2017 Volume 59 Issue 12 Pages 2712-2718
症例は73歳女性.上部消化管内視鏡にて胃底部後壁を中心に巨大な1型腫瘍と胃底部前壁側に0-Ⅱa型腫瘍を認め,生検にてNeuroendocrine cell carcinomaとTub2>Tub1の結果を得た.噴門側胃切除+脾合併切除術を行い,術後補助化学療法としてS-1(tegafur gimestat otastat potassium)+CDDP(cisplatin)療法を8クール後,S-1単独療法18カ月施行し,術後6年無再発生存中である.胃神経内分泌癌と腺癌との同時多発症例の報告は稀であり自験例が12例目で,術前に正診できた初めての報告である.また予後が極めて不良な胃神経内分泌癌で5年以上の長期生存報告は少なく,自験例で11例目となる貴重な症例であった.
胃原発の神経内分泌癌は比較的稀な疾患であり 1)~4),悪性度が高く予後不良である 5)~8).そのうち腺癌との同時多発症例の報告は極めて稀であり,術前に神経内分泌癌と腺癌の同時性多発胃癌と正診できた例は自験例のみである.また胃神経内分泌癌としては術後6年という長期無再発生存を得られた貴重な症例と考え,文献的考察を加え報告する.
患者:73歳女性.
主訴:心窩部痛.
既往歴:虫垂炎(22歳),糖尿病(66歳).
喫煙歴/飲酒歴:なし.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:2010年2月より心窩部痛を自覚したため3月に糖尿病加療中の近医にて上部消化管X線検査を行われ,胃体上部に約8cm大の腫瘤影を認めた.同月当院を紹介受診し上部消化管内視鏡で胃底部後壁を中心に巨大な1型の不整形腫瘍および胃底部前壁側に2cm大の0-Ⅱa型腫瘍を認め,精査加療目的で入院となった.
入院時現症および検査所見:体温36.5℃,身長145.8cm,体重43.5kg,理学的所見に異常なし.白血球数7,210/ml,赤血球数452万/ml,血小板数23.8万/mlとhemogramに異常はなく,血清総蛋白6.2g/dl,血清アルブミン3.1g/dlと軽度の低栄養を認めた.CRP(C-reactive protein)1.84ng/mlと軽度の炎症所見があった.肝機能,腎機能などその他の生化学検査に異常はなかった.腫瘍マーカーはCEA 5.3ng/ml(基準値5.0ng/ml以下),CA19-9 35.7U/ml(同37U/ml以下),NSE(Neuron-Specific Enolase)39.7ng/ml(同10ng/ml以下)とNSEの高値を認めた.空腹時血清ガストリン値1,170pg/ml(基準値172pg/ml以下)と著明に上昇していた.
上部消化管内視鏡:胃底部~胃体上部を占める巨大な表面不整な1型腫瘍を認めた.腫瘍の付着部は食道胃接合部直下の胃底部後壁側で,明らかな食道浸潤は認めなかった.胃底部前壁側にも平坦な0-Ⅱa型腫瘍を認めた.生検のHE(hematoxylin and eosin)染色のみにて,1型はNeuroendocrine cell carcinoma,0-Ⅱa型はTubular adenocarcinoma(tub2>tub1)の結果を得た(Figure 1).
上部消化管内視鏡検査.
a:胃底部後壁側を中心とした巨大な表面不整な1型腫瘍(Neuroendocrine cell carcinoma)と胃底部前壁にも2cm弱の扁平な0-Ⅱa型腫瘍(tub2+1)(矢印)を認めた.
b:胃底部前壁の0-Ⅱa(矢印)の近接像.
上部消化管X線検査:胃底部~胃体上部後壁側に約8cm大の隆起性病変を認めた.食道浸潤は認めないが,壁の変形像から全層浸潤が疑われた.0-Ⅱa型腫瘍は描出されなかった.
腹部造影CT検査:8cm弱の腫瘤には,壁浸潤によるひきつれと思われる壁嵌入像が中央部にみられた.明らかな壁外浸潤所見は認めなかった.病巣周辺から脾臓にかけて栄養血管の発達を認めた.リンパ節腫大は認めなかった.
