2024 Volume 159 Issue 3 Pages 165-168
ヒトを含む好気性生物が生命を持続させるATPを得るためには,酸素が必要不可欠である.しかし,その一方で,活性酸素種などを産生し,酸素は生体に様々な障害を引き起こす.このような酸素の両義的生物活性に対応すべく,体内の酸素分圧を鋭敏に感知して組織へ適切に酸素供給を制御する仕組みを好気性生物は備えている.低酸素に対する生理的な応答には,急性と緩徐な相があり,急性の低酸素応答における酸素センシングの分子機構は特に未解明である.我々は高Redox感受性を示すカチオンチャネルTRPA1が,末梢組織から中枢神経系に至るまでの生体内各所で酸素センシング機構の鍵となっていることを見出した.本稿では,古くから急性の酸素センシングにおける重要性が認識されている頸動脈小体を含め,広く酸素センシング機構の最近の研究動向を概説する.そして,急性の低酸素応答の基盤となる分子機構におけるTRPA1チャネルの普遍的役割について論じる.
Molecular oxygen suffices the ATP production required for the survival of us aerobic organisms. But it is also true that oxygen acts as a source of reactive oxygen species that elicit a spectrum of damages in living organisms. To cope with such intrinsic ambiguity of biological activity oxygen exerts, aerobic mechanisms are equipped with an exquisite adaptive system, which sensitively detects partial pressure of oxygen within the body and controls appropriate oxygen supply to the tissues. Physiological responses to hypoxia are comprised of the acute and chronic phases, in the former of which the oxygen-sensing remains controversial particularly from mechanistic points of view. Recently, we have revealed that the prominently redox-sensitive cation channel TRPA1 plays key roles in oxygen-sensing mechanisms identified in the peripheral tissues and the central nervous system. In this review, we summarize recent development of researches on oxygen-sensing mechanisms including that in the carotid body, which has been recognized as the oxygen receptor organ central to acute oxygen-sensing. We also discuss how ubiquitously the TRPA1 contributes to the mechanisms underlying the acute phase of adaptation to hypoxia.
酸素分子O2が我々好気性生物にとってこれほど切実なのは,ATPの産生を介して生命活動を維持してくれるからである.しかし,多くの生命体にとって酸素は「毒」でさえある.これはそもそも,酸素が存在しない環境に生命は起源するからである.また,実際に,多細胞生物の生体内には様々なレベルで低酸素環境が形成されている.つまり,好気性生物は不足に陥らぬよう酸素の供給を維持する必要はあるが,適切なレベルに抑制された酸素にも積極的な意義がある.近年,低酸素環境が胚発生,血管新生,成体神経新生,および造血などに重要であることも明らかにされつつある.
酸素の変化を感知しそれに適応するために,生物個体にはどのような能力を備えているのだろうか? この課題を探究する「酸素生物学」は,常に生理学において最も重要な地位を占めてきた.低酸素に対する生理的な応答は,急性と緩徐な応答に大きく分類される.緩徐な低酸素適応である造血作用や血管形成などには,低酸素誘導因子(hypoxia-inducible factor:HIF)が中心的な役割を果たす(2019年ノーベル生理学・医学賞受賞).それに対し,急性の酸素センシングにはHeymansによる頸動脈小体の発見以降(1938年ノーベル生理学・医学賞受賞),頸動脈小体における血中酸素濃度感知機構が圧倒的に重要であると考えられてきた.頸動脈の分岐点に位置する頸動脈小体はglomeruliと呼ばれる数個の細胞のクラスターが集まってできている.それぞれのglomeruliは,神経様細胞のglomus細胞とグリア様細胞のsustentacular細胞から成る.Glomus細胞とsustentacular細胞は電子顕微鏡で見ると容易に区別でき,低酸素感受性を有するglomus細胞がミトコンドリアと電子密度の高い分泌小胞を多く含む様が詳細に観察できる1).長年に亘りそこで想定されてきたのが,低酸素を何かしらの酸素センサー分子が感知しK+チャネル群を閉じることにより膜電位を脱分極させるという機構である.そして,電位依存性Ca2+チャネルを介したCa2+流入をトリガーとする小胞体の形質膜への融合を経て,ドパミン等の伝達物質が放出される.これが延いては,近接する舌咽神経枝である頸動脈洞神経終末を興奮させることにより求心性の信号伝達を惹起し,適切な呼吸応答を引き起こすというモデルが提唱されている.
