2025 Volume 7 Issue 1 Pages 17-21
当院では3次救急搬送となる重症熱中症患者に対して血中セレン濃度測定を行っており,血中セレン濃度とその臨床的特徴を検討した.
2020年1月から2023年7月の間に当院に3次救急搬送となった熱中症患者のうち,血中セレン濃度測定を行った27例を対象として診療録ベースの後ろ向きコホート研究を行い,血中セレン濃度に加え,血中セレン値が正常下限を下回る症例をセレン低値群として,セレン正常群と低値群との間で患者背景,臨床所見,血液学的栄養状態の指数,治療経過と転機に差が見られるかを比較検討した.
27例中9例(33%)に,血清セレン低下例を認め,セレン正常群と比較して,セレン低値群では有意にalb,ChEが低く(alb:p = 0.01,ChE:p = 0.01),感染合併例が多かった(p < 0.05).
重症熱中症患者では,潜在的な慢性低栄養や感染合併を背景としたセレン低値症例が一定数存在することが示唆された.
本邦における熱中症による死亡者数は年々増加傾向にあり,その内65歳以上の高齢者は86%に上る1).高齢者となるにつれ,室内で発生する非労作性の熱中症が増加し2),発症には環境要因としての高熱や脱水に伴う意識障害の他,脳梗塞や感染症などの自力で動けなくなるような病態やActivities of daily living低下をきたす背景疾患,栄養障害,社会的孤立などが指摘され3),いわゆるフレイルの状態が関与していると考えられる.一方,セレンは抗炎症,抗酸化作用,免疫調整機能の有する微量元素4)であり,感染症,外傷,熱傷,心臓血管外科術後などの重症病態においては血中セレン濃度が低下し,セレン濃度低下例では予後不良となることが既に報告されている5–10).熱中症を含む高温下ストレス状態においても,炎症性サイトカインの誘導により全身性の高炎症状態が惹起されるといわれており3),動物モデルではその全身性の細胞障害に対する保護作用のためにセレンが誘導されることが指摘されている11–13)が,実臨床における熱中症患者の血中セレン濃度については明らかになっていない.そこで当院へ3次救急搬送となった重症熱中症患者において血中セレン濃度を測定し,実臨床における血中セレン濃度を重症熱中症患者の臨床的特徴とともに検討することを目的として,本研究を行った.
2020年1月から2023年7月の期間に堺市立総合医療センター(以下,当院と略)に3次救急搬送となった患者のうち,血中セレン濃度の測定を行った症例を対象とした.
熱中症患者の定義,診断に関しては,日本救急医学会の熱中症診療ガイドライン14)に準じて,暑熱による諸症状を呈するもののうち,他の原因疾患を除外したものとした.
2. 方法上記対象患者において単施設,診療録ベースの後ろ向きコホート研究を行った.対象患者の患者背景[年齢・性別・Body mass index(以下,BMIと略)],臨床所見[深部体温・熱中症重症度・感染合併の有無・臨床的な重症度としてSequential organ failure assessment score(以下,SOFA scoreと略),Acute physiology and chronic health evaluation II score(以下,APATCHE II scorと略)],栄養学的指標(血中セレン・alb・ChE値),転帰(生存・死亡・ICU入室期間・在院日数)を調査した.当院では血中セレン濃度の正常範囲下限を107 μg/Lとしており,血中セレン濃度107 μg/Lをカットオフ値としてセレン正常群と低値群に分け,この2群間において上記評価項目に統計学的な差が見られるかを比較検討した.なお,上記定義におけるセレン低値群は臨床的なセレン欠乏症の定義は満たしておらず,あくまで本研究において相対的にセレンが低値となる症例群として定義した.統計学的な解析においては,カテゴリー変数は症例数と%を記載し,群間比較にはカイ二乗検定(期待度数が5未満の症例が20%以上の場合はフィッシャーの直接検定),連続変数においては中央値と四分位範囲を記載し,群間比較にはU検定を行った.群間比較においてはp値0.05未満を有意差ありと判定し,統計解析ソフトはIBM® SPSS Statistics version 26を用いた.
なお,血中セレン濃度測定に関しては,年齢や背景疾患,搬入時のバイタルサインなどによる選択基準・除外基準は設けずに当院へ搬送となった患者全例で施行している.ただし,搬入時の状況や各医師の判断などにより血中セレン濃度測定が行われないこともあり,必ずしも全例で測定できていないのが実際である.また,血中セレン濃度測定は,患者搬入時にその他の必要な血液検査と同時に行うこととし,搬入後の診察や採血,画像検査の結果を確認した後に必要性を判断して行うことはない.
本研究は施設内倫理委員会の承認を得て行った(承認番号23-390).
観察期間内に当院に3次搬送となった熱中症患者は47例であり,その内血中セレン濃度の測定を行ったのは27例であった.この27例の年齢中央値は76歳,男性16例(59%),BMI中央値は18であった.熱中症重症度は,日本救急医学会分類201514)におけるIII度の重症例(中枢神経症状,肝・腎機能障害,血液凝固異常のいずれかをふくむもの)が24例(89%)であった.また,感染症合併症例が7例あり,その内4例で血液培養が陽性であった.血中セレン濃度の中央値は115 μg/Lと正常範囲内であったが,基準範囲下限を下回るセレン低値例を9例(33%)に認め,血清alb値は6割,ChE値は9割で低値を示していた.死亡例を2例認めたが,在院日数の中央値は2日と経過は良好であった(表1).
| 全体(n = 27) | |
|---|---|
| 年齢 | 76,[61–81] |
| 性別 | |
| 男 | 16,(59.3) |
| 女 | 11,(40.7) |
| BMIa | 18,[14–21] |
| 深部体温 | 39.6,[38.5–40.3] |
| 重症度 | |
| I | 1,(3.7) |
| II | 2,(7.4) |
| III | 24,(88.9) |
| SOFA scoreb | 5,[4–8] |
| APATCHE II scorec | 23,[20–29] |
| 感染合併 | |
| あり | 7,(25.9) |
| なし | 20,(74.1) |
| 血液培養陽性 | |
| あり | 4,(14.8) |
| なし | 23,(85.1) |
| 感染源 | |
| 肺炎 | 3,(11.1) |
| 尿路感染症 | 2,(7.4) |
| 不明 | 2,(7.4) |
| 転帰 | |
| 生存 | 25,(92.6) |
| 死亡 | 2,(7.4) |
| ICUd入室期間 | 0,[0–1] |
| 在院日数 | 2,[1–5] |
| 血中セレン値(μg/L) | 115,[101–138] |
| セレン低値例 | 9,(33) |
| アルブミン値(g/dL) | 3.8,[3.3–4.4] |
| アルブミン低値例 | 16,(59.3) |
| コリンエステラーゼ値(U/L) | 273,[193–330] |
| コリンエステラーゼ低値例 | 26,(96.3) |
カテゴリー変数はn,(%),連続変数は中央値,[四分位範囲]で記載.
表中のセレン・アルブミン・コリンエステラーゼ低値例については,実際の症例数を記載し,全体に対する割合を(%)として記載.
a BMI = Body mass index,b SOFA score = Sequential organ failure assessment score,c APATCHE II score = Acute physiology and chronic health evaluation II score,d ICU = Intensive care unit
セレン低値群と正常群の比較においては,両群間で患者背景や熱中症重症度,SOFA scoreや APACHE II score,最終転帰に有意差を認めなかったが,セレン低値群で有意に感染合併例(血液培養陽性例)が多く,血清alb,ChE値の中央値は低値であった(表2).
| セレン低値群(n = 9) | セレン正常群(n = 18) | p Value | |
|---|---|---|---|
| 年齢 | 76,[72–88] | 76,[59–80] | 0.46 |
| 性別(男) | 7,(77) | 9,(50) | 0.23 |
| BMIa | 15,[14–18] | 18,[15–24] | 0.26 |
| 深部体温 | 38.6,[38–40.4] | 39.4,[38–40.1] | 0.82 |
| 重症度(III度) | 8,(88) | 16,(88) | 1.00 |
| SOFA scoreb | 5,[4–8] | 4.5,[4–7.5] | 0.68 |
| APATCHE II scorec | 22,[21–37] | 23,[20–28] | 0.56 |
| 感染合併あり | 5,(55) | 2,(11.1) | 0.02 |
| 肺炎 | 1 | 2 | |
| 尿路感染症 | 2 | 0 | |
| 感染源不明 | 2 | 0 | |
| 血液培養陽性 | 4,(44) | 0,(0) | <0.01 |
| アルブミン値 | 3.1,[3–3.5] | 4.15,[3.7–4.4] | 0.01 |
| アルブミン低値例 | 8,(88) | 8,(44) | 0.04 |
| コリンエステラーゼ | 177,[154–267] | 311,[225–348] | 0.01 |
| コリンエステラーゼ低値例 | 9,(100) | 17,(94) | 1.00 |
| 死亡 | 1,(11) | 1,(5) | 1.00 |
| 在院日数 | 4,[0.5–9] | 1.5,[1–3] | 0.63 |
カテゴリー変数:n,(%),連続変数:中央値,[四分位範囲]
a BMI = Body mass index,b SOFA score = Sequential organ failure assessment score,c APATCHE II score = Acute physiology and chronic health evaluation II score
今回の検討で当院に搬送された重症熱中症の血中セレン濃度中央値は正常範囲内であったが,約3割で正常範囲下限を下回り,セレンが比較的低値となる症例を認めた.また,これらの症例では有意に感染合併(血液培養陽性例)が多く,アルブミン,コリンエステラーゼ値も低値であった.
当院へ搬送された重症熱中症患者で比較的セレンが低下となった原因としては,背景の栄養障害を反映している可能性がある.当院へ救急搬送となった熱中症患者の特徴として,高齢,やせ,低栄養といった特徴が挙げられる.さらにセレン低値群と正常群との比較では年齢,BMIには差はみられなかったが,アルブミン,コリンエステラーゼ値はセレン低値群で有意に低く,慢性的な栄養障害を背景に有する高齢者が,高温環境下で動けなくなって熱中症に至るケースが考えられた.これまでの熱中症に関する報告でも,主に室内で発生する非労作性熱中症患者の多くが高齢であり,背景の慢性疾患や栄養障害,社会的問題を有するといった特徴を有し,その様な患者では熱中症による死亡リスクが高いといわれている2,3,15).
その他のセレンに影響をおよぼす因子としては,感染合併の結果や高温ストレスに対する反応が考えられる.感染合併の結果についてであるが,感染による全身性の炎症,いわゆるSystemic inflammatory response syndrome(以下,SIRSと略)の状態では過酸化ストレスに対する細胞保護作用でセレン低値を示すことが知られている5).今回の症例では全体でも約25%に感染を認め,セレン低値群ではより感染合併例が多く(約55%),かつ感染合併例は5例中4例で血液培養が陽性であり,血液培養陽性に至るほどの感染,SIRSがセレン低下に寄与した可能性がある.高温ストレスに対する反応に関しては,動物モデルではあるが高温下ストレスによる細胞障害に対する保護作用のためにセレンが動員されることが知られている11–13).今回の症例の中でも,44歳と高齢ではなく,背景の栄養障害もないと思われる感染非合併の労作性熱中症死亡症例においてセレン低値を認めた.このことから死亡に至るほどの熱中症においては,高温下ストレスのみの影響でもセレン低値となる可能性が示唆された.
本研究の最大のリミテーションは,少数例の単施設後ろ向き研究であり,症例も非労作性熱中症の重症例がほとんどで,高齢,やせで背景の栄養障害を有する症例に偏っている点である.また,考察で示したようにセレン低値の原因としては,主に背景の栄養障害を反映した結果と考えられる.感染合併の影響も考えうるが,高温ストレスそのものに関しては,あくまで動物実験モデルからの推測でありどの程度の影響をおよぼすかは不明である.また,セレン血中濃度も中央値は正常範囲内であり,正常範囲下限を下回る程度のセレン低値症例があったものの,臨床的にセレン欠乏症に合致している症例は無く,本研究において血中セレン値が臨床経過におよぼす影響はほとんどなかったと思われる.これらの課題については,さらに症例集積を進めながら検討してゆきたい.
重症熱中症で救急搬送となる患者には,潜在的な慢性低栄養を背景として血中セレン濃度が比較的低値となる症例が一定数存在することが示唆された.
本論文に関する著者の利益相反なし