2024 Volume 159 Issue 6 Pages 381-384
子宮内膜症では,何らかの原因で子宮内膜類似様の組織が子宮外の部位で生着,機能し,炎症や線維化を起こす.その発生機序として月経血の逆流説が最も有力である.しかしながら,詳細な病態メカニズムは明らかになっていない.我々は,子宮内膜症モデルマウス作成時の卵巣摘出部位(損傷出血部位)に子宮内膜症様病変が出現しやすいことを観察している.さらに,月経血中に含有される催炎症性因子であるプロスタグランジンE2(PGE2)とトロンビンが子宮内膜症様病変の炎症を悪化していることを示唆した.そこで,月経血中の子宮内膜片は低酸素状態にあるということに着目し,低酸素条件下におけるPGE2/トロンビンの炎症と線維化に対する効果について,初代培養子宮内膜間質および腺上皮細胞を用いて検討した.この条件下で子宮内膜間質細胞から分泌されるケモカインCXCL12は,低酸素下でのPGE2とトロンビン刺激によって腺上皮細胞で発現が上昇するCXCR4受容体に作用し,上皮間葉転換(EMT)を起こした.このEMT誘導により,子宮上皮細胞は線維化や細胞遊走・浸潤能の獲得を介して内膜症病態の進行に関わることを示唆した.次に,PGE2/トロンビンの子宮内膜間質細胞に対する効果をRNA-seqにて網羅的に解析したところ,PGE2/トロンビンがトランスフォーミング増殖因子(TGF)β経路を活性化し,特に,TGFβファミリーを構成するアクチビンAの産生と分泌が増加することを明らかにした.さらに,アクチビンAは結合組織増殖因子(CTGF)発現の上昇を介して,子宮内膜間質細胞の性質を線維芽様から線維化に特徴的な筋線維芽細胞様へと分化させることを示した.このように,CXCL12/CXCR4及びアクチビンA/CTGFシグナル系は,子宮内膜症病変における線維症の改善における標的として期待される.
In endometriosis, the tissues similar to the endometrial tissue attaches outside the uterine cavity, causing inflammation and fibrosis. The retrograde menstruation theory is the most plausible mechanism, though the detailed pathogenesis remains unclear. Our observations suggest that endometriosis-like lesions occur more often at sites of ovarian excision causing bleeding in mouse models. Additionally, prostaglandin E2 (PGE2) and thrombin, a protease-activated receptor (PAR) agonist in menstrual blood exacerbate inflammation in these lesions. Focusing on the hypoxic conditions of menstrual blood, we investigated the effects of PGE2/thrombin on inflammation and fibrosis using primary cultured endometrial stromal cells (ESCs) and glandular epithelial cells (EECs) under low oxygen conditions. Chemokine CXCL12 secreted by endometrial stromal cells under hypoxia acts on CXCR4 receptors on glandular epithelial cells, inducing epithelial-mesenchymal transition (EMT), suggesting a possible role in endometriosis progression. RNA-seq analysis of PGE2/thrombin effects on endometrial stromal cells revealed activation of the transforming growth factor (TGF)-β pathway, particularly increased production and secretion of activin A, a member of the TGFβ family. Activin A, via increased connective tissue growth factor (CTGF) expression, promotes differentiation of endometrial stromal cells from fibroblast-like to myofibroblast transdifferentiation (FMT) of ESCs. In conclusion, targeting the CXCL12/CXCR4 and activin A/CTGF signaling pathways holds promise for improving fibrosis in endometriosis lesions.
子宮内膜症はアンメットメディカルニーズの高い難治性疾患であり,患者の約50%が不妊症を併発する.子宮内膜症では,腹痛など激しい痛みを伴うため,女性の生活の質(QOL)を大きく低下させ,社会活動を困難にする.罹患率が高く,本邦の推定患者数は260万人である.本症は薬物治療や手術による病変摘出が行われるが完治が難しく,再発率も高い.また,ホルモン療法が行われると不妊治療との両立が難しい.そのため,ホルモン療法に依存しない根本的治療薬が求められており,本疾患の発症と進行のメカニズムの解明は,産科婦人科領域の喫緊の医療課題となっている.
子宮内膜症では,本来,子宮腔内にのみ存在する子宮内膜組織が,子宮外の組織,主にダグラス窩,腹膜,卵巣等で生着,増殖し,炎症と線維化を伴って機能する.その発生機序は諸説あるが,「月経血の逆流説」が有力である.すなわち,月経血が逆流し,卵管を通って,血中に含有される子宮内膜組織片が腹膜や卵巣などの異所性に生着して異常な増殖をするというものである1).子宮内膜症はエストロゲン感受性の疾患であり,その病巣においては,低酸素状態,慢性炎症や上皮間葉転換(epithelial-mesenchymal transition:EMT),線維化に加え,免疫細胞や老化細胞の蓄積も確認されるが,これらは病期経時的に変化しており,上記に示した病変が形成される部位でも特徴が異なるなど複雑な病態を形成する.
筆者らは,従来のマウス子宮内膜片の移植による子宮内膜症マウスモデルに加え,ヒト子宮内膜細胞を移植した動物モデルを作成した2,3).片側卵巣摘出したマウスの腹腔内に,マトリゲルに懸濁した子宮内膜腺上皮および間質細胞を移植して,子宮内膜症様病変を形成するモデルである.本モデルにおいて,出血を伴う卵巣摘出部位に内膜症様病変ができることを明らかにしている.子宮内膜症の病理所見においては,病変組織中にヘモグロビンを貪食したマクロファージが多く存在する.これらのことから,子宮内膜症の発症には血液が深く関わっていると考えられる.さらに,月経血に含まれる催炎症性因子としてプロスタグランジンE2(PGE2)4)とトロンビン5)が子宮内膜細胞の炎症状態を悪化させることや2),内膜症病変で減少する血液成分のセリンプロテアーゼ阻害因子がToll様受容体の感受性を高めることで,慢性炎症を引き起こすことを報告している6).これらのことから,血液成分が子宮内膜症の病変形成および過剰な炎症惹起をしていると考えられる.
子宮内膜症病変は,主に子宮内膜間質細胞,腺上皮細胞から構成されており,特徴として炎症反応や線維化がある.また,それら細胞ではEMTの誘導や低酸素誘導因子の発現亢進が報告されている7).近年,子宮内膜症患者の血中のケモカインCXCL12が増加していることが報告されている8).そこで,ヒト子宮内膜細胞のEMTにおけるCXCL12とその受容体CXCR4の関与について検討を行った.その結果,子宮内膜間質または腺上皮細胞に低酸素下においてPGE2/トロンビンを処置すると,両細胞ともに炎症性因子であるIL-6,IL-8およびCXCR4発現が上昇した.また,腺上皮細胞においてのみ,典型的なEMTにみられる上皮系マーカー因子の減少と間葉系マーカーの上昇,EMT誘導転写因子の発現上昇,さらに細胞遊走・浸潤能が増加した.一方,間質細胞において,低酸素下PGE2/トロンビン処置によりCXCL12発現および分泌が上昇し,子宮内膜症の増悪因子であるエストロゲンの処置によりその発現・分泌がさらに上昇した.間質細胞から分泌されたCXCL12が腺上皮細胞に作用するか確認するため,CXCL12を腺上皮細胞に添加すると,低酸素下PGE2/トロンビン処置によるEMTマーカー因子の発現変化をさらに促進させた.また,CXCL12処置は,腺上皮細胞の細胞遊走・浸潤を濃度依存的に促進した.これらのことから,低酸素下でのPGE2/トロンビンにより子宮内膜間質細胞から分泌されるCXCL12は,同刺激により腺上皮において発現が上昇するCXCR4に作用し,EMTによる線維化や細胞遊走・浸潤能の獲得を介して内膜症病態の進行に関わることを示唆した9)(図1).

子宮内膜症病変の特徴である炎症反応やEMTに月経血中に含有されるPGE2/トロンビンが影響していることを明らかにしたが,これらがどのような機序により誘導されるかは不明である.そこで,ヒト子宮内膜間質細胞にPGE2/トロンビンを処置した時の全転写産物をRNAシーケンシング(RNA-seq)にて解析した.その結果,PGE2/トロンビン処置により,76因子に有意な発現変化がみられた.これらの因子をパスウェイ解析やジーンオントロジー(GO)解析に供したところ,これまでの検討結果を裏付けるようにIL-6などを含む炎症に関連した細胞内シグナルが有意に変化していることが確認された.さらに,TGFβ経路関連因子も有意に変化していた.なかでも特に,TGFβファミリーであるアクチビンAが上昇した.アクチビンAは,子宮内膜間質細胞に作用し,EMTを引き起こすと共に結合組織成長因子(CTGF)の発現を促進させた.さらに,CTGFは子宮内膜間質細胞において筋線維芽細胞マーカーであるα平滑筋アクチン(αSMA),タイプⅠコラーゲン,フィブロネクチンの発現を増加させた.すなわち,線維芽細胞様から筋線維芽細胞様への転換(fibroblast to myofibroblast transdifferentiation:FMT)を起こし,線維化を惹起することを示唆した10)(図2).

近年,子宮内膜症組織のシングルセル(sc)RNA-seqにおいて,病変の大部分を占める子宮内膜間質細胞には,正常分化群,老化細胞群,TGFβ活性化群の3つの集団が存在することが報告された11).また,子宮内膜症患者の月経血中に存在する子宮内膜細胞群のscRNA-seqにおいても,同様の3集団が存在していた12).これは,月経血中に存在する子宮内膜組織とその集団の割合が,内膜症の病態発症に影響することを裏付けている.我々が開発したヒト子宮内膜細胞移植モデルにおいて,PGE2/トロンビン処置は,病巣において子宮内膜症に特異的な嚢胞を形成し,老化細胞を増加させることを明らかにしている.老化細胞は,その形質変化(senescence-associated secretory phenotype:SASP)により炎症性因子等を分泌し,老化細胞の蓄積は炎症部位の拡大や線維化を引き起こすと考えられる13).さらに近年,アクチビンAはSASP分泌因子としても認識されてきている14).これは細胞老化とEMT,線維化が密接に関連していることを推察させる(図3).我々は,老化子宮内膜細胞を薬剤により選択的に排除することで,子宮内膜細胞の機能を改善することを報告しており15),新たな子宮内膜症治療薬としての可能性に注目している.しかしながら,月経血由来の催炎症性因子,アクチビンA,老化細胞の関連性や病態進行に対する詳細なメカニズムは不明であり,現在,詳細な解析を行っている.

本研究により,子宮内膜症病変で見られる慢性炎症,線維化機構の一端を明らかにした.今後,細胞老化との関連性とそれぞれの詳細な分子メカニズムを明らかにしていく.さらに,それらの機序に介入することで,老化や線維化,炎症の発生や進行を止めることが出来る可能性がある.最終的に子宮内膜症における従来のホルモン療法に依存しない新たな治療戦略となることが期待される.
開示すべき利益相反はない.