低酸素応答に関する研究の歴史的において重要なのが,ウサギから単離された頸動脈小体を構成するglomus細胞において,酸素分圧を150 mmHgから10 mmHgに変化させたときに抑制されるK+チャネル電流が存在するという,López-Barneo博士らによる世界で最初の酸素感受性イオンチャネルの発見である2).しかし,この発見から30年以上を経ても,未だに酸素センサーの分子実体は確定されていない.現在までに,低酸素によるミトコンドリアの電子伝達系の阻害に起因する活性酸素種産生やATP量の低下,ヘムオキシゲナーゼ活性の低下に伴う一酸化炭素の生成抑制によりK+チャネルが閉口するなどの様々なモデルが提唱されてきた3).これら複数の機構は,それらの間の相対的な重要性や相関性を含め,統一的に理解する努力が為されてこなかった.最近,このような背景のもと,世界中でglomus細胞における酸素センシング機構の解明にしのぎが削られており,Nature誌上でも議論が交わされた.即ち,2015年にChang博士らによって,頸動脈小体glomus細胞特異的に発現している嗅覚受容体Olfr78が,低酸素により蓄積する乳酸を感知して細胞内Ca2+濃度上昇を引き起こして伝達物質放出を促すことで,酸素センサーとして働くことを提唱した4).そして,個体レベルの解析においては,Olfr78遺伝子欠損マウスが高二酸化炭素には正常に応答する一方で,低酸素状態においては換気が増加しないことを示した.一方,López-Barneo博士らのグループは,複数系統のOlfr78を欠損させたマウスを用い,低酸素に対する換気応答,頸動脈小体のスライスを用いたアンペロメトリーによるドパミンの放出,及び単離したglomus細胞を用いたCa2+イメージングを含む全ての実験系において,Olfr78遺伝子欠損マウスに低酸素受容に関する表現型の変化は見出されないと報告し,glomus細胞の酸素センサーとしてのOlfr78の関与に否定的な見解を示した5).これに対してChang博士らは,マウスの遺伝的なバックグラウンドや実験条件の違いを異なる結果に至った原因として挙げている6).このように,急性の低酸素センシングを担うセンサーの分子機構は未だ解明からは程遠い.
TRPチャネルは,1989年にショウジョウバエの光受容応答変異株transient receptor potentialより分子的に同定され,著しく機能的に多様であるイオンチャネルファミリーを形成している.哺乳動物では,これまで28種類のタンパク質が同定されており,それらは6つのサブファミリーTRPC(Canonical),TRPV(Vanilloid),TRPM(Melastatin),TRPA(Ankyrin),TRPP(Polycystin)およびTRPML(Mucolipin)に分類されている.TRPタンパク質はホモ四量体,もしくはヘテロ四量体で非選択的カチオン透過型チャネルを形成し,細胞内セカンドメッセンジャーであるCa2+イオンを含むカチオンを透過させる.多くのTRPチャネルは,カプサイシンなどの刺激物質,温度変化,pH変化,浸透圧変化などで活性化され,細胞内外の多種多様な環境変化を迅速に感知するセンサーとして働いている.
生体内の酸化還元状態は,グルタチオンなどの抗酸化物質と,活性酸素種および活性窒素種,またその他の求電子分子を含む酸化還元反応種のバランスによって決定される.一般的に,酸化還元反応種の過剰産生による細胞の酸化還元状態の恒常性の崩れは,膜脂質,タンパク質,およびDNAへの損傷をもたらす.しかしながら近年,酸化還元反応種のシグナル伝達分子としての役割が着目されている.これらの酸化還元反応物質に対して,複数のTRPチャネルが活性化することにより,様々な生理現象や病態を惹起する.例えば,我々のグループは,TRPM2が活性酸素種の一種である過酸化水素刺激に対して活性化することを世界に先駆けて報告し7),単球におけるケモカインの産生8)やマクロファージにおけるNRPL3インフラマソームの活性化9)等,免疫応答や炎症促進において重要な役割を果たす.また,TRPC5は活性窒素種である一酸化窒素に対する感受性を示し,システイン残基が直接S-ニトロシル化されることで活性化することを報告した10).
我々は,TRPの酸化還元感受性に関する研究を進め,様々な酸化力を有する酸化物質ライブラリーを用いて,redox感受性TRPチャネルの酸化感受性を網羅的かつ定量的に評価した.その結果,TRPA1は最も高い酸化感受性を示し,酸素のような弱い酸化物さえ感知し活性化開口することを見出した11).変異体を用いたラベル化実験及びCa2+イメージングにより,このようなTRPA1の高酸素感受性には633番目及び856番目のシステイン残基が関与することがわかった.一方,驚くべきことに,TRPA1は窒素ガスを通気させて低酸素化させた水溶液によっても活性化された.TRPA1はアンキリンリピート内にプロリンヒドロキシ化モチーフを有しており,通常の酸素分圧下では,プロリンヒドロキシ化酵素(PHD)により394番目のプロリン残基がヒドロキシ化を受けており,活性が抑えられている.しかし,低酸素分圧下ではPHDの活性が低下し,プロリン残基のヒドロキシ化が抑制されることによりTRPA1が活性化することを見出した.Trpa1欠損マウスでは,高酸素および低酸素による迷走神経の電気的活動の亢進が損なわれている.また,TRPA1阻害薬を処置したマウスは低酸素換気応答が損なわれることが報告されている12).さらに,我々はTrpa1欠損マウスは,通常O2濃度下において肺障害及び肺高血圧症を示すが,これらの症状は高酸素及び低酸素環境下で,更に重篤化することも見出した.以上から,TRPA1が末梢神経の酸素センシングに寄与し,呼吸を介した体内への酸素の取り込みを制御することが示唆された.
酸素消費が盛んな脳の局所において,どのように酸素濃度がセンシングされるのかは不明であった.脳内で酸素センシングを担うのは神経細胞とグリア細胞の両説があり,メカニズムに関しても,直接酸素を感知するのではなく,二酸化炭素やそれが溶けることによる酸性化の感知が重要であるとの説もあり,どのように脳内の局所々々で酸素センシングが為されるかの解明が待たれていた.我々は,延髄呼吸中枢pFRG/RTN領域のアストロサイトの特定の集団が,低酸素状態におかれるとTRPA1カチオンチャネルを細胞表面膜に集積させて数秒から数分の時間スケールで酸素センサーとして働き,ATPを放出することで呼吸の深さを決定する横隔神経からの出力を制御するという,酸素依存的なチャネルタンパク質の代謝が関与する全く新しい酸素センシングメカニズムを明らかにした13)(図1).また,その基盤となるメカニズムとして,正常酸素濃度下においては,TRPA1チャネルのプロリン残基がPHDによってヒドロキシ化され,さらにユビキチンリガーゼNEDD4-1によってユビキチン化されることで形質膜への発現が抑制される,膜タンパク質の酸素依存的な形質膜発現の新規制御機構も発見した.さらに,アストロサイトのTRPA1チャネルが,低酸曝露後の呼吸増加(post-hypoxic respiratory augmentation:PHRA),即ち呼吸制御の神経可塑性に寄与することも示した14).一般的に急性の酸素センシングでは,形質膜上に存在するイオンチャネルの活性化により細胞応答が引き起こされると理解されてきたが,本発見はTRPA1チャネルタンパク質が低酸素によって細胞内から表面膜へと移行して低酸素へのアストロサイトの応答を惹起するという,酸素依存的チャネルタンパク質代謝を介した全く新しい酸素感知機構であり,急性の酸素センシングの分子機構解明に大きく前進した.
低酸素環境下でPHDによるプロリン水酸化とE3ユビキチンリガーゼVHLによるタンパク質分解から解放されて安定化した低酸素誘導因子HIFが,造血因子エリスロポエチンや血管新生誘導因子VEGF等を誘導するという遺伝子発現依存的な経路が,緩徐な低酸素適応の鍵分子機構として広く研究されてきた(2019年ノーベル生理学・医学賞受賞).それに対し,我々が見出した急性の低酸素応答のメカニズムは,正常酸素濃度下でTRPA1チャネルのプロリン残基がPHDによってヒドロキシ化され,それを指標にE3ユビキチンリガーゼNEDD4-1によってユビキチン化され,形質膜への発現が制御されるという新規制御メカニズムである.前者の遺伝子発現依存的なHIF-PHD-VHL経路の時間依存性が数十分~時間であるのと異なり,遺伝子発現非依存的なTRPA1-PHD-NEDD4-1経路の時間依存性は数秒~数分であることも興味深い.さらにTRPA1-PHD-NEDD4-1経路は生理的な条件のみならず病理的な条件,例えばアストロサイトの反応性アストロサイトへの転換といったような現象にも適用可能である.また,アストロサイトにおいては,TRPA1が穏やかな低酸素応答に関与するのに対し,シビアな低酸素センシングの分子メカニズムは異なることが示唆されている15).したがって,低酸素の程度に応じて段階的に分子メカニズムが異なる可能性がある.これは生体内の酸素センシングはTRPA1に加えて,K+チャネルやその他の分子と協調して行われていることに起因すると推察される.
興味深いことに,脳内において脳幹のみならず様々な領域にTRPA1が発現することを我々は見出している(未発表データ).例えば,マウス頸動脈小体においてTRPA1が低酸素センシングを担うとされているglomus細胞に主に発現していること,及びTrpa1欠損マウスを用いたCa2+イメージングによる機能的な評価により,頸動脈小体glomus細胞のTRPA1は穏やかな低酸素センシングに関与することを見出した16).頸動脈小体を用いた遺伝子発現パターン解析により,酸素非感受性の上頸神経節と比較して,頸動脈小体でTRPC5が約30倍の発現量上昇が認められており17),酸素センシングにおけるTRPC5の役割にも目が離せない.
以上のように,末梢から中枢に至る生体システムにおいて,普遍的にTRPA1が酸素センシングメカニズムに関与しており,TRPA1-PHD-NEDD4-1経路は,普遍的な分子実体として急性の酸素センシング機構の混迷状況に道筋を与える可能性を有する.また,図2はPHDの標的となりそうなコンセンサス配列を含むチャネル分子を示している.PHDによるヒドロキシ化とNEDD4-1によるユビキチン化とタンパク質内在化が,急性の低酸素応答に関係するチャネル機構が拡張することは大いに期待される.TRPA1を含む,これらのチャネルタンパク質の機能や代謝制御の異常は低酸素が関与する疾患の発症機構に関与することも考えられ,近年社会問題となっている睡眠時無呼吸症候群などの新しい薬の開発における重要な標的になるかもしれない.
開示すべき利益相反はない.