2024 Volume 6 Issue 3 Pages 143-148
Stevens-Johnson症候群(以下,SJSと略)に罹患し経口摂取困難となった76歳男性に経腸栄養を開始したところ,refeeding症候群(以下,RFSと略)を発症した症例を報告する.薬疹と低ナトリウム血症にて緊急入院,経時的に口腔粘膜の出血性びらんが増悪しSJSと診断された.入院当初は経口摂取可能であったが,徐々に摂取量は減少し5日間全くエネルギーが摂取できなかった.経腸栄養を開始したところ,開始2日目に血清リン値の急激な低下と深大性呼吸,意識混濁を認め,RFSと診断した.直ちに経腸栄養を中止し経静脈的にリンの補正を行った後,脂肪乳剤併用しながらごく少量からの経腸栄養を再開した.SJSとRFSに対する治療は奏効し寛解に至り,完全経口摂取へ移行できた.経口摂取困難になったSJS患者に経腸栄養を開始するときは,低栄養状態になった他疾患患者と同様,栄養投与開始後の低リン血症に起因するRFSのリスク考慮した栄養療法を行う必要がある.
Stevens-Johnson症候群(以下,SJSと略)は,発熱,皮膚粘膜移行部の重篤な粘膜疹,体表面積の10%未満に汎発性紅斑に伴う表皮の壊死性障害によるびらん・水疱を認める症候群である1).SJSによる口腔内の重篤な粘膜疹や出血性びらんはほぼ必発であり2),口腔内の疼痛や咽頭痛により摂食障害を伴う1)とされている.一方,refeeding症候群(以下,RFSと略)は,飢餓状態にある低栄養患者が栄養を急に摂取したときに,水,電解質分布の異常を生じる病態で,心停止を含む重篤な致命的合併症を認めることがある3).経口摂取困難により低栄養状態となったSJSの患者に1,200 kcal/dayの半消化態経腸栄養剤を投与したところ,RFSを発症した症例について報告する.
76歳,男性.
2. 主訴発熱と全身性紅斑.
3. 既往歴てんかん,慢性アルコール中毒,コルサコフ症候群,甲状腺機能低下症.
4. 患者背景施設入居中で要介護3.
5. 現病歴2021年12月中旬から左側耳介皮膚の発赤が出現,経時的に発赤範囲が拡大し発熱してきたため当院総合内科を受診した.てんかんに対しては,当院初診の約2カ月前からラモトリギン(以下,LTGと略)が単剤投与され,初診時の投与量は100 mg/dayであった.
6. 初診時身体所見身長156 cm,体重37.5 kg,body mass index(以下,BMIと略)15.4,Glasgow coma scale(GCS)15点,体温37.6°C,心拍数99 bpm,血圧111/72 mmHg,呼吸数16 bpmであった.血液検査所見は,WBC 6,200/μL,Neu 89.4%,Lym 5.0%,CRP 5.29 mg/dL,Alb 2.7 g/dL,BS 99 mg/dL,T-Cho 93 mg/dL,電解質は,Kは正常範囲内だがNa,Ca,P,Mgは低値であった(表1).血液培養では,S. aureusが4本中1本から検出された.栄養状態の評価は,controlling nutritional status(CONUT)score4)は10点で高度栄養不良,global leadership initiative on malnutrition(以下,GLIMと略)criteria5)は,①現症の項目は低BMIが該当し,②病因の項目は急性疾患が該当し,重度低栄養の診断であった.なお,施設での喫食状況は,ミキサー食(推定1,200 kcal/day)を全量摂取していたとのことであった.
項目 | 結 果 | 正常範囲 | |||
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第1病日 | 第9病日 | 第11病日 | |||
WBC | 6,200 | 7,500 | 9,400 | /μL | 3,300~8,600/μL |
Nue | 89.4 | 89.5 | 92.9 | % | 40~70% |
Lym | 5.0 | 6.5 | 4.0 | % | 20~50% |
RBC | 322 × 104 | 308 × 104 | 302 × 104 | /μL | 435 × 104~555 × 104/μL |
Hb | 10.0 | 9.6 | 9.3 | g/dL | 13.7~16.8 g/dL |
Ht | 27.2 | 26.5 | 26.2 | % | 40.7~50.1% |
Plt | 15.1 × 104 | 15.3 × 104 | 10.5 × 104 | /μL | 15.8 × 104~34.8 × 104/μL |
Glu(BS) | 99 | 86 | 141 | mg/dL | 73~109 mg/dL |
AST | 39 | 22 | 20 | U/L | 13~30 U/L |
ALT | 19 | 3 | 3 | U/L | 10~42 U/L |
γ-GTP | 22 | 16 | 14 | U/L | 13~64 U/L |
Alb | 2.7 | 2.0 | 1.9 | g/dL | 4.1~5.1 g/dL |
TTR | ― | ― | 2.0 | mg/dL | 23~242 mg/dL |
BUN | 14.7 | 18.9 | 26.4 | mg/dL | 8.0~20.0 mg/dL |
Cre | 0.63 | 0.65 | 0.54 | mg/dL | 0.65~1.07 mg/dL |
Na | 117 | 144 | 147 | mEq/L | 138~145 mEq/L |
K | 4.4 | 2.7 | 2.4 | mEq/L | 3.6~4.8 mEq/L |
Ca | 7.6 | 7.9 | 7.4 | mg/dL | 8.8~10.1 mg/dL |
Mg | 1.4 | 1.6 | 1.9 | mg/dL | 1.8~2.4 mg/dL |
P | 2.2 | 2.2 | 0.7 | mg/dL | 2.7~4.6 mg/dL |
CRP | 5.29 | 18.47 | 10.67 | mg/dL | 0.00~0.14 mg/dL |
薬疹疑いと低ナトリウム血症を認めていたので,総合診療科へ緊急入院となった.管理栄養士は第2病日朝に入院時栄養スクリーニングを実施し,初診時Alb値とその時点で食事指示がなかったことから,中等度の低栄養リスクありと判定するも積極的な栄養介入は行っていなかった.入院時の皮膚科医診察所見は,非特異的な紅斑は全身に散在するが耳介皮膚の発赤やびらんが中心で明らかなtarget lesionはなく,口腔粘膜に紅斑やびらんを認めないので,薬剤過敏症症候群やSJSではないとした.しかし,LTG服用後にSJSを発症した報告例がある6,7)ことから,LTG内服を中止した.第3病日に全身性紅斑の範囲拡大と38.3°Cの発熱を認め,病理組織学的所見以外のSJS診断基準(2016)1)(表2)を満たした.LTGが被疑薬の臨床的SJSと診断,即日ステロイド療法としてプレドニゾロン(以下,PSLと略)40 mg/dayを投与した.血液培養陽性で炎症反応指標が高値なので,翌日からPSLを30 mg/dayに減量した.入院後経時的に食事摂取量が低下し,第4病日には経口摂取が不可能となり末梢輸液のみが投与された.口腔粘膜の出血性びらんは徐々に増悪し痂皮形成が拡大したので,第8病日より免疫グロブリン大量投与療法(以下,IVIgと略)として免疫グロブリン15,000 mg/dayを投与した.第9病日に歯科口腔外科へ口腔ケアが依頼され,依頼時の診察所見は顔面皮膚に多発性紅斑を認め,口唇・口蓋などの粘膜には痂皮が付着し易出血状態であった(図2a,b).歯科医師と歯科衛生士により,局所麻酔薬含有含嗽剤(2%塩酸リドカイン液10 mLと4%アズレンスルホン酸ナトリウム液10 mLと精製水500 mLを混和したもの)とジメチルイソプロピルアズレン軟膏(アズノール®軟膏)を使用し,保湿を中心とした口腔ケアを行った(図3).第9病日にNSTは,「低リン血症によるRFS発症リスクが高いので少量から栄養投与を開始するように.」と主治医へ進言した.しかし,第3病日まで少量だが経口摂取していたので,同日より主治医から一般患者用半消化態栄養剤(E-7II)1,200 kcal/dayが指示された.ところが,入院前低栄養や入院後の摂取エネルギー量低下が考慮されず,管理栄養士からの疑義照会もなく主治医の指示通りに1,200 kcal/dayの経腸栄養投与が開始された.第11病日の血液検査でBS上昇とK低下,Pが0.7 mg/dLと急激に低下し(表1),深大性呼吸と意識混濁を認めたためRFS発症と診断した.直ちに経腸栄養を中止させ,リン酸2カリウムによるPの補正(40 mEq/day)やKの補正(40~60 mEq/day)を行った.Pが上昇したので第12病日より糖質調整半消化態栄養剤(インスロー®)200 kcal/dayで経腸栄養を再開し,ビタミン剤,脂肪乳剤(イントラリポス®輸液 20% 50 mL,100 kcal/day)も投与した.Pを確認しながら栄養投与量を漸増させ,第22病日より経腸栄養補助下に経口摂取を開始,第27病日には完全経口摂取に移行した.また,PSL投与とIVIgならびに口腔ケアが奏効し顔面・口腔内のびらんや痂皮形成は改善,第24病日にSJSは寛解と診断された(図4a,b).その後,意思疎通も可能となり第30病日に退院し入居中の施設へ戻った.
緊急入院日を第1病日とし,採血結果(K・P・Mg・BS)の推移と体温変化のグラフ,提供食と経口摂取量,輸液,投薬,K・P・Mgの補正時期を示す.
* 抗菌薬溶解用の生理食塩水を含む.
主要所見(必須) | |
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1 | 皮膚粘膜移行部(眼,口唇,外陰部など)の広範囲で重篤な粘膜病変(出血・血痂を伴うびらん等)がみられる. |
2 | 皮膚の汎発性の紅斑に伴って表皮の壊死性障害に基づくびらん・水疱を認め,軽快後には痂皮,膜様落屑がみられる.その面積は体表面積の10%未満である.但し,外力を加えると表皮が容易に剝離すると思われる部位はこの面積に含まれる. |
3 | 発熱がある. |
4 | 病理組織学的に表皮の壊死性変化を認める. |
5 | 多形紅斑重症型(erythema multiforme[EM]major)を除外できる. |
副所見 | |
1 | 紅斑は顔面,頸部,体幹優位に全身性に分布する.紅斑は隆起せず,中央が暗紅色のflat atypical targets を示し,融合傾向を認める. |
2 | 皮膚粘膜移行部の粘膜病変を伴う.眼病変では偽膜形成と眼表面上皮欠損のどちらかあるいは両方を伴う両眼性の急性結膜炎がみられる. |
3 | 全身症状として他覚的に重症感,自覚的には倦怠感を伴う.口腔内の疼痛や咽頭痛のため,種々の程度に摂食障害を伴う. |
4 | 自己免疫性水疱症を除外できる. |
a:口唇周囲を中心に顔面全体に紅斑や痂皮の付着を認める.
b:口唇・口蓋粘膜に多数の出血性びらんと血餅付着や痂皮形成を認め,口腔衛生状態は不良.
a:顔面全体にみられた紅斑や痂皮は消失.
b:口唇・口蓋粘膜にびらんや痂皮はなく,口腔衛生状態は改善.
本例のRFS発症要因を検証すると,管理栄養士による入院時栄養スクリーニングでは中等度の栄養リスクありと判定しており,重度低栄養であったとの認識は乏しかったと思われる.また,入院時にはSJSの臨床診断ではなく病状進行に伴う経口摂取困難が予想できておらず,栄養管理計画や栄養介入は通常患者と同等であった.実際には入院前・入院直後は経口摂取可能であったが,入院時のGLIM criteria5)による評価は重度低栄養診断なので入院前すでに低栄養であった.①入院時BMI 15.4,②栄養摂取が5日間以上ごく少量または全くない,③慢性アルコール中毒の既往は,National Institute for Health and Care Excellence(NICE)のRFSリスクに関するガイドラインの項目8)を満たしていた.さらに,SJS診断下にPSL投与とIVIgを開始した後も,口腔粘膜疹が増悪し経口摂取不可となり低栄養が進行したと考えられる.本例の栄養未摂取期間は5日間だが,入院前低栄養を勘案すると,経口摂取不可となった時点で慢性的な半飢餓状態の代謝になっていたと推定される.その状態で1,200 kcal/dayの一般患者用半消化態栄養剤を投与したところ,先にBSの上昇が起こり栄養投与後2日にはPの急激な低下がみられ,深大性呼吸や意識混濁をきたしRFS発症に至ったと考える.本例のRFS発症時期は,栄養投与開始後最初の72時間以内に多いという報告とも一致していた9).
RSF発症後はPやKを補正し,200 kcal/dayの糖質調整半消化態栄養剤投与と併行して,末梢静脈栄養補助として100 kcal/dayの脂肪乳剤を投与した.脂肪乳剤には乳化剤としてリン脂質を含み,20%イントラリポス®輸液250 mLには約4 mmolのPが含まれている.よって,肝機能に問題がなければ脂肪乳剤の投与は糖質以外からのカロリー補充とPの補充に有益である10)と思われる.
RFS発症の原因疾患は,神経性やせ症やアルコール依存症,外科手術後,担がん状態等がある11)が,共通点は発症前の極度の低栄養である3).また,本例のように,当初は薬疹疑いとしていたが経時的に病状が進行してSJSの臨床診断となり,積極的な治療を開始してもSJSは病状が進行する場合もある.SJSによる口腔・口唇の重篤な粘膜疹や出血性びらんはほぼ必発の症状であり2),口腔内の疼痛や咽頭痛のため摂食障害に陥る可能性がある1).SJSでは病状進行に伴い経口摂取が困難となることがあり,入院当初よりも栄養状態が悪化することを想定しておく必要がある.SJSから低栄養を生じた症例報告や,SJSとRFSを併発した報告は渉猟し得なかったが,SJSは口腔粘膜疹に起因する出血性びらんや疼痛により,経口摂取困難をきたし低栄養を生じ得る疾患であると認識すべきである.血中P値が栄養開始後に遅れて急激に低下する場合もある3)ので,経口摂取困難になったSJS患者への経腸栄養は,低P血症に起因するRFS発症リスクを考慮しておく必要がある12).経腸栄養の投与開始量は糖質で5~20 kcal/kg/day8,13)程度とし,脂肪乳剤投与を併用して経時的に漸増する必要があると思われる.
患者情報が不十分で病状が把握できていない中で行わざるを得ない緊急入院患者の初回栄養スクリーニングは,過小評価に陥る可能性がある.緊急入院患者においては,患者情報が揃ってきたところで早急にGLIM criteria5)等を用いて栄養状態の再評価と,血液検査データや病歴等からRFSのリスク評価8)も合わせて実施し,それに基づいた栄養管理計画の立案・修正を行う対策案を提示した.また,食事や栄養投与に関しても指示を受ける側が疑義を持った場合は,必要あればNSTに相談し指示者に対し疑義照会が行える環境を構築した.NST介入患者においては,重度低栄養患者の栄養投与開始前後に必ずP値のモニタリングを行い,必要に応じてPの補正や糖質以外からのカロリー投与を併用する提案を行う方針とした.併せて,RFSの病態や栄養投与に関する教育を医療スタッフへ行っていく必要性があると考えられた.
本論文の概要は,第38回日本臨床栄養代謝学会学術集会において報告した.
稿を終えるにあたり,本例のSJSに対する治療をご担当された医療法人徳洲会岸和田徳洲会病院皮膚科部長石黒真理子先生,本稿へのご助言を賜りました医療法人徳洲会岸和田徳洲会病院歯科口腔外科部長首藤敦史先生に深謝致します.
なお,本報告では「症例報告を含む医学論文および学会研究会発表における患者プライバシー保護に関する指針」を遵守し,症例報告に関して患者本人に説明し同意を得ている.
本論文に関する著者の利益相反なし