2016 Volume 58 Issue 9 Pages 1404-1412
(目的)早期胃癌ESD後の異時性癌を早期発見するための適切な内視鏡間隔は不明である.内視鏡治癒切除後の異時性癌をHelicobacter pylori(以下HP)感染状態別に調査し,適切な内視鏡間隔について胃温存の観点から検討を行う.(方法)初発早期胃癌ESD治癒切除症例のうち規準を満たしたHP除菌成功群455例,持続感染群556例,陰性群291例を対象とし,異時性癌累積発生率を比較した.その上で内視鏡治療治癒切除基準外となった異時性癌の割合を内視鏡間隔ごとに検討した.(結果)88例に異時性癌がみられ,3群の累積発生率に差は認めなかった.内視鏡治療治癒切除基準外症例は10例みられ,内視鏡間隔による発生率の差は認めなかったが,その内視鏡間隔中央値は12.2カ月(5.5-17.4)とほぼ1年を中心に分布していた.(結論)異時性癌発見のために現状ではHP感染状態にかかわらず,同様の臨床的対応が望ましい.年に1回の内視鏡では治癒切除が得られない症例が一定数発生する.胃温存の観点からは1年より短期のサーベイランスも検討する価値があると考えられた.
胃癌は世界で毎年約95万人の発症数があり約72万人が死亡する,癌死亡の世界第3位の高頻度癌である 1).本邦では罹患数では第1位,死亡数では第2位で年間約5万人の死亡がみられている 2).
ただし,早期胃癌の段階で診断,治療が行われれば良好な予後が得られる 3).そして早期胃癌に対する治療として内視鏡治療が急速に普及してきている.その背景には,本邦で開発された内視鏡的粘膜下層剥離術(endoscopic submucosal dissection:ESD)により,サイズの大きな病変や潰瘍を有する病変に対しても一括切除が可能となったこと 4),多数の外科切除例の検討からリンパ節転移の可能性が極めて少ない病変,いわゆる適応拡大病変 5)~7)が明らかとなりつつあることなどが挙げられる.
内視鏡治療の最大の利点は胃が温存されることである.外科治療と比べて治療後のQOLが良好とされ 8),リンパ節転移の可能性が極めて低く,病巣が一括切除出来る大きさと部位にある場合は,原則として内視鏡治療が勧められる 9).
一方で,早期胃癌内視鏡治療後には外科手術と比較して発癌の高リスクの胃粘膜が多く残存するため,異時性多発胃癌が高率に発生することが問題となっている 10),11).近年,早期胃癌内視鏡治療後にHelicobacter pylori(HP)除菌を行うことで異時性癌発生リスクが約3分の1に減少することが無作為化比較試験にて報告され 12),陽性者では除菌を行うことが推奨されている 7),9).しかし,除菌後でも異時性癌の発生が減少しないとの報告もある 13)~15).そのため現時点では除菌の有無に関わらず,年に1~2回の内視鏡が推奨されているが 7),9),年1回と2回の内視鏡による経過観察を比較した報告はない.既報では1年間隔の内視鏡が妥当としているものが多い 10),14),16),17)が,これらには0-8%の症例で内視鏡治癒切除基準外,つまり外科的胃切除を必要とする症例が含まれており,内視鏡治療の利点である胃温存を断念する結果となっている.しかし,現状では胃温存のための適切な内視鏡間隔を詳細に比較検討した報告はない.
本検討の目的は,早期胃癌ESD治癒切除後症例の異時性癌をHP感染状態別に調査し,胃温存継続のための適切な内視鏡間隔について検討することである.
この後ろ向き研究は日本内視鏡学会北陸支部にて計画された.同支部に属する施設の中で15施設から参加表明があり,全参加施設において倫理委員会の承認を受けた.2002年から2012年の間に各施設で実施した初発早期胃癌に対するESD症例の全例が2014年2月に登録された.このうちESDにて治癒切除が得られ,1年以上の経過が追えたものを適格症例とした.外科的な胃切除後,HP感染の有無不明,HP除菌歴不明,ESD後6カ月以上経過してから除菌されたものは除外した.
