2017 Volume 59 Issue 10 Pages 2521-2525
症例は81歳男性.2次検査目的に受診し全大腸内視鏡検査で直腸に径5mmのⅡa病変を指摘された.病変は白色平坦隆起部と発赤調の隆起部より構成され,拡大内視鏡観察では白色平坦隆起部はⅡ型pit,発赤調の隆起部はⅢL型pitであった.鋸歯状病変の部分的変化または鋸歯状病変と腺腫の衝突を疑い,内視鏡的粘膜切除術(以下EMR)を施行した.病理診断は平坦隆起部は過形成性ポリープ,隆起部は管状腺腫であった.また,分子生物学的検討では,白色平坦隆起部のみにK-ras変異を認め,発赤調の隆起部はK-ras変異,BRAF変異ともに認めなかった.内視鏡,病理,分子生物学的所見を総合すると,過形成性ポリープと管状腺腫の衝突病変と考えるのが妥当であるという結論に至った.
実臨床では時に同一部位に異なった構造を認めることが経験される.それが一元的に発生したもの,すなわち1病変内の変化であるか,2病変が接して存在している,いわゆる衝突病変かの判断に迷うこともしばしばである.今回,鋸歯状構造の成分と腺腫様構造の成分を有する興味深い症例を経験したため報告する.
患者:81歳,男性.
主訴:なし(2次検査目的).
既往歴:72歳時に食道癌にて食道亜全摘術施行.
現病歴:市の健康診査にて便潜血陽性を指摘され,2次検査目的に2014年9月に当センターを受診し,全大腸内視鏡検査を施行した.
大腸内視鏡検査所見:直腸S状部に径5mmのⅡa病変を認めた.白色光観察では周囲粘膜と比較し,やや白色調の平坦隆起部と発赤調の隆起部の2つの領域で構成されており,インジゴカルミン散布像では平坦隆起部の辺縁の一部に隆起部が内在するように観察された(Figure 1-a,b).NBI拡大像では,白色調の平坦隆起部は血管構造がほとんど認識できないのに対し(JNET分類Type 1),発赤調の隆起部は口径不同や蛇行のない網目状の血管(JNET分類Type 2A)が観察された(Figure 2-a,b) 1).インジゴカルミン散布およびクリスタルバイオレット染色施行後の拡大内視鏡観察では,平坦隆起部は星芒状のpitを呈し,Ⅱ型pitと判断した(Figure 3-a).一方,隆起部は鋸歯状変化を伴わない管状のpitを呈しており,ⅢL型pitと判断したが,平坦隆起部のⅡ型pitが一部,隆起部に乗り上げるように観察された(Figure 3-b).Ⅱ型pitとⅢL型pitの境界は明瞭であり,境界部に正常腺管の介在は確認できなかった.以上の所見より,鋸歯状病変の部分的変化または鋸歯状病変と腺腫の衝突病変を疑い,診断・治療目的にEMRを施行した.
内視鏡像.
a:白色光観察.周囲粘膜と比較し,やや白色調の平坦隆起部の発赤調の隆起部の2つの領域で構成されていた.
b:インジゴカルミン散布像.平坦隆起部の辺縁の一部に隆起部が内在するように観察された.
内視鏡像(NBI拡大像).
a:平坦隆起部は血管構造が認識できなかった(JNET分類 Type 1).
b:隆起部は口径不同や蛇行のない網目状の血管が観察された(JNET分類 Type 2A).
内視鏡像(クリスタルバイオレット染色像).
a:平坦隆起部に星芒状のⅡ型pitを認めた.
b:隆起部には鋸歯状変化を伴わない管状のpitを認め,ⅢL型pitと判断した.
実体顕微鏡所見:切除標本における腫瘍径は5×3mmであった.内視鏡像を同様に平坦隆起部にⅡ型pit,隆起部にⅢL型pitを認め,2つの領域が病理組織像に反映するように割を入れ,病理組織標本を作製した.
病理組織学的所見:病理組織標本(Figure 4-a~c)では,内視鏡でⅡ型pitと診断した領域では,腺管の分岐像や腺底部拡張所見のない垂直な鋸歯状腺管で構成されており,microvesicular variantの過形成性ポリープ(以下MVHP)と診断した.一方,ⅢL型pitを示した領域は,低異型度の管状腺腫と診断した.また,境界部分の管状腺腫部の表層にわずかにMVHPと連続した鋸歯状構造を認めた.Ⅱ型pitがⅢL pit領域に乗り上げるように観察された内視鏡像を反映していた.2つの領域間に正常腺管は認めなかった.免疫染色では,2領域ともにMUC2,CDX2が陽性であり,大腸型の粘液形質を示した.Ki-67においてMVHP部での増殖帯は下方に限局していたが,管状腺腫部では増殖帯の上方への移動を認め,2領域で分布が明瞭に異なっていた.また,2領域ともMLH1の発現低下は認めなかった.2領域の間に正常腺管の介在は明らかではないものの,Ki-67の発現分布が明瞭に異なる点より,衝突病変である可能性が高いと考えられた.
a:HE染色.ルーペ像.
b:HE染色.内視鏡でⅡ型pitと診断した部分にはMVHP,ⅢL型pitと診断した部分には管状腺腫を認め,2領域間に正常腺管は認めなかった.
c:Ki-67染色.増殖帯はMVHP部では下方に限局,管状腺腫部で上方への移動を認め,2領域で分布が明瞭に異なっていた.
分子生物学的解析:2つの領域に対する遺伝子解析を行った結果,白色平坦隆起部でK-ras変異を認めたが,発赤隆起部ではK-ras,BRAF共に変異なしという結果であり,共にCIMPは陰性であった(Table 1).
遺伝子解析結果.
以上より,病理組織学的,分子生物学的にも異なる病変である可能性が高く,衝突病変と結論した.
従来,大腸の過形成性ポリープは非腫瘍性病変として取り扱われ,悪性化することはないと考えられてきたが,近年,過形成性病変を含めた鋸歯状病変に対する概念が大きく変化し,2010年のWHO分類でSSA/P with cytological dysplasiaが,SSA/Pにおける癌化の前駆病変として明記され 2),SSA/Pからの発癌経路(serrated neoplastic pathway)が提唱された 3).また,実際に過形成性ポリープから発生したと思われる大腸癌の経過報告が散見される 4),5).さらに病変の一部にその基盤となる表面構造と異なる領域を認める場合は,その領域に一致して異型度や増殖能が増していることが推測されるとの報告もある 6).本症例は,径5mmの病変内に表面構造が異なったMVHPと管状腺腫の2つの領域が存在していた.2領域間の正常腺管の介在といった明らかに衝突を示唆する所見はなく,1つの病変を形成しているように観察され,MVHPの一部が腺腫様に変化した病変であることも疑われた.
一般に,病理組織診断における衝突腫瘍の診断基準は,1980年にSpagnoloら 7)が,①2つの異なった組織型の分布が明瞭に区別できること,②隣接部分でも,それぞれの組織型が鑑別できること,③衝突部分では両成分が混在し,なかには両成分の移行様に見える部分が混在しても良い,と定義している.本症例は2領域間に正常腺管の介在は確認できなかったが,Ki-67の分布が両者で明瞭に異なり,移行像がないという点でこれらの診断基準を満たしている.また過去に当院で経験した症例の検討では,鋸歯状病変が部分的に変化を起こし腺腫化した場合は腺腫部に由来となる鋸歯状構造を残すことが多く 8)~10),そのような所見は認めなかったという点でも,本症例が衝突病変であることが示唆された.
また,分子生物学的検討においては,本症例の成り立ちがMVHPが腫瘍性変化を来たし管状腺腫部を形成したものとすると,MVHP部と管状腺腫部で共通した分子異常のパターンがあると推察されるが,本症例の分子生物学的検討では両領域間で異なる遺伝子変異を示し,両者は独立して発生したものであることが示唆された.
今回,径5mmの病変内に表面構造が異なった2つの領域が存在する直腸病変を経験した.内視鏡所見上,境界部に正常腺管が介在することや組織の移行像がないことは衝突病変を示唆する所見ではあるが,その内視鏡所見のみで診断することは困難と考える.これらの所見を病理組織学的に確認し,さらに粘液形質やKi-67などの免疫組織化学染色を追加することで2領域の生物学的特徴や増殖能の違いを確認することは診断の一助になると思われる.また,分子生物学的検索を加えることで,診断を裏付けることが可能である.本症例は拡大内視鏡所見のみでは,鋸歯状病変の部分的変化と鋸歯状病変と腺腫の衝突病変を鑑別することは困難であったが,病理組織学的検討,分子生物学的検討を加えることで過形成性ポリープと管状腺腫の衝突病変と結論づけることができた.
今回われわれは,過形成性ポリープと管状腺腫の衝突病変と考えられた貴重な1例を経験したため,文献的考察を加えて報告した.
分子生物学的解析についてご協力をいただきました札幌医科大学医学部分子生物学講座・鈴木拓教授に深謝いたします.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし