2024 Volume 159 Issue 3 Pages 144-149
当社(株式会社サイフューズ)は,2010年の創業以来,「革新的な三次元細胞積層技術の実用化を通じて医療の飛躍的な進歩に貢献する」という企業理念のもと,細胞のみで構成された立体的な組織・臓器を難病に苦しむ患者や先端医療の現場へ届け,未来社会の次世代「医療」に貢献することを目指すベンチャー企業である.現在,当社では,再生医療分野において,患者の細胞だけを原材料として作製した神経再生,骨軟骨再生,血管再生等の機能を有する大型の人工臓器を,厚生労働省の承認を取得かつ保険収載された新たな製品(「再生医療等製品」)として社会実装することを目指して開発を進めており,いくつかの開発候補品はヒト臨床試験の段階に来ている.一方,この三次元細胞積層技術は,人体に近い環境で細胞を培養する技術に拡張でき,さまざまな分野の新製品の生体への効果を評価する新たな方法論として期待されている.そこで我々は,「機能性細胞デバイス(FCD)」と名付けたヒト臓器の機能の一部を体外で再現する小型デバイスを医薬品,食品や化粧品の開発者に提供する事業を計画している.第一弾として三次元肝臓構造体(3Dミニ肝臓)を開発した.薬物の肝毒性評価,代謝機構解明,肝臓疾患モデルなど,in vitroのヒト肝臓モデルの用途は広く,従来の方法の問題点を解決できる可能性を秘めている.本報告では再生医療での実例,機能性細胞製品である3Dミニ肝臓の特性や応用例について概説する.
We have been making 3D tissues consist of cells only, based on the corporate philosophy of “contributing to dramatic advances in medical care through the practical application of innovative 3D cell stacking technology.” Currently, in the field of regenerative medicine, we are working toward obtaining approval from the Ministry of Health, Labor and Welfare and commercializing large artificial organs that are made from patients’ own cells and have functions such as nerve regeneration, osteochondral regeneration, and blood vessels. On the other hand, this three-dimensional cell stacking technology can be extended to technology for culturing cells in an environment similar to the human body, and is expected to serve as a new methodology for evaluating the effects of new products in various fields on living organisms. Therefore, we are planning a business to provide developers of pharmaceuticals, foods, cosmetics, etc. with a small device called “Functional Cell Device (FCD)” that reproduces some of the functions of human organs outside the body. As the first step, we have developed a three-dimensional liver construct (3D mini-liver). The in vitro human liver model has a wide range of usage, such as evaluation of hepatotoxicity of drugs, elucidation of drug metabolism mechanism, and model of liver disease. In this report, we will outline it together with actual examples in regenerative medicine.
当社,株式会社サイフューズは,佐賀大学医学部臓器再生医工学講座の中山功一教授が発明された「細胞だけで立体的な組織・臓器を作製する技術」をもとに独自のプラットフォーム技術を構築し,「細胞から希望をつくる(Create Hope from Cells)」をミッションに2010年に創業したスタートアップ企業である.「革新的な三次元細胞積層技術で医療の飛躍的な進歩に貢献する」ことを企業理念とし,“病気やケガで苦しむ患者さまに再生医療等製品という新たな治療法の選択肢をお届けする”ことにより,“新しい医療・社会の創出に貢献する”ことを目指している(図1).
当社では,細胞のみで立体的な組織・臓器を作製することが可能な三次元積層技術並びにバイオ3Dプリンタを開発し,再生医療領域を中核とし,創薬支援領域とデバイス領域を含め,3つの事業領域を中期経営計画の柱に各種研究開発を進めてきた.そして,2022年12月に東京証券取引所グロース市場に上場を果たし,製品の社会実装に向けてこれまで以上にスピードを上げた開発を進めている.
現在,当社では企業理念に基づき,以下の3領域において多面的な事業を展開している.
①再生医療領域:革新的な3D細胞製品としての各種再生医療等製品の開発全般
②創薬支援領域:画期的な創薬スクリーニングツールとしての3Dミニ肝臓をはじめとする各種臓器モデルの開発・製造・販売,および研究用3D細胞製品の受託製造
③デバイス領域:独自のバイオ3Dプリンティング技術を体現する装置および専用消耗品類の開発・製造・販売,その他の製造工程における自動化・機械化等の新技術開発
革新的な3D細胞製品の実用化を主軸として,デバイスの普及によるベース収益の確保とシーズ拡大を図りつつ,研究用途の3D細胞製品販売等を併せて,早期マネタイズの実現を目指している.中長期的には,主事業領域として位置付ける再生医療等製品の承認取得を目指しており,それによって再生医療ベンチャーとしての価値最大化を図る方針である.
細胞非接着加工したディッシュプレート上に細胞を播種すると,多数の細胞が自発的に凝集・接着したスフェロイドを形成することは古くから知られている.一般的にスフェロイドはスキャフォールドフリー状態の細胞のみで構成された小型の細胞立体物である.また,スフェロイド状態の細胞であっても細胞と細胞の間に働く接着能は維持されているためスフェロイド同士を接触させると容易に融合し,より大きな三次元細胞構造体を形成することができる.
これまでに我々が開発してきたバイオ3Dプリンタ「商品名:レジェノバ®,S-PIKE®」は,直径170 μm,長さ約1~3 cm程度の針にスフェロイドを1つずつ積層・配置することを基本動作としている.複数の針を縦,横方向に剣山様に整列配置させた冶具に対し,あらかじめデザインした位置にスフェロイドを積層することで所望の形状の細胞構造体前駆体を作製する.剣山様冶具に積層された前駆体を専用培地を満たした培養容器に入れ,数日間培養を行うことで精度高く配列されたスフェロイドが互いに融合しあい最終的に立体的な細胞構造体が完成する.その後,構造体を剣山から抜き取り数日間培養を継続することで近接する細胞が融合し針穴が自動的に消滅する.このようにスフェロイド作製工程と積層工程の2段階の工程を経ることで細胞が死滅することなく,またスキャフォールドなどの足場材としての人工材料を用いることなく,細胞だけで構成された立体的な組織・臓器として「3D細胞製品」を構築できる革新的な技術である(図2).本技術によって,再生医療等において移植時の炎症や免疫原性のリスクとなる人工物,素材や材料を患者さまの体内に持ちこまない画期的な方法を提供できるようになった.さらに,様々な用途や対象疾患の部位に合わせて,中実のブロック形状,中空・円形のチューブ形状,厚みのある面シート形状あるいは半球状で袋のような複雑な形状など,様々な形状を構築できるのみならず,複数の細胞種からなるスフェロイドからヘテロな組織も作製できるため,極めて幅広い応用が期待できる技術である.
従来の再生医療等製品とは異なり,人工の足場材料を使用せずに患者さまの細胞のみで作製された再生組織・臓器を,新たな再生医療等製品として製品化することを目指している.当社のパイプラインの開発概要を図3に示した.以下概略を述べる.
末梢神経損傷受傷者は,交通事故に遭遇した方の約5分の1,工場勤務中に発生した職業災害の受傷者に多く見られる.その中には職業復帰できない受傷例が国内外で年間数~数十万症例発生していると言われている.末梢神経損傷の治療には,神経を修復する外科的治療が必要である.神経損傷部の直接縫合可能な場合には神経縫合を行うが,欠損が大きく直接縫合できない場合には自家神経移植や人工神経を移植することになる.しかしながら,自家神経移植法は,健常部位から神経を採取するため採取部位に知覚麻痺と疼痛を残すという侵襲性の高い治療法であり,解決が望まれている.また,自家神経の採取部位が限定されることや採取量に限界があることも課題となっている.この問題を解決するために様々な素材の人工神経の開発も行なわれているが,現在市販されている人工神経はコラーゲンやポリグリコール酸などの材料からなるもので,末梢神経再生に最も重要な細胞が含まれた神経導管は未だに存在していない.
そこで我々は,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(以下,AMED)からの御支援のもと,京都大学整形外科と共に,本バイオ3Dプリンティング技術を用いた細胞製人工神経導管(Bio 3D Conduit)の開発に取り組んできた.我々はこれまでに,バイオ3Dプリンタを用いて,線維芽細胞のみで作製した細胞構造体(Bio 3D Conduit)を開発し,神経損傷モデルの動物に移植後,良好な神経再生が見られたことを報告した1–3).本技術は,①異種動物由来のスキャフォールドや生体材料を使用しないため,高い安全性を有する,②細胞のみで立体的な細胞構造体を作製出来る,③従来の人工神経よりもはるかに高い再生能力を有する,の特長があり他技術を凌駕している.小動物での神経再生の確認,中大動物での安全性・有効性試験での良好な結果を踏まえて2021年より進めてきた医師主導治験を2023年に完了した.近い将来,「三次元神経導管」の再生医療等製品としての国内承認と海外での承認取得を実現すべく開発を継続中である.
2) 骨軟骨関節の軟骨は血管が通っていないことから自己再生能力が極めて乏しく,一旦損傷すると自己再生することなく損傷が進行しやすい部位である.従来の軟骨再生製品は,関節表面の薄い軟骨層の損傷のみを修復するもので,軟骨層を支える軟骨下骨の層まで損傷が及ぶ場合には,人工関節への置換または経過観察による対処療法が選択されている.
我々は,軟骨だけでなく軟骨下骨まで損傷が進行している患者さまへ軟骨と軟骨下骨とを同時に再生させることが可能な「細胞製骨軟骨」の開発に取り組んでいる.脂肪由来幹細胞構造体を用いた細胞製の骨軟骨構造体は,欠損部への移植後,細胞自らが徐々に軟骨と骨に分化して軟骨及び軟骨層を支える軟骨下骨それぞれの組織を同時に再生することが確認されており4),これまで効果的な治療法に乏しかった患者さまのQOL(Quality of Life)の向上に向けて大きな期待が寄せられている.これまでに九州大学病院において,変形性膝関節症をはじめとする患者さまへ細胞製骨軟骨を移植する臨床試験を実施してきた.さらに,次相臨床試験開始に向けて,慶應義塾大学病院とともに開発を進めている.
3) 血管再生既存の人工血管を用いた治療法においては,例えば,抗血栓性や抗感染性についての懸念や,口径6 mm未満の小口径人工血管では流量が少なく詰まりやすいことが課題として残されおり,高い抗血栓性や抗感染性をもったより生体に近い小口径人工血管の開発が望まれている.そこで我々は,AMEDの支援のもと,佐賀大学と本バイオ3Dプリンティング技術を用いた細胞製人工血管構造体の開発に取り組んできた.ヌードラット及びミニブタでの研究成果をもとに5),2019年よりヒト臨床研究を進めている.具体的には,患者さまご自身の皮膚由来線維芽細胞を採取し,作製したスフェロイドを「レジェノバ®」を用いてチューブ状に積層し,管状の構造体を得る.その後,循環培養を行うことでヒトの血圧の数十倍の耐圧強度を持った血管様構造体を得ることができた.さらには,複数の血管様構造体を連結培養することにより長い血管を作製することが可能であるため,長さのコントロールはある程度可能である.非臨床試験における安全性と有効性の確認6)を経て,2019年より佐賀大学と共同で臨床研究を実施している.
医薬品の開発においては,様々な動物実験において新薬の有効性や安全性が評価された結果を踏まえてヒト臨床試験に進むことは周知の通りである.しかしながら,動物とヒトとの種差が原因となって,動物試験とは異なる結果がヒト臨床試験で発覚することも多かった.また,昨今の動物実験代替に関する潮流もあり,ヒト細胞を用いた新しい評価系に対する期待は大きい.ヒト細胞の培養には長年の実績と簡便性から平面培養法がよく使われる.しかしながら,平面で培養された細胞はその環境がヒト体内や臓器内と異なるためか必ずしも期待される機能を再現できない場合も多い.最近,ヒト体内での細胞機能を再現する方法として三次元培養が注目されており,スフェロイドやオルガノイドといった組織体,がん領域においては,患者さまから採取したがん組織を三次元培養する方法が使われるようになってきている.一方で,細胞機能の揃った三次元組織を,安定的・再現良く,大量に作製することは,技術的にも難度が高く製品開発上の大きな課題であった.
