Folia Pharmacologica Japonica
Online ISSN : 1347-8397
Print ISSN : 0015-5691
ISSN-L : 0015-5691
Reviews: Frontiers of Pharmacological Approaches Targeting Hypoxic Responses
The development of innovative therapeutic drugs targeting hypoxia responses
Kiyotsugu YoshikawaHiroki HagimotoEijiro Nakamura
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2024 Volume 159 Issue 3 Pages 160-164

Details
要約

2019年のノーベル医学生理学賞はWilliam G. Kaelin Jr博士,Peter J. Ratcliffe博士,Gregg L. Semenza博士の3氏に贈られた.受賞理由として新規の生理機構解明がHIF-PH阻害薬とHIF-2阻害薬という革新的な治療薬開発に繋がったことが挙げられる.上記の博士は,それぞれ腫瘍内科医,腎臓内科医,小児科医という異なるバックグラウンドを有し独自の視点で始めた研究が最終的に融合し「生体の低酸素環境に対する応答機構の解明」に至った点が興味深い.両薬剤は実臨床のアンメットニーズを解決すべく始まった橋渡し研究:translational research(TR)が「非臨床Proof of Concept(POC)の取得」に繋がり「治験での薬効証明」という薬剤開発過程が全て成功をおさめた典型例である.筆者の一人である中村は受賞者のKaelin博士の指導のもと上記の薬剤開発の過程を同時進行的に体験する幸運に恵まれた.本稿において両薬剤の開発過程と臨床的意義を示す.

Abstract

The 2019 Nobel Prize in Physiology or Medicine was awarded to Dr. William G. Kaelin Jr, Dr. Peter J. Ratcliffe, and Dr. Gregg L. Semenza for their elucidation of new physiological mechanisms “How cells sense and adapt to oxygen availability”. Moreover, two different drugs, HIF-PH inhibitors and HIF-2 inhibitors were also developed based on the discovery. Interestingly, those three doctors have different backgrounds as a medical oncologist, a nephrologist, and a pediatrician, respectively. They have started the research based on their own unique perspectives and eventually merged as “the elucidation of the response mechanism of living organisms to hypoxic environments”. In this review, we will explain how the translational research that has begun to solve unmet clinical needs successfully contributed to the development of innovative therapeutic drugs.

1.  von Hippel-Lindau(VHL)病の発病機構解明から得られた知見

「低酸素応答を標的とした新規薬剤の開発」は遺伝性疾患であるVon Hippel Lindau disease(VHL病)の発病機構を解明する橋渡し研究から始まった.同疾患はVHL遺伝子の生殖系列変異に起因する希少難病で,患者は網膜血管腫,中枢神経系血管芽腫,膵神経内分泌腫瘍(pNET),腎細胞がん(RCC)などを臓器横断的に発症する13).VHL遺伝子は1993年に米国NIHのグループが患者germline DNAを用いて同定に成功した.639塩基長のmRNAタンパク質翻訳領域を有するが発見当初は既存分子との相同性を示さず,新規の腫瘍抑制機構を有する可能性が示唆された4,5)VHLの体細胞変異は非遺伝性RCC組織でも高率に同定され同遺伝子がRCC腫瘍抑制遺伝子であることも示された6).当時は転移性RCC患者(mRCC)に対する有効な治療法がなく,臓器横断的な腫瘍発症に特徴があることから腫瘍内科医のバックグラウンドを有するKaelin博士が興味を抱き研究を開始した.

Kaelin博士は最初に,VHL変異を有する786-O VHL-/- RCC細胞にwild type VHLを再導入したWT8細胞を樹立,同細胞がmockを導入されたpRC3細胞と比較してin vivoでの腫瘍形成能力が低下していることを証明した7).次に,「RCCは豊富な腫瘍血管を有し正常腎組織と比較してがん組織でVEGFA mRNAレベルが上昇している」との報告8)に基づき両細胞を比較しpVHLがVEGFA mRNA産生を阻害することを見出した9).上記の知見を基に,mRCCの腫瘍血管を標的としたヒト化抗VEGFヒト化モノクローナル抗体であるbevacizumab(Avastin®)のランダム化比較第Ⅱ相試験が実施されプラセボ群と比較してProgression Free Survival(PFS)の有意な延長が証明された10).この試験結果は,全てのがん腫の中で初めて抗VEGF療法のPOCが示された重要な結果であった.その後にVEGF受容体シグナル経路を標的とするチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)が開発されmRCCの標準治療として臨床導入されるに至った11)

