2024 Volume 159 Issue 4 Pages 254-263
インクリシランナトリウム(販売名:レクビオ®皮下注300 mgシリンジ,インクリシランナトリウム300 mgはインクリシラン284 mgに相当する.以下,インクリシランと略す)は,プロタンパク質転換酵素サブチリシン/ケキシン9型(PCSK9)タンパク質をコードするmRNAを標的とした低分子干渉リボ核酸(siRNA)製剤である.本邦では,2023年9月25日に「家族性高コレステロール血症,高コレステロール血症」を効能又は効果として承認を取得した.インクリシランは,センス鎖に結合する3分岐型N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)を介して肝臓に取り込まれ,肝臓のPCSK9 mRNAの分解を促進する.これにより,肝細胞上のLDL受容体の発現は増加し,LDLコレステロール(LDL-C)の取り込みが促進され,血中LDL-C値は低下する.In vitro薬理試験では,インクリシランの肝細胞のPCSK9 mRNA発現量に対する低下効果が認められ,カニクイザルを用いたin vivo薬理試験では血漿中PCSK9及び血清中LDL-Cに対する低下作用が認められた.ハイブリダイゼーション依存的なオフターゲット作用(標的外RNAと相補結合することにより生じる作用)として,臨床上問題となるリスクを生じる可能性は低いと考えられた.国内外の臨床試験において,LDL-Cの目標値未達であった家族性高コレステロール血症患者及び高コレステロール血症患者にインクリシラン300 mgを1日目,90日目,及び以後6ヵ月ごとに投与することにより,LDL-Cは大きく低下し,その効果は長期間持続した.また,インクリシラン投与により,多くの被験者で目標値を達成した.インクリシラン300 mgの忍容性及び安全性に大きな問題はなく,インクリシランは,家族性高コレステロール血症患者及び高コレステロール血症患者に対する新たな治療選択肢になることが期待される.
Inclisiran sodium (Brand name: LEQVIO® for s.c. injection syringe 300 mg, hereinafter referred to as inclisiran), a small interfering ribonucleic acid (siRNA) product that targets the mRNA that encodes the proprotein convertase subtilisin/kexin type 9 (PCSK9) protein was approved on September 25, 2023 for the indication of “Familial hypercholesterolemia, hypercholesterolemia” in Japan. Inclisiran is conjugated on the sense strand with triantennary N-acetylgalactosamine to facilitate uptake by hepatocytes. In vitro and in vivo pharmacology studies demonstrated the lowering effects of PCSK9 and LDL-C in hepatocytes and cynomolgus monkeys. It was considered unlikely to cause clinically significant risks due to toxicities arising from complementary binding to non-target RNA sequences (hybridization-dependent off-target effects). Clinical trials conducted globally including Japan in patients with familial hypercholesterolemia and hypercholesterolemia who did not reach the LDL-C target showed that inclisiran sodium 300 mg dosed at Day 1, Day 90 and then every 6 months demonstrated significant LDL-C reduction and the efficacy sustained long. The majority of patients achieved the guideline recommended LDL-C targets. Inclisiran sodium 300 mg was well tolerated and there were no specific safety concerns. Therefore, inclisiran is expected to be a new therapeutic option for the patients with familial hypercholesterolemia and hypercholesterolemia.
インクリシランナトリウム(インクリシラン)は,プロタンパク質転換酵素サブチリシン/ケキシン9型(PCSK9)タンパク質をコードするmRNAを標的とした低分子干渉リボ核酸(siRNA)治療薬である.欧州では「原発性高コレステロール血症(家族性ヘテロ接合体及び非家族性)及び混合型脂質異常症」,米国では「家族性高コレステロール血症ヘテロ接合体(HeFH)を含む低比重リポタンパクコレステロール(LDL-C)高値の原発性高脂血症」,本邦では「家族性高コレステロール血症,高コレステロール血症」を効能・効果として承認されており,2023年12月現在,90超の国又は地域で承認を取得している.
動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版(以下,JASガイドライン)では,LDL-C 140 mg/dL以上を高コレステロール血症としており,高コレステロール血症のうち,LDL受容体やPCSK9等,LDL-Cの代謝に関わる遺伝子に変異がある疾患が家族性高コレステロール血症(FH)である1).LDL-Cの上昇は動脈硬化性心血管疾患(ASCVD:虚血性心疾患,脳梗塞等)と密接に関連しており,LDL-C値を適切にコントロールすることの重要性は国内外を問わず広く認識されており,JASガイドラインはASCVDの予防のためにまず優先すべきはLDL-Cの管理目標値の達成としている1).LDL-C低下を目的とした薬物療法として,第一選択薬であるスタチンをはじめ,複数の脂質低下療法が利用可能であるにもかかわらず,LDL-Cを管理目標値まで低下させることが困難な患者は多い2).その要因には既存治療の限界やアドヒアランスの不良があり3,4),長期的かつ確実なLDL-C低下効果,及び服薬回数が少なく良好なアドヒアランスが見込める治療法が望まれている.
インクリシランはセンス鎖21塩基長,アンチセンス鎖23塩基長のsiRNAであり,センス鎖には3分岐型のN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)が結合している(図1).本剤の安定性を高めるため,ホスホロチオエート結合がアンチセンス鎖の5'及び3'末端にそれぞれ2ヵ所,センス鎖の5'末端に2ヵ所含まれている.また,修飾部分であるGalNAcが肝細胞表面に高発現するアシアロ糖タンパク質受容体(ASGPR)に結合することにより,本剤はエンドサイトーシスにより肝臓特異的に取り込まれるよう設計されている.この機構によって本剤が肝細胞内に取り込まれると,RNA干渉作用によりPCSK9 mRNAの分解が触媒され,PCSK9タンパク質の発現は低下する(図2)5).PCSK9はLDL受容体と結合し,リソソームによるLDL受容体の分解を促進する役割を有することから,本剤のPCSK9発現低下効果により肝細胞表面上のLDL受容体量は増加し,LDL受容体によるLDL-Cの取り込みが促進されることで血中LDL-Cは低下する.
Af:アデニン2'-Fリボヌクレオチド,Cf:シトシン2'-Fリボヌクレオチド,Gf:グアニン2'-Fリボヌクレオチド,Am:アデニン2'-OMeリボヌクレオチド,Cm:シトシン2'-OMeリボヌクレオチド,Gm:グアニン2'-OMeリボヌクレオチド,Um:ウラシル2'-OMeリボヌクレオチド,L96:3分岐型GalNAc(N-アセチルガラクトサミン).
インクリシランは,その化学的修飾部分であるGalNAcの肝細胞上のASGPRへの結合を介して,エンドサイトーシスにより肝細胞内に取り込まれる.その後,エンドソーム内に取り込まれたインクリシランは細胞質内に放出され,ASGPRが細胞表面上にリサイクルされる.細胞質内に放出されたインクリシランはRISCに取り込まれ,RNA二本鎖がほどかれて解離したガイド鎖(アンチセンス鎖)がPCSK9 mRNAの相補的な配列を認識し,PCSK9 mRNAのコピーが順次切断され,肝臓でのPCSK9発現は低下する.ASGPR:アシアロ糖タンパク質受容体,GalNAc:N-アセチルガラクトサミン,mRNA:メッセンジャーリボ核酸,RISC:RNA誘導サイレンシング複合体.
インクリシランの創薬過程では,hPCSK9 mRNAに特異的なsiRNAを特定するためのバイオインフォマティクス解析及びヒト肝細胞がん由来Hep3B細胞を用いたin vitroスクリーニングを実施した.化学修飾の異なる配列モチーフからなるユニークな遺伝子配列を有するsiRNAライブラリーを作製した.これらのライブラリーを用いたバイオインフォマティクス解析及びin vitroスクリーニングによりリード化合物を選択し,さらなる化学修飾を検討した結果,安定性の向上と活性の維持が確認されたインクリシランが選択された.Hep3B細胞にインクリシラン(0.001~10,000 pmol/L)を導入し,24時間インキュベーションした後に定量的RT-PCRによりPCSK9 mRNA発現量を測定した結果,PCSK9 mRNA発現量は本薬の濃度依存的に減少し,IC50は2.5 pmol/Lであった.
3) インクリシランのPCSK9及びLDL-Cに対する低下作用(in vivo)インクリシランの反復投与での用法用量の検討を,PCSK9及びLDL-C低下効果を指標にカニクイザルを用いて行った6).カニクイザル(n=3/群)にインクリシランを初回用量6 mg/kgで皮下投与した後,Q2W(1又は3 mg/kgの用量で2週に1回,計6回皮下投与),QM(1,3,又は6 mg/kgの用量で月1回,計12回皮下投与),若しくはQ2M(6 mg/kgの用量で2ヵ月に1回,計6回皮下投与),又は初回用量10 mg/kgで皮下投与した後,Q3M(10 mg/kgの用量で3ヵ月に1回,計3回皮下投与)のいずれかの用法用量で投与,経時的に採血し,血漿中PCSK9濃度及び血清中LDL-C値を測定した.血漿中PCSK9濃度をELISA法で,血清中LDL-C値を酵素比色法で測定した.その結果,QM投与群でPCSK9濃度及びLDL-C値の低下効果の用量依存的な持続がみられた(図3).また,Q2W,QM,又はQ2Mのいずれの投与群も血漿中PCSK9濃度及び血清中LDL-C値は投与前値と比較して低下し,Day 20までに最大の低下率(PCSK9:93%,LDL-C:74%)を示し,約1年後の投与終了まで低値を示した.用法用量によりPCSK9濃度及びLDL-C値の低下率に大きな違いはみられなかった.インクリシランの初回用量6 mg/kgを投与した後,より低用量(1又は3 mg/kg)で維持投与しても,血漿中PCSK9濃度及び血清中LDL-C値が低値のまま持続することが示された.カニクイザルにインクリシランを初回用量6 mg/kgで皮下投与した後,Q2Wの用法用量で投与した群では,投与期間中に血漿中PCSK9濃度及び血清中LDL-C値は低下したものの,用量間で反応に差は認められなかった.また,Q2WとQM投与の間で反応に差は認められなかったため,Day 119に薬力学的作用の評価を終了した.Q2Wで1 mg/kg及び3 mg/kgを投与した群では,Day 119の平均LDL-C値はそれぞれ59%及び46%であった.カニクイザルにインクリシランを初回用量6 mg/kgで皮下投与した後,Q2Mの用法用量で投与した群では,血漿中PCSK9濃度及び血清中LDLC値の低下はQ2W及びQM投与群と同程度であった.Q2M投与群では,次の投与前までにPCSK9濃度及びLDL-C値は部分的に回復した.試験終了時のDay 483では,LDL-C値は88%まで回復した.Q3M(10 mg/kg)の初回投与後,血漿中PCSK9濃度及び血清中LDL-C値は低下したが,2回目の投与前にはいずれも投与前値の40~60%まで回復した(図4).Day 253で投与を終了し,Day 371に採血を終了した.最終測定時のDay 371にLDL-C値及びPCSK9濃度の部分的回復が認められた(LDL-C値及びPCSK9濃度は投与前値の平均約60~70%まで回復).検討したいずれの用法用量でもタキフィラキシーの兆候は認められなかった.
【上図】値は血漿中PCSK9濃度(ng/mL,平均値±標準偏差,n=3)の推移を示す.【下図】値は投与前の血清中LDL-C値を100としたときの割合(%,平均値±標準偏差,n=3).
値は投与前の血漿中PCSK9濃度又は血清中LDL-C値を100としたときの割合(%,平均値±標準偏差,n=3).
カニクイザルを用いたPK/PD試験では,インクリシランの単回又は反復投与により,少なくとも7日間以上は血漿中PCSK9濃度の低下が維持されたが,インクリシランの血漿中濃度は投与24時間後までに検出限界以下であったことから,血中濃度と作用持続時間の間には時間的にずれがあることが示された.
4) オフターゲット作用核酸医薬品特有のリスクとして,インクリシランが標的と類似した配列にクロスハイブリダイズ(標的外RNAと相補結合)することで,標的以外の分子を介し意図しない影響が発現する可能性がある.このハイブリダイゼーション依存的なオフターゲット作用について検討するため,ヒトゲノム情報を用いたin silico解析及びHep3B細胞を用いたin vitro遺伝子発現解析を実施した7).BruteForce検索アルゴリズム及びNCBI Refseqデータセットを用いたin silico解析により,インクリシランのアンチセンス鎖と相補性を有するヒトゲノムの塩基配列を検索した.見出された20のオフターゲット候補遺伝子について,Hep3B細胞にインクリシラン(3.75×10-5~10 nmol/L)を導入したときのmRNA発現に対する影響を定量的RT-PCR法により測定した.Hep3B細胞で発現がみられなかった2遺伝子は,肝臓以外の組織を用いたASGPRとの共発現解析の結果から,インクリシランによるオフターゲット作用の可能性は低いと結論された.その他の18遺伝子は,PCSK9に対する効果(IC50:0.218 nmol/L)と比較して発現低下作用に45倍以上の乖離があり,検討した最高濃度の10 nmol/LでmRNA発現量の低下が認められなかったことから(PCSK9は約80%低下),インクリシランがPCSK9以外のタンパク質の発現に影響を及ぼす可能性は非常に低いと考えられた.オフターゲット遺伝子検索の網羅性を確保するため,インクリシランのアンチセンス鎖に対し,GGGenome並びにNCBI Refseq及びヒトspliced RNAデータセットを用いたin silico解析,及びin vitroでの網羅的遺伝子発現解析を実施した7,8).解析によって新たな候補遺伝子が見いだされたものの,これらの遺伝子の発現抑制により懸念される事象について,臨床試験及び海外の製造販売後の使用実績で臨床的に問題となる懸念は認められておらず,インクリシランがこれらの遺伝子の発現を抑制する場合でも,臨床上問題となるリスクを生じる可能性は低いと考えられた.インクリシランのセンス鎖については,GGGenome及びヒトspliced RNAデータベースを用いて解析を実施した.6つのオフターゲット候補遺伝子が特定されたが,これらの遺伝子はセンス鎖に対して複数のミスマッチを有していることから,発現が阻害される可能性は極めて低いと考えられた.また,臨床試験において,これらの遺伝子の発現抑制により懸念される事象は認められなかった.インクリシランはラット及びサルで広範な組織分布を示し,毒性試験では心臓でも認められたが,標的外組織での分布は肝臓(標的器官)と比較して著しく少なかった.サルの心臓を用いたRNA誘導サイレンシング複合体(RISC)結合アッセイでは,Ago2結合RISC中にインクリシランは検出されなかったことから,心臓を含むPCSK9非発現の標的外組織では,インクリシランはRISCに結合しない可能性が高いと考えられた.
日本人高コレステロール血症患者(家族性高コレステロール血症ヘテロ接合体患者を含む)を対象に,本剤100 mgから300 mgを皮下投与したときの血漿中濃度推移を図5に,薬物動態パラメータを表1にそれぞれ示す.200 mg又は300 mgを投与したときの見かけの分布容積は158~319Lであった9).
(平均値±標準偏差,各8例)
投与量(mg) | 100 | 200 | 300 |
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Cmax(ng/mL) | 211±80.3 | 539±183 | 607±218 |
AUC0-48h(ng·h/mL) | 3,150±755 | 8,580±2,210 | 11,200±4,320 |
Tmax*(h) | 3.83(0.50~8.00) | 3.83(0.433~6.00) | 6.04(1.00~11.7) |
T1/2(h) | NA | 6.80±2.00a | 6.98,8.18b |
n=8,平均値±標準偏差
a:n=4,b:個別値(n=2),NA:該当なし
*中央値(最小値~最大値)
ヒトにおいて皮下投与時のインクリシランの血漿中濃度は投与後1~8時間付近でCmaxに到達し,曝露量(Cmax及びAUC)はほぼ用量に比例して増加した.血漿中インクリシランのT1/2は約5~7時間程度と短く,反復投与時の累積も認められなかった10).300 mg皮下投与時の血漿中インクリシラン濃度は投与後48時間以内に定量限界未満となった.血漿タンパク質結合率は濃度依存的であり,臨床用量(300 mg)のCmaxに相当する0.5 μg/mLにおけるヒト血漿タンパク質結合率は87.4%であった11).インクリシランは主にヌクレアーゼによりさまざまな長さの短いヌクレオチドに代謝され,ヒト特有の代謝物は同定されていない.PKに関連するトランスポーターの基質,又はCYP450の誘導薬又は阻害薬には相当せず,臨床的に意味のある薬物相互作用のリスクは非常に低いと考える.インクリシランは主に腎臓を介して消失すると考えられ,皮下投与後48時間までの尿中に投与量の約16%が未変化体として排泄される.中等度肝機能障害患者,中等度及び重度腎機能障害患者において曝露量が増加するが,LDL-Cに対する効果に大きな差は認められず,安全性にも問題がないことから,肝機能障害患者(軽度及び中等度)及び腎機能障害患者(軽度,中等度,及び重度)12)に対する用量調節は必要ないと考えられる.
LDL-C及びPCSK9に対する作用時間と比べて,インクリシランの血漿中濃度が検出可能な期間は短く,PKとPDの持続時間には乖離が認められた.臨床試験において,300 mg単回皮下投与でPCSK9及びLDL-Cの低下効果はプラトーに達し,Day 180まで効果が持続した.
以上のことから,インクリシランのPK,並びにLDL-C及びPCSK9に対する効果は,いずれも日本人と外国人で類似しており,民族間で大きな差はないと考える.
ORION-15は,日本人患者312例を対象にインクリシランを皮下投与したときの12ヵ月間の有効性,安全性,忍容性及びPKを評価する多施設共同,プラセボ対照,二重盲検,ランダム化試験である(図6)13).対象患者は,①冠動脈疾患の既往を有する患者,②冠動脈疾患の既往がない場合にはJASガイドライン2017年版により「高リスク」に分類される患者,又は③HeFH患者のうち,LDL-CがJASガイドライン2017年版の目標値よりも高値の日本人患者とした.スタチンを使用している場合は最大耐用量(忍容できない有害事象が発現することなく,定期的に使用できる最大用量)で使用している患者,スタチン使用していない場合は1種類以上のスタチンのあらゆる用量に対して不耐の患者を対象とした.
日本人患者でのPKを評価するため,一部の被験者(各群8例,計32例)を対象にDay 8までのPKサブスタディを実施した.適格な被験者を,プラセボ群,インクリシラン100 mg群,インクリシラン200 mg群,インクリシラン300 mg群にランダム化した.インクリシラン又はプラセボをDay 1,90,270に皮下投与することとした.基礎治療は抗PCSK9抗体を除く脂質低下薬とし,主要評価項目の評価時点であるDay 180まで用法・用量を一定とすることとした.試験対象集団がリスクの高い集団であることを考慮し,Day 180以降はLDL-Cが上昇し一定の基準を超えた場合にアラートが出る仕様とし,治験担当医師の判断で脂質低下薬の種類及び用法・用量を変更可とした.
