2017 Volume 59 Issue 1 Pages 91-101
本邦の消化器内視鏡分野においては,多くの施設では内視鏡画像・レポートの電子化が導入され,各施設内でデータベースを構築している場合が多いが,全国規模のデータ収集はこれまで行われていなかった.その一方,米国における消化器内視鏡の大規模データベースは1995年に構築されており,現在までに多くの実臨床や臨床研究等の基礎データとして有効に利用されている 1).そのような状況の中,本邦における消化器内視鏡領域の大規模データベース構築の必要性の気運が高まり,Japan Endoscopy Database(JED)Projectが日本消化器内視鏡学会の一事業として立ち上がった.本事業は,日本全国の内視鏡関連手技・治療情報を登録し,精度の高いデータを集計・分析することで医療の質の向上に役立て,患者に最善の医療を提供することを目指す事業である 2),3).本事業は大規模事業であるため対象施設と情報収集時期を分けて段階的に情報収集を行っており,本稿はその第一期トライアルとして行った全国8施設の集計結果における実施報告である.
①世界最大の消化器内視鏡診療データベースを日々のレポート作成から二重入力することなく構築すること.
②日本の消化器内視鏡診療実績の把握すること.
③消化器内視鏡関連の臨床研究におけるデータベースを標準化すること.
また本事業で収集したデータを分析することで,具体的には以下の内容を日々のレポート作成で得られたデータを用いて明らかにする.
・内視鏡関連手技を行っている施設診療科の特徴
・医療水準の評価
・適正な消化器内視鏡専門医の配置,ならびに消化器内視鏡技師,看護師などのメディカルスタッフの適正な配置
・早期癌登録に対する精確な情報収集
・内視鏡検査,治療を受けた方の予後
・内視鏡検査・治療の医療経済的な情報収集
・これから内視鏡関連手技を受ける方の死亡・合併症の危険性
これらにより,各施設は自施設の特徴や課題をはっきりと理解した上で,内視鏡診療の改善にとりくむことが可能になる.また施設単位だけでなく,医療圏レベル,地域レベル,全国レベルで内視鏡医療の水準を明らかにすることで各単位別での比較が可能になる.さらに,これまで5年毎に全国各施設における調査で行ってきた消化器内視鏡関連の偶発症の情報を,本事業によって容易に取得することができるようになり,内視鏡手技に伴う精確なリスク情報を患者,患者家族へと提供することが可能になる.また,適切な診療報酬決定のための情報提供が可能となると共に,よりよい専門医制度のあり方を検証するための基礎資料ともなり,さまざまな研究と連携して運営することで,臨床現場がさらに充実した医療を提供でき,ひいては新たな医療に取り組む手助けをすることができると考えられる.
2)第一期トライアルの位置づけ本事業は前述のように対象施設と情報収集時期を分けて段階的に情報収集を行うこととしており,今回はその第一期トライアルとして施行した内容をまとめたものである.JED Projectの下位組織にあたるMSED-J(Minimal Standard Endoscopic Database-Japan)小委員会によって収集するデータベース項目・用語を作成した上で,2015年1月より全国の8施設で本事業第一期トライアルのデータ収集を開始した.第一期トライアルの目的は,収集するデータ・用語の質を高め,効率的な収集方法を確立することであり,ここで得られた知見を用いて,第二期以降参加施設を増やしながら対応していく.
本事業第一期トライアルは当該委員会(JED Project委員会)で決定された,以下の協力施設8施設を対象に開始した.
北里大学病院
京都大学医学部附属病院
国立がん研究センター中央病院
埼玉医科大学国際医療センター
東京医科歯科大学医学部附属病院
東京慈恵会医科大学葛飾医療センター
東京大学医学部附属病院
虎の門病院
データ収集期間ならびに対象は,2015年1月1日から2015年12月31日までの1年間に実施された消化器内視鏡検査・治療全例.
2)本事業第一期トライアル デザイン,データ収集方法本事業は研究形態としては多施設共通のデータベースを用いた観察研究として実施している.2社の内視鏡画像ファイリングシステム(Solemio ENDO(オリンパスメディカルシステムズ),NEXUS(富士フィルムメディカル))を協力ベンダーとして選択し,当該8施設の内視鏡データベースから別途定める項目を出力して収集した.
