Online Journal of JSPEN
Online ISSN : 2434-4966
CASE REPORT
A case of severe hiatal hernia of the esophagus with Wernicke’s encephalopathy and cardiac failure
Kaori ShigemistuMayumi YaoHiromi ImaiShinobu TamuraTami KondoEmi DoiAkikazu UmedaAkihiko Taira
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2024 Volume 6 Issue 4 Pages 195-200

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Abstract

症例は76歳,女性.受診半年前より経口摂取量が減少し5 kgの体重減少,その後歩行障害・咳嗽・見当識障害・構語障害が出現.MRIで中脳水道周囲,視床内側部,乳頭体に両側対称性にDiffusion-weighted imaging(DWI)・Fluid attenuated inversion recovery(FLAIR)で高信号域,血中ビタミンB1低下を認め,Wernicke脳症と診断した.ビタミンB1補充で見当識障害は改善したが,CTで横行結腸とほぼ全胃の脱出を伴う高度食道裂孔ヘルニアによる心肺圧排所見を認めた.心臓超音波検査で左室駆出率低下・拡張障害・肺高血圧を呈し,頻脈性心房細動・低栄養・高度食道裂孔ヘルニアによる心不全と診断した.経腸栄養・リハビリを行いつつ,利尿剤およびβブロッカー貼付剤を開始し,循環動態の正常化・栄養状態改善の後,第27病日に腹腔鏡下食道裂孔ヘルニア修復術を行った.術後経過良好で術後17日目に転院した.Wernicke脳症・心不全をきたした高度食道裂孔ヘルニアに対し,チーム医療により良好な転帰を得た.

緒言

食道裂孔ヘルニアは胃食道逆流症状や経口摂取量減少による栄養障害,脱出臓器による圧迫から心肺機能低下をきたすことが知られている.高度IV型食道裂孔ヘルニアによる栄養障害からWernicke脳症,加えて心肺圧迫により心不全を呈した1例を経験した.

症例

76歳,女性.

1. 主訴

食事量減少,見当識障害,構語障害,歩行障害.

2. 現病歴

10年以上前より食道裂孔ヘルニアを指摘されていた.7カ月前より経口摂取量が減少し時に嘔吐も認めていた.初診時までに5 kgの体重減少あり,4カ月前より記銘力低下・見当識障害,2カ月前より歩行困難となったが近医でのリハビリで一旦改善していた.しかし12日前より全く歩けなくなり,3日前から湿性咳嗽・構語障害が出現し,当院救急外来に紹介され受診.

3. 既往歴

糖尿病,右上腕骨近位端骨折術後,くも膜下出血術後,右乳がん術後,転落事故による消化管穿孔術後.

4. 来院時現症

身長156 cm,体重48 kg,体温36.8°C,意識レベルGCS E4V3-4M6(13–14)血圧140/80 mmHg,脈拍120~160/分,SpO2 91–94%(O2マスク3 L),呼吸回数18回/分.両下腿浮腫および左上肢運動失調を認めた.眼球運動障害はなかった.頻脈のため心音聴診は困難で,両下肺に湿性ラ音を聴取した.

5. 血液検査

WBC 14,400/μL,Hb 11.3 g/dL,PLT 19.3万/μL,BUN 92.8 mg/dL,CRTN 1.83 mg/dL,eGFR 21.4,Na 149 mEq/L,K 4.3 mEq/L,Cl 106 mEq/L,Mg 1.3 mg/dL,AST 1,575 U/L,ALT 2,055 U/L,CK 98 IU/L,LDH 1,463 IU/L,PT 60.3%,PT-INR 1.32,APTT 28.4 sec,BNP 1,364 pg/mL,CRP 3.49 mg/dL,HbA1c 6.2%,Vit B1 7.3 ng/mL(基準値:21.3–81.9 ng/mL),HBs抗原陰性,HCV抗体陰性.

6. 栄養指標

Body mass index 19.7,SGA C,Alb 2.6 g/dL,総リンパ球数1,005/mm3,総コレステロール153 mg/dL,コリンエステラーゼ157 U/L,プレアルブミン(第19病日)14.2 mg/dL.

7. 動脈血液ガス分析

Room airでpH 7.393,pCO2 30.9 Torr,pO2 50.4 Torrと1型呼吸不全を認め,乳酸値は6.9 mmol/Lと上昇していた.

8. 胸部Ⅹ線写真

著明な心拡大および両肺透過性低下,縦隔内への胃の脱出を認めた(図1a).

図1.胸部X線写真

a:入院時

縦隔内への胃の脱出,著明な心拡大と胸水・無気肺による両肺透過性低下を認めた.

b:術前

心拡大および両肺透過性の改善を認めた.

9. MRI

小脳に高信号域あり,脳梗塞の疑いで入院となったが,翌日の読影で中脳背側部(中脳水道周囲),視床内側部,乳頭体に両側対称性に拡散強調像(Diffusion-weighted imaging;DWI)で淡い高信号,Fluid attenuated inversion recovery(FLAIR)で高信号域を認め,Wernicke脳症の典型的な所見を認めた(図2).

図2.入院時頭部MRI

中脳背側部(中脳水道周囲)(白矢頭),視床内側部(白矢頭),乳頭体(矢印)に両側対称性にDWI(図2a),FLAIR(図2b・2c)で高信号域を認めた.

10. CT

両側胸水貯留・下葉無気肺,横行結腸とほぼ全胃の脱出を伴う高度食道裂孔ヘルニア(IV型)を認め,脱出臓器により心肺は圧迫され,両側下葉無気肺および胸水貯留を認めたが,胃捻転および脱出臓器の虚血所見はなかった(図3).

図3.入院時CT(a:水平断,b:冠状断)

横行結腸(*)とほぼ全胃(**)の脱出を伴う高度食道裂孔ヘルニアを認め(ヘルニア門:矢頭),心肺は脱出臓器により著明に圧迫されていた.

11. 心電図

心房細動および150/分の頻脈を認めた.

12. 心臓超音波検査

左室壁運動のびまん性低下を認め,左室駆出率(Ejection fraction;以下,EFと略)は23%と著明に低下していた.左房拡大,中~高度の僧帽弁閉鎖不全症(Mitral regurgitation;MR)も認め,左室充満圧の指標である拡張早期僧帽弁血流速度/拡張早期僧帽弁輪速度(Early diastolic transmitral flow velocity/Early diastolic mitral annular velocity;以下,E/e’と略)も20.2と上昇し拡張障害も疑われた.三尖弁逆流圧較差(Tricuspid regurgitation pressure gradient;以下,TR-PGと略)52.2 mmHgと肺高血圧を認めた.

症候とビタミンB1低値,MRI所見よりWernicke脳症と診断,またCTおよび循環器検査から高度食道裂孔ヘルニアによる心肺圧迫および心房細動による心不全と診断し,治療を開始した.

13. 治療経過(図4

入院直後より心不全に対して循環器内科の介入により利尿剤およびβブロッカー貼付剤が開始され,経鼻栄養チューブを挿入後アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬やエンパグリフロジンも併用となった.ビタミンB1欠乏症によるWernicke脳症に対しフルスルチアミン500 mg/日を4日間,ついで100 mg/日を4日間静脈内投与し,69.9 ng/mLに改善した.低Mg血症に対しても補充を行い,第3病日には構語障害・見当識障害は著明に改善した.高度transaminase上昇は速やかに改善し,栄養障害による一過性上昇と思われた.Nutrition support teamが介入し,週2回の回診で経口摂取量や嚥下状況,排便状況の評価を行った.嚥下評価で誤嚥を認め,経管栄養・嚥下リハビリテーションを開始した.第10病日よりペースト食(日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2-1)全粥で開始,ソフト食(同3)全粥に上げていったが,時に誤嚥を認めたため,十分な経口摂取増量は得られず高濃度経管栄養を併用した.さらに逆流防止のため栄養チューブを空腸まで挿入し,食後しばらくFowler位をとるようにし,徐々に栄養所要量1,200~1,600 Cal/日,蛋白投与量70 g/日まで増量した.呼吸および運動リハビリテーションも行い,軽度構語障害・運動失調は残存したが,Functional independence measureは23点(運動13点・機能10点)から60点(運動39点・機能21点)に改善し酸素投与も不要となった.BNPも速やかに低下し,第40病日にはEF 58%,TR-PG 36.4 mmHg,E/e’ 15.9,トランスサイレチンも21.2 mg/dLまで改善した.心房細動も消失し,胸部X線写真でも心拡大および肺透過性の改善を認めた(図1b).呼吸機能は%VC 38.4と高度拘束性換気障害を認めたが,低酸素血症は改善しており,耐術可能と判断し,第44病日に腹腔鏡下食道裂孔ヘルニア修復術を行った.気腹圧8 cmH2Oで開始,循環動態に問題ないことを確認しながら10 cmH2Oまで上昇させた.開大した食道裂孔から横行結腸と胃を腹腔内に愛護的に還納したが鉗子を離すと胃が容易に再脱出するため,頭高位を強めて短胃動静脈の処理を小網切開に先行させ,食道をテープで捕捉し尾側に牽引した.裂孔を縫縮し,Toupet噴門形成・胃壁前方固定を行った(図5).手術時間は4時間14分,出血量は30 mLであった.術後2日目の造影検査で通過状況を確認し経口摂取を開始した.その後逆流所見や通過障害をきたすことなくほぼ全量摂取したが,軽度見当識障害は残存し,術後17日目にリハビリテーション目的に転院となった.縦隔の脱出臓器があったスペースに術後巨大な漿液腫を形成したが特に症状なくその後自然吸収された.

図4.治療経過
図5.手術所見(腹腔鏡下食道裂孔ヘルニア修復術)

a:開大した食道裂孔(矢頭)より脱出した胃と横行結腸を腹腔内に還納した.

b:Toupet噴門形成

考察

食道裂孔ヘルニアの多くは無症状であるが,時に胃食道逆流症状や経口摂取量低下を認め,高度になると脱出臓器の壊死・穿孔をきたしたり,脱出臓器により肺や心臓が圧迫され呼吸器症状や心不全などの非消化器症状をきたすことがある.しかしWernicke脳症をきたした食道裂孔ヘルニアは非常にまれで,〈Wernicke脳症〉と〈食道裂孔ヘルニア〉をキーワードとしPubmedおよび医中誌で過去20年間で検索する限り,現在までに1例の報告を認めるのみである1).本症例は,頭部MRIの特徴的な所見と,血中ビタミンB1濃度低下から,Wernicke脳症と診断した.Wernicke脳症は,ビタミンB1すなわちチアミンの欠乏により生じるが,ビタミンB1は体内で合成することができず,食事摂取による補給が必要で,全く摂取しないと2~3週間で枯渇する.体内でTCAサイクルに関与するさまざまな酵素の補酵素として作用し,欠乏すると細胞内生合成・ATP合成が低下し神経系・心臓・消化管機能障害をもたらす.意識障害,運動失調,眼球運動障害が古典的三徴であるがすべてが揃うことは16~20%とされ,その診断率は低い2).欠乏の原因としてはアルコール多飲,炭水化物多量摂取,ビタミンを含まない高カロリー輸液などが知られており3),消化管術後の吸収障害,透析やループ利尿薬による排泄亢進などの機序の報告もある4,5).本症例は,これらの病歴や既往がなく,高度食道裂孔ヘルニアによる長期経口摂取量減少が原因と考えた.治療は早期のビタミンB1高用量投与であり,半減期が短いため500 mg/日を1日3回で2日間静脈内あるいは筋肉内投与後さらに250 mg/日を5日間投与6)などの推奨がある.また糖の分解においてビタミンB1の需要が増大するため,糖を先行投与すると病態が一気に悪化することも留意すべきである7).予後は良好とされているが,治療が遅れると記銘力低下や眼振が遷延したり,致命的になることもある.

本症例ではさらに,ほぼ全胃と横行結腸が陥入した巨大ヘルニア内容によるmass effectにより,高度の拘束性換気障害および心エコーで左室駆出率低下・肺高血圧・拡張障害をきたしていた.高度食道裂孔ヘルニアでは心臓の圧排により拡張障害や静脈還流低下をきたすが,心エコーで明らかな左室収縮能低下は認めないことが多いとされている8).ビタミンB1の欠乏による脚気心は,細胞内ATP枯渇・内因性アデノシンの細胞外放出による末梢血管抵抗の低下・左室の過収縮を伴った高心拍出性心不全を呈するとされ9),本症例とは合致しない.しかし本症例では,長期栄養障害・脱水による頻脈性心房細動により左室駆出率も低下していたと考えられ,要因として脚気心は否定できない.脚気心でしばしば肺血流量増加・左室拡張末期圧上昇による肺動脈楔入圧上昇,肺血管攣縮による肺高血圧症を合併する10)ことも本症例に合致している.

手術時期について,横井らは急性の胃軸捻転やヘルニア囊への臓器脱出で急速に心不全・呼吸不全をきたしたり脱出臓器の血流障害が進行する場合は緊急手術が必要となるが,長期にわたり食道裂孔ヘルニアが存在し徐々に心不全が進行したような場合は,緊急手術を避け全身状態をコントロールしてから手術すべきとしている11).手術は,脱出臓器の腹腔内還納,食道裂孔縫縮,噴門形成が推奨されているが,近年鏡視下手術の技術の進歩に伴い,腹腔鏡下手術が増加している12).姫野らは,腹腔鏡手術の際の気腹が循環動態に影響する可能性を危惧しているが13),石橋らは腹腔鏡手術の方が狭い縦隔内のヘルニア嚢内の観察や噴門形成が良視野のもとで行える利点を挙げている8).本症例においては,消化器内科・循環器内科・言語聴覚士・日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士・理学療法士・管理栄養士など多職種により栄養状態や心機能など全身状態の改善をはかった後,腹腔鏡下に手術を行い,術中高度の循環動態の変動もなく術後良好な経過を得ることができた.

結語

Wernicke脳症・心不全をきたした高度食道裂孔ヘルニアに対し,チーム医療により全身状態の改善をはかった後に手術を行い,良好な転帰を得た.

 

本論文は医学研究における倫理的問題に関する見解および勧告,症例報告を含む医学論文及び学会研究発表における患者プライバシー保護に関する指針を遵守している.本論文の内容に関しては,患者・家族からの同意を得ている.

 

本論文に関する著者の利益相反なし

引用文献
 
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