Folia Pharmacologica Japonica
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Reviews: Search for Target Factors in Pain Control Mechanisms and Their Functional Analysis
A long chain fatty acid receptor signaling as a new therapeutic target for stress-induced chronic pain
Kazuo NakamotoShogo Tokuyama
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2024 Volume 159 Issue 6 Pages 354-356

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要約

心理・社会的ストレスはうつ病や不安症などを含む精神疾患のリスクファクターとなることが知られている.一方,これらストレスへの暴露は痛みを遷延化し,重症化させる要因にもなる.しかし,ストレスが引き金となる慢性疼痛の病態機序は複雑であり,未解明の部分が多く有効な治療薬も確立されていない.長鎖脂肪酸受容体GPR40/FFAR1は,今から約20年前に発見されて以降,末梢でのインスリン分泌促進機構に関する研究が進んでいる.申請者らのグループは,GPR40/FFAR1の中枢神経系における生理作用の解明に向けた研究に取り組み,疼痛および情動の調節に関与していることを見出してきた.現在,これらの知見を元に,ストレスが関連した慢性疼痛形成に対して脂肪酸シグナルの関与について研究を進めている.本総説では,心理ストレスが関連して生じる慢性疼痛の現状,GPR40/FFAR1を介した疼痛制御機構について,心理社会的ストレスを模倣する社会敗北ストレスを負荷した術後痛モデルマウス(慢性疼痛モデル)を用いた私達の知見をもとに,ストレス誘発慢性疼痛の新たな治療標的としての脂肪酸受容体シグナルの関与について,総説としてまとめた.

Abstract

Psychological and social stresses are known to be risk factors for psychiatric disorders, including depression and anxiety. On the other hand, exposure to these stresses can also cause prolonged and severe pain. However, the pathological mechanism for stress-induced chronic pain is complex, and there are many unresolved aspects, and no effective therapeutic drugs have been established. Since the discovery of the long-chain fatty acid receptor GPR40/FFAR1 about 20 years ago, research on the mechanism that promotes insulin secretion in the pancreas has progressed. Previously, we have worked to elucidate the physiological effects of GPR40/FFAR1 in the central nervous system and has found that it is involved in the regulation of pain and emotion. Based on these findings, they are now investigating the involvement of fatty acid receptors signaling in the development of stress-related chronic pain. In this review, we discuss the status of psychological stress-related chronic pain and the GPR40/FFAR1-mediated and -striking regulatory mechanisms of stress-induced chronic pain, based on our findings using a mouse model of chronic pain created by loading postoperative pain to a social defeat stress model mouse that mimics psychosocial stress. We summarized about the involvement of fatty acid receptor signaling as a new therapeutic candidate for chronic pain in this review.

1.  はじめに

心理・社会的ストレスはうつ病や不安症などを含む精神疾患のリスクファクターとなることが知られている.一方,これらストレスへの暴露は痛みを遷延化し,重症化させる要因にもなる1).しかし,ストレスが引き金となる慢性疼痛の病態機序は複雑であり,未解明の部分が多く有効な治療薬も確立されていない.これまでに,私達のグループは中枢神経系における長鎖脂肪酸受容体GPR40/FFAR1の新たな生理作用の解明に向けた研究に取り組み,脂肪酸受容体を介したシグナル機構が疼痛および情動の調節に関与することを見出してきた2,3).他方,臨床研究ではGPR40/FFAR1のアゴニストであるドコサヘキサエン酸(DHA)などのn-3系多価不飽和脂肪酸の摂取が,慢性疼痛および情動障害を緩和するとの報告もある46).これらの点から,脂肪酸シグナルは痛みと情動の両者の調節を行っていることが示唆される.本総説では,心理・社会的ストレスによって生じる慢性疼痛の病態形成機構における脂肪酸受容体シグナルの関与について,最近の知見や私達の研究成果について紹介し,新たな治療標的の可能性について論じたい.