当社のプラットフォーム技術は,ヒト細胞のみからなる三次元組織を構築することで,形状や機能をヒト組織に近いものとして実現するのみならず,均質な三次元組織体を安定的に作製・培養できる.そこで,①特定の機能を有する,②取り扱いが簡便,③製品性能のばらつきが小さい,ことを特徴とする臓器の機能を体外で再現する製品群を「機能性細胞デバイス(functional cellular device:FCD)」と名付け,様々な三次元組織アッセイ製品開発を進めている(図4).
2022年,FCD製品群の第一弾として,健康肝臓モデルである「3Dミニ肝臓」の製造・販売を開始した.3Dミニ肝臓は,ヒト肝臓由来の細胞のみから構成された直径約1 mmの球状の組織体であり,薬物代謝機能が約1ヵ月間持続する(図5,6)ことを特徴としている7).また,この球状組織を96ウェルプレートの各ウェルに1個ずつ配置した製品形態において,肝臓の代謝機能をあずかる代表的な代謝酵素CYP3A4の活性は,3週間にわたりほぼ一定であると同時に個体間差も小さく設計されている(図7).また,サイズの大きさに起因した高い代謝容量を有しているため,高感度な培地分析などが可能となり,微量な代謝産物の解析に適している(図8).
ユーザーにおいては,例えば,薬物を溶解した培地を用いて3Dミニ肝臓を培養し,所定時間後に培養上清を採取して分析すれば,容易に薬物の代謝速度が評価できる.また,CYP代謝性の小さい低クリアランス薬物の評価には,長時間の薬剤暴露試験が必要になるが,長期間安定的に高容量の代謝酵素活性を維持している「3Dミニ肝臓」は精度の高い情報を提供できるツールとなりうる(図9).
薬物代謝の評価では,代謝反応経路や代謝産物の構造解析も必要とされるが,対象となる薬物を含む培地で「3Dミニ肝臓」を培養した培養上清には代謝産物が蓄積されていた(図10).培養上清中に含まれる成分をLC/MSやLC/MS/MSで分析すれば,容易にその化学構造を決定することもできる).得られた複数の代謝産物は,同薬剤を投与したヒト血中から検出された代謝産物と同一であり,ヒト体内と同じ代謝反応が進行していることがわかった(図11).
一方,薬物肝細胞に与える影響を,3Dミニ肝臓の生存率,培地中に分泌されたアルブミン量やエクソソーム中のmiRNA量の変動として評価することが可能であり(図12),FDAに登録されているヒト肝障害が報告されている薬物の毒性を高い感度で検出できている.
薬剤性肝障害の評価は,最近注目されている核酸医薬の開発プロセスでも重要である.核酸医薬はヒトDNA配列特有の配列を持っているため,その有効性やオフターゲット毒性の評価はヒト細胞を使うことでしか評価ができず,従来の動物モデルを用いた評価系だけでは原理的に開発が難しくなっている.当社が提供する3Dミニ肝臓を用いてアンチセンス核酸医薬の毒性評価も可能であり,今後の薬剤開発において有用なツールとなることが期待できる.
当社が開発するFCD製品は,創薬支援のみならず,食品や化粧品の開発,あるいは化成品開発におけるヒトへの影響評価への応用も考えられ,広く次世代ヘルスケアの製品開発支援用の製品として開発品の拡大を進めていく予定である.
現在ヒト臨床試験を進めている再生医療の主要パイプラインの承認を取得し,創業以来目標としてきた患者さまに新たな治療の選択肢を届けることを第一優先で進めていく.バイオ3Dプリンティング技術が創り出す再生医療等製品が患者さまに届く日はもうまもなくである.また,創薬,機能性食品や化粧品などの開発に有用な機能性細胞デバイスのラインナップ拡充を進め,再生医療分野と平行して治療の飛躍的な進歩に貢献し「細胞から希望をつくる(Create Hope from Cells)」当社のミッション実現を強力に推進していく.
前川 敏彦(株式会社サイフューズ).