2025 Volume 7 Issue 1 Pages 29-35
症例1は74歳女性.幽門狭窄胃がんのため経口摂取不良となり入院した.controlling nutritional status(以下,CONUTと略)スコア7点,プレアルブミン11.8 mg/dLと中等度栄養障害を認め,double elementary diet tube(以下,W-EDTと略)による胃内減圧と経腸栄養(enteral nutrition;以下,ENと略)による術前栄養管理を6日間行った.プレアルブミンは14.6 mg/dLに増加した.腹腔鏡下胃空腸吻合術を施行し,術後合併症なく退院した.症例2は80歳男性.幽門狭窄胃がんの診断で入院した.CONUTスコア5点,プレアルブミン17.2 mg/dLと中等度栄養障害を認め,W-EDTを留置しENによる術前栄養管理を13日間行った.プレアルブミンは21.9 mg/dLに増加した.幽門側胃切除術を施行し,術後乳び瘻を発症したが,脂肪制限食で軽快し退院した.W-EDTは胃内減圧とENを同時に施行でき,幽門狭窄胃がんにおいて栄養状態の改善を見込める有用なデバイスであると考えられた.
幽門狭窄胃がんは腫瘍による狭窄で通過障害が生じ,経口摂取困難,低栄養状態となるため,術前栄養管理が必要となることが多い1).術前栄養管理は中心静脈栄養(total parenteral nutrition;以下,TPNと略)が用いられることが多いが,狭窄部以遠に経腸栄養(enteral nutrition;以下,ENと略)用チューブが挿入できれば,腸管を使用した栄養管理が可能である.一方で胃液などの消化液は胃内に貯留するため,胃内のドレナージは必要になる.
double elementary diet tube(以下,W-EDTと略)はEN投与用とドレナージ用ルーメンが2重管構造になり,ENと胃内減圧が1本のカテーテルで可能なデバイスだが,術前栄養管理に用いられた報告は少ない1).幽門狭窄胃がんに対して,W-EDTによる術前栄養管理が有用であった2症例を報告する.
74歳,女性.
1. 主訴嘔吐.
2. 現病歴2カ月前からの嘔吐を主訴に受診し,幽門狭窄胃がん(cStage IV),腹膜播種の診断となった.皮下埋込型中心静脈ポートを造設し化学療法を行う予定であったが,化学療法開始前に食欲不振,嘔吐が増悪し,経口摂取不良のため入院した.
3. 既往歴左変形性膝関節症,腰椎すべり症,右変形性足関節症.
4. 家族歴なし.
5. 入院時身体所見身長150 cm,体重36.5 kg,body mass index(以下,BMIと略)16.2 kg/m2
6. 入院時血液検査Alb 2.6 g/dL,controlling nutritional status(以下,CONUTと略)スコアは7点で中等度栄養障害を認めた.
7. 内視鏡検査所見(図1a)前庭部にびまん浸潤型の腫瘍と全周性の狭窄を認めた.

胃体部前壁主体に壁肥厚を認めた.
9. 入院後経過(図2)2病日からTPNを開始した.中等度栄養障害のためENとTPNを併用した術前栄養管理を行う方針とし,10病日にW-EDT(CardinalHealth社,図3)を挿入した(図4).11病日からENを開始した.投与エネルギー量は実測体重を用いてHarris-Benedictの式から基礎エネルギー量を算出し,活動係数1.2,ストレス係数1.2として必要エネルギーを1,337 kcal/日と算出した.経腸栄養剤はペプタメン®スタンダードを選択した.栄養管理後の総投与エネルギーは 810~1,520 kcal/日,蛋白質は29~64 g/日を推移した.W-EDTの平均排液量は216 mL/日だった.術前の体重は36.5 kgから35.0 kgに低下,Albは入院時の2.6 g/dLから15病日に2.2 g/dLに低下,CONUTスコアは7から11点に増加したが,プレアルブミンは11病日の11.8 mg/dLから15病日に14.6 mg/dLまで増加した.17病日に腹腔鏡下胃空腸吻合術を施行した.術後3日目から経口的栄養補助(oral nutritional supplements;以下,ONSと略)による経口摂取を開始した.本人の希望に合わせて食事内容を固形に変更し,術後11日目に全粥が摂取できるようになった.術後合併症なく経過し,術後16日目に退院した.

総E:総投与エネルギー,P:蛋白質.

栄養用ルーメン開孔部(矢印),減圧用側管(矢頭).

先端は上部空腸に,減圧用側管は胃内に留置した.
80歳,男性.
1. 主訴食欲不振,貧血.
2. 現病歴受診4カ月前から食欲不振が出現し,徐々に経口摂取量が低下した.訪問診療で貧血を認めたため,内科を受診し入院した.幽門狭窄胃がん(cStage IIIa)の診断で,13病日に外科に転科した.
3. 既往歴特記事項なし.
4. 家族歴なし.
5. 入院時身体所見身長163.1 cm,体重38.7 kg,BMI 14.5 kg/m2
6. 入院時血液検査Alb 3.2 g/dL,CONUTスコアは5点で中等度栄養障害を認めた.
7. 内視鏡検査所見(図5a)幽門前庭部から十二指腸球部にかけて全周性に潰瘍浸潤型の腫瘍を認めた.

胃前庭部に全周性の不正な壁肥厚と胃拡張を認めた.
9. 入院後経過(図6)3病日からTPNを開始されていたが,中等度栄養障害のためTPNとENを併用した術前栄養管理を計画した.必要エネルギーはHarris-Benedictの式で実測体重を用い,活動係数1.2,ストレス係数1.2と設定し1,380 kcalと算出した.15病日にW-EDTを挿入し,16病日からペプタメン®スタンダードによるENを開始した(図7).21病日にENを400 kcalから800 kcalに増量した.栄養管理後の総投与エネルギーは1,240~1,830 kcal/日,蛋白質は48~59 g/日を推移した.W-EDTの平均排液量は247 mL/日で,EN増量後に排液量は最大875 mL/日まで増加したが,下痢,嘔吐は認めなかった.栄養管理により術前の体重は38.7 kgから39.8 kgに増加したが,Albは入院時の3.2 g/dLから26病日に2.7 g/dLに低下,CONUTスコアは5から7点と改善を認めなかった.プレアルブミンは19病日の17.2 mg/dLから26病日に21.9 mg/dLまで増加した.29病日に開腹幽門側胃切除術を施行した.術後1日目から飲水を開始し,術後2日目にONSによる経口摂取を開始したが,術後3日目に乳び瘻が発生した.食事内容を脂肪制限食に変更したことで乳び瘻は改善した.食事内容は徐々に固形に変更し,術後14日目に全粥が摂取できるようになった.術後20日目に退院した.


先端は上部空腸に,減圧用側管は胃内に留置した.
術前の栄養障害は術後合併症や予後悪化につながるため,中等度以上の栄養障害を認める患者は術前栄養療法の適応であり,投与経路の第一選択としてENが推奨されている2).栄養状態を改善することで,感染性合併症発生率の低下や在院期間の短縮,予後の改善に寄与するとされており2),ESPENガイドライン3)では高度栄養障害のリスクを認めた場合,手術を延期してでも10日から14日の栄養管理を行うことを推奨している.自験例は,2症例ともCONUTスコアで中等度栄養障害に,ESPENガイドラインでは高度栄養障害のリスクであるBMI <18.5 kg/m2,血清Alb <3.0 g/dLに該当したため,症例1は6日間,症例2は13日間のTPNとENを併用した術前栄養管理を行った.症例1の栄養管理期間は推奨されている期間より短かったが,cStage IVの胃がんで化学療法の早期開始が望ましかったことや,W-EDTによる患者の苦痛,プレアルブミンが増加したことを考慮し,EN併用による栄養管理開始7日目に手術を施行した.プレアルブミンは15 mg/dL未満で術後合併症の発生率が48.8%と高く,術後合併症の危険因子となり4),また,炎症状態の影響を受けにくいこと,半減期が約48時間と短いことから,急性期の栄養評価に有用と考えられている.自験例では,症例1でプレアルブミンが15 mg/dL以上に達しなかったものの,2症例ともプレアルブミンの増加を認めた.短期間の栄養管理でも適切な介入により,栄養状態の改善傾向もしくは栄養障害の増悪を抑制することが可能であると考えられ,患者の病状を考慮した栄養管理期間を決めることが望ましいと考えられた.
幽門狭窄胃がんは幽門部での通過障害を認めるが,狭窄部より肛門側の消化管機能は保たれているため,狭窄部以遠から経腸栄養剤を投与できれば,ENによる栄養管理が可能である.しかし動物実験において,グルコースや塩酸,ヒスタミンなどが十二指腸や空腸に流入すると胃液分泌が促進されることや,酸やヒスタミン,硫酸マグネシウムが腸粘膜に作用することで,胆汁生成の増加および胃への逆流が増加する報告がある5).腸相胃分泌の機序は不明な点が多いとされているが6),狭窄部を越えてENを行った場合,腸-胃膵胆臓器相関による消化液分泌の亢進1,7)が予測されることに加え,経腸栄養剤の投与により唾液分泌が促進される報告8,9)もある.胃液だけでなく唾液でも胃内貯留液が増加することが予想されるため,狭窄部口側のドレナージは必要と考えられる.自験例では,症例2でEN増量前の平均排液量は46 mL/日であったが,800 kcalに増量後,平均排液量は404 mL/日と増加した.排液の性状は漿液性で,経腸栄養剤の逆流よりも消化液が考えられた.W-EDTは全長150 cm,外径16 Fr,各ルーメンは7 Frの太さで,先端から40 cm口側に減圧用の側孔があるため,ENと同時に胃内減圧が可能である.ドレナージもできるW-EDTは幽門狭窄胃がんの術前栄養管理に有用なデバイスであると考えられた.また2症例とも長期間経口摂取が不良であり,腸粘膜の萎縮が予想された.ENにより下痢をきたすことが考えられたため,術前のENは消化態栄養剤を選択した.結果,術前下痢の合併症なくENが施行でき,術後も下痢の合併症なく経口摂取に移行することができた.
W-EDTを術前栄養管理に使用された報告は少なく,医学中央雑誌で「W-ED」,「術前」をキーワードに検索すると,8例の論文報告を認め,術前栄養管理に使用された報告は7例1,10–15)のみであった(表1).留置期間は14日~3カ月と幅があり,記載があるものでは,いずれもプレアルブミン,CONUTスコアの改善を認めた.幽門狭窄胃がんに使用された報告では,W-EDTの先端は狭窄部を越えて留置されているが,抜去困難となった報告はなかった.
| 著者 | 年齢 | 性別 | W-EDT 挿入期間 |
留置中の合併症 | プレアルブミン 栄養管理前/後(mg/dL) |
CONUTスコア 栄養管理前/後 |
術後合併症 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 柴田ら | 72 | M | ― | ― | ― | ― | なし |
| 平川ら | 67 | M | 3カ月 | 潰瘍 | ― | 6/2 | なし |
| 三松ら | 94 | F | 48日 | 事故抜去・嘔吐 | 7.8/13.1 | 7/5 | なし |
| 友松 | 68 | M | 60日 | 嘔気・下痢 | ― | ― | なし |
| 松井ら | 67 | M | 14日 | ― | 16.4/― | ― | なし |
| 望月ら | 65 | M | ― | ― | ― | ― | なし |
| 関ら | 60代 | M | 14日 | なし | 8.0/16.5 | 7/6 | なし |
| 症例1 | 74 | F | 7日 | なし | 11.8/14.6 | 7/11 | なし |
| 症例2 | 80 | M | 14日 | なし | 17.2/21.9 | 5/7 | 乳び瘻 |
―:記載なし
W-EDTの欠点として,内視鏡や透視を用いた挿入が必要であることや,外径が太く挿入後の違和感が強いこと,分岐部で各ルーメンが捩れ,ドレナージ不良となることがあげられる.当院では透視下で経鼻内視鏡を用い,ガイドワイヤーを幽門狭窄部から上部小腸に挿入してW-EDTを留置した.操作中に腫瘍から出血するリスクもあるため注意を要する.
経鼻経管栄養チューブの材質は,シリコン,ポリウレタン,塩化ビニルが使用されている.塩化ビニル製の場合,フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(以下,DEHPと略)を含んでいると,1週間以上の留置でDEHPが溶出しカテーテルが硬化するため,留置期間を7~10日と推奨している製品もある1).今回使用したW-EDTは,胃内留置部にはDEHPを含まない無可塑性ポリ塩化ビニルが使用されているため,留置中の硬化が起こりにくく,2~4週間の留置が可能である.また,W-EDT のEN投与用ルーメンは7 Frと細径である.自験例では症例2で,消化態栄養剤のほかに溶性ピロリン酸第二鉄(インクレミン®シロップ)と酪酸菌(ミヤBM®)を簡易懸濁法で投与した.投薬による閉塞は起こらなかったが,栄養剤による蛋白質のcurd化や薬剤投与により閉塞する可能性はあり注意が必要である.
W-EDTは胃内減圧とENを同時に施行でき,幽門狭窄胃がんにおいて栄養状態の改善を見込める有用なデバイスであると考えられた.
本報告の要旨は第39回日本臨床栄養代謝学会(2024年2月,横浜)において報告した.
本報告は「医学研究における倫理的問題に関する見解および勧告」,「症例報告を含む医学論文および学会研究会発表における患者プライバシー保護に関する指針」に遵守し,患者に同意を得た.
本論文に関する著者の利益相反なし