Online Journal of JSPEN
Online ISSN : 2434-4966
CASE REPORT
An appropriate route for administration of a selenium-containing supplement for selenium deficiency: A case report
Naoto KukiKako OnoMotoki SugawaraBin YamaokaReina HoshiShunpei GotoTakashi HosokawaShuichiro Uehara
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2024 Volume 6 Issue 4 Pages 189-193

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Abstract

症例は14歳女児.West症候群と脳室周囲白質軟化症による脳性麻痺のために当院小児科をかかりつけとする児である.12歳時に胃食道逆流症状が出現し,精査加療目的に当科に紹介となった.精査の結果,胃食道逆流症とセレン欠乏症の診断となった.胃食道逆流症に対して腹腔鏡下噴門形成術および胃瘻造設術を行い,セレン欠乏症に対して逆流防止術後からセレン含有栄養補助飲料を経管投与した.術後初期は胃からの排出不良を認めたため経胃瘻的空腸チューブでの経管栄養管理を行ったが,低セレン血症の改善は得られなかった.術後2カ月時に同栄養剤の経胃瘻投与が可能となると血清セレン値は正常値になった.消化管を用いてセレン補充を行う際には投与経路によりセレン吸収が不十分となる可能性がある.本症例からはセレンの十二指腸または上部空腸での吸収が重要と考えられ,至適でない投与経路の場合には血清セレン値の改善が不十分となる可能性が示唆された.

はじめに

セレン欠乏症は中心静脈栄養管理下や経管栄養管理下に生じることが報告されている1,2).セレン欠乏症や低セレン血症の疾患概念が周知される前のセレン欠乏の原因は,セレン非含有の栄養剤や栄養補助飲料を用いていることが一因であった3).昨今ではセレンを含有した栄養剤が一般的となり,セレン含有の栄養補助飲料も一般販売され,セレン欠乏症を念頭に置いた経腸栄養管理が行われるに至っている.しかし,今回我々は,セレン欠乏症に対してセレン含有補助飲料を経管投与したが,血清セレン値の正常化がセレンの経管投与開始から2カ月が経過しても得られなかった症例を経験した.そしてセレンの消化管吸収部位を考慮した投与経路の変更を行ったことで,その後にセレン欠乏症の改善を見た.セレンは一般的に十二指腸または上部小腸で吸収されると考えられているが,明確なエビデンスはなく,議論の余地がある.消化管機能障害などの基礎疾患の背景,術後の残存腸管の部位や長さ,栄養剤の成分や投与経路などの要素によって,セレン欠乏症を呈するか否かは異なる.そのためセレンの吸収に関して症例報告から考察できる点は多い.今回,セレン含有の栄養剤を用いた経管栄養管理をしていたにもかかわらずセレン欠乏症が改善されず,セレンの吸収部位を考慮して投与経路を変更したことが有用であった症例を経験したので報告する.

症例

14歳,女児

1. 現病歴

West症候群,脳室周囲白質軟化症による脳性麻痺で生後4カ月より当院小児科に通院中の児であり,経口摂取困難のため経鼻胃管での経管栄養を行っていた.成長に伴って胃食道逆流症状があり,12歳時に精査加療目的に当科紹介受診となった.

2. 既往歴

特記すべきものなし.

3. 初診時身長

120 cm,体重:15 kg.

4. 当科介入までの経管栄養管理の推移

生後4カ月で原疾患の診断を得てから当科で胃瘻造設術を施行するまで,栄養管理は経鼻胃管で行われていた.4歳時までは14%ミルク,7歳時までは半消化態栄養剤であるラコール®(株式会社大塚製薬工場)を使用していたが,7歳時に水様便や肺炎が出現してからは成分栄養剤であるエレンタール®(EAファーマ株式会社)をメインとする栄養管理に変更されていた.その後12歳時に当科に紹介され精査に至るまでのおよそ5年間,セレンの含有されていないエレンタール®で経管栄養管理が継続されていた.

5. 胃食道逆流症の診断

上部消化管造影ではHis角は鈍,腹部食道は短く,McCauley分類II度の逆流を認めた(図1).

図1.初診時の上部消化管造影検査.短い腹部食道(白波線矢印)と気管分岐部までの逆流(白矢印)を認めた.

6. セレン欠乏症の診断

身体所見上,毛髪の黄色変化,爪の白色化とボー線条を認めた(図2).血液生化学検査ではHb 14.8 g/dL,MCV 115.2 fLと貧血は見られなかったが赤血球の大球化が見られた.AST 28 U/L,ALT 12 U/Lと肝機能異常は見られず,CK 153 U/Lと正常範囲内であった.血清セレン値は3.2 μg/dL(<7 μg/dL)と低セレン血症を認めた.甲状腺機能はF-T3 2.54 pg/mL,F-T4 1.22 ng/dL,TSH 0.84 μIU/mLと正常範囲内であった.初診時の血液検査所見を表1に示した.心電図検査では非特異的ST-T変化を認めたが,心エコーでは左室駆出率は60%以上であった.