2.  pVHLとHIFαの邂逅

pVHLのタンパク質構造に基づいた解析も進められ,同タンパク質がElongin-C,Elongin-B,CUL2,RBX1に結合しVBC複合体を形成することが判明した1217).そして,京都大学の岩井一宏博士がVBC複合体がE3ユビキチンリガーゼとして機能することを報告した18)

一方,VHL遺伝子の同定前からSemenza博士とRatcliffe博士が低酸素下でエリスロポエチン(EPO)のmRNAを発現誘導する転写因子の探索を行い,低酸素応答のマスター調節転写因子であるhypoxia-inducible factor(HIF)の同定に成功していた1921).HIFはα-とβ-subunitのヘテロ二量体から形成される転写因子で前者はHIF1AEPAS1HIF3Aから転写される3つのisoformが存在し,後者はARNT遺伝子によりコードされる22).そして,1999年にRatcliffeラボからHIFαがVBC複合体の基質であることが報告された23).HIFとpVHLが必然的ではあるものの運命的な邂逅を果たし,その後の低酸素領域研究の急速な進歩に繋がった.

3.  HIFαの酸素濃度依存的分解機構の解明

次なる研究テーマはpVHLとHIFαの結合機構解明であった.2001年にKaelin博士とRatcliffe博士のグループがHIFαのoxygen-dependent degradation(ODD)内のプロリン残基の水酸化により両者が結合することをback to backでScience誌に報告した24,25).当然,この結果はプロリン残基の水酸化を司るプロリン水酸化酵素(prolyl hydroxylase domain-containing protein:PHD)の存在を示唆する.両研究室が同定を進めたが,Ratcliffeラボが当時知られていたプロコラーゲンのPHDに対する相同配列をESTデータベースで検索し候補遺伝子を抽出,線虫の実験系を用いてHIFαのPHD同定に成功しCell誌に報告した26).私(中村)はスクープされた,まさにその日にKaelinラボに在籍していた.我々も細胞のタンパク質分画からプロリン水酸化活性を有する酵素の同定に成功しており,先を越された衝撃は非常に大きかった.師匠のKaelin博士は全てのラボメンバーを集めて「Science is fun, but also painful at times. We “must” salvage this work to get the correct evaluation in the ‍future」という趣旨の訓示を行い,翌年にPHD同定に関する論文を発表した27).無論,当時のポスドクは自分達‍が行なっている実験の重要性を理解していたがノーベル賞受賞に繋がるとは誰も想像しておらず,後日に改めてKaelin博士の慧眼に驚嘆することになる.話は脇道にそれたが,その後,生体の低酸素環境に対する応答機構に関して多くのラボから以下に挙げる重要な研究成果が発表された(図‍12).

図1 アミノ酸側鎖水酸化によるコラーゲン・HIF-2αの修飾

有酸素下のHIF-2αは,プロコラーゲンのプロリン水酸化反応に似て,プロリン・アスパラギン酸側鎖の水酸化を受け,各々分解・転写抑制の制御を受けている.

図2 HIF-2αの制御機構

有酸素下のHIF-2αは,PHDによるプロリン側鎖水酸化により,pVHLを介したプロテアゾームでの分解を受けると共に,FIH-1によるアスパラギン酸側鎖水酸化により,p300/CBPとの結合が抑制されHIFαの転写活性が低下する.低酸素下では,上記水酸化が起こらず,HIF-2αは標的遺伝子の転写を促進する.

①哺乳類では3種類のPHD遺伝子(PHD1-3)が存在し臓器特異的な発現と異なる細胞内局在を示す28,29).この中でPHD2が生体内でのHIFαの主要なプロリン水酸化酵素であり個体発生に必須の分子となっている30,31)

②正常酸素下ではHIFαのプロリン残基(HIF-2αではPro405,Pro531)がPHDにより水酸化されpVHLに結合,VBC complexによるユビキチン化をうけてプロテアソームに運ばれ分解される17,27)

③PHDは酵素活性化に酸素,2-oxoglutarate(2-OG),Fe2+を必要とするため,低酸素環境下では酵素活性が低下しHIFαの水酸化は起こらない.pVHLへの結合を免れユビキチン化によるプロテアソームでの分解を免れたHIFαは‍HIF-1βと複合体を形成しゲノムDNA上の特定の配列(hypoxia response element)を認識し低酸素関連遺伝子の転写を誘導する32,33)

