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Online ISSN : 2434-4966
CASE REPORT
A case of selenium deficiency with myopathy due to malabsorption syndrome after total gastrectomy
Masahiro Yabe
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2023 Volume 5 Issue 2 Pages 81-87

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Abstract

症例は70歳,女性.67歳時に胃がんで開腹胃全摘術,Roux-en-Y結腸前再建術を施行され再発なく経過した.術後3年半後から両下肢浮腫や動悸息切れを認めた.血液検査で血清セレン7.9 μg/dL,大球性貧血,高度の低Alb血症,FreeT3低値を認め,脂肪便陽性であった.腹部骨盤部造影CTは消化管全体の浮腫を認め,蛋白漏出アルブミンシンチでは異常を認めなかった.爪・皮膚症状,心筋障害,心電図異常は認めなかったが,その後下肢の筋力低下,歩行困難を認め,亜セレン酸ナトリウム補充で改善したことからミオパチーを主症状とするセレン欠乏症と確定診断した.セレン補充量を行うも改善に乏しく永眠された.セレン欠乏によるミオパチーは静脈栄養や経腸栄養を必要とする患者で稀にみられるが,自験例は通常の経口摂取を行っていた患者に胃全摘術後の吸収不良が生じ,セレン欠乏症によるミオパチーを発症したと考えられた.

はじめに

セレン(以下,Seと略)は人体の健康維持に不可欠な必須微量ミネラルで,免疫能をはじめ様々な生態機能の維持に関与している1,2).骨格筋においては筋組織の構成と筋力維持に必須とされ,時にその欠乏でミオパチー症状を呈することが報告されている24).しかしSe欠乏症はこれまで経腸・静脈栄養を必要としていた患者における報告例が多く2,3),通常の食事を摂取していた成人例での報告は稀である.今回我々は,胃全摘術後3年半の経過で発症したSe欠乏症によるミオパチーの1例を経験したので報告する.

症例

症例:70歳,女性

現病歴:67歳時に早期胃がんで胃全摘術,Roux-en-Y再建術が施行された(pT1aN0M0,pStage IA).術前体重は69 kgで,術後は46~47 kgに減少したが術後経過とActivities of daily living(以下,ADLと略)は良好で,食事は偏りなく摂取していた.しかし70歳(術後3年5カ月)から,両下肢の浮腫と息切れ,および脂肪便を自覚し2カ月後(術後3年7カ月)に受診した.

既往歴:糖尿病(食事運動療法のみ)

生活歴:飲酒なし.喫煙は5本/日 × 50年間

初診時身体診察:身長153.0 cm,体重50.0 kg,Body mass index 21.4 kg/m2.胸腹部に異常所見は認めず,皮膚や爪にも栄養障害を示唆する所見は認めなかった.舌は軽度萎縮し,両下腿から足背に著明な浮腫(fast pitting edema)を認めた.

初診時検査所見(表1):末梢血所見では大球性貧血を認め,生化学所見では総蛋白,血清Alb,血清ChEが低値であった.TSHは正常であったがFreeT3,FreeT4が低値であり,血清亜鉛,血清銅,血清Seが低値だった.ビタミン群は正常であった.尿所見は正常であったが,便検査は脂肪滴が陽性であった.

表1.初診時検査成績

血液学的検査 生化学検査 尿検査
WBC 6.04 × 103/μL AST 24 U/L 尿蛋白 (–)
RBC 2.76 × 106/μL ALT 27 U/L 尿潜血 (–)
Hgb 9.6 g/dL ALP 191 U/L
MCV 110.7 fL LDH 224 U/L 便検査
Plt 186 × 103/μL ChE 99 U/L 1回目 2回目
T-Bil 0.8 mg/dL 便潜血 (–) (–)
凝固検査 S-Amy 45 U/L 便脂肪滴 (+) (+)
APTT 29.7秒 lipase 5 U/L 便寄生虫卵 (–) (–)
PT% 85% CPK 初診時は未測
Na 141 mmol/L 消化吸収試験
生化学検査 K 3.8 mmol/L α1-アンチトリプシン試験 未実施
Free T3 1.46 pg/mL Cl 108 mmol/L 糞便中脂肪定量検査 未実施
Free T4 0.64 ng/dL Ca 7.3 mg/dL D-キシロース試験 未実施
TSH 2.27 μIU/mL Mg 1.7 mg/dL
フェリチン 44.8 ng/mL BUN 13.8 mg/dL
Zn 24 μg/dL Cr 0.59 mg/dL
Cu 63 μg/dL T-cho 134 mg/dL
セレン 7.9 μg/dL TP 4.4 g/dL
ビタミンB1 35 ng/mL Alb 2.1 g/dL
ビタミンB2 109.5 ng/mL γGlb 27.5%
ビタミンB12 716 ng/mL M蛋白 (–)
葉酸 ≥22.0 ng/mL Glu 73 mg/dL

上部消化管内視鏡検査:胃全摘術後,Roux-en-Y再建後で異常を認めなかった.

腹部骨盤部造影CT:再発所見は認めなかったが,消化管全体に浮腫を認めた.

99mTc蛋白漏出アルブミンシンチグラム:腸管からの蛋白漏出を示唆する所見は認めなかった.

受診後の経過(図1):浮腫の原因として肝硬変,ネフローゼ症候群,うっ血性心不全なども鑑別に挙げたが検査結果からは否定的であった.一方,術後2年間で20 kg近い体重減少があり,血液検査で栄養学的マーカーの低下を認めたことから,浮腫は術後の吸収不良症候群による栄養不良が原因と推測し,甲状腺ホルモンの低下もこれに伴うLow T3症候群と判断した.血清Seや血清亜鉛の低下は認めたものの,これらの欠乏に伴う特徴的な所見は認めなかったため,この時点ではSe欠乏症を疑わなかった.患者の食事量はかわりなく,初期治療として消化吸収能の向上を目的に膵消化酵素補充剤パンクレリパーゼと亜鉛製剤の投与,利尿剤の投与を開始したところ,1カ月後(術後3年8カ月)には息切れと浮腫は改善した.

図1.臨床経過

しかし治療開始の半年後(術後4年1カ月)から,足に力が入らず,玄関の数段の段差が登れなくなった.これまで筋萎縮を疑うエピソードはなく,血液検査ではCPKは正常で,心電図や心エコー検査でも異常を認めなかったことから,筋疾患や心不全が原因とは考えにくかった.しかし,末梢神経伝導速度の低下が認められたこと,かつ患者は当初より血清Seが低値であったことから,筋力低下の原因としてSe欠乏症によるミオパチーを疑った.血清Seが19歳以上で10.0 μg/dL以下と低値であり,これまでの症状と検査結果はSe欠乏症の診断基準2)の項目のうち,爪・皮膚症状,心筋障害,心電図異常は認めなかったが,筋症状(下肢の筋力低下,歩行困難),血液症状(大球性貧血)の2項目を満たし,原因となる他疾患を否定したことで,Se欠乏症(probable)によるミオパチーと診断した.診断基準の項目に含まれる検査所見の中でT3は未測であったがFreeT3が低値でありセレン欠乏に伴う甲状腺機能異常と考えた.

治療として通常の食事の摂取に加えて,亜Se酸ナトリウム100 μg/回の静注の隔週投与と成分栄養剤80 g/日の服用を開始したところ,1カ月後(術後4年2カ月)には玄関の段差が登れるようになった.症状改善後の血清Seは7.4 μg/dL(基準値:10.5~17.3)と改善はみられなかったが,Seの補充により一時的に臨床症状が改善したことから,Se欠乏症(Definite)によるミオパチーと確定診断した.

しかしSe補充療法開始後5カ月(術後4年6カ月)から再度浮腫と筋力低下が出現した.このため亜Se酸ナトリウムの一回投与量を200 μg/回に増量し,さらに微量元素製剤塩化マンガン・硫酸亜鉛水和物配合剤の投与を開始し7カ月間継続した.しかし,術後5年1カ月頃に歩ける距離が短くなり,浮腫が悪化して,血液検査でも血清Alb,血清ChEの低下が進んだ.このため亜Se酸ナトリウム200 μg/回を連日投与に増量し,さらに末梢静脈栄養(172 kcal/日)を2カ月間実施したところ,血清Seが12.8 μg/dLと正常化したが,血清Alb 1.8 g/dL,血清ChE 94 U/Lと改善は得られず,肺炎と敗血症によりSe補充療法開始後15カ月後(術後5年6カ月)に永眠した.

考察

自験例は胃全摘術後2年間は普通に経口摂取でADLが維持されていた成人にSe欠乏症によるミオパチーが発症した点が,これまでの報告と異なる点と考えられる.自験例のようにミオパチーを主症状とするSe欠乏症(以下,本症と略)についてChariotら3)は20例を報告しており,筋力低下(75%),筋痛(50%),筋肉の圧痛(15%),CPK上昇(67%)を認めた.今回我々は「Se欠乏」「筋肉痛」「筋力低下」をキーワードとして医学中央雑誌で検索したところ27例528)が抽出された.それに自験例を加えた28例を集計した(表2).28例の主症状は筋肉痛(75%),筋力低下(61%),血清CPK上昇(測定例の32%)で,その他に末梢神経障害,爪の異常,毛髪異常,視力障害,心障害が報告されている.筋肉痛や筋力低下は本症に出現しやすい症状と考えられた.

表2.日本でのセレン欠乏性ミオパチーの症例報告

症例 報告年 筆者 年齢 性別 基礎疾患 消化管手術 中心静脈栄養/在宅静脈栄養 経腸栄養 経口摂取 発症までの期間(月) 筋肉痛 筋力低下 CPK セレン経静脈投与 セレン経口補充 転帰 改善までの期間
1 1987 清水5) 56 クローン病 腸切除術2回 3 四肢 四肢 連日 改善 20日
2 1989 宮田6) 3 腸回転異常,腸管膜短縮,特発性仮性腸閉塞症 ラッド手術,手術5回 27 下肢 連日 改善
3 1991 古本7) 68 小腸間膜捻転症 広範囲小腸切除術,短腸症候群 98 下肢 四肢 連日 改善 3週間
4 1992 門脇8) 14 慢性特発性仮性腸閉塞症 横行結腸瘻,胃瘻 138 下肢 上昇 連日 改善 5カ月
5 1992 海野9) 20 小腸大腸クローン病 120 背部 歩行障害 詳細不明 詳細不明 改善
6 1992 吉田10) 56 単純性潰瘍 腸切除,空腸瘻,短腸症候群 1 連日 改善 1カ月
7 1992 吉田10) 52 小腸悪性線維性組組織球症 小腸全摘出術後 8 連日 改善 3週間
8 1993 岡本11) 25 クローン病 腸切除術 84 背部 四肢 連日 改善 3カ月
9 1994 井上12) 64 胃全摘膵全摘後消化吸収障害 胃全摘,膵全摘後 233 連日 改善 1週間
10 1995 福田13) 20 クローン病(大腸型) 48 下肢 連日 改善 2週間
11 1995 八木14) 65 残胃がん 残胃膵全摘出術後 134 下肢 正常 連日 連日 改善 1週間
12 1995 八木14) 73 乳頭部がん 膵頭十二指腸切除術後 84 下肢 歩行障害 連日 連日 改善 10日
13 1995 八木14) 76 乳頭部がん 膵頭十二指腸切除術後 84 下肢 連日 連日 改善 10日
14 1996 中村15) 52 上顎がん術後 108 正常 連日 改善 3カ月
15 1996 吉川16) 63 胃がん 胃がん2/3切除術後 1 四肢 上昇 連日 改善 3カ月
16 1997 松本17) 19 クローン病(回腸結腸型) 82 四肢 下肢 連日 改善 3週間
17 1997 伊東18) 32 クローン病 62 四肢 連日 改善,視力軽度改善 2カ月
18 1998 Osaki19) 37 慢性特発性十二指腸偽閉塞症 156 四肢 四肢 上昇 連日 改善 4カ月
19 1999 Ishihara20) 28 神経性無食欲症 84 四肢 四肢 上昇 連日 改善 2カ月
20 1999 澤田21) 11 慢性特発性仮性腸閉塞症 小腸切除術2回 60 下肢 連日 改善 2カ月
21 1999 上西22) 26 外傷性膵十二指腸損傷 膵頭十二指腸切除術後 72 下肢 下肢 正常 連日 連日 改善 1カ月
22 2007 増本23) 5 癒着性イレウス,精神発達遅滞,嚥下障害 短腸症候群 67 下肢 連日 改善 2カ月
23 2009 甲谷24) 68 胃悪性リンパ腫,絞扼性イレウス 幽門側胃切 除術,BilrothI法再建術,小腸広範切除,十二指腸回腸吻合術,短腸症候群 96 下肢 下肢 連日 改善,視力改善せず 3カ月
24 2011 伊藤25) 40 十二指腸潰瘍,クローン病 胃幽門側切除術,短腸症候群 36 四肢 連日 改善,視力軽度改善 3週間
25 2011 奥本26) 78 急性心筋梗塞,経口摂取不良 3 四肢 連日 改善 3週間
26 2015 大川27) 55 クローン病(小腸型) 短腸症候群 84 下肢 連日 爪のみ改善,筋力視力改善せず
27 2021 土谷28) 53 全身性エリテマトーデス,ループス腎炎,透析,腹膜透析腹膜炎 1 四肢 正常 連日 改善 数日
28 本症例 70 早期胃がん 胃全摘術 50 下肢 正常 2週間に1回,その後連日 一時的な改善のみ
平均52歳 男20名女8名 陽性率 68% 71% 39% 29% 中央値77カ月 75% 61% 測定例の32% 86%に実施 36%に実施 改善93% 中央値3週間

本症の発症までの経過に関しては,28例のうち自験例を含む2例を除いた全例で発症までSe補充以外の栄養療法が行われており,発症までの期間は中央値77カ月であった.またChariotら3)の報告でも20例のうち19例が静脈栄養または経腸栄養が施行されていた.このように本症の報告では,栄養障害に引き続いて発症する症例が多いが,本症の経過としては顕在化するまでに比較的長時間を要することが特徴と考えられた.

28例を消化器外科手術との関連でみると,消化器外科術後の発症例は19例で,うち胃切除などや膵頭十二指腸切除術で再建を要した症例は7例(自験例1例を含む),他の12例はクローン病や小腸大量切除術後,短腸症候群など栄養吸収が悪くなる病態であった.Seは主に十二指腸から近位空腸で吸収されるが,同部位を通過しない肥満手術では,その術後にSe欠乏症が生じることが報告されている29).この場合のSe欠乏は,Se摂取量の減少に加え,解剖学的な理由からSeの吸収能低下が原因と考えられている.今回の28例でも,自験例を含む7例が,胃切除術後や膵頭十二指腸切除術後で,食物が十二指腸から近位空腸を通過しない,または手術に伴い通過時間が早くなる可能性のある術式であった.自験例では本症に先立ち吸収不良症候群の症状が見られた時点で既に血清Seの低下を認め,潜在的なSe欠乏状態であった可能性は考えられる.以上より,上部消化管手術においてSeの吸収部位である十二指腸から近位空腸を食物が通過しない再建法となった場合には,潜在的にSeの吸収障害が生じ,血清Seの低下が緩徐に出現する可能性があることを念頭に置くべきと考えられた.

本症の治療では,症状が発症してからSe製剤投与を開始しても,治療開始後4週間程度で速やかに症状が改善するとされている3).ただしその場合は,基本的にSe製剤を一定量連日投与することが重要であり,28例の検討でも50~200 μg/日の連日投与により28例中26例において中央値3週間程度で症状の改善が見られた.一方,自験例ではSe補充療法の効果は一時的で,最終的に連日のSe補充で血清濃度自体は改善を認めたものの,全身状態の改善には至らなかった.Se欠乏症によるミオパチーは文献的にはSe製剤の連日静脈投与を行うことで1カ月程度で改善することが多いが,本症例はSe製剤の投与が最初の1年間は2週間に1回と少なかったためミオパチーの改善がなかったと考えられた.

結語

上部消化管手術としてSeの吸収部位である十二指腸から近位空腸を食物が通過しない再建法となった患者において,筋力低下や筋肉痛などのミオパチーの症状が見られた場合には積極的に本症を疑い,Se欠乏を認めれば可及的早期からSe製剤の連日投与とモニタリングを検討すべきと考えられた.

 

本論文は「医学研究における倫理的問題に関する見解および勧告」,「症例報告を含む医学論文および学会研究会発表における患者プライバシー保護」に関する指針を遵守している.本論文の内容に関しては,患者本人からの同意を得ている.

 

本論文に関する著者の利益相反なし

謝辞

本稿へのご助言を賜りました新潟市民病院小児外科部長飯沼泰史先生に深謝致します.

引用文献
 
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