図2.初診時の身体所見.a:毛髪は黄色に変色していた.b:爪の白色化およびボー線条を認めた(矢印).
表1.初診時の採血結果

項目 測定値 項目 測定値
WBC [/μL] 5,600 Na [mmol/L] 140
Hgb [g/dL] 14.8 K [mmol/L] 4.9
MCV [fL] 115.2 Cl [mmol/L] 100
Plt [/μL] 383,000 Ca [mg/dL] 9.8
AST [U/L] 28 P [mg/dL] 4.4
ALT [U/L] 12 Mg [mg/dL] 2.1
LDH [U/L] 269 Zn [μg/dL] 85
ALP [U/L] 591 TTR [mg/dL] 26.1
γ-GTP [U/L] 20 RBP [mg/dL] 3.1
CHE [U/L] 496
CK [U/L] 153
BUN [mg/dL] 8.5
Cre [mg/dL] 0.35

電解質やセレン以外の微量元素には異常は見られなかった.

以上より,胃食道逆流症の診断で腹腔鏡下噴門形成術および胃瘻造設術を行った.セレン欠乏症の診断基準4)に則りセレン欠乏症のprobable症例と診断し,セレン補充療法の適応と判断した.

腹腔鏡下噴門形成術および胃瘻造設術の術後経過とセレンの投与経路,血清セレン値の推移と体重増加の推移を図にまとめた(図34).術後早期は中心静脈栄養管理を行いながら経管栄養の開始を計画した.しかし胃からの排出不良が見られたため術後1カ月程度は消化管を用いた十分な栄養管理を行うことができなかった.術後1カ月で経胃瘻的空腸チューブを留置(図5)し,エレンタール®による経管栄養を開始した.経胃瘻的空腸チューブの留置後に初めてセレン含有栄養補助食品を用いたセレン補充療法を開始した.セレン補充には,セレン含有量が61 μg/本のセレン含有栄養補助飲料を使用し,1日2本を毎日の経腸栄養に追加した.これは14歳の推奨投与量である30 μg/dayを満たし耐容上限330 μg/dayを超えないものである.

図3.術後の栄養管理およびセレン投与の経路と,血清セレン値の推移.術後1カ月までは中心静脈栄養,術後2カ月までは経胃瘻的空腸チューブでの経腸栄養,術後2カ月以降は経胃瘻的に経腸栄養を行った.経胃瘻的な栄養が確立するまでは血清セレン値の改善が不十分であった.
図4.初診時からの体重と血清セレン値の推移.術後の胃排泄遅延があった時期は体重増加が不十分であったが,その後は緩徐だが増加が得られている.
図5.経胃瘻的空腸チューブ挿入時の消化管造影検査.チューブ先端は上部小腸内に留置されている.

経胃瘻的空腸チューブでのセレン投与では血清セレン値は4.4 μg/dLにとどまり,正常化を得ることができなかった.術後2カ月で胃からの排出不良が改善したため投与経路を経胃瘻投与に変更した.すると血清セレン値は投与経路変更から2カ月で15.7 μg/dLと正常値となった.その後もセレン含有栄養補助飲料を経腸栄養に併用することで血清セレン値の正常範囲を維持することができ,術後1年で毛髪は黒色化が得られた(図6).術後1年では体重が17.8 kg,術後5年が経過した現在は19.2 kgまで増加が得られ,血清セレン値も正常値を維持している(図4).

図6.術後1年の身体所見.変色していた毛髪は黒色化した.

考察

ヒトの生体機能維持に必須とされる微量元素は鉄,銅,亜鉛,クロム,モリブデン,コバルト,マンガン,セレン,ヨウ素の9種類であり,中心静脈栄養管理や特定の経腸栄養管理を行っている患者での欠乏症が報告されている.それぞれの微量元素の消化管における吸収には種々のトランスポーターが関連することが明らかになってきており5),短腸症候群において残存小腸の長さがセレン補充療法の効果に関連するとの報告も見られる6)

セレンはセレノアミノ酸として魚介類や肉類,卵黄などの食物中に存在し,吸収後はセレン化物(HSe)に還元され,アルブミンと結合し血中を運搬されて細胞に吸収される.生体内でのセレンはセレノプロテインとして種々の役割を持つ.これらセレノプロテインはアラキドン酸カスケードにおけるCOX-2活性の抑制や甲状腺ホルモンの合成などに関わり,炎症の抑制や生体内での生理的活動に重要な役割を占める4).セレン欠乏では細胞性免疫の低下や甲状腺ホルモンの不足による成長障害が見られ,心筋症や筋炎による心筋障害や不整脈を生じる.これらの症状のうち心筋障害は重篤な心不全をきたし致命的になり得るため,経腸栄養管理下や中心静脈栄養下では特にセレン欠乏を念頭に置くことが重要である.セレンの吸収部位は,セレン欠乏症の診療指針2018の中で「摂取されたセレン化合物の中で,セレノメチオニンはメチオニンの,セレン酸は硫酸の輸送システムを介して効率よく消化管で吸収される」と記載されるに留まり,微量元素欠乏に関する総説などで「十二指腸や上部小腸で吸収される」と示されてはいるが明確なエビデンスは存在しない.十二指腸や上部空腸で吸収されることを示唆する動物実験7)や消化管術後のセレン欠乏症の報告8,9)があり,これらの報告から,セレンの吸収が十二指腸や上部空腸と認知されるに至ったと考えられる.Nogalesら7)は,十二指腸の粘膜障害動物を用いて,十二指腸のセレノメチオニン吸収効率に影響があることを示した.八木ら8)は胃全摘術,膵頭十二指腸切除術後の長期経腸栄養管理中に発症したセレン欠乏症の4例について報告し,経鼻的十二指腸チューブ,腸瘻チューブでの成分栄養管理で発症したと述べた.これら4例については,経静脈的にセレン補充療法を行い,血清セレン値を正常化させたのちに経口でのセレン補充に移行し,血清セレン値を正常に維持したとしている.この報告の中では経静脈的にセレンを補充した後の経口でのセレン補充において,残存した上部空腸を通過できたことによりセレンが吸収できたことが考えられる.Zadehら9)は病的肥満に対して胃空腸バイパス術を受けた6文献718症例において,低セレン血症の診断基準を6.5 μg/dL(0.75 μmol/L)として,低セレン血症の有病率が術前3~11%から術後2年で11~46%に上昇することを示した.胃空腸バイパス術後の患者では,経口摂取した食事の大部分が十二指腸を経由せず小腸へ流入する一方で,少量が十二指腸を経由することが考えられ,完全静脈栄養患者や経腸栄養患者より有病率が低い可能性が考えられた.Etaniら10)は,腸管機能障害や神経疾患があり,静脈栄養または経管栄養管理されている小児の低セレン血症の治療報告をした.経管栄養されていた小児95例のうち血清セレン値が4.0 μg/dL未満の割合は29%(28/95例)であった.その中で95例の栄養管理をまとめた表では経十二指腸チューブを併用した栄養管理が行われた29例のうち血清セレン値が4.0 μg/dL未満の割合が62%(18/29例)と高かった.上記のような病態ごとのセレン投与の報告の蓄積により,セレンの吸収が主に十二指腸,上位空腸で行われると認識されるに至ったと考えられる.また,山岸ら11)は,セレン欠乏症と診断された2症例のうち,症例1では血清セレン値が2.2 μg/dLと異常低値を示し,経静脈的セレン補充で正常下限前後の低値で維持していた患者に対して,経口セレン補充へ切り替えたところ28日で血清セレン値が正常範囲まで改善したとしている.症例2では,経腸栄養管理下でセレンの投与をしていたが,原疾患の増悪で投与中止していたことから血清セレン値が低値となった患者に,経腸セレン補充を再開できてから25日で血清セレン値が正常値まで改善したと述べている.この報告から,セレン吸収が適切に行われると投与開始から1カ月程度で異常低値を示した血清セレン値が正常範囲まで改善すると期待される.

本症例は術後2カ月間経胃瘻的十二指腸チューブによってセレン含有補助飲料を用いて栄養管理を行った.セレン吸収部位を経由した栄養方法の場合,前述の報告の通りであれば2カ月間セレン補充療法を行うことで血清セレン値は正常値まで上昇すると考えられるが,実際には血清セレン値の上昇は得られなかった.消化管機能障害を疑う基礎疾患はなく,手術で腸管切除もしていないにも関わらずこのように低値を示す理由は,セレンの吸収において重要な部位の消化管粘膜,すなわち十二指腸や上部小腸の粘膜にセレン含有の栄養剤が触れていないことが原因と考えられる.

一方で,術後2カ月以降に胃瘻投与を開始してからは,セレン補充を継続して血清セレン値は正常範囲内まで改善し,術後1年が経過するまでに毛髪の色調も改善をみた.これはセレンの吸収には十二指腸や上部小腸を経由することが重要であり,十二指腸や上部小腸からの吸収が得られるようになったために血清セレン値の改善が見られたものと考えられる.本症例からもセレン投与において十二指腸や上部小腸を使用することの重要性が示唆された.経管栄養施行の際には,セレン含有の栄養剤を使用するだけでなく,至適な部位を経由する栄養投与経路を選択することが重要と考えられた.

結語

セレン欠乏症の経腸栄養管理によるセレン投与において,至適でない栄養経路での投与は血清セレン値の改善効果が不十分となる可能性が示唆された.セレン含有の栄養管理を行う際には十二指腸や上部小腸を使用するような投与経路を選択する必要がある.

 

本論文の要旨は第38回日本臨床栄養代謝学会学術集会(兵庫県神戸市)で発表した.

 

本論文における著者の利益相反なし

引用文献
 
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