Folia Pharmacologica Japonica
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Reviews: Development Strategy for Antidepressants with a Novel Mechanisms
Underlying mechanisms for psychotropic effects of delta opioid receptor agonists
Toshinori YoshiokaAkiyoshi Saitoh
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2024 Volume 159 Issue 4 Pages 225-228

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要約

これまで我々は,δオピオイド受容体(DOP)作動薬がうつ病,不安障害,心的外傷後ストレス障害などの精神疾患に奏功する画期的な新規向精神薬となる可能性を提唱してきた.さらに,DOP作動薬が内側前頭前野前辺縁皮質から扁桃体へ投射する神経系の活性抑制を介して抗不安様作用を示すこと,内側前頭前野下辺縁皮質および扁桃体基底外側核の特定のシグナル経路を介して恐怖記憶の消去促進作用を示すことなど,げっ歯類を用いてDOP作動薬の作用メカニズムの解明を進めている.本稿では,近年我々が見出したDOP作動薬の抗うつ様作用および抗ストレス作用メカニズムについて主に紹介する.ここでは,うつ病の病態仮説である神経新生仮説,HPA軸仮説および脳内炎症仮説に則して,妥当性の高いうつ病モデル動物のひとつである慢性代理社会的敗北ストレスモデル(cVSDS)マウスに対するDOP作動薬の作用を検討した.まず,作製したcVSDSマウスに対して選択的DOP作動薬KNT-127を反復投与したところ,海馬神経新生能は変化せずに社会性行動が改善した.一方で,KNT-127をストレス負荷期間中にのみ反復投与したところ,cVSDSマウスで認められる社会性行動の悪化や新生神経細胞生存率の低下が抑制された.また両投与パラダイムにおいて,cVSDSマウスの血中コルチコステロン濃度の上昇および海馬歯状回におけるミクログリアの過剰活性が抑制された.このように,DOP作動薬は既存薬とは異なり海馬神経新生能に影響を与えることなく,中枢性抗炎症作用を介して抗うつ作用を示す可能性が示唆された.加えて,海馬における新生神経保護作用を介して抗ストレス作用を示すことが明らかとなった.このように筆者らの研究グループでは,脳内作用メカニズムの理解に基づいたDOP作動薬の創薬研究を進めており,世界初のDOP作動薬の臨床実装を目指している.

Abstract

Growing evidence has indicated that delta opioid receptor (DOP) agonists are potential psychotropic drugs such as for depression, anxiety, and PTSD. In rodent studies, we have also demonstrated that DOP agonists exhibit potent anxiolytic-like effects via the inhibition of the excitatory neuronal activity which projects to the amygdala from the prelimbic prefrontal cortex and facilitate extinction learning of contextual fear memory through PI3K-Akt signaling pathway in the infralimbic prefrontal cortex and MEK-ERK signaling pathway in the amygdala. In this article, we introduce the functional mechanisms underlying antidepressant-like effects and anti-stress effects of DOP agonists. Then, we employed a valid animal model of depression, chronic vicarious social defeat stress (cVSDS) mice, and investigated that the influence of DOP activation on pathopsychological factors in depression such as the adult hippocampal neurogenesis, hypothalamic-pituitary-adrenal (HPA) axis, and neuroinflammation. First, repeated administrations after the stress period to cVSDS mice with a selective DOP agonist, KNT-127, improved social interaction behaviors and reduced hyperactivation of the HPA axis without affecting hippocampal neurogenesis. Meanwhile, repeated KNT-127 administrations during the cVSDS period prevented the exacerbation of social interaction behaviors, dysregulation of the HPA axis, and excessive new-born neuronal cell death in the hippocampal dentate gyrus. Moreover, in both administration paradigms, KNT-127 suppressed microglial overactivation in the dentate gyrus of cVSDS mice. These results indicate that the underlying mechanism of DOP-induced antidepressant-like effects differ from those of conventional monoaminergic antidepressants. Furthermore, we propose that DOP agonists might have prophylactic effects as well as therapeutic effects on pathophysiological changes in depression.

1.  δオピオイド受容体を標的とした新規向精神薬の創薬研究

オピオイド受容体はGi/o共役型タンパク質受容体に分類され,μ,δ,κの3種類のサブタイプが存在する.μオピオイド受容体(MOP)作動薬は,モルヒネやフェンタニルに代表される麻薬性鎮痛薬として長年臨床使用されてきた.また,κオピオイド受容体(KOP)作動薬であるナルフラフィン(レミッチ®)は掻痒症改善薬として2017年に日本で発売された.一方で,δオピオイド受容体(DOP)に作用する薬物は未だ上市されていない.

遡ること約30年前,筆者らの研究グループは世界初のDOP作動薬であるTAN-67の合成に成功した1).その後,非臨床薬理学的試験において,TAN-67が抗うつ様作用,抗不安様作用を示すことを見出した2).それと同時期に,海外研究グループにおいても他のDOP作動薬であるSNC80が抗うつ様作用を示すことが報告されるなど,DOPを標的とする創薬研究が世界中で加速し始めた3,4).しかし,TAN-67,SNC80をはじめとする初期のDOP作動薬は受容体選択性や作動活性が不十分であったことに加えて,一部の化合物が痙攣誘発作用を示したことから,DOP作動薬の臨床開発は大きく制限されてきた5,6)

我々はその中で,上記の課題を克服した新たな化合物としてKNT-127を見出した7).KNT-127は既存DOP作動薬と比較して,DOPに対する高い受容体選択性および作動活性を示し,薬効を示す30倍以上の用量においても痙攣誘発作用を示さなかった7).さらに,複数の試験系やモデル動物を用いて,抗うつ様作用,抗不安様作用などの主薬理作用を明らかにしている8).たとえば,嗅球摘出うつ病モデルラットを用いた情動過多反応性試験において,既存抗うつ薬である選択的セロトニン再取り込み阻害薬よりも早期に薬効を示すことを報告している9).また副作用評価においても,KNT-127は既存抗うつ薬や抗不安薬で認められる消化器症状,ふらつき,健忘,鎮静などを引き起こさなかった8,10).これらの成果を受けDOPは,即効性および安全性に優れた新規うつ病治療薬のターゲットとして注目され(表1),国内外において臨床開発が進められている8)

表1新規δオピオイド受容体作動薬に期待される主薬理作用と既存薬に対する優位性

期待される主薬理作用 既存うつ病治療薬に対する優位性 初期DOP作動薬に対する優位性
・抗うつ作用 ・消化器症状などがない(対モノアミン系抗うつ薬) ・受容体選択性が高い
・抗不安作用 ・鎮静,ふらつき,健忘などがない(対ベンゾジアゼピン系抗不安薬) ・受容体作動活性が高い
・恐怖記憶制御作用 ・依存性がない(対NMDA受容体拮抗薬ケタミン) ・痙攣誘発作用がない
・抗ストレス作用 ・薬効発現が早い(対モノアミン系抗うつ薬)

我々はさらにDOP作動薬のうつ病以外の適応症拡大も視野に入れている.ひとつ目が不安障害である.我々は,KNT-127を含めた複数のDOP作動薬が,げっ歯類での高架式十字迷路試験,明暗箱試験,オープンフィールド試験などにおいて抗不安様作用を示すことを報告している10).さらにその作用メカニズムには内側前頭前野前辺縁皮質から扁桃体に投射する神経系の抑制作用が関与することを,in vivo脳マイクロダイアリシス法,免疫組織染色法,脳スライスパッチクランプ法を用いて明らかにしている11,12)

ふたつ目が心的外傷後ストレス障害(PTSD)である.PTSDの代表的な治療法は持続エクスポージャー法であり,恐怖記憶を上書きする過程である消去学習が重要となる.しかし,同治療法は長い期間を要することに加えて,トラウマストレスへの再曝露時間が短すぎた場合には恐怖記憶がかえって強く固定されてしまう再固定化が問題となる.そのため持続エクスポージャー法の補助薬として,恐怖記憶の消去を促進し,再固定化を阻害するような薬物の開発が求められているが,未だそのような薬物は報告されていない.その中で我々は,マウスを用いた恐怖条件付け試験においてKNT-127が恐怖記憶の消去を促進し,再固定化を阻害することを見出した13).さらに,恐怖記憶の消去促進作用には内側前頭前野下辺縁皮質のPI3K-Akt経路および扁桃体基底外側核のMEK-ERK経路が関与することを明らかにした14).このように,我々はDOP作動薬の薬効の開拓とその作用メカニズムの解明を進めている.

2.  慢性代理社会的敗北ストレスモデルマウス

うつ病は全世界の3億人以上が罹患しており,今後も更なる増加が見込まれている(WHO,2021).症状としては,抑うつやアンヘドニアなどの精神症状に加えて睡眠障害や消化器症状などの身体症状も呈する.生活の質の大幅な低下が大きな問題となるが,自殺企図によって死にも繋がる危険性がある.さらに,医療費の増大と労働生産性の低下によって年間十数兆米ドルの経済損失が示唆されている.しかし,既存の抗うつ薬は副作用,遅効性,治療抵抗性などの問題を抱えており,新規治療薬の開発が望まれている.

その開発が難航している理由のひとつに,非臨床試験に有用なモデル動物が少ないことが挙げられる.その中で,慢性代理社会的敗北ストレスモデル(chronic vicarious social defeat stress:cVSDS)マウスが近年注目を集めている15).cVSDSマウスは,同系統他個体が攻撃性の高い他系統個体から攻撃を受けている様子を目撃するという情動的ストレスの反復曝露によって作製される(図1).これまでのうつ病モデル動物とは異なり,身体的ストレスを伴わない点でモデル動物としての構成概念妥当性が非常に優れている.また,それにより血中コルチコステロン濃度の上昇を伴う抑うつ様症状,アンヘドニア様症状,不安様症状を示し,既存抗うつ薬の反復投与によってそれらの症状が改善することから,表面妥当性および予測妥当性も高い16)

図1慢性代理社会的敗北ストレスモデル(chronic vicarious social defeat stress:cVSDS)マウス作製時の様子

cVSDSマウスは,同系統他個体(C57BL/6Jマウス)が他系統個体(ICRマウス)に攻撃されている場面を目撃するという情動的ストレスに,1日あたり10分間,10日間連続で曝露されることで作製される.

さらに,cVSDSマウスは非常に興味深い表現系を示す.それは,10日間の反復ストレス曝露直後と比較して,4週間経過後に情動系の症状が顕著に悪化してくる点である16).そこで我々は,神経幹細胞が成熟神経細胞へと分化,成長するのに必要な期間が約4週間であることに着目し,そのタイムラグに海馬神経新生が関与するのではないかという仮説を立てた.実際にcVSDSマウスの海馬神経新生能を評価したところ,神経幹細胞の増殖率に変化はなかった一方で,新生した神経細胞の生存率がストレス曝露期間中に有意に減少していた17).うつ病の病態仮説のひとつに神経新生仮説があり,うつ病と海馬神経新生は密接に関与していると考えられているが,そのメカニズムの詳細は未だ明らかにされていない.現時点で我々は,cVSDSマウスではストレス曝露期間中に生育すべき新生神経細胞が生存できなかったことが,後々の情動行動に影響してくるのではないかと考察している.

話は少し脇道に逸れるが,我々はcVSDSマウスが過敏性腸症候群(IBS)様症状を示すことも見出している.IBSの有病率は約10%と非常に高く,世界的なcommon diseaseとなりつつある.症状の特徴として,腸管の器質的変化を伴わない腹痛,下痢や便秘を慢性的に呈するということが挙げられる.また,現在の治療薬は対症療法薬に限られており,その治療満足度は決して高くない.しかし,うつ病と同様に有用な病態モデル動物が存在せず,病態解明が進んでいないことから根治療法薬の開発が立ち遅れている.興味深いことに,多くのIBS患者が何らかの精神疾患を罹患しているとの疫学調査もある.その点に着目してcVSDSマウスの消化器症状を評価したところ,チャコールミール試験における腸管蠕動運動機能の亢進,およびカプサイシン誘導性痛覚過敏性試験における腸管知覚過敏性の亢進が認められた.一方で,小腸および大腸の肉眼的所見および腸管透過性には変化が認められなかった.さらにIBS治療に頻用される桂枝加芍薬湯によってcVSDSマウスの腸管蠕動運動機能が改善された.そのため,cVSDSマウスは妥当性の高い新規下痢型IBSモデルとなることを我々は提唱している18).さらに,cVSDSマウスは反復ストレス曝露直後からIBS様症状を示し,その後うつ病様症状が顕著に発現するというように,ヒトの臨床像と非常に類似した症状経過を辿る.cVSDSマウスは精神的ストレスによる病態形成メカニズムの解明のために非常に有用なモデル動物であると我々は考えている.

3.  DOP作動薬の抗うつ,抗ストレス作用メカニズム

上述のように,我々はDOP作動薬の詳細な作用メカニズムの解明を進めてきたが,抗うつ作用メカニズムに関しては依然として不明のままであった.そこで,うつ病の主要な病態仮説である神経新生仮説,視床下部―下垂体―副腎皮質(HPA)軸仮説および脳内炎症仮説に基づいて,cVSDSマウスに対するDOP作動薬の抗うつ様作用メカニズムの解明を試みた.

まず既報と同様に,選択的セロトニン再取り込み阻害薬フルオキセチンの反復投与およびNMDA受容体拮抗薬ケタミンの単回投与により,正常マウスにおいて海馬神経新生能が亢進することを確認した.一方で,正常マウスに対する選択的DOP作動薬KNT-127の単回投与および反復投与は,神経細胞増殖率および新生神経細胞生存率のどちらにも影響を与えなかった.次に,KNT-127をcVSDS負荷後4週間反復投与したところ,海馬神経新生能に変化はなかったものの,社会的相互作用試験における社会性行動の改善が認められた.一方で,KNT-127をcVSDS負荷期間中のみ反復投与したところ,cVSDSマウスの4週間後で認められる新生神経細胞生存率の低下および社会性行動の悪化は認められなかった.また,社会的相互作用試験後の血中コルチコステロン濃度を測定したところ,cVSDSマウスは正常マウスと比較して高値であり,軽度ストレスに対してもHPA軸の高い反応性を示したが,KNT-127のストレス負荷後投与群,負荷中投与群はともに正常マウス群と同程度の数値であった.さらに,cVSDSマウスでは海馬歯状回における総ミクログリア数および活性型ミクログリア数が増加していたが,これもどちらの投与パラダイムにおいても,KNT-127によりミクログリアの過活性が抑制された.

以上のことから,KNT-127は既存薬とは違い,海馬神経新生能に影響を与えることなく,中枢性抗炎症作用を介して抗うつ様作用を示すことが示唆された19).そのため,DOP作動薬は既存薬とは異なる作用メカニズムを有する新規うつ病治療薬となることが期待される.加えて,KNT-127は情動的ストレスに対する抗ストレス作用を有することが明らかとなった19).ミクログリアの過剰活性は神経毒性があり,特に幼若神経細胞はその影響を受けやすい20).また,海馬の未成熟神経細胞はHPA軸をネガティブフィードバック調節していることが知られている21).これらを踏まえると,DOP作動薬は情動的ストレスによるミクログリアの過剰活性を抑制することで,海馬神経新生を正常化し,HPA軸を調節して抗ストレス作用を示す可能性が考えられる(図‍2).うつ病患者はストレスからすぐに逃避できない状況下にいることが少なくない.そのため,DOP作動薬が抗うつ作用に加えて抗ストレス作用を有することは,臨床使用上非常に大きな付加価値となると期待している.

図2δオピオイド受容体(DOP)作動薬の抗ストレス作用メカニズムの仮説概略図

DOP作動薬は海馬歯状回において,慢性情動的ストレスによるミクログリアの過活性を制御し,新生神経細胞の過剰な死を抑制することで視床下部-下垂体-副腎皮質軸の活動を正常化することにより抗ストレス作用を示す.

4.  おわりに

これまで述べてきたように,DOP作動薬は過去に類を見ない作用メカニズムを有し,即効性・有効性・安全性に優れた新規向精神薬となることを我々は提唱しており,脳内作用メカニズムの理解を中心として科学的根拠に基づいたDOP作動薬の臨床開発を推し進めている.うつ病などのように未だ病態が明らかにされていない精神疾患の病態生理を含めて,今後もその更なる詳細の解明を試みながら,少しでも早くDOP作動薬が臨床実装されることを目指したい.

利益相反

吉岡 寿倫,斎藤 顕宜(株式会社阿部養庵堂薬品,SBIファーマ株式会社,株式会社カネカ,株式会社第一三共ヘルスケア,日本ゼオン株式会社).

謝辞

本稿で紹介した研究は,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)「オピオイドδ受容体活性化を機序とする画期的情動調節薬の開発」(課題番号JP17pc0101018)の支援を受けた.

文献
 
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