2024 Volume 159 Issue 3 Pages 169-172
HIF-PH阻害薬が本邦で承認され保険適応され,臨床で複数の薬剤が使用されており,本邦でも多くの臨床研究や症例報告がなされてきている.臨床使用に関する多くの情報が蓄積されている.しかしながら,HIF-PH阻害薬は低酸素誘導因子(HIF)のレベルを亢進させる作用機序のため,がん患者への投与には注意が必要な状況である.がん細胞において,HIFは腫瘍増殖に影響を与え,化学療法および放射線抵抗性に関与している.一方,免疫細胞においてHIFの亢進は炎症と関連しており,腫瘍進展の抑制に関与しているとされる.これら組織への影響として相反する作用は,生体モデルにおいては明らかとなっていない.そのため,生体腫瘍においてHIFの亢進が,がん治療において有益であるかどうかを明らかにすることが課題である.我々はこれまでに,担がんマウスモデルにおいてHIF-PH阻害薬の投与が腫瘍血管の正常様化を促進し,腫瘍増殖の抑制につながることを報告した.さらに,これらの現象は腫瘍浸潤マクロファージの誘導を惹起し,腫瘍内マクロファージの表現型の変化も誘導した.本稿においては,我々が見出したHIF-PH阻害薬による腫瘍増殖抑制作用とそのメカニズムについて概説する.また,マクロファージに対するがん治療薬の研究,開発動向も紹介したい.
Since the approval of HIF-PH inhibitors, HIF-PH inhibitors have been used clinically, and many studies and clinical case reports have been reported in Japan. A lot of information has been accumulated on clinical usage. However, HIF-PH inhibitors require careful administration for cancer patients due to their action mechanism through upregulating hypoxia-inducible factors (HIFs) level. In cancer cells, HIFs affect tumor progression and contribute to chemo- and radio-resistance. On the other hand, upregulation of HIFs in immune cells is associated with inflammation and suppress tumor progression. However, these controversial effects are not clear in in vivo model. It is needed to reveal whether upregulating HIFs level is beneficial for cancer therapy or not. We have previously reported that HIF-PH inhibitor treatment in tumor bearing mice model led to reconstitute tumor blood vessel and inhibit tumor growth. In addition, these phenomena were caused by tumor infiltrated macrophages and they altered these phenotypes. In this review, we will describe our findings on the mechanism of tumor growth suppression by HIF-PH inhibitors. We also want to mention the risks and benefits of future HIF-PH inhibitors.
本邦ではがん対策推進基本計画の下,がん研究10か年戦略が行われ,近年の新規治療法の開発,新規薬剤の開発が行われ,種々のがん種に対し,奏効率の向上,生存期間の延長に繋がってきた.また,治療中および治療後のQOLの改善もなされ,がん治療は大きく変化してきた.しかしながら,病期の進行したがんや一部のがん種においては奏効率や生存期間は依然として低い状況となっている1).また,これらのがん種においては抗がん薬,放射線治療に抵抗性を示すことが多く,治療法や治療薬の選択が制限される.そして,治療抵抗性腫瘍においては近年開発された免疫チェックポイント阻害薬や,新規の抗がん薬においても例外ではなく,治療抵抗性腫瘍の治療の課題とされるところでもある.
腫瘍組織はがん細胞だけでなく血管内皮細胞,線維芽細胞や免疫細胞など正常な臓器・組織同様に多様な細胞群で構成されている.しかしながら,その組織環境は正常組織とは異なり腫瘍組織特異的な環境が形成され,腫瘍微小環境と呼ばれる2).腫瘍微小環境が形成される原因の一部には未熟な血管形成にあり,腫瘍組織内の血管の蛇行,異常・不規則な分枝,血管内皮同士のタイトジャンクション形成不足や微小血管を覆う周皮細胞の減少などによって血管透過性が亢進し,血液の血管外漏出が生じ,組織血流量が低下するとされる3).そのため,腫瘍組織内は低酸素,低栄養状態となっている.また,組織内間質圧が高いため,薬物などの組織外からの物質輸送効率も低下しており4),このような組織環境が治療抵抗性の一因となっているとされる.
腫瘍免疫療法における抗CTLA4抗体,抗PD1抗体,抗PDL1抗体などの免疫チェックポイント阻害薬の登場は,がん治療に劇的な変化をもたらし,現在,様々ながん種の治療に使用され,奏効率の向上,生存期間の延長をもたらしている.そして,キメラ抗原受容体T(CAR-T)細胞療法は有効であることが示されている.しかし,腫瘍免疫療法の有効性が証明されているにも関わらず,腫瘍免疫療法は特定の集団に対し有効性を示し,すべての患者集団に対し奏効するわけではなく,その有効性は限定される5,6).これらの腫瘍免疫療法はT細胞を介したものであるが,腫瘍組織内においては様々なT細胞排除機構が働き,CD8+T細胞の組織浸潤および腫瘍細胞認識による排除機構が働かないような組織環境が形成されており腫瘍免疫療法が限定的となっている一因とされる7,8).
低酸素誘導因子(hypoxia inducible factor)は生体の低酸素応答を担う,主要な転写因子であり,標的遺伝子発現誘導により,血管新生,造血,嫌気性代謝などを亢進させ,低酸素環境での生体適応に重要な役割を果たす.腫瘍細胞では増殖,転移に関与するとされ9),一方で,T細胞など免疫細胞においては免疫活性化を誘導するとされる10).この相反するHIFの機能・役割について明らかにするため,我々は,低酸素組織である腫瘍組織においてHIFの亢進が腫瘍組織に与える影響について検討を行うためHIF-PH阻害薬を用いることで検討,解析を行った.
腫瘍血管新生抑制薬として抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬が代表的な薬剤として挙げられ,腫瘍組織への血管造成を抑制することで,腫瘍組織への栄養供給を遮断するという目的で開発され,種々のがん種で幅広く使用されているが,基礎,臨床研究において抗VEGF薬の適切量の投与により腫瘍組織内の血管正常化を誘導し,腫瘍組織血流を改善および薬物送達効率を向上させることで,がん化学療法の奏効率が向上することが報告されてきた11,12).腫瘍の多くは,血管形成・血管新生が亢進している状態にあり,正常様血管形成の促進および腫瘍血管の成熟を促すことが腫瘍組織内血流の改善につながり,がん治療戦略の一つとなりうると考えられている.我々はプロリル水酸化酵素(PHD)阻害薬が虚血組織において血管新生促進作用により創傷治癒を促進させる報告より13),HIF-PH阻害薬が腫瘍血管の正常様化を誘導し,腫瘍組織環境を改変すると仮説を立て検討を行った.HIF-PH阻害薬を担がんモデルマウスに投与し,腫瘍組織内血管を解析すると,HIF-PH阻害薬投与群では腫瘍血管の密度の低下,血管面積の増加,血管内皮同士のタイトジャンクション形成の増加が認められた(図1).これらの結果から腫瘍組織内の血管新生抑制ならびに血管の成熟化が示唆された.次に,HIF-PH阻害薬投与後の血管機能について,血管漏出性および低分子薬物動態を評価したところ,HIF-PH阻害薬投与後の腫瘍組織では血液の血管外漏出の抑制ならびに低分子薬物の腫瘍組織移行が増加し,腫瘍組織全体へ移行することを確認している14).これらのことからHIF-PH阻害薬投与により腫瘍血管の正常様化が誘導されることが示唆された.
腫瘍細胞においてHIFsの亢進は細胞増殖に寄与するとされており,担がんモデルマウスにおいてHIF-PH阻害薬が腫瘍促進的に作用するかを検討した.HIF-PH阻害薬投与群においては,腫瘍増大抑制的に作用することが示唆されている15,16).次に,この腫瘍増大抑制がどのような機序によるものかを検討を行った.HIF-PH阻害薬の腫瘍細胞への直接的な細胞死誘導作用が観察されなかったことから,免疫細胞の活性化による抗腫瘍効果の可能性が考えられた.また,本研究で用いたルイス肺がん細胞株による担がんモデルマウスの腫瘍組織内にはT細胞の数は少なく,細胞障害性を持つCD8陽性T細胞もごくわずかにしか検出できなかった.その他の免疫細胞においても解析を行いマクロファージ(MΦ)の腫瘍組織内への浸潤が認められ,特にLy6CloのMΦ分画の増加が認められた.腫瘍増大抑制がこのMΦ分画に起因するものと仮説を立てMΦに着目し検討を行った.まず,腫瘍増大抑制がMΦのHIFの亢進によるものか否か検証するために,HIF-PH阻害薬の作用を遺伝的に模倣し確認するために,HIF-PH阻害薬と同様にHIFsの亢進が生じるMΦ特異的VHLノックアウト(KO)マウスを用いて,腫瘍増殖への影響を検討した(図2).MΦ特異的VHL KOマウスでは腫瘍の増大が抑制されたことから,HIF-PH阻害薬の効果がMΦのHIFsを介した作用と考えられた.次に,腫瘍増大抑制にMΦのHIF-1αが寄与しているか否か検討するため,MΦ特異的HIF-1α KOマウスを用いてHIF-PH阻害薬の腫瘍増殖への検討を行った.その結果,MΦ特異的HIF-1α KOマウスにHIF-PH阻害薬を投与した群においては腫瘍増大抑制が認められなかった(図2).このことからHIF-PH阻害薬による腫瘍増大抑制はMΦのHIF-1αを介した作用であることが考えられた.
腫瘍におけるMΦは炎症性の表現型であるM1様(腫瘍抑制性)と組織修復型の表現型であるM2様(腫瘍促進性)のMΦに大別されており,前者は貪食能や運動能が高く腫瘍細胞を排除するように機能するため腫瘍抑制性とされるのに対し,後者は血管新生の亢進,腫瘍細胞の浸潤・転移の促進,腫瘍微小環境の形成への寄与や治療抵抗性に寄与するため腫瘍促進性とされる17).腫瘍組織中におけるMΦは腫瘍関連MΦ(tumor associated macrophage:TAM)と称され,一般的にM2様の表現型を呈するため腫瘍進展および,治療抵抗性に寄与しているとされる18).これらのことから,HIF-PH阻害薬投与後の腫瘍内MΦが腫瘍抑制性に機能するのか,また,どのようなMΦ集団が腫瘍抑制性に寄与しているのか検討を行った.HIF-PH阻害薬投与後のマウス腫瘍組織内よりLy6Clo MΦを単離し,担がんマウスの腫瘍へ移入し,腫瘍に対する影響を検討した.HIF-PH阻害薬投与した腫瘍より単離しLy6Clo MΦを移入した群では腫瘍増大抑制が認められた(図3).これらの結果からHIF-PH阻害薬は腫瘍モデルマウスにおいてLy6Clo MΦを活性化させることで腫瘍増大抑制を誘導していることが示唆された.次に,HIF-PH阻害薬によりLy6Clo MΦにどのような変化が生じ腫瘍抑制性の表現型を呈しているかを明らかにするため,我々はLy6Clo MΦの細胞集団に対しRNA-seqを行い網羅的な遺伝子発現解析を行った.その結果,腫瘍抑制性に作用する候補遺伝子を見出した.この候補遺伝子をLy6Clo MΦ集団とLy6Cneg MΦ集団において候補遺伝子のmRNAの発現量を相対的に比較したところ約15倍Ly6Clo MΦでの発現量が高いことが確認された.また,この遺伝子のリコンビナントタンパク質を担がんモデルマウスに対し投与したところ腫瘍増大抑制がHIF-PH阻害薬と同様に認められた.この結果から,HIF-PH阻害薬による腫瘍増大抑制機序の一端として,この候補遺伝子が腫瘍MΦにて高発現することによって生じている可能性が示唆された.今後,本研究で見出されたMΦ由来の腫瘍抑制性因子について,その詳細機序の解析を行うこととしている.
本研究では,腫瘍組織に対するHIF-PH阻害薬の影響を検討し,担がんモデルマウスにおいて腫瘍増大の抑制が観察され,その機序が腫瘍内MΦに起因することを明らかとした(図4).しかし,本研究では担がんマウスに対し全身性にHIF -PH阻害薬を投与し検討を行っているため,全身のMΦへの影響,腫瘍細胞の増殖や治療抵抗性のリスクが考慮されるべき課題として挙げられる.現在,HIF-PH阻害薬が保険収載され腎性貧血治療薬として使用され,腎性貧血を伴うがん患者に投与される例もあるが,腫瘍細胞におけるHIFは細胞増殖や浸潤・転移能を促進する作用を有していることから,日本腎臓学会から,HIF-PH阻害薬使用に関するrecommendationに記載があるようHIF-PH阻害薬の投与が腫瘍進展に作用する可能性は否定できなく慎重に投与する必要があると考える.
腫瘍内MΦは腫瘍微小環境を形成し腫瘍進展に寄与するとされ18),腫瘍組織環境はT細胞の組織内への浸潤を抑制し,MΦや単球などを腫瘍組織内へ誘引し,腫瘍進展に寄与する表現型へと変化させるとされる19).また,MΦの腫瘍進展性への表現型変化は腫瘍組織環境をより腫瘍細胞にとって都合の良い組織環境へと変化させていると考えられる.このことから腫瘍MΦを標的とした治療法の研究開発が行われている.それらの標的の例として,抗colony stimulating factor 1 receptor(CSF1R)抗体があり,MΦの分化・機能抑制による腫瘍進展性MΦの増加抑制により腫瘍微小環境形成の抑制を機序としている.また,抗CD 47抗体においては腫瘍とMΦの自己認識および貪食回避機構のCD47-Sirpαシグナル系を抑制し,MΦを腫瘍抑制性に表現型を変える作用機序である.これらMΦを治療標的とした薬剤は米国において第Ⅰ,Ⅱ相試験が進められており,MΦを標的とした治療戦略は研究開発が盛んであり17),今後の臨床試験の結果が期待されるところである.一方で,MΦは全身に幅広く分布する細胞であるため,これらの治療によりどのようなリスクが生じるのかということについても臨床試験結果が注目されるところである.
最後に,我々の研究結果が治療抵抗性腫瘍に対しての新規治療法の開発の一助になれば幸いである.
開示すべき利益相反はない.