FISH GENETICS AND BREEDING SCIENCE
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Symposium
A genome-wide screening of essential characteristics for long-term persistence in endangered fish species: a case study of Ryukyu-ayu
Hirohiko TAKESHIMA
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2023 Volume 52 Issue 2 Pages 75-79

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Abstract

In endangered species, inbreeding due to a reduction in population size is considered to be a cause of loss of genetic diversity. This process could prompt expression of deleterious recessive alleles that are present at low frequencies within populations, increasing the risk of extinction. However, recent studies have shown that some endangered species could have survived for a long time despite their extremely small effective population sizes. Comparative genomics studies of endangered species to estimate historical effective population size and to address genomic characteristics would provide a better understanding of their long-term persistence. Recent advances in a low-cost next generation sequencing library preparation method and a cost-effective low-coverage whole genome sequencing approach make it possible to conduct comparative population genomics for non-model organisms such as ayu, including endangered subspecies Ryukyu-ayu. Here, I introduce the preliminary results of the comparative genomic analyses between two subspecies using a low-coverage whole genome sequencing approach to identify genomic signatures likely involved in the long-time survival of this endangered fish subspecies Ryukyu-ayu.

はじめに

絶滅が危惧される生物では、個体数の減少に伴い近親交配が生じ、遺伝的多様性が低下する。加えて、低頻度で存在しうる有害な対立遺伝子の発現が促され、絶滅のリスクが加速する1)。ところが、このような条件が揃っても、一部の絶滅危惧生物は、数万年から数十万年にわたる長い期間、絶滅を免れて存続してきたことが、最近の研究で示唆されている2-4)

なぜ、一部の絶滅危惧生物は低い遺伝的多様性でも長期間存続できたのだろうか?この問いに答える一つの手段として、対象となる絶滅危惧生物の全ゲノム比較分析を行うことで、その生物種の集団サイズの動態を明らかにし、遺伝的特性を調べることがあげられる。そのような研究例は、ほ乳類や鳥類では進んできているものの2-4) 、魚類ではほとんど行われていない。日本では、汽水・淡水魚類の42%が絶滅危惧種とされ、各動物分類群のなかでも最も高い割合を示すことから5)、日本発の比較ゲノム分析に基づく絶滅危惧魚類の遺伝的特性の研究が待望される。

アユ Plecoglossus altivelis altivelis の亜種であるリュウキュウアユ P. a. ryukyuensis は、現在、奄美大島のみに生息する絶滅危惧の魚類である。これまでの研究から、アユの亜種間には大きな遺伝的分化があること、基亜種内には、集団サイズが異なり若干の遺伝的差異がある2つの集団、日本本土の両側回遊性アユ(大規模集団)、琵琶湖の陸封アユ(中規模集団)が存在すること、そして集団サイズが極めて小さいリュウキュウアユでも、奄美大島東部と西部の集団は遺伝的に異なることなどが知られている6-7) 。このように、リュウキュウアユとアユは、様々な規模の集団サイズ・遺伝的分化をもつ集団を含んでおり、比較集団ゲノミクスのアプローチから「絶滅危惧魚類の遺伝的特性」を調べる上で適した比較対象と言える。

しかし、アユのような非モデル生物において、全ゲノム分析を多数の個体で行い、比較集団ゲノミクスを実施するには、それなりの分析コストが要求される。データ取得のための次世代シーケンスにおける、各個体のライブラリの作成と、シーケンサーのランニングにかかるコストである。近年、これらの次世代シーケンスにかかるコストを抑えることが可能な手法である、低価格で次世代シーケンス・ライブラリを作成する方法8)や、低カバレッジ全ゲノムリシーケンス9)といった方法が登場し、活用が進んでいる10-11)。このように、比較集団ゲノミクスの低コスト化が、現実的なものとなってきている。

そこで講演者らの研究グループでは、リュウキュウアユとアユの多数個体について低コストの次世代シーケンス・ライブラリ作成を実施し、低カバレッジの全ゲノムリシーケンスを行うことにより、絶滅危惧魚類の存続に不可欠な遺伝的特性の検討を進めており、本講演ではその結果の一部を紹介した。

集団サイズ動態の復元

まず、リュウキュウアユの集団サイズの歴史的な変動を推定し、小集団として存続してきた時期の長さを明確にするため、通常カバレッジの全ゲノムリシーケンスのデータ(Takeshima et al. unpublished)に、PSMC(pairwise sequentially Markovian coalescent)法12)を適用し、過去の集団サイズの動態を復元した(図1)。基亜種アユの集団サイズは、最終氷期を境に、日本本土の両側回遊性アユでは拡大へ、琵琶湖の陸封アユでは縮小へと向かった傾向にあるが、それらと比較して、リュウキュウアユの東部と西部の2地域集団は、かなり小さいサイズで長期間(少なくとも約8万年前から)存続してきたことが伺えた。

図1. PSMC 法による過去の集団サイズ動態の復元.

アユ・リュウキュウアユの多数個体における全ゲノム決定

低カバレッジ全ゲノムリシーケンスを、日本本土の両側回遊性アユ、琵琶湖の陸封アユ、リュウキュウアユの奄美大島東部と西部の地域集団の各48個体、合計192個体について実施した(図2)。Illumina 社の次世代シーケンサー HiSeq X により、2レーン分のシーケンスを行ったところ、1個体あたり約0.5-1.8 Gb のシーケンスデータを取得できた。アユのゲノムサイズは約450 Mb と、魚類のなかでは比較的小さいことがわかっている13)。その参照配列に対して Illumina ショートリードのマッピングを行い、適切なデータ処理を行ったところ、1個体あたりの平均カバレッジは約×1.5-3.0と、低カバレッジ全ゲノムリシーケンスとしては、かなり理想的なデータを取得できたようである。

図2. 低カバレッジ全ゲノムリシーケンスにおける1個体あたりのデータ取得量ならびに平均カバレッジ.

低カバレッジ全ゲノムリシーケンス法の詳細については Lou et al.9)の総説に任せるとして、ここでは概要を端的に紹介する。低カバレッジ全ゲノムリシーケンス法では、1個体あたり×1-2程度の低カバレッジでデータを取得する。ただし、比較対象の地域集団あたりの分析個体数は40個体以上とし、得られたデータの処理から、各地域集団について各塩基サイトの遺伝子型尤度を推定する。分析個体数は、より多いほうが遺伝子型尤度の推定精度が向上する。推定された各地域集団の遺伝子型尤度のデータに基づいて、各個体の一塩基多型(SNP: single nucleotide polymorphism)の検出や、各地域集団の多様性指数ならびに、地域集団間の分化の指標である Fst 値などの算出が可能となる。解析の具体的なチュートリアルが、ウェブサイトに公開されているので、参考されたい14)

検出された変異の概要

チュートリアルを参考に、各地域集団の遺伝子型尤度の推定から、各個体の SNP コールを行った。検出された SNP 数や、遺伝子コード領域におけるアミノ酸置換を生じない同義置換とアミノ酸置換を生じる非同義置換の数を表にまとめた(表1)。リュウキュウアユでは、アユと比較して、ゲノム全体で変異が乏しかったが、非同義置換が、同義置換の数を上回っていた。このような傾向は、他の絶滅危惧種や、トゲウオ類の隔離集団でも見られるようであり15)、弱有害とみられる一部の非同義置換が小集団で許容され、それらが進化的にほぼ中立にふるまうことで集団中に保有されている可能性が考えられる。

表1.各地域集団で検出された SNP 数ならびに遺伝子コード領域における,同義置換,非同義置換

特徴的な変異パターンの探索

リュウキュウアユに特徴的な変異のパターンを探索するために、各地域集団についてゲノムワイドに塩基多様度を算出した。本研究では、参照配列をアユとしたため、アユとは遺伝的に大きく異なるリュウキュウアユの数値は、全体的に高い数値となった。そこで、得られた各地域集団の塩基多様度について、z score による標準化を行った。数値のフィルタリングから、まずは、リュウキュウアユとアユの両者で塩基多様度が高いゲノム領域を探索したところ、魚類の免疫グロブリン重鎖の遺伝子を含むゲノム領域が抽出された(図3)。一方で、リュウキュウアユのみで塩基多様度が高いゲノム領域を探索したところ、Interferon-induced very large GTPase 1(GVIN1)遺伝子を含むゲノム領域が抽出された(図4)。この遺伝子は、マウスでは病原体や腫瘍細胞などの異物の侵入に反応して細胞が分泌するタンパク質であるインターフェロンの刺激によって誘導される遺伝子であり16)、病原体に対する免疫応答に関与することが知られている17)。魚類の GVIN1 遺伝子は、大西洋サケではアメーバ性鰓病への耐病性18)、ニジマスでは細菌性冷水病の感受性に関連するという報告がある19)。この GVIN1 遺伝子領域をはじめ、リュウキュウアユでは、生体防御に関連する遺伝子を含むいくつかのゲノム領域で遺伝的多様性が高くなっていることが伺えた。

図3. リュウキュウアユならびにアユにおいて塩基多様度の高いゲノム領域の一例

図4. リュウキュウアユにおいて塩基多様度の高いゲノム領域の一例.

おわりに

リュウキュウアユでは、ゲノム全体で変異が乏しいにも関わらず、一部の生体防御に関わる遺伝子、つまり個体の生存に影響しうる遺伝子において、多様性が高く維持されていることが示唆された。このことは、リュウキュウアユが小さい集団サイズでも長期間存続できたことと密接に関係しているのかもしれない。このような結果や推論は、全ゲノムの比較分析を多数の個体について実施することにより、初めて得られるものである。本研究では、低カバレッジ全ゲノムリシーケンスによる、低コストの比較集団ゲノミクスを活用することで、絶滅危惧魚類であるリュウキュウアユの遺伝的特性の一端を解明できることが示された。講演者らのデータの解析は、まだまだ始まったばかりであり、今後も解析を進め、絶滅危惧魚類の存続に不可欠な遺伝的特性に迫りたいと考えている。

謝  辞

本研究は、科学研究費、基盤研究(C)、課題番号20K06191「リュウキュウアユのゲノミクスで探る絶滅危惧魚類の存続に不可欠な遺伝的特性」の助成を受けて行われた。多大なご協力を頂いた共同研究者の、柳川実桜氏・野原健司博士(東海大海洋)、梁田椋也氏(水大校)、三品達平博士(理研 BDR)、橋口康之博士(大阪医薬大)、安房田智司博士(大阪公大院理)、井口恵一朗博士(長崎大院水環)、西田 睦博士(琉球大)に、感謝いたします。

文  献
 
© The Japanese Society of Fish Genetics and Breeding Science
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