2024 Volume 159 Issue 5 Pages 300-303
現在,製薬企業の創薬研究において開発候補医薬品の上市確率の低下が課題となっており,更なる臨床予測精度の向上によるproof of concept(POC)取得率の改善が求められている.そのため,創薬研究段階での「動物」から「ヒト」へのマインドセットの変化により,ヒト病態生理の理解を深め,ヒト試料/情報を更に活用することが必要であると考えている.そこで,アステラス製薬株式会社ではヒト試料/情報を活用することによる創薬研究における更なる臨床予測精度の向上を目的としてヒト試料活用支援機能を構築し,各種ヒト試料/情報提供機関の情報やヒト試料/情報取得のノウハウの集積を行うことで,各創薬研究ニーズに合致したヒト試料/情報の取得支援を行っている.具体的には,ヒト試料/情報の探索,提供機関との交渉・契約,倫理審査承認取得,試料の輸入・通関対応等をワンストップで行う支援体制を構築し,創薬研究者が研究ニーズに合致した高質なヒト試料/情報が容易かつ迅速に取得できるような機能を構築している.本機能を導入することで,創薬研究初期段階からの仮説検証,バイオマーカー探索,患者層別化検討などを実施する研究テーマ数が増加しており,臨床効果について予測精度の高い開発候補医薬品の創出に貢献することが期待される.近年,ヒト試料を用いた創薬研究の多様化により,経時的採取および新鮮なヒト試料が必要なケースが多くなってきているが,それら試料を入手する際の課題が多い.そのため,本機能では,特に前向きにヒト試料が取得可能なバイオバンクとの連携強化に努めている.本稿では,本機能で構築したヒト試料/情報の利活用推進のフローを示しながら我々の活動について紹介する.
An issue in drug discovery research at pharmaceutical companies is the decline in the probability of market launch, and there is a need to improve the proof-of-concept (POC) acquisition rate by further improving clinical predictability. For this purpose, we need to deepen our understanding of human pathophysiology, and to make efficient of drug discovery research by utilizing human samples and data due to the change in mindset from “animals” to “humans” at the drug discovery research stage. In particular, with the aim of improving the efficiency of drug discovery research by utilizing human samples/data, we have established a human sample utilization support capability, then we are supporting the acquisition of appropriate human samples/data to meet each drug research need with collecting information on organizations that can provide various human samples and accumulating know-how on obtaining human samples/data. In addition, we have built a one-stop support system for surveying human samples/data, negotiating, and contracting with the organizations, obtaining ethical committee approvals, importing samples, and dealing with customs clearance. As results, our researchers can obtain high-quality human samples/data to meet their research needs rapidly/easily. By establishing this capability, the number of the research projects that implement target validation, pharmacological evaluation, BM identification, and patient stratification, etc. using human samples/data from the early stage of drug discovery, has increased, and then, the evidence obtained by using human samples/data contribute to create drug candidates with high probability of clinical effect. We will introduce our activities while showing the support flow that was actually constructed.
製薬企業における創薬研究で課題の一つとして挙げられるのは上市確率の低下であり,臨床予測精度の更なる向上によるproof of concept(POC)取得率の改善が求められている.そのため,創薬段階において「動物」から「ヒト」へのマインドセットの変化により,ヒト病態生理の理解を深め,ヒト試料/情報を更に活用することが創薬研究の効率化につながると考えられる.そこでアステラス製薬では,ヒト試料/情報を活用することによる創薬研究の更なる臨床予測精度の向上を目的として,ヒト試料活用支援機能を立ち上げ,各創薬研究ニーズに合致したヒト試料/情報の取得支援を行っている.
ヒト試料/情報を活用することによる創薬研究の効率化が重要であることは理解していても,実際に実験に携わっている,頻回にはヒト試料を扱わない研究者にとっては,どのようにしてヒト試料/情報の提供機関を探せばいいのか,倫理申請や提供を受けるための契約,輸入通関はどうすればいいのか,ルール違反をするのではないか,などの不安を多く抱えている.そこで,ヒト試料活用支援チームでは,各種(健常人・患者,ホルマリン固定・凍結・新鮮,On-demand型・Archive型)のヒト試料が提供可能な機関(バイオバンク,ベンダー,Contract Research Organization等)の情報収集やヒト試料/情報取得のノウハウの集積を行っている.また,研究ニーズに合致したヒト試料の探索,ヒト試料提供機関との交渉・契約,倫理申請,試料の輸入・通関対応等をワンストップで行う支援体制を構築し,創薬研究者が研究ニーズに合致した高質なヒト試料へ容易かつ迅速にアクセスできるようにしている.更に,Translational Science研究やヒト試料を用いた研究経験を活かし,ヒト試料/情報を用いた研究計画の立案支援も積極的に行っている.
具体的な支援の内容(図1)としては,①ヒト試料/情報を用いた研究を希望する研究員からリクエストフォームにて支援依頼を受け,②ヒト試料/情報のニーズをヒアリングにて確認した上で,③以下の2点について調査を行っている.

◆ ヒト試料が提供可能な機関の探索
・サプライヤー,バイオバンク,アカデミア,etc.
◆ 研究ニーズに合致したヒト試料の探索
・健常人/患者,Procurement型/Archive型,ホルマリン固定/凍結/新鮮
その後,④最適な機関を推奨/レポートし,⑤各機関に応じた次のアクション(ヒト試料取得に関する交渉・契約,研究計画の立案,倫理申請,輸入通関)へとサポートを行っている.これらの支援によってヒト試料/情報の質および取得スピードの向上,倫理・バイオセーフティ・輸入等で生じうるリスクを回避している.また,これらの支援により研究者の心理負担の低減や研究時間の確保も得られている.
また,ヒト試料活用支援チームでは,ヒト試料のニーズ・リクエストのモニターも行っており,ヒト試料を使用した研究の目的,試料の種類,試料取得の可否,提供機関等の情報を集約し,新しい提供機関の探索やシステムフローの改訂等,次のアクションにつなげている.
ヒト試料の主な提供機関としては,Key Opinion Leader(KOL)等のアカデミア,国内バイオバンク,および国外Supplierが挙げられる.契約形態については,アカデミアでは共同研究,国内バイオバンクでは共同研究と分譲,国外Supplierでは分譲となる.最近の創薬研究のトレンドであるオープンイノベーションのため開発候補医薬品等の権利形態が多様化しており,共同研究による創薬研究のためのヒト試料取得には制約がかかる可能性がある.また,倫理の観点からは,国外Supplierでは,試料を取得時に既にInstitutional Review Boardで承認を取得していることから,比較的速やかに試料を取得できる.一方で,海外のKOL等のアカデミアでは被験者からの適切な同意が取れておらず,試料を使用できないケースがある.提供可能なヒト試料としては,KOL等のアカデミアでは,研究ニーズに合致した既存試料が取得可能であり,前向き採材においても,経時的な試料収集や採材時に試料の処理が必要な場合も柔軟に対応が可能なケースが多い.一方で,新鮮な試料を利用する場合,アカデミアに新鮮な試料が使用できる実験スペースや実験をする研究員の確保が必要である.国内バイオバンクでは,主に既存試料が取得可能であり,ゲノム等のオミックス情報が紐づいた試料,経時的な試料,侵襲性の高い検査後の残余試料,希少疾患の試料等,各バイオバンクで特徴的なヒト試料を保有している.そのため,各バイオバンクからどのような試料が入手可能か予め調査しておくことも重要である.また,最近バイオバンク横断検索システム(https://biobank-search.megabank.tohoku.ac.jp/v2/)の運用が開始されたため,本システムを利用することで研究ニーズに合致したヒト試料の検索が可能になっている.国外Supplierでは,既存試料では手術や検査後の残余試料を多く保有しており,創薬研究に必要な試料に紐づく情報も十分にある場合が多い.また,代理店を介して一度に多くのSupplierへ研究ニーズに合致したヒト試料の取得可否の確認が可能である.前向きな採材が可能なSupplierも増加傾向であるが,経時的な採材等,細かなプロトコールを要する採材に課題があり,採材期間が正確に見積もれないケースもある.
創薬研究での臨床予測精度向上のため,ヒト試料を① 標的妥当性検証,② 患者層別化検討,③ 開発候補品の薬理評価または作用機序解析,④ バイオマーカー探索に活用するニーズが高くなってきており,①・②には,経時的な患者検体が必要なケースが多く,③・④の検討には新鮮な患者検体が必要なケースが多い.特に,新鮮な前向きなヒト試料の利用については,その提供機関が少ないという課題がある.本課題に対応するために,ヒト試料活用支援チームでは,新鮮な,ならびに前向きなヒト試料を提供可能な国内バイオバンクである,筑波大学附属病院つくばヒト組織バイオバンクセンター(筑波大学バイオバンク)(https://www.hosp.tsukuba.ac.jp/outpatient/facility/biobank.html)や神戸大学医学部附属病院バイオリソースセンター(神戸大学バイオバンク)(https://www.hosp.kobe-u.ac.jp/brc/)からのヒト試料の提供を受けるフローを確立している.
筑波大学バイオバンクでは,特長として「On-demand」型のヒト試料の提供が分譲で行われており,また自社研究所の近隣の機関であるため,新鮮なヒト試料を利用した実験が容易に実施可能である.「On-demand」型のヒト試料の提供の際は,筑波大学バイオバンクでヒト試料の採材や同意取得を担う診療科との連携,分譲審査,契約,ヒト試料提供日の調整,匿名化,ヒト試料/情報の提供の対応等が実施される.神戸大学バイオバンクでも,「ニーズドリブン」型バイオバンクバンクが指向されており,前向きな採材が可能である.ヒト試料の提供の際には,神戸大学バイオバンクにて計画立案支援,診療科との連携,倫理申請,匿名化,試料提供(採材・保管・輸送),情報提供等が実施される.また,一般社団法人BioResource Innovation Hub in Kobe(https://brih-k.or.jp/)が,神戸大学バイオバンクと企業の間で研究ニーズの橋渡しや契約面等をサポートしている.更に,神戸大学バイオバンクからのヒト試料の提供は共同研究下で行われることから,研究計画の詳細な議論が可能であり,また成果の扱いの観点からも企業での研究が容易に行える対応が取られる場合がある.
また,アステラス製薬では,京都大学と設立したアライアンス・ステーション(先端医療基盤共同研究講座)にて,研究員が駐在した実験施設を整備している.この研究施設において京都大学のKOLと研究員が協働で研究を推進し,種々の研究の中で新鮮なヒト試料を用いた研究実施が可能となっている.また,東北大学メディシナル・ハブにオープンイノベーションの拠点としてTACT(Tohoku University and Astellas Collaboration Committee)オフィスを開設しており,東北大学オープンイノベーション事業戦略機構と協力しながら多くの共同研究を立ち上げ,推進している.
今後もヒト試料利活用の推進機能の社内での利活用促進を図り,より多くのヒト試料/情報ニーズに対応していきたい.特にヒト試料/情報ニーズの多様化に応じた,新たなヒト試料/情報の提供機関の開拓を進めたい.さらに自社研究機能のグローバル化に伴う自社海外研究員のヒト試料/情報ニーズに対する支援実施についても注力していきたい.
沖本 りさ,藤村 高穂,三原 佳代子(アステラス製薬株式会社).