④HIF-2αのAsn847側鎖はFIH-1による水酸化を受ける.この結果,HIFαとコアクティベーターp300/CBPとの結合が抑制されHIFαの転写活性が低下する.同反応も酵素活性に酸素,2-oxoglutarate(2-OG),Fe2+を必要とする.低酸素環境下ではFIH-1の酵素活性が低下,Asn847側鎖の水酸化が起こらずp300/CBPと結合し転写活性が亢進する22)

4.  HIF-PH阻害薬の開発史

Kaelin博士は早い段階からHIF-PH阻害薬の開発を念頭に実験を進めていたと思われる.ODDにluciferaseをfusionさせたplasmidを導入したトランスジェニックマウスを作成,マウス生体でHIFαを定量的に測定可能とするin vivo実験系を樹立した34).実際,開発初期の同阻害薬:FG-4383をマウスへ投与し腎臓におけるLucシグナルの亢進と血中でのEpo濃度上昇を証明している34).殆どの研究者は上記の実験で非臨床POCが取得されたと納得するが,Kaelin博士はよりdefinitiveなevidenceを求めた.即ち,phdノックアウトマウスを用いた確認実験である.同実験の問題点と‍してマウスでは3種類のPhd遺伝子が存在しredundantに働く可能性が挙げられることからtriple knockoutマウス樹立が必須となる.この大トリを担った(Kaelin博士が白羽の矢を立てた)のが現群馬大学大学院医学研究科生化学‍教室の南嶋洋司教授である.Epoは肝臓でも産生される‍ことが確認されていたが,同博士がalbumin-CreによるconditionalノックアウトのPhd/1/2/3 TKOの樹立に成功,‍全‍てのphdがKOされたマウスで血中Epoがvhlのconditional KOマウスと同レベルに亢進することを証明した.phdのsingle KOやdouble KOマウスでは上記の亢進は認められず,肝臓からのEpo産生においてphdがredundantに働くことも証明された35,36)

そして,複数のHIF-PH阻害薬が開発された.同阻害薬はEPO産生のみならず腸管からの鉄吸収,体内輸送等を刺激する働きも有し実臨床での腎性貧血治療に使用されている37,38).こちらに関しては南学正臣教授の項を熟読頂きたい.

5.  HIF-2阻害薬の開発史

RCCはVHL遺伝子変異を来しHIFα抑制機構が破綻している.従って,正常酸素下でもHIFが恒常的に活性化しVEGFA発現が亢進している.VEGF受容体を標的とするTKIがmRCCに有効性を示すが,いずれは薬剤耐性を獲得するため,より上位のHIFを標的とする薬剤開発が必要であった11).転写活性を有するHIFにはHIF-1,2が存在する.HIF-1βは共通しており標的遺伝子の特異性はHIFαで規定される22).RCCでは,HIF-1αとHIF-2αの両方,または,HIF-2αのみを発現するphenotypeが存在しHIF-1α単独腫瘍がないことからHIF-2αがdriverであると考えられていたが39),Kaelin博士のグループから,

①RCCでは約4割の症例でHIF-1αをコードするHIF1A locusが欠失している

②HIF-1αとHIF-2αの両方を発現するRCC細胞で前者をshRNAで発現抑制を行った場合は細胞増殖が促進,後者の抑制を行った場合は細胞増殖が抑制される

ことが2011年に示され40),HIF-2阻害薬の開発が開始された.

2016年にWallace博士のグループがPT2399やPT2385などのHIF-2αとHIF-1βの二量体化をアロステリック阻害する低分子化合物開発に成功し41),複数のグループがin vivoでの薬効評価を行った.Kaelin博士のグループはVHL変異RCC細胞から抽出したwhole cell extractに抗HIF-1β抗体を加え共免疫沈降されるHIF-2α量がPT2399により濃度依‍存的に減少する,すなわち同化合物がHIF-1βとの会合を‍阻害することを示し,また,同化合物がRCC患者由来xenograftの腫瘍増殖を阻害することを証明した42).これらの実験結果に基づいてHIF-2α阻害薬,PT2385の第Ⅰ相試験が実施された.対象はanti-VEGF療法を含む,既存の全ての治療薬に抵抗性を獲得した症例で,50名の内,1名(2%)で完全奏効(complete response:CR),6名(12%)において30%を超える腫瘍サイズの縮小(partial response:PR)が得られた.また,26名(52%)が病状の安定を示した43)

一連のHIF-2阻害薬の中でBelzutifanの開発が最も進んでおり米国と欧州でVHL病患者を対象とした第Ⅱ相試験が行われた.RCC原発巣に対して30例(49%)でPRが得られ,pNETでも22人中3人(13.6%)と17人(77.3%)の患者でCRとPRが達成された.更に,治療効果を示す薬剤が全くなかった中枢神経系血管芽腫において50人中3人(6.0%)でCR,12人(24%)でPRが達成された44).この結果により,2021年にBelzutifanがVHL病に対して承認された.同薬剤のmRCC患者に対する治験も進行中であり,近い将来に承認される可能性が高い11)

VHL病を始めとする遺伝性腫瘍の原因遺伝子は腫瘍抑制遺伝子として働くものが多く治療薬開発は困難とされてきた.しかし,2005年にSynthetic Lethality(合成致死)の概念がKaelin博士により提案され45)BRCA1/2変異腫瘍に対するPARP阻害薬が開発された.またミスマッチDNA修復遺伝子変異に起因するリンチ症候群に対しては,京都大学の本庶佑博士と湊長博博士の研究グループが世界で初めて非臨床POCを示したPD-1に対する抗体薬が有効であることが証明されており46,47),一連の遺伝性腫瘍責任遺伝子を標的にした治療が開発されている(表1).今後も同様の手法で希少難病に対する治療薬開発が進むことが切に望まれる.

表1 遺伝性腫瘍と治療薬

腫瘍抑制遺伝子 疾患 治療薬
BRCA1・BRCA2 遺伝性乳がん卵巣がん症候群 PARP阻害薬
VHL VHL病 HIF-2α阻害薬
NF1 レックリングハウゼン病 MEK1/2阻害薬
MSH2・MLH1・MSH6・PMS1・PMS2 リンチ症候群 免疫チェックポイント阻害薬

6.  おわりに

最近はKaelin博士のラボを訪れる機会に恵まれないが,訪問すると必ずポスドクの実験データを批評するように依頼される.時にKaelin博士も参加し実験の方向性を決めるdiscussionが行われる.私(中村)にとって最新の研究成果のみならずVHL病,RCCの治療と治験の最前線に立つ医師として新規治療薬の開発状況を知る上で非常に貴重な機会となっている.褒められたことではないが,医学部生時代はラグビー部中心の生活を送り基礎研究室に所属して研究に従事したのは大学院を中心とした5年間のみであった.Kaelinラボでの研究生活に問題なく適応することができたのは日本での大学院教育の賜物である.吉川と南嶋博士の留学時においても同様のことが言える.アンメットニーズ克服に向けた研究が多くの疾患の治療に結びついたことは歴史が示してきた通りでありさらなる充実が望まれるが,実際に実験を行う若手研究者諸君の力が必須であることは言うまでもない.若い諸君に本稿で最も強調したいことはKaelin博士の研究に対する姿勢であり成果そのものではない.機会があれば,是非とも海外での研究生活を体験してもらいたい.

利益相反

中村 英二郎(住友ファーマ株式会社).

謝辞

私(中村)は大学院生として現京都大学総長:湊長博博士のラボに参加して薫陶を受け,岩井一宏博士に直接指導を受ける幸運に恵まれた.現行のmRCC治療でも治療の中心である免疫学のみならず医学研究の基礎を学ばせて頂いたことに感謝の念に堪えない.また,京都大学でご指導頂いた全ての先生方,RCCに対するTR研究をご指導くださったKaelin博士と南嶋博士をはじめとする全てのBillラボメンバーに深く感謝するとともに,現職の国立がん研究センターにおいて「日本におけるがん医療の旗艦施設として,がん制圧の中核拠点一人一人の患者さんに最適な世界最高レベルの医療を提供する.」をビジョンに掲げ日夜奮闘している全ての関係者の方々に敬意を表す.

文献
著者プロフィール

吉川 清次(よしかわ きよつぐ)(写真右)

同志社女子大学薬学部薬物治療学,教授.

中村 英二郎(なかむら えいじろう)(写真中央)

国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院,医長.

ハーバード大学ダナファーバー癌研究所留学時代の写真.

写真左は南嶋洋司博士(現群馬大学大学院医学研究科生化学講座教授).

 
© 2024 by The Japanese Pharmacological Society
feedback
Top