第一期におけるデータ収集はインターネットを介さずに行い,USBメモリなどの媒体を用いて,オフラインにて連結可能匿名化して収集した(第二期以降はセキュリティーの担保にかかる方法論は第一期と同様の方法で行うが,論理的なVPN(Virtual Private Network)を用いたオンラインデータを収集する予定(Figure 1)).
本プロジェクトのオンラインデータ収集方法.
患者同意および倫理規定に関しては,本研究は2015年以降に行われた消化器内視鏡関連手技に関する前向き観察研究にあたり,研究対象者に対して最小限の危険を超える危険を含まず,研究対象者の不利益とならないため,新たに同意を得る必要はないと判断されている.しかしながら,当該事業の目的を含む事業の実施についての情報公開のため,倫理審査委員会で承認の得られた文書を事業参加施設のホームページなどに掲載している.
3)情報収集項目消化管内視鏡検査・治療において,一人の患者に複数回の手技が行われることは決して稀ではなく,さらに大腸ポリープなど同一患者に複数の病変が存在する事がしばしばみられる.そこで本事業においては,一患者に対して一つの情報とした収集形式ではなく,一内視鏡検査・手術ごとに施設単位ですべてのデータを収集し,病変ごとの集積も行うこととした.そのため複数回内視鏡手技を施行された患者の情報,複数病変を有する患者の情報を,患者単位でなく手技ごと,病変ごとの解析が可能となる.
情報収集すべき項目は,JED Project委員会の下部組織であるMinimal Standard Endoscopic Database(MSED-J)作成小委員会にて検討を行った.食道,胃,小腸,大腸,胆膵の臓器別でSupervisor1名,SolemioENDOとNEXUSの担当1名ずつの計3名のチームを組み(Table 1),それぞれの臓器における収集すべき項目を選定した.また用語の標準化を行い,階層化構造を持った用語構成とし,基本的に選択する形で入力できるように工夫した.
MSED-J組織図.
消化器内視鏡検査・治療所見とともに下記の共通項目を取得する.
①消化管内視鏡関連の共通項目
・患者基本情報
検査日,年齢,性別,ASA Grade,抗血栓薬(使用状況ならびに中止,置換の有無などの詳細も),喫煙歴ならびに喫煙の有無,飲酒歴および飲酒状況,悪性腫瘍
家族歴,他臓器癌既往歴
・依頼情報
予定性,外来・入院,検査目的,治療目的
・薬剤
鎮痙剤使用状況,鎮静・鎮痛・麻酔に関する事項
・使用スコープ情報
・送気の種類
・手技開始・終了時間
・手技中偶発症
・手技後偶発症
・30日以内の死亡の有無
・実施医師名(医籍番号)*
・副実施医師名(医籍番号)*
・内視鏡看護師・技師名**
②各グループ別関連項目
②-1.上部消化管内視鏡関連項目
・患者基本情報
ヘリコバクター・ピロリ感染状態,胃粘膜萎縮度
・挿入経路
・観察範囲
・特殊観察法
②-2.小腸内視鏡(カプセル内視鏡は除く)関連項目
・患者基本情報
腹部手術歴
・挿入経路
・到達部位
②-3.下部消化管内視鏡検査関連項目
・患者基本情報
腹部手術歴,生涯大腸内視鏡歴,腫瘍個数
・観察範囲
・特殊観察法
②-4.ERCP関連手技検査共通項目
・翌日アミラーゼ値
・造影範囲
・挿管までのアプローチ回数
・最終的な挿入時のアプローチ方法
・胆管・膵管径
・挿管難易度
・透視時間
また各消化器内視鏡検査所見,診断,治療内容,病理結果に関しては臓器別にMSED-Jで定めた用語を用いた入力を,各施設における通常診療で行うレポート作成方法に従って行った.
各施設での倫理委員会承認の遅れなどから,足並みの合わなかった2015年前半のデータは用いず,2015年7月1日から2015年12月31日の6カ月分のデータを用いて解析した.上部消化管内視鏡,小腸内視鏡,下部消化管内視鏡,ERCP関連手技は,それぞれ計 40,475件(計8施設),215件(計5施設),19,204件(計8施設),1,176件(計4施設)施行された(Table 2).また同一患者による複数回の施行数で修正した各検査受診患者数はそれぞれ,34,359名,177名,17,356名,762名であった(Table 2).
本プロジェクト第一期トライアルにおける各種内視鏡件数,患者数.
①消化管内視鏡関連の共通項目データの抜粋
性・年代別の受診者数を見ると,男女比(男性/女性)は,上部消化管内視鏡,小腸内視鏡,下部消化管内視鏡,ERCP関連手技でそれぞれ1.94,2.48,1.62,1.58であり,また年代別受診者は,上下部消化管内視鏡は60-70代,ERCP関連手技は70代にピークを認めるが,小腸内視鏡は特に男性で20代から70代の広い年代で施行された(Figure 2).
各種内視鏡の性別・年代別受診者数.
偶発症は,上部消化管内視鏡,小腸内視鏡,下部消化管内視鏡,ERCP関連手技でそれぞれ0.68%,0%,0.43%,13.34%(入力率 36.6%,37.8%,46.4%,79.2%)で認められた(Figure 3).また報告された偶発症の内訳は,上下部内視鏡では出血が多く(上部消化管内視鏡:63.7%(鼻出血を含む),下部消化管内視鏡:58.6%),次いで上部ではマロリーワイス症候群(28.3%),下部では穿孔(13.8%)と続いていた.ERCP関連手技の偶発症は膵炎が最も多く(30.0%),次いで出血(11.7%)が認められた(Figure 4).また上下部の腫瘍性病変に対する内視鏡治療症例のみで算出した偶発症率は,上部消化管内視鏡治療では5.92%,下部消化管内視鏡治療では2.52%であった(入力率 上部:45.7%,下部:73.9%).それぞれの内訳は,出血(上部:4.44%,下部:0.88%),穿孔(上部:0.59%,下部:0.25%)が主なものであった(Figure 5).
各種内視鏡診療における偶発症率.
各種内視鏡偶発症の内訳.
上下部腫瘍性病変内視鏡治療 偶発症率.
②各グループ別関連項目データの抜粋
上部消化管内視鏡受診者の喫煙歴,飲酒歴を見ると,喫煙者,既喫煙者,非喫煙者はそれぞれ11.2%,34.2%,54.3%,習慣飲酒,機会飲酒,現在禁酒中,非飲酒はそれぞれ28.9%,19.5%,1.4%,49.7%であった(入力率 喫煙歴:76.6%,飲酒歴:62.8%)(Figure 6).一方で喫煙,飲酒がリスクファクターとなる頭頸部癌,食道癌の診断名のある受診者の喫煙歴(入力率 頭頸部癌:81.1%,食道癌:70.1%),飲酒歴(入力率 頭頸部癌:68.5%,食道癌:68.8%)の割合を見ると,頭頸部癌における非喫煙,非飲酒の割合はそれぞれ9.6%,31.8%,食道癌は34.1%,34.1%であった.またそれら癌症例における既喫煙歴は54.6%から86.4%と高い一方で,禁酒中は3.0%から3.7%と低い傾向にあった(Figure 6).また一方,上部消化管内視鏡受診者のH. pylori感染状況を見ると,未検の割合が高いものの(40.9%),陰性,陽性(未除菌),除菌成功,除菌失敗,除菌判定前の割合はそれぞれ10.9%,6.3%,27.2%,2.3%,12.5%であった(入力率 56.6%)(Figure 7).胃粘膜の萎縮度については,C-0 or 1が12.1%である一方,Open typeの萎縮は約50%を占めるという結果であった(入力率 18.4%)(Figure 7).
上部消化管内視鏡症例と頭頸部癌・食道癌患者の喫煙,飲酒歴.
上部消化管内視鏡受診者におけるH. pylori感染状況と胃粘膜萎縮度.
小腸内視鏡検査受診者のうち,その検査が生涯初であったのは20.8%であり,約8割の受診者が2回目以上の検査として受診していた(入力率 37.4%)(Figure 8).また施行された検査中に使用する送気方法は98.6%がCO2送気を使用した検査として実施された(入力率 45.2%)(Figure 9).検査における質的診断名(複数選択)としてはクローン病が大多数を占めていることがわかり(Table 3),施行年代が多岐にわたる理由であろうと推測できた.
小腸内視鏡生涯検査回数(初回/非初回).
小腸内視鏡検査における送気方法.
小腸内視鏡症例の診断名.
下部消化管内視鏡受診者のうち,その検査が生涯初であったのは16.4%であり,8割強が下部消化管内視鏡歴のある方の検査であった(入力率 55.9%)(Figure 10).腸管洗浄状況についても約8割の症例でGood以上の良好な洗浄状況であった(入力率 48.4%)(Figure 11).スコープ到達部位は回腸末端までが66.4%,盲腸までが22.7%と,約9割が全大腸内視鏡検査(TCS)として実施されていた(入力率 15.1%)(Figure 12).また挿入時間の分布をみると,4-6分の挿入時間がピークとなり,全体の約90%の症例が12分間以内で挿入ができていた(入力率 50.4%)(Figure 12).
下部消化管内視鏡生涯検査回数(初回/非初回).
下部消化管内視鏡検査時の腸管洗浄状態.
下部消化管内視鏡挿入時間の分布.
ERCP関連手技受診者のデータでは,術翌日のアミラーゼ値を見ると,約半数が100 IU/L未満の正常値である一方,10%強がアミラーゼ値400IU/L以上の軽度ERCP後膵炎以上と診断できる症例であった(入力率 34.0%)(Figure 13).ERCP中の透視時間は10分以内が40.9%を占め,約90%の症例は透視時間30分以内の処置で終了した(入力率 73.4%)(Figure 14).またERCPの処置難易度(Schutz分類)は,Grade1が約70%,Grade 2が約15%,Grade 3が10%強であった(入力率 62.2%)(Figure 15).
ERCP翌日のAmylase値.
ERCP中の透視時間.
ERCP処置難易度(Schutz分類).
今回の第一期トライアルでは8施設という少ない施設数であるにも関わらず,非常に膨大なデータを得ることができた.しかしその一方で,データの未入力が多くの項目で問題として挙げられた.今回収集データの抜粋の項目で提示したデータは未記入データを除外して出した数値であり,その入力率は項目によってさまざまであるが,中には20%を下回る低いものも存在していた.データの中にはカルテやオーダリングシステムから自動で入力されるものもある一方で,喫煙・飲酒歴,既往歴,家族歴などしっかりとした問診情報が必要なものや,検査・処置時間や特殊観察法などの検査の状況によって変わるもの,さらには術後合併症やERCP翌日のAmylase値など内視鏡施行後に入力が必要なものもあり,これらの入力には時間や手間を要し,そのためこれらの入力率が低下すると考えられた.
また入力上の問題点もいくつか指摘された.用語の定義上の問題により入力時に困惑してしまう場面や,入力システムの問題により本来一択にすべき選択肢が複数回答可能となってしまうことがあること,萎縮の度合や大腸腫瘍の個数など患者基本情報と質的診断の部位にて二重で記載すべき情報があること,などによる入力上の問題から正確なデータ解析が困難になる場合もあった.
また今回8施設でのトライアルを行っていたが,施設によって入力率の低い項目,高い項目に差があり,各施設の問診取得方法やデータ入力の方法がその差に関わっている可能性が考えられた.
第一期トライアルにて問題点として用語の定義や収集すべき項目の改善点は,可能な限り記入者が困惑することなく,かつ最小限の労力で質の高いデータを収集できるようMSED-J委員会にて検討を重ねている.また前述のような入力上の問題が生じないようなシステムの調整を行うよう検討も行っている.また各施設の入力率の差を改善するため入力率の高い施設の問診情報取得方法やデータ入力方法を共有し,より高い入力率を目指すことが必要であると考えられる.
しかしこれらの改善を得たとしても,本事業のデータ入力作業は,従来のレポート作成時の時間・労力の負担と比較すると多少なりとも増加するため,第二期以降の参加施設においては施設ごとの状況を艦みて,どの程度のデータを提出するかを施設ごとに判断いただく形式としていく方針としている.
また消化器内視鏡検査は,いわゆる人間ドックにても非常に多くの件数が行われており,その実態把握は必須であると考えられる.近年対策型胃がん検診に内視鏡検査が認められる状況となり,検診分野における内視鏡検査の重要性がさらに上昇することはあきらかであるため,本プロジェクトを検診・健診分野へも広げていくことが必要であると思われる.
JED project第一期トライアルにおいて,8施設のみによる短期間のデータ収集にも関わらず,非常に膨大で多岐に及ぶデータを,施行医の二重入力なしで得ることができた.その一方で入力やデータ解析に対する問題点も確認できており,これらの情報を元にシステムをブラッシュアップさせて第二期トライアルへ進めていくことが必要であると思われる.
本論文内容に関連する著者の利益相反:
斎藤 豊(国立がん研究センター運営交付金研究開発費(25-A-12,28-緊-1))