2.  心理社会ストレスは痛みを悪化,慢性化させる

心理・社会的ストレスは,私達が社会生活を営む上で暴露される対人関係トラブル,肉親との喪失体験などのライフイベントなどのことであり,現代のストレス社会においては日常的に多くの場面で経験する.このようなストレスへの繰り返し暴露は,うつ病や不安症などの精神疾患の危険因子となるだけでなく,慢性疼痛の発症にも大きく影響する7).例えば,心理・社会的ストレスが強い患者は,不安や抑うつなどの精神症状が現れやすく,痛みの経験をネガティブに捉える破局的思考の状態に陥りやすくなる1).うつ病患者は,頭痛や心窩部痛といった疼痛関連身体症状がうつ病の発症を契機に生じる8).また痛みの重症度と精神心理的問題(痛みの破局化)は,強い正の相関を示すとの報告もある9).他方,慢性疼痛患者の30~50%は,うつ病を合併しているとの報告10)や,慢性疼痛患者の背景には,心理社会的ストレスなど様々なストレス要因が関連しているとされる.

3.  GPR40/FFAR1の主な生理作用

GPR40/FFAR1は,炭素数12~22の長鎖脂肪酸を認識する受容体として発見されたG-タンパク質共役型受容体である11,12).これまでにGPR40/FFAR1は,膵臓β細胞からのインスリン分泌,腸管L細胞からのグルカゴン様ペプチド(GLP)-1など,ホルモンやペプチドの分泌調節に関与し,糖・脂質代謝の恒常性維持に関与している.他方,腸管ではGLP-1分泌細胞から分泌されたGLP-1シグナルを介して隣接するエンテロクロマフィン細胞に作用し,セロトニンの分泌調節に関与している13).中枢のセロトニンもまたGPR40アゴニストGW9508の処置により,セロトニン遊離量が促進されるとの報告もある14).GPR40/FFAR1ノックアウトマウスを用いた我々の検討では,脳内ノルアドレナリン量が野生型マウスと比べて増加すること,またGPR40/FFAR1アゴニストはオピオイドペプチドの1つであるβエンドルフィンの遊離を促進させることなど見出している15).これらの点から,GPR40/FFAR1はホルモンやペプチドだけでなく,セロトニンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質の分泌調節にも関与することが示唆されている.

4.  GPR40/FFAR1と痛みおよび情動の関係

これまでに私達は,GPR40/FFAR1アゴニストGW9508またはDHAは,プロオピオメラノコルチン神経を活性化し,β-エンドルフィンの遊離を増加させ,痛みを抑制することを報告している15).GW9508の脳室内投与は青斑核から脊髄へと投射するノルアドレナリン作動性神経,および大縫線核から脊髄へと投射するセトロニン作動性神経系を活性化させ,痛みを抑制することも見出してきた.さらに,術後痛時の視床下部では,痛みが生じている際にDHAが増加すること,GPR40/FFAR1ノックアウトマウスは痛みの回復が遅延し,慢性化することも同時に見出してきた3)

栗原らは,一次知覚神経節や脊髄後角神経細胞にGPR40/FFAR1が存在し,炎症や末梢神経障害に伴いGPR40/FFAR1タンパク質発現レベルが上昇すること,GPR40/FFAR1作動薬の脊髄クモ膜下腔投与は,炎症性疼痛および神経障害性疼痛モデルマウスに生じる機械的アロディニアを抑制することを報告している16).このように,脳および脊髄のGPR40/FFAR1は,疼痛を制御する可能性が示されている.興味深いことに,糖尿病性末梢神経障害に対して,GPR40/FFAR1アゴニストが有効であるとの報告もある.Königsらは,ストレプトゾトシン誘発1型糖尿病モデルマウスにおいて生じる末梢神経障害に対して,GPR40/FFAR1アゴニストGW9508が血管内皮細胞増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)-Aの発現抑制を介して,末梢神経障害を抑制することを報告している17).さらに,XuらもまたGPR40/FFAR1アゴニストvincamineがⅠ型およびⅡ型糖尿病性末梢神経障害モデルマウスの神経障害を抑制すると報告している18).これらの点から,GPR40/FFAR1シグナルは疼痛制御機構の調節に関与する可能性および新たな鎮痛薬開発のターゲットとなる可能性が期待されている2)

他方,情動とGPR40/FFAR1の関係については,GPR40/FFAR1アゴニストGW9508が強制水泳試験によるうつ様行動を抑制すること,GPR40/FFAR1ノックアウト雄マウスはスクロース嗜好性が低下し,脳内ノルアドレナリンレベルが増加することを明らかにした19).一方GPR40/FFAR1ノックアウト雌マウスは初産時に養育行動が低下することを見出してきた19,20).このように,GPR40/FFAR1シグナルの欠損は,情動行動に影響を与えるかもしれない.

5.  社会敗北ストレス誘発慢性疼痛形成機構にお‍け‍るGPR40/FFAR1の関与

社会敗北ストレスモデルは,ストレッサーとして攻撃性が強く,体の大きなICRマウスを用いて,このマウスのケージ内へ実験対象となるICRと比べて体格の小さなC57BL6Jマウスを同居させることで,直接的な攻撃と間接的な精神的ストレスを繰り返し曝露させ作製する21).ストレス暴露されたマウスは,ストレッサーマウスに対して,社会的接触を避ける行動をとり,不安様行動やうつ様行動を示す.本モデルは人間社会でいじめや精神・身体的虐待などの社会的ストレスを繰り返し経験すると,うつ病を発症などの精神疾患リスクが増加することを反映する良いモデル動物とされている21,22).私達はこれまでに,社会敗北ストレスモデルマウスの右後足底部を切開し作製した術後痛モデルマウスは,非ストレスマウスと比べて,術後の痛み回復が遅延し,3週間以上痛みが持続することを報告した23).このモデルマウスを使用し,n-3系脂肪酸の1つで必須脂肪酸のα-リノレン酸を欠乏させた食事を摂取させると,通常食群と比べて,術後痛による痛みが49日間以上も持続,すなわち痛みの回復が延長した.n-3系脂肪酸欠乏食を摂取したマウスの脳では,通常食群と比べてパルミチン酸,オレイン酸,ステアリン酸,α-リノール酸やDHAなどが低下していた.さらに社会敗北ストレス曝露後のマウス前頭前野および視床下部を含む領域では,DHAを含むリン脂質が著しく低下していた.これらの点から,ストレス曝露後に生じた脳内のリン脂質および脂肪酸の低下は,痛みの慢性化を引き起こす可能性が考えられた3,23).同様に,GPR40ノックアウトマウスを用いた検討においても,野生型マウスと比べて術後痛の回復は遅延し,痛みが63日以上持続した.この痛みの遅延は,SDストレス暴露期間中にDHAを10日間摂取させることで抑制した24).ストレス暴露中のDHA補充は,脳内のDHA低下を予防し,ストレスが引き金となり生じる内因性の疼痛制御機構の破綻を予防したことが考えられた.最近では,GPR40アゴニストの脳室内投与は,社会敗北ストレスにより生じる慢性疼痛を一過性に抑制するとのデータも得られており,現在これらの作用機序について検討中である(未発表データ).

6.  おわりに

心理社会的ストレスは,慢性疼痛の形成に関与するとのエビデンスが蓄積されつつある.ストレスが背景にある慢性疼痛の病態機序は,複雑,かつ多くの因子が関連する可能性が報告されており,未だに不明な点が多い.GPR40/FFAR1を介したシグナル機構は,痛みと情動の両方向の調節に関与することが示唆された.したがって本研究は,有効な治療薬が存在しない心理・社会ストレスが背景にある慢性疼痛治療薬の開発に向けた一助となることが期待される.また,ストレス暴露により生じた情動障害を合併し,慢性疼痛に苦しんでいる多くの患者を痛みから開放することにつながるため,本研究の社会的意義は大きいと思われる.

利益相反

開示すべき利益相反はない.

謝辞

本研究は,科研費 基盤研究(C)(21K08983)および公益財団法人山口記念科学振興財団 令和4年度研究助成金の助成を得た.

文献
 
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