2024 Volume 6 Issue 3 Pages 139-142
経皮内視鏡的胃瘻造設術(percutaneous endoscopic gastrostomy;PEG)の際,その利便性からバンパー・ボタン型胃瘻カテーテルが選択されることも多い.一方でその形状から交換時の瘻孔損傷による誤挿入が合併症の一つとされている.今回,胃瘻作成約1年後に行ったバンパー・ボタン型胃瘻カテーテル交換時の瘻孔損傷により腹膜炎を発症し,腹腔鏡下手術により胃瘻再造設と腹腔洗浄ドレナージ術を施行した症例を経験した.基礎疾患のある患者に対する治療手段として有用であったと考えられる.
経皮内視鏡的胃瘻造設術(percutaneous endoscopic gastrostomy;以下,PEGと略)は嚥下,摂食障害を有する患者に対する長期間の栄養管理に有用である.使用されるカテーテルはその利便性からバンパー・ボタン型が選択されることも少なくない.今回バンパー・ボタン型胃瘻カテーテル交換時の瘻孔損傷による腹膜炎を発症し,腹腔鏡下手術により治療可能であった症例を経験したので報告する.本報告を行うにあたり,当院の倫理委員会の承認を得ており(承認番号2023-63),「症例報告を含む医学論文および学会研究会発表における患者プライバシー保護に関する指針」を遵守し,ご家族に同意を得た.
51歳,男性.
2. 当院受診理由胃瘻カテーテル交換時の瘻孔損傷.
3. 既往歴2022年もやもや病が原因の脳梗塞.
4. 現病歴脳梗塞を発症後にPEGによりバンパー・ボタン型胃瘻カテーテルが留置され,栄養管理(1,200 kcal/日)が継続されていた.約1年後の胃瘻カテーテル交換時,術者が造設キットを用いて新たなバンパー・ボタン型胃瘻カテーテルを挿入した際に違和感を感じ,体表より細径内視鏡で確認したところ,瘻孔より腹腔内が観察されたため当院に紹介受診となった.
5. 身体所見意思疎通不可,苦悶様表情なし,要介護度5.
気切チューブ挿入中.
身長170 cm,体重60 kg(推定).
血圧138/84 mmHg.心拍数54回/分,酸素飽和度98%,体温36.5度.
腹部は平坦で圧痛は明らかではないが,やや硬い.
6. 来院時血液検査所見炎症反応上昇はなく,貧血も認められなかった.栄養状態も良好であった(表1).
WBC | 4.3 × 103/μL | Na | 133 mmol/L |
RBC | 4.26 × 106/μL | K | 4.5 mmol/L |
Hb | 13.1 g/dL | Cl | 98 mmol/L |
Ht | 37.2% | Ca | 9.4 mg/dL |
Plt | 321 × 103/μL | BUN | 16 mg/dL |
Cr | 0.7 mg/dL | ||
TP | 6.7 g/dL | UA | 4.7 mg/dL |
Alb | 3.6 g/dL | Amy | 70 mg/dL |
AST | 22 U/L | Glu | 107 IU/L |
ALT | 28 U/L | CRP | 0.1 mg/dL |
CK | 72 U/L | ||
LDH | 171 U/L | PT% | 119.6% |
TB | 0.3 mg/dL | PT-INR | 0.91 |
APTT | 24.8 sec |
胃瘻カテーテル先端を腹腔内に認め,腹腔内にairを認めた(図1).汚染腹水や腹腔内脂肪織吸収値上昇は認められなかった(図2).
腹腔内に大量のairを認める.
汚染腹水や腹腔内脂肪織吸収値上昇は認められなかった.
バイタルサインは安定し,炎症反応も陰性で,損傷直後の受診のため腹部CTで汚染腹水は確認されず,腹膜炎としても軽症と判断したが,病態のさらなる悪化を防ぐことと,胃瘻再造設を目的に腹腔鏡を用いた緊急手術を施行した.
9. 手術所見臍部から12 mmポートを挿入し,腹腔内を観察.瘻孔部から飛び出している胃瘻カテーテル先端が確認された(図3).腹腔内の汚染は軽度であった(図4).迷入した胃瘻カテーテルを抜去し,体表瘻孔開口部からガイドワイヤーを胃内に挿入した.麻酔導入後に挿入した胃内視鏡でガイドワイヤーが胃内にあることを確認した.瘻孔部が左季肋部に存在していたため,臍上部の高さで左右腹直筋外側から5 mmポートを挿入後,鮒田式腹壁固定具を用い腹壁と胃壁を瘻孔周囲3か所ナイロン糸で固定し,新規バンパー・ボタン型胃瘻カテーテルを挿入.胃内視鏡で先端が胃内に存在することを確認した.その後,腹腔内を生理食塩水約2 Lで洗浄,左側腹部に挿入したポートからマルチチャネルドレナージカテーテルS®ラウンド型6.5 mmを左横隔膜下に留置し閉創,手術を終了した.手術時間は77分,出血は少量であった.
