2016 Volume 58 Issue 12 Pages 2424-2429
症例は75歳,男性.便秘で近医を通院中,70歳時,潰瘍性大腸炎と診断され,メサラジンの服用で寛解維持.5年後,再燃を疑い大腸内視鏡検査を施行予定,大腸内視鏡検査前処置服用後に腹痛と腹部膨満を認め,腹部単純レントゲン検査,CT検査でS状結腸捻転症と診断.内視鏡的に整復術を施行した.大腸内視鏡検査前処置服用後にS状結腸捻転症を発症した症例は,これまでになくまれな症例と思われるので報告する.
高齢者潰瘍性大腸炎患者は,長期観察例の増加,高齢化社会の進展,発症年齢の高齢化に伴い増加している.若年患者と高齢患者の臨床像,特徴に大きな違いはないが,鑑別すべき疾患やおこりえる合併症,基礎疾患,併発疾患などは,高齢者潰瘍性大腸炎の治療を行う上で考慮する必要があると思われる 1),2).一方,S状結腸捻転症は,慢性便秘,高齢,長期臥床患者などに多く発症する疾患である 3).今回われわれは,高齢者潰瘍性大腸炎の経過観察中,大腸内視鏡検査前処置(センノシド,クエン酸マグネシウム等張液)で誘発されたS状結腸捻転症を報告する.
患 者:75歳,男性.
主 訴:腹痛,腹部膨満.
家族歴:特記事項なし.
既往歴:54歳,甲状腺腫摘出術.
72歳,胸腺腫摘出術.
72歳,前立腺癌摘出術.
現病歴:1989年頃から,便秘を主訴に近医を通院加療していた.2007年4月,便秘精査目的で,大腸内視鏡検査を施行したところ,肛門から下行結腸まで連続する全周性びらんを認め(Figure 1-a,Matts分類 4)Grade 2),生検病理組織検査では,びらんおよび著明な炎症細胞浸潤を伴いgoblet cell depletionおよびcrypt abscessを認めた(Figure 1-b).左半結腸潰瘍性大腸炎と診断,メサラジンの内服治療で寛解維持していた.2012年9月12日,潰瘍性大腸炎の再燃を疑い大腸内視鏡検査施行予定,前日眠前にセンノシド12mgを2錠服用,当日朝よりクエン酸マグネシウム等張液1,800mLを服用したところ,排便なく,腹部膨満,腹痛が出現ため,近医を受診した.腹部単純X線検査で,S状結腸捻転症が疑われ,同日,当院を紹介され,受診となった.
a:大腸内視鏡検査(前医).
肛門からの連続する全周性びらんを認めた.
b:生検病理検査.
びらんおよび著明な炎症細胞浸潤を伴いgoblet cell depletionおよびcrypt abscessを認めた.
現 症:身長163cm,体重50kg.意識清明.体温36.3℃.脈拍72/分,整.血圧140/80mmHg.眼瞼結膜に貧血なし.眼球結膜に黄染なし.表在リンパ節は触知せず,胸部には手術痕を認めた.腹部膨満,軟で,下腹部に手術痕と圧痛を認めた.肝,脾,腎は触知せず,下腿に浮腫は認めず.
臨床検査成績:白血球12,100/mm3,CRP 0.7mg/dLと炎症反応の上昇を認めた.CPK 66U/L,LDH 232 IU/Lと基準範囲内であった(Table 1).
臨床検査成績.
腹部単純X線検査(立位):上腹部に著明に拡張した腸管像と鏡面像を認めた(Figure 2).
腹部単純レントゲン検査.
上腹部に著明に拡張した腸管像と鏡面像を認めた.
腹部CT検査:軽度の腹水を認めたが,腹腔内遊離ガス像,腸管壁内ガス像は認めず,渦巻き状の捻転像を認め,捻転部の腸管内は,腸内ガスと腸内容物で著明に拡張していた(Figure 3-a,b).
腹部CT検査大腸内視鏡検査.
a, b:軽度の腹水を認めたが,腹腔内遊離ガス像,腸管壁内ガス像は認めず,渦巻き状の捻転像を認め,捻転部の腸管内は,腸内ガスと腸内容物で著明に拡張していた.口側(黒矢印),肛門側(白矢印).
以上より,S状結腸捻転症と診断し,緊急で,X線透視下大腸内視鏡整復術を試みた.狭窄部は螺旋状に収束しており,内視鏡をすすめると,狭窄部の口側は,腸管の著明な拡張,大量に貯留した便汁を認めた.腸内容物を吸引,洗浄を施行し,大腸粘膜を観察したところ,潰瘍性大腸炎に矛盾しない全周性の粗造な粘膜びらんが観察された(Matts分類Grade 3).同時に拡張したS状結腸内に1条の出血を伴う粘膜裂創を認めた.さらに口側には,もう1カ所の狭窄部が確認された.狭窄部を抜け,最終的に内視鏡を下行結腸まで挿入し,内視鏡的整復術を施行した(Figure 4-a,b).第12病日,経過観察目的で大腸内視鏡検査を施行したところ,盲腸虫垂開口部に炎症所見,下行結腸から直腸にかけて粘膜粗造,びらんを認め(Matts分類Grade 2),内視鏡整復時に確認された裂創は軽快していた(Figure 5-a,b).第13病日,軽快退院となった.1回目のS状結腸捻転症発症から2年8カ月後(2015年5月),再発を認めたが,内視鏡的整復術で再度治療した.現在,外来にて経過観察中であり,潰瘍性大腸炎は寛解維持状態で,厳重に経過観察中である.
大腸内視鏡検査.
a: 狭窄部は螺旋状に収束していた.
b: 潰瘍性大腸炎が原因と思われる全周性の粗造な粘膜びらん,1条の出血を伴う粘膜裂創を認めた.
大腸内視鏡検査.
a:内視鏡整復時に見られた裂創は改善していた.
b:下行結腸から粘膜粗造,びらんを認めた.
S状結腸捻転症の発症要因としては,慢性便秘に伴う腸管過長症,向精神薬の長期服用などによることが多い 3).一方,潰瘍性大腸炎は一般的に血便,粘血便,下痢などが主な症状であり,再燃寛解を繰り返し,炎症が進むと腸粘膜萎縮や大腸の短縮とともに大腸襞が消失する疾患である.発症年齢の高齢化,長期観察例の増加に伴い,高齢者潰瘍性大腸炎患者は増加している.高齢発症の定義としては,1987年 5)2006年 6)の論文では,50歳以上としている.2009年 7)では,60歳以上を高齢者潰瘍性大腸炎とし,2011年,三浦ら 8)は,高齢発症を60歳とし,高齢者潰瘍性大腸炎患者を65歳以上としている.高齢化社会の進展とともに変遷していると思われる.本症例は,70歳で発症し,75歳でS状結腸捻転症を併発した.医学中央雑誌で「潰瘍性大腸炎」と「S状結腸捻転症」,「大腸内視鏡検査前処置」と「S状結腸捻転症」のキーワードで検索したが1例もなかった.PubMedで,「colonic lavage」と「sigmoid volvulus」のキーワードで検索したが1例もなく,「ulcerative colitis」と「sigmoid volvulus」の検索ではKatsanosら 9)の1症例のみであった.高齢者の炎症性大腸疾患の診断においては,いろいろな感染症,憩室炎,虚血性大腸炎,放射線性腸炎,薬剤性腸炎などと鑑別する必要がある 2),8).特にKatsanosらは,炎症性腸疾患患者は,中毒性巨大結腸症との鑑別が重要であり,迅速な診断が必要としている.高齢者は肉体の衰え,腹部筋力低下による腸蠕動運動の低下,腸自体の機能低下で,便が長く腸内の留まることで,水分が失われ固くなる.さらに,食事量の低下で,水分摂取も減少し,便秘になりやすい.また,便秘の副作用が出やすい薬の服用などで高齢者はさらに便秘に陥りやすい.もともと便秘の患者さんが,下痢,血便を契機に潰瘍性大腸炎と診断され,服薬治療で症状が軽快すると,便秘症状がでてくる.また,下痢がなく,血便のみの症状で医療機関を受診して,潰瘍性大腸炎と診断される症例もみられる.本症例は,便秘があり,スクリーニング検査で,潰瘍性大腸炎と診断されていた.メサラジンの服用で寛解維持していたが,再燃を疑い大腸内視鏡検査予定,朝より検査前処置薬を服用したところ,S状結腸捻転症を惹起した可能性があると思われる.S状結腸は系蹄が緩い一方で固定点同士が近接しているため捻転をきたしやすく腸菅洗浄剤服用により,一気にS状結腸内に洗浄剤が流入し拡張,捻転をきたした可能性があると思われる.高齢潰瘍性大腸炎患者は増加傾向にあり,本症例と同じように便秘も併発している症例も若干数はいると思われ,将来的には,今回の症例のように,高齢者潰瘍性大腸炎患者にS状結腸捻転症を併発する症例がでてくる可能性があると思われ,高齢者潰瘍性大腸炎患者に便秘を併発している場合は注意が必要と思われ,腸菅洗浄剤服用時には特に注意が必要な可能性がある.
S状結腸捻転症治療としては,潰瘍性大腸炎を併発していても,内視鏡的整復術を検討すべきと思われる.欧米では,1987年にChaziら 10)が,本邦では伊奈ら 11)が,内視鏡的整復術を成功したとはじめて報告している.本症例は2年8カ月後に再発しており,今後,S状結腸捻転症を再発した場合は,手術も考慮する必要があり,S状結腸捻転症だけであればS状結腸切除術のみで,十分と思われるが,潰瘍性大腸炎を併発しているので,手術術式,切除範囲も考慮していく必要があると思われ 7),12)~14),今後の症例の蓄積が必要と思われる.
1.大腸内視鏡検査前処置で誘発されたS状結腸捻転症に対して内視鏡的整復術を施行した.
2.今後,高齢者潰瘍性大腸炎患者の大腸検査時,前処置の施行には軸捻転に気をつける必要があると思われる.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし