2024 Volume 159 Issue 6 Pages 385
最近,アルツハイマー病(AD)の発症原因と考えられるアミロイドβ(Aβ)をターゲットとした抗体医薬品レカネマブが承認され,認知症治療患者にとって希望の光となっている.しかし,この治療薬には副作用や高コストの問題があり,より安全で安価かつ効果的な治療法の開発が求められている.Aβには主にAβ40とAβ42という分子種があり,これらが集合した凝集体がADの発症原因と考えられている.凝集体の生成を抑制する低分子治療薬の開発が試みられてきたが,依然として効果的な薬剤の開発には至っていない.
秋澤俊史らは,タンパク質加水分解酵素活性を示す短鎖ペプチドを発見し,これを「Catalytide」と名付けた.従来,酵素活性は高分子のタンパク質固有の性質と考えられており,低分子ペプチドが酵素活性を有するという報告はなかった.そのため,Catalytideの存在が認められるまでには時間がかかった.CatalytideはAβやα-シヌクレインなどの凝集性タンパク質を加水分解して無毒化することから,ADやパーキンソン病といった凝集性タンパク質を原因とする神経変性疾患の治療薬として期待されている.
本特集では,代表的なCatalytideである9アミノ酸からなるペプチド「JAL-TA9: YKGSGFRMI」を中心に,短鎖ペプチドがAD治療薬となる可能性について論じる.まず,中村里菜先生(高知大学医学部薬理学講座,O-Force合同会社Catalytide研究所)が,Catalytideの発見経緯と,JAL-TA9がセリンプロテアーゼ様酵素活性でAβ42を分解するメカニズムなど酵素学的特徴を解説する.また,JAL-TA9が実際に患者の脳内に沈着したAβを分解し,脳内のAβ42沈着量を減少させることを紹介する.
次に,Zou Suo先生(高知大学医学部薬理学講座,O-Force合同会社Catalytide研究所)が動物実験レベルでの検討結果について説明する.APPノックインADモデルマウスにおいて,脳室内に投与したJAL-TA9がマウスの認知機能を改善し,さらに脳内のAβ42の減少を免疫染色で明らかにした.また,Aβ25-35を脳室内に投与したADモデルマウスを用いて,JAL-TA9の経鼻投与により認知機能が改善されることも確認した.
ADの治療には,JAL-TA9が脳実質に送達される必要があるが,血液脳関門(BBB)が全身循環から脳への薬物の送達を制限することが知られている.そこで,幡川祐資先生(東北大学薬学部生命解析学講座)が,経鼻投与によるJAL-TA9の脳内移行性を調べ,鼻投与によってJAL-TA9がBBBを経由することなく直接的に効率良く脳に送達されることを明らかにしている.
最後に,東洋一郎先生(高知大学医学部薬理学講座)が,JAL-TA9の活性中心であるGSGFRの1アミノ酸変異体を21個作成し,構造活性相関を解析した.その結果,Catalytideとは異なりAβの分解活性を示さず,Aβの凝集体の形成を抑制・解離させる2つの短鎖ペプチド(GSGFKとGSGNR)を発見した.これらのペプチドは「Peptide Inhibitor against Protein Oligomerization(PIPO)」と命名された.さらに,GSGFKのマウス脳室内投与がAβによる短期記憶障害を抑制することも分かり,CatalytideだけでなくPIPOタイプの短鎖ペプチドもADの根本的治療薬となる可能性が示唆されている.
現在,短鎖ペプチドの凝集性タンパク質への作用機序の全貌は明らかではないが,短鎖ペプチドはコンパクトな立体構造を形成してAβの凝集体内部に侵入し,セリンプロテアーゼ様酵素活性でAβ42を分解または,凝集体の形成を抑制すると考えられている.本特集が多くの研究者の目に留まり,ADをはじめとする凝集性タンパク質が原因の神経変性疾患に対する予防から治療まで,幅広く使用できる治療薬の開発につながることを期待している.
2024年10月