FUKUSHIMA MEDICAL JOURNAL
Online ISSN : 2436-7826
Print ISSN : 0016-2582
A new evaluation system on degree of goal achievement for students in bedside learning: Usage status and effect of introduction from the viewpoint of faculty
Zunyi TangNobuo SakamotoYayoi ShikamaKoji Otani
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2022 Volume 72 Issue 1 Pages 11-21

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Abstract

要旨:我々は2018年,本学の臨床実習(bedside learning:BSL)に「総合目標」「行動目標」「臨床推論目標」という教員と学生の双方が共有可能な3つの到達目標を設定し,さらにその到達度をお互いに振り返ることができるようオンライン学習管理システムMoodleを用いた新しい評価システムを構築した。それは,2016年に福島県立医科大学の医学部6年生とBSL担当教員を対象に行ったアンケートで抽出された本学BSLの問題点である「教員と学生双方の到達目標の認識不足」「準備不足のままBSLに臨む学生の受け身の姿勢」「学生の診療参加の乏しさ」を克服するための試みであった。そして今回,この新しい評価システムが果たして期待した通りに運用されているのか,抽出されたBSLの問題解決に寄与しているのか検証するために,2018年度の4年生が2020年度にBSLプライマリーコースを終了するまでの学生と教員による評価入力状況を調査し,新評価システムの有効性について教員アンケートを行った。その結果,新評価システムは全ての科で使用され,学生の自己評価にも利用されていたが,教員のフィードバック及び学生の振り返りコメントの入力頻度は限定的であった。また,ユーザー教員アンケートから,新評価システムの導入が教員の到達目標の認識を促したことが示唆された。一方,準備不足のままBSL実習に参加する学生の学習態度の改善には至らず,更なる対策が必要であることが明らかになった。

Translated Abstract

Abstract:According to a questionnaire about the promotion status of clinical clerkship program, which was conducted in 2016 for the 6th year medical students and the faculty in charge of clinical clerkship (bedside learning:BSL) at Fukushima Medical University, the following three main problems were identified:the lack of awareness of BSL goals (competency) in both of them, the passive attitude and insufficient preparation of students attending BSL, and the insufficient participation of the students in medical treatment.

Consequently, in 2018, we established three BSL goals that should be reached by the time of graduation and can be shared between the faculty and students;Comprehensive Goals, Action Goals, and Clinical Reasoning Goals. In addition, we created a new evaluation system using Moodle, an online learning management system, so that the faculty and students can look back on their achievements while checking their goals.

In order to verify whether this new evaluation system had been used as expected, and contributed to the solution of the previously identified BSL problems, we investigated how the 4th year students and BSL teachers used the system from 2018 to 2020, which was the period the students completed the BSL primary course, and conducted a questionnaire for the teachers on the effectiveness of the new evaluation system.

The results of the analysis showed that the new evaluation system was used by the faculty and was also utilized well for student’s self-evaluation, but the frequency of input of feedback by the faculty and retrospective comments by the students was limited.

The responses to the questionnaire suggested that the introduction of the new evaluation system promoted the recognition of the BSL goals among the teachers. However, it became clear that further countermeasures were needed, because the learning attitudes and preparation of the students who participated in BSL were not improved.

I. 緒言

学生が卒業時にどのような能力を身に着けたのか大学が社会に対して説明責任を負う「アウトカム基盤型教育」が,現在の医学教育のグローバルスタンダードとなっている1)。福島県立医科大学(福島医大)も,アウトカム基盤型教育を実践するために,社会に対して大学が保証する卒業生の能力コンピテンシー2)を定めた。福島医大のコンピテンシーを構成する7つの大項目のうち,「診療の実践」と「コミュニケーション」の項目で,病歴収集,身体診察,基本的臨床手技,患者への説明等を適切に実践できること,患者の背景を尊重した支持的言動ができること,医療チームの一員としての情報提供と議論ができることを卒業要件としている。これらの実践能力を獲得するためには,実際の患者に触れる「臨床実習(bedside learning :BSL)」で診療参加型の実地訓練をすることが不可欠である3,4)。しかし,医学部6年生およびBSL担当教員を対象に2016年に行ったアンケートから,以下のようにBSLの3つの問題点が抽出された5)。一つ目は教員と学生双方の実習到達目標の認識不足,二つ目は準備不足のままBSLに臨む学生の受け身の姿勢,三つ目は学生の診療参加の機会不足であった。

「到達目標」は各科のシラバスに記載されていたが,ほとんどの教員と約半数の学生がBSL実施に当たってシラバスを活用していないと答えた。学習目標の設定は,学習者の技能や成績ばかりでなく,学習モチベーションや自己効力感を向上させ,学ぶ姿勢を醸成することが示されている6,7)。従って,学生の受け身の姿勢を改善し,診療参加のモチベーションを高めるために到達目標の認識不足の改善は欠かせない。さらに本学では,シラバスに記載された各科の到達目標が,医学教育の最小要件であるモデル・コア・カリキュラム(モデル・コア・カリ)4)の項目を網羅しているかの検証が行われていなかった。そこで我々は2018年に,最新の医学教育モデル・コア・カリ2016年度版に沿って,研修までに到達すべき「総合目標」「行動目標」「臨床推論目標」のBSLの3つの目標を改めて設定し8),教員と学生がそれぞれ目標を確認しながらその到達度を振り返ることができるよう,オンライン学習管理システムMoodleを用いたウェブ上での評価システムを構築した。尚,2018年は,臨床現場で患者と接する教育プログラムに6年間の教育機関の約3分の1を充てるという国際基準に従って,それまで50週だったBSLを72週に延長した年である。72週のBSLは,全学生が大学の定めたスケジュールで全診療科をまわる64週のプライマリーコースと,学生がそれぞれ選択した診療科で実習をする8週間のアドバンストコースから成る。

新しい評価システムが果たして,期待した通りに運用されているのか,さらに抽出されたBSLの問題解決に寄与しているのかを検証するために,2018年度の4年生が2020年度にBSLプライマリーコースを終了するまでの期間,学生と教員による評価入力状況を調査し,また新評価システムの有効性などについて教員アンケートを行ったので,報告する。

II. 導入されたBSLの目標到達度評価システムの概要

新たに設定された3つの目標については坂本らが詳述している8)。「総合目標」は医師に求められる資質・能力に関する全科共通の目標で,「医療面接」「身体診察」「診療記録」「病態理解」「臨床推論」「プレゼンテーション」「コミュニケーション」「実習態度」「生涯学習に結び付く自己学習能力」の9項目から成る。「総合目標」の到達度は,ルーブリックに基づいて教員と学生自身がそれぞれ評価する。ルーブリックとは,パフォーマンスの評価基準を項目ごとに示した表であり,学生に効果的なフィードバックを与え学習を促す評価ツールである9)図1に示すように,教員による学生のパフォーマンス評価と学生の自己評価は,入力が完了するとMoodleの学生個人のページに並べて表示される。入力画面には,教員からのフィードバック,学生からのコメント入力欄が設けられ,学生の個人ページには両者が表示される。「行動目標」と「臨床推論目標」は,モデル・コア・カリ6)の「F」と「G」に収載される基本的臨床手技と37の主要症候の臨床推論をそれぞれ全BSL担当科で分担し,科ごとに定めた目標である。学生は,これらの到達度を,「よくできた」から「できなかった」までの4段階のリッカート尺度を用いて自己評価する。

教員が「総合評価」・「行動目標」・「臨床推論目標」の評価に加え,レポート,プレゼンテーションなど“その科独自の評価”の点数を記入すると,自動的に学生の成績が100点満点で自動計算される。なお,この点数については学生の個人ページには表示されない。

図1. 学生と教員入力画面および評価レビュー画面

III. 方法

1. 調査対象

2018年10月にBSLを開始した医学部4年生126名のうち,2020年6月に全てのBSLを終えた123名のBSLプラマリーコースを調査対象とした。BSLプライマリコースは,第1期(2018年10月~2019年9月,以下第1クール)と第2期(2019年10月~2020年6月,以下第2クール)から成る。学生全員が等しく経験する必修41科のうち一部の内科,外科,救急,産婦人科,小児科の実習は両クールで2週間ずつ行われるが,他の科の実習は一方のクールのみで行われる。これは,医学教育の国際基準で内科,外科など重要な科の実習を4週間行うことが推奨されていることを勘案したものである。学外で実習するため評価がMoodleに入力不可となる2コースを除くと,学生1人当たり39科分を入力することになり,学生123名分の入力総数は4,797回である。

6班分のBSL期間に相当する3か月が経過すれば,教員は入力に慣れ,評価システムに対して何等かの感想を持つのではないかと考え,第1クール開始から3か月経過した2019年1月に,39科全てのBSL連絡会議メンバーに新評価システムの有効性に関するアンケートを学内メールで依頼した。しかし第2クールにBSLを行う科はこの段階で評価システムを使用する機会がなかったため,第2クール開始後3か月経過した2020年1月に,第2クールで学生を受け入れる20科に再度メールで回答を依頼した。第1クールと第2クールの両方でBSLを行う科に対しては,時間経過によって考えが変わる可能性を考慮して除外しなかった。アンケートはウェブ上で行い,無記名式とした。

2. 調査内容

(1) 入力状況

2018年10月から2020年6月までにMoodle評価システムに入力された① 「総合目標」到達度の自己評価数,② 学生の振り返りコメント数,③ BSL担当科による「総合目標」到達度評価数,④ 教員からのフィードバックコメント数,をオンライン学習管理システム上で集計した。①~④ を期待される入力総数4,797回で除し,入力率を算出した。

(2) 新評価システムの有効性に関するアンケート

表1に示すようにアンケートには,到達目標の設定,自己評価表導入,評価体制の見直しについて,5つのカテゴリを設け,5段階のリッカート尺度で回答を求める13の質問および4つの多肢選択質問(3-①②,4-①,5-①)で構成した。カテゴリごとに,自由記載欄も設けた。

表1. アンケート内容と選択肢

IV. 結果

1. 入力状況

入力率の調査結果を図2に示す。教員の評価入力数は4,796件,入力率は欠席学生が1人いたため,99.98%であった。学生に対する教員のフィードバックは総数2,214件,入力率は46.2%だった。

学生の自己評価入力は4,133件,入力率は86.2%であり,振り返りのためのコメント入力は1,421件,入力率は29.6%であった。

図3は,学生一人あたりの入力回数の分布を示す。39科全ての自己評価を入力した学生は29名(23.6%),35科(9割)以上入力したのは77名(62.6%),27科(7割)以上入力したのは108名(87.8%)であった。一方,8名(6.5%)の学生の自己評価入力が半分の19科に満たず,最小入力回数は8回であった。

図2. 学生の自己評価と学生への教員評価の入力状況
図3. 学生自己評価の入力回数ヒストグラム

2. 新評価システムの有効性に関するアンケート

1回目は30科から,2回目は12科から回答を得た。1回目と2回目の回答の集計結果を図4に示す。

カテゴリ1:モデル・コア・カリを中心とした到達目標の作成について

質問 ① の「各科の到達目標を,総合目標・行動目標・臨床推論目標の3本立てで提示したこと」と質問 ③ の「医師に求められる資質・能力を,総合目標として全科共通の修得目標としたこと」に対して「評価する」または「まあ評価する」と肯定的に受け止めたのは1回目にはそれぞれ86.7%(①)と90.0%(③),2回目は91.7%(①)と75.0%(③)だった。評価する理由として,「学ぶべきことを明確にした」「医師(研修医)としても全科で求められる目標である」「全診療科統一の総合目標を設定しそれを評価することで,教員側と学生側双方が,福島医大の求める臨床研修を理解しやすくなった」などがあった。「総合目標として全科共通の修得目標としたこと(③)」を評価しない理由には,「全ての学生と教員が目標を理解して実習に臨んでいるとは思えない」が挙げられた。

一方,学生に「行動目標・臨床推論目標を修得させること」(質問 ②)と「総合目標を修得させること」(質問 ④)が「できている」または「まあできている」と答えたのは1回目に76.7%(②)と66.7%(④)で,2回目も75.0%(②)と66.7%(④)だった。「学生からのフィードバックによって,比較的修得できていることが確認できている」という順調な運用状況の記述と,「新患外来などで医療面接を行うように努めているが,すべての学生にできておらず,今後努力したい」と,目指すべき実習ができていない状況を認識してそれを改善しようとする記述や「項目が漠然としていて具体的な実習計画に結び付きにくい」と目標達成への道筋を模索する記述が認められた。

カテゴリ2:シラバス活用を見据えた自己評価表を導入したことについて

自己評価表の導入(質問 ①)について「評価する」または「まあ評価する」と肯定的に受け止めたのは1回目80.0%で,2回目83.3%だった。質問 ② の「学生が貴科のシラバスを理解する一助となっているか」について,「なっている」または「多少なっている」と回答した教員は,1回目60.0%,2回目75.0%で,質問 ③ の「教員自身が,貴科のシラバスを理解する一助になっているか」と回答したのは1回目70.0%,2回目50.0%であった。「学生,教員ともにシラバスを意識するようになった」「教員評価との差を見て,努力したり変化したりすることが期待できる」との記載がある一方,「教員がシラバスの内容を確認しきれていない」や「シラバスを読んできたと思えるような学生はいない」等の記載も認められた。質問 ④ の「学生に予習を促す一助となっているか」に対して,「なっている」または「多少なっている」と回答したのは1回目50.0%,2回目8.3%であり,複数の科が「ほとんど予習をしてくる学生はいない」と記した。その他,「実習態度に反映されている手ごたえはない」「そもそも教科書を持っていない」「事前学習には学生の意識の差が大きくそれが知識の差として出てくる」などの記載が認められた。

カテゴリ3:学生へのフィードバックについて

9割を超える科で,実習中に責任者または担当者教員によるフィードバックが行われていた。フィードバックは,41~47%の科でBSL最終日に行われ,「実習中に適宜」や「項目ごとにその都度」など,タイミングを決めていない科も多かった。また8割を超える科が,質問 ③ でフィードバックが多少なりとも学生に役立つと回答した(1回目86.7%,2回目83.3%)のに対し,「Moodle上で教員と学生の評価を確認することが学生に役立つか」(質問 ④)と「教員や貴科BSLに役立つか」(質問 ⑤)に対する肯定的回答は1回目63.3%(④)と66.7%(⑤),2回目83.3%(④)と66.7%(⑤)にとどまった。肯定する理由には,「未学習の内容を途中で明らかにできる」「最終的に学習できなかったことを,同じ班の他の学生から聞いて理解が深まる可能性がある」「自己評価と他者からの評価の違いから,自分の足りない部分を客観的に理解できる」「学生からのフィードバックにより,(教員が)BSLの内容をブラッシュアップできる」などフィードバック自体のメリットが挙げられる一方,「受ける側の資質に依存する。多くの学生はフィードバックを受け入れる素養がない」という学生の意識に対する疑義や,「実習が一つ終わるとすぐ次の科の実習を始める学生に,評定を見直したり振り返ったりする余裕があるのか疑問」「自己評価をさせること自体には一定の教育的効果があると思うが,学生の人数が多く実習時間も限られる中で,個々の学生に自己評価票を用いたフィードバックを十分に行えていない。教員側に求められている作業量として非現実的」など最終日に入力することにより生じる問題点が挙げられた。

カテゴリ4:学生への総括的評価(成績付け)について

総括的評価は,ほとんどの科で科の責任者,学生または項目担当教員により実施されていた(質問①)。知識・技能・態度が多少なりとも正しく評価できている(質問 ②)と回答したのは,1回目80.0%,2回目58.3%だった。「(担当患者についてのレポートを評価する際)担当教員が介入しすぎると真の力量より高く評価してしまう危険性がある」「実習期間が短く,技能に関しては十分に評価できていない」「個別の項目評価を学生に開示することで,低い成績をつけることをためらうスタッフが多い。特に協力施設の指導者から,実習態度等が特に劣悪な学生について,“本当は最低評価を付けたいが,学生に見られるのは困るから”などのコメント付きで,一律良い評価の評価表をいただくことが多数ある」などの問題点が挙げられた。

カテゴリ5:「Moodle」を用いた評価体制について

Moodle入力について,学生担当教員が行う科が約半数(1回目56.7%,2回目58.3%)で,その他秘書と回答した科が2回とも33.3%あった。責任者と回答した科はなかった。「Moodle上で評価を行う体制にしたこと(質問 ②)」について肯定的に受け止める(1回目70.0%,2回目75.0%)科が多かったが,その理由として,「ペーパーレスでよい」「今までよりも入力を早くするようになった」「紙ベースの評価表だと実習責任者が全てにサインをすることが手間」などが挙げられた。否定的に受け止める理由には「秘書にお願いしなければ,相当な労力になる」「仕事が増えて本来業務に支障をきたしている」など教員にかかる負担が挙げられた。

図4. 新BSL改革についてのアンケートと結果
図4. 新BSL改革についてのアンケートと結果(続き)

V. 考察

本調査により,2018年に導入されたウェブ上の新しいBSL評価システムは,全ての科で使用され,学生の自己評価にも利用されていることが明らかになったが,教員のフィードバック及び学生の振り返りコメントの入力頻度は限定的であった。ユーザー教員アンケートからは,新評価システムの導入が教員の到達目標の認識を促したが,準備不足のままBSL実習に参加する学生の学習態度の改善には至っていないことが示唆された。

目標到達度評価入力によって促された教員の意識変化

3つの目標を設定し,到達度を入力する新しい評価システムは,本学BSLの第一の課題である教員の到達目標の認識不足の改善に寄与した。2016年のアンケートは全教員を対象にしていたのに対して今回の回答者は各科のBSL担当教員に絞られていたため,単純な比較はできないが,2016年には,約4分の1が「(BSLの)目標はない」と答え,目標があると答えた教員も自分の科のBSLの目標とシラバスの学習目標との異同を明言できないケースがほとんどだった5)。新システムが導入されて以降,少なくともBSL担当教員は,評価のたびにウェブ上でルーブリックに記載されている目標を目にしている。実際,新たに3つの到達目標を設定し「総合目標」を全科共通目標としたことは,概ね肯定的に受け止められていた。否定的に受け止めた理由として,設定した目標に到達させる難しさが挙げられたが,それは目標が明示され浸透した結果,実習の構成や評価のタイミングと質に対して教員の振り返りが促されていることを意味する。しかしながら,カテゴリ2の結果が示すように,Moodle上の目標設定が必ずしも自分の科のシラバスの理解には繋がらない場合があることも明らかになった。

学生の自己評価入力状況から読み取れること

学生の自己評価入力回数は,8回から39回までと個人差が大きく,自己評価を入力することにメリットを見出せていなかった可能性がある。しかし,新評価システムは学生に対してもBSLの到達目標を知らしめる一定の役割を果たしたと捉えることができる。2016年の調査では,半数を超える学生が,当時学習目標が記載されている唯一の資料であったシラバスの存在を知らない/読まないと答えた5)が,今回の新システムは学習目標と評価基準を読まなければ自己評価の入力ができないため,全員がBSL期間中に最低8回以上総合目標を目にしたことなる。ただし新システムがシラバスの活用を促したかについては,今後さらに調査が必要である。

学生のコメント入力率が示す省察能力とメタ認知を涵養する機会の不活用

学生のコメント入力率は3割にも達しなかった。すなわち,自己評価を入力しても,コメント入力はその34.4%(1421/4133)にとどまっていた。これは,何を意味するだろうか。学生のコメント入力欄は,省察(reflection)能力の醸成とメタ認知(metacognition)の涵養を意図して設けられた。メタ認知とは,自らの学習思考をさらに上位から俯瞰する行為である10)。ドナルド・ショーンは,科学や医療が日進月歩の発展を見せ社会情勢も複雑化している現代において,医療人が省察的実践家(reflectional practitioner)である必要性を提唱した10,11)。現代の医学教育はこの省察的実践家の育成を目指しており,「主体的,自己主導的かつ協同的で,戦略的に学ぶことのできる省察的な学習者」を“優れた学習者像”とみなす10,12,13)。“自己主導的”とは,学習ニーズの同定,目標の設定,必要な学習方略の選択,到達度の自己評価を学習者がイニシアチブをとって行うことであり,その実践には省察能力とメタ認知を必要とする。メタ認知は,理解の言語化,自己評価,相互評価と,何をどのように学び学べなかったのか考える“振り返り”によって時間をかけて涵養される10,14)。コメント入力を阻む要因として,自身の学習を振り返る習慣の欠如,振り返りをする意義について認識の欠如,そして教員も目にする場所にコメント書き込むことの心理的な困難を考えなければならないだろう。今後,学生が自身の学びを振り返りそれを言語化する文化が醸成されるまで,多様な手法で促していく必要がある。例えば,技術面の工夫として,コメント入力欄に,学生コメントや教員フィードバックの例を示する,リアルタイムで学生の入力状況(特に入力率の高い学生の入力数等)を表示する,学生入力を待たずに実習の途中で教員フィードバックを開示するなどが考えられる。また,メール等を介して入力を奨励することも考えている。

形成的評価としての教員フィードバックの意義とあり方

批判的かつ建設的なフィードバックの交換もメタ認知の涵養を促す15)。回答した教員の多くが学生に対するフィードバックの有用性を認めていたにも関わらず,フィードバックの入力率は5割未満であった。入力の負担に言及していたり約3割の科で評価入力を秘書が行っていたりすることから,フィードバックの入力を阻む最大の原因の一つは手間であろう。

フィードバックとは,個々の学習者の能力習得を継続的に支援する過程で必要な,学習目標をどこまで修得しているか,どのような行動を改善しなければならないかという具体的な情報提供であり,形成的評価の重要な構成要素である16)。それ故,フィードバックは本来実習途中に口頭でも行うべき作業である。しかしポートフォリオを模して作られた新評価システムでは,フィードバック欄が成績に直結する各科の総括的評価入力画面上にある。ポートフォリオとは,「学習者の省察を含んだ半公開型の学びの記録」であり,指導医による観察者評価の記録も含む15)。「学生に開示されるために低い評価の入力がためらわれる」との記載が象徴するのは,実習途中の形成的評価の習慣がないまま,総括的評価時にフィードバックを記入するのは,物理的負担ばかりでなく心理的な負担も小さくなかったことである。フィードバックの意義,行い方,受け取り方等,教員と学習者双方が理解して本学に最適な運用方法を模索する必要がある。

学生の主体的な実習参加態度の変容に必要なもの

2016年にBSLプライマリーコースに臨む学生の知識の準備状況が十分と答えた教員は3割台であり,今回も3割未満であった。ほとんどの学生が予習をしてこないとの記載が示すように,目に見える行動変容が導かれていない。

現在推進されている診療参加型の臨床実習には,二つの理論的背景がある。一つは,「認知的徒弟制」である17)。成人学習者は差し迫った場面の問題解決に直結した問題解決スタイルでないと学習が継続しにくいとする「成人学習理論」10,18)に基づき,熟練者の監督の下で仕事上の役割を果たしながら熟練者の問題解決過程を体得する学習形態である18,19)。もう一つは,「正統的周辺参加論」である19,20)。頑張れば達成できる難易度の“最近接領域”の課題を与えると学習が促進されるというヴィゴツキーの発達理論21)に基づき,学習者の要求や発達に応じて徐々に責任の度合いを大きくしていく方法である。これらを鑑みれば,主体的な実習態度を引き出す最良の策は,予診をとったりバイタルサインや身体診察所見をとらせたりする等,診療現場において最近接領域の責務を与えることである。実習参加態度の変容を求めるならば,実習の在り方を変容せざるを得ない段階にきていると言えるのではないだろうか。

学生の診療参加度の評価

「学生の診療参加の程度」については,今回のアンケートから情報を得ることはできなかった。これまでBSLにおける学生の診療参加度を把握する方法も他になかった。本調査によって,学生の自己評価入力率が8割を超えることが確認できたことは,この評価システムに,各科のBSLでどのような疾患の症例にどこまでかかわったのかの入力欄を併設すれば,高い確率で学生の診療参加度を把握できることを意味する。我々は,このBSL評価システムに診療参加度を入力する欄を設けて2021年に運用を始めた。プライマリーBSLの終了時には,入力されたデータの分析する予定である。

包括的評価管理によるメリット

全てオンライン学習管理システムMoodle上に新評価システムを展開したことにより,どの科がどのように評点を付けているのか,随時管理者が一覧できるようになった。今回の調査は全ての科と学生の1.5年分の入力状況を,短時間で包括的に把握できた。本システムを介して,学期の途中でBSLの進捗を把握し入力を促したり,入力内容の集計結果から学生の弱点を抽出したりすることが可能である。更に,学生個人のサイトに学習の記録が残る本システムはポートフォリオとしての活用への展開も可能である。

本調査の限界

本稿のアンケートの対象は,BSL担当科の全ての教員ではなく,BSL連絡会議に登録している各科のBSL教育に中心的役割を担うメンバーに限定されている。対象をBSLに携わる教員全てに広げた場合,到達目標の認識度は本稿で評価したものよりも低くなる可能性がある。また,新システム導入の効果を評価するためには,学生側の視点の調査も必要であり,本質的な評価には更に,学生のパフォーマンスが導入前に比べてどのように変化したかという視点が必要である。

VI. 結語

“到達目標の認識不足” “学生の受け身の姿勢” “診療参加の乏しさ”の改善を目指した臨床実習到達度評価システムの導入には,学生に卒業時に身につけておくべき臨床能力を認識させ,教員に実習の在り方について省察を促す効果が認められた。一方,学生の学習姿勢を変容させるには至らなかった。学生が主体的に取り組むBSLを実践するためには,(1)本システムが学生の振り返りの場として有効に利用される方略を考え,(2)形成的評価の機会を増やし,(3)学生に臨床現場で相応の責務を与える機会を増やしていく必要性が示唆された。今後,(1)(2)の改善に向けて,学生が実習中随時教員からのフィードバックや学生の自己評価の入力状況を確認できるようにシステムの改善を図る等,技術面でも貢献していきたい。

VII. 謝辞

新BSLの臨床実習改革にあたりご協力いただいた吉田尚人主事,安達祐太郎主事,磯上聡一朗主事をはじめ教育研修支援課の皆様,BSL連絡会議の委員の先生方,調査にご協力いただきました福島医大臨床実習に担当科の先生の方々に深謝いたします。

文献
 
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