今回,内視鏡的治癒切除病変とは,胃癌治療ガイドライン(第4版) 7)における絶対適応治癒切除,もしくは適応拡大治癒切除の基準を満たした病変とした.すなわち,絶対適応治癒切除とは腫瘍が一括切除され,腫瘍径が2cm以下,分化型癌でpTlaかつHM0,VM0,ly(-),v(-)のすべてを満たすもの.適応拡大治癒切除とは腫瘍が一括切除され,①腫瘍径が2cmを超えるUL(-)の分化型pT1a,②腫瘍径3cm以下のUL(+)の分化型pT1a,③3cm以下の分化型かつ深達度がpT1b1(SM1)(粘膜筋板から500μm未満)のいずれかで,かつHM0,VM0,ly(-),v(-)であった場合である.
また,内視鏡治療の治癒切除基準外病変とは,絶対適応治癒切除,ならびに適応拡大治癒切除の基準を満たさなかった非治癒切除病変のうち,HMXまたはHM1のみが非治癒因子であった病変を除いたものと定義した.
HP感染については,迅速ウレアーゼ試験,鏡検法,培養法,尿素呼気試験,血清抗HP抗体測定,便中HP抗原測定のうち一つでも陽性のものをHP陽性,2つ以上で陰性であったものをHP陰性と定義した.HP陽性例において,ESD後6カ月以内に除菌治療が行われ尿素呼気試験で除菌成功が確認された症例を除菌成功群,除菌未実施または除菌不成功例を持続感染群とした.また,HP陰性であった症例を陰性群とした.3群における異時性癌の臨床病理学的特徴,異時性癌累積発生率を検討した.また,陰性群のうち過去の除菌歴が無いものを非除菌例,除菌歴があり除菌後状態のものを除菌後例とし異時性癌発生率を算出した.
尚,異時性癌とは初発病変治療後,1年以上経過した後に胃の他の部位に発生した新規病変と定義した.ESD後の内視鏡間隔の基本原則をアンケート調査するとともに,異時性癌発見症例については異時性癌発見前の内視鏡実施日を調査し,内視鏡間隔の実態として以下の3つに分類した.内視鏡が12カ月から前後3カ月以内に行われたものを1年検査例(9カ月以上14カ月未満)と定義し,それ未満のものを半年検査例(9カ月未満),それ以上のものを1年超え検査例(14カ月以上)と定義した.そして,それぞれにおける内視鏡治癒切除基準外病変の割合を算出した.
HP感染状態別の3群の異時性癌累積発生率はKaplan-Meier曲線で推定した.さらに,異時性癌累積発生率について,それが3群間で等しいという帰無仮説の検定をLog-rank検定で行った.また異時性癌累積発生率に影響を与える可能性のある因子についてはCOX比例ハザードモデルで各因子のハザード比を評価した.連続変数に対してKruskal-Wallis検定,定性的変数に対してPearsonのχ二乗検定を用いて3群間の比較を行い,有意差を認めた場合には連続変数に対しSteel-Dwass法,定性的変数に対してBonferroni法を用いて多重比較を行った.これらの検定にはJMP11(SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を使用した.なお,危険率が0.05未満の場合を統計学的に有意であるとした.
全登録数3,535例の内,除外規準となった症例を除き,1,302例が最終的に解析された.その内訳は除菌成功群が455例,持続感染群が556例,陰性群が291例であった(Figure 1).これらの患者背景をTable 1に示す.除菌成功群で有意に年齢が若く,持続感染群で高度萎縮例が多く,観察期間が有意に長かった.
本研究のフローチャート.
患者背景.
異時性癌は計88例(6.8%)発見された.除菌成功群24例(5.3%),持続感染群47例(8.5%),陰性群17例(5.9%)であった.感染状態別で累積発生率に差は認めなかった(Log rank検定P=0.28)(Figure 2).異時性癌発生のリスク因子として年齢(65歳未満,以上),性別,観察期間(5年未満,以上),萎縮の程度,HP感染状態を共変量としてCOX比例ハザードモデルで多変量解析を行ったがいずれも有意な因子ではなかった(Table 2).異時性癌の臨床病理学的特徴では陰性群で有意に年齢が高かったが病変のサイズ,局在部位,肉眼型,組織型,深達度において統計学的有意差は認めなかった(Table 3).また,陰性群291例のうち除菌歴のない非除菌例は230例,除菌後例61例であった.除菌後例では33例で除菌時期が同定でき,その平均はESD前29.7カ月であった.非除菌例から13例(5.7%),除菌後例から4例(6.6%)異時性癌がみられた.異時性癌がみられた除菌後例の除菌時期は1例が初回ESDの約1年前,3例は除菌時期不明であった.
異時性癌の累積発生率.
COX比例ハザードモデルによる異時性癌発生リスク因子の検討.
異時性癌におけるHP除菌成功群,HP持続感染群,HP陰性群の比較.
異時性癌のうち内視鏡治療治癒切除基準外症例は全体で10例にみられ,除菌成功群2例(2/24:8.3%),持続感染群6例(6/47:12.8%),陰性群2例(2/17:11.8%)で頻度に差は認めなかった(P=0.85).全例粘膜下層浸潤がみられる癌であった.6例で脈管侵襲陽性であった.
各施設の内視鏡間隔の基本方針は,ESD直後は6施設で2カ月後に,6施設で3カ月後に,3施設で6カ月後の間隔であった.その後は1年に1回の頻度を原則としていた.ただし異時性癌発見例からみた内視鏡間隔は半年検査例19例,1年検査例49例,1年超え検査例20例であった.
内視鏡間隔別でみた異時性癌に占める内視鏡治療治癒切除基準外となった病変数の割合は,異時性癌発見前の内視鏡間隔が半年検査例は1/19(5.3%),1年検査例は6/49(12.2%),1年超え検査例は3/20(15.0%)であった(Table 4).3つの期間に統計学的有意差は認めなかった(P=0.61).HP感染状態別に分けた比較でも統計学的有意差は認めなかった(除菌成功群(P=0.64)/持続感染群(P=0.25)/陰性群(P=0.45)).
異時性癌発見前の内視鏡間隔毎にみた内視鏡治癒切除基準外病変の割合.
内視鏡治療治癒切除基準外であった異時性癌の詳細をTable 5に示す.10例の内視鏡間隔は中央値12.2カ月(5.5-17.4)であった.
内視鏡治療治癒切除基準外症例の臨床病理学的特徴.
今回われわれは1,302例(除菌成功群455例,持続感染群556例,陰性群291例)で検討を行った.結果,異時性癌の発生は全体で88例(6.8%)にみられ,既報 18),19)と同程度であった.HP感染状態別の検討では,除菌成功群では24例(5.3%),持続感染群では47例(8.5%),陰性群では17例(5.9%)で累積発生率において3群に有意差は見られなかった(P=0.28).内視鏡治療治癒切除基準外となった異時性癌は10例あり,その割合も3群で差は認めなかった.
早期胃癌内視鏡治療後にHP除菌を行うことで,異時性癌発生のリスクを3分の1に抑制できることが報告され 12),本邦では2010年早期胃癌に対する内視鏡治療後がHP除菌療法の適応として保険収載され広く行われることとなった.一方,HP除菌を行っても異時性癌の抑制効果は得られなかったとする報告もある 13)~15).HP感染は胃癌発症の重要なリスク因子であるが 20)~23),早期胃癌内視鏡治療後の胃癌発生の高リスク胃粘膜においては,除菌による抑制効果も限定的なのかもしれない.
今回われわれはHP陰性群に関しても検討を行った.陰性群の異時性癌を検討した報告は少なく 18),19),本邦からの報告はない.既報では陰性群の定義も異なるが,いずれの報告も持続感染群と比較して陰性群で異時性癌の再発が少ないとしている.一方,HP陰性は異時性癌発生のリスクファクターであるとする報告 24)もある.本検討では陰性群の異時性癌発生に他群と有意差はみられなかった.
一般にHP陰性はHP除菌歴のない非除菌状態とHP除菌歴のあるHP除菌後状態に分けられる.さらに,非除菌状態はHP感染歴のない未感染状態と萎縮性胃炎の進行により自然除菌された既感染状態に分けられる.これらを臨床的に厳密に区別するのは容易ではないが,HP未感染状態では内視鏡,組織学的な萎縮がなく胃癌の発生頻度は非常に少ないとされる 25),26).本研究では,除菌歴のないHP陰性症例のうち,内視鏡的萎縮度が軽度(C-1)であった症例は9例存在した.未感染例の可能性も考えられるが,組織学的胃炎の評価も出来ておらず,他の萎縮進行例も含めて非除菌例とした.後ろ向き研究の限界と考えられた.なお,この9例から異時性癌発生はみられなかった.
現状では早期胃癌ESD後の異時性癌に対するサーベイランスはHP感染状態に関係なく,同様の臨床的対応が望ましいと考えられた.
早期胃癌内視鏡治療の最大の利点は胃が温存されることである.その胃温存を継続するためには異時性癌への対応,すなわちサーベイランス内視鏡が重要となってくる.胃温存の観点から内視鏡間隔を詳細に検討した報告はこれまでになく,今回検討を行った.本検討での88例の異時性癌のうち,内視鏡治癒切除基準外症例は10例(11.4%)存在した.半年検査例では1/19(5.3%),1年検査例は6/49(12.2%),1年超え検査例は3/20(15.0%)でその期間に有意差は見られなかった(P=0.61)が,半年検査例では1例(5.3%)のみであり,また期間が長くなるに従いその割合は増えていた.また,10例の内視鏡間隔は中央値12.2カ月(5.5-17.4)であり,ほぼ1年を中心として分布していた.年に1回の内視鏡では内視鏡的に治癒切除が得られない症例が一定数発生するものと予測される.胃温存を維持できる症例を増やすためには1年より短期のサーベイランスも検討する価値があると考えられた.
本検討の限界として,まず後ろ向きの検討であり,さらに,治癒切除基準外の異時性癌が10例と少数であることが挙げられる.また,3群の背景が揃っておらず,除菌成功群で年齢が若く,持続感染群で高度萎縮例が多く,観察期間が長かった.若年者では高齢者と比べHP除菌が積極的に行われた可能性があり,持続感染群では早期胃癌の内視鏡治療後に対するHP除菌の保険適応前の症例が多く含まれているため観察期間が長かったものと推測された.年齢 18),高度萎縮 13),観察期間 13)が異時性癌の発生に関与するとの報告もあるが,本検討では有意差はみられなかった.そして,陰性群の非除菌例においてHP未感染とHP既感染との区別はできておらず,また除菌後例において除菌時期が不明な例が多く,除菌後期間に関する検討は出来なかった.他に,今回の検討に関わったサーベイランス内視鏡施行医の熟練度の違いが把握できていない.経験年数,症例数により再発癌の検出率に違いがあるという報告もあり 14),熟練度により治癒切除基準外病変の頻度に違いがでる可能性がある.これについては多施設での検討であり,見逃しの危険性も含めて一般臨床を反映しているのではないかと考える.内視鏡の苦痛,費用なども含め患者負担についての客観的な評価もできていない,さらには生命予後への寄与も不明であることなども挙げられる.それらも踏まえ,術後のQOL保持を期待して施した臓器機能温存をひとりでも多くの患者が永続して享受できるような最適な内視鏡間隔について,今後前向き研究によって明らかにされる必要があると考える.
今回の後ろ向き検討では,HP除菌群と持続感染群,陰性群でESD治癒切除後の異時性癌の累積発生率に差は認めなかった.現状では異時性癌発見にはHP感染状態にかかわらず,同様の臨床的対応が望ましい.年に1回の内視鏡では内視鏡的に治癒切除が得られない症例が一定数発生すると予測される.胃温存の観点からは1年より短期のサーベイランスも検討する価値があると考えられた.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし