Online Journal of JSPEN
Online ISSN : 2434-4966
CASE REPORT
A case report of nutritional intensive care for metabolic crisis of propionic acidemia while waiting for heart transplantation
Hiromi TakenakaKyoichi WadaOsamu SeguchiKoichi TodaKensuke KurodaMasanobu YanaseNorihide Fukushima
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2023 Volume 5 Issue 5 Pages 137-142

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Abstract

本症例は心臓移植待機中に,敗血症を契機として代謝性アシドーシス,高アンモニア血症を伴う代謝クライシスを発症し,プロピオン酸血症と診断された.代謝クライシス急性期には投与する糖や蛋白質の増量に伴い,乳酸値の上昇や血清アンモニア値の上昇を認めた.その後,心臓移植を含む2度の侵襲的手術を実施したが,新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドラインと本症例の代謝クライシス発症時の経験に基づき,安全に栄養管理を実施し得た.安定期には無症状の軽症プロピオン酸血症症例であっても,感染症,手術,飢餓等の異化亢進ストレスを契機に代謝クライシスを発症するリスクがある.このような状況での栄養管理として,患者個々の糖や蛋白質の代謝許容量と病態の経過に留意し,乳酸値,血清アンモニア値をモニタリングしながら栄養投与量を綿密に調節することで,プロピオン酸血症の代謝クライシスの予防と治療に貢献できる可能性がある.

はじめに

有機酸代謝異常症の一つであるプロピオン酸血症は,アミノ酸代謝過程の一端を担うプロピオニルCoAカルボキシラーゼの先天的欠損もしくは活性低下を原因とする先天性の代謝疾患である1).典型的には新生児期にアミノ酸の代謝中間体である有機酸の蓄積に伴うミトコンドリア機能の低下により,代謝性アシドーシスと高アンモニア血症による代謝クライシスを発症するが,近年無症状のまま成長し,青年期以降に心筋症を初発症状として発症する軽症例の存在が報告されている1).これら軽症例では,安定期には代謝クライシスを発症しないものの,飢餓や感染症,手術といった異化亢進をもたらす侵襲を契機に,代謝クライシスを発症することがある1).代謝クライシスは,栄養として摂取した蛋白質や異化亢進により生じたアミノ酸が代謝可能な許容量を超え,代謝中間体である有機酸の体内への蓄積により発症すると考えられている.代謝クライシス発症時の栄養管理としては十分な栄養補給が推奨されているが,一方で代謝クライシス急性期には有機酸蓄積に伴いミトコンドリアの代謝機能が低下しており,糖の代謝経路であるTCAサイクル・呼吸鎖の障害による高乳酸血症,蛋白質の代謝経路である尿素サイクルの障害による高アンモニア血症が出現することがあるため,糖や蛋白質が代謝許容量を超えて過負荷とならないよう適切な補充が重要である2,3).しかしながらガイドラインにおいても,代謝クライシス急性期における糖や蛋白質の代謝許容量のモニタリングや栄養投与量調節の具体的な方法について,明確な推奨にはまだ至っていないのが現状である1,3,4)

今回我々は,青年期に心筋症を初発症状とした軽症プロピオン血症の症例において,代謝クライシスと心臓移植を含む2度の手術を経験した.本症例での経験を主に栄養管理の観点から報告する.

症例

本症例の臨床経過を図1に示す.生来健康であり,幼少期にはプロピオン酸血症を疑う症状は認めなかった.16歳時に息切れ,動悸,嘔吐等の心不全症状出現のため受診したところ,著明な心機能低下を認め,拡張型心筋症と診断された.18歳時に薬物治療抵抗性心不全となり,植込型左室補助人工心臓(Left ventricular assist device;以下,LVADと略)装着下での心臓移植待機を開始した.その後,多剤耐性緑膿菌によるLVADドライブライン皮膚貫通部感染を繰り返していた.

図1.本症例の臨床経過

1. 経過①:敗血症(図2

LVAD装着より1年9カ月後(19歳時),多剤耐性緑膿菌のLVADドライブライン皮膚貫通部感染による敗血症を発症し,同時に代謝性アシドーシスと高アンモニア血症,高乳酸血症を認めたため,直ちに先天代謝異常症の精査および栄養療法を開始した.栄養療法の初期対応としては,代謝救急診療ガイドライン5)に従い,ビタミン・補酵素・レボカルニチンの投与,血糖管理,確実な栄養投与経路として静脈栄養を開始し,十分な糖質補給と蛋白質制限に留意した(表1).第3病日の時点で,乳酸値は低下したものの血中ケトン体は上昇傾向であり,アシドーシスの改善が得られていなかった.そこで,ケトン体生成抑制の目的でブドウ糖輸液を追加投与したところ,一時的な乳酸値上昇を認めた(図2※1).その後は慎重にブドウ糖輸液の漸増を試みていたが,第4病日のブドウ糖輸液増量後に再び乳酸値の上昇を認め,乳酸値上昇前の流速へ減量後低下した(図2※2).一方,一度正常値に低下していた血清アンモニア値が第9病日に再上昇を認めた.そこで蛋白質過剰と考え,その直前に増量していた経腸栄養を中止したところ,血清アンモニア値は低下した.第11病日に,精査の結果と出生後より16歳まで無症状で経過していたことから軽症プロピオン酸血症と診断し,有機酸蓄積の原因となるアミノ酸が除去された特殊ミルク(雪印メグミルク(株)S-22)を開始した.代謝クライシスの経過としては,ケトン体である血中アセト酢酸,3-ヒドロキシ酪酸は第3病日にピークとなり第7病日に正常値へ低下,第1病日より陽性であった尿中ケトン体は第7病日に陰性化し,第10病日に人工呼吸器を離脱した.代謝クライシスの急性期を脱した後は,糖や蛋白質の増量に伴い乳酸値や血清アンモニア値が上昇するような現象は認めなかった.

図2.経過①の臨床経過と栄養療法

敗血症診断日を第0病日とした.栄養投与量は第–1病日の体重(51.5 kg)を利用して算出した.

表1.経過①~③における栄養管理(文献1345を参考に著者作成)

栄養 目標投与量
栄養量 25–30 kcal/kg/day
蛋白質 経過①,②:0.5–1.0 g/kg/day5)
経過③:初期24–48時間は中止,その後0.8–1.0 g/kg/dayを目標に漸増1)
ブドウ糖輸液 3–4 mg/kg/min(経腸・経口摂取量,血糖値により調節)
レボカルニチン静注 3,000 mg/day(経過②の急性期のみ12,000 mg/dayへ増量)
ユビデカレノン錠 120 mg/day(経過②の急性期のみ240 mg/dayへ増量)
ビオチン散 10 mg/day
リボフラビン注 200 mg/day(経過①のみ)
フルスルチアミン注 200 mg/day(経過①のみ)
アスコルビン酸注 3,000 mg/day(経過①のみ)
特殊ミルク 20 g/day(経過①の第11病日より開始)
[特殊ミルク:バリン・イソロイシン・メチオニン・グリシン除去ミルク,雪印メグミルク(株)S-22(92 g:413 kcal,アミノ酸10.8 g)]

(経過②③の静脈栄養内にはTPN用総合ビタミン剤を含む)

2. 経過②:LVAD離脱術(図3

代謝クライシス改善後もドライブライン皮膚貫通部感染の治療に難渋し,一定の自己心機能回復を認めていたため,経過①の2カ月後に感染源であるLVADの離脱術を実施した.手術侵襲に伴い,異化亢進による代謝クライシス発症が危惧されたため,ガイドライン5)および経過①の経験に基づき,慎重な周術期栄養管理を行った(表12).術後急性期は循環動態を考慮し,中心静脈栄養主体の栄養管理とした.第7~9病日にかけて血清アンモニア値が基準値範囲内での上昇傾向を認めたため,蛋白質の増量は行わず0.7 g/kg/dayを維持した.術後高値であった乳酸値は徐々に低下傾向となり,代謝クライシスは認めなかった.

図3.経過②の臨床経過と栄養療法

手術日を第0病日とした.栄養投与量は第–1病日の体重(49.4 kg)を利用して算出した.

表2.経過②,③における周術期管理の実際(文献1345を参考に著者作成)

周術期管理 目的
ブドウ糖輸液の持続静注 低血糖による異化亢進の予防
血糖値120–200 mg/dLの維持 低血糖による異化亢進の予防
乳酸値・血清アンモニア値のモニタリング
(1日5–8回の血液ガス分析と1日3回のアンモニア測定を実施)
代謝クライシス予防
蛋白質摂取量の調節 高アンモニア血症予防
レボカルニチン,ユビデカレノン,ビオチンの継続 プロピオン酸蓄積の予防
十分な麻酔深度と鎮痛の確保 ストレスホルモン分泌による異化亢進を抑制
乳酸を含む輸液投与の回避 乳酸アシドーシス予防

3. 経過③:心臓移植術(図4

LVAD離脱後は強心剤持続投与下での心臓移植待機となり,移植登録より4.5年後に心臓移植術を施行した.周術期の栄養管理としてはガイドライン1)と経過①②の経験に基づき,代謝クライシスの予防的治療と慎重なモニタリングを行った(表12).術後第1病日より経口摂取を開始し,摂取量を確認しながら徐々にブドウ糖輸液を減量していたが,第8病日より早朝低血糖を認めた.そこで,食事を増量し,眠前に補助食品を追加したところ早朝低血糖は改善した.術後2週間は,乳酸値15 mg/dLと高値で経過したが,代謝クライシスは認めなかった.

図4.経過③の臨床経過と栄養療法

手術日を第0病日とした.栄養投与量は第–1病日の体重(62.6 kg)を利用して算出した.

4. 栄養サポートチーム(Nutrition support team;以下,NSTと略)の関わり

経過①~③の全経過を通して,入院中は週1回継続的にNSTによる多職種介入を行い,担当医や病棟と密に連携を取りながら栄養管理を行った.また,適宜本人への面談を通じて,心不全とプロピオン酸血症の両面から栄養療法の重要性について理解を促すと共に,長期におよんだ治療へのモチベーションを損なわないよう,本人の嗜好や受け入れについても配慮した栄養療法を提供した.

考察

今回,青年期に心筋症を初発症状とした軽症プロピオン酸血症症例における代謝クライシス急性期と2度の手術時に行った栄養管理について報告した.

本症例の経過①では,敗血症増悪の経過中に代謝クライシスを発症しており,敗血症による異化亢進と全身状態悪化に伴う食事摂取量低下が代謝クライシスの引き金となったと考えられた.本症例においては,高乳酸血症,高アンモニア血症の発症時点で,即座に先天代謝異常症の可能性を念頭においた精査および栄養療法を含めた初期治療を開始したことが功を奏したと考えており,同様の症例に遭遇した際は過去に無症状の症例であっても,本疾患を疑い迅速な初期対応を行うことが重要であると考える.

経過①の代謝クライシス急性期は,ケトアシドーシスをきたし糖の十分な投与が不可欠な状況であった.第3~4病日には糖増量に伴う乳酸値上昇のため糖の増量に苦慮したが,その後血中ケトン体は急速な低下に転じ,第7病日には正常値まで改善が得られた.その後も蛋白質増量に伴う血清アンモニア値の上昇を認めたが,結果的に,急性期に乳酸値や血清アンモニア値を細かくモニタリングしながら注意深く栄養の漸増を行い,十分な栄養量を投与できたことが,代謝クライシスの治療に貢献したと考えられる.また,急性期に認めた糖増量に伴う乳酸値上昇,蛋白質増量に伴う血清アンモニア値の上昇といった現象は,第9病日以降の急性期を脱した後には認めず,急性期のミトコンドリア機能障害を反映したものであったと示唆された.

一方,経過②,③は共に侵襲性の高い手術であり代謝クライシス再発症が危惧されたが,ガイドライン1,5)と経過①の経験に基づき周術期の栄養管理を行った結果,代謝クライシスをきたすことなく経過した.しかしながら,術後急性期には乳酸値,血清アンモニア値の軽度上昇を認めており,代謝クライシスには至らなかったもののミトコンドリア機能低下の影響が示唆された.

また,経過③ではブドウ糖輸液減量後に早朝低血糖を認めた.低血糖はプロピオン酸血症の代謝クライシス急性期に認める所見の一つであり,ピルビン酸カルボキシラーゼとリンゴ酸シャトルの阻害により糖新生が減弱することが原因とされている1).さらに低血糖は異化亢進の引き金となる可能性があり,プロピオン酸血症患者では長時間の絶食を避けることが推奨されている4).特に夜間は絶食時間が長くなりやすいため,血糖値のモニタリングと適切な対処が必要である.

