Folia Pharmacologica Japonica
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Reviews: Drug Development of Short Peptides for Neurodegenerative Disease Caused by Aggregated Proteins
Effects of JAL-TA9 on cognitive deficits in Alzheimer’s disease model mouse
Suo Zou
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2024 Volume 159 Issue 6 Pages 391-395

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要約

アルツハイマー病(AD)の治療薬を見出すために多くの研究が行われてきたが,臨床に使用可能な効果的な薬は未だ開発されていない.最近,FDAはアミロイドベータ(Aβ)の凝集を阻害する抗体薬であるレカネマブをAD治療薬として承認した.しかしながら,ADに対する根本的な治療薬は依然として存在しない.本研究においては,JAL-TA9(YKGSGFRMI)を用いてAβを切断する反応を通じてADを治療する戦略を提案する.JAL-TA9を海馬のCA1領域および脳室内空間に単回投与したところ,APPノックインマウスの短期記憶の欠損が改善された.また,Aβ25-35誘導モデルマウスの記憶もY迷路試験および物体認識試験により改善された.これらのデータは,JAL-TA9がAD治療に有効である可能性を強く示唆している.しかしながら,これらの投与方法は高侵襲性のため,臨床応用が困難である.そこで,JAL-TA9の鼻腔内投与による認知症改善効果を検証した.興味深いことに,Aβ25-35誘導ADモデルマウスの認知症は,3日に一度,4回の投与により改善された.これらの結果は,JAL-TA9がADの進行段階でも有効であることから,JAL-TA9がAD治療において最適な候補であることを強く示唆している.

Abstract

Many studies have been conducted to find an effective drug for Alzheimer’s disease (AD) treatment. However, no effective drug applicable for clinical use has been developed. Recently, the FDA approved Lecanemab, an antibody drug that acts as an aggregation inhibitor against Amyloid-beta (Aβ), for AD treatment. However, there are still no fundamental drugs for AD. In this study, we present a strategy for AD treatment that removes Aβ by cleavage reaction using one of the Catalytides, JAL-TA9 (YKGSGFRMI). A single dose of JAL-TA9 administered into the CA1 region of the hippocampus and the intraventricular space improved the deficits in short-term memory of APP-knock-in mice. It also improved the memory of Aβ25-35-induced model mice, as evaluated by the Y-maze and objective recognition tests. These data strongly suggest that JAL-TA9 could be effective in treating AD. However, these administration methods are difficult to apply clinically due to their high invasiveness. Thus, we tested the improvement effects of dementia by administering JAL-TA9 nasally. It is very interesting and exciting that the dementia of Aβ25-35 induced AD model mice was improved by four applications once every three days. These results strongly suggest that JAL-TA9 is the best candidate for AD treatment because it is effective even in the late stage of AD.

1.  はじめに

前稿で中村が記載しているように,これまでの研究により低分子酵素ペプチド(Catalytide)の一つであるJAL-TA9がアルツハイマー病(AD)の原因タンパク質とされているアミロイドβ(Aβ)を分解することをin vitroの検討において明らかにし,ADの根本的治療薬となり得る可能性を示している1,2).医薬品の開発を目指す上では,疾患モデル動物を用いたin vivoの研究,特に薬理作用と投与経路の検討が必要不可欠である.そこで,2種類のADモデルマウスを用いてJAL-TA9のAD治療薬としての有用性を検証した.本研究で用いたADモデルマウスの一つ目は,マウスAPP遺伝子のAβ領域のヒト化に加え,家族性AD変異であるSwedish変異,Iberian変異,Arctic変異を加えた3重変異を導入したAPP knock-inマウスである3).二つ目は,Aβ25-35を脳室内投与することで作成したAβ25-35脳室内投与ADモデルマウスである.Aβ25-35は凝集性を示し,神経毒性を有することが知られており,マウス脳内に投与するとAβ 40/42同様に神経細胞死や記憶障害を引き起こす4).さらに,AD患者脳内にも存在することが報告されている.そのため,Aβ25-35脳室内投与モデルは,新規治療法のスクリーニングに用いられる簡便な動物モデルとして利用されている5).本稿では,Aβを分解するJAL-TA9のADモデルマウスにおける認知機能改善効果及び各投与経路における効果を示し,新規ストラテジーによるAD治療薬の可能性を紹介する.

2.  APPノックインマウスに対するJAL-TA9の認知機能改善効果の検討

JAL-TA9の認知機能改善効果を評価するために,先ずAPP knock-inマウスを用いて検討を行った.JAL-TA9またはSalineをAβの脳内沈着及び認知機能低下が確認できる11ヵ月齢のAPP knock-inマウスの脳室内に投与した.投与後,自然環境に近いホームケージであるIntelliCageで集団飼育を行い自発行動量(2~7日目)及び認知機能改善効果(21~26日目)を評価,加えて行動観察終了後の27日目に脳を摘出しAβの脳内沈着量を免疫染色にて評価した(図1A).IntelliCageの四隅に設置されている小さな反応コーナーには給水ビンとセンサーがあり,各マウスに個体識別チップを埋め込むことでマウスの自発行動量や認知機能などを全自動で評価することが可能である(図1B).

図1タイムスケジュールと自発行動量の変化

(A)実験のタイムスケジュール.(B)IntelliCage装置の説明.(C)2日目から7日目までの自発行動量.

先ず,自発行動量はJAL-TA9またはSalineを脳室内投与後,2日目から7日目まで各反応コーナーへのEntry数で評価した.その結果,saline群と比較してJAL-TA9投与群は明期,暗期ともに自発行動量が増加する傾向が見られ,24時間の平均では,JAL-TA9投与群がsaline群と比較して有意にEntry数が増加していた(図1C).このことから,JAL-TA9脳室内投与は自発行動量を増加させることが明らかになった.

次に,IntelliCageへの馴化期間として20日間飼育し,21日目から認知機能の指標の一つである学習・行動柔軟性テストを6日間実施することでJAL-TA9の効果を評価した.学習・行動柔軟性テストでは,マウスは報酬である水を得るために特定のルールに従いで4つの反応コーナーを訪れる必要がある.最初のルールでは,特定の対角の2つの反応コーナーを交互に行き来すると水を飲むことができる.このルールでマウスが一定の正答率を超えると,ルールが自動的に変更され飲水可能な対角のコーナーがもう一対のコーナーに変更される(図2A).このテストでは,マウスが一定の正答率に達するまでに要した試行回数でマウスの学習・行動柔軟性を評価する.すなわち,学習・行動柔軟性の能力が高ければ少ない試行回数で一定の正答率に到達することになる.その結果,saline投与群と比較して,JAL-TA9投与群は縦軸である試行回数の値が有意に低く,少ない試行回数で一定の正答率に到達することが明らかになった(図2B).このことから,JAL-TA9脳室内投与によってAPP knock-inマウスの認知機能が改善していることが明らかになった.行動観察終了後の27日目にマウスを脱血潅流固定して脳を摘出しパラフィン包埋ブロックを作成した.パラフィン包埋ブロックから海馬を中心に脳切片を作成し脳内Aβ42の沈着を免疫染色で検討した.その結果,抗Aβ42抗体で染色された部分がsaline投与群と比較してJAL-TA9投与群では有意に減少していることが明らかになった(図2C,D).

図2JAL-TA9の認知機能改善効果と免疫染色

(A)認知機能評価方法.(B)正答率が一定の基準に到達するまでに要した試行回数.(C)抗Aβ42抗体を用いた代表的な免疫染色像.(D)免疫染色の定量解析.

これらの結果から,JAL-TA9は脳内のアミロイドを分解し減少させることで,認知機能を改善することが示された.JAL-TA9は前稿で中村がin vitroでのヒトAD患者脳切片を用いた検討において脳内に沈着したAβを分解することを示していたが,in vivoでの本検討においてAPP knock-inマウスの脳内のアミロイドもJAL-TA9が減少させることを明らかにした.

3.  Aβ25-35脳室内投与モデルマウスに対するJAL-TA9の認知機能改善効果の検討

前項で用いたAPP knock-inマウスは発症までに半年以上を要することから投与方法の検討などを行うには効果判定までに時間がかかることから不向きである.そのため,短期間でAD症状が認められるAβ25-35脳室内投与モデルを用いてJAL-TA9の投与経路の検討を行った.最初に,APP knock-inマウスに対して効果を示した投与方法である脳室内投与を行いY-maze試験によって認知機能への効果を評価した.

Saline,Aβ25-35またはAβ25-35及びJAL-TA9の混合液を脳室内へ投与後,7日,14日及び28日後にY-maze試験を行った.その後,脳を摘出し脳切片をHE染色して神経細胞死について評価した(図3A).Y-maze試験では,マウスがエサを探すために常に新しい道すなわち,直前に進入したアームとは異なったアームに入ろうとする習性を利用した試験方法であり,新しいアームに侵入した割合をAlternation rateとして算出する.このAlternation rateが低ければ,短期記憶能力が低いことを表している.Salineを投与したコントロール群と比較して,Aβ25-35投与群は7日目でAlternation rateが低い値を示し,その後14及び28日目には有意な低下が認められた.このことから,Aβ25-35脳室内投与によって認知機能が低下することが明らかになった.一方,Aβ25-35とJAL-TA9の混合液を同時に投与した群では,7日目のAlternation rateがコントロール群と同等の値を示し,その後14及び28日目でも低下が認められなかった.また,14及び28日目においてはAβ25-35単独を脳室内投与した群と比較して有意に高い値であった(図‍3B).本検討はAβ25-35とJAL-TA9を脳室内に同時投与していることから,JAL-TA9がAβ25-35脳室内投与による認知機能低下を阻止する予防効果を有していることを示している.行動観察後のHE染色の結果,Aβ25-35及びSaline投与群の海馬CA1領域の錐体細胞において核濃縮が認められた.これに対してAβ25-35とJAL-TA9を同時投与した群では,正常な錐体細胞が多く観察された.これらの結果から,JAL-TA9はAβ25-35投与によって惹起される海馬CA1領域の神経細胞傷害を抑制することが明らかになった(図3C).

図3Aβ25-35脳室内投与ADモデルマウスに対するJAL-TA9の効果

(A)実験のタイムスケジュール.(B)Y-maze test.(C)組織学的評価.

ヒトへの応用を考えた場合,脳室内投与は侵襲性が高く臨床応用には大きな壁となるため,JAL-TA9の投与経路として鼻腔内及び尾静脈内投与を検討した.先ずマウスの脳室内にAβ25-35を投与してADモデルマウスを作成し,14日目にY-maze試験を用いて認知機能の低下を確認した.このモデルマウスにAβ25-35投与14日目からJAL-TA9の鼻腔内または尾静脈内投与を開始し,17日,20日,23日目にも同様の投与経路で投与した.その後,28日目と49日目にY-maze試験を用いて認知機能を評価しところ,JAL-TA9を投与した群では,投与経路に関わらず28日後のAlternation rateがJAL-TA9を投与していない群と比較して高い値を示していた.また,この効果は49日目でも維持されていた.これらの結果から,JAL-TA9が脳室内投与のみならず尾静脈内または鼻腔内投与でもAβ25-35脳室内投与によるADモデルマウスの認知機能の低下を改善すること効果を示すことが明らかになった.

以上より,JAL-TA9は侵襲性が低く汎用性の高い鼻腔内や静脈内投与によりAD発症後の認知機能改善にも効果があることが示唆された.

図4Aβ25-35脳室内投与ADモデルマウスに対するJAL-TA9の投与経路検討

(A)実験のタイムスケジュール.(B)Y-maze test.P‍<‍0.05 vs. Aβ25-35単独投与群.

4.  終わりに

ADやPDなどの脳内に蓄積した凝集性タンパク質をターゲットにした創薬では脳移行性をいかに高めるかが大きなハードルとなる.そのため,本研究開始当初はJAL-TA9の脳へのデリバリーが大きな課題となることが予測されていた.しかしながら,うれしいことに今回の研究により鼻腔内及び静脈内において脳室内投与と同程度の認知機能改善効果が認められたことより,JAL-TA9が脳内に移行していることが確認できたと考えている.嗅覚の発達しているマウスに比べ,ヒトでは経鼻投与による脳内移行性が低いことは明らかではあるが,濃度,投与量,投与回数で移行量を高めることは可能ではないかと考えている.また,静脈内投与における血液脳関門の透過率ではマウスとヒトで大きな差はないと考えられる.これまでの検討において,JAL-TA9の安全性は高く,本検討においても死亡したマウスは皆無であり,また副作用等の症状も観察されていない.これらのことより,臨床において薬剤管理の可能な認知症初期での第一の選択肢は経鼻投与,進行して薬剤管理が困難となった場合は静脈投与を併用するとう方法で十分臨床適用が可能だと考えている.

本検討により,JAL-TA9はAβを分解することでアルツハイマー病の発症予防に加え,発症後の後期アルツハイマー病にも適用できる,今までにないアルツハイマー病の根本的治療薬の有力なCatalytideであると考えている.現在,早期の臨床試験開始を目指して,国内製薬会社との共同研究で非臨床試験データを収集しているところである.

利益相反

Suo Zou(O-Force合同会社).

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