Folia Pharmacologica Japonica
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Reviews: Frontiers of Pharmacological Approaches Targeting Hypoxic Responses
Clinical application and future perspectives of HIF-PH inhibitors
Masaomi Nangaku
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2024 Volume 159 Issue 3 Pages 157-159

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要約

慢性腎臓病CKDでは,ヘモグロビンの低下に見合った十分量のエリスロポエチンが産生されないことによって腎性貧血が起こる.腎性貧血は,これまでは遺伝子組み換えヒトエリスロポエチン製剤である赤血球造血刺激因子製剤(erythropoiesis-stimulating agents:ESA)を定期的に注射することにより治療されてきた.ESAは腎性貧血を改善し,患者のquality of lifeを劇的に改善したが,一部にESA低反応性の患者が存在し,これらの患者に大量のESAを使用することが患者の予後不良と関連することが知られている.現在,本邦では慢性腎臓病における貧血の新規治療薬としてHIFプロリルヒドロキシラーゼ(HIF-PH)阻害薬が承認されており,HIFを活性化し内因性のエリスロポエチンの産生を促すことで腎性貧血を改善する.2019年のノーベル生理学・医学賞は,HIFの経路を明らかにした画期的な研究に対して授与された.HIF-PH阻害薬はその機序からエリスロポエチン産生と鉄代謝の両方を改善するため,ESA低反応性における有効性が期待されるとともに,注射製剤の不便さを解決する.一方で,その効果は全身性で多面的であり,長期的な影響に注視する必要がある.今後の臨床データの蓄積により,個々の患者に適切な腎性貧血治療が可能となることが期待される.

Abstract

Anemia in chronic kidney disease (CKD) occurs due to insufficient production of erythropoietin to compensate for the decrease in hemoglobin. Anemia in CKD has traditionally been treated with periodic injections of erythropoiesis-stimulating agents (ESAs), which are recombinant human erythropoietin preparations. Although ESA improved anemia in CKD and dramatically improved the quality of life of patients, there are some patients who are hyporesponsive to ESA, and the use of large doses of ESA in these patients may have a negative impact on patient prognosis. Currently, HIF prolyl hydroxylase (HIF-PH) inhibitors have been approved in Japan as a new treatment for anemia in CKD. HIF-PH inhibitors activate HIF and promote the production of endogenous erythropoietin. The 2019 Nobel Prize in Physiology or Medicine was awarded for groundbreaking research that uncovered the HIF pathway. Because HIF-PH inhibitors improve both erythropoietin production and iron metabolism, they are expected to be effective in treating ESA hyporesponsiveness and solve the inconvenience of injectable preparations. On the other hand, its effects are systemic and multifaceted, and long-term effects must be closely monitored.

1.  腎性貧血

慢性腎臓病CKDでは,ヘモグロビンの低下に見合った十分量のエリスロポエチンが産生されないことによって腎性貧血が起こる.更に,腎性貧血には尿毒症などによる赤血球寿命の短縮,食事制限や透析療法に伴う栄養障害など多くの因子も影響している.CKDの進行に伴い腎性貧血の有病率は高まり,特に末期腎不全の原因として最も多い糖尿病患者では腎機能低下に比してエリスロポエチンの欠乏と腎性貧血が早期から現れる.腎性貧血を適切に治療することは,慢性腎臓病(CKD)患者の余命延長や身体機能の改善につながる.腎性貧血は,これまでは遺伝子組み換えヒトエリスロポエチン製剤である赤血球造血刺激因子製剤(erythropoiesis-stimulating agents:ESA)を定期的に注射することにより治療されてきた.ESAは腎性貧血を改善し,患者のquality of lifeを劇的に改善したが,一部にESA低反応性の患者が存在し,これらの患者に大量のESAを使用することが患者の予後不良と関連することが知られている.

2.  低酸素感知・応答機構の解明

エリスロポエチンの発現は,低酸素誘導因子(HIF)によって制御されている.HIFは低酸素に対する適応応答のマスター調節因子として機能する転写因子である.HIFは酸素濃度依存的に分解が調節されるαサブユニットと恒常的に発現するβサブユニットからなるヘテロ二量体である.HIFはHIF-PHによりプロリン残基の水酸化を受け,これがvon Hippel Lindau病の原因タンパク質であるVHLタンパク質に補足されることでE3ユビキチンリガーゼ経路を介してプロテアソームで分解される.低酸素下ではHIF-PHの活性低下によりHIF-αの水酸化が起こらず,分解を免れたHIF-αが核内に移行してHIF-βと二量体となり低酸素応答配列に結合することで,エリスロポエチンをはじめとする様々な低酸素に対する防御機構を担う遺伝子の発現を誘導する.2019年のノーベル生理学・医学賞は,HIFの経路を明らかにした画期的な研究に対して米ハーバード大ダナ・ファーバー癌研究所のWilliam G. Kaelin, Jr,英オックスフォード大・フランシス・クリック研究所のSir Peter J. Ratcliffe,米ジョンズ・ホプキンス大のGregg L. Semenzaに授与された.Sir Peter J. Ratcliffeは腎臓内科医として初めてのノーベル賞受賞者である.

3.  HIF-PH阻害薬の臨床応用

現在,本邦では慢性腎臓病における貧血の新規治療薬としてHIFプロリルヒドロキシラーゼ(HIF-PH)阻害薬が承認されており,5種類のHIF-PH阻害薬が幅広く臨床応用されている.従来の外因性エリスロポエチン投与とは対照的に,HIF-PH阻害薬は内因性のエリスロポエチン産生を刺激し,また鉄代謝を改善することにより効率の良い造血を誘導する.食事由来のFe3+は十二指腸の刷子縁でduodenal cytochrome b(DCYTB)によりFe2+に還元され,divalent metal transporter 1(DMT 1)を介して腸上皮細胞に吸収される.DCYTBとDMT1の発現はHIF-2により,トランスフェリンとそのトランスフェリン受容体などの発現はHIF-1により調節されている.また,hepcidinは腸管からの鉄の取り込みと貯蔵鉄の放出を抑制し,炎症時に発現が上昇して機能的な鉄欠乏症を引き起こすが,HIFの活性化による造血刺激はhepcidinの発現を抑制し,効率のよい造血を誘導する.更に,HIF-PH阻害薬は経口薬であることから非侵襲的であり,通院間隔をのばすことも可能である.しかし,HIFはエリスロポエチン以外にもさまざまなターゲット遺伝子を活性化するため,使用に際してはHIF活性化の影響をよく理解する必要がある.

4.  HIF-PH阻害薬使用における留意点

VadadustatとESAとの比較でHb上昇とともにmajor adverse cardiovascular events(MACE)を一次エンドポイントとした第Ⅲ相試験で透析患者を対象としたINO2VATE試験ではvadadustat群がESAに対する非劣性を示したが,‍非透析CKD患者を対象としたPRO2TECT試験ではvadadustat群で非劣性マージンを超えるMACEの発生を認めた.しかしながら,これについてはPRO2TECT試験ではeGFRが10 ‍mL/min/1.73 ‍m2未満の患者がvadadustat群に多くリクルートされており,その影響が考えられている.Daprodustatに関してはHb上昇とMACEを一次エンドポイントとした3,872人の非透析CKD患者対象のASCEND-ND試験と2,964人の透析患者対象のASCEND-D試験の2つの第Ⅲ相試験においてダルベポエチンに対する非劣性が示された.ASCEND-D試験では2群間で有害事象の差はみられなかったが,ASCEND-ND試験ではがん関連死・進行・再発がdaprodustat群で多く認められた.しかし,フォローアップにおいてダルベポエチン群よりdaprodustat群でこれらの事象を発見しやすいプロトコールとなっていたことの影響が指摘されている.当初,HIF-PH阻害薬の使用において重大な懸念とされた血栓症の増加に関しては,急激な鉄代謝の改善に伴って従来のESAよりも鉄欠乏となりやすく,これが血栓の増加につながっている可能性が指摘された.現在では,使用の際に鉄動態の評価を行い,適切に鉄補充を行えば,血栓症は増加しないだろうと考えられている.その他,代謝への影響に関しては,一部のHIF-PH阻害薬の投与によりLDL値が低下することが知られている.HIFの活性化はコレステロール代謝の律速段階であるHMG-CoA reductaseを阻害するので,それが機序と考えられているが,この現象が動脈硬化などに対して与える長期的な影響は不明である.本邦では,様々なHIF-PH阻害薬の臨床試験が行われ,また市販後調査も行われているが,安全性のプロフィールは良好と考えられている.しかし,いずれの観察期間も限定的であるため,今後も長期的なHIF-PH阻害薬の投与の影響については慎重にデータを収集・解析していく必要がある.

5.  終わりに

従来のESAの治療に加え,本邦では新たな腎性貧血の経口治療薬であるHIF-PH阻害薬が保険適応となっている.HIF-PH阻害薬はその機序からエリスロポエチン産生と鉄代謝の両方を改善するため,ESA低反応性における有効性が期待されるとともに,注射製剤の不便さを解決する.一方で,その効果は全身性で多面的であり,長期的な影響に注視する必要がある.今後の臨床データの蓄積により,個々の患者に適切な腎性貧血治療が可能となることが期待される.

利益相反

南学 正臣(アステラス製薬株式会社,アストラゼネカ株式会社,協和キリン株式会社,グラクソ・スミスクライン株式会社,武田薬品工業株式会社,田辺三菱製薬株式会社,中外製薬株式会社,鳥居薬品株式会社,日本たばこ産業株式会社,日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社,バイエル薬品株式会社).

 
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