2024 Volume 159 Issue 5 Pages 327-330
がん,感染症,代謝性疾患,環境疾患等の様々な疾患が研究されているが,分子相互作用等の詳細メカニズムは未解明である.本国際シンポジウムにおいて,疾患のメカニズムを明らかとするための新しいアプローチについて議論した.分子ネットワークパスウェイ解析によるがんや感染症等の疾患メカニズム解明に関する発表の後,韓国のDr. Tae-Young Kimから環境疾患の代謝性重水ラベリングについて,スペインのDr. Rosalia Rodriguez-Rodriguezから代謝性疾患治療における視床下部ナノ医療ターゲティングについて,韓国のDr. Chang-Beom Parkから環境疾患評価における方法論アプローチについて発表がなされた.本国際シンポジウムでの議論を契機として,グローバルな疾患研究アプローチについての理解が今後更に深まることが期待される.
New approaches for elucidating mechanisms of diseases including environmental diseases, cancer, metabolic diseases, infectious diseases are challenging. After the presentation on elucidating the mechanism of cancer and infectious diseases, lectures by Dr. Tae-Young Kim (Korea) on metabolic deuterium oxide labeling in environmental diseases, Dr. Rosalia Rodriguez-Rodriguez (Spain) on targeting the hypothalamus with nanomedicines to treat metabolic diseases, Dr. Chang-Beom Park (Korea) on methodological approach for evaluation of the environmental diseases were presented. The deeper understanding of the global research approaches on diseases will be expected based on the fruitful discussion at the international symposium.
第97回日本薬理学会年会 シンポジウムS59「疾患のメカニズムとグローバルなアプローチ」を2023年12月16日に神戸にて開催し,環境疾患・がん・代謝性疾患・感染症等の疾患メカニズムを解明するための方法論アプローチについて発表・議論し,理解を深めた.本稿では,各発表内容について章立てしてまとめることとし,海外の先生方からは原稿を英語で執筆いただいた後,和訳して全体的に疾患メカニズムとグローバルなアプローチについて議論した.環境疾患は,水質汚染や大気汚染による有害化学物質やマイクロプラスチックなどの有害な環境要因に慢性的にさらされることに起因する非感染性疾患である1,2).2016年に報告されたWHOの調査によると,環境疾患による死亡率が高いのは心臓病,呼吸器疾患,がんであり3),疾患への環境影響は低・中所得国グループで比較的高割合で生じており,特に10歳以下の子供の死亡率への寄与が大きい傾向が観察されている4).
がんや感染症では,様々な分子ネットワークパスウェイの活性が変化している.上皮間葉転換(epithelial-mesenchymal transition:EMT)や腫瘍微小環境経路などの分子ネットワークパスウェイの解析は,がんにおける治療抵抗性の獲得メカニズムを明らかにする上で重要なアプローチである.一方,コロナウィルスの病原性経路はコロナウィルス感染下で活性化されるが,活性酸素種(reactive oxygens species:ROS)の役割は不明である.がん治療抵抗性ネットワークとコロナウィルスの病原性パスウェイの正確なメカニズムを明らかにするために,Ingenuity Pathway Analysis(IPA)を用いて公開されている遺伝子発現データを解析した.2021年の時点で,データベース上の100,000を超えるデータ解析結果のうち,23,100解析が成長因子によるEMT制御パスウェイに関与していることが確認され,106解析と106データセットがsevere acute respiratory syndrome(SARS)コロナウィルスに関連していることが明らかとなっている.膵管腺がん由来細胞を用いてサイクリン依存性キナーゼ阻害薬であるパルボシクリブ処置とパクリタキセル前処置培養培地を比較した解析や,パクリタキセル前処置と培養培地を比較した解析において5),成長因子によるEMT制御パスウェイが活性化していることが示された.また,SARSコロナウィルスに関連するデータのうち,2021年の時点でSARS-coronavirus 2(CoV-2)及びヒトに関する49件の解析が同定され,組織「皮膚」に関する9件の解析(GSE156754)6)と肺腺がん細胞株に関する22件の解析(GSE147507,GSE17400,GSE154613)7,8)が含まれていた.SARS-CoV-2に感染した肺腺がんでは,コロナウィルスの病原性パスウェイにおいてFOSとJUNが活性化されており,SARS-CoV-2に感染したiPS細胞由来心筋細胞では,コロナウィルスの病原性パスウェイが活性化された.テルミサルタン,アセトアミノフェン,三酸化ヒ素は,コロナウィルスの病原性パスウェイと相互作用していた.microRNAは,成長因子経路及びコロナウィルス病因経路によるEMTの調節と相互作用することが確認された.分子ネットワーク経路解析で同定されたネットワーク相互作用は,治療メカニズムを特定する可能性を秘めている.
環境オミクスは,ゲノミクス,トランスクリプトミクス,プロテオミクス,メタボロミクスを活用して,環境曝露の人間への健康影響を分析する学問である9).環境要因にさらされた生物系の分子シグネチャーを解析することにより,病気のメカニズムとバイオマーカーに焦点をあて,リスク評価を容易にして健康への悪影響を解明するものである.例えば,アルツハイマー病においては,重金属や農薬等の環境汚染物質がα-シヌクレイン凝集を増強し,レビー小体形成やミトコンドリア機能障害を引き起こしてアルツハイマー病の進行に寄与する可能性がある10).質量分析に基づく定量的オミクス研究では,多くの場合,様々な安定同位体標識法が利用される.代表的な戦略として代謝同位体標識が挙げられ,同位体は天然合成経路を介して生体分子に取り込まれる.利用可能な前駆体の中で,重水(D2O)は,その費用対効果と多様な生物学的システムにおける使いやすさで際立っている11).D2O標識は,タンパク質,脂質,炭水化物,ヌクレオチド等のさまざまな生体分子の安定なC-H結合に重水素(D)原子を導入するものである.通常は,低濃度(1~10%)のD2Oが使用され,マススペクトル中の標識種と非標識種の完全な分離ではなく,微妙な同位体シフトが生じる.このアプローチは,さまざまなオミクス研究における代謝フラックス,代謝率,及び相対定量の決定に応用されている.D2O Labeling for Global Omics Relative Quantification(DOLGOReQ)と名付けられた新しい定量的オミクス戦略が開発され,脂質12)や糖鎖13)を含む多様な生体分子の相対定量に採用されている.細胞をD2O濃縮培地で増殖させ,抽出された生体分子を液体クロマトグラフィー(LC)-MSによって分析する.相対同位体存在量(RIA)を計算し,in silicoライブラリを構築する.実験用RIAをライブラリと比較することにより,混合サンプル中の相対存在量が決定される.DOLGOReQは,従来の手法に匹敵する性能を発揮し,広いダイナミックレンジ,高精度,再現性を有する.代謝D2O標識は,脂質代謝回転に関する速度論的情報を抽出するためにも利用することが可能である.生体内の脂質プールのサイズは,合成と分解のバランスを反映して常に変化しており,脂質代謝の乱れはターンオーバー率に影響を与える.Gohらは,D2O標識とノンターゲットLC-MS/MSを用いたハイスループット脂質代謝回転測定のためのプラットフォームを開発し,多くのサブクラスにわたる数百種類の脂質の代謝回転率を決定した14).フラグメントイオンを用いたターゲットLC-MS/MS分析により,個々の脂質内の頭部及び尾部の動態の識別も可能となった.D2Oは,MSベースの研究における多様な生体分子の普遍的な同位体標識試薬として大きな可能性を秘めているものと考えられる.その広範な適用により,定量的オミクスのスコープが大幅に拡大している.さらに,その低濃縮レベルがもたらす経済性,利便性及び安全性の観点から,人間を含む高等生物における長期実験における本手法の有用性がもたらされるものと考えられる.
代謝障害は,食物摂取量とエネルギー消費の不均衡に伴うエネルギー恒常性の撹乱により,肥満並びに,糖尿病,心血管疾患,がん等の合併症を引き起こす.さらに,肥満における心血管代謝合併症は,早期死亡のリスクを高め,全体的な平均余命を大幅に短縮する.肥満の病因と治療管理の理解が進んでいるにもかかわらず,肥満の有病率は大幅に上昇しており,その有病率は過去40年間でほぼ3倍になり,その傾向は増加を続けている15–17).肥満の有病率の上昇要因として遺伝的要因の他に環境要因が多大な影響を及ぼしている.座位の続くライフスタイル,加工食品や甘味飲料の大量消費を特徴とする不健康な食事パターン,新鮮で高栄養価の食品へのアクセス制限,都市化,社会経済的格差等の環境要因すべてが肥満に寄与している18).生活習慣への介入のみでは不十分であり,安全性かつ持続可能な減量を達成・維持するための薬物療法が依然として課題であった.食欲の内分泌調節についての理解が深まったことで,近年,有望な薬剤が開発され,肥満薬物療法の新時代が到来した19).
脳の脂質代謝を標的とすることは,エネルギーバランスを調節し,脳細胞によって厳密に制御されている代謝性疾患と闘うための有望な戦略である20).特に視床下部への選択的薬物送達のための安定したプラットフォームの開発が課題となっており,代謝性疾患治療の解決策となり得ると考えられる.カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1A(CPT1A)阻害により視床下部の脂肪酸酸化を抑制すると満腹感が得られるが,現行の薬剤によりCPT1Aにin vivo到達することは困難である20,21).エネルギーバランスをin vivo制御するために,CPT1A阻害薬C75-CoAを安定的にロード可能な架橋ポリマーミセル型ナノメディシンを開発している22).本ナノメディシンは,神経細胞株においてin vitro検証され,マウスにおいてin vivo検証されている.神経細胞株におけるCPT1Aの触媒活性と脂肪酸酸化を低下させるナノメディシンの有効性が確認され23),C75-CoAを内包したナノ製剤は,遊離薬物及び非架橋ミセルと比較して,ATP放出の効果的な阻害と視床下部ニューロンへの高い取り込みを示し,架橋ミセルに封入した場合の有効性の増強が示された22).CPT1A阻害薬を内包したナノメディシンをマウスに脳室内投与したところ,遊離薬と比較して摂餌摂取量が急激に減少し,体重増加が大幅に減少した.このような変化は,食欲増進性神経ペプチドの視床下部発現低下と食欲不振誘発性神経ペプチドの増加に関連していた.視床下部におけるこの変化は,マウスへのナノメディシン投与により誘発される末梢組織,すなわち肝臓と褐色脂肪組織の代謝プロファイルの変化にも関連していた.最後に,CPT1A阻害薬を内包したナノメディシンは,溶媒や遊離薬物と比較して,特に視床下部の室傍核で神経細胞の活性化を引き起こした.このニューロン活性化のプロファイルは,視床下部での摂食調節神経ペプチドの放出,並びに肝臓及び褐色脂肪における末梢代謝と相関している.以上のことから,脳脂質代謝を標的とする高分子ナノメディシンは,マウスの食物摂取調節,神経細胞の活性化及び末梢代謝の調節を可能とし,遊離薬と比較して有効性が増強した.肥満の克服に向けて,新世代ナノメディシンベースのアプローチの開発と検証に貢献する可能性がある.
近年,残留化学物質やマイクロプラスチック等の環境汚染物質は,人間や環境の健康を脅かす新たな有害要因と見なされている.これは,環境中で自然に分解しにくく,低濃度で長期間さらされると人体に毒性を引き起こす可能性があるためである.環境要因の疾患発生を予防するためには,まず,環境疾患の原因とその作用機序を特定する必要がある.しかしながら,世界における動物福祉規制により,新たな汚染物質に対する有害性を確認するための動物毒性実験は減少している.そのため,多くの研究者が,動物実験代替法の開発と適用の観点から,細胞ベースのエクスポソーム評価システムに注目している.エクスポソーム評価システムの中核は,細胞レベルから個体レベルまでの毒性を通して環境疾患に関連する有害性発現経路(Adverse Outcome Pathway:AOP)を特定し,最終的に環境疾患の原因または集団レベルの影響を予測することである24).
AOPは,細胞ベースのin vitro毒性試験または最小限のin vivo動物毒性試験を通じて環境疾患と新たな汚染物質との関係を評価するものであり,代替試験を確立及び適用するための方法論的アプローチの1つである.本研究の目的は,有害物質曝露による細胞・組織レベルでの生体応答によるキーイベントを発見し,個人レベルでの最終的な有害性を確認することである.また,様々なバイオマーカーを用いた有害物質の人体・環境リスク評価も実施する予定である.まず,AOP-Wikiサイトに登録されているAOP271(甲状腺ホルモン生合成阻害から魚類の生殖能力障害に至る経路)に基づく生殖毒性試験を実施した.環境化学物質に対する生殖毒性は,生殖サイクルが短く,実験室での培養が容易なゼブラフィッシュを用いた.過塩素酸ナトリウムとTDCPPに21日間曝露したところ,成魚の甲状腺及び性ステロイドホルモン合成,卵黄前駆体ビテロゲニン,並びに生殖能力の撹乱が生じることが見出された25,26).特にゼブラフィッシュの生殖能力の阻害は,甲状腺ホルモンや性ステロイドホルモンレベルの変化,過塩素酸ナトリウムやTDCPPの蓄積によるストレス応答によって引き起こされた.しかし,甲状腺とステロイドのホルモンレベルとストレス応答の関係を明らかにするには,蓄積とストレス応答によるホルモン活性の抑制の作用機序に関するさらなる研究が必要である.その結果,甲状腺ホルモンの活性化は,魚類の成長・発達だけでなく,生殖機能や生殖活動にも深く関わっていることが判明した.さらに,環境汚染物質と疾患との相関関係は,環境中の汚染物質の存在の形態によって決定される可能性がある.汚染物質の混合形態における毒性影響は,曝露濃度,応答時間,化学物質の種類,及び毒性レベルに依存するため,毒性メディエーターまたは受容体の変化が同定され得る.したがって,環境疾患の原因を解明するためには,自然環境条件に反映された混合形態の汚染物質から,生物学的応答と有害性との相関関係を理解する必要がある.特に,汚染物質混合物への曝露によって変化する主要なイベントは,in vitro/in vivo毒性試験を通じて,仮説上の毒性経路で明確に検証する必要がある.さらに,マルチオミクス解析に基づく毒性シグナル伝達経路のさらなる研究により,汚染物質曝露によって引き起こされる環境疾患の原因を解明するための重要な情報になるものと考えられる.
今回の日本薬理学会国際シンポジウムでは,韓国とスペインから講演者の先生方が来日され,環境疾患等に関する大変有意義なディスカッションの機会を得ることが出来た.第97回日本薬理学会年会関係者の方々に感謝の意を表したい.
開示すべき利益相反はない.
本研究は,AMED課題番号JP21mk0101216,JP22mk0101216,JP23mk0101216(ST),JSPS科研費JP21K12133(ST),National Research Council of Science & Technology(NST)grant by the Korea government(MSIT)(No. CCL23151-100)(CP)の支援を受けて実施したものである.本研究にあたり,国立医薬品食品衛生研究所の関係者に感謝申し上げる.