2024 Volume 6 Issue 2 Pages 97-101
症例は胃がんに対する幽門側胃切除術既往のある72歳男性.左被殻出血を発症し,以後全介助,経口摂取困難となり経鼻栄養チューブによる経腸栄養管理が行われていた.急性期治療後に療養型病院へ転院したが,仙骨部に巨大褥瘡を発症し当院へ再入院となった.液体栄養剤投与が行われていたが,長時間のギャッチアップが褥瘡悪化因子と判断され褥瘡予防対策チームと栄養サポートチーム合同での介入を開始した.胃切除の影響から胃瘻造設は困難であったため,既存の8 Fr経鼻胃管を12 Frに変更し,とろみ状流動食F2ショットEJへ変更した.1回投与時間を3時間から1時間以内へ短縮することが可能となり,褥瘡処置も計画的に施行可能となった.以後褥瘡は縮小が得られ,再入院から99日後に自宅退院可能となった.とろみ状流動食はギャッチアップ時間が短縮可能となることから褥瘡症例では有効であり,胃切除後症例においても安全に使用可能であった.
経管,経腸栄養を要する低日常生活動作(Activities of Daily Living;以下,ADLと略)患者は長期臥床を余儀なくされることが多く,褥瘡発生の高リスクである.近年半固形栄養剤による短時間注入が可能となり,投与時間の短縮や下痢の予防などその有用性が報告されているが1),高粘度であるため太径の胃瘻チューブが必要であり,胃瘻造設患者でない場合は使用不可とされている.今回われわれは胃切除既往のある脳出血後全介助患者に発症した仙骨部巨大褥瘡に対して,経鼻栄養チューブからのとろみ状流動食F2ショットEJを用いた栄養管理により良好な経過が得られた1例を経験したので報告する.症例報告にあたり患者家族の同意を得て,当院の定める症例報告に関する患者のプライバシー保護とインフォームドコンセントの取扱いに関する指針に基づき,匿名化した.
72歳,男性.
2. 既往歴5年前に胃がんに対して幽門側胃切除術,Billroth-II法再建.
3. 現病歴約4カ月前に左被殻出血を発症し開頭血腫除去術が施行された.術後ADL全介助となり経口摂取困難となったため経鼻栄養チューブによる経腸栄養管理となった.急性期の全身管理後に全身状態は安定したため72病日に療養型病院へ転院されたが,仙骨部に巨大な褥瘡を発症したため転院56日後に治療目的に再度当院へ転院となった(図1).仙骨部褥瘡は4日目にデブリードマンを施行したところ背部から左大腿に至るまでポケット形成を認め(図2),DESIGN-R®2020でDU-E6s12I9G6N3P9:45点と評価され,褥瘡予防対策チームより栄養サポートチームへ依頼があり合同での介入を開始する方針となった.
身長168 cm,体重43.3 kg,Body Mass Index(BMI)15.3であり,健常時体重55 kgから5カ月間で11.7 kg,21.3%の体重減少を認めた.浮腫は認めなかった.
5. 転院時血液検査所見WBC:15,600/μL,リンパ球数:2,340/mm3,Hb:9.0 g/dL,Alb:2.1 g/dL,CRP:4.7 mg/dL,トランスサイレチン:12.1 mg/dL,Zn:56 μg/dLと炎症反応高値,亜鉛欠乏を認めた.Global Leadership Initiative on Malnutrition(GLIM)基準を用いた栄養アセスメントとしては,表現型基準として意図しない体重減少,病因基準として炎症を伴う巨大褥瘡が該当し低栄養と診断した.さらに重症度判定では20%を超える体重減少を認めており,重度低栄養と判定した.
6. 介入時栄養管理8 Frの経鼻栄養チューブが挿入され,半消化態栄養剤400 mLを3回,追加水200 mLを4回で1日1,200 kcalが投与されており1回投与あたり3時間程度のギャッチアップを要していた.蛋白質は48 g/日,1.1 g/kgの投与量であった.排便に関しては便秘傾向であり,週2回程度摘便で対応され,ブリストルスケール2程度であった.
7. 栄養サポートチームによる栄養介入栄養投与量と栄養剤選択,および排便コントロールおよび亜鉛欠乏について介入を開始した.栄養投与量は褥瘡治癒促進を目標とした必要栄養量を算出し,目標エネルギー投与量を1,800 kcal(40 kcal/kg),蛋白質量を65~85g(1.5~2.0 g/kg)に設定した.栄養剤は液体栄養剤が使用されていたが,長時間のギャッチアップを要し,褥瘡治療の妨げになっていたため投与時間の短縮が必要と判断した.胃瘻造設および半固形経腸栄養剤の使用を検討したが,胃切除後であり胃瘻造設は不可能であったため,経鼻栄養チューブを8 Frから12 Frへ変更し,加圧バッグを使用した中粘度のとろみ状流動食F2ショットEJ短時間注入法を選択した.栄養投与は900 kcal/900 mLより開始し,残胃食道逆流や誤嚥の無いことを確認しながら7日毎に300 mLずつ漸増し,3週間かけて1,800 kcalまで増量した(図3).増量後も1回栄養投与時間を1時間以内で継続したが,動悸,発汗,腹痛,低血糖などのダンピング症候群を疑う症状は認めず,問題なく施行可能であった.排便状況は,栄養変更後もやや同様の便秘傾向であったため整腸剤と下剤を適時使用しブリストルスケール4~5,1回/2~3日の排便状況で推移した.亜鉛欠乏に対してはポラプレジンクの補充療法を開始した.
上記介入により目標値の栄養投与量を達成しつつギャッチアップ時間の短縮が得られ,褥瘡に対する体位変換や局所の評価および陰圧閉鎖療法を含む処置を計画的に行うことが可能となった.介入開始後トランスサイレチン値と炎症反応の改善が得られ(図4),82病日の血液検査ではWBC:7,000/μL,リンパ球数:1,890/mm3,Hb:11.4 g/dL,Alb:2.8 g/dL,CRP:1.06 mg/dL,トランスサイレチン:22.1 mg/dLであった.同82病日の評価ではD5-e3s9i0G4n0P9:25点まで褥瘡は改善し(図5),99病日に自宅退院となった.
近年高齢者人口の増加に伴い,脳血管障害後や神経疾患および廃用症候群など,自発的に栄養摂取ができず長期間の経管栄養を要する患者が増加している.多くは嚥下のみの問題ではなくADLの低下も認めるため,栄養管理と同時に褥瘡予防が重要となる.褥瘡の発生要因は,個体要因と環境・ケア要因に分類されるが2),オーバーラップする要因として「外力」と「栄養」が挙げられ,経管栄養はいずれにも大きく影響することとなる.液体栄養剤を用いた経管栄養では,液体栄養剤症候群と称される,液体栄養剤そのものに起因する消化管症状などの一次性液体栄養剤症候群と,褥瘡や廃用,ADLおよび生活の質(Quality of Life;以下,QOLと略)の低下などの続発性液体栄養剤症候群があり1),これらへ対応しながら十分な栄養量を投与しなければならず,家族や介護者にとって大きな負担となる.これら液体栄養剤が抱える問題点に対し,栄養剤の粘度を高めることで合併症の発生を抑える試みが1990年代より本邦より報告され始め3),現在では各メーカーから食品および医薬品として半固形栄養製剤が市販されている.さらに2018年には在宅半固形栄養経管栄養法指導管理料が新設され,在宅医療へも広く普及するに至っている.半固形化栄養剤は高粘度の栄養剤を短時間で十分量注入することにより,①胃食道逆流による誤嚥の防止,②瘻孔からの漏れによる皮膚障害の防止,③下痢,ダンピング症状の防止,④高血糖の予防,⑤体位保持時間の短縮,⑥リハビリテーションの時間確保,⑦褥瘡予防,⑧介護者の負担軽減,⑨経済効果,⑩在宅への容易な移行,⑪日内リズムの正常化などの特徴があり,そのメリットは多岐に渡る1).
半固形の指標としては一般的に粘度が用いられ,mPa·s(ミリパスカル秒) = cP(センチポワズ)単位で表記される.半固形栄養剤としての明確な粘度の定義はないが,胃食道逆流防止の観点からは10,000 cPから20,000 cPの粘度が望ましいという報告1)を背景に,市販の製剤も同等の粘度となっている.これら高粘度の栄養剤を短時間で注入する必要があるため,投与に際しては20 Fr以上の広径栄養チューブが必要とされており4),胃瘻造設が必要となる.そのため,上部消化管術後などの医学的理由で胃瘻造設ができない患者や,胃瘻造設に同意が得られない症例などでの使用は不可である.本症例は胃切除術後であり,高粘度の半固形栄養剤が使用できない状況であったため,細径の経鼻栄養チューブで同様の効果が得られないか模索した結果,2,000 cP程度の中粘度栄養剤を用いた報告例を確認し得たため5–7)これを参考とし,栄養剤はとろみ状流動食F2ショットEJ(2,000 cP)を選択した.これら報告例では2,000 cPもしくはそれ以下の粘度でも最も回避すべき胃食道逆流が認められなかったとしているが,現状では明らかなコンセンサスが得られていないため,本症例では少量から開始し時間をかけて緩徐に増量する方針とした.適切な経鼻栄養チューブの選択に関しても過去検討された報告を参考に8),8 Frから12 Frに変更し加圧バッグを用いて投与し問題なく短時間で使用可能であった.10 Fr以上の口径であれば2,000 cPの短時間投与は可能と報告されている9).また,中粘度栄養剤に関する報告として,胃瘻造設患者に対して自然滴下法で使用し良好な結果が得られた報告もあり10),半固形栄養剤の唯一のデメリットとも言える加圧バッグを用いた煩雑な投与方法の回避の可能性が示されている.合併症も低率で安全に施行可能と報告しており,患者のみならず介護者のQOLの改善も得られるため中粘度栄養剤の有用性を示す貴重な報告と考える.
本症例は胃切除後であったことも問題点であった.われわれが検索した限りでは胃術後症例に対する中粘度経鼻経管栄養報告例は確認されなかったが,胃切除後の半固形排泄能が健常者と変わらないという報告があり11),胃術後であっても一概に短時間での栄養剤注入ができないとは言えず,症例ごとに適応を判断すべきであると考える.
胃切除既往のある褥瘡患者に対して経鼻栄養チューブを用いたとろみ状流動食が奏効した1例を経験した.高粘度半固形栄養剤を用いることのできない症例において,中粘度栄養剤は有用な選択肢となりうると考えられた.
本論文に関する著者の利益相反なし