,空腸瘻閉鎖前は 39.3 まで上昇し,退院時は 42.8 であった(図5).従来の基準に当てはめると空腸瘻閉鎖前の値は切除・吻合禁忌であったが,術後経過に問題はなかった.若林らの報告を踏まえると,本症例において客観的栄養指標として小野寺PNIを用いたことは妥当と考えるが,栄養指標,とくに,単独での評価だけではなく ADL,PS など全身状態を考慮して慎重に検討すべきであると思われた.

結語

腸液返還は空腸瘻造設術後,再建を考慮する症例に対して,栄養状態改善を図る有用な手段となる可能性がある.未だ報告例が少ないのが現状で,方法論に関してコンセンサスはなく,計画・実施にあたってはメディカルスタッフとの連携,協力体制が重要である.また効果や有用性についてのエビデンスもなく,今後さらなる症例の蓄積が求められる.

本論文に関する著者の利益相反なし

引用文献
 
© 2022 Japanese Society for Clinical Nutrition and Metabolism
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