Folia Pharmacologica Japonica
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Reviews: Search for Target Factors in Pain Control Mechanisms and Their Functional Analysis
Important role of relationship between brain and spleen in the mechanisms of chronic pain development and maintenance in fibromyalgia
Shiori YamashitaHiroshi UedaHisashi Shirakawa
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2024 Volume 159 Issue 6 Pages 357-362

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要約

線維筋痛症(fibromyalgia:FM)は,慢性的な全身疼痛を主症状とし,極度の疲労,不眠,抑うつを副症状とする難治性疾患である.臨床研究では,発症の引き金となる心理的ストレスの存在,交感神経系の過興奮,免疫系の異常などが指摘されているが,病態への寄与に関しては不明な点が多い.本研究において我々は,FMの実験的マウスモデルとして,反復性酸性食塩水誘発性全身性疼痛(repeated acid saline-induced generalized pain:AcGP)モデルおよび断続的心理的ストレス誘発性全身性疼痛(intermittent psychological stress-induced generalized pain:IPGP)モデルを採用した.AcGPモデルでは,腓腹筋への片側反復酸注入により長期にわたる機械性痛覚閾値の上昇が誘発された.二次リンパ臓器である脾臓に着目し,AcGPマウス由来の脾細胞を摘出・単離し,未処置のレシピエントマウスに静脈内投与すると,ドナーマウス同様に疼痛様行動が生じることを明らかにし,その責任細胞の一種としてCD4陽性T細胞を見出した.脾臓は交感神経に直接支配されているため,次に我々は痛みの発生や維持にアドレナリン受容体が必要かについて解析した.選択的β2遮断薬であるブトキサミンの投与は,AcGPマウスにおける疼痛様行動の発生を阻止したが,維持には影響を与えなかった.さらに,ドナーであるAcGPマウスにβ2遮断薬を前投与しておくと,AcGP脾細胞養子移植による疼痛惹起が再現されなかった.さらに,別のFMモデルであるIPGPモデルを用いることでも交感神経系および脾臓の重要性についての知見を得た.これらの結果から,FM病態では,交感神経系β2シグナル伝達が身体的/心理的ストレスによって亢進し,それに反応して活性化した脾臓の免疫系細胞が痛みの形成と維持に重要な役割を果たしていることが明らかとなり,病態メカニズムの解明には脳-脾臓連関の理解が重要であることが示された.

Abstract

Fibromyalgia (FM) is characterized by chronic generalized pain accompanied by various symptoms, such as extreme fatigue, insomnia and depression. Clinical studies have indicated the presence of psychological stress, sympathetic nervous system hyperexcitation and immune system abnormalities, as a trigger for the onset of the disease, but the contribution to the pathogenesis of the disease remains unclear. Here, we employed the repeated acid saline-induced generalized pain (AcGP) model, as an experimental mouse model of FM. In this model, the unilateral repeated acid injection into gastrocnemius muscle induced transient and long-lasting mechanical hypersensitivity. We focused on the spleen, a secondary lymphoid organ, and found that the intravenous treatments of splenocytes derived from AcGP mice caused mechanical hypersensitivity in naїve mice. Since the spleen is directly innervated by sympathetic nerve, we examined whether adrenergic receptors are necessary for pain development or maintenance. The administration of butoxamine, a selective β2-blocker, prevented the development but did not reverse the maintenance of pain-like behavior in AcGP mice. Furthermore, β2-blockade in donor AcGP mice eliminated pain reproduction in recipient mice injected with AcGP splenocytes. We currently employed another model of FM, the intermittent psychological stress-induced generalized pain (IPGP) model and found that as in AcGP model, the sympathetic nervous system and the spleen play important roles. These results suggest that sympathetic β2 signaling is enhanced by physical/psychological stress, and that immune system cells in the spleen activated in response play an important role in the formation and maintenance of chronic pain.

