2023 Volume 52 Issue 2 Pages 57-66
One of the important roles of conservation genetics in planning conservation strategies for threatened or endangered species is to assess aspects of genetic diversity throughout the distribution range of the target species using appropriate genetic markers. Based on the results of such surveys, ESUs (Evolutionarily Significant Units) and MUs (Management Units) to which actual conservation efforts should be focused will be established. On the other hand, even for “common species” that are distributed over a wide geographic range and frequently seen in the field, a genetic survey over the entire distribution range may reveal the existence of cryptic species and populations of threatened status within each cryptic species. The common freshwater shrimp Palaemon paucidens (sensu lato) which is distributed in almost all areas of the Japanese archipelago, has revealed the existence of two cryptic species called A and B types, respectively. This paper first reviewed the history of the discovery of these two types, beginning with allozyme analysis, and the comparative studies between the types. Then, the geographical distribution of the lineages within each type and the results of the investigation of the occurrence of reproductive isolation between lineages revealed by more recent DNA analyses were introduced, as well as the status and ecological and genetic characteristics of the third type (C type) newly discovered on Amami-Oshima Island. Finally, we discussed the importance of research on genetic diversity of “common” species, which are often underestimated for conservation issues.
絶滅が危惧あるいは懸念される種の保全方策を立案する上で保全遺伝学が果たすべき重要な役割の一つとして、対象種の分布域全体での遺伝的多様性の様相を適切な遺伝マーカーを用いて明らかにすることが挙げられる。この調査結果に基づいて実際の保全努力を傾けるべき進化的重要単位(ESUs)や管理単位(MUs)が設定されることになる。一方、広い地理的範囲に分布し、野外で頻繁に出会うことのある「普通種」であっても、分布域全体にわたる遺伝学的な調査を実施することによって、隠蔽種の存在やそれぞれの隠蔽種中に絶滅が危惧されるような状態の集団が存在していることが明らかにされる場合がある。日本列島のほぼ全域に分布する普通種「スジエビ」Palaemon paucidens(sensu lato)には、A タイプおよび B タイプと呼称される隠蔽種が存在することが明らかにされている。本稿では、先達のアロザイム分析に始まるこれら2タイプ発見の経緯やタイプ間の比較研究の歴史をまず振り返る。そして、最近の DNA 分析によって明らかにされたタイプ内系統の地理的分布および系統間の生殖隔離の有無を検証した結果や、奄美大島で新たに見つかった第3のタイプ(Cタイプ)の生息状況と生態的・遺伝的特徴について紹介し、保全上軽視されがちな「普通種」においても遺伝的多様性に関する研究がなされることの重要性について論議する。なお、「スジエビ」の複数のタイプの分類学的位置付けについてはまだ整理が完了していない。そのため、広義のスジエビ(すなわちスジエビ種群)あるいは、調査の時点でタイプが明確にされていない標本を指す場合には「スジエビ」として記述する。
いわゆる普通種の「スジエビ」であるが、生態学的に興味深い発見がなされたのは1980年代のことである。Nishino1)はサハリンや択捉島を含む全国各地の「スジエビ」集団の一腹卵数と卵のサイズ(体積)を調べ、顕著な地理的変異があることを発見した。高緯度になるほど卵サイズは大きくなり卵数が少なくなるという特徴が見られたが、琵琶湖の集団では他の集団に比べて著しく卵サイズが小さく卵数は多くなっており、このような変異は高緯度地域における低水温や琵琶湖内の特殊な環境への適応の結果によるものと考察した。この現象は適応進化における繁殖戦略を考える上で興味深く、「スジエビ」が生態学の研究材料として脚光を浴びる契機となった。
Nishino1)から4年後、Chow and Fujio2)は、アロザイム分析により、仙台市の広瀬川や名取川に生息する「スジエビ」の中に遺伝的に異なった2集団があることを発見した。上流の集団と下流の集団では保有する対立遺伝子が異なっており、両者が混在する地点においても各集団に特徴的な対立遺伝子をヘテロ型で保有する個体(つまり雑種個体)が検出されないため、それぞれ別種であることが示唆され、上流の群を A タイプ、下流の群を B タイプと便宜的に名付けた。Chow et al. 3)は2タイプの交配実験を行い、同じタイプのオスとメスでは交尾が行われ、産出された卵は正常に発生するが、異なったタイプ同士では交尾そのものが行われないか、稀に交尾が行われても卵が発生しないことを確かめ、2タイプはやはり生殖隔離された別種であることを示した。さらに張・藤尾4)は、飼育実験により、B タイプのゾエア幼生が海水の混ざった飼育水中でしか生存・成長できないのに対し、A タイプのゾエア幼生は飼育水が淡水であってもある程度海水が混ざっていても生存・成長できることを見出した。この結果は B タイプが両側回遊性の生活史を持つことを意味してはいるものの、A タイプの生活史については類型化することが難しく、幼生が淡水と汽水を問わず生存・成長できるいわばオールマイティな生活史を持っていることを示唆している。この示唆は、B タイプが海に直接注ぐ河川でしかみられないのに対し、A タイプは様々な水域でみられるという野外の観察結果3)と整合的である。また、Chow et al. 3)は、A タイプの集団間の遺伝的分化は B タイプに比べて大きく、琵琶湖の A タイプは他地域の同タイプに比べて特異な遺伝的分化を遂げていること、卵サイズ(体積)は B タイプに比べて A タイプでは個体群間のばらつきが大きいこと、額角下縁歯数をはじめとした形態形質にもタイプ間で若干の違いがあることを報告した。その後、Fidhyany et al.5)は、2タイプを個体レベルで確実に識別できるアロザイムを発見し、Fidhyany et al. 6)およびフィジィアニ・木島7)は、タイプ間の形態および海水耐性の差異や、同じ A タイプであっても地理的に離れた集団の個体同士では交尾の成功率が低いことを示した。また、池田ら8)は各地の B タイプ集団の遺伝的多様性をアロザイム分析によって調べ、集団間の地理的距離と遺伝的距離には正の相関があり、両側回遊性の B タイプであっても広い地理的スケールで見た場合には有意な遺伝的分化が生じていることを報告した。しかし、この報告を最後に「スジエビ」の遺伝的多様性に関する研究はしばらく途絶えた。
途絶えていた「スジエビ」の遺伝的多様性に関する研究は、張ら9)によって四半世紀ぶりに再開された。張ら9)は北海道から奄美大島に至る153の地点から「スジエビ」を集め、核ゲノム中の18S rRNA のマルチプレックス PCR によって2タイプを判別する方法によって、2タイプの詳細な地理的分布を調べた。その結果、両タイプは日本全国に分布しており、やはり雑種は見られないこと、A タイプが様々な水域に生息している一方で、B タイプの生息は主に河川の下流域に限られていることをより確かなものにした。また、張ら10)はミトコンドリア DNA(mtDNA)の16S rRNA の一部領域の塩基配列分析により各タイプ内の遺伝的分化を調べ、A タイプでは地域ごとのハプロタイプのまとまりが見られない一方で、B タイプでは地域ごとにハプロタイプがまとまっている傾向を見出した。さらに奄美大島の集団が特異な遺伝的分化を遂げていることが判明し、これを C タイプと名付けた。なお、地域的なまとまりのみられない A タイプでは、琵琶湖の集団が高頻度で保有しているハプロタイプが全国各地で検出された。琵琶湖のスジエビ( A タイプ)の移殖放流に関する公式記録はほとんどないが、釣り餌や食用として用いられるため、各地に移殖放流がなされた可能性は高いと考えられる。また、意図的ではなくてもアユをはじめとする琵琶湖産淡水魚の移殖を介して分布拡大した可能性も指摘されている10)。一方、B タイプには、日本海沿岸から東北地方太平洋側の三陸海岸沿岸に分布する B-I 系統と、太平洋側の仙台湾沿岸から屋久島まで分布する B-II 系統が存在し、B-II 系統はさらに2つのサブ系統(B-IIa と B-IIb)に分かれることが明らかにされた11)。
このように「スジエビ」について新たな知見が集積される一方で、東京農業大学を中心とするグループが宮城県気仙沼周辺の河川に生息するスジエビを新種キタノスジエビ P. septemtrionalis として記載した12)。キタノスジエビは、第2胸脚の鉗脚が比較的長いという特徴を持ち、その mtDNA(16S rRNA の部分配列)は DNA データバンクに登録されている「スジエビ」の mtDNA の塩基配列とも明らかに異なっていた。この報告と相前後して Chow et al.13)は、オランダの国立民族学博物館に収蔵されているスジエビ P. paucidens のホロタイプ標本の DNA 分析を行い、A タイプであることを明らかにした。さらに張ら11)は、キタノスジエビの DNA 配列が B-I 系統の中に含まれることを報告した。これらの結果をもとに、A タイプ、B タイプ、キタノスジエビの分類学的位置付けを検討してみると、A タイプが狭義のスジエビで、B タイプがキタノスジエビということになりそうである。一方、キタノスジエビの記載の根拠とされた形態的特徴は成長に伴って顕在化する形質であることが指摘されており11)、体サイズが小さい場合にはキタノスジエビを他の「スジエビ」から識別することができないことを意味している。日本列島とその周辺に分布する「スジエビ」は、遺伝的に異なるA、B、Cの3タイプまたはA、B-I、B-II、Cの4タイプの種群から構成されていることは確かであるが、これらを種として定義する段階には未だ至っていない。
私たちの研究室は、牡鹿半島の付け根にある女川町に位置する。この牡鹿半島の沿岸には北からの親潮(千島海流)と南からの黒潮、日本海を北上する対馬暖流が津軽海峡を経由して太平洋側に流れ込む津軽暖流の3つの海流が出会っている。また、日本海は、前期更新世(260万年前)以降、氷期の海水面の大きな低下により日本列島と大陸の間に陸橋が形成あるいはそれに近い状態となり、複数回にわたって太平洋とは隔離されてきた14,15)。氷期後の温暖化により海水面が上昇すると、長期にわたって日本海に閉じ込められていた個体群が津軽海峡の成立と津軽暖流によって太平洋側に運ばれることになる。長期にわたって隔離されていた集団が再び出会った時、交配して子孫を残せるのか、あるいは生殖的隔離が生じるのかどうかは種分化の問題に関わる大変興味深い課題である。日本海の隔離が契機となって、日本海側と太平洋側の集団間に大きな遺伝的分化が生じ、太平洋側で2系統が二次的に接触している例としてはイトヨ16)、シロウオ17)、アゴハゼ18)が挙げられる。これらのなかにはイトヨ16)のように生殖隔離が生じている場合もあれば、シロウオ17)やアゴハゼ18)のように2系統間で交雑が生じ、交雑帯が形成されている場合もある。「スジエビ」に目を向けると、B タイプのミトコンドリア DNA 分析により、B-I 系統が日本海沿岸から東北地方太平洋沿岸の牡鹿半島付近まで、B-II 系統が太平洋側の仙台湾沿岸から屋久島まで分布することが示されている11)。B-I と B-II 間の分岐年代を計算すると、日本海の隔離が起きた前期更新世の時期に相当する約200万年前となり、B-I は日本海の隔離によって生じた系統と見なすことができそうである。B-I と B-II の分布が接しているのは東北太平洋側の三陸地方南部から仙台湾北部であり、張ら11)は、調査個体数は少ないながらも、牡鹿半島において B-I と B-II が混在する1河川を見いだしている。私たちは、B-I と B-II が同所的に生息している河川をさらに見つけ出すことができれば、両系統が混在する集団の遺伝学的調査を行うことで、両系統間の生殖隔離の有無を検証できると考えた。そこで牡鹿半島を含む東北地方太平洋沿岸における44の河川で B-I および B-II の分布調査を実施した。得られた全ての標本について、張ら9)のマルチプレックス法によるタイプ判別を行い、B タイプと判定された個体の 16S rDNA と CO I のシーケンスおよび系統解析を行って B-I と B-II 系統の出現頻度を調べた。その結果、張ら11)と同様に B-I が下北半島から三陸海岸南部まで、B-II が仙台湾沿岸でそれぞれ卓越しており、牡鹿半島の2河川と南三陸の1河川で両系統がある程度高い頻度で出現することを見出した(Fig. 1)。なお、両系統の出現頻度には地理的勾配がみられず、南三陸や牡鹿半島付近では、混在する河川とどちらか一方しか出現しない河川がモザイク上になっていた。この結果は、少なくとも両側回遊性の B-I と B-II が沿岸域を通じて大きな分散をしておらず、その分散規模は生息河川を中心として限定的なものになっていることを意味している。しかし、なぜ牡鹿半島以北で B-II が卓越する集団が存在しているのかについては今のところ不明である。

Fig. 1. Geographic distribution of the B-I and B-II mitogenome lineages of Palaemon paucidens (sensu lato) along the Pacific coast of the Tohoku region, Japan (Takeda and Ikeda, unpublished data).
同一河川に生息する B-I と B-II の間で生殖隔離あるいは交雑が生じているかどうかを明らかにするためには、mtDNA の分析だけでは不充分で、核 DNA の分析を行う必要がある。そこで、ゲノムワイドな SNP 分析法の一つである GRAS-Di 法(トヨタ自動車)19)により、両系統が出現する河川の集団を含めて核 DNA の解析を行った。得られた 14,359 SNPs を使用して ADMIXTURE 解析20)を行った結果を Fig. 2 に示す。最も高い対数尤度で支持された祖先クラスター数(K)は2であった。それぞれ B-I および B-II に対応すると考えられるクラスターIと II の分布は、mtDNA 分析により明らかにされた両系統のハプロタイプの分布とよく一致しており、東北地方太平洋沿岸の北部ではクラスターIが、南部ではクラスターII が卓越していた。2系統が混在する集団(相川、淀川、大原川)のうち、淀川と大原川では全ての個体がクラスターIと II を保有しており、雑種集団を形成していると考えられた。一方、相川では両クラスターを保有する雑種個体も検出されたが、クラスターII のみを保有する個体が半数以上を占めていた。このことは、相川では両系統の交雑が一部で生じてはいるものの、純粋な B-II 系統の個体がまだ多く存在しており、雑種集団化の初期の段階にあることを意味している。このような状態にある集団は、雑種集団化のダイナミクスを探る上で非常に興味深い。なお、雑種個体が保有する mtDNA のハプロタイプには B-I と B-II のいずれもが検出されており、系統間の交雑に関して方向性はないものと考えられた。

Fig. 2. Result of ADMIXTURE analysis including the sample populations possessing B-I and B-II mitogenome lineages of Palaemon paucidens (sensu lato). The analysis was based on 14,359 SNPs detected by GRAS-Di sequencing technology (Takeda and Ikeda, unpublished data).
以上の結果から、「スジエビ」 B タイプ中の B-I と B-II 系統は比較的大きな遺伝的分化を遂げてはいるものの、2系統が混在する地域では系統間の生殖隔離は生じておらず、交雑が起きていることが示された。したがって、B-I および B-II 系統の分類学的位置付けとしては、両系統は同一種であり、今後、形態的な差異が見つかれば、亜種として扱うのが適切であろう。
琉球列島における「スジエビ」の分布に関しては、コイなどの移植導入に伴って非意図的に放流されたことが疑われている沖縄島のダム湖の例21)を除いて、自然分布はしていないものと考えられてきた。鈴木ら22,23)は、奄美大島南東部の嘉徳川を含む4河川で「スジエビ」の生息を確認したが、採集された「スジエビ」は少数かつ小型の個体ばかりで、抱卵個体を含む成体が含まれていなかったため、屋久島など本来生息している近隣の島嶼から海を渡って偶来した可能性も指摘されていた23)。一方、張ら10)は嘉徳川で採集された「スジエビ」10個体の 16S rRNA の塩基配列を日本列島の標本集団とともに調べ、単一のハプロタイプしか検出されないものの、日本列島各地の A タイプや B タイプ集団のハプロタイプとは塩基置換率にしてそれぞれ6.8%および5.5%異なっており、これらの値がコエビ下目の同種内の値(0-2%)と比較しても明らかに大きいことから、A タイプと B タイプに続く第3のタイプとして C タイプと名付けた。しかし、張ら9)の 18S rRNA のマルチプレックス PCR によるタイプ判別では、嘉徳川の「スジエビ」が A タイプであることが示されており、C タイプと他の2タイプの遺伝的類縁関係については不明な部分が残されていた。そこで、私たちは、奄美大島の「スジエビ」の生息状況についてさらに詳しい知見を得るため、奄美大島および加計呂麻島の34河川37地点で「スジエビ」の分布調査を行い、採集できた「スジエビ」について核 DNA の 18S rDNA のマルチプレックス PCR によるタイプ判別および mtDNA の 16S rRNA の塩基配列分析を行い、張ら9,10)との整合性を確認した上で 18S rRNA の塩基配列を調べ、核 DNA レベルでの3タイプ間の遺伝的類縁関係についても検討した24)。その結果、「スジエビ」の生息を確認できたのは嘉徳川のみであったが(Fig. 3)、それまでに見つかっていなかった大型の抱卵雌を含めて様々なサイズの個体を採集でき(Fig. 4)、この「スジエビ」が嘉徳川だけで個体群を形成し、再生産していることが示唆された。採集できた27個体全てについて DNA 分析を行った結果、mtDNA 分析では2個のハプロタイプが検出されたが、これらは A タイプや B タイプとは明らかに異なったクレードを形成し、張ら10)の定義した奄美大島固有の C タイプであることを確認できた(Fig. 5A)。18S rRNA のマルチプレックス PCR の結果は、C タイプが A タイプと同じ増幅断片パターンを示したが、断片の塩基配列を決定し、他の2タイプ間との系統関係を調べた結果、やはり A タイプや B タイプとは異なっていることが示された(Fig. 5B)。分岐順序が mtDNA の場合とは異なったが、これは 18S rRNA の塩基配列中の塩基置換サイトが少ないことに起因していると考えられる。核 DNA レベルでの3タイプ間の系統関係については今後の課題である。
この調査によって抱卵雌を初めて採集できたが、これらから孵化したゾエア幼生について海水要求性の有無を調べることができれば、C タイプが両側回遊性なのか陸封性なのかといった生活史についての知見を得ることができると考えられた。そこで、採集できた抱卵雌2個体を奄美大島から私たちの研究室まで宅配輸送し、幼生を孵化させて飼育実験を試みることにした。残念ながら1個体は死着であったが、生着した虎の子の1個体からは無事に幼生を孵化させることができ、アルテミア幼生を餌としながら、様々な海水濃度の飼育水中での生残率を比較した。その結果、淡水では孵化後5日以内に全滅したが、100%海水中では30日目まで、70%海水中では55日目まで、30%海水中では36日目まで脱皮を繰り返しながら生残した。ポストラーバには至らなかったものの、C タイプのゾエア幼生の生残と成長のためには海水が必要なことは明らかで、B タイプと同様に両側回遊性の生活史を持っていることが示唆された24)。

Fig. 3. Map showing rivers in Amami-Oshima and Kakeroma Islands where sampling of Palaemon paucidens (sensu lato) was attempted (from Takeda and Ikeda24)). The C type is possibly only inhabited in the Katoku River.

Fig. 4. Various sizes of the C type collected in the Katoku River (from Takeda and Ikeda24)).

Fig. 5. Phylogenetic relationship among mtDNA 16S rRNA haplotypes (A) and nuclear 18S rRNA alleles (B) detected from the three types of Palaemon paucidens (sensu lato) and P. sinensis (from Takeda and Ikeda24)). Scale bar indicates rate of nucleotide substitutions. Numbers adjacent to nodes indicate 1000 bootstrap probabilities (%). Bayesian divergent times (Ma: million years ago) and the 95% confidence intervals (in parentheses) for the three types are indicated by arrows. Abbreviations in brackets refer to Takeda and Ikeda24).
16S rRNA の系統樹における「スジエビ」全体の共通祖先からの 3 タイプの分岐順序と分岐年代(95%信頼区間)は、まず A タイプが 4.91Ma(3.56-6.27 Ma)、次に C タイプが 3.18 Ma(2.20-4.19 Ma)、そして B タイプの B-I と B-II が 2.09Ma(1.30-2.92 Ma)となった。信頼区間を含めたこれらの分岐年代は新第三紀中新世末期(7.246-5.333 Ma)から第四紀前期更新世(1.8-0.78 Ma)に相当する。この期間は、中新世前期以降、沈み込みによる大陸辺縁の分離が活発化して生じた古日本海の拡大が終息し、日本列島が現在の配置に近い状態になったと考えられている25)。また、後期中新世以降の沖縄トラフの拡大に伴い、大陸と奄美大島を含む中琉球・南琉球の間が開いてトカラ海峡や慶良間海裂が形成され、中琉球に遺存固有的な陸生生物相が形成されたのもこの期間である26)。「スジエビ」 3 タイプの分化には、このような日本列島や琉球列島の地史が深く関係していると考えられる。特に C タイプは、生活史に関してオールマイティなA タイプが全体の共通祖先から最初に分岐した後で、両側回遊性の C タイプが同じ両側回遊性の B-I や B-II よりも先に分岐しており、「スジエビ」における生活史の多様化とその進化的意義を探る上で重要な位置にあると考えられる。
「スジエビ」3タイプの分類学的位置付けについてであるが、A タイプと B タイプは自然環境の中で生殖隔離されており、別種とするのが妥当である。Palaemon paucidens として記載された標本のホロタイプの mtDNA が A タイプであったため、A タイプが真のスジエビ P. paucidens ということになる。一方、B タイプについては、新たに記載されたキタノスジエビ標本の持つ mtDNA が B タイプの一部(B-I)であったため、B タイプをキタノスジエビとしても良いのかもしれない。しかし、キタノスジエビの特徴とされた形質が成長に伴って顕在化する形質であることから、真のスジエビとの形態的差異は不明瞭なものになっており、両者の形態的な差異を再検証する必要に迫られている。また、私たちの研究結果では B-I と B-II 系統の間に生殖隔離は起きておらず、同種と考えられることが示された。今後、B-I と B-II 系統の間に形態的な差異が見出されれば、両者を亜種として扱うことが適切であろう。その際にはキタノスジエビの名称を B-I に与え、B-II に新たな亜種名を命名するのが学名の混乱を避ける上で有効かもしれない。また、キタノスジエビとした B-I のタイプ標本が B-II との交雑個体ではないことを確かめておくことも必要になる。一方、C タイプは奄美大島固有の集団で、他のタイプとは分布域が異なっており、B-I と B-II 系統のように自然環境の中で生殖隔離が生じているかどうかを検証することができない。そのため、生殖隔離の有無によって別種か同種かを判断することはできない。しかし、遺伝的分化の程度が同属種間の値と比べても明らかに大きいことから、別種として扱うのが適切であろう。分類学的に別種として見なすためには他のタイプとの間に何らかの形態的不連続性を見出す必要があるが、私たちは小型の個体も含めて複数の形態形質において A タイプや B タイプとは異なる可能性があることを見出しており、現在検証中である。
以上述べてきたように、日本全国に分布し、いわゆる普通種の「スジエビ」中には隠蔽種と考えられるA、B、Cの3タイプが含まれており、分類学的な整理が完了していない状態である。しかしながら、奄美大島の C タイプのように、日本列島の他の2タイプから遺伝的に大きな遺伝的分化を遂げ、集団島内のごく限られた河川にしか生息していない希少性の高い集団も存在していることが示された。さらに詳しい調査が必要ではあるものの、C タイプは嘉徳川にしか生息していない可能性が高く、同じく奄美大島に生息するリュウキュウアユと同様に絶滅危惧種としてカテゴライズされるのが適切かもしれない。奄美大島や加計呂麻島での分布調査では C タイプ以外の「スジエビ」は見つからなかったが、釣り餌や食用として奄美大島にも他のタイプや外来種のチュウゴクスジエビ P. chinensis が奄美大島に将来持ち込まれる懸念もある。持ち込まれた場合の交雑を含めたネガティブインパクトを念頭に置き、他のタイプの侵入を鋭敏に察知できるモニタリング体制を構築しておく必要があるだろう。また、本稿では紹介できないが、私たちは広範な調査によって両側回遊性の B タイプの中にも他の地域では存在しない固有の遺伝的組成を有する集団が存在していることを見出している。「スジエビ」のようないわゆる普通種であっても、その分布域内において綿密な遺伝学的な調査を行えば、保全すべきユニークな集団が見つかる可能性があり、このような調査を実践していくことが必要と考えられる。また、対象種あるいは集団の分類学的な位置付けを提唱することで、その保全価値や目標がより明確に定まることを銘記しておかねばならない。そのためには適切な分類学の研究者と連携して(あるいは単独で)分類学の記載論文を発表することも必要であろう。
本稿で紹介した奄美大島の C タイプに関する知見24)はオープンアクセスジャーナルである「水生動物」に投稿し、2022年2月14日付で公開された。2021年7 月に奄美大島は、徳之島や沖縄島北部そして西表島とともに 「世界自然遺産」として登録されたが、C タイプが生息する嘉徳川流域は奄美大島における遺産登録区域には含まれていない。しかし、国際自然保護連合(IUCN)は奄美大島で唯一人工物がない嘉徳川と付近の海岸を一体的に保全するよう勧告し、環境省は嘉徳川下流域と嘉徳浜を緩衝地帯に編入した。一方、嘉徳川一帯は奄美群島国立公園にも含まれているが、普通地域に指定されている。この普通地域内では、事前の届出を鹿児島県知事に提出することにより開発行為を行うことが可能である。嘉徳川河口を含む海岸域では海岸侵食対策と防災を目的とした護岸工事の計画が進行中で、折しも論文の公開日は工事開始予定日の前日であった。公開された論文24)は、嘉徳川流域の景観保護ならびに生物多様性保全の観点から工事に反対する人々の注目を集め、プレスリリースすることなく、テレビや新聞、ネットニュースを通じて瞬く間に全国的に情報拡散され、工事は一旦中断した。また、工事反対派の要請を受けて、日本生態学会、日本魚類学会、日本ベントス学会の自然保護委員会に働きかけ、「奄美大島嘉徳海岸における護岸建設の更なる見直しと科学的モニタリングを求める要望書」27)を作成し、同年3月22日に鹿児島県に提出することとなった。日頃、DNA 分析を主とした保全遺伝学的な研究にはそれなりのエフォートを割くが、自然保護や保全活動そのものに関しては腰が引け気味の著者の一人(池田)にとっては、胃が痛くなるような作業であった。情報公開の観点のもとにオープンアクセスジャーナルに投稿することが奨励される昨今では、論文がインターネットで公開されることで市民との垣根は低くなり、市民レベルでの生物多様性保全や自然保護活動に対して協力を要請されるケースがますます増加するであろう。そのような局面を視野に含めた研究活動が私たちのような水産生物の保全遺伝学的研究に携わる者にも求められているのではなかろうか。
最後になったが、「スジエビ」の3タイプの発見の経緯やそれにまつわる様々なエピソードは張28)に詳しく述べられているので、興味をお持ちになった方には一読をお勧めする。
本稿中、C タイプに関する私たちの研究結果は、公益財団法人水産無脊椎動物研究所の助成(令和 3 年度個別研究助成:KO2021-02)を受けて実施した。