瘻孔が損傷し,胃瘻チューブ先端が腹腔内から確認された.
腹腔内の汚染は軽度であった.
術後経過は良好.第4病日にドレーンを抜去,第6病日から胃瘻の使用を開始し,第15病日に紹介元に転院となった.
PEGは1980年Gauderer,Ponskyらに報告1)されて以降,嚥下,摂食障害を有する患者に対する栄養確保を目的とした手段として本邦でも広く普及している.また,専用の造設キットの改良もあり,より低侵襲に,より安全に施行されているが,一方で長期使用に伴う合併症の報告も散見される2,3).
使用される胃瘻カテーテルはバンパー型,バルーン型に大別され,前者は一般的には4–6カ月,後者は1–2カ月ごとの交換が望ましいとされているが,Suzukiらによると,本邦における交換時瘻孔損傷による誤挿入は約0.5%と報告されている4).
胃内視鏡を使用しない胃瘻カテーテル交換は,基本的に盲目的な操作であるため常に誤挿入の危険性がある.特にバンパー型胃瘻カテーテルは先端の外径が瘻孔径より大きいことが多く,挿入時に瘻孔を損傷する危険性が指摘されている.玉森らは,胃瘻造設時と比べ交換時は胃内の空気が抜けて胃が頭側へ偏位していることが多く,瘻孔も頭側に向かっていることを考慮に入れ交換する必要があると報告している5).自験例ではカテーテル交換時の違和感を契機に早期に発見されたため,大事に至ることなく救命可能であったが,誤挿入に気づかずに栄養剤を注入した場合,重篤な合併症を引き起こす危険性が高く,死亡例も報告されている6,7).我々の施設ではバンパー型胃瘻カテーテルを使用し,6カ月ごとにX線透視下で交換を行っている.造設キット内にあるガイドワイヤーを使用し胃瘻カテーテルを交換する.その直後に水溶性造影剤を注入し,造影剤が胃内に存在していることを必ず確認し処置を終了している.若林らの報告6)にもあるが,カテーテル挿入時の瘻孔損傷を回避するために,瘻孔やカテーテルにゼリーを塗布し滑りをよくすること,バンパー部分をしっかりと直線化し一気に挿入することを心掛けている.この方法を用い過去4年間で約200例の交換を行っており,幸いにも瘻孔損傷を含めた合併症の経験はない.瘻孔損傷を予防するために交換時に全例胃内視鏡を併用している報告もある6)が,内視鏡操作に慣れていない医療者でも処置が可能で,患者への負担もより少ないという利点がある.
自験例の病態は上部消化管穿孔と同じである.胃瘻カテーテル交換時に瘻孔損傷が判明したために炎症反応は陰性,胃内容の貯留も少なく腹腔内の汚染も確認されなかった.ほぼ同じような状況で外来処置のみで対処が可能であった報告もあるため8)保存的治療も考慮されたが,基礎疾患を有し,病状のさらなる悪化を防ぐことと胃瘻再造設を目的に手術治療を選択した.瘻孔損傷に気づかずに栄養剤を注入された症例では重症の汎発性腹膜炎として緊急手術が行われていて,最近は侵襲の軽減を目的とした腹腔鏡手術の報告が散見される9,10).自験例でも低侵襲を目的に腹腔鏡下手術を選択した.腹腔内の視野の確保,胃瘻再造設,十分な腹腔内洗浄が安全に施行可能であった.上部消化管穿孔による腹膜炎に対し広く行われている手技であり,基礎疾患を有する場合や低栄養の患者に対しても積極的に導入されている.
PEGが行われている患者は一般的に重篤な基礎疾患を有し,低栄養状態である場合が多く,胃瘻カテーテル交換であってもより安全かつ慎重な操作が必要とされる.瘻孔損傷とその後の誤注入は重篤な合併症となる可能性があるため,交換後の確実な確認は言うまでもないが,腹膜炎発症時の腹腔鏡下手術は侵襲の軽減を図るのに有用な治療手段と考えられる.
本論文に関する著者の利益相反なし