1.  はじめに

線維筋痛症(fibromyalgia:FM)は,全身に渡る慢性疼痛を主症状とし,疲労や睡眠障害,うつ,認知機能障害などの様々な随伴症状を示す難治性疾患である1).近年新たに国際疼痛学会から,疼痛の第三の分類として「痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)」が挙げられたが,FMはその代表例と考えられている2).FMには,明確な病巣が無く,一般的な臨床検査所見に異常は認められないという特徴があるため,特異的なバイオマーカーおよび治療標的の同定がFMの基礎研究において強く求められている.FMにおける慢性疼痛発生機序の有力な仮説として,これまでに中枢神経系(central nervous systems:CNS)の痛覚伝導路において神経反応の増強を生じる中枢感作が想定されている3).この仮説を支持する根拠として,機能的磁気共鳴画像法を用いた臨床研究においてFM患者群では対照群よりも侵害刺激または非侵害刺激の両方に対して痛覚関連脳領域で大きな応答が生じていること4),脳脊髄液中においてモノアミン代謝物濃度が低下していること5),下降性疼痛抑制系に関連する脳領域の活動が低下していること6)が挙げられている.また,これまでにミクログリアをはじめとするグリア細胞が中枢感作に関連する慢性疼痛においてCNS炎症に寄与することが知られているが7),FM患者においてもミクログリアの活性化が示されている8).FMの薬物治療としては,電位依存性カルシウムチャネルα2δリガンドであるプレガバリンと,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRIs)であるデュロキセチンが本邦では臨床使用されており,これらはCNSにおける神経機能異常に対して治療効果を発揮していると考えられているが1),これらの臨床効果は限定的であり,根本治療には程遠いのが現状である9)

近年,FMにおける末梢免疫系の機能異常の関与の可能性が報告されている.FM患者は,全身性エリテマトーデスや関節リウマチ,自己免疫性甲状腺疾患などの自己免疫疾患を併発しやすいこと10),一部のサイトカイン・ケモカインの血中濃度が増加し,症状の重症度と正の相関関係があること11)が報告されている.最近,FM患者の血清からIgGあるいは好中球を単離して実験動物であるマウスに投与することで疼痛様行動が惹起されるという興味深い知見が報告され12,13),その病態メカニズムとして後根神経節への集積と感覚神経や脊髄神経の応答性上昇が示された.CNSと末梢免疫系は平常時・病態時ともに密接に連関していることを考慮すると14),FM病態においても,その連関に何らかの不具合が生じている可能性が考えられた.そこで我々は,CNSを中心とする従来の疾患理解に,末梢免疫系関与の観点を新たに加え,両者の関係性を軸にして解析することで,FMにおける新たな病態メカニズムを明らかにすることを試みた.

2.  酸誘発性疼痛モデルにおけるミクログリアおよび脾細胞の関与

これまでにFMを模した慢性疼痛の動物モデルは多数報告されており,酸性生理食塩水誘発性モデル15),迷走神経切断モデル16),音ストレスモデル17),断続的寒冷ストレスモデル18),断続的心理ストレスモデル19),レセルピンモデル20)等が挙げられる.酸性生理食塩水誘発性全身性疼痛(acid saline-induced generalized pain:AcGP)モデル15)では,片側の腓腹筋への酸性生理食塩水(pH 4.0)の2回の投与によって,酸注入部位の明確な炎症や組織学的変化を伴うことなく,両側性の疼痛様行動を生じる.また,このモデルは,酸注入部位に対するリドカインの局所投与や同側の脊髄後根切除(リゾトミー)では反対側における逃避閾値の低下は回復しないことから,末梢炎症や酸注入部位の一次求心性侵害受容器からの持続的な入力ではなく,2回の酸投与によって生じる痛覚伝導路自体の感作に依存していると考えられている.さらにガバペンチノイドやSNRIsに対する薬物応答性に関して,FM患者の臨床像と一致した特徴を有することが知られている21,22)

そこで我々は,雄性C57BL/6Jマウスに対してAcGPモデルを作成し,検討を行った23).はじめに,疼痛様行動を右後肢足底への機械的刺激に対する逃避閾値によって評価したところ,1回目の酸投与では,逃避閾値が一過性に低下し投与1日後には回復した.2回目の酸投与後では28日間以上にわたって持続的な反応閾値の低下が確認された.一方,中性生理食塩水(pH 7.2)を投与した対照群では,逃避閾値の有意な変化は観察されなかった.

FMにおいてミクログリアの活性化と中枢感作への関与が示唆されていることから,次に我々は,代表的なミクログリア活性化抑制薬である抗菌薬ミノサイクリンを用いて,AcGPモデルにおけるミクログリアの関与を検討した.はじめに,1回目の酸投与の30分前にミノサイクリン(10 ‍nmol/5 ‍μL)を脳室内投与し,その後5日間(D0~D5)に渡って連日投与したが,2回目の酸投与の1日後(P1)および5日後(P5)での逃避閾値の低下に有意な影響は認められなかった.次に,図1A,Bに示されるように,2回目の酸投与の1日前から6日間(D4~P4)に渡ってミノサイクリンを連日投与したところ(図1A),溶媒投与群で観察される逃避閾値の低下が,P1では有意な影響は認められなかったものの,P5では顕著に抑制された(図1B).さらに2回目の酸投与の5日後から7日間(P5~P11)に渡ってミノサイクリンを連日投与することによっても,P12における逃避閾値の低下が顕著に抑制された.雌マウスではいずれの実験においても,ミノサイクリン投与による影響は観察されなかった.

図1雄性AcGPモデルにおけるミクログリアおよび脾細胞の関与

A,AcGPマウスに対するミクログリア活性化抑制薬ミノサイクリン投与と行動試験のタイムコース.2回目の酸投与の1日前から6日間(D4~P4),ミノサイクリン(10 ‍nmol/5 ‍μL)を1日1回脳室内投与した.行動試験は1回目の酸投与の前日(Pre)および2回目の酸投与の1日後(P1)および5日後(P5)に実施した.B,D4~P4においてミノサイクリンを投与したAcGPマウスにおける機械的刺激への逃避閾値の測定による疼痛様行動の評価.**P‍<‍0.01.n‍=‍9~12.C,AcGPマウスの脾細胞調製および養子移植と行動試験のタイムコース.2回目の酸投与の5日後(P5)にAcGPマウスより摘出した脾臓から,溶血処理した脾細胞懸濁液を調製し,未処置レシピエントマウスに静脈内投与することにより養子移植を行った.さらにD4~P4においては,溶媒またはミノサイクリン(10 ‍nmol/5 ‍μL)を1日1回脳室内投与した.行動試験は養子移植の1日後に実施した.D,対照群マウス由来脾細胞またはAcGPマウス由来脾細胞(1×106個)を静脈内投与により養子移植を行ったレシピエントマウスの逃避閾値の測定による疼痛様行動の評価.AcGPマウス由来脾細胞(1×106個)から磁気細胞分離(magnetic activated cell sorting:MACS)により分画したCD4陽性細胞(CD4(+))を養子移植した未処置レシピエントマウスの疼痛様行動の評価も実施した.**P‍<‍0.01.n‍=‍8~9.E,D4~P4において溶媒またはミノサイクリンを1日1回脳室内投与したAcGPドナーマウスより調製した脾細胞(1×106個)を養子移植した未処置レシピエントマウスの疼痛様行動の評価.行動試験は養子移植の1日後に行った.**P‍<‍0.01.n‍=‍7.(文献23より改変)

次に,AcGPマウスにおける末梢免疫系の関与について検討を行った.図1C~Eに示されるように,雄のAcGPマウスから調製した脾細胞(1×106個)を未処置の雄レシピエントマウスに静脈内投与したところ(図1C),投与1日後に逃避閾値の顕著な低下が認められた(図1D).さらに,AcGPマウス由来脾細胞に含まれるCD4陽性T細胞のみを養子移植した場合でも,同様にレシピエントマウスで顕著な逃避閾値の低下が認められた(図1D).そこで,AcGPマウス脾細胞の疼痛形成能が,脳内のミクログリア活性化によって制御されるかについて検討した.D4~P4において溶媒またはミノサイクリンを連日投与したAcGPマウスから脾細胞を調製し,上記と同様に未処置のレシピエントマウスに静脈内投与により養子移植を行ったところ(図1C),溶媒を投与したAcGPマウスの脾細胞が顕著な反応閾値の低下を惹起するのに対して,ミノサイクリン投‍与‍AcGPマウスの脾細胞は何ら変化を起こさなかった(図‍1‍E).

以上の結果より,雄性AcGPモデルにおいて,脳内のミクログリアと脾臓のCD4陽性T細胞が,疼痛に深く関与していることが明らかとなり,さらに脾臓CD4陽性T細胞の活性化は脳内におけるミクログリア活性化の下流で誘導されていることが示された23)

3.  酸誘発性疼痛モデルにおける交感神経系および脾細胞の関与

交感神経系は脾臓の免疫機能を直接調節すると考えられており,腹腔神経節から脾臓に投射する節後線維である脾神経は,脾動脈とともに脾臓内に入る24,25).脾神経末端からはノルアドレナリンが放出され,脾臓の収縮,血管収縮,および免疫応答の調節を担う2628).FM患者では,副交感神経活動の低下を伴う交感神経系の亢進が,多くの臨床研究で報告されているため29),CNSから脾臓へと繋がる遠心経路として交感神経が機能することで疼痛の発生または維持に寄与している可能性が考えられた.アドレナリン受容体のうち,脾臓にはβ受容体が多く発現し,特にβ2サブタイプはβ1サブタイプよりも発現量が高く,アドレナリンβ2受容体を介した交感神経入力は,免疫応答中に脾臓リンパ球の増殖活性とサイトカイン発現を変化させることが知られている30,31).そこで我々は,選択的β2遮断薬であるブトキサミンを用いることで,β2受容体がAcGPマウスの疼痛様行動の形成に関与しているかについて検討した32).はじめに,雄のAcGPマウスに対して,ブトキサミン(3~30 ‍mg/kg)を2回目の酸投与の30分前に腹腔内に投与したところ(前投与,図2A),10または30 ‍mg/kgのブトキサミン前投与により,雄のAcGPマウスにおけるP5での逃避閾値の低下が顕著に抑制された(図2B).また,血液脳関門の透過性がブトキサミンよりも低いβ2遮断薬であるカラゾロールを投与した場合でも同様に,逃避閾値の低下が抑制されたことから,末梢組織におけるβ2受容体が重要であることが示唆された.次に,疼痛の発生後におけるアドレナリンβ2受容体遮断の効果を検討するために,2回目の酸投与の5日後であるP5からP11までブトキサミンを連日投与したが(後投与,図2C),何ら変化は観察されなかった(図2D).

図2雄性AcGPモデルにおけるアドレナリンβ2受容体および脾細胞の関与

A,AcGPマウスに対する選択的アドレナリンβ2受容体遮断薬ブトキサミンの前投与と行動試験のタイムコース.2回目の酸投与を行う30分前に各用量のブトキサミンを腹腔内投与した.行動試験は2回目の酸投与の5日後(P5)に行った.B,ブトキサミンを前投与されたAcGPマウスのP5における逃避閾値の測定による疼痛様行動の評価.***P‍<‍0.001.n‍=‍4~18.C,AcGPマウスにおけるブトキサミンの後投与と行動試験のタイムコース.2回目の酸投与の5日後から11日後(P5~P11)においてブトキサミン(10 ‍mg/kg)を1日1回腹腔内投与した.行動試験は2回目の酸投与の12日後(P12)に実施した.D,ブトキサミンを後投与されたAcGPマウスのP12における逃避閾値の測定による疼痛様行動の評価.n‍=‍5~6.E,AcGPマウスの脾細胞調製および養子移植と行動試験のタイムコース.ブトキサミン(30 ‍mg/kg, i.p.)を前投与し,2回目の酸投与の5日後(P5)にAcGPマウスより摘出した脾臓から,溶血処理した脾細胞懸濁液を調製し,未処置レシピエントマウスに静脈内投与することにより養子移植を行った.行動試験は養子移植の1日後に実施した.F,ブトキサミンを前投与されたAcGPマウスより調製した脾細胞(1×106個)を養子移植した未処置レシピエントマウスの逃避閾値の測定による疼痛様行動の評価.***P‍<‍0.001.n‍=‍8.(文献32より改変)

交感神経刺激またはカテコールアミンの投与は,アドレナリンα1受容体の活性化を介して脾臓被膜の収縮および血管収縮を引き起こす26).そこで,AcGPモデルにおけるα1受容体の関与についても検討するために,ブトキサミンと同様にα1受容体遮断薬であるプラゾシンを投与したが何ら変化は観察されなかった.さらに,抗コリン薬であるブチルスコポラミンの投与も何ら変化は観察されなかったことから,アセチルコリン作動性神経はAcGPモデルにおける疼痛様行動には関与しないことが示唆された.

最後に,ドナーAcGPマウスのアドレナリンβ2受容体活性化が,脾細胞養子移植による疼痛様行動の惹起に必要かどうかを検討するために,ブトキサミンまたは溶媒を前投与したマウスより調整した脾細胞を未処置のレシピエントマウスに養子移植した(図2E).その結果,AcGPマウスからの脾細胞の養子移植により惹起される逃避閾値の低下は,ブトキサミンを前投与することによりほぼ完全に抑制されていた(図2F).対照的に,α1受容体遮断薬であるプラゾシンの投与は,何ら影響を与えなかった.これらの結果は,図3の模式図で表されるように,アドレナリンβ2受容体の活性化が雄性AcGPマウスにおける脾細胞の活性化を引き起こし,レシピエントマウスにおける疼痛様行動の惹起を可能にしていると考えられる32)

図3雄性AcGPモデルにおける脳と脾臓の連関

雄性AcGP(acid saline-induced generalized pain)モデルでは,2回の酸性生理食塩水の注入により,脳内においてミクログリアの活性化が惹起され,その下流で交感神経系およびアドレナリンβ2受容体を介して活性化された脾細胞が疼痛の形成に寄与し,その中でも特にCD4陽性T細胞が重要な役割を果たしている.雌性AcGPマウスではミクログリア非依存な機構を介して疼痛が生じると考えられる.

4.  心理ストレス誘発性疼痛モデルにおけるβ2受容体および脾細胞の関与

FMの発症因子としては,心理ストレスの存在が知られている1).我々はマウスに対して心理ストレスを負荷することで長期的に疼痛様行動を示す,断続的心理ストレス誘発性全身性疼痛(intermittent psychological stress-induced generalized pain:IPGP)モデルを,FMを模した別の慢性疼痛モデルとして開発した19).このIPGPモデルは,9つに分画される非遮蔽ボックスにマウスを入れ,5匹のマウスには強い痛みを伴う電気ショックを与え,その疼痛反応を周囲の4匹のマウスに強制的に視覚,聴覚,触覚により観察させることで作成し(図4),β2受容体や脾臓の重要性について検討した.はじめに,雌性IPGPモデルに対してブトキサミンを投与したところ,疼痛様行動が抑制された.一方で,モデル作成8日後から投与を開始した場合では,疼痛様行動に対する影響は認められなかったことから,β2受容体シグナルは疼痛の形成には必要であるが,維持には必要ではないことが明らかとなった.IPGPモデル作成前にあらかじめ脾臓を摘出しておくと疼痛様行動が抑制され,モデル作成9日後に脾臓を摘出した場合においても疼痛様行動が顕著に抑制されたことから,脾臓は疼痛の形成と維持の両方に必要であることが明らかとなった.さらに,IPGPマウスから調製した脾細胞を未処置マウスに養子移植したところ,レシピエントマウスにおいて疼痛様行動が惹起された.以上の結果より,心理ストレス誘発性の全身性慢性疼痛モデルにおいて,交感神経系β2シグナルが亢進し,それに伴って活性化した脾臓の免疫系細胞が疼痛の形成と維持に重要な役割を果たしていることが示された.

図4IPGPモデル作成の概略図

IPGP(intermittent psychological stress-induced generalized pain)モデルは,9つに分画される非遮蔽ボックスのそれぞれに1匹ずつマウスを入れ,ボックスの四隅および中央部の5匹のマウスには床から強い痛みを伴う電気ショック(0.6 ‍mA,1 ‍s,120回)を断続的かつランダムに与え,疼痛反応を周囲に配置された4匹のマウスに視覚,聴覚,嗅覚によりに強制的に観察させることで,同マウスに心理ストレスを負荷した.この操作を連続5日間行うことにより,心理ストレスのみにより発症する全身性の慢性疼痛モデル(IPGPモデル)を作成した.

5.  おわりに

本研究において,複数のFMマウスモデルを解析することにより,雄性マウスではFM様慢性疼痛の発症に,ミクログリアが関与する中枢性感作と,交感神経系β2受容体を介した脾臓の免疫細胞の活性化の両方が重要であることが明らかとなった.しかしながら,我々は雌性マウスのAcGPモデルでは,ミクログリアに依存しない経路を介して疼痛発症に至っていることも明らかにしている23).神経障害性疼痛などの他のマウス慢性疼痛モデルにおいては,ミクログリアの病態生理学的役割に性差が存在することが知られているため33),今後はFMモデルにおいても性差に着目して,さらなる解析を進める必要がある.さらに,ミクログリア活性化抑制薬やβ2遮断薬は,疼痛の発症前や発症初期においては顕著な抑制効果を発揮したものの,発症後投与における影響は限定的であったことを考慮すると,疼痛が慢性化したFM患者の治療戦略としては,新たな治療戦略が必要であると考えられる.現在,脾臓に存在する免疫細胞の重要性について有用な知見を得ているため,その免疫細胞サブセットを解析することで,FMの慢性疼痛治療に資する新たな治療標的細胞や分子について提示することが可能になるかもしれない.

利益相反

白川 久志(第一三共株式会社).

謝辞

本研究は主に,科学研究費補助金 基盤研究B(HU,17H01586; HU,21H03024)および挑戦的研究(萌芽)(HS,24K22166)の助成を受けて実施した.

文献
Biographies

白川 久志(しらかわ ひさし)

京都大学 大学院薬学研究科 生体機能解析学分野 准教授,博士(薬学).

◇2000年京都大学薬学部卒業,薬剤師免許取得,2005年同博士後期課程修了,博士(薬学).同年博士研究員を経て,2007年同助教,2014年同准教授,現在に至る.◇研究テーマ:中枢神経系疾患の病態薬理学.

 
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