2017 Volume 59 Issue 2 Pages 196-202
症例は55歳,男性.主訴は下腹部痛,血便.初診時の腹部造影CT検査にて門脈右枝の造影欠損と下行結腸の浮腫性の壁肥厚とを認め,急性門脈血栓症を併発した大腸炎が疑われた.大腸内視鏡検査では下行結腸に全周性の粘膜浮腫・出血を認めた.臨床症状や内視鏡所見より虚血性大腸炎と診断した.第13病日の大腸内視鏡検査では虚血性大腸炎の所見は著明に改善していた.急性門脈血栓症に対しては抗凝固療法を開始し,退院2カ月後のCT検査で血栓の消失が確認された.急性門脈血栓症を併発した虚血性大腸炎の症例は稀であり今回報告した.
急性門脈血栓症は比較的稀な疾患であるが,血栓が急速に発達し,門脈本幹閉塞・上腸間膜静脈閉塞をきたすと,肝不全や腸管壊死に陥り致命的になることがある 1),2).また慢性化した場合には側副血行路が形成され,肝外門脈閉塞症に移行し,食道静脈瘤・脾腫・腹水等の門脈圧亢進症の症状を示すようになる 3).
急性門脈血栓症を併発する消化管疾患としては急性虫垂炎や大腸憩室炎等の腹腔内感染症や炎症性腸疾患が知られているが,虚血性大腸炎に併発した症例は非常に稀である 4).
今回急性門脈血栓症を併発した虚血性大腸炎の1例を経験した.また門脈血栓に対しては抗凝固療法が奏効した.
患者:55歳,男性.
主訴:下腹部痛,血便.
既往歴:6歳時 口蓋扁桃摘出術.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:2014年5月 午前3時頃より突然下腹部痛,新鮮血便が出現し,同日当科を受診した.なお発症前の数日間に牛肉・生野菜・生魚の摂取歴はなく,また発症前数カ月以内で抗生物質・非ステロイド性抗炎症薬の服用歴や海外渡航歴もなかった.
入院時現症:身長169cm,体重71kg,血圧136/80mmHg,脈拍72/分,体温37.2℃.胸部に異常所見なし.腹部触診で下腹部に圧痛を認めたが筋性防御はなかった.直腸診で新鮮血を認めた.
臨床検査成績:白血球11,340/μL,CRP 6.5mg/dlと炎症所見を認め,また線溶系のFDP・D-dimerの上昇を認めた(Table 1).

臨床検査成績.
腹部造影CT検査(発症7時間後):出血源の検索のため検査を施行したところ,動脈相において肝右葉S7に扇状の早期造影効果を認め,門脈右後上枝に造影不良域を認めた(Figure 1-a).門脈相では門脈右枝に造影欠損を認め,門脈血栓が示唆された(Figure 1-b).下行結腸に限局性の浮腫性壁肥厚を認めた.

腹部造影CT検査.
a:動脈相において肝右葉S7に扇状の早期造影効果を認めた(黒矢印).門脈右後上枝に造影不良域を認めた(白矢印).
b:門脈相で門脈右枝に造影欠損を認め,門脈血栓と診断した(白矢印).
大腸内視鏡検査(発症11時間後):下行結腸に20cmの長さに渡り全周性の粘膜浮腫,紅斑,出血を認めた(Figure 2-a).病変部は区域性であり,口側端は半周性,肛門側端は縦走性の病変を認めた(Figure 2-b,c).同時に施行した大腸造影検査ではthumb printing様の所見を認めた(Figure 3).生検では粘膜の腺管配列を保ちながら,表層2/3では腺管の外枠を残して上皮が脱落し(ghost-like appearance),内腔に好中球を容れる像がみられた.深層部分では腺上皮は保たれていた.間質には浮腫が強く,エオジン好性に染まる微小血管が目立っていた(Figure 4).急性期の虚血性大腸炎の組織像として矛盾のないものであった.

大腸内視鏡検査.
a:下行結腸に全周性の粘膜浮腫,紅斑,出血びらんを認めた.
b,c:病変部は区域性であり,口側端は半周性,肛門側端は縦走性の病変を認めた.bは病変の肛門側端,cは病変の口側端.

大腸造影検査.
大腸内視鏡検査施行時にガストログラフィンで造影し,およそ20cmの長さに渡りthumb printing様の所見を認めた(矢印).

病理組織像.
粘膜の腺管配列を保ちながら,表層2/3では腺管の外枠を残して上皮が脱落し(ghost-like appearance),内腔に好中球を容れる像がみられた(HE×100倍).
経過:大腸病変に関しては臨床症状や内視鏡所見より虚血性大腸炎と診断した.また門脈血栓に関しては,肝疾患の既往歴はなく,血液凝固系の異常を認めなかったため(Table 1),虚血性大腸炎に伴う急性門脈血栓症と判断した.絶食・点滴・抗生物質投与で治療を開始したところ,症状は次第に改善した.血便が消失したことを確認し,第4病日より門脈血栓症に対してヘパリンを開始した.腹部超音波ドプラ検査で門脈血栓は縮小傾向にあったため,第10病日よりワルファリンに切り替え,PT-INRを2.0~3.0の治療域になるように管理した.初診時にFDP 23.7μg/ml(基準値5.0μg/ml以下),D-dimer 12.1ng/ml(基準値1.0ng/ml以下)と高値を示したが,治療に伴い第7病日にはFDP 7.5μg/ml,D-dimer 3.3ng/mlと改善した.
初診時に施行した便培養の結果が入院経過中に判明し,病原性大腸菌O18が同定された.なおベロ毒素の検査は施行しておらず,また大腸内視鏡検査時に病変部の粘膜組織での細菌培養は施行していない.
第13病日に大腸内視鏡検査を再検したところ,下行結腸の所見は著明に改善しており,数条の縦走潰瘍の瘢痕を認めるのみであった(Figure 5).経過良好で,第16病日に退院した.

大腸内視鏡検査.
第13病日に再検したところ,下行結腸の所見は著明に改善しており,数条の縦走潰瘍の瘢痕を認めるのみであった.
外来でワルファリンを継続し,退院2カ月後に腹部造影CT検査(Figure 6)と腹部超音波ドプラ検査を行ったところ,門脈血栓は完全に消失していた.

腹部造影CT検査.
退院2カ月後には門脈血栓は完全に消失していた.
虚血性大腸炎は主幹動脈の明らかな閉塞を伴わず,腸管の微小循環障害によって生ずる可逆性の限局性虚血性病態と定義され,日常臨床でしばしば診療する機会がある.
門脈血栓症は肝内外の門脈に血栓を形成した比較的稀な状態であり,その背景となる疾患としては肝硬変・悪性腫瘍・炎症性疾患・凝固亢進状態などが挙げられている 1),2).門脈血栓症を併発する消化管疾患としては,急性虫垂炎・大腸憩室炎・潰瘍性大腸炎・クローン病などがあり 5),6),炎症性腸疾患7,199例の検討では8例(0.1%)で門脈血栓症を合併したと報告されている 7).急性膵炎,胆道感染症に起因する門脈血栓症は,解剖学的位置関係より直接的な炎症波及による血管内皮障害が主な成因と推測されるが 8),急性虫垂炎,大腸憩室炎によるものでは,細菌感染による門脈炎の合併や,発熱・脱水による循環血液量の減少,血液粘稠度上昇による凝固亢進状態が要因と示唆されている 6),9).自験例では,門脈血栓症を引き起こすような腹腔内感染症・肝硬変・悪性疾患の既往はなく,臨床検査成績でも凝固亢進状態を示唆するような所見を認めず,下行結腸における虚血性大腸炎を契機に,下腸間膜静脈を介して門脈菌血症を来し,急性門脈血栓症が引き起こされた可能性があった.ただ,下腸間膜静脈に血栓を認めず,門脈のみに血栓を認めた理由は明らかではない.
門脈血栓症の治療としては急性期に対するものと慢性期に対するものがある.急性期では,抗凝固療法,血栓溶解療法,血栓除去療法等があるが,有効性や安全面より抗凝固療法が第一選択となる 5).抗凝固療法を行う場合は,診断確定後なるべく早期に開始する方が治療効果は良好であり,診断から1週間以内に開始した場合は門脈の再開通率は69%であるのに対し,2週間目に治療を開始した場合は25%に低下する 10).無治療の場合には再開通はほとんど起こらず 11),また抗凝固療法を6カ月間継続して再開通しない場合は,その後治療継続しても再開通しない 1).虚血性大腸炎に門脈血栓症を合併した1例では 4),血便が消失した第7病日目に抗凝固療法が開始されたが,治療3カ月後に門脈左枝に血栓が残ったままで,結果として肝外側区域の著明な萎縮を認めた.重症全大腸炎型潰瘍性大腸炎で結腸全摘術後に門脈血栓症を合併した1例では 12),ヘパリンの持続静注を開始したところ残存直腸より大量出血を来たしショック状態に陥ったとの報告もあり,出血性病変を伴う門脈血栓症における抗凝固療法の開始時期に関しては注意を要する.自験例では血便が消失した第4病日よりヘパリンを投与したが,出血症状の増悪を認めなかった.また退院2カ月後には門脈血栓の消失が確認され,抗凝固療法が著効した.近年ではダナパロイドナトリウムの投与により門脈血栓が消失したという報告が散見されている 13),14).ダナパロイドナトリウムは低分子ヘパリノイドで,第Xa因子を選択的に阻害しフィブリン形成を抑制する.ヘパリンは第Xa因子に加えトロンビンの生成も阻害するため,ときに重篤な出血をきたすが,ダナパロイドナトリウムはトロンビンを介した血小板への影響が少なく,出血のリスクが低い抗凝固薬と考えられている.自験例ではヘパリンを選択したが,虚血性大腸炎による出血症状が遷延している場合にはダナパロイドナトリウムを選択する必要があった.
虚血性大腸炎に合併した門脈血栓症の報告例は稀であり,「虚血性大腸炎」「門脈血栓症」「ischemic colitis」「portal vein thrombosis」をキーワードに医学中央雑誌(1983~2015年),PubMed(1977~2015年)を検索したところ,3例の報告例があった 4),15),16).Kobayashiら 4)の症例は一過性型の虚血性大腸炎に続発して門脈血栓症が出現しており,自験例と同様な病態機序と推察された.一方で宗本ら 15)と大石ら 16)の症例は門脈血栓症・上腸間膜静脈血栓症に起因して狭窄型の虚血性大腸炎が発症しており,自験例とは異なる発症機序が想定された.門脈血栓症は造影CTを行わないと診断が困難であり,臨床経過で虚血性大腸炎が疑われる場合に造影CT検査まで施行する症例は通常は余り多くない.従って虚血性大腸炎に合併する門脈血栓症の本当の頻度については不明である.
自験例では初診時の便培養検査で病原性大腸菌O18が検出された.吉野らの報告では 17),臨床経過および内視鏡所見から虚血性大腸炎と診断された325例中56例(17.2%)において細菌培養が陽性であり,その中でO18は16%を占めていた(56例中9例).またO18は下行結腸に限局性の出血性大腸炎を発症させ,内視鏡所見や生検所見は虚血性大腸炎と酷似しており,発症経過も含め鑑別は困難な場合があると報告されている 17)~19).一過性型の虚血性大腸炎におけるO18感染の役割は明らかとは言えないが,虚血性大腸炎様病変の発症に関与している可能性は否定できない.一方でO18は一般健常者においても検出されている 20).虚血性大腸炎において培養陽性の症例と陰性の症例で臨床所見に差がないことや 17),培養陽性の症例においてベロ毒素は陰性であったこと 17)を考慮すると,因果関係がない,すなわち無症候性の保菌状態に偶然虚血性大腸炎を発症した,いわゆるbystanderであった可能性も考えられた.
潰瘍性大腸炎では腐食された大腸粘膜を介して細菌などが門脈に流入し,門脈の菌血症を引き起こし,その頻度は腸炎の重症度に相関することが示唆されている 21).虚血性大腸炎においても腸炎の重篤性が門脈血栓症の発症に関与している可能性があるが,病態の詳細な解析には今後も症例を積み重ねていく必要があると考えられた.
急性門脈血栓症を併発した虚血性大腸炎の1例を報告した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし