2024 Volume 6 Issue 1 Pages 31-35
74歳女性.脳梗塞の既往があり徐々に低活動・低栄養などでサルコペニアへ移行し嚥下障害による誤嚥性肺炎を反復した.数度目の誤嚥性肺炎で入院の際,るい瘦(Body Mass Index 13.5 kg/m2)著しく重度の嚥下障害も認めた.主治医は,いわば「終末期」であり経口摂取は困難・看取りの段階と判断したが,本人・家族は経口摂取再開へ強い意欲を持っていた.多職種カンファレンスで倫理的問題も含め再検討し,誤嚥防止術(声門下喉頭閉鎖術)施行の方針とした.術後,嚥下造影検査で誤嚥の防止と嚥下機能の改善を確認し,少量から経口摂取を再開した.最終的に経口摂取のみで十分な栄養摂取が可能となり,2カ月後退院時に体重は6.5 kg増加し,栄養指標も改善した.以後は誤嚥性肺炎での入院は無く在宅生活を継続している.従来,サルコペニアの嚥下障害は誤嚥防止術の主な対象ではなかったが,リハビリテーション栄養療法が奏効しない場合に本手術の適応となる可能性がある.サルコペニアの病態は症例毎に多様であり,本手術は発声機能を失うという代償を内包するものであるため,その適応には倫理的な点を含め慎重な検討を要する.
高齢化の進展と共に重症嚥下障害・誤嚥性肺炎の患者は増加している.重症嚥下障害の手術加療として,誤嚥防止術がある.従来,その主な目的は誤嚥性肺炎の防止であり,経口摂取の獲得は副次的なものであったが,近年は経口摂取の再開を強く希望する患者に対しても積極的に施行されている.今回我々は,サルコペニアが進行し,重症の嚥下障害に陥りながらも本手術により経口摂取が可能となり栄養状態が改善し,患者・家族の希望通り在宅生活を再開できた症例を経験したので報告する.
74歳女性.6年前に脳梗塞・左片麻痺の既往があるがActivities of Daily Living(以下,ADLと略)は保たれていた.しかし徐々に活動性低下・低栄養となり誤嚥性肺炎を繰り返しながらも,家族の熱心なサポートがあり在宅で生活していた.しかし,3カ月前の転倒を契機にさらに臥床がちとなり,誤嚥性肺炎を発症し当院呼吸器内科に入院となった.
身長:149 cm/体重29.5 kg[Body Mass Index(以下,BMIと略)13.5 kg/m2]高度るい瘦
身体機能:脳梗塞後遺症で左片麻痺あり,その後身体機能が徐々に低下し座位保持も困難でありADLは全介助
音声機能:単語レベルの発声のみ可能
認知機能:改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)2点(重度),会話による意思疎通に支障あり
血液検査所見(表1):貧血,血清総蛋白・血清アルブミン・血清コリンエステラーゼなど低値であり,栄養障害に合致する所見
入院時(第1病日) | 術直前(第40病日) | 退院時(第109病日) | (単位) | |
---|---|---|---|---|
WBC | 7,900 | 6,900 | 4,300 | /uL |
Lymph | 11.7 | 22.0 | 43.2 | % |
Hb | 9.2 | 10.5 | 11.4 | g/dL |
MCV | 96 | 96 | 97 | fL |
Plt | 48.4 | 25.8 | 28.7 | ×104/uL |
TP | 5.1 | 6.7 | 6.3 | g/dL |
Alb | 2.1 | 3.0 | 3.3 | g/dL |
AST | 8 | 6 | 8 | U/L |
ALT | 5 | 2 | 4 | U/L |
γGTP | 20 | 16 | 30 | U/L |
ALP | 49 | 69 | 85 | U/L |
T-Bil | 0.5 | 0.6 | 0.4 | mg/dL |
LDH | 165 | 143 | 114 | U/L |
ChE | 124 | 163 | 274 | U/L |
Amy | 49 | 54 | 62 | U/L |
BUN | 7.1 | 13.6 | 8.9 | mg/dL |
Cr | 0.26 | 0.24 | 0.27 | mg/dL |
UA | 0.4 | 2.7 | 3.1 | mg/dL |
Na | 142 | 136 | 139 | mmol/L |
K | 3.0 | 4.5 | 4.1 | mmol/L |
Cl | 101 | 99 | 100 | mmol/L |
Ca | 7.8 | 8.1 | 8.8 | mg/dL |
T-cho | 149 | 179 | 198 | mg/dL |
CRP | 5.19 | 1.09 | 0.05 | mg/dL |
栄養状態:MNA®-SF(Mini Nutritional Assessment-Short Form):A:1,B:1,C:0,D:0,E:0,F1:0であり合計3ポイント,低栄養と判断
嚥下造影検査:食塊形成や送り込みはやや不良,嚥下反射惹起遅延,喉頭挙上やや不良.ゼリー・粥・水分で不顕性誤嚥を認め,重症の嚥下障害と診断
藤島の摂食・嚥下状況のレベル評価(Food Intake Level Scale;以下,FILSと略):Lv. 1
入院後経過:絶食・補液や抗菌薬投与で肺炎は軽快したが,十分な栄養療法は施行困難であった.末梢静脈栄養としてビーフリード®輸液2本(1,000 mL/420 kcal)を用い,さらに経鼻胃管よりメイバランス®Miniを投与したが,2本(250 mL/400 kcal)に増量すると気道分泌物が顕著に増加し誤嚥により発熱をきたすため経腸栄養を中止した.その後も,解熱したところで再度経腸栄養を再開すると発熱する状態が繰り返し見られた.重症嚥下障害であり経口摂取での栄養充足も期待できない.
また,言語聴覚士により間接訓練を主として嚥下障害に対するリハビリテーションを試みたが,認知症により従命できず施行は困難であった.
以上より,主治医は今後の栄養状態改善は望めず,いわば終末期と判断した.経口摂取の再開は困難であり看取りの方針とするほかないと家族に説明がなされたが,家族は納得せず経口摂取の再開および自宅での療養を強く希望していた.家族の意向が担当看護師を通じて栄養サポートチーム(Nutrition Support Team;以下,NSTと略)に伝わり,多職種のカンファレンスが開催された.
多職種カンファレンスで,本症例は診断フローチャート(図1)1)に基づきサルコペニアの摂食嚥下障害(Sarcopenic Dysphagia;以下,SDと略)であり,終末期であること,栄養療法とリハビリテーションが困難であり,外科的な介入(誤嚥防止術)の可能性があることを確認した.本人の意思確認についての情報を提示した.当初,手術での音声言語喪失についての説明で表情が曇ったが,その後,何度も質問を変えクローズド・クエスチョンの形式で経口摂取再開の意欲が確認できた.家族から,本人はもともと食に強いこだわりがあったこと・家族としては誤嚥を根絶し在宅生活を継続させたいとの意向を聴取した.以上の情報から手術を受容する意思ありと判断した.退院後のケア体制として家族は介護への強い意欲を示しており,この点も考慮して最終的に手術適応と判断した.
文献1)より引用
NSTの介入後,手術施行までに末梢静脈栄養としてビーフリード®輸液2本(1,000 mL/420 kcal)に加え脂肪乳剤(イントラリポス®輸液20% 100 mL/200 kcal)を用い,アイソカルサポート®を使用し経管栄養を再開したが,手術を控えており誤嚥性肺炎の再発を懸念し,注入量は1本(150 mL/225 kcal)に留めざるを得なかった(総栄養投与量:845 kcal/日).
手術までの栄養療法は十分な量ではなかったが,体重は入院時に比して1.6 kg増加(29.5→31.1 kg),低アルブミン血症や貧血も改善していた(表1).当科で誤嚥防止術後の予後予測評価に用いている小野寺の予後推定栄養指数(Onodera-Prognostic Nutritional Index;以下,O-PNIと略)2)は,入院時のデータでは25.6と低値であったが,術直前には37.5と改善していた.
第42病日に嚥下機能改善型声門下喉頭閉鎖術3)を施行した(図2).術後10日で嚥下造影検査を施行したところ,誤嚥は完全に防止され嚥下反射惹起の改善・食道入口部通過性も良好となり,嚥下機能は改善していた.術後,経管栄養はアイソカルサポート® 4本(600 mL/900 kcal)まで増量が可能となり(末梢静脈栄養と併せ1,300 kcal/day程度),次いで少量のゼリー食から経口摂取を再開した.徐々に経口摂取を増量したが,特にトラブルなく最終的にミキサー食(1,200 kcal)の全量摂取が可能となり経口摂取のみで栄養必要量を充足できた(FILS Lv. 7).
文献3)より
1)皮膚をU字切開し皮弁を作成し挙上,術野展開する.
2)輪状咽頭筋を起始部で切断する.食道入口部を弛緩させ食物通過を容易とし,嚥下機能改善に寄与する.
3)声門下で喉頭を閉鎖する.可動性のある声門部に触れず,厚くて余裕のある声門下部粘膜で閉鎖するため,確実性の高い術式である.
4)永久気管孔を作成する.他の術式よりも大きな気管孔となるため,カニューレフリーとすることが可能である.
術後2カ月で退院する際,栄養状態は改善し体重は入院時より6.5 kg増加した(36 kg,BMI 16.3 kg/m2).術前に認めた貧血や低アルブミン血症も改善した(表1).現在も家族や介護サービスのサポートを受けながら在宅で生活しており,その後は誤嚥性肺炎での入院はない.
嚥下障害の治療はリハビリテーション(以下,リハと略)と栄養療法を基本とするが,終末期の嚥下障害ではリハに耐えうる十分な栄養療法を施行できず,治療に難渋することも多い.我々はこのような患者に対し手術療法(誤嚥防止術)を行っている.
誤嚥防止術とは気道と食道を分離し,経口摂取した食物の下気道への侵入を防ぐ手術である.本来,生命を脅かす誤嚥性肺炎の防止が主たる目的であり経口摂取の再獲得は必ずしも保障されないが,近年は経口摂取の再獲得や,吸痰処置が減り介護負担が軽減されるなど,Quality of Life(以下,QOLと略)向上の点から積極的に施行されるようになっている.喉頭摘出術・喉頭気管分離術・気管食道吻合術・喉頭閉鎖術など様々な術式があるが4),その選択は各施設の判断に委ねられており術者が習熟しているものを選択しているのが現状である.特に高齢者においては低侵襲で合併症のリスクが少ないものが求められるが,我々は低侵襲な声門下喉頭閉鎖術を開発し5),さらに輪状咽頭筋切断術などを組み込み嚥下機能改善型声門下喉頭閉鎖術として発展させており3),高齢者の場合第一選択としている.
誤嚥防止と発声機能の温存は基本的に両立困難であり,誤嚥防止術はほぼどの術式でも発声機能を喪失するという重大な代償を伴う.声門上部での喉頭閉鎖術に属する喉頭蓋管形成術は唯一発声機能の温存を目指した術式であるが,普及しているとは言い難い.この術式は音声保存のため気道を完全閉鎖せず発声のための小孔を作成するが,この手技に経験と技術を要し実用的な音声獲得はしばしば困難である上,縫合部が離開するリスクが高く,最も重要な目的である誤嚥防止の達成が不確実となることがその理由である4).このため,当科でも比較的若年で音声温存を重視する症例以外では積極的に選択していない.
日本耳鼻咽喉科学会のガイドラインによれば,誤嚥防止術の適応条件として,①誤嚥による嚥下性肺炎の反復がある,またはその危険性が高い,②嚥下機能の回復が期待できない,③構音機能や発声機能がすでに高度に障害されている,④発声機能の喪失に納得している,の全てを満たす必要がある6).本症例の場合,①は自明であり③については認知症でもあり発声は可能ではあるものの単語レベルに留まり,発声による有効なコミュニケーション能力は事実上喪失していた.②について,嚥下機能の回復には十分な栄養療法とリハを行う必要があるが,上述の通り経管栄養を増量するとたちまち発熱をきたしては中止せざるを得ない状況で十分な栄養投与は困難であった.認知症のため嚥下リハも難しく,嚥下機能の回復は難しいと判断した.④については,本手術の適応を判断する際,倫理的に非常に重要な点であり,以下に詳述する.
本症例は,脳梗塞の既往はあるがその際に明らかな嚥下機能低下はなく,続く数年の経過中,すなわちフレイルの状態から徐々に加齢・低活動・低栄養などによりSDに至ったと考えられる.このような進行性の嚥下機能障害の要因となる基礎疾患がない「寿命」とされるような病態も含め,終末期と考えられる状況での医療には多職種カンファレンスでの臨床倫理的な検討が必要であり,患者・家族とのコミュニケーション手法としては,SDM(Shared Decision Making)7)の手法が有用とされる.
当施設での多職種カンファレンスにおいては臨床倫理の4分割表8)を取り入れ問題点の抽出・解決に生かしている.表の項目のうち,『本人の意思』『QOL』は,誤嚥防止術が発声機能の喪失という重大な代償を伴うため,非常に重要である.特に,本症例は認知機能低下があるため,本人の意思確認につながる情報はできるだけ拾い出し,非言語的な行動による意思確認や,家族からの聞き取りなども活用し,できうる限り患者本人の意思を確認するよう努めた.これにより本人・家族が在宅生活継続のために誤嚥性肺炎の根絶を願っていること・本人の経口摂取再開への強い意欲・そのために音声機能の喪失を受容する意思があることを確認した.
以上により上記ガイドラインの4項目を全て満たし,加えて経口摂取再開への強い意欲があることも確認した.当科では術前のO-PNIが32以下と低値である場合,術後6カ月以内の早期死亡と関連することを見出し9),誤嚥防止術の適応に際し参考としているが,本症例は術前栄養療法の結果,入院時の25.6から術直前37.5に改善していた.これらを総合的に判断し,最終的に手術適応とした.術式としては喉頭蓋管形成術も提示・検討したが,確実な誤嚥防止が得られ当科で慣れた術式であることから嚥下機能改善型声門下喉頭閉鎖術を選択した.
SDは早期であれば適切なリハと栄養療法によって改善が得られるが10),終末期ともなるとリハ栄養療法は困難となり,「寿命」「看取り」と判断され,ましてや誤嚥防止術のような侵襲的加療の対象とはなりにくい.実際,本手術に関する既報の多くは神経筋疾患・重症心身障碍・頭頸部がんなどによる嚥下障害を主たる適応とし,SDに対し施行した報告はほぼない.本例は誤嚥防止術の施行により術後経腸栄養を十分量まで増量可能となり,次いで経口摂取も良好となった.誤嚥が完全に防止されたことにより栄養療法が十全に効力を発揮し,経口摂取の再獲得をもたらすことができたと考える.進行性難治性神経疾患の存在が誤嚥防止術後の経口摂取不良と関連したとする報告があるが11),そのような基礎疾患のないSD症例では誤嚥防止術後の経口摂取再獲得が期待できる可能性を示していると思われる.しかし,SDは原因として極めて広汎な疾患を含む概念でありその病態は各々の患者により大きく異なる.誤嚥防止術は発声機能を失うという重大な代償を内包し術後の経口摂取についても確実ではない点を踏まえ,その適応は個々の病態を吟味し慎重に判断する必要がある.
SDに対し誤嚥防止術を施行し,経口摂取が再開でき栄養状態の改善を得た一例を経験した.SDの病態は症例毎に多様であり,また誤嚥防止術は発声機能を失うという問題をはらむ手術である点に留意し,SDへの適応については倫理的な側面を含めて慎重な検討を要する.
本論文は「医学研究における倫理的問題に関する見解および勧告」,「症例報告を含む医学論文および学会研究会発表における患者プライバシー保護」に関する指針を遵守している.本論文の内容に関しては,患者・家族からの同意を得ている.
本論文に関する著者の利益相反なし