主要評価項目であるDay 180のLDL-Cのベースラインからの変化率(最小二乗平均)は,プラセボ群で9.0%,インクリシラン100 mg群,200 mg群,300 mg群でそれぞれ-47.6%,-51.9%,-56.3%であった.変化率の群間差(インクリシラン群-プラセボ群)はそれぞれ-56.6% (95% CI:-64.2,-49.0),-60.9%(95% CI:-67.6,-54.3),-65.3%(95% CI:-72.0,-58.6)で,インクリシランの全用量群でプラセボ群と比較して有意にLDL-Cが低下した(すべてP<0.0001,Dunnettの検定).インクリシランの全用量群でLDL-CはDay 14を含むすべての評価時点で低下が認められた.LDL-Cのベースラインからの低下はすべての評価時点でインクリシラン300 mg群で最大であった(図7).Day 180にJASガイドライン2017年版のLDL-C管理目標値を達成した被験者の割合は,プラセボ群8.9%,インクリシラン100 mg群90.9%,200 mg群86.1%,300 mg群94.8%で,インクリシラン群で約9割の被験者がLDL-C管理目標値を達成した.事後解析ではあるものの,JASガイドライン2022年版のLDL-C管理目標値をDay 180に達成した被験者の割合は,プラセボ群7.1%,インクリシラン100 mg群90.9%,200 mg群85.1%,300 mg群94.8%であり,Day 180にJASガイドライン2017年版のLDL-C管理目標値を達成した被験者の割合と同様であった.
有害事象の発現割合はプラセボ群84.2%,インクリシラン100 mg群89.1%,200 mg群83.2%,300 mg群80.8%(以下同順),副作用の発現割合は10.5%,7.3%,13.9%,13.1%,重篤な有害事象の発現割合は10.5%,3.6%,6.9%,7.1%であり,インクリシランの用量が高いほど発現割合が明らかに高くなる傾向はなかった.インクリシラン群で死亡した被験者はいなかった.発現割合の最も高かった副作用は,いずれの群でも注射部位反応であった(3.5%,5.5%,10.9%,5.1%).肝機能障害関連の有害事象の発現割合はプラセボ群3.5%(2例),インクリシラン100 mg群1.8%(1例),200 mg群5.0%(5例),300 mg群10.1%(10例)であり,インクリシラン300 mg群で他の群と比べて高かったものの,インクリシラン群の事象は用量を問わずすべて軽度であり,重篤と判断された事象,投与中止に至った事象はなかった.ORION-15の結果,日本人患者にインクリシランを投与したときの忍容性は良好であり,明らかな安全性上の懸念はなかった.
2) 外国第Ⅲ相試験(ORION-9,ORION-10,ORION-11)ORION-9,ORION-10,ORION-11は,それぞれHeFH患者482例,ASCVDの既往を有する患者1,561例,ASCVDの既往又はASCVDと同等のリスクを有する患者1,617例のうちLDL-Cが高値の患者を対象に,インクリシラン300 mgを皮下投与したときの18ヵ月間の有効性,安全性,及び忍容性を評価する多施設共同,プラセボ対照,二重盲検,ランダム化試験である(図8)14,15).3試験は同様の試験デザインで実施した.スタチンを使用している場合は最大耐用量(忍容できない有害事象が発現することなく,定期的に使用できる最大用量)で使用している患者,スタチン使用していない場合は2種類以上のスタチンのあらゆる用量に対して不耐の患者を対象とした.インクリシラン300 mg又はプラセボをDay 1,90,270,450に皮下投与した.基礎治療は抗PCSK9抗体を除く脂質低下薬とし,試験期間中は用法・用量を一定とした.
主要評価項目はDay 510のLDL-Cのベースラインからの変化率とDay 90後Day 540までのLDL-Cのベースラインからの期間平均変化率のco-primary endpointとした.
外国第Ⅲ相試験(ORION-9,ORION-10,ORION-11)の結果,いずれの試験でも,主要評価項目であるDay 510のLDL-Cのベースラインからの変化率,及びDay 90後Day 540までのLDL-Cのベースラインからの期間平均変化率を指標に,最大耐用量のスタチンと併用下でインクリシラン300 mgのプラセボに対する優越性が検証された(表2).また,インクリシラン300 mg群のLDL-Cの低下は,18ヵ月間の試験期間中,持続していた(図9).
A)ORION-9 | ||
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プラセボ群(240例) | インクリシラン群(242例) | |
ベースライン値a | 154.7±58.07 | 151.4±50.36 |
510日目の測定値a | 162.4±69.21f | 91.5±56.07g |
510日目のLDL-Cのベースラインからの変化率(%)b,c | 8.22[4.27,12.16] | -39.67[-43.72,-35.62] |
プラセボ群との変化率の差(%)b | -47.89[-53.52,-42.26] | |
P値e | P<0.0001 | |
90日後から540日目までの期間平均変化率(%)b,d | 6.22[3.26,9.17] | -38.08[-41.03,-35.14] |
プラセボ群との変化率の差(%)b | -44.30[-48.48,-40.12] | |
P値e | P<0.0001 | |
a:平均値±標準偏差(mg/dL),b:最小二乗平均値[95% CI] c:欠測値は,多重代入法(multiple imputation washout model)により補完した.補完後のデータセットに対して,投与群を固定効果,ベースラインのLDL-Cを共変量とした共分散分析を適用し,Rubinの方法により併合した. d:欠測値は,多重代入法(control-based pattern mixture model)により補完した.補完後のデータセットに対して,投与群,評価時点,投与群と評価時点の交互作用を固定効果,ベースラインのLDL-Cを共変量としたmixed-effect model with repeated measures(MMRM)を適用し,Rubinの方法により併合した. e:固定順序法により検定の多重性を調整(投与510日目のLDL-Cのベースラインからの変化率,投与90日後から540日目までのLDL-Cのベースラインからの期間平均変化率の順),有意水準5%(両側) f:229例,g:231例 |
B)ORION-10 | ||
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プラセボ群(780例) | インクリシラン群(781例) | |
ベースライン値a | 104.8±37.03 | 104.5±39.57 |
510日目の測定値a | 102.3±43.00f | 45.7±32.90g |
510日目のLDL-Cのベースラインからの変化率(%)b,c | 0.96[-1.48,3.40] | -51.28[-53.76,-48.81] |
プラセボ群との変化率の差(%)b | -52.24[-55.65,-48.83] | |
P値e | P<0.0001 | |
90日後から540日目までの期間平均変化率(%)b,d | 2.51[0.77,4.25] | -51.27[-53.00,-49.54] |
プラセボ群との変化率の差(%)b | -53.78[-56.23,-51.33] | |
P値e | P<0.0001 | |
a:平均値±標準偏差(mg/dL),b:最小二乗平均値[95% CI] c:欠測値は,多重代入法(multiple imputation washout model)により補完した.補完後のデータセットに対して,投与群を固定効果,ベースラインのLDL-Cを共変量とした共分散分析を適用し,Rubinの方法により併合した. d:欠測値は,多重代入法(control-based pattern mixture model)により補完した.補完後のデータセットに対して,投与群,評価時点,投与群と評価時点の交互作用を固定効果,ベースラインのLDL-Cを共変量としたmixed-effect model with repeated measures(MMRM)を適用し,Rubinの方法により併合した. e:固定順序法により検定の多重性を調整(投与510日目のLDL-Cのベースラインからの変化率,投与90日後から540日目までのLDL-Cのベースラインからの期間平均変化率の順),有意水準5%(両側) f:666例,g:691例 |
C)ORION-11 | ||
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プラセボ群(807例) | インクリシラン群(810例) | |
ベースライン値a | 103.7±36.39 | 107.2±41.81 |
510日目の測定値a | 105.3±43.77f | 53.5±35.10g |
510日目のLDL-Cのベースラインからの変化率(%)b,c | 4.04[1.76,6.31] | -45.82[-48.16,-43.48] |
プラセボ群との変化率の差(%)b | -49.85[-53.07,-46.64] | |
P値e | P<0.0001 | |
90日後から540日目までの期間平均変化率(%)b,d | 3.35[1.65,5.05] | -45.82[-47.52,-44.13] |
プラセボ群との変化率の差(%)b | -49.17[-51.57,-46.77] | |
P値e | P<0.0001 | |
a:平均値±標準偏差(mg/dL),b:最小二乗平均値[95% CI] c:欠測値は,多重代入法(multiple imputation washout model)により補完した.補完後のデータセットに対して,投与群を固定効果,ベースラインのLDL-Cを共変量とした共分散分析を適用し,Rubinの方法により併合した. d:欠測値は,多重代入法(control-based pattern mixture model)により補完した.補完後のデータセットに対して,投与群,評価時点,投与群と評価時点の交互作用を固定効果,ベースラインのLDL-Cを共変量としたmixed-effect model with repeated measures(MMRM)を適用し,Rubinの方法により併合した. e:固定順序法により検定の多重性を調整(投与510日目のLDL-Cのベースラインからの変化率,投与90日後から540日目までのLDL-Cのベースラインからの期間平均変化率の順),有意水準5%(両側) f:739例,g:724例 |
ORION-9,ORION-10,ORION-11は,いずれもASCVDリスクの高い高コレステロール血症患者を対象とし同様の試験デザインで実施しており,より大きい被験者集団で安全性を包括的に評価するためデータを併合した(プラセボ群1,822例,インクリシラン300 mg群1,833例)16).有害事象(プラセボ群77.3%,インクリシラン300 mg群78.0%,以下同順),死亡に至った有害事象(1.5%,1.5%),重篤な有害事象の発現割合(23.0%,20.4%)はいずれもプラセボ群とインクリシラン300 mg群で同程度であった.副作用の発現割合はプラセボ群(9.7%)と比較しインクリシラン300 mg群(15.6%)で高かった.インクリシラン群では,発現割合の高かった副作用の多くが注射部位反応関連であり(注射部位反応,注射部位疼痛,注射部位紅斑),多くは軽度で一過性の事象であった.ORION-9,ORION-10,ORION-11の結果,インクリシラン300 mgの6ヵ月ごと投与の忍容性は良好であり,明らかな安全性上の懸念はなかった.
現在,複数の既存治療が使用可能であるにもかかわらず,スタチン単剤でのLDL-Cコントロールの限界や,複数の脂質低下薬使用下での目標値達成困難等の既存治療の限界,さらにスタチン不耐やアドヒアランスの不良により,LDL-C目標値達成が困難な患者が一定数存在する.LDL-Cを長期間にわたり安定的に下げることはASCVDの発症予防につながるため,長期的かつ確実なLDL-C低下効果が見込め,かつ,服薬回数が少なく良好なアドヒアランスも見込める薬剤が必要と考え,本剤の開発に着手した.
インクリシランは,PCSK9タンパク質をコードするmRNAを標的とした新規作用機序のsiRNA治療薬である.インクリシランは肝細胞内に特異的に取り込まれ,細胞内での代謝安定性が高いことによって,長期間にわたる作用が期待される.家族性高コレステロール血症患者及び高コレステロール血症患者に対し,インクリシラン300 mgを1日目,90日目,及び以後6ヵ月ごとに投与することにより,LDL-Cの目標値未達であった患者の多くでLDL-Cは大きく低下し,目標値を達成し,その効果は長期間持続した.さらに,インクリシランは初回投与,初回投与3ヵ月後の2回目投与以降は6ヵ月ごとの投与で投与回数が少なく,医療機関で皮下投与されるため,高いアドヒアランスが期待できる.
以上より,明らかな安全性上の懸念はなく,LDL-C低下の明らかなベネフィットが示されたことから,インクリシラン300 mg投与時のベネフィットはリスクを上回ると考えた.よって,インクリシランは,スタチンでLDL-C目標値達成困難若しくはスタチン不耐である家族性高コレステロール血症患者及び高コレステロール血症患者に対する新たな治療選択肢になることが期待される.
三上 忠世志,藤原 由佳理,赤堀 みずき,富松 直子,田槙 ゆう子(ノバルティス ファーマ株式会社).