腹部造影MRI検査:8cm弱の腫瘤内部は比較的均一でT1 weighted imageで筋と比べ等信号,T2 weighted imageでやや高信号を示した.造影後の信号増強は弱く,Diffusion-weighted Whole body Imaging with Background body Signal法で左上腹部に腫瘤像が描出された.
巨大な神経内分泌癌に分化型腺癌が合併した同時性多発胃癌症例と診断し,遠隔転移や腹膜播種の所見もなく胃全摘術の適応と考えられた.本人の希望により,同年3月に全摘を回避し噴門側胃切除術を施行した.術後経過は合併症なく極めて良好であった.
手術所見:胃体上部から胃底部に手拳大のやや弾性軟の腫瘤を触知した.肉眼的漿膜浸潤,腹水,腹膜播種,リンパ節腫大はなかった.郭清のため脾合併切除を行った.
切除標本:腫瘍径7.0×6.7cmの1型腫瘍と,腫瘍径1.2×0.7cmの0-Ⅱa型腫瘍を認めた.2つの腫瘍の間には明らかな正常粘膜が介在した.
病理組織学的所見:1型腫瘍は免疫染色でCD56,Synaptophysin,Chromogranin Aすべて陽性のNeuroendocrine cell carcinoma pT2(ss),med,INFb,ly1,v3,0-Ⅱa型腫瘍はtub1+tub2の分化型腺癌でpT1b2(sm2),int,INFb,ly1,v1と診断された(Figure 2).リンパ節転移は陰性(0/45)であった.背景粘膜は萎縮性だが切除標本でヘリコバクター・ピロリの感染は認めず,術後の採血検査でも抗体陰性であった.除菌歴はなかった.
病理組織像.
A:切り出し肉眼像 矢印部に0-Ⅱa型腫瘍(tub2+1) 黄色線で両腫瘍を切り出し.
B:HE染色(×100).
C:免疫染色CD56(×100).
D:免疫染色Synaptophysin(×100).
E:免疫染色Chromogranin A(×100),(B~Eは1型腫瘍)C~Eは免疫染色陽性であった.
F:HE染色(×10)(0-Ⅱa型腫瘍).
術後補助化学療法として,S-1(tegafur gimestat otastat potassium)+CDDP(cisplatin)療法(S-1 80mg 2週投与2週休薬,CDDP 60mg/body day8)を8クール施行後S-1単独療法を18カ月間,計24カ月間の化学療法を行った.2016年4月現在,術後6年間無再発生存中である.
胃原発の神経内分泌癌は比較的稀な疾患であり,本邦で1976年に松坂らが燕麦細胞癌として1例目を報告 1)して以来,全胃癌中約0.1~0.95%とされている 2)~4).胃癌取扱い規約 9)では特殊型のb.内分泌細胞癌に分類され,従来燕麦細胞癌,小細胞癌としての報告は内分泌細胞癌であったと考えられている.Chibaらは胃神経内分泌癌の報告例119例を腺癌と比較し,胃神経内分泌癌の方が脈管侵襲,リンパ節転移,肝転移とも有意に陽性率が高かったと報告している 5).日比らも71例の集計で5年生存率24.2%,50%生存期間は210日,リンパ節転移は71例中65例にみられたと報告している 6).これらの報告は腺癌細胞と混在した腺内分泌細胞癌を約半数含む集計であった.海外でもDongら 7)が23例の集計で全平均生存期間が17.7カ月,Liuら 8)は17例の全平均生存期間が13.0カ月であったと報告しており,本疾患の予後が極めて不良であることが明らかになっている.
胃神経内分泌癌の発生は,腺癌細胞の分化により出現した増殖能の高い腫瘍性内分泌細胞が腺癌粘膜深部から粘膜下層において急速に増殖するパターンが最も多いと考えられている 10),11).肉眼形態は粘膜下への強い浸潤を伴うため2型が多く,自験例のように内腔に突出し巨大な1型腫瘤を呈する例は稀である 12).
医学中央雑誌で「胃」「内分泌細胞癌」「小細胞癌」「腺癌」「同時」「多発」をキーワードに,またPubMedで「gastric」「stomach」「neuroendocrine carcinoma」「small cell carcinoma」「adenocarcinoma」「synchronous」をキーワードに検索した結果,胃内分泌細胞癌,胃小細胞癌,胃神経内分泌癌と腺癌との同時性多発胃癌の報告は,1982年以降わずか11例であり(会議録を除く)極めて稀である.自験例を含む12例を検討したところ,平均年齢69.8歳,男女比5:1であった.合併した腺癌は2例を除きすべて早期癌であった(Table 1).これまでの報告では術前の内視鏡による生検で神経内分泌癌と腺癌の同時性多発胃癌であると正診できた報告はない.術前診断が困難な理由として,低分化型腺癌と組織像が似ている事の他に,主として粘膜下で発育する傾向が強く,病変が正常粘膜で覆われたり腺癌が病変の表層に併存することが多いため,内視鏡では正常粘膜や腺癌を生検しやすいことが挙げられている 11).術前に正診を得るためには複数の部位から標本を採取し,免疫染色を積極的に併用することが重要と考えられる.
本邦における胃神経内分泌細胞癌と腺癌の同時多発症例の報告.
自験例では術前の空腹時血清ガストリン値が,胃酸分泌抑制剤を投与されていないにも関わらず1,170pg/mlと基準値の約7倍であった.切除術後は術直後からプロトンポンプ・インヒビターを投与されたにも関わらず701pg/mlとやや低下していた.児玉らは摘出した胃内分泌細胞癌の腫瘍組織内のガストリン含量は同一標本内の非腫瘍部の約100倍であったと報告している 13).自験例ではガストリン免疫活性が検索されていないため断定はできないが,ペプチドホルモン産生細胞に局在するChromogranin Aが陽性であることからガストリン産生能を有した可能性もある.一般に内分泌細胞癌から産生されるペプチドホルモン,糖蛋白,酵素などで臨床症状が発現することはほとんどないとされている 14).自験例の高ガストリン血症が多発潰瘍や臨床症状を伴わなかったのは,内分泌細胞癌由来のものであったと考えるとこれまでの報告に矛盾しない.
胃神経内分泌癌の長期生存の報告は少なく,医学中央雑誌で「胃」「内分泌細胞癌」「長期生存」をキーワードに,またPubMedで「gastric」「stomach」「neuroendocrine carcinoma」「small cell carcinoma」「long survival」をキーワードに検索すると,5年以上の長期無再発生存例の報告は1983年以降わずか10例(会議録を除く)のみである(Table 2).症例数が少なく予後が不良であることから胃神経内分泌癌における有効な化学療法は確立しておらず,長期生存例の報告にも共通した治療法はない.最近ではCDDP+irinotecan療法 15),16)やS-1 17),18)が有効であったとの報告がある.膵・消化管神経内分泌腫瘍診療ガイドライン 19)では,R0手術後の薬物,放射線治療について「小細胞肺癌のレジメンに準じた術後薬物療法や放射線療法を行うことが推奨される(グレードC1).」とされている.自験例では神経内分泌癌の悪性度,腫瘍径,高度脈管侵襲(ly1,v3)を考慮し,標準術後補助化学療法であるS-1単独療法よりも強力な,進行再発例に効果を認められているS-1+CDDP療法を8クール施行後,S-1単独療法を18カ月間,計24カ月間の術後化学療法を行った.自験例が長期無再発生存を得られたのは,神経内分泌癌にもS-1+CDDPに感受性のあるタイプが存在する可能性を示唆しており,S-1+CDDP療法は有用なレジメの一つとなる可能性がある.更なる症例の集積により,有効な治療法が確立されることが望まれる.
本邦における胃神経内分泌細胞癌の長期生存例の報告.
胃神経内分泌癌と腺癌の同時性多発胃癌であり,また長期生存を得られた極めて貴重な症例を経験した.胃神経内分泌癌という予後不良な疾患に対する治療法確立のため,更なる症例の集積検討が望まれる.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし