2025 Volume 7 Issue 1 Pages 23-28
飲酒歴のない40歳男性.Body mass index 26.0 kg/m2.糖尿病性ケトアシドーシス(diabetic ketoacidosis;以下,DKAと略)と急性膵炎の合併で緊急入院となった.中性脂肪1,546 mg/dLと異常高値であり,DKA→糖尿病脂血症→急性膵炎とする一連の病態が推測された.インスリンの持続静注や蛋白分解酵素阻害薬の投与などの初期治療を行い経時的に病態は改善した.脂質異常の病態はV型の表現型を呈する高カイロミクロン血症であると判断し,中鎖脂肪酸(medium chain triglyceride;以下,MCTと略)オイルを併用した脂肪制限食を提供した.インスリン治療と相俟ってカイロミクロンの代謝が進み,V→IIb→IV型の脂質パターンに変化したことがリポ蛋白分画精密測定により確認できた.退院後は糖尿病と高中性脂肪血症に対する包括的管理のために一般的な糖尿病食に切り替えた.本症例では急性膵炎の背景にある糖尿病脂血症の病態を詳細に調査することでさらに適切な治療を提供することが出来た.
急性に糖尿病性ケトアシドーシス(diabetic ketoacidosis;以下,DKAと略)に至った重症の糖尿病患者において著明な脂質異常(I型ないしV型)を呈する例があり,糖尿病脂血症とよばれる1).これはインスリンの高度な不足によってリポ蛋白リパーゼ(lipoprotein lipase;以下,LPLと略)の活性が低下し,カイロミクロンが増加した病態であると考えられている.1型糖尿病患者だけでなく2型糖尿病患者においてもインスリン作用不足などが複合誘因となって出現しうる2).典型例では血清中性脂肪(triglyceride;以下,TGと略)値は1,000 mg/dL以上となり,急性膵炎を併発するリスクが高く3),注意が必要である.
今回,DKAに伴って生じた糖尿病脂血症と,これに続発した急性膵炎の症例を経験した.型通りの初期治療と合わせて,さらに詳細な評価を行うことで病態に合わせた食事療法を提供し,良好な経過を得ることができた.この症例の臨床経過について報告する.
40歳男性.
2. 主訴心窩部痛,嘔吐.
3. 家族歴母親が糖尿病.
4. 既往歴気管支喘息.一般健診で耐糖能異常の指摘あり(治療歴なし).
5. アルコール摂取歴なし.
6. 現病歴2024年1月中旬から食欲不振と心窩部の違和感を自覚するようになった.その1週間後から頻回な嘔吐を伴うようになり救急搬送となった.血液検査の結果(表1)では血糖値709 mg/dL,HbA1c 13.7%と著明高値であり,anion gap開大性の代謝性アシドーシスと尿中ケトン体の増加も認められたことからDKAと診断した.また,血清アミラーゼの著明な上昇に加えて腹部CT所見(図1)から急性膵炎の合併が考えられた.急性膵炎の重症度判定基準のうち予後因子4点との評価から重症膵炎と判断し,集中治療室での入院管理を開始した.
| 脂質・糖 | 生化学 | 静脈血ガス | ||||||
| TC | 583 | mg/dL | BUN | 56 | mg/dL | pH | 7.186 | |
| TG | 1,546 | mg/dL | Cre | 1.91 | mg/dL | pCO2 | 26.8 | mmHg |
| HDL-Cho | 20 | mg/dL | UA | 21.5 | mg/dL | pO2 | 44.7 | mmHg |
| 血糖 | 709 | mg/dL | Ca | 9.6 | mg/dL | HCO3– | 9.8 | mmol/L |
| HbA1c | 13.7 | % | AST | 29 | U/L | B.E. | –16.5 | mmol/L |
| ALT | 56 | U/L | Lactate | 1.5 | mmol/L | |||
| 血算 | LD | 355 | U/L | AG | 21.7 | mmol/L | ||
| WBC | 11.2 | ×103/μL | ALP | 175 | U/L | |||
| RBC | 6.39 | ×106/μL | γ-GT | 117 | U/L | 尿検査 | ||
| Hb | 18.7 | g/dL | T-Bil | 0.5 | mg/dL | 尿蛋白 | (1+) | |
| Ht | 52.1 | % | ALB | 3.3 | g/dL | 尿糖 | (4+) | |
| PLT | 255 | ×103/μL | AMY | 1225 | U/L | 尿ケトン | (2+) | |
| CRP | 30.76 | mg/dL | 尿潜血 | (2+) | ||||

膵頭部を中心に膵腫大と周囲脂肪織濃度の上昇を認める.
腹水なし.胆石形成認めず.腎機能悪く造影不可.
意識レベルJapan coma scale I-1,体温35.4°C,血圧132/105 mmHg,脈拍101/分,呼吸回数21/分,酸素飽和度100%(室内気).
175 cm,79.7 kg,body mass index(以下,BMIと略)26.0 kg/m2,心音・呼吸音異常なし.右上腹部から心窩部にかけて圧痛あり,反跳痛なし,腸蠕動音は減少.
8. 入院後経過(図2)入院時の採血検査(表1)でTG値1,546 mg/dLとの異常が判明し,他に膵炎の発症要因も認められないことから高度脂質異常に続発した急性膵炎が考えられた.
入院時の血清は強乳糜の状態であり,一晩静置して観察したところ上層にクリーム層が認められ,これはカイロミクロンの存在を示す所見と考えられた.また,第2病日に提出したリポ蛋白分画クロマトグラム(図3左)では超低比重リポ蛋白質(very low density lipoprotein;以下,VLDLと略)蓄積も示され,これらを合わせて表現型分類はV型と考えた.甲状腺機能などの内分泌異常は認めなかった(表2).

sAMY:血清アミラーゼ TG:血清トリグリセリド PG:血糖値
BOT:Basal Supported Oral Therapy
P比:蛋白質エネルギー比 F比:脂質エネルギー比 C比:炭水化物エネルギー比
MCT:中鎖脂肪酸

HDL:高比重リポ蛋白,LDL:低比重リポ蛋白,IDL:中間比重リポ蛋白,VLDL:超低比重リポ蛋白
| 結果 | 単位 | 基準値 | |
|---|---|---|---|
| TSH | 0.42 | μIU/mL | [0.35–4.94] |
| FreeT3 | 2.55 | pg/mL | [1.88–3.18] |
| FreeT4 | 1.19 | ng/dL | [0.70–1.48] |
| ACTH | 60.2 | pg/mL | [7.2–63.3] |
| コルチゾール | 28.9 | μg/dL | [4.5–21.1] |
| IgG | 532 | mg/dL | [870–1,700] |
| リパーゼ | 7852 | U/L | [17–57] |
| 抗GAD抗体 | <5.0 | U/mL | [<5.0] |
| IA-2抗体 | <0.6 | U/mL | [<0.6] |
| アセト酢酸 | 3,090 | μmol/L | [13–69] |
| 3-OHBA | 3,843 | μmol/L | [<76] |
| ケトン体比 | 0.80 | ― | |
| アポリポ蛋白A-I | 62 | mg/dL | [119–155] |
| アポリポ蛋白A-II | 5.2 | mg/dL | [25.9–35.7] |
| アポリポ蛋白B | 235 | mg/dL | [73–109] |
| アポリポ蛋白C-II | 30.6 | mg/dL | [1.8–4.6] |
| アポリポ蛋白C-III | 30 | mg/dL | [5.8–10] |
| アポリポ蛋白E | 15.6 | mg/dL | [2.7–4.3] |
| アポEフェノタイプ | E2/E3 | ― | |
| インスリン分泌能検査 | |||
| 尿中C-ペプチド(第14病日) | 25.6 | μg/day | [22.8–155.2] |
| 尿中C-ペプチド(第15病日) | 39.8 | μg/day | [22.8–155.2] |
| 空腹時血清C-ペプチド(第15病日) | 1.9 | ng/mL | [0.8–2.5] |
インスリンの持続静注と大量補液,蛋白分解酵素阻害薬の投与など型通りの初期治療を行い,状態の改善に合わせて第5病日から食事摂取を開始したが,前述のカイロミクロンの存在を鑑みて第9病日からはさらに低脂肪食(1日15 g)に中鎖脂肪酸(medium chain triglyceride;以下,MCTと略)オイルを併用することで総エネルギー量と脂質エネルギー比を調整した(図2).MCTオイルは1包6 gの個包装製品を1日3回毎食1包ずつ提供し,患者自身で主食や汁物に混ぜて摂取した.提供中は特に問題なく継続摂取できており,新たな腹部症状の出現もないことを逐時確認した.
第8病日からはインスリン投与を強化インスリン療法に移行した(インスリンリスプロ各食直前4単位,インスリンデグルデク20単位/日).これらの治療で入院1週間後には随時血糖は100~150 mg/dLまで改善し,TG値も直接的な投薬を要さず238 mg/dL(第9病日)まで改善を認めた.この後,インスリン投与量は漸減し,最終的にインスリンリスプロは中止の上でインスリンデグルデグ6単位/日とメトホルミン1,000 mg/日の内服併用による治療に帰結した.
脂質異常の病態解析を目的として,第11病日にLPLの評価を行った(表3).ヘパリン静注後LPL蛋白量は十分あり,ヘパリン静注後にTG低下を認めることから間接的にLPL活性の存在も推定され,LPL欠損症は否定できると考えられた.アポC-II欠損症も否定的であった(表2).DKAに至るまでのインスリン不足に陥ったことでLPL活性が一時的に低下し,TG分解が抑制され著明な高TG血症を発症した可能性が推測された.退院前に実施した蓄尿検査(表2)では尿中C-ペプチド25~40 μg/dayと相対的なインスリン不足が示唆され,先の推定を支持した.
| 結果 | |
|---|---|
| LPL(ヘパリン静注後) | 154 ng/mL |
| TG(ヘパリン静注前→後) | 225→158 mg/dL |
さらに,第11病日に提出したリポ蛋白分画クロマトグラム(図3右)では,VLDLの蓄積が中心であるIV型の表現型への移行が示されていた.これを受け,退院後は日本人の食事摂取基準2020年版4)を目安としたエネルギー産生栄養素バランス(炭水化物として60%エネルギー程度)の指導へと切り替え,また総エネルギー摂取量は糖尿病を合併した肥満症であることを考慮して1日1,800 kcal(約25 kcal/kg標準体重)の制限として指導した.
脂質異常症を成因とする急性膵炎の頻度は全体の2.3%程度と多くはないが5),血清TG値が1,000 mg/dLを超える場合では急性膵炎の発症率は15~20%にもおよぶため6),正確な評価と対応が必要である.
今回の症例では,先行するDKAに糖尿病脂血症と呼ばれる高度高TG血症を続発した結果として急性膵炎が発症したという因果関係が考えられた.DKAに先行して脂質異常症があった可能性も否めないが,今回のような極端な脂質異常を生じるほどの食事・飲酒歴はなく,また直接的な脂質異常症治療薬の投与を要さずインスリン治療などに反応して著明に脂質パラメータの改善がみられたことなどを考慮すると,先行するDKAに続発した糖尿病脂血症であったと考える方が矛盾がない,と考察した.
糖尿病脂血症の成因としては,インスリン不足によりLPL活性が著しく低下した状態となり,カイロミクロンの異化異常が起こることが示されている7).VLDLの代謝についても,インスリン欠乏によって脂肪細胞の分解が亢進し,血中に増加した遊離脂肪酸が肝臓からVLDLとして再分泌され,さらにカイロミクロンと同様にVLDLの異化障害が加わり,これら双方が高度高TG血症の形成に関わっていると考えられる8).
高TG血症に伴う急性膵炎の治療の主体は血清TG値を速やかに低下させることであり,本邦の急性膵炎診療ガイドラインでは急性膵炎に対する初期治療と合わせて高TG血症に対する栄養療法および薬物療法を優先することを推奨している9).同ガイドラインでは早期経腸栄養の実施が強く推奨されている一方で,高TG血症に対しては栄養療法の手段として絶食の上で静脈栄養管理や脂質制限を行う有用性についても触れられている9).すなわち,急性膵炎の背景にある脂質異常の状態によってはその病態に応じた栄養療法を試みるべき余地がある.
ここで,糖尿病脂血症のような特殊な脂質異常症が膵炎の成因である場合は,そのリポ蛋白分画の増加状態によって治療の戦略をさらに検討すべきと考えた.特に高TG血症の成因がカイロミクロンの蓄積によるものなのか,VLDLの蓄積によるものなのかでアプローチする食事療法のポイントが異なる点に着目した.
まず,高カイロミクロン血症では摂取エネルギー量の適正化と合わせて脂肪摂取量をより厳格に,総エネルギー摂取量の15%以下に制限することが推奨されている10).この際に,脂肪摂取制限のために相対的に糖質の摂取量が増大し血糖管理が難しくなる可能性や,厳格な制限ゆえに総エネルギー摂取量が不足してしまう可能性についても配慮が必要である.この点において,高カイロミクロン血症に対する栄養管理戦略の一つとして調理にMCTオイルを使用することが提案されている11).MCTはカイロミクロンに生合成されることなく門脈を経由して肝臓に取り込まれ,エネルギー源として速やかに利用される性質をもっており,高TG血症の悪化を避けつつ,また糖質摂取量の増加も抑えながら必要なエネルギーを供給することが可能であると考えられる.
一方でVLDL分画の増加が中心の高TG血症においては,炭水化物エネルギー比率に主眼を置いて低めに設定することが推奨されており11),高カイロミクロン血症の場合とは対照的に,炭水化物の一部を脂肪酸に置き換えることで血清TG値が有意に減少することも示されている4).
このような知見に基づき,今回の症例でも逐次変化していく病態と脂質異常の表現型に合わせて絶食・静脈栄養管理→MCTオイルを併用した脂肪制限食→総エネルギー量と炭水化物摂取比率主眼の糖尿病食,と栄養の量だけでなくその質の設定をコントロールし,主病態だけでなく脂質パラメータについても脂質異常症治療薬の投与を要さずに著明に改善することができた.刻々と変化する病態を正確に評価し対応することが,患者の利益につながると思われた.
糖尿病脂血症による高度高TG血症と,それに伴う急性膵炎を合併した症例を経験した.本症例においては相対的なインスリン欠乏による一時的なLPL活性の低下が糖尿病脂血症を発症した要因の一つであったと考えられた.著明な高TG血症では本症例のように重篤な急性膵炎を合併することがあり注意が必要である.脂質異常症の詳細な病態評価により適切な食事療法も提供することで臨床経過の改善に寄与することができる可能性があると考えられた.
本論文は「医学研究における倫理的問題に関する見解および勧告」,「症例報告を含む医学論文および学会研究会発表における患者プライバシー保護」に関する指針を遵守している.
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