本症例は心臓移植後に無事社会復帰を果たし,現在に至るまで安定した経過であるが,今後もプロピオン酸血症に対する定期的なモニタリングと栄養管理が不可欠である3,4).また,プロピオン酸血症は適切な自己管理が重要な疾患であり,入院中より多職種による指導を行ってきたが,今後も必要に応じて介入する予定である.

本症例を予防的観点から考察すると,プロピオン酸血症は新生児マススクリーニング対象疾患の一つであるが,本症例の出生時にはまだ全国に普及していなかったため受診していなかった.本症例は,既に報告されている軽症プロピオン酸血症症例と同様,乳幼児期および学童期に代謝クライシスの発症はなく,身体発育異常や精神運動発達異常,食思不振,反復性嘔吐といった症状も認めず,経過①の代謝クライシス発症以前にプロピオン酸血症の診断に至る機会はなかった.しかし,もし経過①の敗血症発症以前にプロピオン酸血症と診断されていれば,適切な予防的治療を行うことで経過①においても,経過②,③と同様に代謝クライシス発症を回避できていた可能性が考えられる.新生児マススクリーニングを受けていない世代の中には,未診断のまま成長している軽症プロピオン酸血症症例が存在する可能性があり,さらに本症例のように合併症としての心筋症を初発症状とする可能性がある.プロピオン酸血症における心筋症の合併率は,文献により差はあるものの9~33%1,3,4)と決して少なくなく,原因不明の心筋症患者の診断時には鑑別として考慮することが推奨されている1).軽症プロピオン酸血症は,安定期は無症状であるが,感染症,手術,飢餓等の異化亢進ストレスを契機に代謝クライシスを発症する可能性があり,また代謝クライシスを発症した場合は迅速な対応が必要であるため,代謝クライシス発症前の段階でプロピオン酸血症の診断を行う意義は大きいと考える.

プロピオン酸血症における病態の首座は,有機酸蓄積に伴うミトコンドリアの代謝機能障害である2).ミトコンドリアの機能障害下において,糖の過剰投与は乳酸値を上昇させる恐れがあり,栄養量不足・低血糖に伴う異化亢進や蛋白質の過剰投与により高アンモニア血症を生じる可能性がある.また,蛋白質制限の長期化は栄養状態の低下を招く恐れがある.糖や蛋白質の代謝許容量は,患者個々のプロピオニルCoAカルボキシラーゼの残存活性と,有機酸蓄積に伴うミトコンドリアの代謝機能の低下度に依存すると考えられる.侵襲急性期では異化に伴う有機酸の蓄積量は日々変化するため,病態の経過も重要である.これらの点に考慮し,代謝クライシス発症あるいは発症リスク下のプロピオン酸血症患者の栄養管理において,個々の症例により栄養投与量増減後の乳酸値,アンモニア値等の変化を確認しながら,栄養投与量を綿密に調節することで,代謝クライシスの予防と治療に貢献できる可能性がある.

結語

本症例の経験から,安定期には無症状の軽症プロピオン酸血症においても重度の異化亢進ストレスにより代謝クライシスを発症することがあり,同様の症例に対しては迅速に精査を行うことの重要性が示された.プロピオン血症診断後は,本症に応じた適切な栄養管理を行うことで,その後のLVAD離脱術時,心臓移植術時の代謝クライシス発症を防止することができた.また,代謝クライシス急性期の栄養管理としては,患者個々のミトコンドリア機能障害の程度と病態の回復時期に応じて栄養投与量を調節する必要があることが示唆された.実臨床においては,乳酸値,血清アンモニア値等が,糖や蛋白質の代謝許容量の判断に有用であった.

 

本論文の一部は第35回日本臨床栄養代謝学会学術集会において報告した.

謝辞

本論文の執筆にあたり多大なご支援を頂きました国立循環器病研究センター薬剤部 中藏伊知郎先生,上野智子先生,川端一功先生に深く御礼申し上げます.

 

本論文は「症例報告を含む医学論文および学会研究会発表における患者プライバシー保護に関する指針」を遵守している.

 

本論文における著者の利益相反なし

引用文献
 
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